「お母さんってATMみたいで便利よね。会うのはめんどくさいから振り込みだけでいいのに」
玄関のチャイムを押す直前、玄関の向こうから聞こえてきたのは、嫁のカナさんの声だった。私はその場で固まってしまった。心臓が凍りつくような感覚。私はチャイムを押すことができず、震える足でその場を離れるのが精一杯だった。
ATM。私は息子夫婦にとって、ただのATMだったんだ。
帰りの電車の中で涙が止まらなかった。そして今日、大晦日の夜。団地の部屋で私は1人きりだった。
「正彦さん、今年も1人ね」
テーブルの上には、息子夫婦のために用意したおせち料理の材料が並んでいる。黒豆は昨日から煮込んでいた。息子のユウタが小さい頃から大好きだった、甘さ控えめの黒豆。かずの子も、栗きんとんも、全部手作り。でも、一緒に食べてくれる人は誰もいない。
私は膝を抱えてソファに座り込んだ。大晦日に息子と過ごしたかった。それだけなのに。涙が頬を伝う。こんなに寂しい大晦日は初めてだった。
正彦さんが生きていた頃は、2人で静かに年越しそばを食べて、除夜の鐘を聞いて新年を迎えたものだ。息子が結婚してからは、3人で、4人で過ごせると思っていた。孫が生まれたらもっと賑やかになる。そんな未来を夢見ていた。
でも現実は、こうして1人きり。
ふとスマートフォンを手に取った。何とはなしにカナさんのSNSを開く。息子たちが何をしているのか知りたかった。
画面に表示された写真を見た瞬間、時が止まった。
豪華なおせち料理を囲んで、4人が笑顔で乾杯している写真。大晦日は実家で豪勢に。旦那も来てくれて幸せ。キャプションにはそう書いてあった。
写真の中のユウタは、本当に幸せそうな顔をしている。私と電話した時の冷たい声とは別人のように、満面の笑顔を浮かべている。
さらにスライドすると、別の投稿が飛び込んできた。カナさんがお腹を撫でている写真。その横で、カナさんのお母さんが嬉しそうに微笑んでいる。
来年は赤ちゃんも一緒。うちの両親、初孫楽しみにしてる。
初孫――その言葉に胸が締め付けられた。私だって初孫を楽しみにしているのに。「うちの両親」という言葉の中に、私は含まれていない。
そして、コメント欄を見た時、私は自分の目を疑った。
カナさんの友人らしき人が「義理のお母さんは来てないの?」とコメントしている。
その返信を見た瞬間、全身の血の気が引いた。
「義母は呼ばなかったけど、まあ一家笑いまいっか」
その言葉が頭の中でぐるぐると回る。呼ばなかった。最初から呼ぶつもりなどなかったんだ。急に向こうから誘われたというのは嘘だったんだ。最初からカナさんの実家で過ごす予定だったことを分かった上で、私に留守番しろと言っていたんだ。
スマートフォンを持つ手が激しく震えた。画面がぼやける。涙で何も見えなくなった。
時計を見ると、午後11時30分。年が変わるまであと30分。
私は最後の望みをかけてユウタに電話をかけた。もしかしたら少しだけでも顔を見せてくれるかもしれない。新年の挨拶だけでも一緒にできるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。
コール音が3回鳴って、ユウタが出た。
「何?母さん」
「ユウタ、今どこにいるの?」
「カナの実家だよ。言っただろう。もうすぐ新年だろ」
「少しだけでも来られない?」
「無理無理。今から動けないし」
「でも30分あれば――」
「だから無理だって」
ユウタの声が苛立ちを帯びてきた。その時、後ろからカナさんの声が聞こえた。
「誰?お母さん?もう切っていいんじゃない?新年の時間だし」
「そうだな。母さん、良いお年を」
たったそれだけ言って、電話は一方的に切れた。
ツーッ、ツーッ――無情な音だけが耳に残る。
気づけばテレビの中でカウントダウンが始まっていた。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1――あけましておめでとうございます。テレビから歓声が響き渡った。花火の映像が画面いっぱいに広がる。人々が抱き合い、笑い合い、新年を祝っている。
私は声をあげて泣いた。こんなに悲しい新年は生まれて初めてだ。
テーブルの上のおせち料理の材料が、暗闇の中でぼんやりと見える。誰のために作るはずだったのか、誰と食べるはずだったのか。全部、無駄になった。
「義母は呼ばなかったけど、まあ一家笑いまいっか」「もう切っていいんじゃない?」「母さん、良いお年を」――息子の声が、嫁の声が頭の中で何度も何度も繰り返される。
その瞬間、私の中で何かが完全に切れた。
涙が止まった。不思議なほど心が静かになっていくのを感じる。悲しみが怒りに変わっていく。その怒りすらもやがて、冷たい決意へと姿を変えていった。
もういいわ。もう十分よ。
夫の遺影を見つめる。正彦さん、私は間違っていたのかもしれない。息子のためと思って全てを捧げてきた。でもあの子たちは私をATMとしか見ていなかった。まあ一家で片付けられる存在だった。これ以上我慢する必要はないわよね。
窓の外では、どこかで花火が上がる音がしている。
私は立ち上がった。時計が午前0時1分を指している。新しい年が始まった。そして、私の新しい人生も、今この瞬間から始まるのだ。
眠れないまま、元旦の朝を迎えた。窓の外が少しずつ明るくなっていく。あれから一睡もできず、私はずっとソファに座っていた。ただ、あの言葉だけがぐるぐると頭の中を回っている。
気づけば窓から朝日が差し込んできた。新しい年の始まりを告げる希望の光。その光を浴びながら、私は立ち上がった。今日から私は私の人生を生きます。声はもう震えていない。むしろ、これまでにないほど落ち着いていた。
私は押入れから書類の入った箱を取り出した。通帳、印鑑、各種契約書。1つ1つ丁寧に確認していく。
まず、ユウタ名義の口座。これはユウタが大学生の時に作ったものだ。当時はまだ未成年だったため、私が保証人となり管理権限を持っていた。残高は380万円。ユウタの給料の一部と私からの援助が積み立てられている。
次に、クレジットカードの明細。カナさんが使っている家族カード。これは私の本カードに紐づいているものだ。利用枠は30万円。いつも限度額ギリギリまで使われていた。
そして、住宅ローンの契約書。新居を購入する時、ユウタの収入だけでは審査が通らなかった。「お願いだから保証人になって」と頼まれ、私は二つ返事で引き受けた。残高1800万円。車のローンも同様、残高120万円。これも私が保証人になっている。
さらに、来週振り込む予定だった出産費用50万円。カナさんから「赤ちゃんのために」と頼まれて約束していたものだ。そして今も続いている毎月15万円の振り込み。
これだけのことをしてきたのに――私はつぶやいた。もう、優しいだけの母親ではいられません。
私は手帳を開き、やるべきことをリストアップしていった。自動振り込みの停止、家族カードの解約、ユウタ名義口座の凍結、住宅ローン保証人離脱の手続き、車のローン保証人離脱手続き、出産費用の振り込みキャンセル。
銀行は休みだけど、今日からできることもある。
私はスマートフォンを手に取った。まずクレジットカード会社のアプリを開く。家族カードの管理画面、利用停止のボタンが表示されている。迷わずタップした。
「家族カードの利用停止手続きが完了しました」
次に、銀行のネットバンキングにログイン。毎月2日に自動で振り込まれる設定になっている15万円。3年間、1度も欠かさず送り続けてきたお金だ。振り込み設定の画面を開き、停止を選択。
「自動振り込みの停止手続きが完了しました」
これで来月からは1円も送られない。
スマートフォンを置いて、私は深呼吸した。胸がスッとする。重りを下ろしたような、不思議な解放感。
あとは口座の凍結、保証人離脱。全ての経済的なつながりを断ち切る。
正彦さんの遺影を見つめる。正彦さん、見ていてね。私はもうただのATMじゃない。息子が望んだ通りにしてあげる。まあ一家で片付けられる存在なら、本当にいなくなってあげる。
私は手帳を閉じ、静かに微笑んだ。ユウタ、カナさん、あなたたちが私を必要としなくなったのなら、私もあなたたちを必要としない。これが、あなたたちが選んだ道よ。
初日の出を眺めながら、これからの計画を頭の中で整理していく。不思議と心は穏やかだった。嵐の前の静けさ。明日、息子夫婦は気づくだろう。カードが使えないことに、振り込みがないことに。その時、彼らはどんな顔をするのだろうか。
1月2日、午前9時。銀行が開く時間に合わせて、私は一番乗りで窓口に向かった。
「あら、松浦さん。あけましておめでとうございます」
顔馴染みの銀行員、山田さんが笑顔で迎えてくれた。
「あけましておめでとうございます。今日は少し相談があるの」
「どのようなご要件でしょうか?」
「息子名義の口座について相談があります」
「息子さんの口座ですか。何かありましたか?」
「この口座は息子が大学生の時に作ったものですが、管理権限はまだ私になっていますか?」
「はい、記録を確認いたしますね。確かに松浦美子様に管理権限がございますね」
「では、この口座を凍結してください」
「凍結ですか?」
山田さんが驚いた表情を見せた。無理もない。普通、親が息子の口座を凍結するなんてことはしない。
「はい、凍結です」
「承知いたしました。残高380万円、凍結の手続きを進めさせていただきます」
書類に必要事項を記入し、印鑑を押す。
「次に、連帯保証人離脱の手続きをお願いしたいのですが」
「保証人離脱ですか?」
「住宅ローンと車のローン、両方の保証人を外れたいのです」
「それは審査が必要になります。息子さんの収入だけでは審査が通らない可能性が高いですが、構いませんか?」
「構いません。それは息子の問題です。私が関与することではありません」
山田さんは私の目をじっと見つめた。何か事情があることを察したのだろう。それ以上は何も聞かず、手続きを進めてくれた。
「保証人離脱の申請書類をお渡しします。こちらにご記入ください」
私は1つ1つ丁寧に記入していった。住宅ローン残高1800万円。車のローン残高120万円。もし審査が通らなければ、息子夫婦は家を失うかもしれない。車も手放すことになるかもしれない。でも、それは私の問題ではない。
全ての手続きが完了した。
「保証人離脱の審査結果は、後日息子さんの方にご連絡がいきます」
「ありがとうございます」
私は立ち上がり、深くお辞儀をした。銀行を出ると、冬の冷たい空気が頬を撫でる。でも心は不思議と温かかった。重りを下ろしたような、爽々しい気持ち。
ちょうどその時、電話が鳴った。
「もしもし」
「お母さん!カードなんだけど――」
「あら、どうしたの?」
「どうしたのって、カードが使えないし、口座も凍結されてるし、振り込みも止まってるし!」
「ああ、それね。全部、止めたわ」
「なんで!」
「なんでって私に聞くの?あなたたち、どうやって生活すればいいんだよ」
「銀行に行けばいいんじゃない?大晦日もそうしたでしょう。私は関係ないわ。私は留守番なんだから」
電話の向こうでユウタが何か言おうとしている。でも、言葉が出てこないようだ。
「じゃあね」
私はすぐに電話を切った。
1月3日、ユウタとカナが私の団地を尋ねてきた。インターホンが激しく鳴り響く。
「母さん、開けてよ。話し合おう」
「お母さん、お願いします」
「あら、どちら様ですか?」
「母さん、冗談言ってる場合じゃないんだ。今月の支払いが――家賃も光熱費も全部引き落としできなかったんだ」
「支払い?それはあなたたちの問題でしょう」
「問題って――俺たちの生活が!」
「あなたたちの生活は、あなたたちで何とかしなさい。私はもう関係ないわ」
インターホンの画面に、2人の顔が映っている。ユウタは真っ青な顔をしている。カナは目を真っ赤にして泣いている。
「お母さん、お願いします。私、妊娠してるんですよ。赤ちゃんのために」
「赤ちゃん?『うちの両親が初孫を楽しみにしてる』って書いてましたよね」
「え……あれを見たんですか?」
「ええ、見ましたよ。SNS。『義母は呼ばなかったけど、まあ一家笑いまいっか』も見ましたよ」
沈黙。インターホンの画面の中で、カナの顔から血の気が引いていくのが見えた。
「カナさんのご両親が初孫を楽しみにしてるなら、そちらに援助してもらえばいいじゃないですか」
「それは……うちの両親は年金生活で余裕がなくて」
「あら、そうなの。でも、私は関係ないわ」
「関係ないって――あなたが言ったんでしょう!『義母は呼ばなかった』って!」
「呼ばれない人間は、無関係ってことでしょ」
「母さん!住宅ローンの再審査の通知が来たんだ。保証人がいなくなったから、再審査するって」
「そうなの?それは大変ね。でも、それはあなたが選んだことでしょう」
「俺が選んだ――?」
「大晦日に母さんに留守番って言ったのは誰?『今から動けない』って電話を切ったのは誰?『良いお年を』って、たった一言で終わらせたのは誰?」
私は1つ1つ突きつけていった。
インターホンの画面の中で、カナが膝から崩れ落ちるのが見えた。
「お母さん、私が悪かったです。本当にごめんなさい」
「あら、あれも聞こえてましたよ。『お母さんってATMみたいで便利よね』って。『会うのはめんどくさいから振り込みだけでいいのに』も聞こえてました」
「でも、安心して。ATMはもう壊れたから使えないの」
「あなたたちが私にしてきたこと、言ったこと、全部覚えてるわ。結婚式で橋の席に座らされたこと。カナさんのご両親だけ特別扱いされてきたこと。大晦日に1人で留守番させられたこと。そして――『義母は呼ばなかった』」
「母さん――大切にしなくて本当にごめん。俺が間違ってた。全部、俺が悪かったんだ」
「今更謝られても、信用できないわ」
「頼む。もう1度だけチャンスをくれ」
「チャンス?大晦日の夜、私は最後のチャンスを上げたのよ。『少しだけでも来られない?』って聞いたでしょう?あの時、あなたは『無理無理』って言ったわ。カナさんは『もう切っていいんじゃない?』って言った。あれが最後のチャンスだったの。あなたたちはそれを捨てた」
「母さん、お願いだ。俺たち、本当に困ってるんだ」
「困ってる?私も困ってたわよ。大晦日に1人で。年越しの瞬間、1人で。誰も助けてくれなかった。でも、あなたたちは楽しそうに笑ってたわよね」
「1つだけ教えてあげる」
「何?」
「私の花屋での22年間の貯金、いくらあると思う?」
「え……?」
「2000万円以上あるの。正彦さんの遺産と合わせれば、4000万円よ」
「そんなに……!」
「でも、あなたたちには1銭も渡さない。だって、私はATMじゃないもの」
「母さん!生まれてくる孫に――」
「いつか孫が大きくなって、自分の意思で会いたいと言ってくれたら、その時は考えるわ。でも、親の責任は親が取りなさい。子供を育てるのは、あなたたちの仕事よ」
「母さん、待って――!」
「さようなら。もう2度と来ないでね。来ても、ドアは開けないから」
ドアを静かに閉め、鍵をかける。外からユウタの悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。私はもう顔を出さなかった。
夫の遺影の前に座り、静かに手を合わせる。正彦さん、終わったわ。私はやっと、自分の人生を取り戻したの。
家の中の仏壇の写真が、優しく微笑んでいるように見えた。外ではまだ2人の鳴き声が聞こえている。でも、私の心は穏やかだった。これは復讐ではない。正当な権利の行使。そして、自分の尊厳を取り戻すための、必要な決断。
私は窓を開け、冬の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。新しい年、新しい人生。全てが今日から始まるのだ。
あれから3ヶ月が経ち、私の生活は驚くほど変わった。花屋での仕事は相変わらず続けている。22年間ずっと続けてきたこの仕事。お花と向き合う時間が私は大好きだ。
「松浦さん、最近すごく輝いてるわね」
「ありがとうございます。やっと自分のために生きられるようになったの」
そう答えると、お客様も嬉しそうに微笑んでくださる。
毎月15万円。今まで息子に送っていたお金を、自分のために使えるようになった。週に1度、ガーデニング教室に通い始めた。同年代の仲間たちと土をいじりながら、花の育て方を学ぶ時間を大切に過ごしている。月に1度は温泉旅行に出かけるようになった。箱根、熱海、草津。行きたかった場所に、好きなだけ行ける自由。美味しいレストランで食事をすることも覚えた。1人でも堂々とフレンチのコースを楽しんでいる。新しい洋服も買った。カナさんに「随分前からそれ着てますよね」と言われた服は、全部処分した。
65歳になって、やっと自分の人生を取り戻したのだ。
一方、ユウタとカナの生活は完全に崩壊していた。住宅ローンの再審査は通らず、私という保証人がいなくなった途端、銀行は容赦なく審査を落とした。マンションは売却することになり、車もローンの審査が通らず手放すことに。そして2人は、カナの両親の家に同居することになった。
風の噂で聞いた話だが、カナの両親は2人を温かく迎えたわけではなかったそうだ。
「まさかこんな形でうちに来ることになるとは」
カナの母親は呆れた顔で言ったとか。
「ユウタ君、お母さんにあんなひどいことをしていたのか。大晦日に実の母親を1人にして、うちに来てたってこと?それは恥を知りなさい」
カナの父親はユウタを睨みつけたそうだ。
「カナ、あなたも『ATM』なんて言ってたの?お母さんに?」
「それは……」
「私たちも年金生活で、援助なんてできないわよ。自分たちで何とかしなさい」
「うちの両親が初孫を楽しみにしてる」と自慢していたカナが、その両親から冷たく扱われることになるとは。因果応報。悪いことをすれば、必ず報いが来る。それがこの世の道理なのだ。
現代社会では、親の愛を当然だと思い、感謝を忘れてしまう子供たちが増えている。でも、親にも自分の人生がある。幸せを追求する権利があるのだ。我慢し続けることが美徳ではない。時には毅然とした態度で、自分の尊厳を守ることも必要なのだ。理不尽には立ち向かうべき。それは復讐ではなく、正当な権利の行使。
半年後、私は花屋の同僚たちと伊豆の温泉旅行を楽しんでいた。露天風呂から見える海。潮風が心地よく頬を撫でる。
「まみこさん、本当に楽しそうね」
同僚の佐藤さんが言った。
「ええ、今が人生で1番幸せかもしれないわ」
「息子さんとは、その後どうなったの?」
「知らないわ。連絡も取ってないし、来てもいない。全然。私はやっと自分の人生を生きているの」
その時、スマートフォンに通知が届いた。ユウタからのメッセージ。
「母さん、赤ちゃんが生まれました。名前は正彦にしました。じいちゃんの名前をもらいました。会いに来てくれませんか?」
私は一瞬だけ画面を見つめた。正彦――夫と同じ名前。胸が少しだけ痛む。
でも、私は静かに削除ボタンを押した。孫には罪はない。でも、今はまだ。いつか、あなたの気持ちが変わる時が来たら。その時、考えればいいのよ。
ありがとう。今は自分のことだけ考えるわ。
夜の露天風呂で、1人星空を見上げた。正彦さん、私は今、とても幸せよ。満点の星が、祝福するように瞬いている。
もしあなたも、理不尽な扱いを受けているなら、1人で我慢し続ける必要はありません。正当な権利を主張し、自分を守る勇気を持ってください。あなたにも、幸せになる権利があるのです。理不尽に屈しない強さ。それこそが、本当の勝利者の姿です。
65歳にして手に入れた、本当の自由。あなたにも、素晴らしい勝利の日が来ますように。



