15年間、英語で友人を助けてきたことが、まさか日本で自分を救うことになるなんて思わなかった。朝倉課長に「高卒無能は帰れ」と会議室の前で追い返されたあの瞬間、私はただ悔しくて、そして惨めだった。高卒であることを何度も馬鹿にされ、母の通院のために有給を申請しても「無能なりにやることはあるんだから」と拒否された。もう我慢の限界だった。だが私は知らなかった。その日の会議に来る「偉い方」が、私の運命を…

15年間、英語で友人を助けてきたことが、まさか日本で自分を救うことになるなんて思わなかった。朝倉課長に「高卒無能は帰れ」と会議室の前で追い返されたあの瞬間、私はただ悔しくて、そして惨めだった。高卒であることを何度も馬鹿にされ、母の通院のために有給を申請しても「無能なりにやることはあるんだから」と拒否された。もう我慢の限界だった。だが私は知らなかった。その日の会議に来る「偉い方」が、私の運命を...

会議室の前で課長に呼び止められたのは、会議が始まるほんの数分前のことだった。俺は今日のために準備をしてきた。プロジェクトにも参加している製造現場の一人として、当然参加するつもりでいた。

「なんであなたがここにいるの?」

課長は目を見開いて、まるで汚いものでも見るように俺を見た。俺が「会議に参加するために来ました」と答えると、課長の顔は不快そうに歪んだ。

「え、何ですって?高卒の分際でこの大事な会議に出るっていうの?」

俺はプロジェクトに参加していることを伝え、製造に関わる者として参加するのは当然だときっぱり言った。だが課長はますます険しい表情になる。

「会議は大卒社員のみ。高卒無能は帰れ。」

なぜこんなことを言われなくてはいけないのだろう。俺は課長をとても残念な人だと思った。

「誰が大卒社員のみと決めたんです?俺は聞いたこともありませんが。」

「私が今決めたのよ。私が会議の責任者だから。」

課長は不適な笑みを見せた。確かに会議を取り仕切るのは課長だが、あまりにもそれは傲慢ではないか。

「俺もちゃんと今日のために準備してきたんです。会議にも参加するはずでした。」

「ああ、そう。でもね、今日は偉い方も来られるから失礼があっては困るし。高卒なんて人はいらないわよ。」

そう言って課長は俺を追い払うように手を二回振った。これ以上何を言っても無駄だろうと思い、俺はため息を吐いた。

「わかりました。お呼びではないので帰りますね。」

俺は部署に戻るために踵を返したのだった。

俺の名前は丸山浩司。45歳。生まれた家はごく普通の家庭だったが、割とオープンでホストファミリーをしており、外国人を受け入れていた。その影響か、子供だった俺にも少しは国際感覚が身についた。英語にも触れることが多く、自然と覚えていった。学校での英語の授業も好きだったし、英語で日記もつけていた。高校在学中にはアメリカに短期留学も経験した。

高校を卒業すると、俺は医療機材メーカーの日本支社に就職した。この会社を選んだのは、本社がアメリカにあるグローバル企業だったからだ。またいつかアメリカに行けたらいいな、という思いもあった。

製造部に所属していた俺は28歳で結婚した。相手は3歳年下の同僚で、結婚した翌年には長女が誕生。さらに翌年の俺が30歳の時、職場にトーマスというアメリカ人がやってきた。俺より6歳年上のトーマスはアメリカ本社の技術開発部にいて、最先端の製造技術を教えるために来ていたのだ。

日本支社の建物がよく分からず、日本文化も分からないトーマスに、俺は英語で説明するなどして助けていた。そのことに感激したトーマスは俺に心を開いてくれて、友達だとまで言ってくれた。彼が日本に滞在している間はよく一緒に外食にも行ったし、行ける範囲で様々な場所を一緒に訪れた。役目を終えて帰国した後も俺たちは交流を続け、その交流は40代になった今でも続いている。

さて、俺が44歳になった年に、朝倉という女性の課長が就任した。朝倉課長は「できる女風」を気取っているが、学歴にこだわる質で、大卒しか認めていない様子だった。自身がAランクに入る大学を卒業しているかららしい。高卒の俺は、課長から変に睨まれないか気になったものだ。人の心配は、時として現実のものとなる。

朝倉課長は高卒の社員を目の敵にし、常々「なぜ高卒を雇うのかしら」とまで口にしていた。そしてその矛先は俺にも向いた。

「あなたも高卒なの?よく今まで仕事ができたわね。」

それだけではなかった。ある日、俺は母親の通院に付き添わなければならなくなり、有給を申請しようとした。しかし課長はなかなか首を縦に振ってくれない。

「他に任せられる人いないの?」

父はすでに免許を返納していて運転ができず、近くに頼れる人もいない。妻はいるが、現在は実家の親が病気で帰省中だった。

「あなたが休めば周りに迷惑がかかるのよ。無能なりにやることはあるんだから。」

有給は誰しも使う権利があるものではないのか。何のための有給休暇だろう。結局休みは認められず、母親の通院は隣町から父方のおばに来てもらってなんとか乗り切った。こうして俺の中の課長への不信感は増していったのだった。

そして、日本支社で本国の機材を日本で販売するための会議が開催されることになった。日本国内で機材の製造ができるように、俺もプロジェクトに関わっていた。そのため当然会議に参加する予定でいた。直属の上司である課長にも、そのことは知られているはずだった。

会議の日、俺は準備を済ませて会議室へ向かった。すると、会議室から出てきた課長と鉢合わせした。俺を見た課長は目を見開いて、なんでここにいるのと聞いてきた。俺が「当然ながら会議に参加するために来ました」と答えると、課長は不快そうな顔をした。そして冒頭のやり取りが始まったのだった。

自分の持ち場に戻ろうとしたところ、そこに支社長が現れた。

「何を騒いでいるんだ?」

その声に俺と課長は固まった。会議が始まるまでにはまだ時間があるはずだ。なぜこんなに早く来たのだろう。

「まだ時間がありますが。」

「本社長も来てるからね。早めに座ってゆっくりしてきたいと思ってね。」

そう言って支社長が後ろを振り返る。支社長の後ろには、今やアメリカ本社の社長となっているトーマスがいるではないか。

実はトーマスは本社の創業者の息子であり、父親の後を継いで5年前に社長に就任していた。その際には俺もお祝いのメールとプレゼントを送ったものだ。今回の来日も前もって連絡を受けていたが、バタバタしていてまだ会えてはいなかった。

支社長が俺や課長にトーマスを紹介してくれるよりも先に、トーマスは俺を見つけると大きな喜びの声を上げて近づき、握手を交わした。

「久しぶりだな。」

俺が英語でそう言い笑顔を向けると、それを見た課長と支社長は驚いてしまう。

「え、丸山君はトーマス社長と知り合いなのか?」

「はい。15年ほど仲良くさせていただいてます。」

そう言うと支社長は驚愕の表情を浮かべた。そして課長はというと、発狂寸前だった。

「まさかありえないわ。あの高卒が本社社長と知り合いなんて。しかも英語ペラペラなんて信じられないわよ。」

実は、俺は本社の大株主なのだ。トーマス、いや本社社長が5年前に俺に株をくれたのだ。株主であるということは、本社の経営に何らかの発言権があるということ。トーマスが俺に株を分けてくれたのは、大事な友だと思ってくれてのことだろう。会社の株を平社員にくれるというのはなかなかないことだ。だからもしかしたら俺の将来に期待してのことなのかもしれないとも思ったりする。

俺が本社の大株主だと聞いた課長は、冷や汗をかきながら「そんなの嘘よ」と焦っている。

「本当ですよ。なんなら本社社長に聞いてみてくださいよ。」

俺がそう言うと、課長は悔しそうに唇を噛んだ。

支社長が「先ほど何か騒がしかったようだが」と尋ねると、課長は「な、何でもありません。そうよね?」と俺に同意を求めてきた。しかし俺は、課長に追い返されそうになったことを正直に話した。

支社長は「なんてことをしてくれたんだ。それはいくらなんでもやりすぎだろう。朝倉君」と言った。俺はトーマスにも同じことを英語で話した。するとトーマスは英語で怒りを露わにした。

「私のかわいい技術者に嫌がらせをするなんて、許さないよ。」

トーマスの迫力は伝わったようで、怯えた課長は俺に「本社社長は何て言ったの?」と尋ねてくる。俺はトーマスが言ったことをそのまま日本語で伝えた。それを聞いた課長や支社長は、ますます顔を青ざめさせた。

支社長が「とりあえず中に入ろう」と言うので、俺も含めて会議室に入ることになった。椅子に座ると、課長は支社長に詰め寄った。

「大卒社員以外は整理するようにと、前から進言していましたよね。」

どうしても高卒の人間が許せないらしい。すると支社長は言った。

「そんなことが通ると思っているのか。」

支社長の言葉に、俺は胸がすく思いがした。

「世の中、大卒だって無能はいる。我が社では高卒でも無能を雇っているつもりはないよ。」

「でも、高卒って目障りじゃないですか。大学を卒業してこそ立派に働けるというものではないですか。」

これらの会話は、俺がトーマスに英語で通訳している。課長の言葉に、支社長は睨みを利かせた。

「ああ、言い忘れたがね。私も高卒なんだが、私は無能かね。」

それを聞いた課長の、「え」と言った時の顔は実に滑稽だった。支社長とのやり取りを通訳すると、トーマスも言った。

「私もハイスクールを出たらすぐに仕事を始めたよ。」

俺がその言葉を通訳すると、課長はより一層顔を青ざめさせた。

「申し訳ございませんでした。どうかお許しください。」

課長は焦りながら頭を下げた。だがトーマスの言葉は続く。

「学歴が高いことは強みになるね。でも、学歴の低さを馬鹿にしてはいけないよ。」

さらに、手のひらを上に向けて呆れたというポーズを取りながら、こうも言った。

「僕は学歴が低い人間を見下す奴が大嫌いなんだ。まさか日本の支社にそんな人間がいるなんて残念だよ。」

その後の課長は、支社長から「後で覚えておくように」と言われ、震え上がっていた。

それから俺は会議に参加させてもらえることになった。しかも、支社長よりも英語を話せることが分かったことで、俺は会議でトーマスの通訳を担当することになったのだ。海外で英語が役に立ったのはこの時が初めてかもしれない。会議自体は滞りなく終了した。俺の通訳も支社長から「良かったよ」とお褒めの言葉をいただくことができ、ほっとした。

会議の後、俺は支社長とトーマスと共に会議室に残ることになった。朝倉課長のことについて聞かれるためだった。

「丸山君は以前から朝倉課長に嫌がらせをされていたのか。」

支社長にそう問われ、俺は告げた。

「そうです。親が具合悪くなった時も休みを取得することもできませんでした。」

そして、何かに付け高卒であることを馬鹿にしてきたことも伝えた。トーマスは立ち上がった。

「いくら優秀な社員だったとしても、技術者に暴言を吐くなんて、私が許さない。」

トーマスのあまりの怒りように、支社長もたじたじだった。

そこで支社長がトーマスに問いかけた。

「でも、なぜトーマス社長は丸山君のことをそこまで気にかけるのですか?」

するとトーマスは嬉しそうに話した。

「昔、浩司が日本のことをよく分からない私に色々と教えてくれたんだよ。」

親切にしてもらったことがすごく嬉しかったし、今でも俺は大切な友人なのだと言ってくれた。彼がそう言ってくれたこと自体が、俺にとってはとても嬉しかった。課長から暴言を吐かれたことなどどうでも良くなるほどに。

トーマスは課長について「彼女のことは処分をした方がいいね」と言ってくれた。支社長も「そうですね。厳正に対処いたします」と答えてくれた。おまけに支社長は俺に対して「今まで朝倉課長のことに気づかずにすまなかった」とまで言ってくれたではないか。支社長は何も悪くないし謝る必要はないのだが、その心が嬉しかった。

その翌日、トーマスは日本での滞在を終えて帰国した。また会おうと約束をして。

課長はというと、日本の工場の製造ラインに移動させられた。何かの役職があるわけでもなく、ただ機械を組み立てるラインの一人として従事することになったのだ。元々は日本の製造部にいたとはいえ、実際に工場に送られるとは思ってもいなかっただろう。役職を解かれたのだから、どれだけ惨めな気分でいるのだろうかと思う。しかしこれも身から出た錆だ。反省して欲しいものだ。

製造ラインに配属になった課長だったが、「なんでこの私がこんなことをしなければいけないの」と嘆いていたという。なぜこうなったのか、全く反省の色が見えない。そうして課長は1ヶ月ほどは頑張っていたものの、耐えきれなくなったのか会社を辞めてしまったようだ。その後の課長については、夫の実家の家業を手伝い始めたと風の噂に聞いた。小さな運送会社らしいが、そこで事務を担当しているという。

俺はというと、相変わらず日本支社で頑張っている。トーマスとも、アメリカ本社のことなどについてメールのやり取りをしているのだ。するとある時、トーマスから製造技術の習得に来ないかとアメリカに誘われた。

「日本にはまだない技術だ。」

俺は興味を持った。ただし、1ヶ月くらいは滞在してもらうことになるよというので、とりあえず家族と相談してみると言っておいた。その日のうちに俺は妻に相談した。

「1ヶ月ほどかかるそうだが、技術習得に行ってきてもいいか。」

「うちの心配はいらないわよ。是非行ってきて。」

高校3年生になっていた娘も言ってくれた。

「海外なんてかっこいいね。行っておいでよ。」

家族の励ましもあり、俺は久々にアメリカへと渡ったのである。家族と離れて渡航するのは寂しい気もしたが、現地にはトーマスもいてくれたから心強かった。トーマスは本社の社長だから、当然ながら俺にかかりきりにはなれない。それでも晩御飯に誘ったり、気にかけてくれていた。

トーマスのサポートもあり、俺はアメリカでの暮らしを楽しめたし、技術の習得もできた。1ヶ月が経ち、技術習得も完了。帰国した俺は日本支社において、習得した技術を社員たちに広める研修会を開いた。研修会に参加した社員たちからは「とても良かったです」という声をもらうことができた。俺もアメリカに行って技術を学んできて良かったと思う。新機種が製造できるように、機材もアメリカから輸入されるそうだ。日本支社もどんどんと拡大していくものと思われる。それは俺としても大変喜ばしいことだった。

そう思っていた矢先、アメリカにいるトーマスから電話がかかってきた。俺が日本に帰国してから1ヶ月後のことだった。トーマスが口にしたのはこうだった。

「どうだい?こっちで働いてみないか。」

つまり、正式にアメリカに来ないかということだ。トーマスによると、1ヶ月アメリカ本社で一緒に働いて、やはり俺と共に仕事がしたいのだという。アメリカに行っていたとはいえ、俺は技術を学んでいただけのようなもの。本社のためになるような仕事をしたわけでもないと思うのだが。

「何を言っているんだ、浩司。自分を卑下するんじゃないよ。」

技術を吸収しようという姿勢が素晴らしかったし、日本での活躍ぶりも聞いているともトーマスは言ってくれた。

「ご家族の生活のサポートもするから、是非一家でアメリカに来てくれないか?」

トーマスの熱意に、俺は答えた。

「ありがとう、トーマス。分かったよ。家族と話し合ってみるね。」

俺は英語を話せるが、妻や娘は英語が話せるわけではない。そういった面での不安もあるが、娘はまだ高校生だ。そうしたことを考え、俺は単身赴任しようかと考えた。どちらを取るにしても家族には負担を強いることになるかもしれない。あるいは、俺も日本に残るという選択肢もある。

結果として、俺は家族と共にアメリカに移住することになった。妻は「そばであなたを支えたい」と言ってくれたし、娘も悩んだようだったが、「現地の学校に行くことを決断してくれた。日本の友達と離れることになるが、今の友達とは連絡をちゃんと取り合うし、アメリカでも友達作るから」と。家族たちも英語の勉強をしてくれて、アメリカでの生活に慣れようと奮闘した。

そして俺は、アメリカ本社にて製造部署の統括責任者を任されることになった。俺がトーマスのお気に入りだと社員たちに知られると、俺は一目置かれるようになったようだ。また本社だけでなく、日本支社とのパイプ役も務めるようになった。

俺はこれからもこの会社の発展のために尽力していきたい。

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