俺は処方箋をじっと眺めた。ロキソプロフェンとアムロジピン。組み合わせ自体は珍しくない。だが、この患者は63歳の男性で、すでに高血圧の薬を飲んでいる。そこに痛み止めが加わったということは、慢性的な痛みを抱えているということだ。膝か腰か、あるいはその両方か。
俺の名前は高梨。町の小さな薬局で働く薬剤師だ。
「高橋さん、お呼びですか?」
カウンター越しに顔を出したのは松本涼。入社2年目の若い薬剤師だ。仕事は丁寧だが、処方箋を処方箋としてしか見られない。それが彼の限界だった。
「この患者さん、今日初めて来るんだよな」
俺が処方箋を差し出すと、松本は素直に受け取り、頷いた。
「はい。かかりつけは鈴木クリニックみたいですね。アムロジピンは朝に飲んでもらっているはずです」
「ロキソプロフェンを加えるなら、腎機能への影響も確認したい。問診のときに、足のむくみがないか聞いてみてくれ」
松本は一瞬、戸惑った顔をした。それから処方箋に視線を落とし、また俺を見た。
「そこまで読めるんですか?」
「慣れれば読める」
俺はそれだけ言って、奥の調剤室に戻った。
昼過ぎになると、薬局の前に列ができた。昔ながらの商店街の一角に構えるこの薬局は、特別なものは何もない。白い壁、木目のカウンター、窓から差し込む午後の日差し。ただそれだけの場所だが、ここ数年で遠方から訪れる患者も増えた。理由は単純だ。俺が処方箋の裏側を読むからだ。薬の量だけを見るのではなく、その人の生活を想像する。一人暮らしの高齢者なら、飲み忘れない仕組みを一緒に考える。共働きの母親なら、子供に飲ませやすい形を提案する。それだけのことだ。だが、それだけのことがこの町では評判になった。俺は誇らしいとは思わない。ただ目の前の一人を守ることだけを考えている。それ以上でもそれ以下でもない。
夕方近く、ドアベルが鳴った。
「こんにちは」
入ってきたのは村上ひだった。40歳。シングルマザーで、薬局から3つ先のアパートに住んでいる常連だ。その後ろに、息子のともやがいた。
「ともや、楽になったか?」
「少し良くなった」
「そうか。もうすぐ救急が来る。それまで動くなよ」
「うん。高梨さん」
ともやが細い声で俺を呼んだ。
「なんだ?」
「ありがとう」
俺は少しだけ口元を緩めた。そして、カウンターの奥にある冷蔵庫から、子供用のシロップを取り出した。
「今日はこれを飲んで、ゆっくり休めよ」
村上は深く頭を下げた。
「いつもすみません。本当に助かっています」
「気にするな。仕事だからな」
俺はそう言ったが、本当は仕事だけではない。この町で生まれ育ち、この薬局を継いで20年。目の前の人たちの笑顔を見たくて、続けてきた。処方箋の裏側を読むのは、そのための手段に過ぎない。
夜、薬局のシャッターを下ろすとき、俺はいつも思う。今日も誰かの痛みを少しでも軽くできただろうか。薬は効く。だが、本当に効くのは、その人のことを考えた処方だ。俺はこれからも、処方箋の裏側を読み続ける。目の前の一人を守るために。



