同窓会の席で、ビールを頭からぶっかけられた瞬間、周りの笑い声がやけに耳に響いた。「中卒の負け犬君、過去の失敗は酒で流してあげる」――そう言って美樹子はジョッキを傾けた。小学生の頃から学年一の美人と言われていた彼女は、今も昔と同じように俺を見下していた。
俺の名前は川崎政治、30歳。体の弱い父と正社員で働く母のもとで育った。小学時代に団地へ引っ越し、そこで唯一の親友となったのが利太だ。母子家庭の利太はよく俺の家に遊びに来て、両親も優しく迎えてくれた。学校では勉強ができたが、大人しい性格で友達は少なかった。
同じクラスに美樹子という女子がいた。金持ちのお嬢様で、いつも取り巻きたちと一緒に気に入らない子へ嫌がらせをしていた。俺もよく標的になった。中学では同じ私立に進学し、俺の成績が良かったせいで、美樹子は俺のテストのプリントを目の前で破り、「団地の貧乏人のくせに」と笑った。俺はいつも無視を決め込んだ。
高校2年の冬、父が亡くなった。優しい父だった。葬儀は母と協力して身内だけで済ませ、利太も来てくれた。だが、なぜか涙は出なかった。心にぽっかり穴が開いたようで、食事も喉を通らず、勉強にも身が入らなかった。夜中に母がキッチンで泣いている姿を見て、何もできずに部屋へ戻ることしかできなかった。
成績は落ち、美樹子は「とうとう貧乏生活に疲れたのかしら?」と笑った。高校3年になる前、俺は学校を中退した。心配した祖父が、知り合いの建築現場を紹介してくれた。「お前も辛いだろう。体を動かして働く方がいい」と。俺は母をこれ以上悲しませたくないと思い、現場で働き始めた。すると少しずつ食欲も戻った。ある日、仕事帰りに美樹子と出くわし、「中卒で働いているの?汚い作業服ね。かわいそうに」とからかわれたが、無視した。
23歳の時、祖父が不動産の勉強を勧めてくれた。「わしも中学しか出ておらんぞ。宅地建物取引士の免許を取ればいい」と。俺は25歳で資格を取り、祖父の会社で営業として働き始めた。最初はうまくいかず、祖父から「営業は笑顔だ」と言われ、鏡の前で必死に笑顔の練習をした。27歳の時、祖父は全ての資産を生前贈与してくれた。その金を元手に株式の勉強を重ね、3年で資産は大きく膨らんだ。仕事も順調になり、初恋の相手だった沙樹ちゃんと喫茶店で再会した。やがて結婚し、娘も生まれた。祖父の会社を継ぎ、31歳で社長になった。母には同じマンションの部屋をプレゼントした。利太は弁護士になり、俺の会社の顧問も引き受けてくれた。
そんなある日、家族で買い物をしていると美樹子に会った。「中卒で結婚できたの?奥様も大変ね。お子さんもかわいそうに」と笑ってきた。妻は怒ったが、俺はもう気にしなかった。
そして、中学の同窓会のハガキが届いた。利太に誘われ、妻の了承を得て出席することにした。会場は駅近くの居酒屋。懐かしい顔が並び、皆それぞれの近況を語り合った。俺は自分の職業は言わなかったが、利太は名刺を配っていた。美樹子は相変わらず取り巻きたちに囲まれ、自分が販売している化粧品を自慢していた。
会も終盤に差し掛かった時、美樹子が近づいてきた。「あんたの友達は弁護士であんたはまだ建築現場で働いているんでしょ?中卒だもんね。高校の時は勉強のしすぎで頭がおかしくなったのかしらね。あの時は本当に笑えたわ」と。そして、手に持っていたジョッキのビールを俺の頭からぶっかけた。周りは大爆笑。利太がすぐにタオルを持ってきてくれた。
「帰ろう」と利太が言い、タクシーを呼んだ。車の中で俺は言った。「明日、美樹子と会うことになってるんだ」。利太は「ビールをぶっかけるなんて立派な犯罪だよ。俺、スマホで録画してある」と。俺にもその動画を送ってくれた。そして、一緒に被害届を警察へ出しに行った。
翌日、俺は美樹子の父の会社へ向かった。向こうからの依頼で、50億円の契約の話が来ていたのだ。担当は美樹子だった。受付に案内され、部屋に入ると美樹子は目を丸くした。「なんであんたがここに?」と。俺は名刺を差し出した。「川崎建設の代表取締役です。契約書を持ってまいりましたが」と。美樹子は慌てた。俺は昨日の録画を流した。酔っていただけだと言い訳する美樹子に、俺は「酔っていようがやっていいことと悪いことはあります」と言い、契約は白紙にすると伝えた。さらに、警察も後ほど来ると告げて会社を出た。玄関で刑事らしき人とすれ違い、美樹子は車に連れて行かれた。
後日、美樹子の父が会社に来て玄関で土下座した。「契約を」と。俺は「あなたの会社との取引はお断りします。娘さんが犯罪者なのですから」と言い放った。美樹子の父は渋々帰っていった。SNSでは同窓会の動画が拡散され、美樹子の商売も終わった。取り巻きたちからも謝罪の電話があった。
数年後、夜の街で美樹子らしき人物を見かけた。髪はボサボサで痩せていた。路地裏の小さなアパートへ入っていった。俺は何も感じなかった。利太と家族ぐるみで高級焼肉店に行き、美樹子からの慰謝料で美味しい肉を食べた。会社は順調に成長し、母は今も経理を頑張っている。父は遠い空から、きっと優しい笑顔で見守ってくれているだろう。俺は祖父が創設したこの会社を、これからも精一杯守っていく。



