あんたみたいな貧乏人が、よくこんな高級ホテルに来られたわね。分かったらさっさと出ていきなさいよ。
ママ友のエリさんはそう言うと、手に持ったワイングラスを私に向かってぶっかけた。ハイボリュームのワンピースに、真っ赤なシミが広がっていく。
今日は定期的に行われているママ友のランチ会。高級ホテルとはいえ、ドレスコードのないレストランなのに、エリさんは私の服装にケチをつけてきた。
私の名前は諏訪みずほ。小学校2年生の子どもと、3人で暮らしている普通の主婦だ。その日は朝から憂鬱な気持ちでいっぱいだった。地域のボスママであるエリさんからランチ会に誘われていたからだ。
エリさんは定期的にランチ会を開いているが、今回の会場は高級ホテルのレストラン。回避もかなり高額になるので、本音を言えば気乗りはしていなかった。だが、今後のご近所付き合いや、子どものことを考えると言った方がいいだろう。
エリさんは少し気に入らないことがあると、延々と嫌味を言い、嫌がらせをするタイプのボスママだ。私は諦めの気持ちを抱えながら、ホテルへと向かった。
「あら、みずほさんじゃない。よく来たわね。あなたみたいな貧乏人、こんな高級ホテルのランチ会には参加できないと思っていたわ」
ヒールをカツカツ鳴らしながら、エリさんは嫌味ったらしい笑顔で近づいてくる。
「え、せっかくお呼ばれしたんだから、少し奮発しちゃったの。今日は誘ってくれてありがとう」
「いやね、別に無理してくる必要なんてなかったのよ。みずほさんって、普段から地味な服に地味な化粧しかしない人でしょ?ここの料理なんて、1ヶ月分くらいの食事代になるんじゃないかしら。そんな贅沢をして大丈夫かしら?旦那さんに怒られても知らないわよ」
エリさんはそう言って、ゲラゲラと笑い出す。学校の行事ではいつも動きやすい服ばかり着ている上、普段からあまり化粧もない私を、エリさんは貧乏人と決めつけ、いつも見下していた。
腹が立たないと言えば嘘になるが、私も別に他人様に自慢できるような人間ではない。下手なことを言って事を荒立てたら、後々面倒になるだろう。そう思い、黙って受け流していた。
「そうね。こんな高級なホテルにお呼ばれしなかったら、きっと来なかったわ。一体どんな料理が出るのかしら。楽しみね」
私は当たり障りのない話をし、ランチ会の会場へと向かう。だが、その態度がエリさんは気に入らないようだった。
「ちょっと待ちなさいよ、みずほさん。あなた、本当にそんな格好でランチ会に参加するの?他のママたちはちゃんと清楚にしてるのに、そんなペラッペラの安っぽい服で、こんな高級ホテルを歩き回るなんて信じられないんだけど」
「そうでも、このホテルはランチではドレスコードがなかったはずよね。一応フォーマルのワンピースだから、失礼には当たらないと思うわよ」
「あなたが良くても、私は嫌なの。近くに貧乏臭い人がいると、私まで安く見えるじゃない?いい?私の夫はヤクザなの。この地域では有名な金剛組の組員なのよ。知ってるわよね」
エリさんの言葉を聞いて、私は内心うんざりしていた。エリさんのように人を見下しバカにするような人間が、ボスママのように振る舞っていられるのは、夫がヤクザだからだろう。彼女は普段からヤクザの名前を出し、周囲のママたちを脅して言うことを聞かせているのだ。
「うちの夫は金剛の組長にすごく気に入られてるの。金剛組って言ったら、けっこう大きな組織なのよ。知ってる?」
「そうね。今時100人ほどの組員を従えているなら、大きい組よね」
「夫はその金剛組で、次期若頭補佐って言われてるの。若頭ってわかる?組長の次に偉いポストなのよ。つまりゆくゆくは組長になり、私もまた組長の妻になる女ってことなの。そんな私の隣に並ぶなら、それ相応の衣装やアクセサリーをつけてもらわないと困るのよ。私まで貧乏臭く見えたら、格がつかないじゃない?」
「そうかしら。エリさんが目立っているなら、それで十分じゃないかしら」
話しているうちに、ランチ会のレストランへたどり着く。すでに他のママたちは席についており、全員がまるで晩餐会にでも出るようなドレスで着飾っていた。いくら高級ホテルでも、昼にそんなコードを求めたりはしない。きっとエリさんに言われ、無理やりドレスを着てきたのだろう。
「あ、あら、皆さん、随分とおしゃれしてきたのね」
あっけに取られる私を前に、他のママたちは顔を伏せていた。周囲で食事をしている人たちもフォーマルな装いをしているが、さすがにドレスなどは着ていない。自分たちのドレス姿が周囲から浮いていることが分かっていて、それが恥ずかしいのだろう。
だが、エリさんは私の方が異物であるかのような視線を向けると、テーブルに置かれたワイングラスを手に取り近寄ってきた。
「他のママたちがおしゃれなんじゃないの?あなたがミスマッチなだけなの。貧乏人のあなたに、こんな高級ホテルは似合わないわ。そんな貧乏な格好をしているなら、さっさと出ていきなさいよ。目障りよ」
エリさんはそう言うと、手にしたグラスの赤ワインを私に向かってぶっかける。ハイボリュームのワンピースに、真っ赤なワインのシミが広がった。
「な、何するのよ。ひどいじゃない」
「それはこっちのセリフよ。せっかく高級ホテルのランチに誘ったっていうのに、貧乏人がボロを着てのこのこやってくるなんて、見苦しいったらありゃしない。いい?私は金剛組の若頭夫人で、ゆくゆくは組長夫人になるの。そんな私のそばにいるなら、それ相応の服くらい着てきなさい」
エリさんはテーブルに置かれた他のグラスを手に取ると、再度私にワインをかけようとする。それに気づいたホテルのチーフスタッフは、慌ててエリさんに近づくと、そっと耳打ちをした。
「お客様、それ以上、他のお客様に失礼なことをなさるのはおやめください。そのようにお客様を見下しては、命も危ないですよ」
「何言ってるのよ。この人は私のママ友なの。私の言うことを何でも聞く人なのよ。だから私が何をしたっていいの?あなたみたいな見知らぬ人にとやかく言われる筋合いなんてないわ」
「お客様、まさか諏訪様のことを何も知らずに、こちらのホテルをご利用なさったんですか?」
「何よ?みずほなんて、どこにでもいる普通の主婦じゃない。私の息子と同じ小学校に子供を通わせている、地味でパッとしないママよ」
「何をおっしゃってるんですか?諏訪様は、このホテルのオーナーをしていらっしゃる方ですよ」
チーフの言葉に、エリさんも集まったママ友たちも驚いて目を丸くする。その姿を見て、私はやれやれと大きくため息をついた。
「はあ、そんな大したことじゃないわよ。今は子育ての最中だから、大きな仕事は手を引いて、事務や裏方に徹してるの。あなたもあまり大げさに言わないでよ」
「そ、そんな、まさか嘘でしょ。だってこのホテル、ヤクザと関わりがあるって聞いたわよ。だからこそ私にふさわしいと思って予約を入れたんですもの」
「あら、そんなことも調べていたのね。確かにこのホテルは、私の組で経営してるの」
「みずほさんの?ま、まさか、みずほさんもヤクザだったの?」
「え、そうよ。このホテルを持つヤクザの組長してるの。ほら、最近ヤクザも包丁法とかで何かと不自由でしょ。稼ぎが欲しいと思ったら、表の事業をきちんとやりくりした方が、儲けが出るのよね。このホテルにも元ヤクザのスタッフが多いのよ。もちろん見た目がそれっぽくない人は選んでるし、礼儀作法もしっかり勉強させたから、一流の表の仕事ができるようにしているわ。ヤクザだからって手を抜いたら、通用しない時代ですもの」
私の言葉を聞いて、エリさんは信じられないといった顔をする。だが、全てが事実なのだから仕方ない。子育ての最中は自分がヤクザだということを明かさず、大きな事業にも手を出さないつもりだったが、バレてしまったら隠している必要もないだろう。
「何よ、みずほさん。本当はヤクザだったのに、騙していたの?そうやって私のこと、見下していたんでしょう」
「黙ってたのは事実だけど、別に騙してはいないわよ。それに誰も見下したりしてないわ。ヤクザであることも、このホテルのオーナーをしていることも、偉そうに話すようなことじゃないと思ってただけよ」
「何よそれ。普段から夫の自慢をしている私が、バカだって言いたいみたいじゃない」
「みずほさんがヤクザで、大きな会社まで経営してるなんて、とても信じられないわ」
エリさんは目を血走らせ、襲いかかってくる。私のそばに控えていた男はすぐにその様子に気づき、襲いかかるエリさんをたちまち取り押さえた。
「何するのよ、この男たち。邪魔よ。どきなさい。私はみずほさんに用があるんだから」
「用があるって。今明らかに私に暴力を振るおうとしていたわよね」
「当然よ。あなたみたいな生意気な女、少し痛い目に合わせた方がいいと思ったんだもの。邪魔ねえ、この男たち。どきなさいよ。あなたたちには関係ないでしょ」
「エリさんっていつもそうよね。自分の非が悪いと思うと、ヤクザである旦那さんの名前を出して、それが通用しない相手には暴力を振るおうとするなんて、怖いわ。念のためボディガードを連れてきてよかったわね」
「ボディガード?みずほさんが雇ったボディガードなの?」
「え、そうよ。私、警備会社も経営しているの。SPやボディガードなんかも派遣してるのよ。ヤクザの組員って喧嘩に慣れている人が多いから、こういう仕事にはうってつけなの。エリさんは私に痛い目を見てほしいみたいね。そんな乱暴な人をこのホテルに置いておけないわ。今日は帰ってもらうわね」
私はボディガードに命令し、エリさんを外につまみ出してもらう。
「何するのよ。嫌よ。納得できない。いつか絶対に仕返ししてやるから、覚悟しなさい」
男に抱えられ、エリさんは喚き散らしながら連れていかれる。私はその言葉を聞きながら、集まったママたちに頭を下げた。
「今日は驚かせてしまってごめんなさい。皆さん、せっかく来ていただいたんですから、当ホテルのランチを楽しんでいってくださいね。あ、お詫びとして、今回の料金はいただきませんから」
その言葉で、集まったママ友たちは大喜びで料理に手を伸ばすのだった。
翌日。1人で買い物に行った帰り道、私の前にエリさんが現れた。
「あら、みずほさん。本当は大ヤクザでお金持ちなのに、庶民のスーパーでお買い物?そうやってまだ周囲を騙しているのね」
「エリさん、昨日も言ったけど、私は別に周囲を騙したりなんかしていないわ。ただ私の身の丈にあった生活をしているだけよ。いくつも会社を経営はしてるけど、それは組のお金であって、私のお金ってわけじゃないの。だから私の家族は小さな生活をしているのよ」
「嫌味しないでよ。あなたって、政界にも顔が効くそうね。裏社会の黒幕とか呼ばれているらしいわよね」
「それ、誰から聞いたのかしら。あまり大事にしたくないから、普段は誰にも言ってないはずなんだけど」
「夫から聞いたのよ。あなた、ヤクザの組長になってから、ほとんど一代で事業を拡大して、今は両手では数えきれないほどの会社を経営しているそうね。しかもあちこちの政治家やら大物にも顔が効くやり手なんだって。偉いものね。まさかそんな人が、こんな地味で野暮ったい主婦のふりしているなんて思わなかったわ」
「随分と詳しいのね。どうしてそんなこと?旦那さんから聞いたのかしら」
「うるさいわね。あんたが生意気だから、叩きつぶしてほしいって夫に頼んだら、『あんただけには手を出すな』ってきつく言われたのよ。下手に手出しをしたらうちの組が終わるから、絶対に問題を起こすなってね」
「あら、そうだったの。さすが旦那さんは、今後組の若頭に抜擢されるだけあるわね。とても賢明だわ。組を守るため、迂闊に部下を動かしたら大事になってしまうのが、ちゃんと分かっているんだもの。組長さんから信頼されるのも分かるわ。残念なことがあるとすれば、奥さんであるあなたが、ヤクザの妻である自覚にあまりにも欠けているっていうことぐらいね」
「私のこと、バカにしてるの?」
「バカにしてるわけじゃないわ。本当にバカだなと思ってるだけよ。旦那さんが止めたというのに、どうして私のことを付け狙ったりしているの?どうなっても知らないわよ」
「それはこっちのセリフよ、みずほさん。確かにあなたは大きなヤクザの組長かもしれないわ。いくつも企業を経営してるし、ボディガードを雇える財力もある。でも1人の時はただの女でしかないの。つまり今のあなただったら、私でも簡単にぶちのめせるってことよ。覚悟しなさい。ボコボコに殴って新しい服を着ている写真を、他のママたちに流してやるんだから」
エリさんはそう言うと、背負っていた角材を取り出し、振りかぶると私に襲いかかってきた。
「エリさん、バカだと思ってたけど、本当にバカね。どうして角材ごときで私に勝てると思ったのかしら」
私はエリさんの攻撃をかわすと、まず冷静に角材を叩き落とす。地面に落ちた角材は、幸い割れることもなく、ゴロゴロと転がっていった。
「痛い。何よ、いるじゃない。これで勝ったと思わないことね」
エリさんは再度私に向かって殴りかかってくる。だが腰の引けた遅いパンチは、素人の殴り方でしかなく、今までに喧嘩もしたことがないのは明らかだ。
「そんな攻撃、当たるわけないでしょ。全く仕方ないわね。反撃するけど、これって正当防衛だから、後で恨まないでよね」
私は1つため息をついてから、思いっきりエリさんの体を蹴飛ばす。その瞬間、エリさんは膝をつき、その場に崩れ落ちた。
「ううう。何よ。強い。強すぎるわ。どういうこと?」
「当たり前じゃないの?私、ヤクザで組長やってんのよ。今でこそ会社なんて経営してるけど、昔は喧嘩一筋のヤクザだったんだから。それにしても、たった一撃で倒れるくらいに弱いのに、よく私と喧嘩しようと思ったわね。もっと頑張ってくれない?私、まだ10発くらい殴る余裕があるんだけど」
「やめて。ごめんなさい。私が悪かったわ。まさかみずほさんがこんなに強いなんて、思ってもいなかったの。もうお願い、許して」
エリさんは涙目になり、必死になって土下座をする。その姿を見て、私はすっかり呆れ果てていた。
「エリさん、残念だけど、ごめんなさい。で、済む問題じゃないの。あなた、私がヤクザの組長なのを知っていて襲ってきたわよね。ヤクザに盾突いたあなたを野放しにしたら、私もメンツが保てなくなるの。あなたもヤクザの妻なら、ヤクザがメンツを何よりも大事にするのは知ってるわよね」
「え、知ってるわ。だからもう2度とみずほさんに逆らったりしない。みずほさんがヤクザだってことを誰にも言わないし」
「お金。あ、そう。お金だって払うわ。ヤクザだったら、けじめつけるためお金を払うことだってやるのよね。だから助けて。お願いよ」
「そうね。確かにヤクザのけじめとして、慰謝料を支払うというのはあるわ。でも私を狙った慰謝料は、半端な金額じゃ済まないわよ。エリさんに払えるかしら」
「命がなくなるより、よっぽどマシよ。お願い、助けて。いくらでも払うから」
「それなら慰謝料として2億よ。2億。耳を揃えてきっちり支払ってくれたら、今回のことはなかったことにしてあげるわ」
「2億ですって!?分かったわ。夫に相談して、組に掛け合ってもらうわよ。金剛は大きいヤクザだから、2億ぐらいなんとかなるはずだもの」
「それはだめよ。だってエリさんは、金剛の旦那さんから『絶対に手を出すな』と言われたのにも関わらず、私を襲ったのよね。それなのに金剛の金庫からお金を出すのは、筋が通らなくなるわ」
「そんなこと言われても、私には2億なんてお金、出せないわよ。夫のお金は私のお金みたいなものだから、別にいいわよね」
「そう思うなら、旦那さんに相談するといいわ。ただし旦那さんにはちゃんと説明するのよ。『私を襲撃したら反撃にあった。慰謝料として2億を差し出せと言われているから、2億払ってくれ』ってね。そうなれば私の組と金剛の戦いになるだろうから、私の組の者たちも黙ってはいないでしょうね。楽しみだわ。しばらく表の仕事には出ていなかったけど、久しぶりに大きな抗争になりそうね。ああ、でも金剛は堅実だから。もし私が関わっているのが分かったら、2億なんて大金、貸してくれないかもしれないわね。私の組と抗争するくらいなら、女1人切り捨てた方がよっぽどマシだもの」
私の言葉を聞き、エリさんの顔はどんどん絶望に染まっていく。
「どうするの?エリさん。お金はあなたが払う?それとも旦那さんに頼んでみる?」
「うう、分かったわ。私が2億払う。でも今は2億なんてお金、本当にないの。今すぐには払えないわ。これから働いて返すから」
「だめよ。今からエリさんがどんなに頑張って働いても、2億稼げるのはいつになるか分からないでしょ。だから今、一括で払ってもらうわ。心配しなくても、知り合いの闇金を紹介してあげるわ。書類を1枚書けば、すぐに2億貸してくれるわよ。それで支払ってちょうだい」
「いや、闇金で借金なんかしたら、利息を返すだけで精一杯になるわ。それこそ、一生借金に苦しむことになるわよ」
「嫌なのね。だったら一層命で償う?そうしたら一生お金の心配はなくなるわよ」
「ま、待って。分かった。分かったわ。闇金で借りて支払うわよ。それでいいんでしょ」
「決まりね。すぐに闇金を呼ぶわ」
私がすぐに知り合いの闇金に連絡すると、エリさんはしぶしぶ書類にサインをする。そうして借りられた2億は、私へと手渡された。
「これでいいのよね。もう命は奪わないでしょ」
「ええ、もう私からエリさんには何もしないわ。今後のことは全て闇金の人間が判断するでしょうね。闇金の金利って高いから、ちゃんと支払わないとどうなるか分からないわよ。これから頑張って働いてね。期限は書類に書いてあるから」
そう言われ、改めて書類を見たエリさんは、その金額に驚愕する。当然だろう。闇金の金利は、普通に働いていてはとても返せる金額ではないのだから。
「それではご機嫌よう。もう2度と会うこともないと思うけど、元気でね」
私は頭を下げると、2億が入ったアタッシュケースを手に、その場を後にした。
それから数日後、私がホテルの様子を見に行くと、ランチ会の時、対応したチーフスタッフが飛んできた。
「組長、無事でしたか?あれから何もありませんでしたか?」
「もう、人前で“組長”はやめてよ、恥ずかしい。別に変わったことなんてなかったわ。夫も子供も変わりなく元気にしてるわよ」
「失礼いたしました。先日諏訪様がランチにいらした時、お連れの方が凄まじい勢いで襲いかかってきたので、また何か厄介なことに巻き込まれていないか心配だったので」
「ああ、そうだったわね。エリさんなら、確かにあの後1度だけ私のところに顔を見せたわよ」
私はそう言いながら、エリさんのことを思い出す。その後エリさんは、闇金の金利が支払えず、そのまま海外の風俗店に売り飛ばされたのだという。エリさんの夫は突然姿を消したエリさんの代わりに、今は男手1つで息子を育てているそうだ。
かつてエリさんがボスママをしていた時、エリさんの息子は周囲に気を使われ、どこか腫れ物のように扱われていた。今は、そんなボスママであるエリさんがいなくなり、以前より周囲と仲良く過ごし、友達もずっと増え、毎日楽しそうに過ごしているという。
「でもエリさんは、海外に飛ばされてしまったみたいね。今頃裸一貫で人生をやり直していると思うわよ」
「そうですか。諏訪様がご無事なら、それでいいんです。ですが、もし危険だと思ったら、ちゃんとボディガードをつけてくださいね。私でも部下でも、すぐに飛んでいきますから」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫ですよ。もう2度と、エリさんが私を襲うことはないから」
私は笑顔でホテルを去ると、自宅へ戻る。そこにはお菓子を持ち寄り、やってきた他のママたちが、笑顔で待っていた。
「お帰りなさい、みずほさん。今日は茶会だったわよね。みんなでお菓子を持ってきたの」
「あら、そんな気を使わなくてもいいのに。待たせてしまってごめんなさい。さ、家に入ってくれる?今、お茶を入れますね」
エリさんが消えてから、地域のママたちは以前よりずっと穏やかな生活をしている。元々ボスママだったエリさんが、周囲を脅し付けてのランチ会や茶会などを強引にしてきたのだ。今はそれがなくなり、みんなが好きな時、好きなように、ママ友同士で集まって楽しい茶会などをしている。
「みずほさんのおかげで、以前より周囲の雰囲気が良くなった気がするわ。本当にありがとう」
ママ友を前に、私は自然と笑顔になる。私はこんな穏やかな日々が、ずっと続けばいいと願うのだった。



