私の名前は深川あ彩、32歳の会社員です。本社に勤めていましたが、ここ数年は研修を積むために全国各地の支社を渡り歩いてきました。支社での仕事は本社にいるだけでは分からないことが多く、とても勉強になりました。しかし、一つの場所に長く留まることができず、あちこちを転々としたおかげで、この歳になってもまだ独身です。
それでも、私はまだまだ未熟だと思っています。学ばなければならないことはたくさんあります。今は会社と結婚したと思って頑張る時期だと自分に言い聞かせ、全力で仕事に取り組んできました。
そして今日、各地での経験をまとめるため、久しぶりに本社へ戻ってきました。久しぶりに見る本社の建物は、相変わらず大きくて圧倒されます。支社は個人向けの建物が多かったからです。
懐かしい気持ちで入口をくぐると、先輩らしき社員が外へ出ていこうとしているところで、その後ろを新人らしき若者が慌てて追いかけていく場面に遭遇しました。少し脇に寄って彼らを通した後、振り返りながら私は微笑ましくなりました。私も新人の頃は、ああして先輩についていくので必死だったことを思い出したからです。
フレッシュでやる気に溢れた人材を育成するのも、先輩社員の仕事です。私も新人の頃は、厳しくも優しい先輩方にたくさんお世話になってきました。こういった経験は、私の中でとても重要なものになっています。心の中で新人社員にエールを送りながら、私は改めて会社の入口をくぐりました。
エレベーターで自分の階へ向かい、会議室に入ると、そこには数名の社員が集まっていました。部長もいらっしゃいます。私が挨拶をしようとしたその時、後ろから見覚えのある若い声が聞こえました。先ほどロビーで見かけた新人社員です。彼は何やら先輩に文句を言っているようでした。
「なんで俺がこんな仕事やらなきゃいけないんですか」
彼は不満そうな顔で、机の上の書類を指差しています。私は驚きましたが、とりあえず会議が始まるまで黙っていることにしました。しかし、彼の不満は止まりません。
「どうせ俺は新人ですからね。雑用ばかり押し付けられて」
先輩社員が困った顔で説明しようとしますが、彼は聞く耳を持ちません。ついに部長が口を開きました。
「おい、そんな言い方があるか」
すると、新人社員は逆ギレしました。
「お前の親父が部長だからって、偉そうにするなよ」
この言葉には私も驚きました。彼は部長のことを名前で呼び捨てにし、しかも「お前の親父が部長だからって」と言ったのです。どうやら彼は、部長の息子か何かと思っているのでしょう。しかし、それは大きな誤解でした。
部長は静かに立ち上がりました。
「お前、俺が誰だと思っているんだ」
「知るかよ。部長の子分だろうが」
部長は深く息を吐き、彼に近づきました。
「俺は部長の息子でも何でもない。俺自身がこの会社の部長だ」
新人社員は一瞬固まりましたが、まだ信じていない様子です。
「嘘だ。そんなはずない」
「証書が要るか?それとも名札で確認するか?」
部長は自分の名札を外して、彼の目の前に差し出しました。そこには「部長」としっかり刻まれています。新人社員の顔色が変わりました。
「あ、あの……すみません」
「すみませんで済む問題じゃないだろう。お前は先輩に対しても、会社に対しても不敬な態度を取りすぎている」
部長は厳しい声で言いました。新人社員はうつむき、ただ謝るばかりです。
「わ、わかりました。以後気をつけます」
「気をつけるだけじゃ駄目だ。謝罪と反省が足りない。お前はまだまだ修行が足りないようだな」
私はその場の空気に耐えきれず、そっと口を挟みました。
「部長、新人の頃は誰でも失敗します。私も色々やらかしましたからの」
部長は少し表情を緩めて、
「確かにな。深川さん、お前も若い頃は派手にやらかしたからな」
新人社員はまだ顔を上げられずにいます。私は彼に優しく声をかけました。
「大丈夫ですよ。私も最初はここまで来るのに時間がかかりましたから」
すると彼はようやく顔を上げ、涙目で「すみませんでした」と謝りました。それから、その日の会議は滞りなく進みました。
帰り際、新人社員が私に声をかけてきました。
「深川さん、さっきは助けていただいてありがとうございました」
「いいえ、誰にでも失敗はありますよ。でも、学ぶことを忘れなければ、いつか必ず大成します」
彼は力強く頷きました。私は微笑みながら本社を後にしました。
この出来事は、私にとって大事な教訓になりました。人の上に立つ者も、下の者も、互いに尊重し合うことが大切なのだと。そして、自分が経験してきたことは、決して無駄ではないのだと。
仕事はまだまだ続きます。私はこれからも、一つひとつの出会いを大切にしながら、前に進んでいこうと思います。



