俺の名前は大西。父の大西辰志と二人暮らしだ。
物心つく前に母を病気で亡くし、父は男手一つで俺を育ててくれた。父は田舎町の小さなネジ工場を経営しているが、経営はあまり良くない。家は貧しく、父は気難しくて無口だった。
そんな父だから、どこかに遊びに連れて行ってもらえたことは一度もない。遊び場はもっぱら工場の敷地内だった。幼い頃から父が働く姿を間近で見ながら遊んでいたおかげで、俺は物づくりに興味を持つようになった。
物づくりに興味を持った延長で、俺はエンジニアを目指して工業高校に進学した。男手一つで育ててくれた父の助けになりたいと思ったからだ。しかし、学生生活を送るうちに外の世界にも興味が湧き、仕事について悩むようになった。
父の工場ではネジしか作っていない。俺は父と同じ道を歩むだけでいいのだろうか。外に出れば、もっと様々なものに触れて選択肢も広がるのではないか。卒業を控え、俺は思い切って父に相談した。
怒られるかもしれないと緊張したが、父は相変わらずの仏頂面で一言だけ言った。
「好きな場所で好きなことを極めろ」
それしか言わないものだから、逆に不安になる。
「でも父さん、経営大変なんじゃないのか?俺がいたら手伝えるかもしれないけど」
「そんなことお前が心配することじゃねえ。お前はお前のやりたいことをすればいいんだ」
父が背中を押してくれたおかげで、俺は地元を出ることを決意した。
高校卒業と同時に、俺は精密機械を扱う会社にエンジニアとして就職した。それから10年が過ぎ、俺はエンジニアとして一目置かれる存在になっていた。学生時代に培った知識と技術は年月を経て成長し、今では後輩の指導も行っている。
ある日、同僚がこんな話を持ちかけてきた。
「大西、知ってるか?今度大手自動車メーカーが宇宙ビジネス事業部を設立するんだってよ」
「宇宙?そんなことできるのか?」
「もうロケットと火星探索の開発を始めたんだってよ」
「すげえ。そういう仕事って憧れるよな」
夢物語のような話に、エンジニアとして関わってみたいという気持ちが湧き上がる。
「いいなあ。俺もそういう仕事をしてみたい」
「あら、そんな大西君にいい人を紹介しちゃおうかしら」
同僚が言うには、その開発をしている会社の社長令嬢と同級生なのだという。少しでも近づきになれれば、その仕事に関われるかもしれない。俺はお願いして、その令嬢が参加する飲み会に参加することにした。
社長が参加する飲み会ということで非常に緊張した。実際に行ってみると、学生時代の同級生の飲み会のような雰囲気で、俺はかなり場違いだった。来るんじゃなかったと後悔しかけたその時、唯一の知り合いである同僚が俺を一人の女性に紹介してくれた。
「りん、大西さんを紹介するわね。私と一緒に働いているエンジニアなの」
「初めまして。菅野りんです。エンジニアさんってすごいですね」
「初めまして。大西です。いやいや、そんなにすごくはないですよ」
りんは俺が想像していたような金持ちのお嬢様ではなく、ごく普通の女性だった。気さくで人当たりが良く、肩の力を抜いて話ができた。
ロケットや探査機に興味があり、令嬢と近づきになろうとしていたはずなのに、結局その話は一切しなかった。それくらい、りんとのおしゃべりがただただ楽しかった。そして、それはりんも同じだったのだと思う。
俺たちは連絡先を交換し、それから頻繁に連絡を取り合うようになって、すぐに交際に発展した。そして1年ほどの交際期間を経て、俺たちは婚約した。
りんが実家で俺の話を両親に伝えたところ、印象は良かったらしい。俺たちの頭の中ではすでに結婚の段取りが始まっており、早めに行動に移すことにした。
就職してからというもの、仕事が忙しくて父に連絡することが少なくなっていた。父も口数が少なく不器用なため、あっちから連絡してくることもない。改まった電話に少し気まずくて緊張したが、それでも俺は結婚の第一歩として、久しぶりに父へ連絡を入れた。
「父さん、俺、婚約したんだ」
「いつの間に?」
父は俺の爆弾発言にも大した感情を見せないような反応だった。息子が緊張しながら電話しているのだから、もっといい反応をしてほしいものだ。
「父さんに彼女を紹介したいから連れて行こうと思ってるんだけど、いつがいいかな?」
「そっちに仕事で用があるから、ついでによる」
タイミングが良かったのか、父は仕事のついでにこちらへ出てくるつもりなのだという。俺としては全てがうまくいっており、気分はだいぶ良かった。父が反対するとは夢にも思っていなかった。
父に予定を聞くと、その日はりんの両親に挨拶に行く日だった。そこで父には俺のアパートで待ってもらうことにした。
それから俺は部屋を念入りに掃除した。父が来るというのもそうだが、ここでりんを紹介することになるのだから、散らかっていては格好がつかない。最後に掃除を忘れている箇所がないか部屋を見渡すと、視線は自然と壁にかけられたスーツで止まった。
彼女の両親に挨拶するということで、ビシッと決められるように少し高めのスーツを用意していた。
当日、スーツに身を包んで待っていると、インターホンが鳴った。玄関には父が立っていた。何年かぶりに見た父は少し老けたように感じたが、雰囲気はあまり変わっていなかった。
「父さん、いらっしゃい」
「邪魔する」
父は少しの荷物と、明らかにスーツが入っている袋のようなものを持っていた。
「俺がいない間は好きにくつろいでおいて。でも、彼女が来る時はちゃんとしててくれよ」
「分かった、分かった」
留守番を父に任せ、俺はりんの実家へと向かう。事前にリサーチしておいた、美味しいと言われている菓子を手土産にするのも忘れなかった。
高級住宅街へ足を踏み入れ、教えられた場所へ足を運べば、映画でしか見ないような豪邸が視界に飛び込んできた。俺が育った田舎では全く見ることがなかった光景だ。
緊張で震える手でインターホンを押すと、にこやかなりんが迎えてくれて、俺は家の中へと足を踏み入れた。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
「あらあら、いらっしゃい。よく来てくれたね。さあ、上がってくれ」
りんの両親は丁寧に持てなしてくれた。俺が結婚の挨拶に訪れた時の頑固な父親というイメージは崩れ去った。俺の心配をよそに、りんの両親はとても優しい人物だった。強い口調で話すこともなく、俺の話に静かに耳を傾けてくれていた。
しかし、話の流れで俺の両親の話題になると、二人の態度は一変した。
「お母様が早くに亡くなったのですか。それは苦労なさったでしょうね」
「ええ、父が一人で頑張ってくれまして。だからこそ、エンジニアの道を選んだんです」
「君の真面目さや仕事に対する姿勢は高く評価している。しかし、結婚を認めることはできない」
「え?どうしてですか?」
「お父さん!」
さっきまでの明るい空気はどこへやら。空気は冷たく張り詰めていた。そのあまりの変わりように、俺だけでなくりんも困惑している。
「理由は簡単だ。田舎のネジ工場で男手一つで育てられたからだ」
「田舎の工場で男親一人なんて、まともな家庭とは思えん」
「田舎の野蛮人はちょっと無理なのよね。可愛い娘に暴力でも振われたら困る」
りんの両親が勝手な想像で俺を見下す。俺はあまりのことに呆然としてしまい、りんの怒号によって正気に戻った。
「そんなことを言うなんて最低よ!けんさんはそんな人じゃないわ!」
「ふさわしい人を紹介してやるから。そんな男とは手を切りなさい」
「絶対に嫌!」
「親の言うことを聞きなさい。私たちはあなたの心配をしているのよ」
りんと両親の言い争いが始まり、俺にはどうすることもできない。そしてついには、俺だけが家から追い出されてしまった。三人の言い争いは外にまで響いていた。
俺は呆然としながらアパートへと帰った。
「おお、お帰り」
アパートに帰ると、留守番していた父が待っていた。俺は父に何と声をかけていいか分からず、もごもごと口を動かす。
「なんだ?どうした?」
「結婚、認めてもらえなかった」
俺の異変を察した父に聞かれ、俺はぽつりと事情を話す。父のことも否定されることになってしまうが、誰かに聞いてほしかった。
父は俺の言葉にも表情一つ変えず、黙って耳を傾けてくれた。
「結婚は無理かもしれない」
「そうか」
父はそれ以上何も言わなかった。息子の婚約者を紹介してもらえると思って田舎から出てきて、それなりに楽しみにしていただろうに。本来ならば、この場にりんもいたはずだった。そう思うと、アパートの一室がとても広く感じた。
この晩は、父がいつの間にか用意していた酒を二人で飲み明かした。
そして翌朝。
「あれ?父さん、どこに行くの?」
「仕事で人と会う」
そういえば、父は仕事の関係でこちらに出てきていたのだ。りんのことで頭がいっぱいだったため、すっかり忘れていた。珍しいスーツ姿で、父が外へと向かう。
「行ってらっしゃい」
「お前もさっさと支度しろよ」
父に言われ、俺もだるい体を引きずりながら仕事へと向かった。
仕事をしていれば、昨日の暗い話も忘れられる。そう思って必死に作業に集中する。
昼休みになり、スマホが着信を知らせる。相手の名前を確認すると、なんとりんからだった。
「もしもし、どうした?」
「悪いんだけど、急いで父の会社に来てほしいの」
状況を飲み込めなかったが、俺は上司に休暇をもらい、大急ぎでりんの父親の会社へと向かった。受付で名前を言うと、社員が社長室へと案内してくれた。
社長室に通されると、そこにはりんとりんの両親が待っていた。りんは機嫌が良さそうに微笑んでいたが、りんの両親は顔面が蒼白になっており、体調でも悪いのか脂汗まで出ているようだ。
「昨日は本当に申し訳なかった。完全にあなたを誤解していたわ。ごめんなさい」
「え?何ですか?どうしました?」
昨日の態度とは打って変わって、俺にひたすら頭を下げてくる両親。状況が理解できず、りんへ視線を向けると、りんはぷっと笑った。
「君の父上の工場だとは知らなかったんだ。申し訳ない」
「うちを頼りにした宇宙ビジネスが立ち行かなくなってしまうのよ。お願い、許して」
両親に泣きつかれる。土下座する勢いで謝られてしまい、俺は何が何だか分からず困惑した。
宇宙ビジネスと言うと、ロケットや火星探索の話だろうか。それでなぜ、俺に謝罪するのか。
戸惑う俺に、りんが分かりやすく説明してくれた。
「今話題になっているロケットと火星探査機があるでしょ。あれに、けんさんのお父さんが作っているネジが使われていたの」
「父さんのネジが?そんなすごい話、初めて聞いたよ」
父は元々口数が少ない方だが、そんな大事なことくらいは話してほしかった。通りで、作業服しか身につけない父がわざわざスーツを着てまで、仕事の話に訪れていたわけだ。
「昨日の話をお父さんにしたでしょ。それで今朝、お父さんが会社に足を運んでくれた時に、『契約を破棄する』って一言だけ言って出ていっちゃったの」
さすがは俺の父親だ。いくら口数が少ないと言っても、大手企業に対してそんな態度を取れる人間はそうはいないだろう。
「それにしても、よく俺の父親だって分かったな」
「そりゃ、苗字が同じだし、昨日今日だったから担当に問い合わせたらすぐに分かったわ」
「た、頼む。君からもお父様にお願いしてくれないか?これは大事なビジネスなんだ。君のお父様が作るネジは、世界中のネジから選び抜いた唯一無二のネジなんだよ」
父親に泣きつかれてしまい、俺は若干諦めつつも父へと電話をかけた。父はすぐに電話に出てくれた。
「『野蛮人の工場のネジは使えないだろうから、破棄してやった』という父の返答です」
俺がそう両親へ伝えると、二人は顔面蒼白になり、床へと崩れ落ちた。その背中には哀愁が漂っており、なんと声をかけたらいいのか分からない。
しかし、そんなものは実の娘には全く関係なかった。
「当然ね。家柄で人を判断するような最低な人間に、大事な商品を売ってくれるわけないわ」
追い打ちをかける娘の辛辣な言葉に、両親は相槌すら打つことができない。
動けなくなってしまった両親をりんに任せ、俺は父がいるであろうアパートへと急いだ。
部屋には、すでに酒を飲んでいる父の姿があった。俺は呆れ半分、嬉しさ半分で声をかける。
「ねえ、本当に破棄しちゃって良かったのか?」
「我慢もんか。ネジが欲しけりゃ、その辺のネジでも使えばいい」
そう口にする父は上機嫌だった。
「おい、お前も付き合え」
「ああ、分かったよ」
父に付き合って酒盛りを始める。普段は無口な父だったが、今日は珍しく仕事の話をしてくれた。自分のネジのすごいところを延々と語る父に、俺も飽きずに相槌を打って一晩を過ごした。
その後しばらくして、俺はりんと結婚した。りんは親子の縁を切るとまで言い出し、家を飛び出してきたのだ。実際には多少の交流があるようなのだが、一度痛い目を見てしまっているため、両親は強く出られなかったのだろう。
それからりんの口利きで、俺は転職して火星探査機の開発に関わるようになった。
この仕事に携わってからというもの、父の作るネジのすごさを痛感した。父の作るネジは、寸分の狂いもない完璧な形状をしていた。りんの父親の言う通り、唯一無二のネジだ。
これは全て、父がネジを極めようと努力し続けた結果である。父は現在、ロケットと火星探査向けに新たなネジを開発しており、これにも期待が寄せられている。
働いている場所は全く違うが、俺は火星探査機の開発に関わるにあたり、父のネジを使用している。父の仕事を手伝いたいと思っていたが、まさかこのような形で父と力を合わせることになるとは思ってもいなかった。
一度、りんを紹介するために実家へ帰ったことがある。昔と変わらない古い工場があり、そこでネジを作る父の姿があった。それは父が昔と変わらずここでネジを極め、さらに上を目指しているということに他ならない。
ネジを極める父の背中を追って、俺もエンジニアとして何かを極めた存在になりたいと思う。そのためにもまずは、父のネジを使って火星探索を完成させることから始める。これも一つの極めることだろうから。



