「うちの家賃収入を引き継いで、年金暮らしのお前とは絶縁するから。」
嫁のあか里が平然と言ってのけた瞬間、私は言葉を失いました。
私はみつ子、69歳の主婦です。夫を早くに亡くし、長男のひと斗と娘のももかを女手一つで育て上げました。朝から晩まで働き詰めの日々。倒れそうな夜も何度もありましたが、子供たちの笑顔が私を支えてくれました。
幸い、二人とも本当に優しい子に育ちました。私が忙しい時は進んで家事を手伝い、互いに支え合ってくれました。
「母さんが働いてくれてるから、俺らが手伝わないとな」
「困ったことがあったら何でも言ってね」
そんな言葉に何度救われたことか。
夫が残してくれたのは、アパート経営による家賃収入。それが年間3億円もありました。このお金があったからこそ、二人を大学まで行かせることができたのです。これだけの財産があることは、家族の誰もが知っていましたが、家族以外には誰も知りませんでした。
時が流れ、ひと斗は30歳の会社員、ももかは28歳の小学校の先生になりました。二人とも大人になっても家で暮らし続けてくれていました。
「お母さんを一人にするわけにはいかないからさ」
「家族みんなで暮らした方が楽しいものね」
私は本当にいい子に恵まれたと思いました。ただ、二人とも結婚しないことだけが心配でした。
「今は家族でいることが幸せだから、まだ結婚はいいかな」
「私も母さんと兄ちゃんがいてくれたら、今はそれだけで幸せよ」
二人がそう言うので、私も無理に勧めるのはやめようと思いました。
そんなある日、ひと斗が急に家族に話があると言い出しました。
「実は俺、結婚しようと思うんだ」
驚きました。つい数ヶ月前まで結婚の話など一切なかったからです。相手はあか里さん、ひと斗と同い年の30歳。コンビニで週2日働くアルバイトだそうです。友人の紹介で知り合い、付き合って半年だと言います。
半年という交際期間に私は引っかかりました。ひと斗は恋愛経験がなく、とても純粋な子だったからです。ましてや、彼女がいたという話は一度も聞いたことがありませんでした。
「兄ちゃん、半年なんて早いよ。本当に大丈夫?」
「そんなに早いかな?もうすっかり何でも話せる仲になったと思うけど」
ももかも心配していました。私も夫とは1年近く付き合ってから結婚したので、半年は短すぎると感じました。
しかし、もう決めたことのようです。私は複雑な気持ちを抱えながらも、顔合わせの日を迎えました。
「こんにちは。ひと斗の母です。初めまして」
にこやかに現れたあか里さんは、第一印象では人当たりの良さそうな人でした。しかし、ももかが挨拶をした途端、その態度が一変します。
「あれ?ひと斗って妹いたんだっけ?」
「前に話したじゃないか。妹のももかだよ。幼い頃から仲良しなんだ」
あか里さんは「ふーん」と言って、ももかを上から下まで値踏みするように見ました。ももかは私に似ず、夫似の美人です。あか里さんはそれに引け目を感じているのだとすぐに分かりました。
そして、あか里さんはとんでもないことを言い出しました。
「まあ私たちは2人で暮らすし、実家の家族は関係ないわよね」
「離れるけど、これからも家族とは交流を続けるよ」
それを聞いたあか里さんの顔が曇りました。
「何言ってるの?結婚してから家族に定期的に会いに行くなんておかしいでしょ」
私が「あか里さんはご実家には会いに行かないの?」と尋ねると、「私はそんなことしないし信じられない」と鼻で笑われました。私は言葉を失いました。結婚しても家族は家族。お嫁さんになった人とも当然交流するものだと思っていたからです。
さらにあか里さんは言いました。
「私の手伝いをしてくれるなら、別に来てもいいわよ」
息子とお嫁さんの世話をするのは義母の務めですから、それは受け入れました。ところが、あか里さんはこう続けたのです。
「家にずっといる寄生中にはぴったりでしょ」
私は驚きました。なぜそんなことを知っているのか。家賃収入が年間3億円あることは、家族以外には誰も知らないはずなのです。ひと斗が話してしまったのでしょう。純粋な性格だから、隠し事ができなかったのでしょう。
その日から、私の苦難が始まりました。あか里さんは結婚するとすぐに私を呼び出し、掃除道具を押し付けてきました。
「ちょっとうちに来てよ。掃除して欲しいの」
私は言われるままに掃除をしました。すると、あか里さんは「仕事はやめたの」と平然と言います。
「ああ、仕事ならやめたから。生活はひと斗と私たちに任せるわ。うちの家賃収入もあるしね」
私は唖然としました。働いていないのなら自分で家事をすればいいのに。しかし、あか里さんは「いつも遊ぶ予定があって時間がない」と高圧的に言うのです。私は気分を害さないようにと、細心の注意を払って接するようになりました。
その後もいびりはエスカレートしました。掃除をした場所にケチをつけられ、買い物に行かされて帰ってくるとやり直しをさせられる。私はあか里さんの飯使いのように扱われていました。
「ちょっと本当に真面目に掃除する気ある?」
「ごめんなさい」
私は謝ることしかできませんでした。ひと斗に相談すれば、ふたりの関係に亀裂が入るかもしれない。それが怖くて、何も言えなかったのです。
ももかに相談すると、「そんなのはっきり嫌って言いなよ」と怒ってくれました。ももかはあか里さんにすっかり嫌われているようで、私が話題に出すと露骨に嫌そうな顔をします。だからももかが呼び出されることはありませんでした。
そして、あの日。あか里さんがまた私を呼び出しました。
「お母さんって要領悪くない?掃除下手すぎて笑えてくるわ。まあ、家賃収入で生きてる寄生中だし仕方ないか」
「あか里さん、ごめんね」
いつものように謝る私。虐待呼ばわりにも慣れてしまっていました。すると、あか里さんは凄んだ表情で言ったのです。
「年金暮らしとは絶縁するから」
私は耳を疑いました。
「どういうことよ?」
あか里さんは、私がもっと年を取ったら、面倒を見ることになるのが嫌だと言います。動けなくなる前に絶縁したいのだと。これからの生活は家賃収入を引き継いで暮らすつもりだと。
その瞬間、私は初めて言い返していました。
「なら、私の財産3億は本物の娘にあげるわね」
あか里さんは驚いた顔をしました。私が結婚後に財産を譲るつもりでいたことに気づきもしなかったのでしょう。当然のように自分が家賃収入を引き継げると思っていたのです。その傲慢さに私は呆れました。
しばらくすると、ひと斗とももかが迎えに来ました。私は二人に今あったことをすべて話しました。
「やっぱりうちの財産狙ってたんだ。信じられない人だ」
ももかが怒ります。
「だってお金持ちだから」
あか里さんは悪びれもせず言い返しました。そして、衝撃の事実を白状したのです。ひと斗との結婚はギリギリまで迷っていて、家賃収入があることが決め手で結婚したと。私を早く追い出して、家賃収入を全部自分のものにするつもりだったと。
「お金にしか目がない人はかわいそうだわ」
「そうよ。この世界はお金があるかが全てなの」
その発言に、ずっと純粋だったひと斗もついに怒りました。
「信じていたのに、お金のことで騙されるとは思わなかった。大切な家族を追い出そうとする人は信じられない」
そしてひと斗は言いました。
「俺は結婚に向いていなかったんだ。まだまだ人を見極める必要がある」
その場でひと斗はあか里さんに離婚を切り出しました。あか里さんは「お金が欲しいことの何が悪いの」と逆上しましたが、ひと斗の決意は固かったのです。
「俺の家族を大切にしない人とは、家族にはなれない」
こうして、ひと斗とあか里さんは離婚しました。名残惜しさはありませんでした。あか里さんは実家に帰っても、家族とうまくいっていなかったようで、すぐに追い出されてしまったそうです。人を陥れようとすると、結局自分に返ってくるものなのですね。
私はこれからも家族を大切にしたいと思います。この先もずっと、三人で暮らしていくのです。



