「ババーは体育で十分でしょう。」…

「ババーは体育で十分でしょう。」...

「ババーは体育で十分でしょう。」
息子の嫁から放たれたその言葉が、私の心を凍りつかせた。60年の人生で、こんな屈辱を味わったことがあっただろうか?いや、ない。

私は坂本と申します。27年間、名古屋の小さな花屋で働き続けてきました。そして今日は、息子の直の結婚式当日です。この日のために、500万円もの援助を決めていました。夫の秋彦と2人、幸せな気持ちで式場へ向かったはずでした。

けれども、受付で渡された招待状を見た瞬間、私の胸に冷たい何かが走りました。秋彦さんの名前は最前列に。しかし、私の名前はどこにも見当たりません。

信じられない思いで見つめるそこには、明らかな事実が突きつけられていました。夫の席だけがあって、母親である私の席はどこにも用意されていなかったのです。

私はこれまで、息子のためだけに生きてきたと言っても過言ではありません。28年前、小さな命を胸に抱いた時の感動を、今でも鮮明に覚えています。夜中に泣く音を抱きしめながら、この子のためなら何でもできると心から思いました。

花屋で働きながら育児をする日々は、決して楽ではありませんでした。朝5時に起きて8時間立ちっぱなしで接客をし、帰宅すれば家事との戦い。それでも、息子の笑顔を見るだけで疲れなど吹き飛んでいったのです。

教育費として注ぎ込んだお金は、総額800万円以上になります。幼稚園から大学まで、私と秋彦さんの給料のほとんどを直の将来のために使いました。そして結婚式の費用をお願いできると頼まれた時、迷いなく500万円を渡す約束をしました。さらに、マイホーム購入では頭金として300万円を援助しました。

全ては息子の幸せのため、母親として当然のことだと信じていました。けれども、今日その全てが音を立てて崩れ去ろうとしています。

受付での違和感は確信へと変わっていきました。私は秋彦さんと共に廊下で待機していた直の元へ向かいました。息子の横には美咲さんが寄りそうように立っています。

「直、あの、私の席が見当たらないんだけど。」

そう尋ねた瞬間、直の目が泳ぎました。

「あ、それは…」

直が言葉に詰まると、美咲さんが口を開きました。

「あら、お母さん、席、ちゃんと用意してありますよ。」

その声は明るいのに、どこか真が冷たく感じられました。

「でも、招待状には…」

「招待状は、会場の都合で急遽変更になったんです。当日のご案内になりますから、ご安心くださいね。」

美咲さんの笑顔は完璧でしたけれども、その目は笑っていません。不安を抱えたまま、私たちは再び受付の方に確認することにしました。

秋彦さんが丁寧に訪ねます。

「すみません。妻の席について、新郎に確認したのですが、当日案内とのことでした。どちらの席になりますか?」

受付のスタッフは、手元の席次表を見つめたまま、少し間を置きました。

「あの、申し訳ございません。お母様のお席は…」

その言葉は最後まで続きませんでした。受付のスタッフは、何かを割り切ったように顔を上げると、低い声で言いました。

「お母様のご席は、後方の「その他」のテーブルにご用意しております。」

「その他」?私の耳を疑いました。最も近しいはずの家族が、まさか「その他」扱いされるなんて。

「ちょっと待ってください。私、今日までずっと準備に関わってきたのです。それなのに、どうして…」

私の声が震えました。秋彦さんが私の肩に手を置きました。

「カズコ、落ち着こう。何かの間違いかもしれない。」

でも、間違いではありませんでした。披露宴が始まり、私たちは後方のテーブルに案内されました。そこには、遠い親戚もいるかどうか分からない人たちが数人座っているだけ。

司会者の声が響きます。

「新郎新婦、ご入場です!」

拍手の中、直と美咲さんが入ってきました。美咲さんは幸せそうに微笑んでいます。直も。私たちの存在に気づいているのかいないのか、一度もこちらを見ません。

乾杯の発声は、美咲さんの上司が務めました。続いて、祝辞。美咲さんの友人、会社の同僚、そして直の友人たちが次々と壇上に上がります。

そして、最後のスピーチの時間。

「お母様、一言お願いします。」

司会者の言葉に、会場の空気が変わりました。美咲さんが立ち上がります。

「お母様は、今日は体調がすぐれないということで、スピーチはご遠慮いただくことになりました。」

会場がざわめきました。私は立ち上がろうとしましたが、秋彦さんが固く手を握ってきました。

「やめろ、カズコ。ここで騒いだら、息子の晴れの場を台無しにするぞ。」

私は唇を噛み締め、座ったまま耐えました。涙がこぼれそうになるのを必死に堪えながら、美咲さんの完全なスピーチが始まるのを聞いていました。

「直と出会った時、彼の優しさに心を打たれました。でも彼の一番の魅力は、私を一番に考えてくれるところです。実は、私の母は幼い頃に他界しています。なので、私にとっての『お母さん』は直と私が作り上げる、これからの私たちの家族の中にいるお母さんです。だから、今日からは、私たち二人がお父様をしっかり支えて、幸せな家庭を築いていきます。」

私は何も言えませんでした。ただ、手のひらに爪が食い込むのを感じていました。

披露宴が終わり、私たちはお見送りの列に並びました。

直が私の前に立ちました。

「母さん、今日はありがとう。」

でも、目が合いません。

「直、あの席のことは…」

「母さん、ごめん。美咲がそうしたいって言ったんだ。」

「そうしたいって…どうして?」

「だって、母さんが一番になると、美咲が嫌がるんだ。俺の人生は美咲が一番なんだよ。」

言葉が出ませんでした。直はそう言うと、美咲さんの隣に戻っていきました。

その夜、私たちは何も話せずに帰路につきました。秋彦さんも、部屋に入ると何も言わずに酒を飲み始めました。

翌日、携帯電話に一本のメッセージが届きました。

「お母様、昨日はお越しいただきありがとうございました。今後の私たちの生活のために、直との連絡は、私を通して行っていただけると助かります。また、お越しになる際は事前にご連絡ください。美咲」

私はそのメッセージを何度も読み返しました。長年かけて積み上げてきたものが、全部否定された気がしました。

しかし、私はまだ決めていません。このまま黙って引き下がるべきなのか、それとも、無視された私の存在を、息子に思い出させるべきなのか。

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