「あなたの父は、処刑されたはずの武将よ」――そう言われた夜、私は西の門前の茶屋に足を踏み入れた。そこで待っていたのは、変装した将軍と、父の面影を宿した刺客だった。私が幼い頃から守ってきた紫の手拭いが、父の居場所を示す鍵だとは知らなかった。将軍は言った。「その手拭いの裏の家紋、見覚えがある」と。その瞬間、茶屋の戸が破られ、黒装束の男たちが襲いかかった。戦いの中、私は運命の真実を目の当たりにする…

「あなたの父は、処刑されたはずの武将よ」――そう言われた夜、私は西の門前の茶屋に足を踏み入れた。そこで待っていたのは、変装した将軍と、父の面影を宿した刺客だった。私が幼い頃から守ってきた紫の手拭いが、父の居場所を示す鍵だとは知らなかった。将軍は言った。「その手拭いの裏の家紋、見覚えがある」と。その瞬間、茶屋の戸が破られ、黒装束の男たちが襲いかかった。戦いの中、私は運命の真実を目の当たりにする...

その古びた紫の手拭いが、自分を将軍の前へと導く運命の糸だとは、千代はまだ知らなかった。十六の娘が、使い走りで稼ぐ日々の合間に、その布切れをそっと撫でるたび、母の声が蘇る。「お前の父上は、道を離れただけ。この手拭いが、いつか父上を呼び戻してくれる」と。だが、世間は皆、父は死んだと言う。千代だけが信じなかった。町の雑踏の中で、魚売りの声と鋏の音が交錯する中、千代は今日も品物を届けるため、小走りに駆けていた。米屋の主人は、彼女の記憶力を感心しきりだった。紙に書き止めなくても、一度聞けば間違えない。その才が、やがて災いを招くとも知らずに。

ある夕暮れ、小川のほとりで手拭いを眺めていた千代の背後から、重々しい声が響いた。「その手拭いは、どこで手に入れた?」振り返ると、古びた灰色の羽織に傘を深くかぶった老人が立っていた。その眼光は尋常ではなかった。この老人こそ、世の暮らしを自分の目で確かめるために、変装して町へ下りてきた将軍その人だった。千代はとっさに手拭いを胸に抱きしめ、「母から譲り受けたものです」と答えた。将軍の目が鋭く光る。「母は、どこにいる?」千代は唇を噛んだ。「母は、もう…」

将軍は手拭いの刺繍をまじまじと見つめ、何やら呟いた。それは、千代が幼い頃に母が口にした言葉と、まったく同じだった。「『紫の縁が、血の縁を呼ぶ』…そう言ったか?」千代の心臓が高鳴った。母は、この言葉を誰にも話したことはない。どうしてこの老人が知っているのか?将軍はゆっくりと、手拭いの裏に隠された家紋を指さした。「その紋は、かつてこの国を支えた武将のもの。だが、その武将は、謀反の罪で処刑されたはずだ」

千代の顔色が変わった。処刑されたはずの武将。それは、誰もが死んだと言い張る、自分の父のことではないか?将軍は低い声で続けた。「お前の父は、死んでいない。生きている。そして、お前の手拭いが、彼の居場所を示しているのだ」千代は震える手で手拭いを握り締めた。「どういうことですか?」将軍は口元に薄い笑みを浮かべた。「お前が真実を知りたければ、今夜、西の門前の茶屋に来い。そこで、すべてを明かそう」そう言って、将軍は振り返らずに歩き去った。

千代はその場に立ち尽くした。母は、父は生きていると言った。だが、自分はこれをずっと、母の願いが作り出した幻想だと思っていた。もし、将軍の言葉が真実なら、父はどこにいるのか?なぜ、処刑されたはずなのに生きているのか?千代の頭の中は、疑問で渦巻いていた。家に帰る途中、米屋の主人が声をかけた。「千代、どうした?顔色が悪いぞ」千代は無理に笑った。「何でもありません」だが、心の中は決まっていた。今夜、西の門前の茶屋へ行く。将軍が何を知っているのか、自分の目で確かめるために。

夜の帳が下りると、千代は手拭いを胸に忍ばせ、人気のない道を歩いた。西の門前に着くと、古びた茶屋が一軒、ひっそりと灯りを点していた。戸を引き開けると、そこには昼間の将軍が座っていた。彼の隣には、一人の老武士が控えている。将軍は千代を見て、ゆっくりと口を開いた。「来たな。では、話を始めよう。お前の父についての真実を」千代は息を呑み、将軍の次の言葉を待った。だが、将軍の口から出たのは、思いもよらない名前だった。「お前の父は、この国の影の軍師。そして、私は…」

その時、茶屋の奥から物音がした。将軍は即座に立ち上がり、刀の柄に手を置いた。「千代、下がれ!」次の瞬間、戸が勢いよく破られ、複数の黒装束の男たちが飛び込んできた。将軍は刀を抜き放ち、男たちと斬り結ぶ。千代は壁際に体を縮めながら、手拭いを強く握り締めた。この手拭いが、父を呼び戻すというのか。だが、今はそれどころではない。黒装束たちの一人が、将軍の背後に回り込もうとしていた。千代は目を見張った。その男の手首には、見覚えのある紫の結び目があった。父の手拭いと同じ、あの紫の糸で結ばれた紐だった。

千代は叫んだ。「待って! その紐は、どこで手に入れたの?」男が振り返る。その顔は、幼い頃に記憶している父の面影と、どこか似ていた。将軍も一瞬、動きを止めた。「千代、まさか…」男は千代を見つめ、低く嗄れた声で言った。「千代…お前なのか?」千代の手から、手拭いが滑り落ちた。父は生きていた。しかも、将軍を襲う刺客として、目の前に立っている。その事実が、千代の心を押し潰した。父はなぜ、将軍を狙うのか? そして、母が言っていた「この手拭いが父を呼び戻す」という言葉は、まさにこの瞬間のためにあったのか?

男は千代の手拭いを拾い上げ、しばらく眺めた後、静かに言った。「この手拭いは、俺が母に渡したものだ。そして、今はお前が持っている。母は…生きているのか?」千代は涙を堪えて首を振った。「母は、もう…三年前に病気で…」男の表情が苦しげに歪んだ。将軍は刀を収め、静かに男を見た。「よし、これで話は終わった。お前の真実を、この娘に話す時だ」男はうなずき、千代に向き直った。「千代、聞け。俺はお前の父、だが、ただの武士ではない。俺はかつて、将軍様の影の軍師として、国のために動いていた。だが、ある陰謀に巻き込まれ、謀反の罪を着せられた。死んだことにされて、俺はこの国を離れ、刺客として生きてきた」

千代は父の言葉を、一言も聞き漏らさずに胸に刻んだ。「でも、なぜ今、将軍様を襲うのですか?」父は将軍を一瞥し、苦い笑みを浮かべた。「将軍様も、当時は知らなかった。陰謀の全容を。今、将軍様は真実を知り、俺を呼び戻そうとしている。だが、陰謀の黒幕はまだ生きている。そして、俺がここに来たのは、その黒幕を討つためだ。将軍様を襲うことで、黒幕をおびき出そうとしたのだ」千代は理解した。父はずっと、無実の罪を着せられ、自分を犠牲にしてまで、真実を明らかにしようとしてきたのだ。

将軍は千代に言った。「千代、お前の父は、潔白だ。そして、国を守るために、今もなお戦っている。お前が持つ手拭いは、その証だ。これから先、お前も真実を背負うことになる。覚悟はあるか?」千代は、父の手拭いを強く握り返し、頷いた。「はい。父の真実を、私が守ります」その瞬間、茶屋の外で足音が響いた。父は警戒し、刀を握り直した。「来たな。黒幕の手先だ。千代、ここを出ろ。将軍様を守れ」千代は将軍の手を引き、裏口へと走った。背後で、父の刃が相手とぶつかり合う音が響く。千代は走りながら、心の中で誓った。必ず、父の無実を証明する。そして、黒幕を討つ。そのためには、まず将軍を安全な場所へ連れて行かなくては。

将軍は息を切らしながら、千代に言った。「西の砦へ行け。そこに、黒幕の証拠が隠してある」千代はうなずき、手拭いを胸に抱え直した。夜の闇の中を、二人は走り続けた。後ろでは、父の戦う音が次第に遠ざかっていく。千代は振り返らず、前方の砦を目指した。やがて、砦の門が見えてきた。だが、その門の前には、待ち構えていたかのように、数人の侍が立っていた。先頭に立つ男が、不気味な笑みを浮かべる。「よく来たな。将軍様、そして、使い走りの娘。ここで終わりだ」千代の手が、手拭いに伸びた。この布が、今度は何を導いてくれるのか。千代は、将軍の前に立ちはだかった。

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