最近、ご飯が炊ける匂いだけで気分が悪くなるんです。孫のさやが夕食を拒否し始めたのは、ちょうどその頃でした。何を食べても吐いてしまうというのに、体はどんどん太っていく。怖くてたまらないのに、夫の工事は呑気に笑っているだけです。
ある夜、工事が寝室を抜け出すようになりました。朝まで戻らない日が続いたある晩、さやの部屋から「いや」という小さな悲鳴が聞こえたんです。慌ててドアを開けると、彼女の布団から工事が出てきました。
「眠れないって言うから、小歌を歌ってやったんだ」
そんな言い訳、信じられるわけがない。祖父が孫娘と同じ布団に入るなんて、普通はありえません。でもさやは引きつった笑顔を見せて「本当だよ」と工事を擁護したんです。その日の夜から、さやは私が作る食事を完全に拒否するようになりました。
「ダイエットか?女の子らしくなったなあ」
工事は相変わらず呑気です。でも私は気づいてしまった。さやの体が変わっていくのは、食事のせいだけじゃない。
しばらくして、インターホンが鳴りました。玄関を開けると、スーツ姿の男女が立っています。
「児童相談所の田中と申します。ご事情を伺わせていただけますか?」
その瞬間、工事の顔色が真っ青になり、体が小刻みに震え始めたんです。
私は杉原美ゆ、64歳。近所の介護施設で清掃のパートをしながら、夫の工事と孫のさやと三人で暮らしています。工事と結婚したのは35年以上前のこと。当時は同じ職場の上司で、仕事ができて面倒見もいいと評判でした。私に好意を寄せてくれる彼を、同僚たちは羨ましがったものです。
結婚してからは専業主婦として家庭を支え、翌年には娘も生まれました。幸せの絶頂でした。工事は家では無口でしたが、家族のために働く姿を誇りに思っていました。娘が成長して一時的に父親を避けるようになった時も、時間が解決してくれました。
10年前、娘が結婚した時、工事は「もらってくれる男がいてよかった」と強がりながら、娘のいないところで大粒の涙を流していました。相手に「泣かせたら許さない」と詰め寄るほど、娘の幸せを願っていたんです。
娘はすぐに女の子を産みました。初孫のさやの誕生を、工事は心から喜んでいました。仕事でも役員への昇進が決まり、絶頂期でした。
しかし、その幸せは長く続きませんでした。娘は結婚して2年ほどで、さやを連れて実家に戻ってきたのです。価値観の違いで離婚したいと言う娘に、工事は「少しは我慢しろ」と言いながらも、実家で暮らすことを進めました。仕事から帰れば必ずさやの顔を見て、おもちゃを買ってくる。そんな生活に工事は満足しているようでした。
その1年後、娘が事故に遭いました。帰宅途中、暴走車にはねられたのです。病院から電話がかかってきた時、私は何も考えられませんでした。工事も同じでした。
娘は亡くなりました。さやは私たちのもとで育つことになりました。最初は順調に見えました。でも最近、さやの様子がおかしい。食事を拒否するようになり、体は太っていく。私は心配でたまりませんでした。
そんなある夜、工事が寝室を抜け出したんです。朝まで戻らない日が続き、ついにさやの悲鳴を聞いてしまいました。部屋に駆け込むと、工事が彼女の布団から出てきた。
「何をしてるの?」
「さやが眠れないって言うから、小歌を歌ってたんだ」
信じられるはずがありません。でもさやは笑顔で「本当だよ」と言いました。嘘だと分かっているのに、何も言えなかった。
その数日後、児童相談所の人が訪ねてきたのです。工事の震えを見て、私は確信しました。この家で何かが起きていたんだと。
でも、それだけじゃなかった。児童相談所の人がさやと話をした後、私に言った言葉を、私は今でも忘れられません。
「お孫さんは、あなたに言えないことがあるそうです」
さやが私に隠していたこと。それは工事のことだけではありませんでした。
工事は児童相談所の質問に答えられず、ただ震えていました。私はさやに問い詰めました。
「何があったの?本当のことを教えて」
さやは泣きながら言いました。
「おばあちゃん……ごめんなさい」
その言葉の意味を、私はまだ完全には理解できていません。でも、あの日々の違和感のすべてが、少しずつつながっていく気がします。
そして、私はひとつの決心をしました。この家で起きていることの真実を知るまでは、絶対に目を背けないと。



