「お前、全然成果出せなかったもんな。やっと転職するのか。いい判断だぜ。」 送別会の席で、課長代行の井川が笑いながら俺の頭をこづいた。時計メーカーに10年勤め、ようやく希望していた技術部への異動が決まったのに、その祝いの席で上司が放ったのは、まるで戦力外通告のような言葉だった。 「技術は向いてないからやめた方がいいと思うけどな。」…

「お前、全然成果出せなかったもんな。やっと転職するのか。いい判断だぜ。」 送別会の席で、課長代行の井川が笑いながら俺の頭をこづいた。時計メーカーに10年勤め、ようやく希望していた技術部への異動が決まったのに、その祝いの席で上司が放ったのは、まるで戦力外通告のような言葉だった。 「技術は向いてないからやめた方がいいと思うけどな。」...

井川は大きな声で、まるで祝いの言葉でも述べるかのように俺へ言い放った。
「お前、うちの課に来てから全然成果出せなかったもんな。やっと転職するのか。いい判断だぜ。ま、今夜はお前の送別会なんだし、どんどん飲めよ。ただし、きっちり割り勘だからそのつもりでな。」

俺は井川の言葉がまったく理解できなかった。混乱して黙り込む俺をよそに、井川はさらに続ける。
「っていうか、お前、次はどんな仕事をするんだ?技術は向いてないから、やめた方がいいと思うけどな。なんかさ、お前の提案って非現実的なんだよね。もう若くないんだから、もっと現実を見ろよ。」

そう言って、井川は俺の頭を軽くこづいた。俺の名前は高沢一。先月の誕生日で33歳になったばかりのサラリーマンだ。

俺は子供の頃から時計が大好きだった。時計店を営んでいた祖父の影響だ。祖父の手にかかれば、壊れた時計もあっという間に治った。それは、幼い俺にとってまるで魔法のようだった。俺は見よう見まねで自分の時計を分解しては元に戻せなくなり、何度も祖父に泣きついたものだ。それでも祖父は決して俺を叱らなかった。
「すぐ直してやるからな。」
そう言って、いつも優しく笑ってくれた。

そんな祖父のことが大好きだった俺は、ずっとそばにいてくれるものだと勝手に思い込んでいた。だが、時間というのは残酷だ。止まることを知らない。俺が中学2年生になる頃、祖父は病気で亡くなった。祖父がやっていた時計店は後継者がいなかったため、そのまま閉店することになった。俺はそれが本当に悲しかった。今でもその気持ちは変わらない。

祖父の死後、俺の時計への想いはさらに熱を帯びていった。詳しい仕組みを勉強し始めたのも、ちょうどその頃だ。そして大学卒業後、俺は「時計のカワサキ」という会社に就職した。そこは腕時計の生産量が国内1位の精密機器メーカーだ。就職するなら絶対に時計に関する会社と決めていた俺は、内定の連絡をもらった時、飛び上がるほど嬉しかった。

技術系の部署を希望していた俺だったが、配属されたのは総務課だった。まあ、何事も経験だ。無駄になることなんて、この世に何ひとつない。それは、今は亡き祖父がよく言っていた言葉だ。生きていれば納得できないことに出くわすこともあるが、その度に俺は祖父のこの口癖を心の中で唱えてきた。

そして今回もそうだ。人生というものは面白いもので、どんな状況でも頑張っていれば、必ず運は向いてくる。俺は祖父の言葉を胸に、与えられた場所で一生懸命働くことにした。

総務課の人たちはみんな朗らかで、とても働きやすい環境だった。特に課長の岸本さんは、新入社員の俺に対しても敬語で接してくれ、分からないことがあればすぐに聞ける環境作りに尽力してくれていた。岸本さんは、まさに理想の上司そのもののような素晴らしい人だ。俺は恵まれた職場で、社会人としての一歩を踏み出した。

それから約10年。ここまであっという間だった。総務課の仕事にも慣れてきた中、先日、突然俺に伝えられたのは、技術部開発課への異動だった。俺は以前から希望していた技術系の部署への異動に歓喜した。自分で言うのもなんだが、ここまで頑張ってきて本当に良かったと思う。

ところが、その異動が決まった後の送別会で、井川が放った言葉はこれだ。
「全然成果出せなかったもんな」――俺は総務課で10年間、一度も評価されたことがなかったのか?岸本さんのような素晴らしい上司のもとで、俺は必死にやってきたつもりだった。

俺はその場で何も言い返せなかった。ただ、井川の言葉が頭の中でぐるぐる回っていた。

翌日、新しい部署である技術部開発課の売店に向かった。総務課を離れるのは寂しいが、ここで俺は自分のやりたいことをやれるんだ。そう思うと、自然と足取りは軽くなった。

あの時の井川の言葉は、もしかすると、ただの嫉妬だったんだろうか。それとも、俺が実際に成果を出せていなかったという事実を突きつけられたのか。どちらにせよ、俺はこの開発課で、祖父のように、誰かの役に立つ時計を作ってみせる。そう心に決めた。

結果を出すためなら、どんな努力も惜しまない。祖父が遺してくれた言葉を、俺はもう一度噛みしめた。

「何事も経験だ。」

俺の挑戦は、ここから始まる。

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