十年ぶりの同窓会。俺が会場に着いたのは、もう終了間際だった。すると、昔から俺を目の敵にしていた西川が、待ってましたとばかりに嫌みを放ってきた。「どうせお前、中卒だからロクな仕事もしてなくて貧乏なんだろ?同窓会で見栄張ろうなんてダサすぎるぜ」 悔しくて唇を噛みしめていると、背後から清らかな声が響いた。「ちょっと待って。あなた、彼のこと何も知らないのね?」…

十年ぶりの同窓会。俺が会場に着いたのは、もう終了間際だった。すると、昔から俺を目の敵にしていた西川が、待ってましたとばかりに嫌みを放ってきた。「どうせお前、中卒だからロクな仕事もしてなくて貧乏なんだろ?同窓会で見栄張ろうなんてダサすぎるぜ」 悔しくて唇を噛みしめていると、背後から清らかな声が響いた。「ちょっと待って。あなた、彼のこと何も知らないのね?」...

同窓会の会場に到着したのは、ほとんど終了間際だった。走ってきたせいで息が切れている。受付に立っていた同級生に「二次会からなら間に合うよ」と言われ、俺は言われるままに近くの椅子へ座った。

数分後、会場のドアが開き、賑やかな声が溢れ出てきた。と、俺の姿を認めた一人の男が、嫌な笑みを浮かべて近づいてくる。

「おい、長野じゃないか。今頃登場か。どうせお前、中卒だからロクな仕事もしてなくて貧乏なんだろ?同窓会に来て見栄張ろうなんてダサすぎるぜ」

それは、高校時代から何かと俺を目の敵にしていた西川だった。十年ぶりに聞く嫌みに、俺は唇を噛みしめる。気にするだけ無駄だと分かっていても、見下された悔しさは込み上げてくるものだ。

西川はさらに続ける。

「貧乏人は無理しなくていいよ。二次会も来なくていいから、さっさと帰れって」

後ろからは、西川の取り巻き連中だった連中の下品な笑い声が聞こえる。このまま何も言わずに帰ろうか。俺がそう考え始めた時だった。

「ちょっと待って。あなた、彼のこと何も知らないのね?」

聞き慣れた、それでいて十年ぶりの声。振り返ると、そこには学年一の美人と言われていた沢さんが立っていた。彼女は俺を見つめ、静かに、しかしはっきりとした口調で言い放った。

「彼がどうして遅刻したのか。何も知らないくせに、よくそんなこと言えるわね」

夫の俺は、その場で呆然と立ち尽くすしかなかった。彼女の言葉に、西川の顔が引きつる。

※※※

高校時代、俺はよく図書室で勉強していた。そんなある日、同じクラスの沢さんに突然声をかけられた。「次の定期試験に向けて、数学を教えて欲しい」。成績優秀で、美人で、運動神経も抜群。まさにパーフェクトな彼女からの頼みに、断る理由などあるはずもなかった。

その日から、放課後の図書室で、俺たちは二人きりの勉強会を始めた。彼女は数学が致命的に苦手で、俺は英語が少し苦手だった。互いの苦手と得意が噛み合ったこともあり、時間を重ねるごとに、俺たちは打ち解けていった。

一緒に過ごすうちに見えてくる彼女の素顔。数学の教科書を開く瞬間の嫌そうな顔。解けない問題に口を尖らせる様子。問題がすっきり解けた時の、子供みたいにはしゃぐ笑顔。いつも見ていた完璧な彼女とは違う、等身大の表情を見るたびに、俺は彼女に惹かれていった。

ある日、試験期間が近づいた頃、帰り道に彼女がぽつりと呟いた。

「もうすぐ試験だね」

何かを不安に思っているような表情。元気づけたくて「沢さんなら大丈夫だよ」と声をかけると、彼女は困ったように微笑んだ。

「長野君、そういうことじゃないんだけどな」

その言葉の真意が分からず首をかしげる俺に、彼女は「今度の試験が終わったら、お疲れ様会しよう。約束だからね」と言って、小指を差し出してきた。指切り。まさか高校生にもなって、それも女の子と指切りすることになるとは思わなかったが、彼女にせかされるまま、俺は自分の小指を差し出した。

「指切った。よし、約束したからね」

そう言って嬉しそうに笑う彼女を見て、俺の心臓は弾んでいた。この時間がこのまま続けばいい。俺は、彼女に恋をしていた。

※※※

翌日、悪夢は突然訪れた。休み時間、トイレから教室に戻ろうとすると、背後から肩を組まれる。

「おい、長野。お前、最近沢さんと仲いいみたいだな。昨日、校門で見たぞ。いつの間にそんな仲になったんだよ」

西川だった。昨日のやり取りを見られたのかと思うと恥ずかしくなり、顔が赤くなる。すると西川は畳みかけるように言った。

「お前さ、沢さんのこと好きなんだろ?だったら今すぐ告白してこいよ」

いやだ、と断る間もなく、西川は俺の背中を力いっぱい押した。よろめきながら前を見ると、友達と談笑しながらこちらに歩いてくる沢さんの姿。西川が「おい、沢さん!長野が話があるんだと!」と大声で叫ぶ。周囲の視線が一斉に俺たちに集まる。

「何?もしかして告白?嘘、相手はあの沢さんじゃん」

逃げ出したい気持ちだったが、背後は西川たちに塞がれている。観念して、俺は彼女の前に立った。彼女は、苦しそうな表情で俺を見ている。俺は精一杯の声を絞り出した。

「な、沢さん……」

だが、その言葉を遮るように、彼女が叫んだ。

「ごめんなさい!無理です!」

そう言って、彼女は走り去った。呆然と見送る俺に、周囲からはため息と冷やかしの声。西川は得意げに笑いながら言った。

「あーあ、やっちゃったね。お前が沢さんと両思いになれるわけないだろ。夢見すぎだよ」

見事に振られる俺の姿を見て、西川たちは大笑いしていた。その日から、俺は学校に行くのがおっくうになった。

※※※

それから間もなくして、更なる不幸が俺を襲う。母子家庭で俺を一人で育ててくれていた母が、過労で倒れて入院したのだ。そして数ヶ月後、母は帰らぬ人となった。俺は親戚の家に引き取られ、育った町を離れることになった。

あの散々な告白の日のことは、今でも思い出すだけで胸が苦しくなる。それでも、沢さんと図書室で過ごした日々や、彼女の笑顔は、辛い時、いつも俺の心の支えだった。会いたい。一目でいいから、元気な姿を見たい。そう思って、俺は十年ぶりの同窓会に参加することを決めた。母の死後、医者を目指して猛勉強し、今は関西の病院で外科医として働いている。新幹線で会場へ向かう途中、隣に座った妊婦さんが急に具合を悪くした。俺は彼女を介抱し、救急車に同乗して病院まで付き添った。そのせいで、同窓会には大幅に遅れてしまったのだ。

※※※

そんな経緯があることを知らない西川は、同窓会で昔と変わらず俺を馬鹿にし続けた。

「長野が医者だって?ははっ、冗談きついぜ。中卒のくせに。というか、貧乏人が医者になれるわけねえだろ。お前、今日だってカネがないから一次会をケチって二次から参加したんだろ?せこい奴だな」

彼はそう言って、自分の話に酔いしれていた。ところが、沢さんは静かに、しかし確かな口調で言い放った。

「彼が助けた妊婦さんは、私の姉です。家族の命を救ってもらった私が、嘘や冗談を言うと思いますか?」

その言葉に、その場にいた全員が息を飲んだ。西川は顔を真っ青にして絶句している。そして沢さんは、俺に向かって深く頭を下げた。

「長野君、今日は本当にありがとう。姉と赤ちゃんの命を助けてくれて。あの時はごめんなさい。私……あの日、自分がどうしたらいいのか分からなくて、あなたを傷つけてしまった」

そう言って彼女が顔を上げた時、その瞳には涙が浮かんでいた。俺は彼女の言葉に何と言っていいか分からなかった。ただ、十年の時を経て、彼女の笑顔はあの頃と変わらず、いや、もっと美しくなっていた。

西川は、沢さんにすら「人の心を踏みにじるような人と一緒に仕事をしたいとは思わない」と厳しく言われ、その場はお開きとなった。二次会へ向かう人の波に流されて、俺と沢さんは偶然二人きりになった。彼女は言った。

「ねえ、昔の約束、覚えてる?お疲れ様会のこと。これから二人だけでどうかな?」

夢かと思った。彼女と二人、静かなバーで、俺たちは十年分の話をした。そして、彼女はぽつりと打ち明けた。

「私ね、本当はあの時から長野君のことが好きだったの。でも、変わってしまうのが怖かった。今の関係が壊れてしまうんじゃないかって。そう思ったら、気づいたら『無理です』って叫んでた」

その言葉に、俺は十年間抱えていたわだかまりが溶けていくのを感じた。そして俺は、改めて自分の気持ちを伝えた。

「沢さん。俺もあなたのことが、ずっとずっと好きでした。もう一度、告白させてください。俺と、結婚を前提に付き合ってください」

俺の言葉に、彼女の瞳が涙で潤み、やがて輝くような笑顔を見せた。

「はい。私も長野君のことが好き。大好きです」

半年後、俺たちは結婚した。同窓会から数日後、西川から電話があった。会って謝りたいと言うのだ。応じることにした喫茶店で、西川は思い切り頭を下げた。

「今まで本当にすみませんでした。あの日、みんなからすごく怒られて。俺、お前の事情も知らないで、昔のままのガキだった。許してもらえるとは思っていないけど、本当にすみませんでした」

痩せて、目にクマを作った西川の姿は、昔の意気揚々とした面影はなかった。俺は言った。

「もういいよ、西川。色々あったけど、お互い元気で頑張ろうな」

西川はあれからあの自慢していた有名企業を辞め、実家からも自立して東北の農家で働いているらしい。ウェディング写真には、泥だらけの作業着を着て、屈託なく笑っている西川の姿があった。

俺は、ウェディングドレス姿の沢さんを抱き上げた。

「今日の俺たちの笑顔には勝てないよ」

恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女の笑顔を、二度と手放さない。俺は心に強く誓った。

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