ゴミ捨て場であっけに取られていると、ニヤニヤと笑いながらユアが声をかけてきた。 「これはどういうこと?」 「必要のないものを捨てただけですよ」 明らかに私を馬鹿にした態度。私を過労にまで追い込んだのは彼女なのに、倒れた途端に捨てようとする。 「うちにはあなたのようなお荷物いらないんですよ」 私の様子には一切気づかず、さらに侮辱してくる。私はこいつを捨てよう。大事な息子の嫁、孫の母親だからと我慢してきたが、さすがに堪忍袋の緒が切れた。先にやってきたのはユアの方なのだ。 「あなたの気持ちはよくわかった。そこまで言うなら望み通りにしてあげる」 「あ、本当ですか?ありがとうございます」 相変わらず嫌味な笑みを浮かべるユアに対し、これから彼女に起きるだろうことを想定し、笑いがこぼれた。
私は吉沢明。もうすぐ還暦を迎える59歳の専業主婦だ。一つ年下でエンジニアの夫の数と、28歳の息子の琢磨と、一見普通の3人暮らしをしている。私は昔から家事をするのが好きだった。
「ねえ、欲しいものがあるの?」 「そうね。お手伝いしてくれたらお小遣いあげるわよ」 「いいや、自分で稼いでそれを買いなさい」 「分かった。何をすればいい?」 初めはただのお小遣い稼ぎだった。当時女の子の中で流行っていたおもちゃを欲しがる私に、家事の手伝いをしてお小遣いを貯めるように言ってきたのだ。 「とりあえずリビングの掃除をお願いしようかしら。やり方は分かる?」 「うん、大丈夫」 母の指示で試しに掃除したところ、ああ、すごく楽しい。自分の手で綺麗になっていく様子に感動し、リビングどころか家中やりそうになった勢いだったものだ。
「ねえ、次はあたし何ができる?」 さらに洗濯や料理も好きだと発覚し、自分から積極的に手伝いを申し出るようになった。 「あけみがこんなに家事ができる子だったなんて。本当にありがたい話だ」 両親は私以上に喜んだ。パートをしていた母は正社員になってほしいという申し出を受けていたらしい。母はその提案をありがたく思っていたが、承諾すると家事が滞る。父も忙しい時期に入る関係で帰りは今まで以上に遅くなると予想された。そのため父とどうしようか相談していたそうだ。 「でもあけみが自分でしてくれるなら大丈夫ね」 今回私が家事を覚えた上に、面倒くさがるどころか自分からやるほど好きになったおかげで、二人の悩みは解決した。そして母は正社員に、父も残業続きの日々に。
「よし、今日は時間あるしキッチンをピカピカにしよっと」 両親が家にいる時間は減ったが、好きなようにしていいと自由にさせてくれたので、特に不満はなかった。ちょうど思春期で親からの干渉が鬱陶しく感じる時期なのも良かったのだろう。楽しい。好きなことをしてお小遣いも貰える。その体験が私の未来を決めた。
「あけみ、これからどうするのか考えてるのか?」 高校に入った頃、両親に将来について聞かれる。周りの友人たちは進学を選択している。私も両親が稼いでくれているおかげで大学に行けるだけの貯蓄はあった。 「私は家庭科の業界で働きたいって考えてるの」 しかし私は就職を選択する。 「あなたは勉強よりも家事を優先してたものね。昔から家事スキルはあったしな」 私の決断に両親は反対しなかった。むしろ納得していたほどである。 「そういえば私のママ友が家事代行サービスの会社で働いてたわ。その人に色々と聞いてみようか」 「うん。お願い」
こうして私は家事代行サービスの会社に就職し、やがて独立して自分の会社を立ち上げた。仕事は順調で、家事をすることが好きな私にとって天職だった。そんな時、夫の数と出会い、結婚。息子の琢磨も生まれ、幸せな日々が続いていた。
しかし、私の幸せを壊そうとする人が現れる。それが義理の娘のユアだった。琢磨が連れてきたユアは、最初はおっとりとした良い子に見えた。だが結婚して私たちの家に住むようになると、徐々に本性を現し始める。 「お義母さん、私、家事は苦手で…」 そう言って何もしないユア。代わりに私が全ての家事を引き受けることになった。それだけならまだ良かった。しかしユアは孫の世話も私に押し付け、自分は友人と遊びに行くばかり。 「お義母さんがやってくれるから大丈夫ですよね」 私は孫のため、息子のためと思い、すべてを受け入れてきた。過労で倒れるまで。
病院のベッドで目を覚ました時、誰もいなかった。琢磨もユアも来ていない。退院して家に帰ると、そこに待っていたのはゴミ捨て場でのユアの言葉だ。 「うちにはあなたのようなお荷物いらないんですよ」 その瞬間、私の中で何かが切れた。私はこれまでずっと我慢してきた。家族のため、孫のためと思って。でも、もう限界だ。私はこの家を出て行くことを決めた。
数日後、私は自分の会社に戻り、弁護士を立てて離婚と財産分与の手続きを進めた。自分の築いてきた会社と財産は全て私のもの。ユアは何も知らず、琢磨もまた私が全てを放棄すると思っていた。 「お義母さん、まさか会社を手放すつもり?」 ユアが慌てて電話をかけてきた。 「いいえ、財産分与の手続きを進めています。あなたたちには何も渡しません」 「何ですって!」 ユアの金切り声が聞こえたが、私は電話を切った。その後、琢磨からも何度も連絡があったが、全て無視した。私は新しい人生を始めることにした。家事代行サービスの会社は今も順調に運営されており、私にはたくさんの従業員と顧客がいる。誰かに頼られることが、私の生きがいなのだ。



