「私、こう見えて実はヤクザをやってるの。逆らうと恐ろしい目に会うわよ」…

「私、こう見えて実はヤクザをやってるの。逆らうと恐ろしい目に会うわよ」...

隣に引っ越してきた女性は、私の耳に向かってゴルフクラブを振り下ろした。
「私に文句をつけるなんていい度胸ね。私はヤクザの組長よ。耳なんて聞こえないようにしてあげるわ」
激しい痛みと恐怖で何も考えられなくなった私は、ボロボロの体で家に逃げ帰った。

すべての発端は、正代さんがうちの敷地に無断駐車したことだった。私はそれをやめてほしいと伝えただけなのに、彼女は怒り出し、散々私を殴りつけて「2度と逆らうな」と脅した。その後も、うちの敷地に車を止めて空ぶかしを繰り返すようになった。

私の名前は足立歩、30歳。夫が大きなヤクザ組織の組長をしているため、結婚を機に会社を辞め、今は5歳の娘と一緒に暮らす専業主婦だ。夫は仕事で家を空けることが多く、私と娘の二人暮らしのような日々が続いていた。

長らく空きだった隣の家に、新しい家族が引っ越してきた。白石さん一家は感じのいい人たちで、引っ越し当日に子供を連れて挨拶に来てくれた。
「初めまして。隣に引っ越してきた白石です。私は正代。こちらは娘の灯里です。これからよろしくお願いしますね」
正代さんの娘は私の娘と同じ年で、同じ幼稚園に通うことになった。そんな縁もあって、私たちはすっかり仲良くなり、ママ友になった。

最初のうちは一緒にお茶会をしたり、子供の送り迎えをしたりして楽しく過ごしていた。だが、正代さんは次第に私に嫌味を言うようになってきた。
「いいわね、歩さんって普段から旦那さんがいないんでしょ? 家事の手抜きなんて自由で羨ましいわ。私は夫が毎日帰ってきてあれこれ言うから大変よ」
「そうなのね。旦那さんに色々言われると大変なのは分かるわ。子供もまだ小さいから手がかかるものね」
「そういえば、歩さんの旦那さんっていつ帰ってくるの? 出張が多いのかしら」
「そうね。あちこち飛び回ることが多いから、1ヶ月くらい帰らないこともよくあるわ。予定していた日に帰ってこない時もあるし、突然フラッと戻ってくることもあるの」
「ふうん、そうなんだ。なるほど。歩さんの家は旦那さんがいない日の方が多いのね」

そんな話をしてからしばらくして、正代さんはだんだん私の家庭に口出しをすることが増えていった。うちに夫がいないのをいいことに、家に座り込んで好き勝手に振る舞い始めたのだ。
「歩さん、どうせ旦那さんがいないんでしょ。うちもなの。せっかくだから娘と一緒に晩御飯食べていってあげる」
そう言って無理やり上がり込み、夕飯を食べるまで帰らないことも何度もあった。私はそんな正代さんの態度に呆れ果て、だんだん距離を置くようになっていた。

数日後、うちの敷地内に正代さん一家の車が止められていた。
「正代さん、この車、あなたの車よね。ここに駐車したのは。悪いけど、ここはうちの敷地だから移動してくれない? 正代さんの家にもガレージはあるわよね」
私は正代さんの家に行き、車を移動してもらうようにお願いした。だが、正代さんはふてくされた態度で私を見ると、急に怒鳴り声をあげた。
「うるさいわね。ガタガタ言わないでよ。どうせ開いてる場所なんだから、私の好きに使ってもいいでしょ」
「そんなわけにはいかないわよ。あの場所はうちの敷地なんだもの」
「こんな口を聞いていいと思ってるの? 私、こう見えて実はヤクザをやってるの。ヤクザに逆らうと恐ろしい目に会うわよ」
「そ、そんな、正代さんがヤクザだったの?」
「うるさいわね。あなたみたいな分からず屋は、体で分からせるしかないわね。覚悟しなさい」
正代さんはそう言うと、急に私へ殴りかかってきた。喧嘩なんてしたことがない私はなす術もなく、散々殴られて体中傷だらけにされた。
「ごめんなさい。もう言わないから殴らないで」
「ふん、分かればいいのよ。2度と私に逆らわないことね」
私は殴られる痛みと恐怖から、つい謝ってしまった。正代さんはそんな私を見て、得意げな顔をした。

何とか我慢すればいいと思った私だったが、翌日から正代さんの嫌がらせが始まった。なんとうちの敷地内に車を止めると、空ぶかしして騒音を立てるようになったのだ。改造マフラーから出る爆音が朝から家じゅうに響く。それが2週間も続き、娘もすっかり怯えてしまった。

このまま放っておくわけにはいかないと思った私は、勇気を振り絞って正代さんの家に向かった。もちろん、嫌がらせをやめてもらうように頼むためだ。
「すみません。正代さんいるかしら?」
「あら、誰かと思ったら暇でお気楽な専業主婦の歩さんじゃない? 一体どうしたの?」
「最近ずっとうちの前に車止めて空ぶかしをしているでしょ? あれ、やめてもらえないかしら? あまりにうるさくて娘も怯えているの」
「あら、歩さん、私が以前言ったことをもう忘れちゃったのかしら? 私はヤクザなの。口応えするならただじゃ置かないって言ったでしょ。それなのにまた文句を言ってくるなんて。この前は少し殴り足りなかったのかしら」
正代さんはそう言うと、私の髪を無理やり掴んで殴ったり蹴ったりした。ボロボロになった私に気づいた正代さんの夫は、ニヤニヤ笑いながら言った。
「おい、そいつはうるさいからなんとかしてくれって言ってるんだろ。なんとかしてやったらどうだ?」
「あら、あなた、それってどういうこと?」
「音がうるさいってんなら耳をぶっつぶしちまえばいいんだよ。そうすりゃ静かになるだろう」
「あら、それは名案ね。あなたの言う通りだわ」
正代さんは恐ろしい笑みを浮かべると、玄関に置かれたゴルフバッグからクラブを手に取った。そして私の耳を目がけて思いっきり殴りつけてきた。

それからどうやって家に帰ったのか、よく覚えていない。気づいた時、私はボロボロの体で玄関に倒れていた。娘が心配してくれたのか、体には毛布がかけてあった。惨めな気持ちで涙がにじんでいると、なんと1ヶ月ぶりに夫が帰ってきた。
「久しぶりだな。今帰ったぞ。……おい、歩、どうしたんだ、その体は。傷だらけで服もボロボロじゃないか」
私は夫に、これまで正代さんに受けた仕打ちをすべて伝えた。夫はそれを聞き、静かに頷いた。
「それはとんでもない相手が隣に引っ越してきたもんだな。とにかく俺が話をつけてやる。すぐに家に来るよう呼び出してくれ」

私は夫に言われ、正代さんに電話をした。正代さんは車の件が納得いかないと伝えただけですぐにうちへとやってきた。
「ちょっと、歩さん、あれだけ言ってもまだ来ないの? あら、今日は旦那さんがいるのね」
「あんたが正代さんか。実は俺の嫁があんたに散々嫌がらせをされていると聞いたんだが。本当か? 何でも歩をボコボコに殴りつけた上、うちの敷地に無断で車を止めて騒音をまき散らしているそうじゃないか」
「そうだけど、だから何なの? 言っておくけど私はヤクザなの。警察に相談するとか無駄よ。もしそんなことをしたら、あなたたちは無事じゃ済まないんだから。私は関東組の組長よ。警察だって恐れるヤクザなんだから」
「関東組だって? 関東組といえば、あの悪どいことで有名な関東組のことか」
「そうよ。よく知ってるじゃない。私はあの関東組の女組長をしているの。女だからって舐めないでよね。うちには銃だって置いてあるんだから」
正代さんはそう言うと得意な顔で大声を張り上げた。その様子を見て、夫は驚いたように目を見開いた。
「いやあ、そいつは驚いたな。まさかあんたが関東組の組長だなんて。……だが待ってくれ。関東組の組長は男のはずだ。女組長になったって話は聞かねえな」
「何よ、あんた? 私が嘘ついてるとでも言うの? それとも女には組長なんて勤まらないと思ってるのかしら? 私は若い頃からやり手だったし、ずっと関東組に尽くしていたの。組長の座まで登り詰めるのも当然なのよ」
「確かに、あんたの言う通り関東組は実力主義だから女でも組長にはなれるだろう。だが今の組長は男に間違いねえんだよ。なぜなら、関東組の組長はこの俺だからな」
夫はそう言うと自分の名刺を取り出した。「関東組組長・足立剛」と書かれた名刺を目にし、正代さんは硬直していた。
「嘘でしょ? この名刺にある大門、関東組の大門じゃない? まさか歩さんの旦那さんが本物の組長なの?」
「そういうお前は、本当はカタギなんじゃないか。銃が家にあるなんて、ヤクザをしてたら絶対にでかい声で言ったりしないもんだぜ。どこで誰が聞いてるかわからねえ。警察に知られて上がりでもされたら、すぐにお縄になっちまうからな」
「ええっと……ああ、そういえば、私そろそろ幼稚園のお迎えの時間なんで、失礼するわね」
正代さんは明らかにうろたえながら逃げ出そうとした。だが夫は正代さんの襟首を掴むとにやりと笑った。
「おい、お前、まだ話は終わっちゃいねえよ。どうしてうちの組の名前を使った? 他にもうちの組の名前を使って周囲を脅してんのか?」
「そんな、脅してなんて言いません。私は以前からヤクザに憧れていて、関東組もすごい組だと聞いていたので、つい後ろ盾にしたくなっちゃっただけなんです」
「ほう。うちの組にそんなに憧れてくれているのか。それは嬉しいな。よし、是非ともうちの組に入ってくれ。うちは構成員も多いから、鉄砲玉から盃要員までいつでも募集してるからな」
「ええ? それって関東組に入れってことですか?」
「ああ、そうだ。入ると決まったらすぐにテストを始める。さあ、うちの事務所まで来てもらおうか」
夫はそう言って正代さんを車に押し込むと、関東組の事務所へと連れて行った。私も夫の車に乗り、事務所へ向かった。

事務所に着いた正代さんは、夫の部下たちに囲まれすっかり小さくなっていた。
「よし。ヤクザの組員は強くないとやっていけないからな。お前ら、こいつを殴りつけろ。どれだけ耐えられるかテストしないとな」
「な、殴られるんですか? こ、この人たち、背丈も大きいし、みんな格闘家みたいな体をしてるじゃないですか。殴られたら怪我じゃ済まないですよ」
「だからなんだ。お前、うちに憧れてたんだろう。ヤクザになりたいなら、このくらい耐えてみろってんだ。さあ、お前らやっちまえ」
夫に命令された部下たちは、正代さんを散々殴りつけた。袋叩きにされた正代さんは、あっという間にその場に倒れてしまった。
「もう勘弁してください。2度とヤクザだなんて名乗りませんから」
「お、まだ喋れるみたいだな。体力は十分あるみたいだ。耐久テストは合格だな。よし、次はどれだけ度胸があるかを試してやる」
夫はそう言うと銃を構えた。正代さんは銃を見ただけで完全にその場に硬直してしまった。夫は正代さんに向けて威嚇射撃をする。弾は正代さんには当たらず足元に穴を開けただけだったが、正代さんは恐怖からその場で気絶してしまった。
「気絶したのか。だが銃を見て逃げなかったのは認めてやろう。よし、テストは合格だな。おい、お前ら、こいつの目を覚ましてやれ」
部下たちは正代さんを外に引きずり出すと、気を失った正代さんに冷水をぶっかけた。
「な、何? もう一体何なの? もう勘弁して」
「おい、合格だ。明日からうちの組で働いてもらう」
「え? それってヤクザになるってこと?」
「おお、そうだ。お前はうちの組の組長を勝手に名乗ってるくらいなんだから、よっぽどうちの組に入りたかったんだろ。よかったな。明日から組の下働きを始めてもらうぜ」
そう告げる夫を、正代さんは呆然と見つめていた。

翌日早朝から、正代さんの家では怒号が飛び交っていた。
「てめえ、下っ端のくせにいつまで寝てるんだ。もう事務所に行く時間だろうが。ボサボサしてんじゃねえ。下っぱは朝一番に事務所に来て掃除くらいしてるもんだぞ」
「ほ、本当にヤクザとして働かなきゃいけないんですか? 私、憧れてはいましたけどヤクザにはなりたくないんです。許してください」
「ごちゃごちゃうるせえ。さっさと着替えて支度しろって言ってんだよ」
「ま、待ってください。行きたくない」
ヤクザたちの声があまりに大きかったからだろうか。それとも正代さんがあまりに高い悲鳴をあげていたからだろうか。ひどい騒音に近所の人たちも様子を見に来た。正代さんは集まった近所の人たちに見送られながら、黒塗りの高級車へ無理やり押し込まれ連れ去られていった。

関東組のヤクザは、それから毎日朝早くやってきて正代さんに怒号を吐き、無理やり車に押し込んで連れて行った。そんな日々が2週間も続く頃、正代さんの一家はヤクザ一家としてすっかり有名になり、毎日のように怒鳴り声をあげて連れて行かれることから近所からもすっかり嫌われていた。最近では玄関に「ヤクザ町から出て行け」なんて張り紙まで貼られる始末だった。

すっかり参った正代さんは、自分の夫と一緒に住んでいる義両親と共に事務所へ訪れた。そして夫の前で家族揃って土下座をして見せた。
「もう許してください。2度とお宅の敷地内に車を止めたりなんかしません。ヤクザを名乗って周囲を脅すのも、気に入らないといった理由で他人を殴りつけるような真似もしませんから。どうかお願いです。もう許してはもらえませんでしょうか?」
正代さんが頭を下げると、正代さんの夫も義両親も揃って頭を下げた。そんな正代さん一家を、夫は冷たく見下ろしていた。
「おいおい、謝る相手が違うんじゃねえか。うちの嫁はお前が散々殴りつけたせいで傷だらけにされたんだぜ。謝るなら歩に対してが筋じゃないか」
「そ、そうですね。歩さん、本当にごめんなさい。もう許して。このままじゃ近所の人からも白い目で見られるし、落ち着いた生活もできないの。2度と歩さんにひどいことはしないから」
「だそうだが。歩、どうする?」
「私は怪我をした治療費とボロボロにされた服とか、正代さんの嫌がらせで娘がすっかり怯えるようになっちゃったから、そのケアのためのお金を支払ってもらえばそれでいいんだけど」
「なるほどな。それなら慰謝料は1000万だ。それで手を打とうじゃねえか」
「1000万支払えば許してくれるのね。分かったわ。すぐに準備するから」
私の言葉に、正代さんとその家族の顔はパッと明るくなった。1000万なら何とか支払えると思ったのだろう。だがその顔は、夫の次の言葉ですぐさま暗く沈むことになる。
「よし、歩への慰謝料は話がついたか。それなら次は、組を抜けるための違約金の話をしようじゃねえか」
「あ、ま、待ってください。歩さんへの慰謝料を払えば許してくれるんじゃなかったんですか?」
「それはあくまでも歩に対しての詫びだろう。お前は組を抜けたいんだよな。組を抜けるためにそれなりの代償を支払うのが当たり前なんだよ。お前はなんで支払う? 金か? なんなら指を詰めてもらってもいいぜ」
「お、お金でなんとかならないでしょうか」
「金か。金なら1億だな」
「1億ですか? ちょっと待ってください。うちは一般家庭なんです。とてもすぐ1億だなんて金額は出せません」
「何言ってんだ、お前は? 最近新築で家を建てたばかりだろ。家と土地を売り払えばなんとかなるじゃねえのか。それにそっちには義理の両親もいるだろう。両親の貯金でも何でも使えば支払えるだろうが。親戚に頭を下げて金を掻き集めてこいよ。やる前からできないなんていうもんじゃないぜ」
「それなら、もう少し組にいます。組に行って貯金ができたら支払いますから」
「おいおい、お前はたった今ヤクザを抜けるって言ったんだぜ。今更なかったことにできるかよ。とにかく1億を準備しろ。そうしたらお前を解放してやるからな」
正代さんとその家族は真っ青な顔になってブルブルと震えた。だがそれでもヤクザに付きまとわれるよりはマシだと思ったのだろう。
「わかりました。支払います。何としてでも1億集めますから、どうか許してください」
絶望した顔で夫にそう告げる正代さん一家は、すっかり魂が抜けた幽霊のような顔をしていた。

それから3日後、正代さん一家が住んでいた家には売却の看板がかかっていた。あれから正代さんがどうなったのか、私は知らない。1億を準備するためあちこちに頭を下げていたようだが、この町ではすっかり「ヤクザ一家」として悪名がついてしまったから、2度とこの町には現れないだろう。

「ただいま。歩、今帰ったぞ」
「お帰りなさい。あら、その鞄は?」
「お、これか。これはあの正代ってやつから取り立てた金だ。全部で5000万ほどになるかな」
夫はそう言いながら鞄を開けた。中には札束がどっさり入っていた。
「正代のやつ、1億を取り立てる前に姿は消しちまったが、あいつら家も車も手放して無一文だ。完全に破産した上、親戚にも散々借金したから、頼れる身内もいないだろうな。おいた両親を連れて、これからどうやって過ごしていくんだろうな」
「でも正代さんには灯里ちゃんと同じ年の娘さんもいてよね。娘さんは大丈夫かしら?」
「その子はどうやら施設に預けられたようだぜ。信頼できる施設だから、両親について逃げ回り生活するよりはずっといいだろうよ」
「そうなのね」
私は札束の入った鞄を見てもう2度と正代さんに苦しめられることはないのだと思い、深く息を吐いた。そんな私に夫は優しく笑って見せた。
「俺は留守が多いから、お前には苦労ばかりかけちまうな」
「そんなことないわよ。あなたは大きな組を束ねる組長さんなんですもの。忙しいのは当然だし、1人で家を守る覚悟をしていたわ」
「だが、今回の件は俺が不在がちだったから招いたことだ。詫びってわけじゃないが、この金で美味しいものでも食べに行かないか」
私たちが話しているのが聞こえたのか、娘は手を上げて笑った。
「私、カレー食べたい」
「お、小さいのがカレーを食べたいのか。よし、飛び切り上等なカレーを食べさせてくれる店を探さないとな」
夫は娘を抱き上げると上機嫌になって私を見た。私は家族で旅行の計画を立てながら、ずっとこんな平和な日々が続けばいいと願うのだった。

Thumbnail