結婚式当日、私は純白のウェディングドレスに身を包み、控え室で待っていた。そこに現れた婚約者の大森大地は、隣に私の妹・明りを寄り添わせ、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「悪いが、お前との結婚式は中止だ。婚姻届も出すつもりはないからな。」
私は声を震わせて問い返した。
「どういうこと?今日は一生に一度の私たちの結婚式なのよ。」
大地は鼻で笑った。
「言葉通りの意味だ。地味な事務職のお前より、若くて可愛い明りの方が時期社長の妻にふさわしい。」
明りも私を嘲るように見つめ、言い放った。
「お姉ちゃん、お疲れ様。今日から私が大森の社長夫人よ。お姉ちゃんは一生、惨めに独身を貫けばいいじゃない。」
二人の裏切りはあまりにも無惨で、あまりにも身勝手だった。しかし、彼らはまだ気づいていない。この略奪が自分たちを破滅へと導く地獄の入り口であることに。
私の名前は美羽。ごく普通の会社員として事務職をしながら、平穏な日々を送っていた。ある日の夕暮れ時、駅裏の路地で柄の悪い不良グループに囲まれている男性を見つけた。高級そうなスーツを着たその男性は、震える声で命乞いをして殴られそうになっていた。私は反射的に交番へ駆け込み、巡査を連れて現場へ向かった。警察の姿を見た不良たちは、雲の子を散らすように逃げていった。
路地に一人へたり込んでいたのが、後に私の婚約者となる大森大地だった。
「助けてくれてありがとうございます。本当に助かりました。」
情けない顔で涙を浮かべる彼を見て、放っておけない気持ちが芽生えた。大地はそれからというもの、私に猛烈なアプローチを繰り返した。
「美羽さん、あなたのような勇敢で優しい女性は他にいない。僕と付き合ってくれ。」
あまりの熱意に押され、私は彼と結婚前提の交際をスタートさせた。付き合ってから知ったが、彼は大手商社・大森商事の御曹司だった。将来は時期社長の座が約束されている立場らしい。「美羽さんを最高の社長夫人にして見せるよ」と、彼は甘い言葉を並べ、私を大切に扱ってくれているように思えた。
やがて彼のご両親に紹介されると、私の真面目な性格を非常に気に入ってくれる。大地の父である敬さんは特に私を高く評価してくださった。
「大地にはもったいない。是非うちの嫁に来てほしい。」
社長であるお父様に歓迎され、トントン拍子に結婚の話が進んだ。私は幸せの絶頂にいるのだと、この時はまだ信じて疑わなかった。
しかし、順調に結婚への階段を登っているはずの私には、一つだけ拭えない懸念事項があった。それは実の妹である明りの存在だ。明りは幼い頃から、私が大切にしているものを何でも欲しがる歪んだ執着を持っていた。お気に入りのおもちゃから始まり、成長するにつれてその対象は異性へと変わっていく。学生時代、私はクラスメイトの男子に密かな恋心を抱き続けていた。内気な性格が災いして、自分から声をかけることができず、ただ遠くから見つめる日々だった。そんな私の様子を敏感に察した明りは、優しそうな笑顔を浮かべて近づいてきた。
「お姉ちゃん、協力してあげるよ。私、彼の連絡先を知ってるんだ。」
私はその申し出を純粋に信じ、自分の正直な気持ちを妹に打ち明けてしまった。しかし数日後、目にした光景は彼と親しげに腕を組んで歩く明りの姿だった。
「ごめんね。彼の方から告白されちゃって、どうしても断れなかったの。」
妹は申し訳なさそうな顔を装いながら、瞳の奥で勝ち誇ったような光を宿している。当時の私は自分の不器用さを責めることで、無理やり感情を納得させた。他力本願で恋を叶えようとした自分が悪かったのだと深く反省する。しかし、その日を境に私の心には消えない不信感と警戒心が刻まれることになった。
今回の結婚だけは絶対に明りに邪魔されるわけにはいかない。私は大地を家族に紹介する際、最新の注意を払って日程を組んだ。明りが当時の交際相手と一泊二日の旅行に出かける日をあらかじめ把握しておく。彼女が家を開けている時間帯を正確に狙い、両親と大地が対面する場を設けた。これで最悪の事態は避けられるはずだと、私は安堵の吐息を漏らした。
しかし、運命の歯車は思わぬ方向へと残酷に狂い始めた。待ち合わせの当日、出発の準備を整えていた私のスマートフォンが騒がしく鳴る。大地からの着信に応答すると、彼の声はどこか焦っているように聞こえた。
「本当に申し訳ない。急な仕事が入って、どうしても抜けられなくなった。」
私は驚き、なんとか調整できないかと必死に食い下がってみる。
「両親も楽しみに待っているの。30分だけでも顔を出せないかな。」
大地の決意は予想以上に固く、取りつく島もないほどだった。
「無理なんだ。時期社長候補としての責任があるから、理解してくれ。」
結局その日の挨拶は延期となり、新たな日程が組まれることに決まる。不運なことに、再設定されたのは明りが旅行から帰宅した翌日の午後だった。当日、大地を実家に迎えると、居間にはちゃっかりと明りが座っている。露出の多い派手な服を身にまとい、彼女は大地を品定めするように見つめた。大地が大手商社の御曹司だと知るや、明りの態度は露骨に豹変する。
「初めまして。お姉ちゃんの妹の明りです。お姉ちゃんにはもったいない人ですね。」
甘ったるい声を作り、明りは大地に体を寄せるようにして挨拶を交わした。大地の方も明りの若々しい美貌にすっかり目を奪われているように見える。
「目どうして、こんなに可愛い妹がいることを黙っていたんだ。」
彼は私に対して裏切られたと言わんばかりの見幕で声を荒げた。その瞳は初対面の義理の妹に対するものとは思えないほど熱を帯びている。両親の前で恥をかかされた私は、ただ黙って俯くことしかできなかった。
その日を境にして、大地と私の関係は目に見えて冷え込んでいく。あんなに頻繁だった連絡は途絶え、デートの約束も仕事と言い訳され、直前でキャンセルされることが常態化した。私は不信感を募らせていった。そんな折、周囲から不周囲から不穏な噂が次々と私の耳に届き始める。職場の同僚が偶然にも街中で大地を見かけたという内容だった。
「美羽さん、昨日大地さんが女性と楽しそうに日帰り旅行をしていたよ。」
私は心臓が激しく跳ね上がるのを感じながら、必死に平静を装った。
「何かの見間違いじゃないかな。彼はプロジェクトで忙しいはずだから。」
しかし追撃の手は止まらず、別の友人からも衝撃的な目撃情報が舞い込んだ。
「銀座の高級レストランで、大地さんとあなたの妹さんが食事をしていたわよ。」
二人が親密な様子で高級ワインを飲み、笑い合っていたと彼女は語る。私は確信に近い疑惑を胸に抱き、意を決して大地を問い詰めることにした。
「大地、最近明りと二人で頻繁に会っているっていうのは本当なの?」
私の真っ直ぐな問いかけに対し、大地は悪びれる様子もなく鼻で笑った。
「ああ、本当だよ。それが一体何か問題でもあるのか。」
あまりにも堂々とした不貞の態度に、私は言葉を失ってしまう。
「問題しかないわ。彼女は私の妹なのよ。どうしてそんな裏切りができるの?」
大地はソファーに深く体を沈め、冷たい視線で見上げた。
「どうせ家族になるんだ。身内同士で仲良くして何が悪いんだよ。」
彼は自らの罪を認めるどころか、私を器の小さい女として扱い始める。
「そんなに嫉妬深いようじゃ、社長夫人なんて到底務まらないぞ。」
その傲慢な言葉を聞いた瞬間、私の中で彼への愛情が完全に死に絶えた。私は彼らの裏切りを静かに受け入れ、ある決意を固める。彼らの行動はあまりにも軽率で、周囲への配慮など微塵も感じられなかった。私は感情を殺し、着々とその時へ向けて準備を整えていく。
やがて運命の結婚式当日がやってくる。純白のウェディングドレスに身を包んだ私の元に、大地が姿を現した。彼の隣にはなぜか明りがぴったりと寄り添っている。
「悪いが、お前との結婚式は中止だ。婚姻届も出すつもりはないからな。」
彼は冷酷な言葉を平然と突きつけ、私の顔を真っ正面から見据えてきた。
「どういうこと?今日は一生に一度の私たちの結婚式の日なのよ。」
私がわざとらしく悲しげに問い返すと、大地は勝ち誇ったように言った。
「明りを妊娠させたんだ。俺は彼女と本当の家族になることにした。」
隣で明りも隠しきれない喜悦を顔全体に浮かべて、私を嘲笑する。
「お姉ちゃん、お疲れ様。今日から私が大森の社長夫人よ。」
二人は私が絶望の縁に突き落とされ、泣き崩れるのを期待しているようだった。しかし、私は満面の笑みを浮かべて二人を祝福して見せた。
「それは本当に素晴らしいことね。二人とも心からおめでとう。」
私は机の上に用意されていた婚姻届を手に取り、迷わず真っ二つに破り捨てた。ビリビリという乾いた心地よい音が静かな控室の中に響き渡る。その予想外の反応を目の当たりにして、大地と明りは呆気に取られていた。
「何を笑っているんだ?お前、ショックのあまりおかしくなったのか?」
私は破り捨てた紙片をゴミ箱に放り投げ、冷ややかに言い放つ。
「いいえ、ようやく二人から解放されると思って嬉しくなっただけ。」
大地の顔が怒りで赤黒く染まり、私の肩を乱暴に掴もうとした。しかし彼は思い直したように手を引き、面倒臭そうに唾を吐き捨てる。
「ふん。負け惜しみは見苦しいぞ。予定通りこの式は中止だ。」
彼は手元の高級時計を何度も確認し、早くこの場を離れたいという素振りを見せた。
「親父にはお前から適当に説明しておけ。行くぞ、明り。」
大地は明りの腰に手を回し、私を置き去りにして控室を足早に出ていった。背中越しに「可哀想なお姉ちゃん」という明りの笑い声が聞こえる。私は一人残された静かな部屋で、手に持っていた録音機を止めた。二人の見苦しい自白は完璧な形でこの中に収まっている。私は鏡に映る自分の凛とした姿を見つめ、静かに反撃の狼煙を燃やした。
披露宴会場からは何も知らない客たちの楽しげな声が漏れてくる。主役を失った式場が、これから壮絶な修羅場に変わることを誰も予想していない。私はドレスの裾を力強く引き上げ、偽りの仮面をはぎ取るための戦場へと向かう。
そしていよいよ式が始まる。新郎不在という前代未聞の事態の中、披露宴の開始を告げる重厚な音楽が鳴り響く。来賓者たちは戸惑いの表情を隠せず、主役のいない高砂を不安そうに見つめている。私は一人で壇上に上がり、用意されていたマイクを静かに手に取った。進行係が慌てて制止しようとするのを手で制し、会場全体をゆっくりと見渡す。
「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます。残念ながら、新郎の大森大地さんは本日この場に現れることはありません。」
会場に不気味なざわめきが広がり、招待客たちが顔を不安そうに見合わせる。
「彼は私の実の妹である明りと駆け落ちしたため、式を欠席すると申しておりました。」
爆弾を落としたような衝撃が走り、会場内は一瞬でパニックに近い状態に陥る。親族席に座る大地の父・敬さんが驚愕の表情で勢いよく立ち上がった。
「美羽さん、それは一体どういうことだ?大地は今どこにいるんだ?」
義父の震える声に対し、私はあらかじめ準備していたリモコンを迷わず操作した。会場の巨大スクリーンに、先ほど控室で録音したばかりの音声データが再生される。
「明りを妊娠させたんだ。俺は彼女と本当の家族になることにした。」
「お姉ちゃん、お疲れ様。今日から私が大森の社長夫人よ。」
スピーカーから流れる二人の醜悪な会話に、会場内は凍りついたような静寂に包まれた。これだけでは彼らの罪を証明するには不十分だと、私は冷静に判断する。私は続けて、密かに探偵に依頼して撮影したダイジェスト映像をスクリーンに映し出した。そこには仕事中のはずの時間に明りとブランド店で買い物を楽しむ大地の姿がある。平日の真っ昼間から、二人が慣れた様子でラブホテルへと消えていく写真も表示された。
「彼は時期社長という立場を悪用し、仕事をサボっては不倫に明け暮れていました。」
私の淡々とした説明が、大地の社会的信用を確実に、そして無惨に削り取っていく。大地の父である敬さんは顔を真っ赤にして怒りに震え、即座に携帯電話を取り出した。
「大地、今すぐ披露宴会場に戻ってこい。逃げたらただでは済まさんぞ。」
義父の怒声が静かな会場に響き渡り、数分後に重厚な扉が勢いよく開け放たれた。現れたのは、ひどくうつむいたような顔をした大地と、彼にしがみつく明りだ。
「ちっ、うるさいな。親父、そんなに大声を出さなくてもいいだろう。」
大地はこの事態の重大さを全く理解していないのか、ヘラヘラとした態度で歩み寄ってくる。
「貴様、自分が何をしたか分かっているのか?この大バカ者が。」
父親の怒号じみた叱責に対し、大地は耳を塞ぐような仕草をして開き直って見せた。
「親父だって、地味でつまらない嫁より、少しでも若くて可愛い嫁の方がいいだろう。」
彼は自分の不貞を正当化し、あろうことか私を公衆の面前で侮辱する言葉を吐き捨てる。
「明りは俺の子を宿しているんだ。後継ぎができるんだから、喜んでくれよ。」
そのあまりにも身勝手な主張に、会場のあちこちから冷ややかな視線が注がれた。敬さんは深く長くため息をつき、冷静な経営者の目をして実の息子を睨みつける。
「仮にも名家を名乗り、大事な取引先の前で醜態を晒す者に、時期社長の座は務まらん。大地、お前を本日付けで大森から解雇し、親子の縁も切って感動とする。」
義父は震える拳を机に叩きつけ、断固とした口調で厳しい宣告を下した。それまで余裕の表情を浮かべていた大地の顔から、一気に血の気が引いていくのが分かる。
「え、ちょ、待ってくれよ親父。そんな冗談は笑えないよ。」
彼は親が最後には知らん顔をしてくれると心の底から高を括っていたのだろう。しかし敬さんの視線には一切の慈悲がなく、本気であることは誰の目にも明白だった。
「そんなの困るよ。俺から金と地位を取ったら、一体何が残るって言うんだ。」
必死にすがりつこうとする大地を、義父は毛嫌いな虫を見るような目で跳ねのける。横で呆然としていた明りも、目の前の状況が飲み込めずに口を半開きにしていた。
「え、ちょっと感動?何それ?私の社長夫人の座はどうなっちゃうの?」
彼女は自らの美貌で手に入れたはずの富が、砂のようにこぼれ落ちる恐怖に震えている。私はそんな二人の無様な姿を、冷ややかな微笑みを浮かべて見下ろした。
「まだ話は終わっていませんよ。大地さんの秘密はこれだけではないんです。」
私は鞄からさらに一束の資料を取り出し、大地の友人たちが集まる席へと歩み寄る。そこには大地の悪さを以前から知っていた共通の知人たちが顔を伏せていた。
「彼は重度の女癖が悪く、SNSや街角で気に入った女性に手当たり次第に手を出していました。」
私が暴露を続けると、会場内の女性客たちから悲鳴に近い驚愕の声が上がる。彼は目についた女性を口説き落としては、無責任に放置することを何度も繰り返していた。あまりに高い確率で相手を妊娠させていたため、友人たちの間では有名なあだ名がありました。私は大地の友人たちが隠していた不名誉極まりない呼び名を、マイクで堂々と告げる。
「夜のガトリング砲。それが大地さんの知人たちの間での本当の姿です。」
その下品で不名誉な名前が会場に響き渡ると、大地は顔面を蒼白にしてその場によろめいた。
「やめろ。それをここで言うのはやめてくれ。」
彼は自分の武勇伝だと思っていた過去が、単なる毛嫌いな記録としてさらされたことに絶望する。自慢げに語っていた女性遍歴は、今や彼を破滅させる刃となって突き刺さっていた。私は冷静な視線を彼に向けたまま、一切の手加減をせずに言葉を叩きつけ続ける。大地の顔は険しくなり、自らの犯した罪の重さにようやく気づき始めたようだ。
しかし、これはまだ彼に振りかかる波乱のほんの入り口に過ぎない。私は会場の奥にいた数人の女性たちに合図を送った。合図と同時に、彼女たちは一斉に立ち上がる。彼女たちの瞳には、大地に対する拭い去ることのできない深い怒りと憎しみが宿っていた。静まり返った披露宴会場に、一人の女性の鋭い声が響き渡った。
「大森大地、私もあなたに妊娠させられた一人よ。」
続けて、隣にいた別の女性も大地を指差して叫び声を上げる。
「妊娠を伝えた途端に音信不通になったこと、一生忘れないわ。」
彼女たちは私が調査の過程で執念深く見つけ出し、この披露宴に招待した被害者たちである。大地に人生を狂わされかけた女性たちが、今ここに最強の復讐者として集結したのだ。
「私たちはもう泣き寝入りなんてしない。全員であなたを訴える準備はできているわ。」
女性たちは口々に、大地に対して認知の要求と多額の慰謝料を突きつける。民事裁判の準備が着実に進んでいることを告げられ、大地の顔は見る見るうちに土色へと変わっていった。
「な、なんだよこれ。嘘だろ?なんでこんなに集まってるんだ?」
パニックに陥った大地は、震える足取りで父である敬さんの背後に隠れようとする。
「親父、助けてくれ。金なら親父がいくらでも持ってるだろう。」
彼はこの後に及んでも、親の権力と力が自分を守ってくれると信じて疑わなかった。しかし敬さんは、毛嫌いな虫を払うかのように大地の腕を乱暴に振り払う。
「黙れ。これは全て貴様が蒔いた種であり、自業自得だ。」
父親からの冷酷な突き放しに、大地の絶望はさらに深まっていく。私はその無様な光景を静かに見つめながら、さらなる追撃の一手を放った。
「大地さん。そして明り、私からも二人に正式な請求をさせていただきます。」
私の言葉に、それまで黙っていた明りがびくっと肩を震わせる。
「不貞行為と一方的な婚約破棄に伴う、多額の慰謝料を連名で支払っていただきます。」
慰謝料という現実的な言葉を聞いた瞬間、明りの顔から余裕が消え失せた。彼女は隣に立つ大地を、まるで道端のゴミでも見るような冷たい目で見る。
「冗談じゃないわ。なんで私がそんなお金を払わなきゃいけないのよ。」
彼女は即座に大地から距離を取り、これまでの甘い態度をかなぐり捨てて言い放った。
「だったらこんな男もういらないわ。仕事もお金も地位もないなんて、ただのゴミよ。」
あまりにも鮮やかな手のひら返しに、会場のあちこちから呆れたような声が漏れる。明りは自身の保身のため、大地を容赦なく罵倒し始めた。
「私には他にも付き合っている素敵な男性がいるの。あんたみたいなクズとは格が違うわ。」
彼女は自分にまだ価値があると言わんばかりに、他の浮気相手の存在を自慢げに語る。大地を見捨てて会場を去ろうとした、その時。会場の隅にいた一人の青年が静かに立ち上がった。地味で清潔感のあるスーツを着こなしたその青年は、落ち着いた足取りで明りへと近づいてくる。
「その素敵な男性の一人は、もしかして僕のことかな?」
穏やかだが、芯の通った声が会場に響き、明りの動きがぴたりと止まった。
「な、なんであんたがここにいるのよ。来ないでって言ったじゃない。」
彼女は青年の姿を見た瞬間、まるで幽霊でも見たかのように顔を引きつらせる。その青年こそ、明りが大地と交際を始めるまで付き合っていた相葉豊さんだ。明りは当初、お腹の子は大地ではなく豊さんの子だと偽り、彼をつなぎ止めていた。
「誰があんたみたいな貧乏人の子を生むもんですか。この子は大地の子に決まってるわ。」
彼女は豊さんを罵倒することで、自分の過ちを無理やり正当化しようとする。なりふり構わなくなった明りは、再び敬さんに向かってしがみついた。
「お父様、とにかく養育費と手切れ金をください。そうすれば消えてあげますから。」
哀れみを誘う要求を繰り返す明りの腕を、敬さんは一切の感情を殺した冷たい目で振り払う。
「知らん。私は貴様のような女を嫁と認めた覚えなど一度もない。」
突き放された明りは、今度は豊さんに向かって怒りの矛先を向けた。
「この土木作業員の下働きのくせに。あんたのせいで私の人生はめちゃくちゃよ。」
彼女は豊さんのことを、現場で汗を流すだけの教養がない労働者だと見下していた。しかし、その場にいた敬さんが驚くべき行動に出る。あの大森の社長である敬さんが、豊さんに向かって深く頭を下げたのだ。
「相葉社長、本日はうちの愚息が大変な失礼をいたしました。大切なビジネスパートナーである貴殿を、このような不愉快な場に招いてしまい申し訳ない。」
その光景を目にした明りは、自分の耳と目を疑い硬直したまま動けなくなる。実は豊さんは大手建設会社の若き社長であり、大森にとっても重要な顧客だった。豊さんは質素な生活を好み、明りには自分の本当の肩書きを伏せて交際していたのである。真実を知った明りは、再び恐ろしい速さで手のひらを返し始めた。
「え、社長?豊さんが?嘘。今の言葉は全部冗談よ。」
彼女は必死に豊さんの腕にしがみつき、媚びるような笑顔を浮かべる。
「やっぱりお腹の子は豊さんの子よ。私たちは愛し合っていたじゃない。」
しかし豊さんの瞳には、もはや彼女に対する愛情のかけらも残っていなかった。
「君の浅ましさには呆れたよ。もう二度と僕の前に現れないでほしい。」
豊さんは彼女の腕を静かに、しかし力強く振りほどき、一別も惜しまずに会場を後にする。焦った明りは、逃げていく富と権力を追いかけるように走り出した。
「待ってよ豊さん。お願い、私を社長夫人にしてよ。」
それを見た大地も、自分一人が地獄に取り残される恐怖から明りを追いかける。
「明り、俺を見捨てないでくれ。子供はどうするんだよ。」
さらに、先ほどまで人生を狂わされかけた被害者の女性たちが、怒りの行動でその後を追った。
「逃すわけないでしょ。地獄の果てまで追い詰めてやるわ。」
華やかだった披露宴会場は、一瞬にして怒号と悲鳴が飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図となった。招待客たちはその異様な光景を、ただ呆然とあるいは好奇心旺盛な目で見守っている。私は、高砂の壇上から崩壊していく彼らの後ろ姿を静かに見送った。これまで私が受けてきた屈辱や悲しみが、この混沌とした騒ぎの中で溶けていくのを感じる。義父である敬さんが私の隣に歩み寄り、申し訳なさそうに肩に手を置いた。
「美羽さん、本当にすまなかった。君には最高の幸せを掴んで欲しい。」
私は義父の言葉に小さく頷き、手に持っていたマイクを静かにテーブルに置く。私の復讐はこれでようやく完成の時を迎えたのである。胸のつかえが取れた私は、晴れやかな気持ちで会場の出口へと向かって歩き出した。振り返ることなく、私は新しい人生の第一歩を力強く踏み出す。
あの嵐のような結婚披露宴から数ヶ月の月日が流れた。大地は敬さんから正式に解雇を言い渡されたらしい。実家からも完全に絶縁され、文字通り住む場所も地位も全て失うことになった。彼に残されたのは、私への高額の賠償金と大勢の被害女性たちへの慰謝料だけだ。支払いが滞れば即座に法的措置を取ると通告してあるため、彼は逃げることもできない。かつてブランド品に身を包んでいた大地は、今では泥にまみれて働いている。早朝から深夜まで、過酷な肉体労働をいくつも掛け持ちする日々だ。贅沢三昧だった生活は消え去り、ワンルームアパートでのその日暮らしを強いられている。
一方で、私の実の妹である明りも想像を絶する悲惨な末路を辿ることになった。彼女は結局、誰が父親か分からない子供を出産することになる。大地は無一文であり、豊さんからも一切の支援を受けることはできなかった。私からの容赦ない慰謝料請求も、彼女の苦しい家計を激しく圧迫し続けている。唯一の武器だった美貌も、老け込みの早さと心労で見る影もなく衰えた。両親からも一族の恥さらしだと冷たく突き放され、実家との縁も完全に切れている。明りは今、都会の片隅にある狭く薄暗いアパートで一人震えているようだ。泣き止まない赤ん坊を抱えながら、夜の仕事を掛け持ちして食いつなぐ毎日だ。「どうして私がこんな目に?お姉ちゃん、助けてよ。」彼女からの身勝手な懇願を全て無視し、私は自分の新しい人生を歩む決意をした。
今回の騒動を通じて、私は相葉豊さんと頻繁に連絡を取り合うようになる。豊さんは私の傷ついた心に寄り添い、誠実に励ましてくれたのだ。ある日、彼は照れ臭そうにしながらも真っ直ぐな目で私に告げて微笑む。
「美羽さん、あなたの強さと誠実さに惹かれました。僕と正式に交際していただけませんか?」
私は彼の誠実な人柄を信じ、その差し出された手をしっかりと握り返した。私たちは数年の交際期間を経て、お互いの価値観を確かめ合いながら結婚する。豊さんは仕事でも家庭でも私を支えてくれる、最高に優しく頼もしい夫である。驚いたことに、大地の父である敬さんとの良好な関係も今なお継続していた。敬さんは私の良き相談相手として、仕事のキャリアアップを全面的に支援してくれる。私の事務職としての実力を認め、関連会社での重要な役職を推薦してくださった。
「君のような有能な女性に、うちの会社を支えて欲しいんだ。」
お父様の期待に応えるべく、私は新しい職場でも精力的に職務に励んでいる。今は豊さんと協力し合いながら、穏やかで充実した日々を過ごす毎日だ。かつて裏切りと絶望にまみれたあの式場が、私に本当の幸せを運んでくれた。不当な仕打ちに耐え、勇気を持って真実を暴いた結果が、今の充実した生活である。私は窓から見える澄み渡った青空を見上げ、深く安堵の息を漏らした。二度と暗い過去を振り返ることなく、私は最愛の夫と共に輝かしい未来へ歩み続ける。



