会議室で言い渡されたのは、たった一言だった。「お前はクビだ」。俺が開発したシステムで会社の業務効率は劇的に上がったのに、評価されたのは手柄を横取りした部長だけ。データを改ざんされ、責任を押し付けられ、誰も助けてくれなかった。だが、俺は泣き寝入りするつもりはない。退職届を出す前に、俺がこの会社に残そうとしているものがある。それは、誰も気づかないうちに動き出す――。 CTA:…

会議室で言い渡されたのは、たった一言だった。「お前はクビだ」。俺が開発したシステムで会社の業務効率は劇的に上がったのに、評価されたのは手柄を横取りした部長だけ。データを改ざんされ、責任を押し付けられ、誰も助けてくれなかった。だが、俺は泣き寝入りするつもりはない。退職届を出す前に、俺がこの会社に残そうとしているものがある。それは、誰も気づかないうちに動き出す――。 CTA:...

「まだ文句があるのか。なら首だ」
背筋が凍るような声が会議室に響いた。周囲は沈黙し、誰一人助け舟を出さない。
「…了解しました」
それだけを絞り出すのが精一杯だった。机の上のノートパソコンを閉じる音だけが、妙に大きく響いた。

俺が開発したツールで会社は救われたはずだった。それなのに評価されるのは、現場を知らないあの人だけ。責任を押し付けられ、成果を横取りされ、最後は首。この会社では、静かに結果を出す者より、声の大きい者が勝つのか。
拳を握った。俺は絶対に終わらない。

俺の名前は中原強。39歳。元々は中堅のシステム開発会社で業務系システムを手掛けていたが、家庭の事情で地元に戻り、今の製造業企業に転職した。
いかにも昭和の気風が残る会社で、最初は現場に近い業務支援課に配属された。いわゆる雑務だが、パソコンが使えるというだけで車内システムの運用やデータ集計まで丸投げされた。

俺には開発の経験があったし、何よりそこでやるべきことが見えた。入社してすぐ感じたのは、現場の混沌と非効率さだった。紙ベースの帳票、手書きの出退勤、売上管理や在庫の入力すらバラバラの形式。誰もが忙しそうにしているのに、無駄な作業ばかりしている。
何を改善すればいいかなんて、黙って見ていればすぐにわかる。だから俺は言われる前に動いた。正式なプロジェクトじゃなくていい。まずは業務効率を少しでも良くするため、独自にツールを作り始めた。

最初はエクセルのマクロを使った入力支援ツールだったが、それが意外と好評だった。そこから少しずつ改良を重ね、部門ごとの要望も取り入れた。気づけば部内のほとんどの業務がそのツールで完結するようになっていた。営業部からも「これがないと日報が回らない」「月末処理が3日早く終わるようになった」と喜ばれた。
俺の中には、少しだけ誇らしい気持ちもあった。だがその評判が、間違った形で上層部の耳に届いた時から空気が変わった。

杉内博。管理本部の部長。現場叩き上げで根性論を信奉する、昭和の象徴みたいな男だった。彼にとって仕事とは汗をかくものであり、キーボードを叩く俺の姿はサボっているようにしか見えないらしかった。
部長に呼び出された時も、俺は何をしてきたかを丁寧に説明したつもりだった。だが「パソコンばっかりいじって、そんなもんで仕事した気になってるのか」と一蹴された。言い返す気にもならなかった。数字で示しても意味がない。価値観がまるで違う。

それでも俺は反論しなかった。現場と対立してもいい結果にはならないことを知っていたからだ。ただ黙って役に立つものを出し続けよう。誰かの助けになるなら、それでいい。自分の名前が出なくても。
そう思いながらツールを改善し続けたけれど、事態は悪い方向に進んでいった。

杉内は、いつの間にか俺のツールを自分の指示で導入させたものとして上層部に報告していた。実際に俺が作ったものなのに、報告書には俺の名前すら載っていない。「杉内君は現代的な業務改革に明るい」と社長から褒められていたらしい。
俺が地道に積み重ねた努力は、全てなかったことにされた。それでも声を上げることはしなかった。反論したところで、また「文句を言うな」「現場を知らない」と押さえ込まれるだけだと分かっていたから。

あの時までは。
俺が沈黙を貫いたところで、状況が改善することはなかった。むしろ事態はさらに悪化した。

ある日、部内で経費申請の大きな漏れが発覚した。営業支援課からの交通費、接待費の入力データが丸ごと処理されていなかったのだ。当然営業現場は激怒し、支払い処理は遅れ、信用問題にまで発展しかけていた。
調査が入り、集計ミスの原因は現場の入力漏れとされた。だが話はそこで終わらなかった。同じツールを使っていたのは俺の部門だけではなかったのに、なぜか俺が作ったシステムの不具合だと決めつけられたのだ。

「お前の作ったもんで、会社にどれだけ損害が出たと思ってるんだ」
杉内は面と向かってそう言った。データは全て俺がチェックしていた。入力漏れは現場のミスだという客観的な証拠もあった。だが誰も俺の話を聞こうとしなかった。
「責任を取れ」
その一言で全てが決まった。

評価されることもなく、守られることもなく、ただ使われて捨てられる。この会社に居続ける意味なんて、もう何もない。
だが、そのまま黙って消えるつもりはなかった。荷物をまとめながら、俺は手元に残っていたデータに目を通した。

ツールの開発履歴。導入実績。改善要望のメール。全てが証拠になる。俺が作ったものが、どうやって杉内の手柄として報告されたか。その記録は、システムの中に残っている。
「もう終わりにしよう」
そう思った瞬間、頭の中に一つの計画が浮かんだ。

退職届を出す前に、俺がやるべきことがある。
このまま去るのは簡単だ。だが、それで俺の10カ月は何だったのか。誰も気づかないまま、消えていいのか。
いや、違う。

俺は、この会社に一つだけ忘れられないものを残してやるつもりだ。
誰も気づかないうちに。

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