私は太田ハルト、42歳。大学病院の心臓外科医だ。年間200件近い難しい手術をこなし、“エース”と呼ばれることもある。長い手術を終えてマスクを外すと、廊下で待っていた患者の家族が震える声で尋ねてきた。「先生、夫は…夫は助かったんでしょうか?」「手術は成功しました。山は越えています。経過を見守りましょう」その言葉に、女性は泣き崩れた。
医局に戻り、机の上の写真を見る。若い頃の父だ。この写真を見続けて、もう25年になる。父は心臓外科の部長で、私の憧れだった。だが、ある日父が手術後に患者を亡くし、医療ミスではないかと騒がれた。父は憔悴しきっていた。事故の前夜、父は私にこう呟いた。「春翔、このカルテ、手術前のデータが抜け落ちている。私が書いたものとは違う」翌朝、父は倒れた。過労による心不全で、そのまま帰らぬ人となった。48歳だった。
葬儀の夜、兄のハジメは何も告げずに家を出た。置き手紙さえもなく。母は泣き崩れた。私は17歳で家を支える側になり、そして決意した。医師になって父の名誉を取り戻し、逃げた兄を超えると。それが、私の中の凍りついた時間の始まりだった。
ある日、理事の原田が私の医局に現れた。父が亡くなった当時の副院長だ。「地方の系列病院に、半年ほど派遣されてくれないか」穏やかな口調で、だが有無を言わせぬ響きがあった。私は思い切って尋ねた。「父のカルテに、手術前データが抜け落ちていました。今でも引っかかっています」原田は一瞬、目を揺らしたが、「もう昔の話だ。君の父は立派な医師だったが、過労が原因だ」と言い放った。
派遣先の地方の総合病院は、山あいの小さな町にあった。看護師長の水希に案内され、カンファレンスルームへ入ると、一人の医師がホワイトボードの前に立っていた。「立花先生、新しく着任された太田先生です」その男が振り返った瞬間、私は心臓が止まるかと思った。そこに立っていたのは、兄のハジメだった。彼は私を見ても、表情を変えずに言った。「太田先生、よろしくお願いします」私は声を絞り出した。「こちらこそ、よろしくお願いします。立花先生」
その夜、医局に2人きりになった時、私は問い詰めた。「兄さん、なぜここにいる?なぜ25年も連絡をよこさなかった?」しかし兄は、「人違いです。私は立花です。今は話せないんだ」とだけ言い、それ以上は何も語らなかった。
数日後、カンファレンスで対立が起きた。68歳の患者の治療方針を巡って、私が一括手術を主張したのに対し、兄は段階的な手術を推した。「ここは大学病院ではない。術後の管理環境が違う」と兄は静かに言った。確かに、彼の言うことは正しかった。悔しさが込み上げたが、反論できなかった。
週末、実家に帰ると、母に「兄さんに会った」と伝えた。母は押入れの奥から、古びた封筒を取り出した。「お父さんが亡くなる3日前に、私に預けたもの。『もしもの時は、ハジメに渡してくれ』って言われたの。でも、ハジメがどこにいるか分からなくて、ずっとしまってあったの」中身は見てはいけない気がして、私は封を開けずに受け取った。
病院に戻った翌夜、17歳の少年が緊急搬送されてきた。川瀬翔太。重度の先天性心疾患で、状態が急激に悪化していた。院長から「これは二人でなければ無理だ」と言われ、私と兄は共同で手術をすることになった。手術前に、兄がポツリと言った。「ハルト、父さんの事故は医療ミスじゃなかった。それだけは信じてくれ。手術が終わったら、全て話す」
7時間に及ぶ手術は、私と兄の息がぴったりと合った。兄の的確な指示と、私の技術が噛み合い、少年の心臓は再び鼓動を取り戻した。手術室を出た時、母から預かった封筒を思い出し、私は兄に手渡した。「父さんが、兄さんに渡してくれって」兄は震える指で封を切り、中から出てきた古いカルテとカセットテープを見つめた。
「父さんは、原田に無理やり難しい手術をさせられたんだ。患者の家族は大口の寄付者で、断れなかったんだ。父さんはカルテを書き換えられ、データを改ざんされた。あのテープは、原田と父さんの会話の録音だ」兄はそう話し始めた。「私は証拠を守るために家を出た。家族に危害が及ぶのを防ぐためだ。すまない、ハルト。ずっと辛い思いをさせた」
私は言葉を失った。25年間、兄を憎み続けてきた。だが、兄は逃げたのではなかった。家族を守るために、一人で闘っていたのだ。「兄さん、俺はずっと間違えていた」そう言うと、兄は小さく笑って、「いや、お前は立派な医師になった。父さんも喜んでいるよ」と答えた。
翌週、私は東京に戻り、原田の理事室を訪れた。机の上に、カルテのコピーと録音テープを置いた。「これは父が残したものです。もう逃げ場はありません」原田の顔から血の気が引いていくのが分かった。「君は、父親と同じ道を辿るつもりか?」「いいえ、父が残したものを表に出すだけです」私はそう言って、理事室を後にした。
数日後、医療法人の内部調査が始まり、過去の改ざんカルテが次々と明らかになった。原田は理事を辞任した。父の名誉は回復へと向かい始めた。母から電話があり、静かに泣きながら言った。「お父さんが、ようやく帰って来られるわね」
私は地方病院に残ることにした。「自分の意思で医師をやりたい。兄さんと一緒に、ここで」兄は黙って頷いた。病院の廊下で、回復した翔太が笑顔を見せた。「太田先生、立花先生から聞きました。先生たち、兄弟なんですね」「ああ、長い間別々に生きてきたけど、君のおかげでまた一緒に手術台に立てた」少年の頭に手を置きながら、私は思った。凍りついていた時間が、ようやく溶け始めたのだと。



