「俺の彼女だ。可愛いだろ。この子と再婚するから出ていけ。」
夫の広信が、愛人の千春を連れて家に帰ってきた。離婚も成立していないのに、堂々と愛人を連れてくるなんて、どんな神経をしているのか。私は怒りを通り越して、呆れてしまった。
「淳だって、若い母親の方がいいって言ってる。つまり、お前は用済みってことだ」
「母親はこの人がいい。ババアより若くて可愛い方が、勉強もはかどるよ」
息子の淳は、最初から広信の浮気を知っていた。知っていて、二人で示し合わせて、私を家から追い出そうとしている。
「いつからなの?」
「そうだなあ。千春とは、もう3年ほどになるな」
その前も、広信は私と結婚した当初から愛人を作る前提で、財産管理を別にしていたという。これまでも自分に合う人を探してきて、千春が運命の相手だというのだ。
「財産分与はなしだ。分かったら、さっさと出ていけ」
その場でいくら話し合っても、広信のいいように言いくるめられてしまう。そう考えた私は離婚に応じ、荷物をまとめて家を後にした。
私は夢岡正恵、42歳。フリーランスのシステムエンジニアとして働きながら、夫の広信と18歳になる淳と、3人で暮らしてきた。
広信と出会ったのは、20年ほど前のことだ。当時IT企業で働いていた私は、新しいシステム開発に携わっていた。依頼主となる企業の要望を聞き、独自のシステムを作り上げる仕事をしていたのだが、その中で訪問した企業の担当者が広信だった。
広信はITに興味があると、様々な質問をぶつけてきた。当時の彼はスマホの操作も苦手で、通話とメッセージを送ること以外はできないレベルだった。
「せめてスマホくらい使いこなせるようになりたい。教えてほしい」
仕事中に個人的な案件に対応するのも気が引けたため、週末の仕事終わりでよければと引き受けた。それから何度か待ち合わせてスマホの操作を教えていると、彼から突然付き合ってほしいと言われた。
「スマホを教えてほしいっていうのは口実で、個人的にあなたに会いたかったんだ」
交際を始めてみると、広信はとても優しく、いつも私のことを気遣ってくれた。広信はバツイチで連れ子がいるため、デートはもっぱら彼の家で過ごすことが多かった。
「前妻とは、どうして別れたの?」
「まだ若かったってことかな。子供が生まれてから自分の自由がなくなったって、出ていったんだ。今思うと、俺も仕事ばかりで子育てを任せっきりにしていたせいもある」
広信はまだ1歳を過ぎたばかりの淳から母親を奪ったのは自分だと反省していた。淳は私にとても懐いてくれた。それでも簡単に母親になるとは言えなかった。子育ての大変さや責任を負う覚悟がなかったからだ。
しかし交際から1年が経った頃、淳が私のことを「ママ」と呼んだ。
「もし嫌じゃなかったらだけど、淳の母親になってくれないか?」
私に断る理由はなかった。淳の成長を見守りながら、本当の家族として3人で暮らしたい。そう思った私は広信と結婚し、一緒に暮らし始めた。
結婚後も仕事を続けていいと言ってくれたが、淳の保育園の送り迎えや突発的な病気を考えると、できるだけ家にいる方がいい。ちょうど独立することも考えていた私は、フリーランスのSEに転身することにした。
結婚当初から広信は財産管理は各々で行おうと提案してきた。お互いに必要な生活費のみ家に入れ、残りは自己責任にするという。お互いの収入の格差や金銭的な問題で夫婦喧嘩をしたくないというのが理由だった。
「前妻のことがあるからか、俺は君と少しでも楽しく一緒にいられるように考えているんだ」
そう言う広信に感謝を感じた私は、彼の提案を受け入れた。
家族3人の生活は楽しいことばかりだった。淳は私のことを本当の母親だと思っているようで、母の日には似顔絵を書いてプレゼントしてくれた。発表会や運動会、小学校の入学式、卒業式と淳の成長を見守りながら、時々家族3人で旅行にも行き、私は穏やかで幸せに暮らしてきた。
ただ一つ頭を悩ませていたことは、広信が淳を甘やかしすぎることだ。
淳は中学生になった頃から小遣いを欲しがった。毎月決まった額の小遣いは渡していたが、欲しいゲームがあったり友達と遊びに行く度に広信に追加のお小遣いを要求する。本当に必要なお金であれば仕方ない。しかし時に我慢することも必要だと思っていた私は、淳が要求してくるたび必要な理由を尋ねていた。
それが面倒に感じた淳は、広信に要求するようになった。広信は理由も聞かず、淳が欲しいという金額をそのまま渡してしまう。
「あまり簡単にお金を渡さないで」
「いいじゃないか。高額なものを買おうって言うんじゃないんだ。それに子供には子供の付き合いがある。好きな彼女にいいところを見せたいこともあるだろう」
広信は自分が中学の時は親が厳しく小遣いなどもらえなかったそうで、淳は自由にさせてやりたいという。
「だけど社会に出てから困らないように、1人でもちゃんと生きていける力をつけさせてあげることも必要よ」
「そんなことは自然に学っていく。現に俺も実家を離れて1人暮らしになってから学んだことがたくさんある」
広信の言うことも理解できなくはない。それでも淳がわがままな子になってしまわないかと私は心配だった。
中学2年になる頃には、淳は私よりも広信になつくようになった。思春期を迎えていた淳にしてみれば、広信の方が男同士通じるものがあるのだろう。社会に出てから恥ずかしい思いをしないようにと礼儀に厳しくごとばかりの私が、うるさかったのかもしれない。それでも反抗的な態どを取るわけでもなく真面に学校にも通っている。友人に相談してみても「男の子なんてそんなものよ」と言われ、私は様子を見ることにした。
やがて高校生になった淳は、同じクラスの福本鈴と付き合い出した。初めての彼女に舞い上る淳は、彼女が好きなアイドルの歌を覚え、週末のデートを念入りに計画している。良かったのは、鈴がとても真面な子だったことだ。鈴は大学進学を目指し、授業にも真面に取組み、進学塾にも通っていた。
ある日「俺も塾に行きたい」と言い出した淳には驚いたが、どんな理由であれ淳が勉強に集中している姿を見るのは嬉らしい。淳は鈴と同じ大学に行くと決めたようで、家でも熱心に勉強するようになった。
しかしこの頃から広信の態どがおかしくなっていった。急に仕事業が忙しくなったと言っては帰りが遅くなり、週末も休日出勤だと出かけてしまう。家にいても私との会話を避けるようになり、寝食を忘れてスマホを手放さない。
「ずっとスマホを見て何をしてるの?」
「ゲームだよ。淳に教えてもらったんだ」
私が画面を覗き込むと、確かにゲーム画像が映し出されていたが、どうにも怪しい。
「最近帰りが遅いけど、そんなに忙しいの?」
「役職への昇格がかかっている時期なんだ。アピールしなきゃだめだろう」
広信は昇進のため営業活動に力を入れている分、残業が発生するという。それに加え契約を取るために接待も増えたというが、毎晩のように深夜しか帰って来られないことがあるだろうか。それでもその時は真偽を確かめる術もなく、彼の言葉を信じることにした。
しかし数日後、仕事から帰ってきたはずの広信から、女性の香氷の匂いが漂った。
「どこに行ってたの?」
「接待で飲んできただけだ」
広信は取引先の重役とラウンジに行ったという。
「それだけでこんなに香水が映ることなんてないわ」
「家族のために毎日頑張ってるのに、浮気してると思ってるのか? 文句があるなら、自分の収入を増やして俺を支えたらどうだ?」
広信は自分の帰りが遅いのは、私が低収入なのが悪いと見下した。
「私だって仕事して生活費を入れてるわ」
「ただのデータ入力だろ。小遣い稼ぎのバイトが偉そうに」
広信は私の仕事を勘違いしているようだ。淳は在宅でパソコンと向き合っている私のことを見ているが、何の仕事をしているのか詳しくは知らない。小学生の頃「ママは何のお仕事をしているの」と聞かれた時も、SEという仕事が理解できないだろうと「パソコンのお仕事よ」と答えただけだった。淳が何か用事を頼んできても「このデータを入力したら」と答えていたため、彼が勘違いするのは理解できる。しかし本来システムエンジニアだということを知っている広信までもが、淳の言葉をそのまま信じたのは驚きだった。
仮にデータ入力のアルバイトだとしても、在宅で仕事をしていることは事実。それを低収入と卑下する広信に、私は不審感が湧き起こった。
この頃の私はSEの仕事に加え、ITコンサルタント業務も行っており、多忙を極めていた。それでも家事を完璧にこなし、広信や淳が何不自由なく暮らせるようにしてきた。しかし2人から感謝の言葉を聞いたことなど一度もない。そればかりか、コンサル業務で外出すると言っても、私が「仮病を使って友人と遊んでいるだけ」だと思われていた。
「暇な主婦が羨ましい」
私がいくら説明しようとしても聞く耳を持たず、嫌味を言うばかりなのである。いつしか私も広信に話すだけ無駄だと思うようになり、説明することもやめてしまった。
数日後、学生時代の同窓会の案内が届いた。参加すると、当時の親友である佐藤より子と再会した。より子は学生時代から曲がったことが嫌いで、人困っていると放っておけない性格だった。お互いに結婚し疎遠になっていたとはいえ、2人で話していると空白の時間がなかったかのように落ち着く。
「これを機に、また時々会いましょうよ」
「ええ、もちろん」
週末の休みを利用してより子とお茶を楽しみながら他愛ない話をしているだけで、私の心は癒された。正直なところ、広信が浮気しているのではないかと疑うことに疲れていた。
実際のところ広信と離婚することに異論はなかったが、大学受験を控えた淳のことを考えると、私たちの都合で息子の気持ちをかき乱したくない。
「何か悩んでいるなら、いつでも相談してよ」
より子がそう言ってくれるだけで、私は救われた。
しかしある週末、私が家に帰ると広信が鬼の形相で待っていた。
「今までどこに行ってた?」
「親友と近所のカフェにいたけど」
「その親友っていうのは、男だろう」
広信は私が男性と会っていたと思っているようだ。
「女性に決まってるでしょう」
「嘘をつくな。俺の同僚が、男と一緒にいるお前を見たって言ってるんだ」
広信の同僚が見たのは私ではない。しかし広信は私の言うことなど信じず、浮気していると決めつけた。
「その同僚の見間違いよ。なんなら今からその親友に電話してあげようか」
「そうやって口裏を合わせてもらうつもりだろう」
「それじゃカフェの店員さんにでも訪ねてみたらいいわ」
呆れたことに、広信は何の証拠もないというのに私が浮気していると確信しているようだった。
「俺のことを疑っていたのは、自分が浮気していたからなんだな。全く、どこまでも根性の曲がった女だな」
「何を言ってるの?」
浮気していないと言っても一切聞かず、広信は私のことを浮気女と罵倒した。淳も同調し、「浮気するとか、マジ下品」と私を睨みつけていた。
「母親のくせに、他の男に興味を持つなんて最低」
「だから私は浮気なんかしてないって」
「全部父さんから聞いてる。俺たちに隠れてこそこそと。本当、信じられない」
どうやら広信は淳に嘘の情報を与えているようだ。広信がこれほどまでに私が浮気したことにしたい理由がきっとある。おそらく広信は自分の浮気相手との再婚を考えているのだろう。しかしその証拠がない。
その日から私は広信の浮気を証明しようと、証拠集めをすることにした。しかしすぐにその理由が判明したのである。
数日後、広信が女性を連れて帰ってきた。
「俺の彼女だ。可愛いだろ。千春と再婚するから、お前は出ていけ」
広信は愛人の飯田千春と結婚すると言い、一方的に離婚を迫ってきた。
「淳だって、若い母親の方がいいて言ってる。つまリ、お前は用済みってことだ」
「母親はこの人がいい。ババアより若くて可愛い方が、勉強もはかどるよ」
「お前も浮気してるんだ。慰謝料はお互いになしってことなら、文句ないだろう」
最初からそれが狙いだったのね。広信は浮気の慰謝料を払わなくていいように、私の浮気をでっち上げたのだ。
「いつからなの?」
「そうだな。千春とは3年ほどになるな」
その前は、広信は私と結婚した当初から愛人を作る前提で財産管理を別にしたという。数年ごとに愛人を変えては、これまでも自分に合う人を探してきたと言い、千春が運命の相だ手だというのだ。
「それじゃ、私は何だったの?」
「お前は子育て要だ。淳の世話をする人間が必要だったしな。これまで18年も一緒にいてやったんだ。もう十文だろ」
あまりにも身勝手な言い分に、怒りが湧き上がる。
「ああ、お互いに好きな人がいるってことで離婚して、それぞれ幸せになろうじゃないか」
「私が浮気していないって証明したら、どうするの?」
「証明なんかできるわけない。俺の同僚の証言を覆すなんて無理だからな。お互いの浮気が原因だから、当然財産分与もなしだ」
私を低収入だと思っている広信は、財産分与をすれば自分の財産を私に渡すことになると思い込んでいるのだろう。
「好きにすれば」
その場でいくら話し合っても、広信のいいように言いくるめられてしまう。それなら一旦家から離れた方が、私にとって有利になる。そう考えた私は離婚に応じ、荷物をまとめて家を後にした。
その足でウィークリーマンションを契約し、親友のより子に連絡を取った。実はより子は、離婚専門に活動している弁護士なのだ。より子に事情を説明すると、彼女は喜んで協力してくれるという。正義感の強いより子にしてみれば、夫の勝手な言い分で一方的に家を追い出される妻を放っておけないのだろう。これまでも同じような女性の味方となり、数々の離婚裁判を勝利に導いてきた。
「まずは広信さんの明確な浮気の証拠を集める必要があるわね」
「だけど向こうは、私も浮気しているって言い張ってるわ」
「それなら問題ないわ。毎週末あなたと会ってたのは私よ。それを証言することはできるし、あなたが浮気していた証拠も絶対に出てこない」
より子の存在が心強い。彼女の頼もしい言葉に励まされ、私は広信と徹底的に戦うことを誓った。
翌日からより子のネットワークを使い、プロの調査会社に依頼して広信の不倫の実態と、愛人である飯田千春の素性を調べてもらった。離婚裁判の準備を進めながら調査結果を待っている間も、広信からは「離婚届にサインしろ」と催促の電話がかかってくる。仕事が忙しいと理由をつけて先延ばしにしているが、千春と早く結婚したい広信が、それほど長く猶予をくれるとは思えない。それでも調査結果が出るまでは、離婚届にサインするわけにはいかなかった。
1ヶ月後、ついに我慢の限界を迎えた広信から電話がかかってきた。
「もう待てない。今度こそ離婚届にサインしてもらう」
「分かったわ。じゃあ明日家に行くから、待っててちょうだい」
翌日、私はより子に同伴してもらい、家に向かった。しかし玄関に入るなり愕然とした。家の中は荒れ放題で、至るところにゴミが散らかっている。ゴミ捨ても行っていないようで、部屋には悪臭まで漂っていた。
「一体どうしたら、こんなことになるの?」
「あいつが帰ってこないんだ」
家の中に千春の姿はなく、広信の話では数日前から帰って来なくなったという。連絡も取れず、家事をする人がいないと広信は私に片付けを押し付けようとしてきた。
「どうして私が掃除しなきゃいけないの? あなたたちが散らかしたんでしょ?」
「まだ離婚は成り立ってないだろ。妻として家事をするのは当り前だ」
一方的に私を追い出したというのに、随分な言い草だ。
「そう、分かったわ。だけど掃除は、あなたたちが出ていった後でするわ」
「何だ?と」
「ここは私の家よ。不法者は出ていってちょうだい」
私は広信と淳に、今すぐ出ていくよう迫った。実は私たちが住んでいた家は、元々私が父から相続したもので、名義も私のものとなっている。当然、広信に住む権利はなかった。
「そうだとしても、結婚したら家も世帯主である俺のものだ」
「いいえ、違います。この家はあくまで恵さんが相続したもので、特有財産である以上、配偶者となっても権利はありません。従って、恵さんと離婚を宣言している以上、あなたたちが退去することになります」
弁護士であるより子の意見に、広信は何も言えなくなったようだ。
「それから、この趣味の悪い壁紙も、現状回復をしてもらうわ」
「んだと」
広信は私が家を離れている間に、千春の好みに合わせて部屋の改装を行っていた。持ち主の私に無断で改装したのだから、現状回復は当然のことだ。
「持ち主に無断で改装を行った場合、現状回復費用と器物損壊の損害賠償が発生します。そちらに関しても、後日請求させていただくことになります」
「そんなバカな。お前は、夫の俺に金を払えというのか」
「私たちの夫婦関係は、とっくに破綻しているでしょ。現にあなたは、私と結婚した当時から愛人を作るつもりで色々工作していたんだものね」
私は広信が明かした浮気工作の録音を流して聞かせた。
「当初から数年に渡る裏切り行為は、重大な不貞行為と言わざるを得ません。その慰謝料も覚悟しておいてください」
私に対し多額の賠償金や慰謝料を支払うことになると理介した広信は、その場に尻込みしてしまった。
「俺は息子だぞ。大事な息子まで追い出すつもりか」
形勢が変わり、広信についていても損をすると思った淳は、息子であることを盾に私に思いとどまるように迫ってきた。
「私に息子は、いないわ」
私は淳が自分の子ではなく、広信の前妻の子であることを明かした。その上で、私に淳を保護する義務はないと説明した。
「そんな。それは本当なのか」
淳は広信を問い詰めたが、彼はただうつむくだけだった。
「残念だけど、事実よ」
淳に真実を告げるのは酷な気もしたが、広信と一緒になって私を追い出したのだから仕方ない。
「慰謝料に賠償金に現状回復って、一体いくなるんだ?」
「正式には見積もりを取ってからになりますが、少なくとも400万以上になるかと思われます」
「そんな。そんなにはとても払えない。頼む。せめて賠償金を減額してくれ」
これまで愛人たちに貢いでまくってきた広信に、資産と呼べるものはほぼない。しかしだかと言って、私が「分かった」と応するわけがない。
「金の亡者だな。俺を苦しめて、そんなに楽しいか」
広信は一も譲らないという私のことを避難してきた。
「分かったら、さっさと出ていって」
私は問答無用で、2人を家から追い出した。
家を追われた広信と淳は、取急ぎ都内にマンションを借りて住んだようだ。しかし家事のできない2人は、その後も「必要経費を払うから家政婦として雇ってやる」とメッセージを送り続けてきた。この後に及んでも私に家事をさせようとする広信に呆れて、言葉が出ない。私はメッセージを既読スルーして、相手にしないようにした。
仕方なく、淳は交際中の福本鈴を呼び、家事をさせようとしたようだ。亭主関白な広信を見て育った淳は、「女は男に無条件に尽くすもの」と思い込んでいたようで、鈴も自分の言うことに逆らわないと思ったのだろう。しかし実際には、鈴は淳に従わず、どうして私が家事を、と拒否した。淳は怒り狂い、「女は男の言うことに従ってればいいんだ」と叫んだのだとか。その結果、淳の本性に幻滅した鈴は、彼に別れを告げ、LINEもブロックしてしまったそうだ。学枚でも淳と一切口を聞かず、彼の人間性の悪さを学校中にばらして回り、同級生たちだけが見れるSNSアカウントにも多数の書き込みをしたらしい。淳は大好きな彼女に振られた上に、学校でも孤立を深めていった。
受験まで数ヶ月と迫っているにも関わらず、淳は受験どころではなくなり、家に引きこもりがちになってしまったようだ。
そんな中、広信から電話がかかってきた。
「俺があんな風になったのは、全部お前が悪い」
「なんで私が?」
広信は淳の不調を私のせいだと決めつけてきた。その上で「責任を取れ」という。全く反省の色が見えない広信に、私は呆れ果ててしまった。これまで広信から謝罪の言葉は一言も聞いていない。そればかりか何でもかんでも私のせいにして、自分は全く悪くないと言いはる広信に、私は鉄槌を下すことにした。
翌日、私は調査会社が調べ上げた広信と千春の不倫報告書を、彼が務める会社の最上社長に届け、全て報告した。
広信は知らなかったが、実は飯田千春の正体は、最社長の娘なのだ。千春は父親である最社長に「就職した」と嘘をつき、複数の男性を騙して金銭を搾取していた。広信は苗字が違うことで、千春が最社長の娘だとは夢にも思わなかっただろう。千春が名乗っていた飯田というのは、彼女の母方の旧姓で、千春が正体を隠すために使っていたのだ。
真実を知った最社長は2人を呼びつけ、広信には地方の系列会社への左遷を言い渡した。
「待ってください。千春とは本気で一緒になるつもりだったんです」
「だからなんだ。妻がある身で娘に手を出すこと自体が問題だって言ってるんだ」
千春の正体を知った広信は、その場に座り込み顔を青ざめさせていた。
「それから千春、お前にはがっくりした。高い金を払って大挙に言かせてやったというのに、詐欺だなんて。今日限りで、お前とは親子の縁を切る」
最社長は千春に勘当を言い渡した。
隣の部屋で話を聞いていた私は、タイミングよく社長室を後にする2人の前に現れた。
「なんでお前がここに?」
「実は私、最社長の会社にも、SE兼ITコンサルタントとして関わっていたのだ」
最社長のおかげもあって、多くの企業から依頼を受けるようになり、年収は2000万円を超えている。
「ずっと俺を騙していたのか」
事実を知った広信は大声で私を怒鳴りつけたが、私は彼に嘘をついたことなど一度もない。
「聞かなかったのは、あなたの方でしょ」
「そんなに収入があるなんて。だったら、財産分与を要求する」
自分より私の方が年収が高いと知った広信は、手のひらを返し勝手なことを言いまくる。
「しかしそもそも財産分与をしないと決めたのは、広信あなたなのだ。『財産分与はしない』。あなたの発言はちゃんと録音してあるから、今更撤廃できないわよ」
その後、私は離婚裁判を起こし、広信との離婚を成立させた。裁判でも広信は身勝手な言い分を繰り返していたが、長年に渡る不倫の事実がある以上、きちんと責任を取らなければならない。
数日後、広信には多額の慰謝料と損害賠償の支払いが命じられた。その結果、広信は借金を背負うこととなったようだが、地万への左遷で収入は半減し、生活は困窮していったようだ。しかし左遷先でも同僚に後ろ指を刺され、周囲の白い目に耐えきれなくなった広信は、自ら退職届を書いて会社を去ったのだとか。その後、住んでいたマンションの家賃が払えなくなった広信は、淳を連れて彼の実家がある片田舎に引っ越し、慣れない農業を行っているらしい。これまで農業のことを馬鹿にして義両親から何も学んでこなかった広信に、売り物になる野菜が育てられるとは思えないが、今の彼にはそれしか選択肢がなかったのだろう。
淳は大学受験に失敗し、SNSに流れてきた「楽して高収入」という謳い文句に飛びついたそうだ。しかし淳が関わったのは、闇バイトだった。驚いたことに、千春も偶然同じグループに加担していたのだとか。数日後、2人がいるグループが強盗に入ったところを逮捕されたとニュースが流れた。
その後、淳がどうなったのかは分からない。
偽りの家族から解放された私は、自由と莫大な資産を手に、親友のより子とシャンパンで乾杯をあげた。仕事も順調に業績を伸ばしており、近々法人を立ち上げるつもりだ。頼もしい親友に支えられながら、今日も私は笑顔で走り出していく。



