「おい、ホームレスだろ?ホームレスが銀行に何の用があるんだ?」
普段から利用している銀行に、いつも通り来店した俺。入口で見知らぬ男にいきなりそんな言葉を投げかけられた。
「ほ、ホームレス?俺がですか?」
「そうだ。そんな汚い格好して、ホームレス以外に何がある?ホームレスの来店はお断りだ」
俺は仕事の合間に来たから、作業着を着ているだけだ。それはいつものことだ。だが、今までホームレス扱いされたことなんて一度もなかった。
聞けば、こいつはこの店の新しい店長らしい。
こんな立場の人間が、利用者をホームレス扱いして追い返そうとするなんて、信じられなかった。
「さすがにその発言は失礼じゃないですか?」
「何が失礼だって言うんだ。お前臭いんだよ。他のお客様に迷惑だろ。とっとと出てけ」
なんとか思い違いを解こうとするが、全く話を聞いてくれない。野良犬を追い払うように、しっしっと手を振られてしまった。
そうか。そちらが分かってくれないなら、こっちにも考えがあるぞ。
我慢ならなくなった俺は、スマホを取り出して電話をかけた。この電話が、目の前にいる男のエリート人生を終わらせることになるとは、彼はまだ知らない。
俺の名前は小倉サト。従業員十数人の小さな会社を経営する経営者だ。おかげさまで事業は順調で、満足いく生活を送れている。
しかし、今の俺からは想像できないほど、俺が育った家庭は貧しかった。
「母ちゃん、ご飯足りないよ」
「ごめんね。今日はもうこれしかないんだよ」
その日暮らしの生活で、食べるご飯もギリギリ。よくお腹を空かせたものだ。
俺の家は早くに父親を亡くしていて、母一人で仕事をしながら家計を支えていた。母は朝晩ほとんど休まず働いていたが、それでも小さな俺を育てるのはかなりきつかったらしい。
母と過ごす時間も少なく、食事も満足に食べられない子供時代だったが、母の頑張っている姿を見ていた俺は、我慢するしかなかった。
家計を豊かにするには、俺が早く働き始めるしかない――ということは、常に頭の片隅にあった。
そして中学三年生になり、進路を決めなければいけない時期になっても、相変わらず貧乏なままで、うちの家には俺を高校に進学させるだけの余裕はなかった。
みんなが高校進学の話や受験に忙しくする中、俺はそれを羨ましく見るしかなかった。
担任の先生からも「お前は高校に行かないのか?」と聞かれたが、俺は「家の事情で」とだけ答えた。
本当は行きたかった。でも、母にこれ以上負担をかけるわけにはいかなかった。
中学を卒業した後、俺はすぐに働き始めた。最初は小さな工場での日雇い仕事だった。給料は安かったが、母の負担を少しでも減らせることが嬉しかった。
「サト、無理しなくていいんだよ」
「大丈夫だよ、母ちゃん。俺もう大人だから」
そう言っても、母は心配そうな顔をしていた。
働き始めて数年が経ち、俺は仕事を覚えるのが早いと評価されるようになった。工場での経験を活かして、少しずつステップアップしていった。
そして、思い切って小さな会社を立ち上げることを決めた。
最初は一人で始めた小さな事業だったが、コツコツと努力を重ねて、今では十数人の従業員を抱えるまでになった。
「社長、無理しすぎですよ」
「大丈夫だ。みんなのおかげでここまで来られたんだから」
事業は順調に軌道に乗り、生活にも余裕ができた。母にもやっといい暮らしをさせてあげられる。そう思っていた。
ある日、銀行で融資の相談をするため、いつもの銀行に行った。作業着のままで、いつも通りに。
そして、あの店長の言葉が飛んできた。
「お前ホームレスだろ?」
「ホームレスが銀行に何の用があるんだ?」
目の前に立つのは、見覚えのない男。新しく店長になったらしい。
「そんな汚い格好して、ホームレス以外に何がある?ホームレスの来店はお断りだ」
俺は作業着だった。仕事の合間に来たからだ。いつものことだ。
「これは仕事着です。Youはホームレスじゃない」
「嘘をつくな。臭いんだよ。出て行け」
店長は俺の話を全く聞こうとしなかった。周りの客も、ヒソヒソとこちらを見ている。
俺は耐えられなくなって、スマホを取り出した。
「わかりました。じゃあ、あなたの上司に確認します」
「上司?ふん、どうせホームレスにわかるわけがないだろうが」
俺は銀行の本店に電話をかけた。
「お世話になっております。小倉と申しますが、支店長様はいらっしゃいますか?」
電話の向こうで、すぐに対応が始まった。
数分後、支店長が走ってきて、俺の前に頭を下げた。
「小倉社長!どうなさったんですか?!」
「いや、どうやら私のことはお店のルールでお断りらしいんで」
「そんな!誤解です!あなたは我々の大切なお客様です!」
支店長は店長を怒鳴りつけた。
「お前、何てことをしたんだ!小倉社長は当行の大口取引先の社長様だぞ!」
店長の顔色が真っ青に変わる。
「え、でも、作業着で……」
「作業着だろうが何だろうが、関係ないだろう!すぐに謝れ!」
店長は震えながら、俺に頭を下げた。
「す、すみませんでした……」
「いや、もういいですよ。ただ、これからは見た目だけで人を判断しないようにしてください」
そう言って、俺は銀行を後にした。
後日、あの店長は更迭されたと聞いた。
「サト、すごいじゃないか」
母は笑った。
「母ちゃんにいい暮らしをさせてあげられて、よかった」
俺の人生は、貧しかったけれど、決して恥じるものではない。
見た目で人を判断するのは、もうやめにしよう。誰にだって、それぞれの事情があるんだから。



