夜の九時過ぎ、いつものように妻の清美と団欒のひとときを過ごしていた。テーブルの上には愛季の笑顔が写った写真。清美が一番のお気に入りだというその写真を眺めていると、突然玄関のチャイムが鳴り響いた。
こんな時間に誰だろう。ドアスコープから覗くと、そこに立っていたのは青白い顔をした孫の愛季だった。体を震わせ、息も絶え絶えに絞り出すような声で言ったのだ。
「じいちゃん、病院に行くお金を貸してほしいの」
高熱で四十度もあるという。りょう介とまほさん、両親はどこにいるのかと問うても、愛季は首を振るだけだった。家から歩いてきたという言葉に、私は血の気が引いた。車で十五分の距離だ。まだ小学生の孫が、高熱の体を引きずって一時間以上も歩いてきたのだ。
愛季が話してくれたことは、衝撃的だった。両親はほとんど家におらず、帰ってくるのは着替えと睡眠のためだけ。食事はコンビニ弁当かカップ麺。置かれたお金を持って、自分で買いに行く生活。緊急時用に渡された子供用携帯電話で何度両親に連絡をしても、一向に繋がらない。所持金は百円しかなかった。タクシーも電車も使えない。夜やっている病院も知らない。助けを求めて思い出したのが、優しくしてくれた私たちのことだったという。
「じいちゃん、おばあちゃん、お金貸してくれない?」
そう懇願する愛季を見て、もちろんだと答えようとした瞬間、隣で聞いていた清美が突然立ち上がった。そして「絶対に貸さない」と怒鳴ったのだ。優しい妻の怒鳴り声に驚いていると、清美はそのまま家を飛び出していってしまった。
「おばあちゃん、怒っちゃった?」
清美の行動が理解できずにいたが、愛季を病院に連れていくのが最優先だ。私は急いで車を走らせ、総合病院へ向かった。診断結果は風邪だったが、極度の栄養不足で症状が悪化しているとのことだった。
翌日、やっと連絡が取れたりょう介は、娘が家にいないことに気づきもせず、呑気な態度だった。私たちにそのまま面倒を見ておいてくれと言うだけ。私は決意した。このままではいけない。市役所の児童福祉課に相談に行き、児童相談員の林さんに全てを話した。
林さんによると、りょう介夫婦は以前にも児童福祉課から注意を受けていたという。次に何かあれば、児童虐待として対応せざるを得ない、と。だからこそ二人は愛季に「両親がいないことを誰にも知られてはいけない」と口止めしていたのだろう。
私は林さんに今回の件を伝え、保護者変更の手続きを進めたいと申し出た。そして愛季自身の気持ちを確認すると、彼女は目に涙を浮かべて言ったのだ。
「私、優しいじいちゃんとおばあちゃんと一緒に暮らしたい」
当日、私は林さんと共にりょう介の家へ向かった。事情を説明すると、二人は逆上し、愛季を睨みつけて怒鳴り散らした。「今まで育ててきてやったのに」「親不幸者」と。私は愛季を背に庇いながら、りょう介の顔を殴りつけた。手を上げたのは生まれて初めてのことだった。
すると、それを待っていたかのように玄関のドアが開いた。そこに立っていたのは清美。その後ろには見知らぬ男女が連なっている。清美は、りょう介夫婦が互いに浮気をしていて、その相手を家に連れ込んでいるのを、ご近所ネットワークで突き止めていたのだ。そして証拠写真を持って浮気相手の家を突撃し、相手のパートナーを連れてきたのだという。連れてこられた二人は「弁護士を通して慰謝料を請求する」と告げ、去っていった。
「自業自得でしょ。大人として責任を取りなさい」
清美の言葉に、りょう介はその場に崩れ落ちた。私たちは騒ぐ二人をその場に残し、愛季を連れて家を出た。
後日、林さんから連絡があり、愛季の保護者は正式に私たち夫婦となった。りょう介とまほさんは警察に事情聴取され、起訴されることになるだろうという。自分の息子が起訴されることに複雑な思いはあるが、反省して心を入れ替えてくれたらと思う。
それから、二人は慰謝料を払うために私たちにお金を借りたいと泣きついてきたが、突っぱねた。自分たちがまいた種だ。自分たちで責任を取るべきだ。
愛季は小学校を転校することになり、最初は友達ができるか心配したが、明るい性格ですぐに馴染んだようだ。私たち夫婦は、これからこの孫娘の笑顔を守るために、できることは何でもしていくつもりだ。



