「父さんの金で生きてるくせに。」
息子の安志が吐き捨てるように放ったその言葉に、私は言葉を失った。62歳。30年間、毎朝4時半に起きて定食屋で働いてきた私の人生が、まるで最初から存在しなかったかのように否定された気がした。
朝の仕込みで切り刻んだ野菜の山。立ちっぱなしで痛む足。油でベタベタになったエプロン。それら全てが、息子にとっては「なかったこと」なのだろうか。
義娘の美咲も追い打ちをかける。
「お母さんはずっと専業主婦みたいなものでしょう?お父さんが稼いでくださってるから気楽でいいですよね。」
定食屋での私の仕事を知っているはずなのに。結婚の挨拶の時、「お母さん、お仕事お疲れ様です」と言っていたのは何だったのか。
「私たち、これから自分たちの力で生きていきますから。母さんみたいに誰かに頼って生きる人生は送りたくないんだ。美咲も働いてるし、お互い自立した夫婦でいたいから。」
胸の奥で、何かが音を立てて崩れていく音がした。安志の大学の学費。その半分以上は私の稼ぎから出していたのに。
震える手を必死に隠しながら、私は立ち上がった。
「そう…分かったわ。」
何も言い返せなかった。言い返す気力すらなかった。廊下に出て壁に手をつく。悔しさと怒りと、そして深い悲しみが押し寄せてくる。
30年間の私の労働は、一体何だったのだろうか。
部屋に戻った私は、古いアルバムを開いた。そこには、定食屋「まるみ」で働き始めた頃の写真がある。30年前、安志が5歳の時。夫の給料だけでは生活が苦しく、私は働きに出ることを決意した。
毎朝4時半起床。5時半には店に出勤。仕込みが始まり、ランチタイムの戦場のような忙しさ。そして午後まで立ちっぱなしの毎日。
「りえさん、今日もお疲れ様。」
店長の優しい声が心に染みる。月18万円。決して多くはなかったが、誇りを持って働き続けてきた。そのうち15万円を家計に入れ続けた30年間。自分のために使えるお金はわずか3万円。それでも家族のためなら、と何の疑問も持たなかった。
午後2時に仕事を終えて帰宅すると、今度は主婦としての仕事が待っている。夕食の準備、洗濯、掃除。安志が中学生になるまでは宿題も見てあげた。
「お母さん、今日の唐揚げ美味しい!」
幼い安志の笑顔が、全ての疲れを吹き飛ばしてくれる。
大学進学の時のことも鮮明に覚えている。私立大学の学費、年間150万円。夫は渋い顔をしたが、「半分は私の貯金から出すから」と言って、なんとか進学させることができた。
「高が定食屋のパートだろ。小遣い稼ぎ程度で偉そうにするな。」
ふと、夫の声が蘇る。夫は私の仕事を一度も認めてくれなかった。家計簿を見せても「俺の稼ぎがメインだ」の一点張り。確かに夫の月収は25万円だったが、そのうち10万円は小遣いと称して、ギャンブルや飲み代に消えていたのだ。
実質家計を支えていたのは、一体誰だったのか。
「父さんの金で生きてるくせに。」
安志の言葉が再び胸を刺す。父親と同じ価値観に染まってしまった息子。30年間、朝から晩まで働き続けた母親の姿は、彼の目には映っていなかったのだろうか。
怒りが、静かに心の奥底から湧き上がってきた。
結婚式の準備が始まったのは3ヶ月前のことだった。
「母さん、式の準備は何もしなくていいから。」
安志は事務的な口調で言い放つ。でも私も何かお手伝いを、と申し出た私に、美咲が遮る。
「お母さん、本当に大丈夫ですよ。お父さんだけで十分ですから。色々との打ち合わせも、お父さんと私たちで進めますので。」
「そうだ。りえは余計な口出しをするな。俺たち2人で決めればいい。」
まるで私は部外者扱いだ。息子の結婚式なのに、母親の意見は必要ないというのだろうか。
その時、安志が封筒を取り出した。
「それより、援助金の件。300万円、お願いできる?」
当然のような口調。お礼の言葉もない。
「300万円。敷金と新居の準備で必要なんだ。父さんからも聞いてるよ。」
夫が横から口を挟む。
「俺が出してやると言ったんだ。心配するな。」
でも、その300万円の大半は、私が定食屋で働いて貯めた貯金から出すことになる。夫の貯金など、ほとんどないのに。
それなのに、まるで夫1人のお金のような言い方だ。
「ありがとうございます、お父さん。」
美咲が夫にだけ深々と頭を下げる。私には視線も向けなかった。
2週間後、親族への結婚報告会が開かれた。美咲の実家、都内の高級住宅。立派な大座敷に両家の親族が集まる。
「では、新郎のご両親のご紹介を。」
司会役の美咲の叔父が促すと、安志が立ち上がった。
「父は竹夫、建設会社で現場監督をしています。長年家族を支えてくれました。母は…まあ、普通の主婦です。」
普通の主婦。
私は耳を疑った。30年間勤めている定食屋のことは、一言も出てこない。
「あら、専業主婦なの?いいわねえ。楽でしょう。私なんてずっとキャリアウーマンで大変だったのよ。」
美咲の母親が優雅に紅茶を飲みながら言った。美咲のおばも続く。
「最近の若い方はみんな働いてらっしゃるのに、専業主婦なんて贅沢ですわね。」
私は何も言い返せなかった。いや、息子が「主婦」と紹介した以上、今更「実は働いています」とも言えない。
「お母さんは恵まれてますよ。お父さんがしっかり稼いでくださるから、家でのんびりできて。」
のんびり。毎朝4時半起床の生活が。油まみれになりながら何百食も作り続ける日々が。
夫は高々と胸を張っている。
「まあ、俺が稼いでるから、りえばあは家にいられるんだ。」
帰りの車中、私は黙っていた。安志と美咲は楽しそうに式の話をしている。
「美咲の母親の親戚は、みんな働いてる人ばかりなんだよ。」
「そうなの。だから私も自立した女性でいたいの。」
「僕もそう思うよ。共働きで、お互い支え合っていこう。」
そして安志が再び、決定的な言葉を放った。
「正直、母さんみたいに父さんに頼り切った人生は送りたくないんだ。自分で稼げない人間は、結局誰かの言いなりになるしかないから。」
「私も同感。私は自立した女性でいたいの。お母さんの時代はそれが普通だったのかもしれませんけど、今は違うよな。男女平等に働いて、経済的にも精神的にも自立する。それが理想の夫婦だと思う。」
30年間、朝から晩まで働いてきた私が「頼り切り」。怒りで手が震えた。ハンドルを握る夫は、息子たちの会話に満足げに頷いている。
家に着いてから、私は1人台所に立った。まな板の上でトントンと野菜を刻む音だけが響く。明日も4時半に起きて、定食屋で仕事だ。
誰も知らない。誰も認めない。私の仕事。
でも、もう我慢の限界が近づいていた。安志の結婚式まで後2ヶ月。私の中で何かが、静かにしかし確実に変わり始めていた。
もう、黙っている必要はないのかもしれない。
アルバムの中の、夫と安志がリビングでビールを飲みながら話し込んでいる写真。私は台所で片付けをしながら、その会話に耳を傾けていた。
「父さん、結婚したら生活ってどのくらいかかるんだ?」
「そうだな。俺の経験から言うと、月30万はないと家族は養えない。俺は必死に働いてお前たちを育ててきたんだ。」
私の手が止まった。月30万。夫の手取りは25万円のはずだ。
「母さんが働いた分も、少しは家計になったんだろ?」
安志の言葉に、夫が笑った。
「お前の母さんの稼ぎなんて、子供の小遣い程度だろう。月に10万かそこら。まあ、ないよりましって程度だ。」
10万。私の給料は18万円だ。しかも、そのほとんどを家計に入れているのに。
「俺が全部養ってきたようなもんだ。お前の学費も、この家のローンも。」
「そうだよな、父さん。だから母さんは父さんに感謝しないとね。父さんがいなかったら、母さん生きていけないもんな。」
2人が笑い合う声が聞こえてくる。私は震える手で、流しのふちを掴んだ。
「りえも、俺には頭が上がらないはずだ。定食屋のパートで稼げるわけないだろ。家にいてもやることないから、働いてるふりしてるだけだろう。」
「でも、朝早いんでしょう?」
「ああ、無駄に早起きして、『疲れた疲れた』って文句ばかりだ。高が皿洗いと配膳で、何を偉そうにって思うよ。」
皿洗いと配膳。私は調理補助として、仕込みから調理まで手伝っている。店長から「森江さんがいないと店が回らない」と言われているのに。
その夜、夫が寝静まってから、私は押入れの奥から古いダンボール箱を引っ張り出した。中には30年分の家計簿が入っている。結婚してから、毎月欠かさずつけてきた記録。
最初のページを開くと、若い頃の几帳面な文字が並んでいた。
平成6年4月。夫の給料10万円。私のパート代8万円。家計へ…夫7万円。私7万円。
最初から、私の方が家計への貢献率が高かったのだ。
ページをめくっていくと、月日を追うごとにその差は広がっていった。
平成15年、安志が中学生の時。夫の給料13万円。私の給料15万円。家計…夫10万円、私14万円。夫の小遣い8万円。私の小遣い1万円。
平成20年、安志が大学生の時。夫の給料15万円。私の給料18万円。家計へ…夫10万円、私15万円。夫の使途不明金12万円。競馬、パチンコ、飲み代。
電卓を叩く。30年間の総収入。夫、8400万円。私、4500万円。そして家計への貢献額。夫、3600万円。私、4200万円。
夫の小遣い・遊興費、4800万円。私の小遣い、300万円。
数字が全てを物語っていた。安志の大学の学費600万円。そのうち450万円は私の貯金から。家のリフォーム代300万円。全額私の貯金から。安志の結婚援助金300万円。これも私の貯金から出す予定。
「俺が全部養ってきた」という夫の言葉が蘇る。全て嘘だった。
翌朝、私はいつものように定食屋に出勤した。しかし、今日はいつもと違う。同僚の山本さんに、全てを打ち明ける決意をしていたのだ。
「りえさん、顔色が悪いわよ。」
山本さんが心配そうに声をかけてくれた。昼休み、2人きりになった時、私は堰を切ったように話し始めた。安志の言葉、夫の嘘。30年間の真実。
山本さんの顔がみるみる赤くなっていく。
「りえさん、それは許せないわ。30年よ、30年間朝早くから働いて、それを小遣い稼ぎですって?冗談じゃないわ。」
「でも…もう今更、今更じゃありませんか。」
「今更じゃありませんよ。りえさんがどれだけ頑張ってきたか、私たちはみんな知ってる。店長だって、『りえさんは店の宝だ』っていつも言ってるじゃない。」
涙が溢れそうになった。誰かが私の仕事を認めてくれている。それだけで、救われた気がした。
「りえさん、このまま黙ってちゃだめよ。真実を明らかにしなさい。」
「でも…どうやって。証拠はあるんでしょう?」
「家計簿も給与明細も…はい、全部残してあります。」
「なら、それを使って息子さんに真実を突きつけなさい。このままじゃ、りえさんの30年間が無駄になってしまう。」
山本さんの言葉が、心に突き刺さる。
その日の帰り道、私は決意を固めた。もう黙っている必要はない。真実を明らかにする時が来たのだ。
30年間、家族のために身を粉にして働いてきた。その事実を、息子にも夫にも、そして美咲の家族にも知ってもらう。
「父さんの金で生きてるくせに」——安志の言葉を思い出すたびに、怒りが込み上げてくる。でも、もうすぐだ。もうすぐ、全てが明らかになる。
結婚式まで、あと6週間。私は静かに微笑んだ。
安志、あなたは結婚式で全てを知ることになるでしょう。30年間の真実を、全ての人の前で。
山本さんとの話から1週間後、私は行動を開始した。まずは証拠の整理から。
休日の朝、夫が競馬に出かけた後、私は押入れからダンボール箱を全部引っ張り出した。30年分の給与明細。定食屋「まるみ」の社判が押された、薄茶色に変色した紙の束。
最初の明細書は、時給650円。それが今では時給910円。月の収入は8万円から18万円まで増えていた。
1枚、1枚スキャナーで読み取っていく。合計360枚。これが、私が働いてきた証だ。
次に、家計簿のページも撮影した。特に重要なのは、支出の内訳だ。
安志の塾代、月8万円×3年間=288万円。全額私の給料から。大学受験料及び予備校代、120万円。全額私の貯金から。大学学費、年間150万円×4年=600万円。うち450万円は私の貯金から。
そして、夫の出費記録。競馬・パチンコ、平均8万円×30年=2880万円。飲み代、平均4万円×30年=1440万円。ゴルフ、平均3万円×20年=720万円。
合計5040万円。家計への貢献額を上回る、莫大な遊興費だった。
その後、私は定食屋の店長、三田さんの元を訪ねた。
「三田さん、お願いがあります。」
私の真剣な表情に、三田店長は驚いたようだった。事情を説明すると、店長の顔が真っ赤になる。
「りえさんがただの皿洗い?冗談じゃない。」
店長はすぐにボイスレコーダーを用意してくれた。
「いいですか?録音しますよ。深川りえさんは、平成6年からうちで働いてくれている、なくてはならない存在です。30年間、無遅刻無欠勤。調理補助から配膳、レジ、仕込みまで、全てをこなしてくれています。はっきり言って、りえさんは『まるみ』の看板娘です。彼女なしでは、この店は成り立ちません。」
店長の言葉に、涙が溢れそうになる。
「収入証明も出しましょう。りえさんの年収は現在216万円。30年間の総収入は約4500万円。これは、立派なキャリアです。」
翌日、私は銀行へ向かった。通帳記帳をしながら、改めて残高を確認する。
定期預金、2000万円。これは30年間、コツコツと貯めた私の財産だった。月1万円の小遣いから、さらに節約して貯めたお金だ。夫は、この存在を知らない。
その夜、私は小型のICレコーダーを購入した。
そして、チャンスは思ったより早く訪れる。
週末の夜、安志が家に顔を出した。夫とビールを飲みながら、いつもの調子で話している。私はリビングの棚に、レコーダーを仕掛けた。
「父さん、結婚式の費用、本当にありがとう。」
「当たり前だ。俺が稼いだ金だ。お前のために使って、何が悪い?」
「やっぱり、母さんなんて父さんがいなきゃ生きていけないよな。」
「その通り。あいつは一銭も稼げない女だ。定食屋のパートなんて、ただの暇つぶしさ。」
「見てたよ。お母さんは恵まれてるって。働かなくても生活できるんだから。」
「そうだ。りえは俺に感謝しなきゃいけない。俺が養ってやってるんだから。」
録音は完璧だった。2人の会話が、クリアに記録されている。
結婚式まで、あと3週間。私は式場へ向かった。ウェディングプランナーの黒井さんに、ある相談を持ちかけるためだ。
「実は、息子へのサプライズを考えているんです。」
「まあ、素敵ですね。どのような内容でしょうか?」
「30年間の思い出を、ビデオにまとめて上映したいんです。」
「息子さんには内緒で、お母様のサプライズ演出ですね。素敵です。息子さんへの、最高のプレゼントになりますよ。」
「ビデオは私が用意します。音声も含めて5分程度になると思います。」
「承知しました。お色直しの時間に上映しましょうか?」
「いえ、新郎の挨拶の後がいいかと。」
「かしこまりました。お母様からのサプライズメッセージとして、演出に組み込みます。」
黒井さんは何も疑っていない。母親から息子への、愛情溢れるメッセージだと思っているのだろう。
家に帰って、私はビデオの編集を始めた。給与明細、家計簿、店長の証言、そして安志と夫の会話。全てを1つのビデオにまとめていく。
「父さんの金で生きてるくせに」——安志の言葉を思い出しながら、私は静かに微笑んだ。
3週間後、全ての真実が明らかになる。30年間の嘘に別れを告げ、本当のことが皆の前で明かされるのだ。
運命の日がやってきた。
5月の爽やかな土曜日。都内のホテルで、安志と美咲の結婚式が始まる。白いドレスに身を包んだ美咲は輝いていて、タキシード姿の安志も誇らしげだ。私は紺色のフォーマルドレスで、最前列にひっそりと座っていた。
「本日は、深川安志様、石川美咲様の結婚式にお越しいただき、誠にありがとうございます。」
司会者の華やかな声が会場に響く。100名を超える列席者が、幸せそうな2人を祝福していた。
新郎の挨拶の時間になり、安志がマイクを握る。
「本日は、私たちのためにご列席いただき、ありがとうございます。まず、今日まで育ててくれた両親に感謝したいと思います。」
会場から温かい拍手が起こる。
「特に父には、本当に感謝しています。小さい頃から一生懸命働いて、家族を支えてくれました。父の背中を見て、私も1人前の男になれたと思います。」
「母にも、まあ…感謝しています。」
安志が苦笑いを浮かべた。会場に、微妙な空気が流れる。
「家のことをしてくれて、ありがたかったです。父が稼いでくれたおかげで、母も楽をさせてもらえたんだと思います。」
来賓席から、小さなざわめきが聞こえた。美咲の親族は苦笑いを浮かべ、私の親族は困惑した表情を見せている。私は、正面を見つめていた。心の中で、カウントダウンが始まっている。
「これからは、美咲と2人で、自立した家庭を築いていきたいと思います。共働きで、お互いを支え合いながら、誰にも頼らない生活を送ります。」
安志が締めくくると、拍手が起こったが、どこかぎこちない雰囲気だ。
お色直しの後、いよいよその時がやってきた。
「さて、ここで素敵なサプライズがございます。」
司会者が明るく告げる。
「新郎のお母様から、息子さんへの特別なプレゼントがあるそうです。」
安志が驚いて私を見た。私は、優しく微笑み返す。
「それでは、深川様からの『30年間の思い出ビデオ』をご覧ください。」
会場の照明が落とされ、スクリーンに映像が映し出された。
最初に映ったのは、定食屋「まるみ」の看板。そして、エプロン姿で働く私の姿が、次々と映し出される。朝5時半、まだ暗い中を自転車で通勤する姿。包丁で野菜を刻む手元。熱い鍋の前で汗を流しながら調理する姿。山のような皿を洗う姿。
ナレーションが流れ始めた。私の声だ。
「深川りえ、62歳。定食屋勤務30年。毎朝4時半起床、5時半出勤。午後2時まで立ちっぱなしの業務。」
スクリーンに、給与明細が次々と映し出される。
平成6年4月、8万円。平成15年4月、15万円。平成20年4月、16万5000円。令和6年4月、18万円。
30年間の総収入、4500万円。
会場がざわめき始めた。
次に、家計簿のページが拡大される。
「家計への貢献額。夫、3600万円。月10万円×30年。妻、4200万円。月11. 6万円×30年。」
「夫の遊興費。競馬・パチンコ、2880万円。飲み代、1440万円。ゴルフ、720万円。合計、5040万円。」
来賓席から、驚きの声が上がった。安志の顔が、青ざめていく。
画面が切り替わり、店長の三田さんが映る。
「深川りえさんは、うちの店になくてはならない存在です。30年間、無遅刻無欠勤。調理から接客まで、全てをこなしてくれます。はっきり言って、りえさんなしで『まるみ』は成り立ちません。りえさんは、うちの看板娘です。」
美咲が、手で口を覆う。
そして、画面が暗転し、音声だけが流れ始めた。
『父さん、結婚式の費用、本当にありがとう。』
『当たり前だ。俺が稼いだ金だ。』
『母さんなんて、父さんがいなきゃ生きていけないよな。』
『その通りだ。あいつは一銭も稼げない女だ。定食屋のパートなんて、暇つぶしみたいなもんだ。』
「父さんの金で生きてるくせに」——その瞬間、画面に大きな文字が映し出された。
“では、真実をお話しします。”
私の声が、静かに、しかしはっきりと響く。
「安志、あなたに真実を伝えます。」
「30年間、私は毎朝4時半に起きて、定食屋で働いてきました。月18万円。そのうち15万円を、家計に入れてきました。」
「あなたの大学の学費600万円のうち、450万円は私の貯金から出しました。塾代に288万円、予備校120万円。全て、私の給料から払いました。」
「これが、『父さんの金で生きてる』と言われた、母親の真実です。」
「家計簿を確認してください。30年間で、私が家計に入れたお金は4200万円。あなたの父親は3600万円。しかも、父親は5040万円を遊興費に使っています。」
「誰が家族を支えてきたのでしょうか?誰のお金で、あなたは大学を出られたのでしょうか?」
「でも、もう構いません。あなたは『母さんみたいに父さんに頼り切った人生は送りたくない』と言いました。『自分で稼げない人間は、誰かの言いなりになるしかない』とも言いました。その通りです。」
「だから、私はこれからは、自分のために生きることにしました。結婚援助金の300万円は、お断りします。父さんの金で、何とかしてください。」
「そして安志。今日で、あなたとの親子関係も終わりにしましょう。お互い、頑張りましょう。30年間、ありがとうございました。さようなら。」
ビデオが終わり、会場の照明がゆっくりと戻ってきた。
100人を超える列席者が、誰1人として声を発しない。安志は立ち尽くしたまま、顔面蒼白で震えていた。美咲も、呆然として安志を凝視している。
「え…お母さんが30年も働いてたの?息子さんに、なんてこと…」
来賓席から、ひそひそと声が聞こえてくる。
安志がようやく口を開いた。
「母さん…僕は…僕は…」
言葉が続かない。涙が溢れて、声にならないようだ。美咲が立ち上がった。
「お母さん…私たちが、間違っていました。」
夫は椅子に座ったまま、顔を真っ赤にして俯いている。
私は、立ち上がった。会場の全ての視線が、私に注がれる。
「皆様、お騒がせして、大変申し訳ございません。息子の新しい門出に、真実をお伝えしたくて。」
「安志。あなたの言う通り、自立することは大切です。だから、私も今日から自立します。もう、誰の世話にもなりません。そして、誰の世話もしません。」
私はバッグから、封筒を取り出した。
「これは、離婚届です。竹夫さん、30年間、お疲れ様でした。財産分与として、正当な取り分はいただきます。私名義の定期預金2000万円と、退職金の半分。これで、小料理屋を開きます。」
会場が、再びざわめき始めた。
「本日は、ありがとうございました。安志さん、美咲さんの門出を祝して、乾杯。」
誰もグラスをあげない。私は静かに会場を後にした。
背中から、安志の鳴き声が聞こえてくる。
「母さん!待って!母さん!」
でも、もう振り返らない。30年間の嘘に別れを告げ、真実が明らかになった瞬間だった。
式場を出てロビーに向かうと、安志が追いかけてきた。美咲も、夫も後に続く。
「母さん、待ってください!」
安志が私の前に回り込み、その場に土下座した。結婚式の礼服のまま、ロビーの床に膝をついたのだ。
「母さん、本当にごめんなさい。僕が…僕が間違っていました。」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、必死に謝る。
「30年間、母さんがどれだけ頑張ってきたか、僕は何も分かっていませんでした。父さんの言葉を鵜呑みにして、母さんを侮辱してしまって…。」
「お母さん、私たちが間違っていました。本当に、申し訳ございません。」
美咲も、涙を流しながら頭を下げ続ける。
私は、冷静に2人を見下ろした。
「もう遅いわ。母さん。結婚援助金の300万円も、再度お断りします。でも、すでに式場への支払いは済んでいるんでしょう?その分は、きちんと返還してください。」
「返します。必ず返します。」
「それから、今後一切、金銭的な援助は期待しないでください。あなたたちは、自立した夫婦でしょうから。」
安志が、泣きながら頷く。
そして、夫がようやく口を開いた。
「りえ…まさか…離婚なんて…考え直してくれ。」
「いいえ、もう決めたことです。30年間、私の労働を小遣い稼ぎと馬鹿にし続けたあなたと、これ以上一緒にいる理由はありません。」
翌週、私は離婚届を提出した。
財産分与の話し合いは、思いの外スムーズに進んだ。私が用意した30年分の家計簿と弁護士の助言により、正当な分配が認められたのだ。
私名義の定期預金2000万円は、そのまま私のもの。夫の退職金の半分、1200万円も、私が受け取ることになった。
合計、3200万円。これが、30年間の対価だ。
定食屋「まるみ」には、惜しまれながら退職の挨拶をした。
「りえさん、寂しくなるわ。でも、りえさんの新しい出発、心から応援してる。」
山本さんは、涙ぐんでいる。店長も、温かく送り出してくれた。
「りえさんの店ができたら、真っ先に食べに行きますよ。」
3ヶ月後、私は小さな小料理屋を開いた。場所は駅から歩いて5分の、静かな住宅街。カウンター8席だけの、こぢんまりとした店だ。
店名は「割烹 りえ」。
初日、最初のお客様が来店した。
「いらっしゃいませ。」
「あら、三田さん。」
「約束通り、1番乗りできましたよ。」
続いて、山本さんや定食屋の同僚たちが、次々とやってきた。
「りえさんの料理が食べられるなんて、幸せ。」
温かい言葉に、涙が溢れる。
それから1年が経ち、「小料理 りえ」は常連客で賑わう人気店になった。定食屋で培った30年の腕前と、私の人柄をお客様が気に入ってくださり、毎日のように足を運んでくれる。
「ママ、今日のおすすめは?」
「今日は新鮮なサバが入ったから、味噌煮がいいわよ。」
「じゃあ、それで。」
1人1人のお客様とゆっくり会話を楽しみながら、料理を出す。これが、私が本当にやりたかったことなのだ。
先日、安志から手紙が届いた。
「母さんへ。あれから1年が経ちました。毎日、あの日のことを後悔しています。母さんがどれだけ頑張ってきたか、今になってようやくわかりました。美咲と共働きで生活していますが、仕事と家事の両立の大変さを実感しています。母さんは、これを30年間続けてきたんですね。いつか許してもらえる日まで待っています。でも、急ぎません。母さんが幸せなら、それでいいです。」
手紙を読んで、少し心が動いた。でも、まだ、その時ではない。
現代社会でも、女性の労働は過小評価されがちだ。特に、家事労働と外での仕事を両立させる大変さは、経験した者にしか分からない。それを「父親の金」の一言で片付けられる理不尽。何百万人もの女性が、同じような思いをしているはずだ。
私の勇気ある行動が、全ての働く女性へのエールになればと思う。
我慢には限界がある。自分の価値は、自分で証明する権利があるのだ。
今夜も、店は満席だ。カウンターの向こうで、お客様が楽しそうに話している。私は包丁を握りながら、心から満足していた。
今、私は本当の意味で、自立した人生を歩んでいる。誰かに頼ることなく、誰かを頼らせることもなく、ただ自分の力で生きている。これが、私が求めていた生活だった。
「もう、誰の金でも生きていません。」
静かに呟いて、私は次の料理に取りかかった。窓の外には、美しい夕焼けが広がっている。新しい人生は、今日も充実していた。



