「この家を出て行け。今夜のうちにな」——七年連れ添った夫に、離縁状を胸元に押し付けられて、私は二人の娘を連れて闇の中に放り出された。実家も頼れる者もない私は、行く当てもなく立ち尽くすしかなかった。ところが、その時、閉じたはずの表門が再び開いた。出てきたのは、夫ではなく、七年間一言も交わさなかった舅だった。六十を超えた老人が、杖を突き、孫娘を背負って、私の前を歩き始めた。なぜ、家も名誉も捨てて…

「この家を出て行け。今夜のうちにな」——七年連れ添った夫に、離縁状を胸元に押し付けられて、私は二人の娘を連れて闇の中に放り出された。実家も頼れる者もない私は、行く当てもなく立ち尽くすしかなかった。ところが、その時、閉じたはずの表門が再び開いた。出てきたのは、夫ではなく、七年間一言も交わさなかった舅だった。六十を超えた老人が、杖を突き、孫娘を背負って、私の前を歩き始めた。なぜ、家も名誉も捨てて...

三台続いた家のあるじが、たった一人の嫁の前で畳に頭を擦りつけて詫びた。この老人がなぜ自らの誇りを捨ててまで、追い出したはずの嫁に頭を下げたのか。すべては松永家が潰される半月前の夏の夜から始まった。

「この家を出て行け。今夜のうちにな」

七年連れ添った妻に、二人の娘の母に向かって、夫が最後に投げた言葉だった。怒りすらこもっていない、道具を片付けるような声だった。夫の松永太郎は震える手で一枚の紙を雪の胸元に押し付けた。離縁状だった。これで正式に、二人はもう夫婦ではなくなった。

雪は三歳になる次女の千代を背負い、五歳の長女・滝の手を引いて、表門の外へと歩み出た。眠気まなこの娘が小さく尋ねた。

「おっかさん、どこへ行くの?」

答えられなかった。実家の父も母も、頼れる兄弟も、この世のどこにもいなかった。夏の生ぬるい夜風が、親子の襟元を撫でていった。

表門が閉じる音がした。ところが、それが再び開いた。出てきたのは夫ではなく、舅だった。背後で息子が叫んだが、老人は振り返りもしなかった。なぜこの老人は、家を捨ててまで嫁と共に闇の中を歩いたのか。杖の音だけを残して、老人は闇の中へ歩み去った。

そして半月後、その旧家が一夜にして潰された時、この夜の出来事がただの追放劇ではなかったことが明らかになる。

松永衛門の家は、上州高崎藩の外れで三代続いた郷士の家柄だった。家を切り盛りしていたのは息子の太郎だったが、ここ数ヶ月、太郎の様子がおかしくなっていた。夜になっても離れの灯りは消えず、遠ざかって独り言をつぶやく日が増えていった。雪が夜食を運んでいっても、向こうから「そこに置いておけ」の一言があるばかりだった。

その変化が始まったのは三ヶ月ほど前、お長という女が妾として家に入った頃だった。雪は何も尋ねなかった。妻たるものが夫の仕事に口を挟むものではないと、そう教えられて育ったからだ。ただ、お長が入ってからというもの、太郎が離れにこもる夜が増え、家に笑い声が響くことがめっきり少なくなった。雪はそれを、妾を迎えた男によくある心変わりだと思っていた。まさか、その女が家そのものを内側から見張るために送り込まれたものだとは、この時の雪には知る由もなかった。

その日の明け方、奥の間から轟くような物音がした。駆けつけると、太郎が箪笥を全て引き出し、畳の上にぶちまけていた。

「銀はどこだ?」

家にあったはずの銀百両が、昨夜のうちに跡形もなく消えていたという。

「私がどうしてそのお金のことを存じましょうか」

雪は膝をついて訴えたが、太郎はすでに答えを決めてしまった者の目をしていた。夫婦になって七年、初めて見る冷たい眼差しだった。まるで壁を見つめるような目だった。縁談が上がったばかりの頃、雪の手を取って土手に登り、月を見せてくれた同じ目だとは、とても思えなかった。

そこへ舅の松永衛門が姿を現した。しかし、息子を叱ることも嫁をかばうこともせず、座敷の隅に腰を下ろし、半ば閉じた目で遠くの山を眺めるばかりだった。舅が黙っているということは、この家に自分の味方は誰一人いないということだった。衛門は膝の上で拳を固く握っていた。だが、雪が顔を上げた時、老人はすでに目をそらしていた。

その夜、太郎が離れに雪を呼んだ。前庭には風呂敷包みが二つ、無造作に積まれていた。

「すぐに出ていけ」

太郎は懐から離縁状を取り出し、雪の手に押し付けた。その背後には、酔いの口から離れに腰を落ち着けていたお長の影があった。哀れみも申し訳なさもない目で、お長は雪を見下ろしていた。口元がかすかに釣り上がった。

雪は奥の間に戻り、眠っていた二人の娘を起こした。五歳の滝が目をこすりながら尋ねた。

「おっかさん、どこへ行くの?」

答えられぬまま、千代を背負い、滝の手を取って表門へ歩んだ。門が閉まる音を背中で聞いた時、雪はようやく立ち止まった。行く当てがなかった。実家の父は十年前、母も三年前に去っていた。兄弟のいない一人娘だった。

闇の中に立ち尽くしていた時だった。背後で表門が再び開く音がした。振り返った雪が見たのは、夫ではなく舅の松永衛門だった。片手に杖、片手に古びた風呂敷包みを持った老人が、振り返りもせず歩いてくる。

「父上、父上、どちらへ?」

太郎の慌てた声が聞こえたが、衛門は首すら向けなかった。老人は雪の傍らを通り過ぎ、先に立って歩き始めた。少し進んだところで老人が立ち止まり、手を差し伸べた。

「わしが連れて行ってやろう。ついて参れ」

舅が嫁に投げた言葉は、それだけだった。そうして四人は闇の中を歩いた。滝が寝ぼけながら呟いた。

「おっかさん、いつ家に帰るの?」

雪は答える代わりに、娘の背を撫でてやった。舅の後ろ姿は闇の中でも揺らぐことがなかった。杖の先が石畳を叩く音だけが、この夜の唯一の道標であるかのようだった。七年の間、そっけなく接してきた舅であったのに、今この瞬間だけは、その背中が世界で最も頼もしい壁のように感じられた。

一刻ほど過ぎた頃、老人は大道を外れ、山道へと分け入った。雪が何度尋ねても、老人は一言も答えず、ただ歩き続けた。六十を超えた老人が幼い孫娘を背負って山道を歩く姿は、現実離れしていた。松の木々の間を吹き抜ける風が冷たくなってきた頃、山の中腹に家が一つ見えた。小さな藁葺きの家だった。

衛門が三度、席払いをすると、腰の曲がった老婆が戸を開けた。

「お越しでございましたか」

驚く様子は微塵もなかった。これは偶然ではなく、舅が何かを前もって計画していたということだった。老婆は一行を家の中へ案内した。布団はすでに敷かれ、台所には飯と味噌が用意されていた。夏用の薄い掛け布団まで整えられていた。季節までもが整えられていたのだ。

雪は子供たちを寝かせてから、ようやく全身から力が抜けていくのを感じた。背中の汗が冷え、鳥肌が立った。眠る二人の娘の顔を見下ろすと、滝の額に汗の玉が浮かんでいた。この子たちは、今夜自分たちの世界がすっかり覆されたことも、住む家がないことも知らずにいた。

衛門は隣の間に座り、風呂敷包みをそっと下ろすと、老婆に水を一杯所望した。老人の手がかすかに震えていた。雪は舅に膝をついた。

「舅様、なぜお出しになったのですか? お戻りください」

老人が湯呑みを置いた時、雪はその目が潤んでいるのを見た。とっさに、七年で初めてのことだった。

「休め」

老人はそれだけ言うと、顔を背けた。

翌朝、雪は老婆からこの家がどういう場所かを聞いた。老婆の名はお松と言い、二十年前からこの家に一人で暮らしているという。若くして夫を流行病でなくし、子もないまま一人で生きてきたが、哀れな様子はなかった。むしろ目に力があった。お松は薬草に詳しく、村人たちの病を治してやり、その礼として米や豆をもらって暮らしを立てていた。衛門がこの家を用意してくれたのは、お松が夫をなくし、家を失った時だったという。

「旦那様がおっしゃったのですよ。『いつか人を連れてくるかもしれぬから、部屋を開けておいてくれ』と」

その言葉が雪の胸に引っかかった。この老人は二十年もの間、誰かを救う日のためにこの場所を残してきたのかもしれない。だが、その誰かがなぜ自分たちなのか、雪にはまだ分からなかった。

数日のうちに、滝と千代は山里の暮らしにすっかり馴染んでいった。庭の蝶を追いかけ、お松の裾を掴んで回った。言葉の遅かった千代が、急に言葉を増やしていった。女中の家では息を潜めて暮らしていた子供たちが、ここでは違った。ある朝、千代が庭で転んで泣き出しかけた時、縁側から見ていた衛門と目があった。三歳の子は泣くのをぐっとこらえ、代わりに小さな拳で土を叩いた。衛門の口元がわずかに上がった。七年の間、雪が一度も見たことのない、笑いに近い表情だった。それを見た雪の胸に、言葉にならない温かさが込み上げた。舅の広い屋敷では、子供たちは走ることさえ許されなかった。この狭い山里の庭の方が、よほど広い世界だったのだ。

衛門は朝が明けるといつも縁側に座って、遠くの山を眺めていた。黒い風呂敷包みは枕の下に入れ、誰にも触れさせなかった。滝が祖父のそばを離れなかった。言葉一つかけるのも難しかった。祖父は山では別人のようだった。野の花の名を教え、この葉で舟を追ってやった。千代が杖を奪って庭を駆け回っても、老人は目尻にしわを寄せて眺めているだけだった。

ある朝、雪は縁側で老人がしゃがみ込み、千代の脱げかけた草鞋の花を黙々と直しているのを見た。しわだらけの指が小さな糸口を何度も結び直しては、うまくいかず、また結び直していた。声をかけると、老人は慌てたように手を止め、「ただの暇つぶしだ」とだけ言って立ち上がった。

しかし、雪は眠れなかった。夜ごと、表門の閉まる音が耳に蘇り、夫の冷たい目が闇の中に浮かんだ。何より、舅の行動が理解できなかった。七年、他人のように接してきた人が、なぜ全てを捨てて嫁について出てきたのか、その理由が分からなかった。縁談の日、初めて舅に挨拶をした時のことを雪は思い出した。あの時も老人は一言「よろしく頼む」とだけ言い、後は黙って茶をすっていた。それから七年、二人の間で交わされた言葉は数えるほどしかなかった。それだけの薄い相手だと思っていたのに、この人は今、自分の家も名誉も全て捨てて、闇の中を共に歩いている。雪にはその心の内がどうしても読めなかった。

ある夜、井戸端に座り月を見上げていると、お松が背後から近づき、肩に反物をかけてくれた。

「悩みなら旦那様に言いなさいな。わしが生涯で見た中で、あんなお方は初めてだよ。六十を超えて孫娘を背負って山道を歩くお化け様が、どこにいるものかね」

雪は何も答えられなかった。ただ、その夜、お松の言葉が頭から離れなかった。この老人は一体何を背負って生きてきたのだろうか。七年の間、疎い舅としか思っていなかった人の中に、自分の知らない大きな物語があるらしいことに、雪は初めて気づき始めていた。

七日目の夕方、衛門が雪を隣の間に呼んだ。行灯が一つ、ゆらゆらと揺れていた。老人は長いため息をついた。

「話しておかねばならぬことがある」

雪が座ると、老人はしばらく黙り込んだままだった。行灯の芯が燃える音だけが部屋を満たしていた。老人の目は雪ではなく、その向こうの闇を見ているようだった。何かを言いかけては口を閉ざす。それを幾度も繰り返した。雪はせかさなかった。この沈黙の重さだけで、これから語られることが老人の生涯をかけたものであることが分かったからだ。

長い沈黙の後、老人がようやく口を開いた。

「銀百両を持ち出したのは、太郎ではない。わしだ」

雪の顔がはっと上がった。銀を盗み出したのも、それを嫁に着せたのも、全て松永衛門自身であったというのだ。老人は風呂敷を広げた。中には薄い長帳と証文が入っていた。雪は金と地上で、欲目にする文字ならば読めた。実家の父が教えてくれていたおかげであった。難しい文字までは読めずとも、数の羅列と繰り返し記された「太郎」という名だけは、はっきりと目に飛び込んできた。それだけで十分だった。雪の顔がみるみる青ざめていった。それは藩の会計方に上げられるはずだった、御蔵前の帳簿の写しであった。蔵米三千石を横流しした記録に、松永太郎の名があちこちにあった。

「わしの息子は二年前から西内の者と組み、藩の御蔵米を横流ししてきた」

老人の声は静かだったが、その奥に何が潜んでいるか、雪には感じ取れた。

「藩庁より大筒が下ってくるという知らせを、十日前に聞いた。遅くとも半月のうちに、この家は潰れる」

雪はそこでようやく理解した。追い出されたのではない。抜け出させてもらったのだ。

「太郎殿には申されなかったのですか?」

「言った。聞く耳を持たん」

老人のしわだらけの手が膝の上で震えた。

「それゆえ、お前を家から出したのだ。追い出された嫁は、罪人の身内ではない。連座せぬ。お前と子らが生き延びるには、お前は必ず追い出されねばならなかった。それが、この容赦なき世に唯一残された抜け道であった」

「太郎殿は、これが舅様の計らいだとご存知だったのですか?」

「いいや。あれには、銀を盗んだのは真にお前だと信じ込ませねばならないんだ」

老人はそこで言葉を止めた。しばらくの沈黙の後、ようやく続けた。

「己の手で、何の罪もないお前を盗人に仕立てた。それが、この舅が成した中で最も恐ろしいことであった」

部屋の中が静まり返った。雪は声も出せず、ただ老人の顔を見つめていた。その瞬間だった。松永衛門が立ち、雪の前に両膝をついた。老人の両手が畳につき、深々と頭を垂れた。生涯を清廉に生きてきた武士が、これほど深く頭を下げるところを雪は見たことがなかった。

「何の罪もないお前を盗人に仕立てた。この舅を許さずとも良い」

老人の声が初めて崩れた。

「お前を追い出すと決めた夜、わしは自分の部屋で膝を抱えて震えておった。表門が閉まる音を聞いた時、心臓が止まるかと思うたわ。だが、あの場で本当のことを話せば、お前の顔に浮かぶ動揺が、家の中を探る者の目に移ってしまう。わしはお前に心の底から憎まれねばならなかった。この先の生涯、盗人の舅としてお前に恨まれたまま死んでも良いと、そう決めていたのだ」

雪は何も言えなかった。ただ両手で口を覆い、込み上げるものを飲み込むばかりだった。しばらくして、雪は老人の腕を取り上げるよう促した。老人の腕は枯れ枝のように軽かった。

「あの銀百両は、一両たりとも使わず、この山の麓に移してある。いずれお前と子らの行末のために返してやろう」

「舅様、私をお憎みではなかったのですか?」

「憎んだことなど、一度もない。ただ、お前に言うべきことが多すぎて、かえって口を開けなかったのだ」

夜が更け、行灯の油が尽きて灯りが消えた。闇の中で雪の声が響いた。

「舅様がいらっしゃらなければ、私と子供たちは今頃牢に入っていたことでしょう」

闇の中で、老人の喉が鳴る音が聞こえた。それが嗚咽なのか、息なのか、雪は問わなかった。だが、同時に雪の胸にはもう一つの思いが静かに芽生えていた。もしこの人が二十年前、恐れに負けず声を上げていたなら、父は死なずに済んだかもしれない。今この人が命がけで償おうとしているのは、紛れもない事実であった。しかし、その償いの理由を作ったのも、またこの人自身であった。雪はその二つの思いを、どちらも消すことができなかった。

その夜以来、二人の間の空気が変わった。雪はもう舅を恐れなくなった。それでも、雪の口からは相変わらず「舅様」という呼び名しか出てこなかった。許しと信頼は、すぐには言葉にならないのだと、雪自身がそのことに気づいていた。

翌朝、井戸端で顔を合わせた時、老人の方から先に口を開いた。

「よく眠れたか」

たったそれだけの言葉であったが、雪の胸に染みた。七年の間、一度もかけられたことのない、ただの気遣いの言葉だった。

「はい」

「舅様は、わしも久しぶりによう眠れた」

老人はそう言うと、珍しく口元を緩めた。それから毎朝、二人は短い言葉を交わすようになった。天気のこと、子供たちのこと、畑のこと。何でもない会話であったが、その何でもなさが雪にはたまらなく尊いものに感じられた。重い秘密を分かち合った者同士だけが持てる、静かな信頼がそこにあった。

半月が過ぎた頃、麓の村に降りていたお松が息を切らして駆け戻ってきた。

「大変だ。大変ですよ」

舅の松永家が潰されたという知らせであった。藩庁から大筒が踏み込み、太郎を捉え、家中の財産一式が没収されたという。雪はその場に座り込んだ。自分を追い出した夫であっても、縄を打たれて引き立てられると思うと、胸の一角が痛んだ。憎しみだけでは片付けられない、七年という歳月が雪の中にまだ残っていた。

衛門は驚かず、低い声で尋ねた。

「あの女はどうなった?」

「それが、すでに姿を消した後で」

「そうであろうな」

「舅様、お長とは何者なのですか?」

「力殿が仕込んでおいた目じゃ」

お長は妾ではなかった。西内力が太郎を見張るために、家に送り込んだものであった。ことが露見すれば、全ての罪を太郎一人に着せる算段であった。主税にお長は証拠を届けていたのである。あの夜、お長は雪が銀を盗んで逃げたと信じ切っていた。老人が涙も見せず、ただ怒りに震える父親を演じ切ったからこそ、お長はその裏に何かが隠されているとは思いもしなかった。

「わしが一度、夜中に離れから出てくるお長に出くわした。手には筆と墨がついていた。その時確信した。二日の間動けば、力殿の目に止まり、お前を助け出せぬと」

雪は自分でも気づかぬうちに、手の甲で涙を拭っていた。舅がそれを知りながら、答えていたということ。その事実が、怒りと理解の間のどこかで、雪の心を揺さぶった。守られていたと知ることは、時に守られなかったと知ること以上に心を重くするものだった。もし自分がもっと早く気づいていたら、もし舅にもっと早く尋ねていたら、そんな浅い考えが幾晩も雪の眠りを奪った。

さらに一月が過ぎたある日、衛門が明け方早くに家を出て、見すぼらしい身なりの男を一人連れて戻ってきた。大庄屋の手代、金田妻であった。大筒の知らせを衛門に耳打ちしたのもこの男であった。太郎が捉えられて以来、連座の疑いをかけられる身となっていたが、疲れきった顔で頭を下げた。

「旦那様のご恩は忘れませぬ」

「恩など言うな。お互い生き延びねばならぬ者同士だ」

その夜、隣の間から漏れ聞こえる声を雪は耳にした。

「力殿がすでに動いております。太郎殿の口を封じるつもりでしょう。全ての罪を一人で被れと迫れば、身内に刃を及ぼすと。身内といえば、嫁と子供たちのことだ。力殿はすでに人を放って探しております」

雪の背筋に鳥肌が立った。命がかかった話だった。その夜、雪は行灯の下で静かに旅支度を始めた。誰に言われたわけでもなかった。父ならばどうしただろうか。恥を捨てず、恐れに屈せず、なすべきことをなした父の姿が、雪の手を動かしていた。

翌朝、雪は衛門の前に座った。

「舅様、私にできることはございますか?」

「お前は子らを守ることだけで十分だ」

「子らの父を助けることも、子らを守ることでございます」

老人はようやく口を開いた。

「力殿の悪事を藩庁に知らせねばならぬ。帳簿の写しはあるが、これだけでは足りぬ。米を横流しした者の証言がいる。前橋の米問屋、大黒屋の徳兵衛という男だ」

「私が参ります。追い出された女が前橋に行くのは、誰も怪しみますまい」

衛門は長く考えた後、頷いた。

「危険だぞ」

「存じております」

出立の前夜、雪は眠る子供たちの顔を長く見つめた。明け方、お松に子供たちを頼んだ。

「必ず戻っておいで」

「あの子らには母親がいるんだよ」

衛門は懐から小さな木札を取り出し、雪に握らせた。

「これはわしの印である。気球の者にはこれを見せよう」

古びた笠をかぶり、風呂敷包み一つを背負った姿は、まさしく旅の女そのものであった。山を下って大道に出ると、世界が一変した。誰の目にも止まらないことが、今の雪にとって何よりだった。

前橋に着いた雪は、大黒屋徳兵衛の店の近くの茶屋で下働きをしながら数日を過ごした。ある日、旅の商人が酔ってもらした一言で、徳兵衛もまた主税の一党に怯えていることを確信した。翌朝、徳兵衛の屋敷を尋ねた。門前でしばらく待たされたが、やがて自ら出てきた徳兵衛は、五十絡みの体格の良い男でありながら、寝不足の色が顔にありありと刻まれていた。

「私は松永太郎の妻でございます。夫の帳簿を見ました。旦那様のお名前がございました」

徳兵衛の顔色が土気色に変わった。しばらく黙り込んだ後、震える声で問うた。

「何が望みだ?」

「望みはございません。ただ、旦那様に生き延びる道をお伝えにまいりました。旦那様が先に藩庁へ訴状をお出しになれば、罪人ではなく商人になれるのです」

徳兵衛は長い間言葉がなかった。壁にかかった奥義が風にわずかに揺れる音だけが、部屋を満たしていた。

「半月くれ」

雪は頷いて立ち上がった。門を出る時、振り返らなかった。

しかし、運命は半月の猶予を与えなかった。前橋を立って二日目。雪は山道で見知らぬ浪人二人と出くわした。徳兵衛が主税に知らせを送ったのだ。雪は木履を返して走り出した。笠が脱げ落ち、風呂敷包みが落ちても、振り返る暇はなかった。息が喉元まで込み上げた時、雪は崖の前で立ち止まった。眼下には深い谷川が流れていた。背後で浪人たちの荒い息遣いが近づいてきた。雪は子供たちの顔を思い浮かべ、歯を食い縛った。

飛び込んだ。身体が宙に浮いた一瞬が、永遠のように感じられた。風が耳をかすめ、下から水音が迫り上がってきた。そして、目の前が真っ白になった。冷たい水が全身を包んだ。幼い頃、父に教わった泳ぎで、水の流れに身を任せた。

「女子が泳ぎなど習ってどうする?」

と母に、父はにっこり笑ってこう言ったものだった。

「生き延びる術を知るのに、男女の別はござらぬ」

その言葉が十数年の時を経て、この崖の下で娘の命を救ったのである。岩にすがって這い上がった時、全身が傷だらけであった。着物は半ば裂け、左足首が腫れ上がっていた。それでも生きていた。

二日かけて山里へ戻った。屋根が見えた時、膝が崩れた。滝が駆け寄ってきた。

「おっかさん。おっかさん、怪我してる」

衛門は嫁の姿を見て、顔を石のように固めた。

「徳兵衛が裏切ったのだな」

隣の間から湯呑みの割れる音が聞こえた。六十の生涯、内側を見せたことのない人が、湯呑み一つに怒りを吐き出したのだった。お松が傷の手当てをした。薬草を煎じて足首に湿布を当て、避けた肌には夜もぎの膏薬を塗った。

「半月は休まねば。半月も休んで入られません」

滝が母の足首に自分の小さな手ぬぐいを巻きながら尋ねた。

「おっかさん、どこで怪我したの?」

「川で足を滑らせただけだよ」

「嘘。おっかさんの着物、破れてるじゃない」

五歳のこの目は誤魔かせなかった。雪は娘の髪を撫でながら言った。

「お前の言う通りだ。ひどい怪我をした。だが、母は大丈夫だよ」

滝が母の手をぎゅっと握った。その小さな手のぬくもりが、雪の指先からゆっくりと全身に広がっていった。千代も姉の真似をして、もう片方の手を握った。三人の手が重なり合ったその瞬間、雪は自分がまだ何かのために生きねばならぬ理由を、はっきりと思い出した。

数日後、金田妻が急ぎ登ってきた。

「力殿が探索の手を広げております。三日のうちに、この家も見つかりましょう」

行き詰まりであった。その時、思いがけないところから道が開けた。お松であった。

「旦那様、私が一つ存じております。力様の妻は、私の幼馴染みに当たるのです。去年一度、夫が恐ろしくなって家を出て、ここまで来たことがございます。夫の悪業を隅々まで知っておりました」

種田和かの妻が焼いた。

「力殿の奥方が名乗り出れば、全て明るみに出ましょう」

衛門が首を振った。

「子らに及ぶことを思えば、名乗り出るまい」

「私から文を送ってみましょう」

お松の文に五日目、返事が届いた。西内力の奥方、志乃は会うと答えた。雪は足首の腫れが引かぬまま、道を立った。

「舅様、なぜこの一切を、お一人で背負われるのですか?」

老人は長い間黙り込んだ。

「お前の父の話をせねばならぬな」

雪の息が止まった。

「お前の父、藤左衛門は、道を踏み外した者ではない。二十年前、高崎の大庄屋で文書を扱う下役であった。蔵米横流しの証拠を掴み、上役の西内力に報告した。主税はお前の父の訴えを握りつぶしたばかりか、逆に濡れ衣を着せ、牢に入れたのだ」

老人の声が震えた。

「藤殿は牢で拷問を受け、病を得た。放免されたが、身体はついに元に戻らなかった。病で死んだのではない。あの男が殺したも同然だ」

雪の目の前に、父の痩せた顔が浮かんだ。

「最後の夜、わしがお前を字を知る者に育てられたのが幸いだった。『字を知る者は、たやすくは騙されぬ』と言っていた父。十七の雪は、父の痩せた手を握り、一晩泣いた。父は最後の息をつきながら言った。『わしはわしのなすべきことをなした。それで良い』と。その言葉が遺言であった」

雪は父が無実の罪で死んだことを、この夜まで知らなかった。父が正義のために戦い、倒れた人であったことを、二十年経ってようやく知ったのだった。

「わしはあの時、高崎の御学の師範であった藤殿の無実を知っていた。それでいて、名乗り出られなかった。主税の背後に江戸の権力者がおり、それが恐ろしかったのだ。どの駕籠に乗せられて運ばれるのを、道の向こうで見ているだけだった。目があった。藤殿は恨まなかった。それがかえって、より恐ろしかった」

老人の声が一段と低くなった。

「二十年前、わしは藤殿ではなく、己の恐れを守った。それゆえ、二十年前にこの山里の家を用意したのだ。いつか主税の悪業が露見することを知っておった。ところが、わしの息子がよりによって、その力と手を組んだ。藤殿を落とし入れた者と同じ穴の狢になったのだ」

老人はそこで一度言葉を切り、膝の上で拳を握った。

「わしの臆病が、太郎をあの男の手先にしてしまったのかもしれぬ」

雪は庭に出て、夜空を見上げた。星がこぼれ落ちんばかりに詰まった夜空であった。涙が止まらなかったが、これ以上泣いている時はなかった。部屋に戻った雪は、老人の前に正座した。

「参ります。志乃様にお会いいたします」

前橋へ向かう道すがら、雪は小さな茶屋で志乃とあった。格子の間から見える痩せた顔には、疲れきった人生の重みが刻まれていた。志乃はしばらく無言で雪を見つめていたが、やがて震える声で言った。

「あなた様も、母親でいらっしゃいますね」

その一言だけで、二人の間にある種の理解が生まれた。

「全て存じております。夫が何をしているか、私は全て知っております。けれど、私が口を開けば、子供たちはどうなるのでしょう?」

「今、奥方様が名乗り出られれば、奥方様は罪人となられます。お子様方に、父の罪ではなく、母の勇気を残すことができるのでございます」

志乃の唇が細かく震えた。両手で顔を覆い、しばらく声もなく泣いた。それは長年耐えてきた者だけが流せる涙だった。雪はその手を静かに握った。二人の女の手が触れ合った時、言葉より深いものが通じたようだった。志乃の手も震え、雪の手も震えていた。しかし、その震えは恐れではなかった。長く閉ざされていた戸が開く音であった。志乃はやがて頷いた。

「奥方様、今度は逃げずともよろしい。戦えば良いのでございます」

志乃はそれだけを教えてくれたのではなかった。格子の内側から色あせた古い紙を取り出した。

「これは二十年前の引き出しから見つけたものでございます。夫を欺いて、二十年隠しておいたものでございます」

雪が紙を開いた時、息が止まった。雪の父、藤左衛門が牢の中で書いた文であった。拷問を受けた後、震える手で書いたに違いない、父の乱れた筆跡であった。訴状の端に小さく記された「ひらがな」が、雪の目を釘付けにした。

「雪へ。父の最後の学びの証は、村外れの稲荷の縁の下にある」

主税はこの文を横取りして読みながら、そのひらがなの一文を読み飛ばしていたのだった。女子の落書きとでも思ったのだろう。二十年前、父は自分を知る娘だけが開けられる扉を、一つ残していたのである。

二十年前の証拠がまだ残っているのなら、主税を追い詰めることができる。月のない夜、雪は黒い布を頭からかぶり、音を立てぬよう山道を選んで、村外れの稲荷へ向かった。虫の声だけが辺りに満ちていた。稲荷の前に着くと、雪は手を合わせてから、祠の縁の下に膝をついた。闇の中で手探りに地面を撫でた。土と石、蜘蛛の巣、木くず。指先に触れるものは、冷たく硬いものばかりだった。一手のひら、一手のひら、地面を探っていった。何もなかった。埃が鼻をついた。くしゃみが出そうになるのを、口を押さえてこらえた。遠くで犬の吠える声がした。雪の心臓が跳ねた。時が過ぎていった。焦りが込み上げた。父はここに何かを残したと、志乃の文には確かにそう記されていた。それでも、二十年という歳月は長い。もし何者かがすでにこの場所を掘り返していたら、もし雨風に朽ち果てていたら。そう思うたびに、雪の指先の動きが早くなった。指先の感覚だけに全てをかけ、闇の中を探り続けた。

指先に硬いものが触れたのは、諦めかけたその時だった。石であった。その下に、油紙に包まれた竹筒が埋まっていた。二十年前、父がここに埋めておいたものであった。油紙を剥がし、竹筒の蓋を開けると、小さな長帳と、主税の印が押された文書が現れた。西内力からの主命が、はっきりと押された後の原本であった。竹に守られたおかげか、文字はまだ読み取れた。二十年、父の中で待ち続けた証拠であった。

証拠を持ち帰った雪を見た衛門は、生まれて初めて嫁の手を握った。悔いと申し訳なさと感謝の入り混じった震えが、老人の指先から伝わってきた。

「二十年待った甲斐があった」

老人はそれだけ言うと、証拠を風呂敷に丁寧にしまい込んだ。その手つきは、まるで長年探し続けていた宝物をようやく手にした者のようだった。金田妻はその夜のうちに、藩庁へと立った。

一日が十日のように感じられる日々が続いた。雪は飯を炊きながらも耳を済ませ、風が折れる音にも心臓が跳ねた。麓の村に見知らぬ浪人がたむろしているという知らせに、衛門はかまどの火を消し、庭の洗濯物を取り込み、人の住む気配を消し去った。

「じいちゃん、私たち隠れるの?」

「隠れるのではない。静かにしているだけだよ」

老人が孫娘の頭を撫でながら言った。滝は頷き、妹の口に指を当てた。

「静かにしないとだめだよ」

三歳の千代には意味が分からなかったが、姉の真剣な顔を見て頷いた。その目を見ながら、雪は思った。五歳といえば、花を摘み、蝶を追いかける年頃であって、追手を逃れて息を潜めなければならない年頃ではなかった。この子がこのような目をせねばならない世の中が、恨めしかった。その夜、四人は明かりをつけず、闇の中で夜を過ごした。幸い、浪人たちはこの家までは登ってこなかったが、安心はできなかった。

息の詰まるような日々の合間にも、衛門は滝に文字を教えることをやめなかった。明かりを使えぬ夜は、指で畳の上に文字をなぞらせた。

「じいちゃん、こんな時に字を習ってどうするの?」

滝が小さな声で尋ねると、老人は静かに答えた。

「こんな時だからこそだ。世がどう転ぼうとも、字を知っておれば、己の力で生きていける。人に騙されもせぬ」

その言葉に、雪は父の記憶を重ねずにはいられなかった。衛門は雪に言った。

「もしわしが捉えられたら、子供たちを連れて、お松について行け」

「舅様を置いては参りません」

「七年の間、一言も言葉をかけてやれなかったことが悔まれる」

そして十日後、思いもよらぬ人物が現れた。松永太郎であった。着物は破れ、左の目の下に青黒い痣があった。滝が駆け寄った。

「父上」

太郎は娘を見て一瞬立ち止まったが、すぐに視線をそらした。彼が探しているのは娘ではなかった。

「父上、生きるために逃げてまいりました。力殿が牢の中から人をよこして、落とすのです。口を開けば殺すと」

太郎は部屋の中を見回した。目に落ち着きがなかった。

「銀を出してくだされ。逃げるための路銀がいります」

「逃げて、どこへ行くつもりだ?」

衛門が問うた。

「力殿の手の届かぬところへ。どこへなりと」

「そのようなところはない。わしのなしたことの報いは受けねばならぬ」

太郎の顔が歪んだ。

「むごいと父はおっしゃるが、二十年前、父上が無実の罪を着せられた時、父は見てみぬふりをなさったのではございませんか。あの時、父が立ち上がっておれば、私があの男の手先に踊らされることもなかったはずです」

部屋の中が、水を打ったように静まり返った。太郎の言葉は、雪が胸の奥にしまい込んでいた思いと、驚くほど重なっていた。長い沈黙の後、老人の目が潤んだ。

「お前の言う通りだ。それで、わしは今、臆病であることをやめようと思う。主税の罪を明らかにする証拠を、藩庁へ送った」

太郎の顔が青ざめた。

「父上、それでは私も終わりです」

「分かっておる。しかし、己の罪の報いを受けてこそ、娘たちが清く生きていけるのだ。自ら出頭し、洗いざらい申し立てよう」

太郎が壁を拳で叩いた。

「私とて怖かったのです。初めは小さな頼み事でした。手を引こうとした時には、すでに泥沼でした。あの時から、お長が入ったのです」

太郎はそこで言葉を止め、両手で顔を覆った。

「あまりに恐ろしゅうございました。それ故、酒を飲んだのです。酒を飲まねば、眠ることさえできなかった」

雪は夫の言葉を聞いていた。酒によって拳を振るった日々が思い出された。それが恐れから来たものであったという事実が、雪の心を複雑にした。許すことはできなかったが、理解はできた。

「恐れは悪業の言い訳にはならぬ。しかし、お前が生まれつきそういう者ではなかったこと、それは分かっておる」

老人は息子の肩に手を置いた。

「お前を見捨てるのではない。生かすのだ。自ら名乗り出れば、罪は必ず軽くなろう」

太郎はさらに三日、この家に止まり、娘たちと過ごした。しかし、その三日は償いにはならなかった。雪にはそれが分かっていた。父親らしい時間を子供たちに与えることと、自ら罪を認めて出頭することは、全く別のものだった。

三日目の夜、太郎が雪を訪ねてきた。

「わしが悪かった」

言い訳も説明もなく、頭を垂れたのが全てであった。しかし、雪はその短い一言が、この男から出せる最も重い言葉であることを知っていた。かつて誇り高く、村人たちと豪快に笑っていた男が、今は妻の前で頭を垂れることしかできない。雪が彼を許せるとすれば、それは彼が苦しんだからではない。彼が今この瞬間に、自ら罪を負う道を選ぼうとしているからだった。

「子供たちのためにも、お名乗りください」

翌朝早く、太郎は山を降りていった。衛門が門の前で、息子が見えなくなるまで杖をついたまま立ち尽くしていた。唇が動いたが、声は出なかった。

一月後、全てが終わった。金田妻が持ち帰った長帳の原本は、主税が二十年前に藤左衛門へ濡れ衣を着せた証となった。志乃の証言は、主税が長年に渡り不正の証拠を隠し続けてきた事実を裏付けた。太郎が語った金の流れは、米横流しの全容を明らかにした。三つの証がそれぞれの役目を果たし、西内力は捉えられた。藩から、雪の父の名誉を回復する沙汰が下された。二十年前の真実が、ついに日の目を見たのである。

西内力には切腹を命じられた。藩の沙汰は、御蔵米を横流しした罪だけでなく、二十年前に無実の藤左衛門を落とし入れ、証拠偽造した罪を暴き出した。志乃は二人の息子を連れて実家に戻ったが、罪人としての勇気が知れ渡ったことで、息子たちは連座を免れた。お長の行方だけは、ついに明らかにならなかった。

知らせを聞いた雪は、庭に一人立ち尽くし、声もなく長く泣いた。子供たちが裾を引っ張った時、ようやく涙を拭った。

「おっかさん、どうして泣いているの?」

「嬉しくてだよ」

その夜、雪は星の満ちた空の下に立ち、生前、尽くしてやれなかった言葉を声に出していった。

「お父様、お父様のお名前が戻ってまいりました。父様は盗人ではなく、忠義の人でございました」

風が吹いた。答えのような風であった。衛門は縁側からその姿を見つめていた。膝の上の風呂敷包みには、もう文書はなかった。空になった風呂敷を、老人は静かに畳んでいた。二十年間、押し潰してきた重荷が、少し軽くなったような手付きであった。

太郎は自ら出頭したことが認められ、遠方の新地に預けとなり、三年の謹慎を命じられた。三年が過ぎ、太郎は山里を訪れた。門をくぐるなり、まず雪の前に深く頭を下げた。それから、娘たちの前に膝をついた。三歳で別れた千代は、父を覚えていなかった。

「おじさんは誰?」

太郎の目に涙が滲んだ。

「父上だよ。わしらの父」

半日を子供たちと過ごした後、「また来る」の一言を残して去っていった。

さらに二年が過ぎた。衛門は孫娘たちに読み書きを教えながら、静かに老いていった。滝が文字を覚えるたび、老人は「よし」とだけ言って頷いた。褒め言葉を多く持たない人だったが、その一言にどれほどの喜びが込められているか、滝には自然と分かるようになっていた。ある日、千代が「じいちゃんの名前も書けるようになったよ」と言って、土に「松永衛門」と書いて見せた。老人はしばらくその文字を見下ろしていたが、やがて何も言わずに孫娘の頭を撫でた。しわだらけの手が震えていたのを、そばにいた雪だけが気づいた。この老人にとって、自分の名を孫の手で書かれるということが、どれほどの意味を持つか。二十年前の恐れ故に、藤左衛門の名誉を守れなかった男が、今、孫の手で自分の名を描いてもらっている。その巡り合わせに、雪は胸を締め付ける思いをした。

ある秋の日、老人が風呂敷を差し出した。かつて文書が入っていたその風呂敷が、今は田畑の収穫と銀を包んでいた。

「わしの息子にやれなかったものを、わしの嫁にやるのだ」

その冬、松永衛門はこの世を去った。両脇に孫娘を寝かせ、嫁が炊いてくれた若布汁を美味そうに食した後、眠るように旅立った。その夕べ、老人は珍しく食が進んだ。若布汁を二杯もらげた。

「じいちゃん、今日はよく召し上がるね」

「わしの嫁の腕が上がったのだよ」

それが最後の笑顔であった。夜が更けると、老人は孫娘たちを両脇に寝かせ、布団をかけてやった。滝の額に口付けをし、千代の頬を指先で撫でた。そして、目を閉じた。雪が寝る前に隣の間を覗いた時、老人はすでに息を引き取っていた。顔は安らかであった。七十年の重荷を下ろした者の顔であった。皺はそのままであったが、皺の間に潜んでいた影が消えていた。窓の外には雪が降っていた。音もなく静かに覆っていく雪であった。まるで老人の最後の夜のために、天が用意した布団のようであった。

雪は老人の手を握り、長く座っていた。手はすでに冷たかったが、離すことができなかった。この手が二十年前に藤左衛門を裏切った手であり、七年前に自分に濡れ衣を着せた手であり、同時に自分と子供たちを救った手であることを、雪は知っていた。雪はその冷たい手を、夜が明けるまで離さなかった。

葬儀の日、太郎がやってきた。父の棺の前に伏して慟哭した。葬儀は質素なものであった。山里の村人五六人と、お松として、雪と子供たちと、太郎だけであった。しかし、松永衛門の最後の道は、華やかな行列よりも温かかった。滝が祖父の墓に花を備えた。祖父が名を教えてくれた花であった。

「じいちゃん、これ、桔梗だよ」

千代が唇を噛みしめながら、姉に習って花を備えた。

さらに五年が流れた。雪は衛門が残してくれた畑を耕して暮らし、村の子供たちに読み書きを教え始めた。初めは村人たちも半信半疑であったが、字を教えられる女はこの村におらず、子供たちが一人、二人と集まってくるようになった。父が教えてくれた通り、色のついた土を木の枝でかきながら教えるその手つきは、かつて父が雪に教えてくれた時とそっくりだった。父の声が自分の口から出てくるのを感じるたび、雪の胸は熱くなった。奪われたと思っていたものが、実は誰にも奪われていなかったのだと、雪はその度に知るのだった。

ある日、村の貧しい百姓の娘が、恐る恐る手を上げて尋ねた。

「先生、字を覚えたら、何になれますか?」

雪はその子の顔をじっと見つめた。かつて自分も同じ問いを父に向けたことがあった気がした。

「字を覚えれば、自分の言葉を残せる。誰かに騙された時、自分で真実を書き記すこともできる」

娘は木の枝を握り、震える線で自分の名を初めて書き上げた。雪はその小さな手を見下ろした。木の枝を握るその手に、ふと父の手と衛門の手が重なって見えた。雪の懐には、あの日受け取った木札が、今もそのまま入っていた。

皆様も、正すことのできなかった過ちを、心のどこかに秘めてはいらっしゃいませんか。

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