結婚式の会場に、冷たい嘲笑が響き渡った。今日は、私のたった一人の娘・美穂の晴れの日。それなのに、私は一人、あざけりの視線を浴びせられていた。
「ねえ、あの着物、どう見ても安物じゃない?」「パートで食いつないでるんだってよ。やっぱり育ちが出るわね」「なぜ、あんなところの娘さんと…」
招待客たちのひそひそ話が、私の心をえぐる。私は唇を噛みしめ、必死に耐えた。今日だけは、娘のために。だが、極めつけは、姑の高子のスピーチだった。
「今回、嫁に美穂さんをお迎えするにあたり、絶対に譲れない条件があります。それは、母親との絶縁です」
えっ―。その言葉に、美穂の顔色が一瞬で変わった。「だって、あんな母親、我が家の家計にはふさわしくないでしょう?」
会場が、どっと笑いに包まれた。私は静かに席を立った。こんな侮辱、耐えられるはずがない。
「待って、お母さん!」
娘が駆け寄り、震える声で問いかけた。「お母様、母の職業を本当にご存じないのですか?」
「はあ?興味ないわ。どうせパートでしょう」
高子は花で笑う。私は娘の手をそっと握り、まっすぐ前を向いた。
「あなたのお気持ちはよくわかりました。では、30億の契約開発との締結を解除させていただきます」
「え?」
高子の笑い声が、ぴたりと止まった。そして、私の正体を知った高子と来客たちは、パニックに陥るのであった。
私は、騒き千陰。暴力を振るう夫と離婚した過去を持つ。元夫は、言葉は悪いが、実はクズ男だった。離婚後、夫からの養育費は一度も振り込まれず、極貧の生活を強いられた。それでも、私は幼い娘・美穂を育てなければならなかった。泣き言を言っている暇はなかった。
稼ぎを得るため、夜明け前にはオフィスビルの清掃に入り、夕方からは設備点検のパートに出た。睡眠時間を削って現場へ行き、懸命に働いた。
娘の美穂は、私の苦労を見て育った。時には私に多少の反発もあったが、弱音を吐かずに働く私の背中を見て育った美穂は、優しさと正義感を持つ、まっすぐな女性に育った。
美穂は努力を重ね、優秀な成績で学業を終える。そして、総合商社への内定を勝ち取った。ある日、私は美穂に尋ねた。
「何か悩みごとかしら?」
美穂はそらしながら首を振った。「ううん、何でもない」とだけ答えた。だが、明らかに何かを抱えているようだった。仕事のストレスかしら?それともマリッジブルーなのかな?
その翌週、美穂は私を連れて、彼の実家での顔合わせに行くと言った。私は、古びたスーツを着て、恥を忍んで会場に向かった。だが、その会場で待っていたのは、私と美穂を罵倒する、高子という姑の姿だった。
高子は、私を「貧乏臭い」と嘲り、美穂の「育ちの悪さ」をなじった。私は、娘のために耐えた。だが、高子が「絶縁」という言葉を口にした時、私は限界を感じた。
私は決断した。この場で、全てを明かすべきだと。
「美穂、あなたには言っていなかったけど、私はね…」
私は、静かに真相を語り始めた。実は、私は、あの大手ゼネコン「騒動建設」の経営者であり、総資産30億を超える会社を一代で築き上げた女社長なのだと。
「清掃のパートは、あなたに甘い生活をさせないため、そして、人の苦労を理解する人間に育てるために、あえて続けていたの」
美穂は、涙を浮かべて私を見つめた。「お母さん…」
高子は、青ざめた顔で何か言おうとしたが、言葉にならなかった。私は、高子に向き直り、冷徹な口調で言い放った。
「契約解除は、撤回しないわ。あなたのお宅のような、他者を見下す人間と、取引するつもりはないから」
私は、美穂の手を引いて、会場を後にした。背後で、高子の喚く声が聞こえたが、私は振り返らなかった。
あの日、私は娘のために耐えた。だが、娘の幸せを壊すような相手とは、決して組まない。それが、一人の母としての、そして、一人の経営者としての、私の誇りだった。



