「無職? ありえない。そんなハズレ、みさにでもあげれば。」…

「無職? ありえない。そんなハズレ、みさにでもあげれば。」...

姉の指がテーブルの上の紙を弾いた。父が持ち帰った見合いのプロフィールだ。職業の欄には「無職」とだけ書いてある。母が鼻で笑った。姉も笑った。父だけが腕を組んで黙っていた。

「みさ、お前が代わりに行け。」

蛇口の音だけが残った。私は相手の顔も知らない。姉が鼻で笑った。

「分かったじゃない。あんたにはちょうどいいわよ。いい話は全部お姉ちゃんのもの。残ったものが私のところへ来る。それが村瀬の家の順番だ。」

私は藤崎みさ、32歳。介護福祉士の資格を持って特別養護老人ホームで働いている。介護の仕事に入って9年になる。この話は2年前、私が30歳だった秋から始まる。

当時の私はまだ村瀬みさだった。村瀬の家は都心から電車で40分の住宅地にある。父は食品を卸す会社で営業部長、母はずっと専業主婦。そして3つ上の姉がいる。家族というものが全員に同じ顔を向けるとは限らない。私はそれを子供の頃から知っていた。

進学の時、姉は都内の私立大学へ行った。入学金も授業料も4年分全て両親が出した。私が3年後に同じことを言うと、母はこう答えた。

「うちにそんな余裕、2人分もないわよ。」

私は奨学金を借りて専門学校へ行った。卒業してからジムの仕事をして23歳で春園に入った。奨学金は毎月1万4000円を9年かけて返した。返し終わったのは29歳の時だ。最後の返済を終えた日、母に電話で報告した。母は「あら、そうだったの」と言って姉の話に戻した。

成人式の日、姉の振り袖は駅前の呉服屋で誂えた。母は3日かけて生地を選び、写真館で家族写真まで撮った。私の番になると、母は近所のレンタルのカタログを持ってきた。

「みさは背が高いから何でも似合うでしょう。」

似合う似合わないの話ではなかった。私は何も言わずにカタログをめくり、1番安いのを選んだ。成人式の年に撮った写真は1枚もない。実家の壁には今でも姉の振り袖の写真だけが額に入ってかかっている。

就職が決まった時、両親が親戚を呼んで席を作った。父が私を紹介した。

「事女は介護の道に進むそうです。」

すると母が横からけ出した。

「みさは、お給料が姉ほどじゃないんだから、手に職があった方が安心なのよ。」

席が笑いに包まれた。おばの松さんだけが笑わずに私を見ていたが、母の声の方が大きかった。私は笑わなかった。誰もそれには気づかなかった。

それでも私は実家に金を入れていた。施設に入った23の年からだ。ちょうど父の給料が下がった年で、母に頼まれて毎月3万円。それがそのまま続いている。積み上げればいくらになるのか、私は計算をしたことがない。すれば嫌になるのが分かっていたからだ。姉は家に金を入れたことは1度もない。母はそれが当然だと思っている。

「レイナは見栄にお金がかかるの。人前に出る仕事なんだから。」

介護も人前に出る仕事だ。ご家族に頭を下げ、ご本人の名前を呼び、汚れた寝巻きを変える。そう言い返したことはない。

春園には菅田さんという90歳の女性がいた。私が入職した年からいる人だ。目はほとんど見えないが、耳の方はよく聞こえる。私が入ると足音で分かるらしかった。

「みささん、今日は早いのね。」

誰かが私の名前を順番ではなく、私のものとして呼ぶ。実家では起きないことだった。

記録はタブレットでつける。起動するたびに画面の隅に小さく会社の名前が出る。毎日見ているのに、私はその名前を読んだことすらなかった。ただの模様のようなものだった。職場で先輩の土屋さんに一度だけ実家の話をしたことがある。生活相談員として20年やっている人だ。土屋さんは湯のみを両手で包んだまましばらく黙っていた。

「村瀬さん、あなた家では何て呼ばれてるの?」

「みさですけど……お姉さんは、れなちゃんです。」

土屋さんは何も言わずに湯のみを置いた。その音だけが夜けに長く耳に残った。

見合いの話が来る前の年から、姉は結婚相談所に入っていた。母は「レナにはね、もっといい話が来るのよ」と言うのが癖になっていた。姉は33。母の頭の中では、姉が誰と結婚するかが村瀬の家の一大事だった。私が誰と結婚するかは話題にすらならなかった。父も同じだった。父は年に何度かこう言った。

「レナにはいい相手を見つけてやらんとな。あれは顔がいいから。」

そして必ず一拍置いて、こう続けた。

「みさはまあ、大丈夫だろう。」

何が大丈夫なのか、父は説明しなかった。期待されないというのは、放っておいてもらえるということでもある。そう思い込むことで、私はここまでやり過ごしてきた。ところが村瀬の家にはもう1つの順番があった。誰も欲しがらないものが回ってくる順番だ。その順番の先頭に、私はずっと立たされていた。

その秋、父が茶封筒を持ち帰ってきた。中身は白い用紙が2枚。1枚目に写真、2枚目にプロフィール。私はたまたま休みで昼から実家に寄っていただけだった。

「大久保さんからだ。レナにどうかと。」

大久保さん。丸菱商事の相談役だ。父の勤め先で2代前まで社長をやっていた人。母は写真を手に取った。姉が2階から降りてきて、母の肩越しに覗き込んだ。

「へえ。顔はまあまあじゃない。歳前ちょっと上だけど、まあ許容範囲かな。」

母が2枚目をめくった。そこで母の手が止まった。姉が母の手から紙を抜き取った。そしてあの声が出た。

「無職? ありえない。そんなハズレ、みさにでもあげれば。」

私は台所にいた。手を止めずに聞いていた。姉はプロフィールを指で弾き、テーブルに投げた。母が拾い上げてもう1度読み、眉の間に線を作った。

「本当だわ。職業、無職。何それ?」

「歳で無職って、何かあるってことでしょ? 病気かしらね。借金じゃない? じゃなきゃ……壊れとか。」

姉と母は、まだ会ってもいない人の人生を3分で決めた。その間に母は1本の電話をかけていた。前の日の夜、母は親戚中に触れ回っていたのだ。「大久保さんからレナに話が来た」と。だから母は取り消しの電話をかけた。相手はおばの松さんだった。

「ごめんなさいね、おばさん。あの話、なかったことにして。それがちょっと事情のある方でね。レナには。」

事情のある方。無職の2文字は、母の口の中で30秒もしないうちにそう変わった。父だけが黙っていた。父はこう言った。

「断るのは難しい。」

「どうしてよ? 無職なのよ。」

「大久保さんは、その男の父親と長い付き合いだったそうだ。」

「だからって、うちのレナを、レナじゃなくてもいいけど。」

父の声は低かった。相談役の顔を潰さずに娘のどちらかを差し出す方法を、父はもう考え終えていた。母が黙った。姉も黙った。2人の視線が同時に台所へ向いた。私は振り返らなかった。水の音が続いていた。

「みさ、お前が代わりに行け。」

翌週、私は父に1度だけ確かめた。

「お父さん、どうして断れないの?」

父は新聞を読んだ。

「再来年の春で定年だ。その後、関連会社で顧問をやらせてもらう話がある。大久保さんが口を聞いてくださっている。」

父の声には後ろめたさが1つも混ざっていなかった。娘の見合いと自分の再雇用が同じ天秤に乗っていることを、父は問題だと思っていない。

母は諦めていなかった。姉の相談所には条件を出してあるのだと、母は私に何度も言った。

「年収は800万以上。持ち家か、将来持てる見込み。長男は避けたい。介護の心配がない家。レナには、そういう人じゃないと釣り合わないのよ。」

釣り合い。母はその言葉が好きだった。誰と誰が釣り合うかを決めるのは、いつも母だった。

会う日は父が決めた。場所も父が決めた。相手の名前を私が知ったのは、日が決まった3日後だ。藤代直さん、38歳。着ていく服は母が決めた。姉の部屋から出してきた前の年の秋物のワンピースだった。

「これなら失礼にならないでしょう。あんた、そういうの持ってないんだから。」

姉が廊下からそれを見て笑った。

「お下がりでお見合いって、なんか漫画みたい。」

待ち合わせは駅前のホテルのラウンジだった。父が同席すると言い張るので、私は断った。断ったのは、この件で私が初めて通した意見だった。

前の日の夜、姉が私の部屋を覗いていった。

「ねえ、もし気に入られたら、ちゃんと結婚するの?」

「知らない。」

「してあげなよ。お父さんの顔もあるし。」

藤代直さんは、約束の10分前にもう座っていた。グレーのセーターに、眼の鞘だけ。時計もしていない。私が名乗ると、その人は立ち上がって丁寧に頭を下げた。

「藤代直です。今日は、ありがとうございます。」

声が低くて聞き取りやすかった。介護の現場にいると、聞き取りやすい声かどうかがまず気になる。注文を済ませてしばらく仕事の話をした。私が春園で働いていると言うと、その人は身を乗り出した。

「特養ですか? 夜勤は月に何回くらいですか?」

「4回か5回です。」

「16時間ですか?」

「はい。」

「大変ですね。」

「大変ですね」で終わる人は多い。その人は続きを聞いた。夜勤の休憩がどう取れるか、記録はいつ書くか、看取りの時に家族が来るかどうか。私が言う前に「16時間」という数え方が、その人の口から出た。この仕事の外にいる人は、その言い方をしない。

私は気づいたら30分近く喋っていた。慌てて口を閉じた。

「すみません。私ばかり。」

「面白いです。本当に。」

それから、その人は少し姿勢を正した。

「村瀬さん、失礼を承知で確かめさせてください。この話は、元々お姉様に来たものですね。」

私の喉が詰まった。

「姉が断りました。無職と書いてあったので。」

言ってしまってから、自分の言葉の冷たさに驚いた。謝ろうとした。その前に、その人が言った。

「なるほど。それは当然だと思います。」

「当然」と言われて、私は顔を上げた。

「知らない人の紙1枚に無職と書いてあったら、私でも警戒します。」

「でも──」

その人が引き取った。

「身代わりなら、この話はお断りします。」

私は返す言葉を持たなかった。断られると思っていなかったわけではない。ただ、断る理由がそれだとは思っていなかった。私が黙っていると、その人は続けた。

「お父様に言われてこられたのなら、村瀬さんが困ります。私はそういう形で誰かの家に入りたくない。今日はお会いできてよかったです。ここで終わりにしましょう。」

その人は本当に伝票へ手を伸ばした。そして、手を止めた。

「1つだけ、聞いてもいいですか?」

私は膝の上で手を揃えた。

「みささんご自身は、どうしたいですか?」

その人が私を苗字ではなく名前で呼んだのは、そこが初めてだった。ラウンジのざわめきが、その時急に遠くなった。どうしたいか。30年生きてきて、その質問を私にした人が、家族の中に1人もいなかった。

「すみません。急でしたね。答えは今日じゃなくていいです。もし良かったら、もう1度だけお会いしませんか? 今度は見合いとしてではなく。」

私は頷いた。その日を入れて、私たちは3度あった。2度目は美術館だった。3度目は商店街だった。魚屋の前でアジの値段を見て、その人は真顔で言った。

「今日は高いですね。」

私が笑うと、その人は本当に困った顔をした。

「いや、本当に高いんですよ。先週は3匹で400円でした。」

値段を覚えている人だった。夜勤明けの日に私が何もできなくなる話をすると、その人は当然のように頷いた。

「じゃあ、僕が作った方が早いですね。」

3度目の帰り、駅の改札の前で私は立ち止まった。

「藤代さん。」

「はい。」

「私、姉の代わりじゃなく、私が結婚したいです。」

その人は目を丸くした。それから、笑わずに頷いた。

「では、そのつもりでお話を進めます。」

その日、実家に電話をして、私は「結婚します」と伝えた。母は5秒ほど黙ってから「あら」と言った。

入籍したのは翌年の春の終わりだった。式はあげなかった。あげないと決めたのは私だ。直さんは「みささんがしたいなら」と言ってくれたが、私はしたくなかった。あの家の人たちに、私の1番いい日を見せたくなかった。母は電話でこう言った。

「式をやらないなら、その分はレナの時に回せるわね。」

その「その分」が何を指すのかは聞かなかった。聞くだけ無駄だからだ。写真だけ駅前の写真館で撮った。婚姻届を出した日、直さんは黒のボールペンと予備の用紙を1枚持ってきていた。

「用意がいいですね。」

「書き直しになることもあると思ったので。」

その言い方がおかしくて、私は窓口の前で笑ってしまった。

新しい住まいは私の職場の隣の駅にある賑貸マンションだった。家賃は10万2000円。初めて部屋に入った日、私は正直なところほっとした。直さんの生活は聞いていた通りだった。朝私より先に起きる。米を研ぐ。洗濯機を回す。私が夜勤から帰ると味噌汁の鍋が温め直せるようにしてある。午後は本を読み、夕方に散歩へ出る。夜は9時には寝る。高級な車も腕時計も何もなかった。本当に無職なんだ。私は口に出さずにそう思った。思って、それでよかった。ただ1つだけ引っかかることがあった。金に困る様子が全くないのだ。家賃も光熱費も私が知らないうちに落ちている。

「みささんの給料は、みささんのものです。生活の方は、僕がやります。」

入籍から1週間後、実家から呼び出しがあった。親戚が集まるから2人で来なさい、と。その日、実家の座敷には私たちの他に8人いた。父が上座で立ち上がった。

「紹介します。事女の連れ合いの藤代直君です。」

直さんが頭を下げると、座敷の全員が拍手した。ここまでは良かった。その後、父はこう続けた。

「いや、実はね、この話は元々レナに来た見合いでしてね。ところがみさが、どうしてもと言うんですよ。私はやめておけと言ったんだが、あれの言葉は聞かんもんでね。」

座敷が笑いに包まれた。母が「全く困った子で」と言い、姉が「私、譲ってあげたんです」とけ出した。松さんが私の手を取った。

「そうだったの。あんた、よく決心したわね。」

その手は温かかった。だから余計に、私は何も言えなかった。ここで違うと言えば、父が大久保さんと何を引き換えにしたのかまで出る。父が押し付けた話だと分かれば、この座敷にいる全員が父を見る。父の顔が潰れる。父の顔が潰れれば、丸菱商事の相談役の顔も潰れる。私は膝の上で指を組んだ。

従兄弟の奥さんが、遠慮がちに直さんへ話しかけた。

「藤さんは、以前は何のお仕事を?」

直さんは箸を置いて、まっすぐに答えた。

「会社をやっていました。何年か前に人に譲って、それからは何も。」

「まあ、ご自分で会社を? 小さいものです。今はどうしてらっしゃるの?」

「本を読んだり、散歩したりしています。」

「あら、いいわね。」

そこまでだった。母が横から箸を差し出して、話を途中で断ち切った。

「はい、お刺身どうぞ。レナ、あんたも取りなさい。」

会社をやっていたという一言は、そのまま座敷の畳に落ちて消えた。誰も拾わなかった。

帰りの電車は空いていた。松さんにもらったナスの入った袋を、直さんが膝に乗せている。私は隣に座ってしばらく黙っていた。それから口を開いた。

「すみませんでした。」

直さんは袋の包みを持ち直して、首を横に振った。

「みささんが謝ることは、何もないですよ。」

「でも、父があんな……。」

「お父様は、ああ言わないと座っていられなかったんだと思います。」

その言い方には、責める色がなかった。それが余計に、私の胸を重くした。

「私、父に押し付けられて、あの席に座ってました。それは本当です。」

「知っています。」

「それなのに、私がどうしても、ってことになってました。」

「はい。」

「悔しいんです。でも、悔しいと言えないんです。」

言ってから、涙が出そうになった。直さんは黙って袋の結び目を直した。それから、こう言った。

「言えないのは、みささんが優しいからではないと思います。言ったら困る人が多すぎるからです。それは、みささんのせいじゃない。」

窓の外を家の明かりが流れていった。私はその時初めて、はっきりと考えた。この人は、何で食べているのだろう? 家賃10万2000円。光熱費、食費。私の給料には手をつけていない。貯金を崩しているなら、何年も持つはずがない。会社をやっていたと、この人は座敷で言っていた。小さいものだ、とも言っていた。私はその2つを並べて、勝手に釣り合いを取っていた。父と同じだ。聞いていて、聞かなかったことにしていた。

帰り着いて、2人でナスを洗った。私は寝室へ荷物を置きに行った。そこで、部屋の隅に置いてある古い箱に目が止まった。灰色の手提げ金庫だった。角が擦れて塗装が剥げている。取っ手のところに油性ペンで何か書いてある。「藤代」とだけ読めた。引っ越しの日から、そこにあったはずだ。それなのに、私はその箱にその日まで1度も目を止めていなかった。

最初の電話は、親戚の集まりから10日ほど経った夜だった。母からだった。

「みさ、仕送りのことなんだけど。来月から5万円にしてもらえない?」

「うちは、夫が働いてないんだけど。」

「だから聞いてるのよ。困ってないんでしょ? あの人、困ってないって言ってたわよね。」

座敷でのやり取りを、母はちゃんと覚えていた。都合のいいところだけを。私は電話を切った。切ってから、心臓が早くなっているのに気づいた。母に対して電話を先に切ったのは、多分初めてだった。

その夜、私は自分の通帳を出してきた。毎月25日に3万円が同じように出ていく。8年目に入っている。私はそれを最後まで見なかった。数えたら手が止まると思ったからだ。

次の電話は3日後で、今度は父からだった。

「みさ、母さんから聞いたか? あれは母さんが勝手に言ったんじゃない。2人で決めたことだ。」

「そう。」

「お前はいいだろう。楽な結婚したんだから。」

「どこが楽なの?」

「専業主夫が家にいるんだ。飯も作ってもらえる。うちのお母さんなんか、30年、私の帰りを待って。」

「じゃあ、お母さんが苦労したから、私も苦労しなきゃいけないってこと?」

父は黙った。それから、わざと聞こえるようにため息をついた。

「全く、口が達者になったな。」

3本目はまた母だった。今度は要件が違った。

「レナの相談所のことなんだけどね。入って2年になるのよ。年に19万円かかるの。2年で38万円。」

「そんなにするんだ。」

「するのよ。いいところだから。それでね、次の更新も2年分で38万円なの。その半分の19万だけ、あんた出してくれない?」

「どうして私が。」

「だって、あんた、レナのおかげで結婚できたじゃない。」

息が止まった。おかげ。

「レナが譲ってあげたから、あんたのところに話が来たんでしょ。それくらいいいじゃないの。」

「お姉ちゃんは、いらないって言っただけだよ。」

「同じことでしょ?」

同じではない。いらないと投げ捨てたものを、誰かが拾って大事にしていたら、投げた人はそれを「譲った」ことになるのか。私は言い返さなかった。言い返す言葉を、その頃の私は持っていなかった。

3日後、姉からもメッセージが来た。「更新料の件、よろしくね。振り込み先は後で送る。」それだけだった。頼むという言葉が1つも入っていない。30分後にもう1通来た。「頼んだよ。」私はそこで携帯を裏返した。

その週の終わり、母は直さんに直接電話をかけた。私が夜勤に入っている時間だ。帰ってから聞いて、私は台所で立ち尽くした。

「お母様から、庭の草むしりを頼まれました。それと、物置きの片付けも。土曜と、次の土曜の2回で。」

「断ってよかったのに。」

「断る理由がなかったので。」

「理由ならあるでしょう。向こうが勝手に決めたんだから。」

直さんは麦茶を私の前に置いた。

「みささん、僕が断ると、お母様はみささんに言います。『僕には言えないので』と。」

私は麦茶のコップを両手で持った。冷たさが手に伝わった。この人は、うちの家族の仕組みをもう理解していた。私が何年もかかって諦めたことを、2週間で見抜いていた。

「行きます。草むしりくらい。僕は嫌いじゃないですよ。」

直さんは実家へ行った。夕方に帰ってきた直さんは、腕と首を蚊に刺されていた。次の土曜は私も休みだった。だから物置きは2人で行くことにした。着いてみると、庭に近所の女の人が3人いた。母が呼んでいたのだ。

「あら、来たわ。これがうちの婿。」

母の紹介の仕方は、新しい道具を見せる時のものだった。

「若いのに家にいるものだから、こういう時は助かるのよ。」

3人のうちの1人が「まあ、優しい旦那さんね」と言った。母はすかさず言った。

「優しいというかね。仕事してないのよ、この人。」

その場が一瞬静まった。昼を過ぎた頃、直さんが1つの箱を持ってきた。

「お母様、これはどうしますか?」

中身は私のものだった。専門学校の教科書と、卒業証書の筒と、実習の記録ノート。母は箱の中を3秒だけ見た。

「それは捨ててよろしいんですか?」

「いいのよ。もう使わないでしょ。」

姉の学習机は残った。天板に姉の落書きがあるからだ。母はそれを見て「懐かしいわね」と言った。直さんは箱を持ったまま、私の方へ来た。

「みささん、これ、うちに持って帰りませんか? 僕が使います。昔のノート、読んでみたかったので。」

それは嘘だった。優しい嘘だと分かった。その箱は、今もうちの本棚の下の段にある。

その夜、松さんから私の携帯に電話があった。

「あんたの旦那さん、先週うちにも寄ってくれたのよ。ナスのお礼だって。ええ、かずえさんが『うちの婿に庭をやらせてるのよ』って、あちこちに電話してるみたいだけど。あれ、『頼んだんじゃなくて、やらせてる』って言い方はないと思うのよ。」

私は携帯を耳に当てたまま、返事ができなかった。やらせている。母はそう言って回っていた。無職の婿を働かせてやっている。母にとって、それは自慢だった。

秋の夕方だった。私は日勤で5時過ぎに帰った。玄関で靴を脱ぎながら、その日は買い物に行かなければ、と思い出した。冷蔵庫に卵がない。

「夕飯の買い出しに行ってくるね。」

財布を開いた。小銭入れに120円。札は入っていない。

「あ、下ろしてくるね。銀行寄ってから行く。」

すると直さんが顔を出した。

「銀行、遠回りになりますよ。」

「でも、現金ないから。」

「じゃあ、金庫の現金を使ってください。」

私は靴を履きかけたまま止まった。金庫。寝室の隅にあるやつだ。私は靴を脱いで寝室へ行った。灰色の手提げ金庫は、いつもの場所にあった。鍵はかかっていなかった。私は蓋を持ち上げた。そして、そのまま動けなくなった。

帯封のついた束が詰まっていた。茶色い帯に「100万円」と印字してある。それが1つではない。2つでも3つでもない。重なって、底が見えなかった。私は蓋を閉めた。閉めてから、もう1度開けた。変わっていなかった。

「直さん。」

「どうしました?」

「ちょっと来て。」

直さんはエプロンをつけたまま寝室に入ってきて、私の顔を見て、それから金庫を見た。

「ああ、ありましたか?」

「『ありましたか』じゃなくて。直さん、これ、何のお金?」

直さんはその場に座った。私と同じ高さになった。

「僕のお金です。」

「そうじゃなくて。どこから来たお金?」

言いながら、自分の声が震えているのが分かった。私が最初に思ったのは、この人は何かに関わっているのではないか、ということだった。収入源が見えない。家賃も生活費も途切れない。そして、部屋の隅の金庫に100万円の束。繋がってはいけない線が、頭の中で勝手に繋がった。

「悪いことしてないよね?」

直さんの目が丸くなった。それから、本気で慌てた声を出した。

「してないよ。してないです。えっと、何から話せばいいんだ?」

直さんは一度息を吐いて、金庫の蓋を全部開けた。

「まず、これが10あります。1つで100万円なので、1000万円です。災害の時の分です。停電するとお金が下ろせないので、3日分動けるようにしておこうと思って。」

「3日で1000万は使わないと思う。」

「言われてみれば、そうですね。」

直さんは真面目な顔でそう言った。私は笑うべきなのか、怒るべきなのか分からなくなった。

「じゃあ、元は? 会社を売りました。4年ほど前です。25の時に仲間と3人で作った会社があって、10年やって大きいところに買ってもらいました。持っていた株を全部売って、代表を辞めました。引き継ぎで1年だけ残って、その後は何も。お金はほとんど預けてあります。銀行と国債と投資信託と、あとは人に貸している古い建物を1つ。金庫にあるのは、その一部です。」

「じゃあ、社長なの?」

直さんは首を横に振った。

「いや、働いていないという意味では、本当に無職です。会社はもう僕のものではありませんし、役員でもありませんし、どこにも属していません。だから、あの紙に書くとしたら、無職しかなかったんです。」

私は膝の上で拳を作った。姉が3分で決めつけた2文字は、嘘ではなかった。嘘ではなかったのに、私の家族はその2文字だけを見て、人を捨てた。

「会社って、何の会社だったの?」

直さんは、そこで初めて言いにくそうにした。

「介護と医療の記録のソフトです。施設の記録を、紙からタブレットに移すやつです。」

私の口が半分開いた。

「名前は、ケアリング・テクノロジー。」

音が耳に入った瞬間、指先が冷たくなった。私はその名前を毎日見ている。春園のタブレットを起動すると、画面の隅に小さく出る。読んだことすらなかった。ただの模様だと思っていた。

「毎日、触ってます。」

私が言うと、直さんは目を細めた。それきりだった。自慢もしなかったし、「そうだろう」とも言わなかった。

「知ってたの? 私の職場が使ってるって。」

「調べました。2度目に会う前に、言ってくれればよかったのに。」

直さんは首を振った。

「言ったら、それが目当てで会っていることになるので。」

「初めてあった日、『16時間ですか』って聞いたよね。あれ、どうして?」

「施設を10年、1件ずつ回りましたから。夜勤の数え方は、そこで覚えました。」

私は金庫の中に手を入れた。1番上の束から帯を外して、1枚だけ抜いた。1万円札。それを財布に入れて、蓋を閉めた。

「それだけですか?」

「うん。スーパー行くだけだから。」

「もっと持っていっていいですよ。」

「持っていったって、レジで困るだけだよ。」

私は立ち上がって財布をポケットに入れた。

「夕飯、何食べたい?」

そこで直さんが笑った。声を立てて笑った。初めて見る笑い方だった。

「なんで笑うの?」

「いや、すみません。変なこと言った?」

「言ってないです。本当に何も。」

直さんは目をぬぐって立ち上がった。

「鶏胸肉と卵と、あと長ねぎをお願いします。」

スーパーまでの道で、私は1度だけ立ち止まった。もし姉が紙を職業の欄だけで放り出さず、1度でも会っていたら。もし母が電話を取り消していなかったら。もし父が私に押し付けていなかったら。今頃この道を歩いているのは、私ではなかった。そう思った瞬間、背中が冷たくなった。嬉しさではなかった。怖さに近かった。私は歩き出した。歩きながら、1つ決めたことがある。このことは、実家に言わない。理由は、その頃の私にもはっきりしていた。言えば、家族はこの人を見なくなる。金額を見る。姉が金銭を見る目で写真を見たのと同じことが、もう一度起きる。あの目でこの人を見て欲しくなかった。

食べながら、私は1つだけ聞いた。

「どうして、結婚する前に言わなかったの?」

直さんは箸を止めた。

「隠したつもりはないんです。でも、言わなかったよね。」

「仕事はしていないと言いました。生活に困るほどではない、とも言いました。」

確かに言っていた。ラウンジで、この人はそう言った。私はそれを強がりだと思って、聞き流していた。

「じゃあ、金額は、聞かれませんでした。」

「聞かれたら、言った?」

「言ったと思います。」

私は味噌汁の椀を置いた。

「聞かなくて良かったのかな?」

「僕は良かったです。僕にお金があると知ってから近づいてくる人と、知らないうちから会いに来てくれる人は、違うので。」

金庫を見つけた日の夜、寝る前に私が言った。

「あの置き方は、危ないよ。」

直さんは素直に認めた。

「そうですね。考えが足りませんでした。」

その数日後、私たちは2人で銀行へ行った。100万円の束を預けて、1つだけ手元に残した。それも、次の週には半分を預け、月末には残りも口座へ移した。金庫はそれきり、レシートを入れておく箱に戻った。

実家に言わないと決めてから、私の生活は表向き、何も変わらなかった。仕送りは3万円のままにした。5万円にはしなかった。姉の相談所の19万円も振り込まなかった。姉からはその後2度、催促が来た。私は既読をつけたまま、どちらも返さなかった。

職場では、記録ソフトの入れ替えの話が出ていた。

「来年度から、新しいのになるかもしれないって。」

休憩室で後輩がそう言った。土屋さんが顔をしかめた。

「またあの覚え直し? 勘弁して欲しいわ。」

私は麦茶を飲みながら、口を挟まなかった。画面の隅にあるその名前が、今の私には誰の名前なのか分かる。知っているのは、この職場では私だけだ。誰にも言っていない。

その均衡を崩したのは、また父だった。10月の終わり、父から電話が来た。

「直君に、いい話を持ってきた。うちの取引先でな。ジムでよければ、来月から来てくれと言っている。」

「頼んだの?」

「頼んださ。当たり前だろう。娘の亭主が無職では、私の立場がない。」

直さんはスーツを着た。持っているとは思っていなかった。

「営業していた頃のは全部処分しました。1着だけ残してあって、会社を渡す日に着たきりです。」

夜、私が帰ると、直さんは起きて待っていた。

「どうだった?」

「先方の総務の課長さんが出てこられました。優しい方でした。それで1時間ほどお話しして、お断りしました。」

「なんて言ったの?」

「『今は働く予定がありません』と。『なぜ働かないんですか』と3回聞かれました。」

「3回?」

「1回目は世間話でした。2回目は心配してくださっていました。3回目は、多分本当に不思議だったんだと思います。働かない人間がいるということを、みんなうまく飲み込めない。私だって、この人に会うまではそうだった。」

「なんて答えたの?」

「『もう十分働いたので』と。」

その答えは、多分誰にも通じない。通じないと分かっていて、この人は嘘をつかなかった。

帰りに、直さんは続けた。

「駅で、大久保さんにお会いしました。改札のところで、向こうから声をかけてくださって。」

「どんな話を?」

「近況一通り。あとは、父のことを。」

直さんは頷いた。

「大久保さんは、僕の父を知っている人なんです。」

直さんの父親は藤代儀作という人だった。電気設備の工事の現場監督をしていた。20数年前、丸菱商事が冷蔵倉庫を建てた時、その現場に入っていたのが儀作さんだった。当時、大久保さんは常務だった。工事が遅れたのを、父の会社のせいにされた。父は自分の上司と工事を仕切っていた会社の所長に挟まれて、丸菱商事の本社まで詫びに行かされました。その時、大久保さんが「それは現場の話ではない」と言ってくださったと聞いています。それからずっと、年に1度か2度、父と飲んでいました。

「父の葬儀を仕切ってくださったのも、大久保さんです。僕が27の時です。母は僕が高校の時に亡くなっていたので、僕1人でした。何をすればいいのか分からなくて、突っ立っていた。大久保さんが、全部やってくださいました。」

「直さんのお父さんは、なんで亡くなったの?」

聞いてから、聞きすぎたかと思った。直さんは嫌な顔しなかった。

「現場で倒れました。52歳でした。」

52歳。今の私の父よりずっと若い。

「その頃、うちの会社がやっと形になってきていて、僕は父の話をロクに聞いていませんでした。その日も、父から着信が1件ありました。返すつもりで、忘れました。」

「あの寝室の金庫。あれ、お父さんの?」

直さんの表情がわずかに動いた。

「そうです。父が現場で使っていたものです。」

「あのプロフィールのことなんだけど。職業のところ、無職しか書いてなかったよね。会社をやってたことは、書かなかったの?」

直さんは少しだけ間を置いた。

「書かないでください、と僕がお願いしました。書くと、そこから先を見てもらえないので。大久保さんは渋っていました。『せめて元職くらいは書かせてくれ』と。でも、最後は聞いてくださいました。」

私は自分の家の座敷を思い出した。無職の2文字だけを見て、母が親戚に取り消しの電話をかけた。姉が3分で人生を決めた。父が娘を差し替えた。書いてあったのは2文字だ。あとは全部、うちの家族が書き出した。

直さんが、思い出したように顔を上げた。

「もう1つ。大久保さんが別れ際に、みささんへの伝言を預かりました。『あったら伝えてくれ』と。」

「何を?」

「『あの時のご返事は、本当にみささんご自身の口から出た言葉だったのでしょうか?』と。」

私の背中が冷たくなった。返事。父は言っていた。「先方には私から返事をしておく」と。あの返事で、父は私のことを何と伝えたのか。私はその時初めて、そのことを考えた。

12月の初めだった。その日は日勤で、昼の休憩に土屋さんと2人になった。土屋さんは私の弁当を見てから、湯のみに手を伸ばした。

「ねえ、1つ失礼なこと聞いていい? あなたのお給料で、大人2人は無理でしょう。ご主人、どうしてるの?」

土屋さんは責める調子ではなかった。生活相談員という仕事は、家族の金の話を毎日聞いている。土屋さんはその声で聞いた。

「困ってはいないんです。」

「そう。本当に困ってなくて。」

「うん。」

土屋さんはそれ以上聞かずに、こう言った。

「うちで何百件もご家族を見てきたけどね。出せる人が出すって家は、実は少ないのよ。大抵、出される人が決まってるの。決まってる家は、その役の人が何と言おうと変わらない。ずっと同じ人が出す。うちに来るご家族にもね、私はいつも言うのよ。『介護は家族がやって当たり前じゃありません』って。当たり前にしてる家から順に、誰か1人が潰れるから。」

土屋さんは湯のみを置いて、私の顔を見た。

「村瀬さん、あなたの家、決まってるでしょう。別に出すのが悪いって話じゃないのよ。出したいなら出せばいい。でも、『出したいのか』『出されているのか』は、自分で分かっておいた方がいい。」

その夜、私は実家に電話をかけた。母が出た。

「あら、珍しい。あんたから。」

「3つ、返事をしようと思って。仕送りのこと、お姉ちゃんの相談所のこと。あと、会場費。」

母の声が明るくなった。

「そう。じゃあ、5万円は3万円のままにします。お姉ちゃんの相談所も出せません。法事の会場費も出せません。うちは、夫が働いていないので。」

「ちょっと待ちなさいよ。あんた、この前『考える』って言ったじゃない。」

電話の向こうで父の声がした。母が代わったらしい。

「みさ、母さんから聞いたが。」

「はい。」

「お前のところは困ってないんだろう。」

「夫は働いていません。」

「それは知っているが。」

「お父さん、困ってないって、誰から聞いたの?」

父が詰まった。

「本人があの座敷で、そう言ってた。」

「そう。じゃあ、無職の人の言うことは信じるんだね。」

言ってから、言いすぎたかと思った。でも、取り消さなかった。父の声が硬くなった。

「その言い方はないだろう。」

「ごめんなさい。でも、無理なものは無理です。」

父は最後にこう言った。

「お前は、変わったな。」

「そうかも。」

私はそうだけ答えて、電話を切った。翌日の日勤で、私は菅田さんの居室に入った。91歳になっていた。

「みささん、今日は声が違うわね。何かあった?」

「家族に、『嫌です』って言いました。」

「あら、それは大変。」

菅田さんは笑った。歯のない笑い方だった。

「言った後はね、しばらく寝られないのよ。でも、1週間経つとなんてことないの。」

本当になんてことなかった。1週間後、私は普通に眠れていた。振り返ってみれば、あれが私の最初の逆転だった。金も証拠も使っていない。使ったのは、あの家の人たちが私にくれた言葉だけだ。「うちの夫が働いていないので」。その一言に、母も父も反論できなかった。反論すれば、あの時自分たちが言ったことを自分で否定することになるからだ。正直に言えば、出せないわけではなかった。出そうと思えば出せた。ただ、出したくなかった。出したくないという理由は、この家では1度も通ったことがない。だから私は、通る言葉の方を使った。

2日後、姉から電話が来た。

「ちょっと、あんた、お母さんに何言ったの? 私の相談所のこと、出せないって言ったんだって。」

「うん。だって、うちの家計だから。」

「意味わかんない。私、あんたに断談、譲ってあげたんだけど。」

「お姉ちゃん、あれ、譲ったんじゃないよね? 『いらない』って言ったんだよね。」

一瞬、電話の向こうが無音になった。

「同じでしょ?」

「同じじゃないよ。」

「うるさいな。とにかく更新料は出してよ。あんたのせいで、私の婚活が遅れてるんだから。」

どういう理屈なのか、私にはまるで分からなかった。私は「出せません」ともう一度だけ言った。姉は「最低」と言って切った。

その夜、私は自分がひどく落ち着いていることに気づいた。ずっと怖かったはずのことを3度言って、まだ生きている。直さんにはその晩に話した。

「実家に、断りました。『夫が無職だから出せません』って言いました。」

直さんは洗い物の手を止めて、振り返った。

「使いやすくていいと思います。」

「怒らないの?」

「事実なので。」

それから、口元だけで笑った。

「役に立ててよかったです。」

年末、私たちは大久保さんの家へ挨拶に行った。結婚の報告が遅れていた。父が「私から行っておく」と言ったきり、言っていなかったからだ。大久保さんは私たちを座敷に通した。

「みささん、1つ謝らなければならん。」

私は座り直した。

「あの見合いは、断ってくださって構わなかったんです。わしは正吾君にそう言った。『お嬢さんが嫌なら、ここで終わりにしていい』と、2度も3度も言った。ただ、返事が来た。すぐに来た。その返事の中身が、わしはずっと引っかかっておる。」

「返事の中身?」

「先月、直さんから伝言を聞きました。『あの時のご返事は、本当に私自身の口から出た言葉だったのか』と。すみません、何のご返事のことなのか、私には分からないんです。父が何と書いて出したのか、私は聞いていないので。」

大久保さんはしばらく私を見ていた。それから、ゆっくり頷いた。

「そうか。なら、わしからは言えん。これは正吾君が話すべきことだ。」

それきり、大久保さんはその話をしなかった。あとは直さんの父親の思い出話になった。

「儀作さんは酒に弱かった。ビールを1本で顔が赤くなり、2本で寝た。それなのに、若い職人に飯を奢るのが好きで、自分の弁当を残して帰る日があった。工期が押すとな、あの男は自分で夜中まで残るんだ。人には『帰れ帰れ』と言って。バカだよ。本当にバカな男だった。早すぎたな。」

「大久保さん、儀作さんが亡くなった時、直さんはどんな様子でしたか?」

大久保さんは私を見た。

「何も喋らんかった。葬式の間、一言も。その後、会社を大きくして、それからパタリとやめた。」

「わしはな、直に会わせたかったんだ。金の使い道じゃなくて、時間の使い道を教えてくれる人をな。レナさんの名前を出したのはわしだ。上野さんが相談所に入っていると、正吾君から聞いていたのでな。それだけの理由だ。わしも神の上で選んだんだよ。だから正吾君には『嫌なら断れ』と言った。それと、直には『事女さんに余計なことを言わなんだ』と言った。言えば、あれは『いかん』と言い出すからな。それも、わしの落ち度だ。」

母の誕生日の招待が来たのは、年が開けてすぐだった。毎年1月の下旬に実家で寿司を取って祝う。今年は直さんも連れていらっしゃい、と。その日、私たちは花を持っていった。直さんが選んだ、白と薄い黄色の地味な花束だった。母は花束を受け取って、「あら」と言った。それだけだった。花は玄関の下駄箱の上に置かれ、水にも刺されなかった。

座敷には寿司が2つ出ていた。おばの松さんも呼ばれていた。私は湯のみを配ろうとして、盆の上を見た。5つしかなかった。6人いる。

「お母さん、湯のみが足りない。」

「あら、そう。」

母は台所の方を見もしなかった。私は盆を置いて、母の方を向いた。

「戸棚に、来客用があるでしょう。」

母は顔も上げなかった。

「あれは、お客様よ。」

その一言に、松さんの箸が止まった。私は無言で台所へ行き、戸棚から来客用の湯のみを1つ出した。ぐりぐりの金の縁がついたやつだ。それに茶を注いで、直さんの前に置いた。母が眉を上げた。

「それ、いいんだけど。」

「割れたら、私が弁償する。」

私は自分でも驚くくらい平らな声でそう言った。母はそれ以上、言わなかった。

寿司が回った。姉が中トロを3巻続けて、取り皿の端に寄せた。松さんが直さんに話しかけた。

「直さん、あんた、大根は好き?」

「好きです。」

「うちのはね、今年のは細いのよ。土が痩せてきてね。畑は、どのくらいですか?」

「大したことないの。庭より少し広いくらい。」

それから2人はしばらく畑の話をした。直さんは種を巻く時期まで聞いていた。松さんは嬉しそうだった。

「あんた、詳しいのね。」

「本で読んだだけです。本じゃ土は分からないよ。」

「そうですね。だから、今度見せてください。」

松さんが笑った。この家の食卓で、その日1番自然な笑い方だった。母がそれを見て話を切った。

「おばさん、畑の話はまた今度に。」

食べながら、姉が直さんの方を見た。

「ねえ、まだ無職やってるの?」

母が姉を横目で見た。止める気はなさそうだった。直さんは「天気は」と同じ調子で答えた。

「やっています。」

「すごいね。私だったら耐えられないわ。」

「そうですか。毎日、家で何してるの?」

姉は笑いながら聞いた。答えを聞きたいのではない。答えられないだろうと思って、聞いている。

「料理とか、散歩とかですね。」

「散歩? お散歩だって。受ける。」

母も笑った。父は苦笑いで寿司を口に入れた。松さんだけが笑っていなかった。その間に、私は台所へ立った。母がついてきた。茶を変えていると、母が背中越しに言った。

「あんた、まだ3万円のままにするつもり? お父さんね、4月で定年なのよ。その後、大久保さんの口聞きで関連会社の顧問をやらせてもらう話があるの。でも、決まったわけじゃないのよ。だから今、うちはお金の当てがないの。顧問の話が決まるまではね。分かるでしょ?」

「分かるけど、それとうちの家計は別だと思う。」

母の手が止まった。

「あんた、そういう言い方するようになったわね。」

茶を持って座敷へ戻ると、ちょうど父が松さんの方へ向き直ったところだった。

「いやね、松姉さん。うちの事女の主人は、まあ、家にいる人でしてね。」

松さんが父を遮った。

「本人が幸せなら、いいんですよ。私はそういう考えでしてね。」

その口調は紳士的な男のものだった。娘の夫の職業を親戚に説明する時、父はいつもこの言い方をする。理解のある父親の顔をしながら、相手を1段下に置く言い方だ。父はそう言って、さらにけ出した。

「働かないってのはね、体か心か、どちらかということもありますから。」

その場の空気が重くなった。私は箸を置いた。

「お父さん。」

「なんだ?」

「直さんは、体も心も元気です。」

「そうか。それなら、いい。」

父はそれで話を終わらせた。姉が話題を変えた。自分の話だ。前の年、あの座敷で聞いたのと同じ切り出し方だった。

「私、来月また面談なの。」

「あら、今度はどんな方?」

「まだ写真だけ。42で、都内に持ち家。」

「素敵じゃない。でもね、写真がちょっと。」

姉は写真を見せて、母と一緒に品定めを始めた。松さんが茶をすする音がして、湯のみを置いた。

「レナちゃん、あの相談所、何年になるの?」

姉の手が止まった。

「3年目です。」

「3年目。随分ね。」

「いい人がいないだけだから。」

母が慌てて割り込んだ。

「レナは条件がはっきりしてるのよ。妥協しないの。それが立派なところで。」

松さんは引かなかった。

「何人くらい、あったの?」

姉が答えないので、母が答えた。

「30人くらいかしらね。」

「30人あって、まだなの?」

「だから、いい人がいないのよ。」

そこで、姉が箸をテーブルに置いた。音が大きかった。

「会ってないから。」

全員が姉を見た。

「30人は、断られた数。向こうから断られてるの。写真の段階で。」

座敷が静まった。母の顔から表情が落ちた。姉は自分で言ってしまってから、後戻りできなくなったらしい。

「私だって、そう思ってたよ。でも、3年やって、返事が来ないの。」

姉の声が高くなった。私は初めて、姉の弱いところを見た気がした。その気持ちは3秒しか続かなかった。姉が顔を上げて、私の方を向いたからだ。

「あんたはいいよねえ。選ばなくていいんだもん。押し付けられたのに乗っかっただけでもう結婚してるんだから。ねえ、あんた、私が譲ってあげたの。」

その言い方には、哀れむふりがくっついていた。私は茶を飲んだ。覚めていた。何も言わないことは、我慢とは違う。その頃の私は、もうそう考えるようになっていた。

隣で直さんが、湯のみをそっと私の手のそばへ置いた。ぐりぐりの湯のみだ。中身は空になっていた。

「みささん。」

小さな声だった。

「今日は、来てよかったです。」

「どうして、そんなことを言うの?」

「みささんのお姉さんの話が聞けたので。」 私は直さんの横顔を見た。

「かわいそうだと思った?」

「思っていません。ただ、あの方は、自分が何を欲しいのか、まだ1度も考えたことがないんだと思います。」

その言葉は、姉への悪口には聞こえなかった。診断のように聞こえた。

気まずさを埋めるように、母がリモコンを取った。

「テレビでもつけましょうか。」

母がボタンを押すと、点いた。チャンネルをいくつか送って、そこで指を止めた。その番組は経済番組だった。父が好んで見る類のものだ。画面には白い壁のオフィスが映っていた。テロップが出ている。

「ケアリング・テクノロジー。創業15年。介護の現場を変えたソフト。」

私は寿司を口に運びかけたまま、手を止めた。父が箸で画面を指した。

「知ってるぞ、この会社。大手に買われたやつだ。何年か前にニュースになった。金額が金額だったからな。」

「いくらだったの?」 姉が聞いた。

「忘れた。随分な額だ。」

画面が切り替わった。会議室で、40くらいの男性が話している。テロップが出た。「代表取締役、辻本龍一」。年の瀬に直さんの携帯を鳴らした人だ。あの電話はこれだったのか。

「うちは3人で始めたんです。6畳のアパートで、机が2つしかなくて、1人は床に座ってました。」

番組は現場の映像を挟んだ。どこかの特養の廊下だ。職員がタブレットを持って歩き、居室の前で立ち止まって画面を叩く。私はその手付きを知っている。毎日やっている。画面が変わり、別の施設の廊下が映った。年配の職員がカメラの外を見て答えていた。

「以前は記録を書くために夜中まで残っていました。今はその時間を、ご本人のところで使えます。」

ナレーションが入った。

「介護施設の記録を紙からタブレットに映すという発想は、当時ほとんど受け入れられなかった。営業に行くと、現場の職員に『こんなもの使えるわけがない』と言われました。それでも1件ずつ回ったんです。あいつが。」

画面の中で、辻本さんは言った。画面が変わった。古い映像だった。画質が粗い。狭い部屋で若い男が3人。床に座り込んで何かを見ている。1番手前の男が、顔を上げた。私は息を止めた。髪が今より黒い。顔が細い。それでも、間違いようがなかった。テロップが出た。「創業者、藤代直」。

座敷の音が消えた。父の箸が皿の上に落ちた。カチンと音がした。

「え……。」 父が言った。それだけだった。

テレビの中では、辻本さんが話し続けている。

「藤は営業の時、いつも同じことを言ってました。『現場の人が1番怖いのは、記録が増えることじゃなくて、記録のせいで利用者さんを見る時間が減ることだ』って。」

私の目の奥が熱くなった。それは、紙からタブレットに変わった年に、私が職場の先輩と話していたことと重なった。夜中まで残って書いていた記録が、廊下で立ったまま終わるようになった。菅田さんが私の足音を覚えたのは、多分、あの時間があったからだ。テレビの中で、代表の辻本さんが締めくくった。

「うちは、あいつのその一言でできた会社です。」

ナレーションが続いた。

「5年前、同社は大手システム会社の傘下に入った。創業者の藤氏は売却にあたって社員に特別な賞与を出し、自らの受け取りが最も大きく減ることを承知の上で経営から退いた。現在は表に出ていない。」

社員に出して、自分の取り分を1番多く減らした。その2つが、今の空気を変えた。父が口を半分開けたまま、直さんを見た。

「藤君……。」

「はい。」

「それは……。」

「それは、僕です。」

座敷が固まった。父は口を開けたまま、何も出てこなかった。父が驚いたのは、会社があったことではない。それが、この会社だったことだ。父の頭の中で何が起きているのかは、多分想像がつく。2年前、父は娘の見合いを差し替えた。相談役の顔を潰さないためだ。そして親戚の前で、それを娘の希望だったことにした。その相手が、テレビに映っている。父が守ろうとしたものと、父が捨てたものの釣り合いが、その画面の前で入れ替わった。

姉が立ち上がった。

「待って待って待って。この会社って、あれでしょ? 数年前に、何十億で売れたって?」

姉はテレビを指さした。指の先が震えていた。直さんは箸を置いて、姉の方を見た。

「売りましたね。」

それだけだった。自慢するでもなく、ためらうでもなく、天気の話のような言い方だった。沈黙が落ちた。最初に音を出したのは母だった。

「あんた……。」

母は言葉を探していた。

「会社をやってたって、小さいものだって。あの時、そう言ったじゃない。」

「無職です。その会社はもう人に渡しました。株は1株も持っていませんし、どこにも勤めていません。無職というのは、そういう意味です。」

母の顔から血の気が引いた。母がそこで初めて、私を見た。

「みさ、あんた、知ってたの?」

「知ってた。」

「いつから?」

「去年の秋から。」

「なんで黙ってたのよ?」

私は湯のみを置いた。

「聞かれなかったから。」

母が息を吸って、そのまま黙った。姉がゆっくりと座った。座ってすぐに、スマートフォンを操作し始めた。テレビの画面を写真に撮って、そこに出ていた会社の名前を打ち込んでいる。2年の間、この家で「藤代直」という人のことを知ろうとした人は、1人もいなかった。無職と書かれた人間に、スペックはないと思っていたからだ。

母が急に、姉の方へ向き直った。

「レナ、あんた、断ったわよね。」

姉の指が止まった。

「あの時、あんた『無職、ありえない』って。押し付けたのは、父さんじゃない。」

「私はただ、無理って言っただけ。先に決めたのは、お父さんでしょ。」

父がようやく口を開いた。

「レナ、今、その話は……。」

「今、しないでおこうって? お母さん、あの時、お母さんも笑ってたよね。『事情のある方だ』って、松おばさんに電話してたよね。」

松おさんが背筋を伸ばした。

「したわね。確かに。正吾さんは、あの時、何て言ったの? 『みさがどうしてもと言うから』って、言ったわよね。あの座敷で。あれ、本当なの?」

「今は、その話じゃないだろう。」

「今しないでおこう、よ。」

姉が言ったことと同じ言葉だった。松おさんの声の方が低かった。2年前、あの座敷で、あの紙を囲んでいた3人だ。あの時、3人は同じ側にいた。今は、誰も同じ側にいない。私は膝の上で手を組んでいた。不思議なほど、胸は透かなかった。「ざまあみろ」という気持ちが湧いてくるものだと思っていた。でも、戻ってこなかった。私はただ、居心地が悪かった。

直さんだけがいつも通りだった。背筋を伸ばして座り、他人の家のいさかいを、聞くともなく聞いている。直さんは落ちた父の箸を拾って、そっと箸置きに戻した。

「お父様、落ちましたよ。」

父はそれに気づかないようだった。姉が顔を上げた。そして、スマートフォンの画面をこちらへ向けた。そこには、5年前の記事が出ていた。姉が声に出して読んだ。

「60億円。」

その数字が、座敷の畳の上に落ちた。私もその額を聞いたのは、その時が初めてだった。いくらで売れたのかは聞かなかったし、聞かされてもいなかった。姉の目の色が変わった。瞬きが止まって、瞳が画面の一点に張り付いた。

「ちょっと待って。」

姉は画面を握ったまま、私に言った。

「それ、本来、私の見合いだったよね。」

その言葉が出るまで、姉は直さんの顔を1度も見なかった。姉が最初にしたのは、権利の確認だった。私は自分でも意外なほど、落ち着いた声で答えた。

「そうだね。」

「でしょ? だから、おかしくない? 何が。元は私の話でしょ? それを、あんたが持っていったんじゃない。」

母が慌てて割って入った。

「レナ、やめなさい。人前で。」

「人前? 松おばさんと直さんがいる。母の頭の中では、この2人は人前だった。

その日は、それでお開きになった。

帰りの電車で、直さんは何も言わなかった。私も言わなかった。駅から家までの道で、直さんが1度だけ口を開いた。

「今日、僕は余計なことをしましたか?」

「してない。」

「そうですか。」

「番組が勝手に流れただけだよ。」

「そうですね。」

そう言って、直さんはコンビニに寄ってアイスを2つ買った。冬にアイスを買う人だった。家に着いて、2人で食べた。

「直さん、今日のこと、腹が立たないの?」

直さんはスプーンを持ったまま、考えた。

「立ちません。」

「どうして? あの方たち、言ってたよ。無職だって、散歩だって。あれは、僕のことです。でも、今日の話は違います。60億という数字が出て、皆さんが見たのは数字です。僕ではありません。数字に腹が立っても、仕方がないので。」

「あの番組に出るって、知ってたの?」

「知っていました。年末に話した、あの映像です。1度は断りました。名前が出るので。でも、あいつが食い下がったんです。『あの映像がないと、会社がどこから始まったかを話せない』と。それを言われると、断れませんでした。」

「名前が出るなら、そう言ってよ。」

「言おうとして、やめました。先に言えば、みささんが放送の日まで、構えることになるので。まさか、あの家の座敷で見ることになるとは思わなくて。」

その言い方は後悔ではなかった。もっと乾いたものだった。私はその時、この人が今までに何度これをやってきたのかを考えた。会社を売った後の5年で、この人の周りから何人が消えたのか。何人が新しく寄ってきたのか。聞けなかった。聞けることではなかった。

職場では、誰もその番組の話をしなかった。翌日から、実家からの電話が増えた。最初は母だった。声の調子がいつもと違った。

「みさ、この前は、レナが失礼なこと言って、ごめんなさいね。」

謝られたのは、初めてだった。

「あの、直さんは、お体は大丈夫なの? 無理してらっしゃらない?」

心配の形をしていたが、聞きたいことは別にあると分かった。

「元気だよ。」

「そうならいいの。あのね、今度、うちにいらっしゃらない? お寿司を取るから。」

その日から、母は3日に1度かけてくるようになった。父も2度、かけてきた。姉は5回だ。姉の要件はいつも同じだった。

「ねえ、直さんっていくら持ってるの?」

「知らない。」

「知らないわけないでしょ。」

「本当に知らない。妻でも知らないよ。」

「意味わかんない。」

姉はそう言って切った。父は一度、大久保さんに電話をしようとしたらしい。母から聞いた。かけたけど、途中でやめた。呼び出し音の途中で切った、と。

「お父さん、この頃ずっと家で、求人誌を見てるのよ。同じページを。4月で定年でしょ。顧問の話も、まだ何も言ってこないし。」

その一言に、母の焦りが全部入っていた。父が大久保さんに聞けないのは、聞けば自分の返事の話になるからだ。あの時、何と書いて出したのか。大久保さんはそれを覚えている。父もそれを覚えている。父は電話を切ったのではない。自分の返事から逃げたのだ。

2月に入って、姉が動いた。知らせてきたのは、松さんだった。

「みさちゃん、あんた、レナちゃんのマンションの話、聞いてる? 買ったんだって。もう手付け、打ったって。かずえさんが言ってたよ。」

「いくらの?」

「3800万だって。」

手付け金は200万円だった。そのうち150万円は、父と母が出したという。姉の貯金は50万円しかなかった。母から詳しい話を聞いた日は、自慢の形をしていた。

「駅から7分でね、角部屋なのよ。お姉ちゃん、ローンは組まないって言うのよ。」

「どうやって払うの?」

「レナが言うにはね、その……。先方のところに、お願いすればいいって。」

私は箸を持ったまま、何秒か黙った。

「お母さん、私は1度も出すって言ってないよ。」

「でも、家族でしょ。」

私は姉に電話をかけた。姉は上機嫌だった。

「あ、みさ、聞いた? 残りの3600万は、なんとかなるよ。どこからか出せばいいじゃん。」

「お姉ちゃん、うちは出さないよ。」

「まだ言ってないし。」

「言われても、出さない。」

姉は笑った。本当に笑っていた。

「まあ、その時になったら、考えるでしょ。家族なんだから。」

姉が売買契約を結んだ日のことは、後で母から聞いた。契約の前に重要事項の説明があった。販売担当の佐岡さんという人が、姉に言ったそうだ。

「ローンをお使いにならないので、審査が通らなかった時に白紙に戻せる特約はつきません。よろしいですか。」

姉は「大丈夫です」と答えた。残代金のご準備はどのように、とも聞かれたらしい。姉は「家族が出します」と答え、鞄からスマートフォンを出して、あの記事の画面を見せたそうだ。「妹の夫だ」と言ったという。その妹の私に、姉は契約の前に一言も話していない。

姉と電話をした2日後、父から電話が来た。父の声は、これまで聞いたことがないほど改まっていた。

「家族で話がしたい。今度の日曜、2人で来てくれないか。藤君にも、是非。」

その夜、直さんに話した。

「実家に呼ばれた。お姉ちゃんのマンションの残り、直さんに出してもらう気なんだと思う。3600万円。」

直さんは味噌汁の火を止めた。

「行きましょう。ただ、頼まれるかどうかは、ご本人の口から聞きます。」

「怒っていいからね。」

「怒りません。」

「じゃあ、どうするの?」

直さんは考えてから、こう言った。

「持っていきたいものが1つあるんですが、いいですか? この前、お父様がおっしゃったので。『働かないのは体か心か、どちらかだ』と。あれにだけ、答えておきたいので。」

当日、直さんは布の手提げ袋を持って玄関を出た。手提げ金庫が入っているのが、外から見て分かった。実家の座敷には、私たちの他に4人いた。父、母、姉、おばの松さんだ。松さんは呼ばれていない。母が前の日に電話で漏らしたのだと、後で聞いた。「日曜に直さんが来るのよ。レナの部屋の話してね」と、自慢のつもりで言ったらしい。

座敷には菓子と茶が並んでいた。母が今まで出したことのない茶葉だった。

「まあ、直さん、よくいらして。」

母の声が甘かった。父が床の間の前の席を開けて、直さんをそこへ座らせようとした。直さんは断って、前と同じ入り口脇の席に座った。父が慌てて手を振った。

「そちらでは、失礼でしょう。」

「ここで結構です。」

最初の30分は、当たり障りのない話だった。茶が2杯目になった時、姉が口を開いた。

「ねえ、そろそろ本題に入ろうよ。」

姉は座卓に肘をついて、直さんを見た。

「私、マンション買ったの?」

「そうですか。」

「3800万円。手付けは200万円入れた。」

「おめでとうございます。」

「ありがとう。でね、直さん、残りのお金、出してもらえない?」

座敷から音が消えた。直さんは表情を変えなかった。

「どうしてですか?」

「どうしてって? だって、あの見合い、本来は私に来たんだよ。私が譲ったから、みさがあなたと結婚できたわけでしょ。だったら、半分くらい、私にも権利あるでしょ。」

父が咳払いをして、姉の後を引き取った。

「まあ、権利という言い方は良くないが。だがね、藤君、家族なんだから、少しくらい。」

母が頷いた。

「そうよ。私たちだって、レナの手付けに150万出したのよ。老後の蓄えから。」

その前に、直さんが言った。

「僕は、物じゃありませんよ。」

一言だった。声を荒げてもいない。皮肉の色もない。ただ事実を確かめるように言った。直さんは姉の方を見た。

「『譲った』とか『権利がある』とか、そういう話をされていますが、僕は誰かの持ち物になったことがありません。みささんとは、僕が決めて、みささんが決めて、結婚しました。」

「そんなこと、言ってないでしょ。」

「言っていると思います。」

直さんの声は変わらなかった。姉の顔が赤くなった。そこから先、姉は自分を止められなくなった。

「じゃあさ、みさと離婚すればいいじゃん。」

座敷の空気が凍った。

「レナ!」 父が怒鳴った。それでも、姉は続けた。

「だって、元々私に来た見合いなんだし。今からでも遅くないでしょ。私の方が、年も若いし、まだ子供だって。」

母が姉の腕を掴んだ。

「レナ、もういいから。」

姉はそれを振り払った。私は姉を見ていた。不思議と、腹は立たなかった。直さんが湯のみを置いた。

「レナさん。」

初めて、直さんが姉を名前で呼んだ。

「あなたは、僕が無職だから、断ったんですよね。」

姉の口が止まった。

「それは、違いますか?」

「それは、知らなかったからでしょ。」

「何を?」

誰も、姉の顔を見なかった。姉は答えられなかった。答えを持っていないのではない。答えを口にすれば終わりだと、その瞬間に分かったのだと思う。それでも、姉は言った。

「……お金を持ってること。」

直さんは頷いた。

「だったら、結婚したかったのは、僕じゃないですね。僕ではなく、僕が持っているものの方です。」

姉が息を吸った。吸ったまま、止まった。直さんが、傍らの手提げ袋に手を伸ばした。

「あの、1つだけ、見ていただいてもいいですか?」

直さんは手提げ袋を膝に乗せ、中身を出した。灰色の手提げ金庫だった。角が擦れて、塗装が剥げている。取っ手のところに、油性ペンの跡。姉が身を乗り出した。蓋が上がった。中には、レシートの束が入っていた。輪ゴムで止めてある。あとは小銭がいくらか。

「これ、何?」

「うちのレシートです。去年の秋からの分です。」

姉が座り直した。私は金庫の中を見ていた。1番下のレシートに見覚えがあった。鶏胸肉98円が2枚と、卵と長ねぎと半額の豆腐。私が初めて金庫を開けた日の、あのレシートだった。直さんはレシートの束を取り出して、膝の横へ寄せた。それから、金庫の底の隅に指をかけた。薄い板が持ち上がった。私は息を止めた。ずっとこの箱を見てきて、そこが二重になっていることを、知らないままだった。薄い板の下に、紙が1枚だけ入っていた。折り目のついた、細長い紙だった。直さんはそれを取り出して、座卓の上に広げた。給与明細だった。上の方に会社の名前と支給された月が印刷してある。13年前の日付だった。名前の欄に「藤代儀作」と印字してある。

「僕の父のものです。父が倒れた月の、最後の1枚です。」

誰も口を利かなかった。

「で、それが何?」 姉が言った。

直さんは紙を姉の方へ向けた。

「見てください。」

姉は覗き込まずに、目だけ動かした。直さんは目を上げずに続けた。

「父は電気設備の工事をしていました。現場監督です。」

直さんは紙の一点を指した。

「ここが、その月の時間外の欄です。この月は、100時間を超えています。この1枚だけじゃありません。父の手帳に現場の入りと上がりが書いてあって、足すとどの月も同じように100時間を超えていました。5年間、ずっとです。そして、52で倒れました。現場で、そのままです。定年までは、まだ間がありました。」

座敷の柱時計が鳴った。

「僕はその時27で、会社が伸び始めていました。その日の父の着信は、仕事の後にしようと思って、そのままにしました。この紙のことを人に言うのは、今日が初めてです。この明細は、父の机の引き出しにありました。この金庫も、そこにありました。父は現場で使う小口の金と領収書を、ここに入れていたんです。」

直さんは一度、口を閉じた。

「会社を始めたのは、父が倒れる2年前です。変わったのは、葬式の後です。記録に取られる時間を減らせば、誰かが1時間早く帰れる。それを言って売るようになったのは、そこからでした。父には、その1時間がなかったので。5年前に会社を売った時、僕は考えました。この先、何のために働くのか、と。働かないと決めたのは、疲れたからではありません。父が使えなかった時間を、僕は使おうと思ったからです。散歩とかですけど。それでも、僕にとっては、父の続きです。」

私は、初めてあったあの日、この人がなぜ「大変ですね」で終わらせずに、その先を聞いたのか。16時間という数え方を知っていた理由なら、前の年の秋に聞いた。「営業で回ったから」。その答えの残り半分は、この100時間という桁の方にあった。夜勤が月に何回か。休憩がどう取れるか。記録はいつ書くか。この人は、働きすぎた人の家で育った人間だ。だから、時間の話を聞く。私が菅田さんの部屋で座っていられる時間は、直さんの父親が使えなかった時間の続きだった。

父が膝を動かした。

「藤君……。それは、立派な話だが……。」

「立派ではありません。僕は、自分の父の最後の電話に、折り返さなかった人間です。立派なことは、何も。」

直さんは明細を座卓の真ん中へ置き直した。

「これだけ揃っていれば、労災が下りたかもしれません。働きすぎて倒れたとして、会社からは何も言われませんでした。亡くなった人の分は、遺族が自分で労働基準監督署に出すんだと知ったのは、何年も後です。その時にはもう、請求できる期限が過ぎていました。」

私の父が初めて、畳に目を落とした。その沈黙を破ったのは、松さんだった。

「証吾さん。この話を持ってきたのは、大久保さんよね。親戚に断ったんなら、大久保さんにも、何か言ったんでしょう。なんて返事したの?」

母が「おばさん、それは今」と言いかけて、松さんに止められた。

「かずえさん、黙ってて。証吾さんに聞いてるのよ。大久保さんに、なんて返事をしたのかって。」

父は拳を握ったまま、動かなかった。父は、大久保さんの家の座敷を思い浮かべたのだと思う。大久保さんは、あの返事をまだ持っている。父の指が座卓の縁を叩いた。営業している時の癖だ。

「先方には、失礼のないように伝えた。」

「どう伝えたの?」

「だから、失礼のないように。」

「あんたのその言い方ね。亡くなった私たちの父親そっくりよ。」

父の指が止まった。その時、私は静かに言った。

「大久保さんは、覚えていらっしゃいました。年末にご挨拶に伺った時、『あの返事の中身が引っかかる』とおっしゃっていました。ただ、それはお父様ご自身が話すことだと言って、教えてくださいませんでした。」

父の喉が動いた。2年前のあの日、父は言った。「先方には私から返事をしておく」と。私はその時、「お受けします」とだけ書いて出すのだと思っていた。この返事の中で、私が何と言ったことになっていたのか、私はこの日まで知らなかった。父は口を開いた。

「『お受けします』と書いた。」

柱時計の音だけが聞こえた。松さんが聞いた。

「それだけ?」

父はしばらく黙ってから、続けた。

「……『事女が是非にと申しております』と。」

私の耳の奥で、何かが鳴った。是非に。私が言った。

「お父さん、私、ぜひに、って言った?」

「ただの言い回しだ。」

「言い回しの問題じゃないよ。お父さんがその返事を書いた時、私は写真も見ていない。相手の名前も聞いていなかった。名前を教えてもらったのは、会う日が決まってからだよ。会う日も場所も、お父さんが決めた。だから、それは、その……私が『是非に』って、書かれてたの。」

2年前の秋、母が姉のワンピースを私に着せた。袖が合わなくて、母は「裾を折ればいい」と言った。あの時の私は、自分が姉の代わりに座らされるのだと思っていた。違った。私は代わりですらなかった。書類の上では、私は自分から手を挙げた娘だった。座らされた上に、「座りたがった」ことにされていた。

松さんが息を吐いた。

「どうして、そんな書き方をしたの?」

答えたのは、母だった。

「だって、断れなかったのよ。大久保さんが持ってきた話でしょ。お父さん、この春で定年で、その後のことをお願いしてたから。」

座敷の全員が母を見た。母は言ってしまってから、口を抑えた。父が母を睨んだ。母は開き直った。開き直るしかなかったのだと思う。

「レナが嫌だって言うし、断ったら大久保さんに悪いし。だから、みさに行ってもらったのよ。それの、どこが悪いの?」

母は本気でそう思っていた。それが、私には1番応えた。母は自分を悪人だと思っていない。実際、母は何も盗んでいないし、誰も殴っていない。ただ、この家には天秤があった。片方に姉が乗っていて、もう片方に私が乗っている。母はその天秤を、生まれた時からそういうものとして、扱ってきた。私は母の顔を見て言った。

「押し付けたって書けないから、『望んだ』ことにしたんだよね。」

母は目をそらした。

「あんただって、結果的には良かったじゃない。」

「結果の話はしてない。」

「じゃあ、何の話よ。」

「私がいない話をされてたって話。」

母が黙った。その横で、姉がずっと苛立っていた。姉にとって、この話はどうでも良かったのだ。

「ねえ、そんな昔のことより。」

姉が座卓に手をついた。

「あの60億の話に戻そうよ。直さん、あの記事に出てた金額、あれ、本当? 書いてありましたね。それ、全部、あなたのお金でしょ?」

直さんは首を横に振った。

「違います。会社の値段と、僕の取り分は別です。」

「意味わかんない。売ったんでしょ?」

「3人で作った会社です。株を持っていたのは、僕だけではありません。あの金額は、会社という入れ物の値段です。社員に渡した分は売る前に会社から出ているので、この値段にはもう入っていません。残りは、株を持っていた3人で分けます。分けた後で、それぞれに税金がかかります。社員は40人いました。古い人は10年。一緒にやってくれた人たちです。会社を売る前に、その人たちへ特別な賞与を出しました。その分、会社に残る金が減って、会社の値段も下がります。下がった分は、株を持っていた3人で、持っている割合分ずつ被ぶります。1番多く持っていたのは僕なので、1番多く減ったのも僕です。」

「なんで、そんなことするの?」

姉が本気で聞いていた。理解できないという顔だった。直さんはその顔を見返した。

「当時の代表が、僕だったからです。それに、仮に僕が3600万円を出したら、もらったレナさんに税金がかかります。暦は変えても、その税金は誰が出しますか?」

姉が口を開いた。答えは出てこなかった。

「じゃあ、残りは、言いません。金額を言った瞬間、その数字と結婚したい人が出てくるので。僕が一度、そういう目に会っているというだけの話です。誰かを疑っているわけではありません。そして、どちらにしても、レナさんの取り分になるお金ではありません。」

言い方は穏やかだった。穏やかな逃げ道がなかった。姉が絞り出した。

「私は……私は、ただ、元は自分の話だったって言ってるだけで……。」

「元は、大久保さんが持ってきた話です。あの話は、僕のものでも、レナさんのものでも、お父様のものでもありません。会うかどうかを決める権利が、それぞれにあっただけです。レナさんは、その権利を使いました。会わないと決めた。それは自由です。だから、今、取り消してるんじゃない。取り消せません。レナさんが断った日、僕は断られた側にいました。断られた側には、断られたという事実が残ります。それは、後から消せるものではないんです。みささんは、権利を持たないまま座らされました。それでも、3度目に自分で決めました。改札の前で、僕に言いました。」

直さんは私の方へ手のひらを向けた。

「僕が結婚したのは、みささんです。」

姉は今度は、言い返さなかった。口を半分開けたまま、座卓の一点を見ていた。反論を探しているのではなく、探し方が分からなくなっている顔だった。姉が生きてきた世界には、「断る」という行為に代償がなかった。いらないと言えば、次が来る。次が気に入らなければ、またいらないと言えばいい。その世界で35年やってきて、初めて帰ってこないものに触れたのだと思う。

父が、ぽつりと言った。

「私はな、みさ。お前のためを思って、持っていったんだ。」

出た、と思った。この家では、最後にいつもこれが出る。誰かに何かを強いた後、強いた側がそう言う。そう言えば、強いた側は反論しにくくなる。

「お父さん。」

「なんだ。」

「私のためだったら、私に聞いてくれればよかったよ。1回でいいから、嫌かどうかだけでも。」

父は答えなかった。父の肩が、下がった。その時、父を憎めなくなった。憎めなくなっただけで、許してもいない。この2つは、違う。

松おさんが、ゆっくりと言った。

「かずえさん、あんた、あの時、私に電話をくれたわよね。『事情のある方だから、レナにはね』って。前の日に『レナに話が来た』って触れ回ったわね。それで、次の日には、なかったことに。」

母の口が動いた。声にはならなかった。

「一晩よ。たった一晩で、会ってもいない人が『事情のある方』になったのよ。それを聞いた時、私は何も言わなかった。それも、私の落ち度よ。」

松おさんは私を見た。

「みさちゃん、ごめんね。」

私は首を振った。

「おばさんが謝ることではない。それでも、この家で謝った人は、その日、松さんが最初だった。

私は膝に手をついた。ずっと言えなかったことを言うために、立ち上がった。立った私に、全員の顔が上がった。私は座卓の前に立ったまま、母を見た。それから父を見て、最後に姉を見た。

「昔から、そうだったよね。お父さんとお母さんは、お姉ちゃんには価値のあるものを渡して、私には残りをよした。進学は、お姉ちゃんが親のお金で私立の大学。私は、奨学金で専門学校。振り袖は、お姉ちゃんが誂えて、私がレンタル。就職の席で、私は『お給料が姉ほどじゃないから、手に職を』って言われた。去年の夏、私の教科書や卒業証書が出てきた時、お母さんは『それは捨ててよろしいんですか』って聞いて、3秒見て『いいのよ』って言った。お姉ちゃんの机は、落書きがあるから残した。『懐かしいわね』って。あれは昔じゃない。去年だよ。捨ててって言われた箱を持って帰ったのは、直さんだった。」

母の言葉が続かなかった。私は一度、息を吸った。

「でも、今回だけは、違った。今回だけは、『いらない』って捨てられたものが、私のところに来た。この家が『外れ』だと思って押し付けた人が、私の人生で1番大切な人になった。」

言ってしまうと、思ったより静かな気持ちだった。姉が何か言おうとした。母がその腕を掴んで、止めた。今度は姉も、振り払わなかった。私は座り直した。

「それで、お金のことだけど。」

父の肩が、びくりと動いた。私は先を言う前に、隣を見た。

「直さん。決めていい?」

直さんは頷いた。

「もちろんです。みささんが親御さんを助けたいなら、僕は止めません。」

その一言が、私にはありがたかった。この人は私に変わって断る、ということをしなかった。断るのも出すのも、私が決めることにしてくれた。私は父と母の方へ向き直った。

「2つに分けます。病気とか、介護とか、本当に必要な時は出します。その時は、言ってください。ただ、お金の前に、まず地域包括支援センターに相談します。お年寄りの相談窓口です。要介護認定の申請をして、認定が出たら、使える制度を全部使う。足りない分の話は、その後です。順番はそれ。私が毎日そばで見てきたことだから、そこは私がやります。」

母が「あら」という顔をした。期待の顔だ。私はその顔に向かって言った。

「その代わり、贅沢のためのお金は、1円も出しません。マンションも、相談所も、法事の会場も、車も、旅行も、全部、そっちです。」

「ちょっと待ちなさいよ、あんた。」

「待たない。」

私は母の言葉を途中で遮った。2年前の私には、できなかったことだ。

「私は23歳から、もう8年以上、月3万円を出してる。この前、通帳を最後まで数えてみた。ちょうど100回で、300万円です。」

「そんなに……。」 父が言った。父も母も、毎月の3万円は知っていても、8年分を足したことは、1度もなかったのだと思う。

「去年の夏、お母さんは私に、仕送りを5万にしてって言ったよね。相談所の更新料も、半分出してって言った。私が断った後、あれはお母さんが出したんでしょう。うちにはお金がないって言っていた人が、お姉ちゃんの手付けには150万出した。老後の蓄えから、って。うちにお金がなかったんじゃない。私に回す順番がなかっただけだよ。3万円は、これからも続けます。増やしません。でも、それはお父さんとお母さんが年を取るからであって、お姉ちゃんが部屋を買うからじゃない。」

「なんで、そこまで決めるの?」 母が言った。

「決めなきゃいけないから。」

「家族なのに。」

「家族だから、決めるんだよ。お母さん、私、育ててもらったよ。お金も出してもらった。じゃあ、聞くけど、私が出さなくなったら、お父さんとお母さんはどうなるの? 困る? じゃあ、困らないようにする。だから、増やさない。」

土屋さんの言葉を思い出していた。線を引かないと、家族の方が先に壊れる。自分の家で、私はその線を引かなかった。引かなかったから、要求は毎年、大きくなった。

「その上で、こっちからも1つだけ。大久保さんに、本当のことを言ってください。『是非に』って言ったのは、私じゃないって。それだけ。お父さんの都合と、私の名前と、どっちが大事か、決めて。」

それだけ言って、私は口を閉じた。私が大久保さんに言いに行くこともできた。でも、それでは、私が父の後始末をしに行くことになる。あの紙を書いたのは父だ。取り消すのも、父がやることだ。

そこまで黙っていた姉が、小さな声で言った。

「私には……。」

私は姉を見た。

「なんでよ。手付け、200万入れてるんだよ。残り払えなかったら、戻ってこないんだって。そうなったら、終わりでしょ。」

姉が叫んだ。私は姉の目を見た。2年前、この人はプロフィールを指で弾いた。あの人と同じ目だ。人を見ていない目だ。

「お姉ちゃん、あの見合い、私に譲ってくれたんだよね。そう言ってたよね。座敷でも、電話でも。」

姉は目をそらした。答えは帰ってこなかった。「譲った」と言えば、それは自分から手放したことになる。「いらない」と言っただけだと認めれば、今度は権利の話が消える。どちらを選んでも、姉の負けだった。姉は自分の言葉で、自分の逃げ道を塞いでいた。私はゆっくりと息を吐いた。

「譲った人は、返せとは言わないよ。だから、最後まで譲ってくれていいよ。」

姉が畳に手をついた。それきり、姉は最後まで顔を上げなかった。

直さんは、座卓の上の給与明細を丁寧に折りたんで、底板の下へ戻した。レシートの束を上に入れ、蓋を閉めた。カタンと軽い音がした。

「失礼します。」

直さんが頭を下げた。私も下げた。玄関で靴を履いていると、松さんが追いかけてきた。

「みさちゃん。」

「はい。」

「大根、取りに来なさい。」

それだけだった。私は「うん」と答えた。

帰りの電車は空いていた。座った途端、直さんが小さく息を吐いた。

「疲れました。」

「そうだね。」

「人の家で話すのは、緊張します。」

「よく我慢したね。」

直さんは窓の方を向いた。しばらく黙っていた。

「1度だけ、腹が立ちました。レナさんが、『離婚すればいい』と言った時です。あの時、僕はみささんの顔を見られませんでした。見たら、多分、何か言っていたので。」

この人は、怒らないのではなかった。怒らないと決めているだけだった。直さんは金庫の袋を膝に抱え直した。そのまま2駅も行かないうちに、眠っていた。私は窓の外へ目をやった。夕方の光が溢れていた。私が取り戻したのは、金でも、勝ちでもなかった。2年前、あの台所で言った。「分かった」。あれは承知したのではなく、黙るための一言だった。この日、私はそれをようやく、自分の言葉で言い直した。

そこから先のことは、後から聞いた話が多い。マンションの契約は、その月のうちに解約になった。姉が販売の佐岡さんに電話をして、やめたいと言ったそうだ。佐岡さんはもう一度、きちんと説明したという。「買主の都合による解除なので、預かった手付け金200万円は返せない。契約の時に説明した条件だと」。姉は電話口で「聞いてない」と言ったそうだ。あの座敷では、「残りを払えなければ戻ってこない」と自分の口で言っていたのに。佐岡さんは最後まで声を荒げずに、書類の手続きを案内した。200万円のうち150万円は、父と母が出した金だった。それが、何も残さずに消えた。母はそのことで姉を責めた。姉は母を責めた。「あんたが煽ったんでしょう」と。私はどちらにも呼ばれたが、行かなかった。

姉のマンションのことで、1度だけ直さんに聞かれた。

「200万円は、大きいですか?」

「大きいよ。」

「出したいと思いましたか?」

私は考えた。

「思わなかった。」

「そうですか。」

「思わなかったことに、ちょっとほっとしてる。」

直さんは何も言わずに、味噌汁をついだ。私は自分が冷たい人間になったのではないかと、その頃何度か考えた。答えは出なかった。ただ、出さないと決めた後の夜は、よく眠れた。

近所にも伝わった。母が庭で「仕事してないのよ、この人」と言った日に、曖昧に頷いた3人がいた。そのうちの1人が母に直接聞いたそうだ。「テレビで藤代さんというお名前が出ていたけれど、あの方じゃないの」と。母が何と答えたのかは、おばも知らないと言った。松おさんは、あの日の座敷のことを自分から言って回りはしなかった。

「触れ回るのと、聞かれて答えるのは、別よ。」

そう言っていた。聞かれた時には、作り話でごまかさなかった。そうしているうちに、親戚の間で話が固まった。「レナちゃんは無職だと言って断った。断った相手が、実は会社を作った人だった。そうしたら今度は、権利があると言い出した」。姉が1番恐れていたのは、多分、金を失うことではない。人からどう見えるかだ。姉はその日から、法事にも、集まりにも、顔を出さなくなった。

父は、結局自分からは切り出さなかった。行ったのは、松おさんだ。親戚には触れ回らなかった人が、大久保さんのところへだけは、自分から出向いた。粘土が変わる直前、あの座敷であったことを全部、話したという。大久保さんは黙って聞いて、最後に一言だけ言ったそうだ。

「そうか。『事女が是非にと申しております』というあの一文は、やはり、あの子の言葉じゃなかったんだな。」

父の顧問の話は、その後、誰からも出なくなった。父は4月に定年を迎え、そのまま会社を離れた。父からその報告の電話が来た時、私は何も言えなかった。父は何も言わなかった。ただ、最後にこう言った。

「大久保さんには、私からも話した。松姉さんの後で。」

「そう。」

「遅かったがな。」

遅かった。父が自分でそう言ったのは、初めてだった。

仕送りは、その月からも同じ額を振り込んでいる。やめようかと思ったことはある。やめれば、楽になる。でも、やめなかった。やめないと決めたのは、父と母のためではない。私が8年やってきたことを、腹立ちで終わらせたくなかったからだ。8年分の3万円は、あの家に取られたものではなく、私が出したものだ。そう思えるうちは、続けようと思った。ただし、金額は上げない。使い道も聞かない。頼まれても、贅沢の側には1円も出さない。線を引いたのは私だ。引いた線を守るのも、私だ。

春が終わる頃、実家からの電話は、月に1度になった。あの座敷の日から、季節が3つ変わった。姉は相談所をやめたという。母が去年出した更新料は、途中でやめた分が精算されて、いくらか戻ったらしい。今は実家で母と2人、老後の計算をやり直している。父は今、週に2日、近所のスーパーの搬入に出ているそうだ。松おさんの話では、案外楽しそうらしい。

姉から連絡が来たのは、一度きりだ。夏の終わりに、短いメッセージが届いた。

「元気?」

それだけだった。私は返さなかった。意地ではない。返す言葉が、本当に浮かばなかった。1年経ったら、浮かぶのかもしれない。3年かかるのかもしれない。それは、その時の自分が決めればいい。

おばの松さんからは、季節ごとにダンボールが届く。夏はナスとキュウリ。秋は大根と里芋。中に新聞紙が丸めて詰めてあって、いつも折り込みの広告が1枚、混ざっている。直さんはそれを毎回、楽しみにしている。

「今回はスーパーの広告です。卵が98円だそうです。」

「うちの近所じゃないよ。」

「知ってます。見るだけです。」

私は春園で働いている。夜勤は月に4回。菅田さんは92歳になって、まだ私の足音を覚えている。先日、菅田さんの娘さんが面会に来た。言うことを1度も聞かなかったと、菅田さんが言っていた、あの娘さんだ。帰り際、廊下で私に頭を下げた。

「うちの母が、いつもみささんの話をするんです。『私の足音が違う』って。」

私はその場で何と答えたか、覚えていない。頭を下げ返して、廊下を戻った。歩きながら、あの秋の夜勤の暗がりで聞いた言葉を思い出していた。「言うことを聞かなかったから、いい子に育ったのよ」。菅田さんはあの時、自分の娘の話をしていた。私は今、それを自分の話として聞いている。記録を書く机に戻って、私は泣いた。名前を呼ばれる場所が、私にはある。9年かけて、自分で作った場所だ。誰かに譲ってもらったものではない。

記録のソフトは、結局そのままだった。入れ替えの話は、立ち消えになった。土屋さんは「慣れた方が楽よ」と言っている。画面の隅の名前を、私は毎日見る。もう、模様には見えない。土屋さんには、去年の冬の話だけしてある。家族に断ったという、あの話だ。それ以上は言っていない。

「あれから、どう?」

1度だけ、休憩室で聞かれた。

「眠れてます。」

そう答えると、土屋さんは「上等よ」と言った。

直さんは、無職のままだ。米を研いで、洗濯機を回して、本を読んで、夕方に散歩へ出る。松おさんの畑を見に行ってから、ベランダでネギを育て始めた。育て方が悪いと言っては、真剣な顔で土を触っている。テレビに出ていた辻本さんから、年に1度だけ連絡が来るらしい。直さんは短い返事を打って、それきりにする。

「戻りたくならないの?」

一度、そう聞いたら、こう帰ってきた。

「あそこはもう、辻本の会社なので。」

そういう顔はしていなかった。

金庫は、まだ寝室の隅にある。先週のことだ。私は日勤から帰って、冷蔵庫を開けた。卵がなかった。

「夕飯の買い出しに行ってくるね。」

台所から直さんの声がした。

「お願いします。今日は、ブリが安いはずです。」

私は財布を持った。玄関で靴を履いていると、直さんが顔を出した。

「じゃあ、金庫の小銭に。」

「財布に3000円あるから、大丈夫。」

「足ります?」

「特売日だから、余裕。」

そう答えると、直さんが笑った。あの日と同じ、笑い方だった。

「じゃあ、豆腐もお願いします。半額のがあったら、ね。」

私は玄関を出た。いくらあるのかは、今も聞いていない。聞かないと決めたのは、私だ。外は秋で、どこかの家の金木犀が匂っていた。実家の庭にあるのと同じ木だ。父が植えた木だと、子供の頃に聞いた。私が生まれた年に、植えたのだそうだ。それを教えてくれたのは、母ではなく、松おさんだった。その話は、私が今でも大事にしていることの1つだ。

帰ったら、ブリの照り焼きができているはずだ。2人で食べて、明日の話をして、9時には寝る。それだけの日が、この2年で1番欲しかったものだった。姉は、仕事のない私の夫を「外れ」だと思った。お金を持っていると分かった途端、今度は「当たり」だと言った。でも、私が好きになったのは、金庫の束を見てしまう前の、「無職」の夫だった。

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