特許契約の更新のために取引先を訪れた瞬間、部長の安村は書類も見ずに冷たく言い放った。
「サインだけしてやるから書類だけ置いて帰れ。うちの特許自体は必要だが、お前たちと話す暇はない。」
背を向けてタバコに火をつけるその姿を、俺はただ睨みつけることしかできなかった。
俺は石井、55歳。機械部品を製造する小さな会社の社長だ。
開発者として特許を取ったバネは、耐久性と精密な過重特性を両立させた独自製法の主力製品で、年間ライセンス料は5000万。これがうちの生命線だ。
若い頃、油まみれになって試作品を何百本も潰し、疲労試験機の前で夜を明かしてようやく辿り着いた数値。図面を真似されたところで、この製法までは再現できない。
3年前からこの安村という男のいる産業機械メーカーに納品している。
出会って間もない頃、彼は俺にこう言った。
「俺は有名大学を出て順調に出世してきた。こんな鉄臭いボロ工場で働くあんたたちとは違うんだ。」
取引先だからとこらえたが、会うたびに遅刻、ドタキャン、暴言。下と見た人間には酷い態度を取るくせに、上層部にはすり寄るのが上手いと聞いた。
毎年一回のライセンス契約更新のたびに、この男と顔を合わせるのが憂鬱で仕方なかった。
最近は営業担当の枝島に窓口を任せていた。入社10年の真面目で誠実な男だ。
その枝島が、今朝は妙に沈んだ顔で俺の前に立っている。
「社長……」
「どうかしたのか?」
彼は苦しそうに言葉を絞り出した。
「安村部長に……『お前たちのような小さな会社に、うちの時間を割く余裕はない』と言われました。契約更新の話も、まともに聞いてもらえませんでした」
俺の心の中で、何かが音を立てて折れた。
これまで侮辱に耐えてきたのは、仕事のため、社員のためだった。
だが、誠実にやってきた枝島にまでああいう態度を取る安村を、もう許す気はなかった。
翌日、俺は弁護士のところへ行った。
特許のライセンス契約を解約するための準備を始めるために。



