「手が滑っちゃった」—妹はそう言って、私と夫が春から一緒に育てた新米のおにぎりを、壁に投げつけた。セレブ気取りの妹夫婦が、まさか自分の実力を知らずに大失敗するとは、この時はまだ誰も思っていなかった。

「手が滑っちゃった」—妹はそう言って、私と夫が春から一緒に育てた新米のおにぎりを、壁に投げつけた。セレブ気取りの妹夫婦が、まさか自分の実力を知らずに大失敗するとは、この時はまだ誰も思っていなかった。

「この新米で握ったおにぎり、本当に美味しいのよ。今日のためにみんなで準備したんだから」

私はテーブルに並んだ料理を見渡しながら、義母と義理の姉に微笑んだ。今日は私の婚約者・両平さんのご家族との顔合わせの日。彼の実家である田原家は、この地域では有名な米農家だ。

ところが、そこに妹の理恵とその夫・蒼太さんが到着すると、空気が一変した。

「ちょっとお姉ちゃん、この食事会って、まさかこの田舎料理なの? 私たちの時は高級料亭だったのに」

理恵が指さした先には、私たちが心を込めて握ったおにぎりがあった。

「おにぎりって…。貧乏臭い。私、こんなしけたものより、ちゃんとしたお寿司を持ってきたわよ」

そう言うと、理恵はなんと、せっかく作ったおにぎりを次々と壁に投げつけたのだ。

「あら、手が滑っちゃった」

「理恵、何てことをするの!」

「だって、こんな味気ないおにぎりの代わりに、私たちは特上のお寿司を持ってきてあげたのよ。感謝してほしいくらいよ」

蒼太さんも得意げに続ける。

「これくらい奢ってあげますよ。私はエリートですからね。こんな田舎と違って、食べるものに困っていませんから」

私は怒りで震えた。あのおにぎりは、私と両平さんが春から一緒に育ててきた新米で作ったもの。二人の思い出の味だったのに。

「食べ物を粗末にしてはいけないでしょ。生産者さんが愛情込めて作ったものなのよ」

すると、今まで黙っていた両平さんのお母さんが口を開いた。

「私はま子さんを気に入ったのは、物を丁寧に扱える人だからよ。あなたみたいに物を粗末にする人じゃなくてね」

「な、何ですって!」

そこへ両平さんが駆けつけてきた。

「どうしたんだ? 騒がしいけど」

「両平さん、ごめんなさい。私たちが作ったおにぎりを、妹夫婦が…」

両平さんを見た瞬間、蒼太さんの顔色が変わった。

「せ、先輩!?」

「あれ? 蒼太、知り合いだったのか?」

「この人は、私が会社で営業を教えてもらった田原先輩ですよ! 数年前に突然辞めちゃって、ずっと探してたんです」

なんと、蒼太さんは両平さんの後輩だったのだ。

「先輩、今どこで何をしてるんですか? 私はずっと先輩と一緒に仕事がしたいと思ってたのに…」

「ああ、悪かったな。実は父が倒れてしまって、本格的に家業を継ぐために会社を辞めたんだ」

「え? じゃあ、この家が…」

「うちは米農家だよ。それに、最近おにぎりカフェを始めたんだ。キッチンカーで販売しながら、お客さんの声を聞いてね」

「おにぎりカフェ? ってことは、あのインスタで話題の…」

「そう。うちの米を使ってくれてる有名店のひとつに紹介されたのが、まさにそのお寿司屋さんなんだよ」

蒼太さんの顔から血の気が引いていく。

「つまり、私たちが粗末にしたおにぎりは…」

「俺がこの春植えた新米で作った、思い出の味さ」

理恵と蒼太さんは二人揃って真っ青になった。

「そんな…。じゃあ、私たちはとんでもないことを…」

「そういうことだ。お前さんたち、俺の大切なものを台無しにしたんだ」

蒼太さんは頭を下げた。

「先輩、本当にすみません! 俺がバカでした! どうか許してください!」

「まあ、許してやるよ。ただし、これからは農家の大変さを身をもって知ることになるだろうがな」

こうして顔合わせは無事に終わり、妹夫婦はしょんぼりと片付けを手伝って帰っていった。

それから数ヶ月後、私たちは結婚した。そして驚くことに、妹夫婦は休日になると田原家に手伝いに来るようになったのだ。

「なあ、理恵。ちゃんと手伝ってるか?」

「う、うるさいわね。やってますよ!」

「お姉ちゃんの料理、すごく美味しいのよ。私ももっと学びたいわ」

妹はすっかり変わり、今では誰よりも丁寧に野菜を洗い、米を研ぐようになった。

数年後、私たちのおにぎりカフェは大盛況で、全国に店舗を増やすことになった。私は夫の代わりにキッチンカーでおにぎりを販売している。

「こんにちは、ま子さん。今日のおすすめは?」

「季節限定の秋鮭おにぎりと、日替わりのきのこ汁のセットですよ」

常連さんとの会話も楽しい。そして今、私のお腹には小さな命が宿っている。生まれてくる子には、この美味しいお米の味をたくさん知ってほしい。そのためにも、これからも美味しいお米を育て続けていこう。

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