夫は帰ってくるなり、義母と義妹を連れて家に上がり込み、まるで決定事項のように言い放った。「火事場泥棒になるか、離婚するか、好きな方を選べ」と。夫は、私がただおとなしく従うと思っていたのに、称号すらなく嘲笑う彼らの前で、私は一枚の書類を取り出した。それは、彼が私を脅すために置いていった、あの記入済みの離婚届。私は役所に提出済みだった。「どっちも選べないわ。だってもう、離婚済みだから」。そう言っ…

夫は帰ってくるなり、義母と義妹を連れて家に上がり込み、まるで決定事項のように言い放った。「火事場泥棒になるか、離婚するか、好きな方を選べ」と。夫は、私がただおとなしく従うと思っていたのに、称号すらなく嘲笑う彼らの前で、私は一枚の書類を取り出した。それは、彼が私を脅すために置いていった、あの記入済みの離婚届。私は役所に提出済みだった。「どっちも選べないわ。だってもう、離婚済みだから」。そう言っ...

夫が突然、義母と義妹を連れて帰ってきたのは、新しいアパートへの引っ越し作業を終えたばかりの日のことだった。

夫は私に対して、さも当然のように言い放った。

「火事場泥棒になるか、離婚するか、好きな方を選べ。タイムリミットは俺が出張から帰るまでだ」

義母と義妹は、挨拶もそこそこに私の家へ上がり込み、リビングを見回しては、インテリアがどうの、カーペットがどうのと、品定めするように笑い合っていた。

「全部取り替えちゃおうよ。この火事場泥棒に金を出させてさ」

それを聞いて、私は心の中でほくそ笑んだ。普通の妻なら、ショックで言葉を失っていたかもしれない。しかし、私はこの日が来ることをずっと予想していた。夫の言葉を遮るように、私は静かに告げた。

「ごめんね。どっちも選べないの。だってもう、離婚済みだから」

夫は面食らった顔をした後、大声で笑い出した。
義母と義妹も釣られたようにゲラゲラと笑い、私を指差して嘲弄した。

「桜子、頭でもおかしくなったんじゃないの? 可哀想に」
「現実が見えなくなっちゃったのね。少し休んだ方がいいわよ」

彼らの嘲笑は、私の心には一切刺さらなかった。私は冷めた目でそれを見つめながら、バッグから一枚の書類を取り出し、彼らの前に広げて見せた。

「これを見ても、まだそんなことが言えるかしら」

そこにあったのは、役所に正式に受理された離婚届の控えだった。夫の署名と捺印がしっかりと押されていた。夫の笑い声がピタリと止まった。義母と義妹も慌てて書類を覗き込み、言葉を失った。

「な、なんだよ、これ…」
「そんな馬鹿な…これ、本物なの?」
「あなたが置いていった離婚届よ。それを役所に提出しただけ。分かったでしょう? 私はもう、あなたたちの家族でも、火事場泥棒でもないの」

そう、夫はかつて、機嫌の良い時や怒った時に、記入済みの離婚届をチラつかせては私を脅していたのだ。「逆らうなら、これに判を押してやってもいいぞ」と。夫が単身赴任で家を離れた時、私はその書類を夫の部屋で見つけた。そして、それを使うことを決めたのだった。

義母と義妹は、私との縁が切れると分かると、慌てて夫に詰め寄った。
「ちょっと勇気、あんた何とかしなさいよ!」
「そうよ、お兄ちゃん。慰謝料を請求してやりなさいよ!」

夫も私を睨みつけながら言い放った。
「そうだ。俺の許可なく離婚なんて許せない。慰謝料を払ってもらうぞ」

その瞬間、玄関のドアが開き、義父が立っていた。私は事前に義父に連絡を取り、この場に来てもらっていたのだ。義父は夫や義母たちに、静かに、しかし鋭い口調で語りかけた。

「お前たちは、慰謝料とは何だと思っているんだ? 過失がある方が払うのが常識だろう。桜子さんが一体何をしたと言うんだ。これまで桜子さんに何をしてきたのか、俺は全て聞いているぞ」

義父に全てを打ち明けていたのは、私だった。夫から受けてきた暴言や嫌がらせの数々を、録音し、メールで義父に相談していたのだ。義母と義妹は顔色を変えて黙り込んだが、それでも尚、私を責め続けた。

「嫁としての勤めを果たしていない悪いんだ!」
「そうよ! 自分の稼いだ金を自分だけのために使って!」

私は彼女たちに反論した。
「私は料理も掃除も洗濯も、全て一人でやってきました。生活費として、夫より多くの割合を入れていた時もあります。証拠の給与明細も振り込み記録もあるわ」

そして、私は夫に向き直り、核心を突いた。
「それに、単身赴任中に浮気してたでしょ? 相手の名前は美月さん、違う?」

夫の顔色が一瞬で変わった。私は探偵を雇い、夫の行動を徹底的に調査していたのだ。単身赴任の前から、夫は美月という女性と頻繁に会っていた。彼女の名前と電話番号をスマホに見せると、夫は動揺し、必死に否定しようとした。

「ふ、ふざけるな! そんな女、知らないぞ!」

すると今度は、私と一緒に行動していた義父が口を開いた。
「美月さんに直接聞いてみるか? お前の両親の前で、電話でな」

夫は完全に観念した。義父の厳しい言葉に、夫はついに開き直り、大声で喚き散らした。

「これで満足か!? 俺を追い込んで気持ちいいか!? 正直、お前なんか最初から要らなかったんだよ! 俺には美月がいるからな! 美月こそ、俺にふさわしい女なんだ!」

夫はそう言い放つと、怒り狂ったように部屋を出て行った。残された義母と義妹は、居心地悪そうに謝罪の言葉を口にした。義父は深く頭を下げ、謝ってくれた。

「桜子さん、本当に申し訳ない。あんな息子に育ててしまって…。お前が辛い思いをしていたのに、気づいてやれなかった」

私は義父に言った。
「お父さんが謝ることはありません。お父さんが味方でいてくれたから、私はここまでやってこれました。本当にありがとうございます」

その言葉に、義父は無理に笑顔を作った。それからの日々は、静かで穏やかだった。私は快適な一人暮らしを楽しんでいた。脈絡もなく、義母と義妹から定期的に連絡が来るようになった。彼女たちは夫から見捨てられ、義父に勘当され、行く当てがなくなったらしい。義母は、私にかつて浴びせた暴言を詫び、義妹も小声で「ごめんなさい」と繰り返していた。

あれから数週間後、元夫から鬼電がかかってきた。私はため息をついて、電話に出た。

「…もしもし」

「おい、桜子! 助けてくれ! 頼む!」

電話の向こうから、焦りと怯えが混じった声が聞こえてきた。かつての傲慢さは微塵もない。どうやら彼は、私を捨てて選んだ美月に会いに行ったところ、待っていたのは彼女の父親が送り込んだ暴力団員だったらしい。美月の父親は、金融会社の社長で、厄介な仕事で有名な人物だった。彼が娘を騙した勇気を、徹底的に追い詰めているという。

「慰謝料を請求されて、会社も辞めるしかなくなったんだ…。桜子、頼む。お前だけが頼りなんだ…」

私は冷たく言い放った。
「あなたが隠し持ってる金なんて、ないでしょ? 単身赴任中のあなたの行動は、全部調べさせてもらったわ。その投資の話も、真っ赤な嘘よね」

「な、なんで…それを…」

「美月さんのお父さんの会社で、真面目に働くのがいいわよ。その給料で、慰謝料を払ってちょうだい。それが、あなたが取るべき唯一の道よ」

「そんなの無理だ! 俺があの人の下で働くなんて、耐えられるわけない!」

「それは、あなた自身の問題よ。私に頼るのはやめて。次に連絡してきたら、黙って見逃したりしないわ。あなたがどうなろうと、私にはもう関係ないの」

そう言って、私は電話を切った。元夫は結局、美月の父親の会社で、厳しい労働を強いられていると聞いた。給料のほとんどは慰謝料に消え、彼の傲慢な生活は、完全に崩壊していた。一方の元義母と元義妹は、義父から家に閉じ込められ、自由に使える金もなくなり、肩身の狭い思いをしているようだった。私は、ようやく手に入れた自由と平穏を噛みしめていた。これまでのストレスは嘘のように消え、仕事にも集中できるようになった。会社での評価も上がり、昇進の話も出ている。

あの日、夫が私に選択を迫ってきた時、私はもう、彼と一緒にいる未来を選ぶことはなかった。私は自分の人生を歩き出すと決めたのだ。

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