息子の結婚を、私はSNSで知った。幼馴染みの投稿に写る見知らぬ女性と並ぶ息子の笑顔。「なぜ教えてくれなかったの?」と尋ねると、彼は軽くこう言った。「ごめん、忘れてた」。34年間、給料のほとんどを息子に注ぎ込んできた私への返事が、まさか「忘れてた」だなんて。950万円の教育費も、月5万円の仕送りも、全てが「重い心配」だと言われ、距離を置きたいとも言われた。そして最後に届いたメッセージ——「今度…

息子の結婚を、私はSNSで知った。幼馴染みの投稿に写る見知らぬ女性と並ぶ息子の笑顔。「なぜ教えてくれなかったの?」と尋ねると、彼は軽くこう言った。「ごめん、忘れてた」。34年間、給料のほとんどを息子に注ぎ込んできた私への返事が、まさか「忘れてた」だなんて。950万円の教育費も、月5万円の仕送りも、全てが「重い心配」だと言われ、距離を置きたいとも言われた。そして最後に届いたメッセージ——「今度...

「あ、ごめん。すっかり忘れてた」— その言葉が電話越しに聞こえた時、私の心臓は止まるかと思った。自分の息子が結婚したことを、彼の幼馴染みのSNS投稿で知ったのだ。「とひ君、結婚おめでとう」という文字と、見知らぬ女性と並ぶ息子の笑顔。指が震えながらコメント欄をスクロールすると、祝福の言葉がいくつも続いていた。信じられない気持ちで友人に電話をすると、彼は気まずそうに言った。「ああ、そうそう。この間入籍したんだ」。なぜ教えてくれなかったのかと息子に尋ねると、彼は軽い口調で答えた。「ごめん、忘れてた。バタバタしててさ」。

私は島田け子、58歳。地元の総合病院で受付の仕事をして34年になる。若い頃は看護師になりたいという夢もあったが、息子のとひを授かってからは安定した収入を得られる受付の道を選んだ。毎朝7時には病院に到着し、患者さん一人ひとりに笑顔で接してきた。息子が生まれた時、夫と誓った。「この子には何不自由ない教育を受けさせよう」と。幼稚園から大学まで、全ての教育費を私たちが負担した。総額950万円。私の給料のほとんどを息子の将来に注いできた。大学院に進学したいと言った時も、迷わず支援した。月12万円の生活費を2年間。就職が決まった時にはスーツ代や引っ越し代として30万円、新居の家電一式に50万円。そして今でも月5万円の仕送りを続けている。とひは優しい子だった。「母さん、いつもありがとう」と言って私の肩を抱いてくれた。その温もりを今でも覚えている。

しかし、最近何かが変わってきた。連絡の頻度が減り、「会いたい」と言っても「忙しい」の一言で断られるようになった。夫の雪夫も心配そうに言っていた。「あいつ、最近冷たくないか?」。私は息子を信じたかった。きっと仕事が忙しいだけだと。そんな中、ある日突然、こんなメッセージが届いた。「母さん、今月から仕送りいらないから」。一瞬嬉しさを感じた。経済的に自立できたのだと。しかし、続く言葉に息が止まった。「っていうか、もう連絡してこないで」。スマホの画面を見つめたまま、手が震え始めた。慌てて電話をかけると呼び出し音が鳴り続けるばかり。3回目でようやくとひが出た。「何? 忙しいんだけど」。冷たい声に戸惑いながら私は尋ねた。「あのメッセージの意味は?」「そのままの意味だよ。もう俺たちに関わらないで欲しいんだ」。俺たち——その言葉に私は気づいた。とひだけではない。誰かが一緒にいるのだ。「彼女は関係ないでしょう。とにかく母さんには俺の人生に口出しして欲しくないの」。「口出しなんてしていないわ。ただ心配で…」「その心配が重いんだよ。わかんないかな?」。心配が重い——その言葉が胸に突き刺さる。「でも、私はあなたの母親よ」。「うん。だからこそ距離を置きたいんだ。母さんみたいな人と一緒にいると恥ずかしいから」。恥ずかしい——その意味がすぐには理解できなかった。「どういう意味?」「母さんって、何ていうか古臭いじゃん。見た目も考え方も…」。その言葉に、私は何も言えなくなった。

あの瞬間、34年間の全てが無意味だったのかと思った。朝早くから病院で働き、給料のほとんどを息子に注ぎ、彼の未来だけを考えて生きてきた。なのに、息子にとって私は「古臭い」存在で、「恥ずかしい」存在だったのだ。翌日、私は病院の受付に立っていた。いつも通り笑顔で患者さんを迎えながらも、頭の中は真っ白だった。午後、ふとスマホを見ると、とひからメッセージが届いていた。「今度、彼女と食事に行くことになったから」。一瞬、何かが変わるのかと思った。しかし、次の文を読んだ時、私は悟った。「だから、その時は来ないで」。来ないで。またその言葉。私は深く息を吸い、スマホをバッグにしまった。そして、デスクの引き出しから一冊の通帳を取り出した。そこには、これまで息子に送ってきた全ての金額が記録されている。私はその通帳をじっと見つめながら、一つの決意を固めようとしていた。このまま何も言わずに黙っているべきなのか、それとも——。受付の電話が鳴った。私は通帳を引き出しに戻し、受話器を取った。「はい、島田総合病院、受付です」。その声は、いつもより少しだけ事務的だった。

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