母が病でこの世を去ったのは、私が中学三年の春だった。落ち込む私を支えてくれたのは父だけだったが、その三年後、父は再婚を決めた。連れてこられたのは、若くて美しい女性。しかし、その瞳の奥に何か鋭いものを感じ、私は不安を覚えた。
「よろしくね、きかちゃん」
継母は微笑むが、その笑顔はなぜか心に引っかかる。父が長期の海外出張に出ると、継母の態度は見る間に変わった。私への当たりは強くなり、家の中は静かで冷たい空気に包まれた。
そんなある日、インターホンが鳴った。玄関には、髪を振り乱した女性が立っている。
「きかちゃん、話があるの…」
その女性、じこは震える声で言った。何か嫌な予感がする。
じこは私の夫、サトシの名前を口にし、こう続けた。
「サトシの子どもを授かったの…」
私は耳を疑った。サトシは何も言わず、ただ俯いている。
「ねえ、サト、本当なの?」
必死に問い詰めると、サトシは低い声で吐き捨てた。
「ああ、本当だ。悪いけど、俺には不妊の妻を抱えてやる余裕はないんだよ」
その言葉に、私は全ての力が抜けるようだった。私だって好きで不妊なわけではない。涙が止まらず、頬を伝う。しかし、サトシの表情は一切変わらなかった。
「もういい。俺には職場の若い女がいる。20代で未来もあって、俺を立ててくれるいい女だ。ババアのお前なんかと違ってな」
そう言い放つと、サトシは背を向け、その場を立ち去った。私は離婚届に震える手でサインをした。荷物をまとめて家を出る時、じこは勝ち誇った笑顔を浮かべて私を見送った。
それから十二年。時は流れ、父の葬儀の日。香の匂いが立ち込める中、私は父の遺影に手を合わせていた。すると、背後から聞き慣れた声がした。
「久しぶりね、きかちゃん。ちょっと老けたんじゃない?」
振り返ると、そこには濃い化粧をまとったじこの姿があった。かつてと同じ、あの勝ち誇った笑みを浮かべて。
しかし、今の私は違う。誰にでも弱さを見せていたあの日々はもう終わった。私は深く息を吸い込み、まっすぐにじこの目を見つめ返した。
「人の心配より、そちらこそ今後の生活は大丈夫なんですか? 私が真実を明かしたおかげで、あなたの笑顔も余裕も消えましたよね」
じこの表情が固まる。そして、父と私を裏切った二人は、やがてその報いを受けることになる。



