「下請けは黙ってろ。立場分かってる?」——契約書をゴミ箱に捨てられた瞬間、5年前の屈辱が蘇った。あの時は泣き寝入りしたけど、今の俺は違う。仕事の合間に細かく記録してきた全てが、今この瞬間のためにあったんだと思う。彼は気づいていない。俺がただの下請けの社員じゃないことに。そして、その記録が彼の人生を狂わせる引き金になることにも。彼が捨てた契約書と、私が積み上げたノート。どちらが重いか、思い知ら…

「下請けは黙ってろ。立場分かってる?」——契約書をゴミ箱に捨てられた瞬間、5年前の屈辱が蘇った。あの時は泣き寝入りしたけど、今の俺は違う。仕事の合間に細かく記録してきた全てが、今この瞬間のためにあったんだと思う。彼は気づいていない。俺がただの下請けの社員じゃないことに。そして、その記録が彼の人生を狂わせる引き金になることにも。彼が捨てた契約書と、私が積み上げたノート。どちらが重いか、思い知ら...

「下請けは黙ってろ。立場分かってる?」

契約書をゴミ箱に捨てながら、元受けの課長がそう言い放った。この人は個人的な恨みを仕事に持ち込み、俺だけでなく会社にも迷惑をかけている。講師を混同するような人は課長にふさわしくない。そう判断した俺は、ある計画を実行する。結果、課長は地獄に落ちるはめとなった。

俺の名前は望月。35歳。中堅製造メーカーの一般社員だ。5年前、30歳になったばかりの俺に大きな仕事が舞い込む。それが沼田課長の会社との共同案件だ。

俺は技術者として培った経験と知識を生かし、製造工程の効率化提案書を作成した。それを見た沼田課長は俺をべた褒めした。

「これはいい提案書だな。社内で検討するために持ち帰ってもいいか?」

「え、いいですよ」

俺は何の疑いもなく了承した。すると数週間後、我が社と沼田課長の会社の共同会議で、沼田課長の考えた提案として発表されたのだ。しかも提案書は高く評価され、当時係長だった沼田課長は昇進した。

本人に直接問い詰めたが、帰ってきたのは馬鹿にした言葉だった。

「お前の考えた提案書という証拠はあるのか? 俺はお前より規模の大きい会社に務めていて役職も上だ。お前の言うことを誰が信じるんだ」

当時、俺は転職したばかりで後ろ盾や仲間がおらず、沼田課長より立場が圧倒的に弱かった。しかも相手は共同案件の相手とはいえ、会社の規模や立場は違う。結局、俺は泣き寝入りするしかなかった。

この件を教訓にした俺は、何をするにしても細かく記録を残すようになる。日付、場所、交わした言葉、相手の反応。覚えているうちに全部書き留めるのだ。

「望月さん、取引先の会議っていつやりましたっけ?」

「ちょっと待ってくださいね。メモ帳を確認するので」

「えっと、先週の木曜日、午後1時にやりましたよ」

「ありがとうございます。助かります」

2度と沼田課長のような人に騙されないようにという対策だったが、細かい記録は時として他の社員の仕事の手助けになり、俺の手柄として徐々に評価されるようになった。さらに周りに頼られるようになったおかげで仲間も増え、最近は仕事が楽しい。昼休みに後輩と笑いながら飯を食い、定時に仕事を片付けて帰れる日も増えてきた。気づけばあの頃の孤独が遠い話のように感じられる。

沼田課長には少しだけ感謝している。まあ、2度と関わりたくないけどね。誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

そう思っていた矢先のある日、部長から大型プロジェクトの仕事を依頼された。精密加工の専門技術が必要で、下請けを経由してうちに仕事が回ってくるらしい。

「なるほど。うちは3次下請けですね」

大型案件の場合、一社のみでは処理能力が足りないことがある。そういう時に使われるのが、仕事の一部を別会社に依頼する下請けだ。その下請け会社がさらに別の会社に下請けを依頼すると3次下請けと言われる。一部では安価で都合よく働かされるというイメージがあり、あまりいい響きに聞こえないが、今回に関しては我が社の技術を頼りにした依頼とのことだ。

うちは中堅で規模はそこまで大きくないが、熟練の職人が揃っている。俺もそれなりの技術力を有していた。

「元受けにも許可は取ってあるとのことだ。報酬もかなりいい。依頼内容的にうちの部署で1番向いているのがお前だ。引き受けてくれるか?」

「もちろんです」

いい経験になるだろうと思い、前向きな気持ちで承諾した。

「そういえば、元受けってどこですか?」

会社名を聞いた瞬間、承諾したことを早速後悔した。沼田課長の会社だったのだ。しかも下請けの連絡窓口は沼田課長とのこと。元受けに連絡する時は課長を通さなければならない。

頭の中で5年前の光景がよぎり、胸の奥にじわりと苦いものが広がる。

「どうかしたか?」

「い、いえ、なんでもないです」

平静を装いながら、内心では嫌な予感がしていた。しかし、仕事を断るわけにもいかない。俺は気持ちを切り替えて、プロジェクトを進めることにした。

初回の打ち合わせ。元受けの会議室に足を踏み入れると、そこには予想通りの顔があった。

「お前か。まさか下請けがお前の会社だとはな」

沼田課長は嫌味な笑みを浮かべながら、俺を見下すように言った。

「以前のことは水に流して、仕事をしっかりやらせていただきます」

俺はそう言って頭を下げたが、沼田課長の態度は変わらない。打ち合わせ中も、俺の意見をことごとく否定し、揚げ足を取るように発言を遮る。

「下請けの分際で生意気なことを言うな」

その言葉に、5年前の悔しさが鮮明に蘇る。だが、今の俺はあの頃の俺とは違う。俺はこの日から、密かに動き始めた。

打ち合わせの度に、俺は細かく記録を取った。日付、場所、交わした言葉、相手の反応。もちろん、沼田課長が俺の意見を否定し、自分の案を通そうとする場面も全て記録した。

数週間後、俺はその記録を元に、ある書類を作成した。それは沼田課長が俺の提案を自分のものとして発表し、さらに多数の部下にパワハラとも取れる行為を行っている証拠だった。

俺はその書類を、元受けの上層部に匿名で送った。送り主が自分だと分からないように、細心の注意を払って。

数日後、沼田課長が会社を解雇されたという噂を聞いた。さらに、過去の横領事件も発覚し、警察に捕まったという話まで流れてきた。

俺は窓辺に立ち、遠くの景色を眺めながら呟いた。

「因果応報、ってやつかな」

そう、すべては俺の記録が導いた結果だ。だが、俺の胸にはすっきりとした感情はなかった。ただ、静かな満足感があるだけだった。

あれから、俺は沼田課長の会社との取引を続けている。窓口は新しい担当者になったが、あの日の出来事を思い出すたびに、俺は記録を取る習慣の大切さを実感する。

「今日も、ちゃんと記録しておこう」

俺はペンを手に取り、今日の出来事をノートに書き始めた。

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