「早くビール出して!」
台所で冷蔵庫を開けていた私に、リビングから嫁のさよの苛立った声が飛んできた。
「お母さん、もっと早くお湯を沸かしてよ!」
息子の携太まで声を荒げる。
「母さん、何やってるの?ビールくらいすぐ出せるでしょ。」
私は石さ子、67歳。お盆で帰省してきた息子夫婦のために、朝からずっと働き詰めだった。朝食の準備、掃除、洗濯。手が震えながらも、なんとかビールをお盆に乗せてリビングへ向かう。
息子家族が楽しそうに団欒する中、私はただ黙々とビールを配っていった。誰一人として「ありがとう」の一言もない。まるで私が透明人間になったような、そんな気持ちだった。
台所に戻ると、流しには洗い物が山のように積まれている。これも全て私がやらなければならないのか。
「私は家政婦じゃないのに。」
小さく呟いた言葉は、誰の耳にも届かなかった。
でも、これはまだ始まりに過ぎなかった。
私は元中学校の英語教師として、38年間子供たちの教育に携わってきた。夫を10年前に病気で亡くしてからは、女手一つで息子の携太を支え続けてきたのだ。
携太のために使った教育費は900万円。私立大学の学費も留学費用も、全て私の貯金から出した。結婚する時には新居の頭金として300万円を援助し、初孫が生まれてからはさよが仕事に復帰するまでの3年間、毎日のように孫の世話に通った。来るまでに時間のかかる道のりを、雨の日も雪の日も通い続けたのだ。
あの頃のさよは、「お母さん、本当に助かります」と涙を流して感謝してくれていた。
今年のお盆。久しぶりに息子家族が帰省すると聞いて、私は心から楽しみにしていた。
「今年は賑やかになりそうね。」
仏壇の夫の写真に向かって、そう話しかけたものだ。
孫の太陽とひなも大きくなったことだろう。美味しいものをたくさん作って、みんなで楽しい時間を過ごせると思っていた。冷蔵庫には携太の好きな和牛や新鮮な魚、孫たちが喜ぶお菓子をいっぱい用意していた。
しかし、息子夫婦が到着してから状況は一変した。
到着早々、玄関で大きなスーツケースを抱えたさよが、私を見るなり言った。
「お母さん、これ運んでください。重いから気をつけてくださいね。」
挨拶もそこそこに、まるで当然のような口調だった。携太も後から入ってきて、同じように荷物を押し付ける。
「母さん、これも頼むよ。俺、運転で疲れたから。」
2人は私に荷物を任せると、さっさとリビングに向かってしまった。重いスーツケースを引きずりながら、私は息を切らして2階の客間まで運んだ。
降りてくると、今度はさよがエアコンの温度を指差している。
「お母さん、もっと効かせてください。田舎は暑いんですから。」
設定温度はすでに25度。これ以上下げたら電気代が心配だったが、黙って温度を下げた。
「あと、部屋の掃除やり直してもらえます?ちょっと埃が気になって。」
昨日、隅々まで掃除したばかりなのに。でも、反論する気力もなかった。
夕食の準備を始めると、さよがキッチンに入ってきた。
「お母さん、こんな田舎料理じゃなくて、もっと豪華なの作ってくださいよ。せっかくの帰省なんですから。」
心を込めて作った煮物や焼き魚を見て、彼女は露骨に顔をしかめた。
「定食とかお寿司とか、そういうのがいいです。子供たちも喜びますから。」
結局、また買い物に行くことになった。重い買い物袋を下げて帰ると、リビングからは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「ビール冷えてない!」
携太の怒声が響いた。慌てて冷蔵庫を確認すると、確かに入れ忘れていた。
「お母さん、しっかりしてよ。こんなことも忘れるなんて。」
「お母さん、最近物忘れ多くないですか?」
さよの言葉に、私の胸がズキリと痛んだ。
翌日の朝、私は5時に起きて朝食の準備を始めた。息子家族が起きて来るのは8時頃だったが、温かい料理を出したくて早めに支度を始めたのだ。
「お母さん、太陽とひなの面倒を見といてください。私たち、同級生の飲み会があるんです。」
朝食もそこそこに、さよが子供たちを置いて出かけようとする。
「え、でも私も今日は…」
「大丈夫ですよね。おばあちゃんと遊びたいって言ってたし。」
有無を言わせなかった。結局、1日6歳と4歳の孫の面倒を見ることになった。公園に連れて行き、お昼ご飯を作り、お昼寝をさせてまた遊んで。若い頃とは違い、体力的にきつくなっていた。
夜10時過ぎ、酔った顔で帰ってきた2人は、玄関で大声で話していた。
「楽しかったね。久しぶりにゆっくりできた。」
子供たちの世話で疲れきっていた私に、労いの言葉は一つもなかった。
そして深夜。
「母さん、つまみ作ってよ。」
携太が台所にやってきた。
「もう遅いから、明日にしましょう。」
「いいから作ってよ。餃子が食べたい。」
仕方なく、餃子を一から作り始めた。皮から手作りするのが我が家の伝統だったが、深夜の作業は本当に辛いものだった。
「お母さん、まだですか?早くビール出してください。」
「あ、お母さん、ついでに洗濯もお願いします。」
餃子を運んでいると、さよが洗濯物の山を指差した。
「明日じゃだめですか?」
「子供たちの服が足りないんです。朝一で公園に行く約束してるので。」
結局、深夜1時過ぎまで洗濯機を回していた。
3日目の朝も、私は5時起きだった。朝食の準備、掃除、洗濯。息子家族はまた出かける予定があるらしく、今日も孫の面倒は私に任された。
「おばあちゃん、つまんない。」
ひなが不満に言う。
「ママと遊びたい。」
太陽も同調した。一生懸命相手をしているつもりだったが、子供たちには物足りないようだった。
夕方、買い物から帰るとリビングが散らかり放題になっていた。
「あ、お母さん、片付けお願いします。」
ソファでスマホをいじっているさよは、顔も上げずに言った。私は黙って片付けを始めた。おもちゃ、お菓子の袋、飲みかけのジュース。まるで私がやることが当たり前のような扱いだった。
そして3日目の夜、決定的な出来事が起こった。
夕食後、私は台所で後片付けをしていた。今日も1日中働き詰めで、腰も膝も悲鳴をあげていたが、あと少しの辛抱だと自分に言い聞かせていた。
食器を洗っていると、リビングから携太とさよの話し声が聞こえてきた。最初は他愛もない話だと思っていたが、次第にその内容が私の耳に入ってきた。
「もう限界。来年からお盆は来たくない。」
さよの声だった。私の手が止まった。
「そうだよな。俺も正直疲れる。」
携太の返事に、私の心臓がドキリとした。まさかと思いながら水を止めて、聞き耳を立ててしまった。
「朝から晩まであれしてこれしてって、私たちお手伝いさんじゃないのよ。」
さよの言葉に、私は耳を疑った。お手伝いさん?私が頼んだことなど一度もないのに。
「母さんも年だからな。1人じゃ大変なんだろう。」
「だからって、私たちが全部やらされるのはおかしいでしょ。せっかくの休みなのに、ゆっくりできないじゃない。」
全部やらされる?私は怒りで震えそうになった。朝から晩まで働いているのは私の方なのに。
「それに、料理も古臭いしセンスないし。子供たちも『おばあちゃんの料理まずい』って言ってるのよ。」
さよの言葉は、まるでナイフのように私の心を切り裂いた。一生懸命作った料理を、そんな風に言われるなんて。
「確かに母さんの料理は昔のままだもんな。もっと今風のものを作ればいいのに。」
息子までもが同調しているのを聞いて、私の目から涙がこぼれそうになった。
「あと、いちいち『ありがとう』とか『お疲れ様』とか会話しなきゃいけないのも面倒なのよ。家族なんだからやって当たり前でしょ。」
さよの言葉に、携太が笑い声をあげた。
「確かに母さんはいちいち気を使いすぎなんだよ。」
やって当たり前。その言葉が私の心に深く突き刺さった。
「正直さ、無料の家政婦を扱いできると思ってたけど、もう嫌。」
さよのその一言で、私の中で何かが音を立てて崩れた。無料の家政婦。私の存在は彼らにとって、それだけのものだったのか。
「来年は理由つけて断ろう。海外旅行に行くとか言えばいいよ。」
「そうね。でもお母さん、絶対がっかりするわよ。楽しみにしてたって言いそう。」
「仕方ないだろ。俺たちにも俺たちの生活があるんだから。」
「本当よね。毎年毎年お盆になると憂鬱なのよ。義理の実家なんて行きたくないに決まってるじゃない。」
2人の会話は続いた。私への不満、愚痴、そして悪口。まるで私が聞いていないと思っているのか、遠慮なく本音を吐き出していた。
「お母さんって、私たちが来るのを心から楽しみにしてるみたいだけど、正直重いのよね。」
「わかる。孫に会えて嬉しいとか言われても、こっちは疲れるだけなんだよな。」
「そもそも、なんで私たちが気を使わなきゃいけないのよ。お金も時間もかけてきてあげてるのに。」
来てあげてる。その言葉に、私は言葉を失った。
「母さんももう少し空気読んでくれればいいのに。俺たちだってたまにはゆっくりしたいんだよ。」
「本当、朝から『何か手伝うことある?』とか聞いてくるのもうるさいし。こっちは何もしたくないのに。」
私が気を使って聞いていたことさえ、彼らには迷惑だったようだ。
「来年からは絶対来ない。もう決めた。」
さよの断言に、携太も頷いていた。
「そうだな。母さんには悪いけど、俺たちの幸せが1番大事だから。」
私はもう聞いていられなかった。静かに台所を離れ、自分の部屋に向かった。廊下を歩きながら、足がガクガクと震えていた。部屋に入ると、そのまま床に座り込んでしまった。
43年間、家族のために尽くしてきた人生。それが「無料の家政婦」という言葉で片付けられてしまった。涙は出なかった。悲しみを通り越して、何か別の感情が湧き上がってきていた。
窓の外を見ると、夏の星空が広がっている。亡くなった夫なら何と言うだろうか。
「さち子、お前はよくやってきた。もう十分だ。」
そんな声が聞こえたような気がした。
私はゆっくりと立ち上がった。鏡に映った自分の顔を見つめる。そこには、もう我慢することに疲れきった女性の顔があった。
「そう。なら、お望み通りにしてあげましょう。」
私の目に、冷たい決意の光が宿った。
その夜、私は一睡もできなかった。息子夫婦の言葉が頭の中で何度も繰り返され、その度に怒りと悲しみが込み上げてきた。でも、朝が来る頃には、その感情は静かな決意へと変わっていた。
翌朝、私はいつもより早く起きた。鏡の前に立ち、自分の顔をじっと見つめる。
「今日が最後。」
小さく呟いて、いつもより丁寧に身支度を整えた。
台所に立つと、これまでにないほど心を込めて朝食を作り始めた。携太の好きな出し巻き卵。さよが唯一褒めてくれたことのある手作りパン。孫たちの大好きなフルーツサラダ。一品一品、まるで芸術作品を作るかのように丁寧に仕上げていった。
「おはようございます。」
8時になって、息子家族が起きてきた。いつもは不機嫌そうなさよも、テーブルに並んだ豪華な朝食に少し驚いたような顔をしている。
「お母さん、今日は豪華ですね。」
「最後の日ですから、特別に。」
私は最高の笑顔で答えた。「最後」という言葉の本当の意味を、彼らはまだ知らない。
「母さん、今日も早起きしたの?大変だったでしょう。」
携太が心配そうに聞いてきた。昨夜あんなことを言っていたくせに、と思ったが、表情には出さない。
「いいえ、全然。みんなが喜んでくれれば、それで十分です。」
朝食後、私は家中の掃除を始めた。普段は適当に済ませる場所も、今日は隅々まで磨き上げる。窓ガラスは新品のようにピカピカにし、床は鏡のように輝かせた。
「お母さん、そんなに頑張らなくても…」
さよが声をかけてきたが、私は手を止めない。
「いえいえ、気持ちよく帰っていただきたいですから。」
昼食も、まるで料亭のような懐石料理を用意した。一つ一つの器にもこだわり、盛り付けも完璧に。
「すごい!おばあちゃん、お店みたい!」
孫の太陽が目を輝かせた。
「美味しい!」
「うん、すっごく美味しい。」
純粋な孫の笑顔だけが、私の心を少し温めてくれた。
午後になり、息子家族が帰り支度を始めた。私は丁寧に洗濯した服を綺麗に畳み、お土産用に作った煮物や漬け物を次々と袋に詰めていく。車に荷物を積み込む時も、私が率先して手伝った。重いスーツケースも、文句一つ言わずに運ぶ。
「母さん、本当にありがとう。おかげで楽しい帰省になったよ。」
携太が言った。その言葉が本心なのか建前なのか、もう私には関係ない。
「来年もよろしくお願いします、お母さん。」
さよが車の窓から顔を出して言った。
「ええ、楽しみにしていてくださいね。」
私は最高の笑顔で答えた。不思議なくらい、自然に笑えた。
車が見えなくなるまで手を振り続けた後、私は家に戻った。玄関の扉を閉めた瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、その場にへたり込んでしまった。でも、泣きはしなかった。もう涙も枯れ果てていたのかもしれない。
立ち上がると、私は電話に向かった。押入れの奥から取り出した古い手帳を開き、ある番号を探す。
「はい、長峰不動産です。」
「あの、土地と建物の査定をお願いしたいのですが。」
私の声は、驚くほど落ち着いていた。
「承知いたしました。いつ頃、伺いすればよろしいですか?」
「なるべく早くお願いします。売却を前提とした査定です。」
電話を切ると、次は銀行に連絡した。退職金の残りと、亡き夫が残してくれた保険金。それらを合わせれば、新しい生活を始めるには十分な額がある。
夕方、不動産会社の担当者が来た。家と土地を丁寧に見て回り、予想以上の査定額を提示してくれた。
「この辺りは人気の地域ですし、お宅は手入れが行き届いていて状態も良好です。すぐに買い手が見つかると思いますよ。」
「そうですか。では、お任せします。」
契約書にサインをしながら、私の心は不思議なくらい晴れやかだった。
その夜、私は亡き夫の仏壇の前に座った。
「あなた、私決めました。もう誰かのための人生は終わりにします。」
夫が優しく微笑んでいるように見えた。
翌日から、私は引っ越しの準備を進めた。不要なものは処分し、大切な思い出の品だけをダンボールに詰めていく。38年間の教師生活で貯めた資料や教材も、全て処分した。過去にしがみついている時間はない。
1週間後、不動産会社から連絡が入った。
「石様、買い手が見つかりました。提示価格での即決です。」
「そうですか。ありがとうございます。」
私は静かに微笑んだ。全ては計画通りに進んでいる。
引っ越し先も決めた。車で3時間ほど離れた温泉地にある、小さけれど眺めの良いマンション。管理も行き届いていて、同年代の住人も多いと聞いている。
「来年もよろしくお願いします。」
あの時のさよの言葉を思い出し、私は小さく笑った。
「ええ、お楽しみに。」
来年のお盆、息子夫婦を待っているのは、きっと想像もしない光景だろう。でも、それは彼らが選んだ道。私はもう、自分の人生を歩き始めているのだから。
あれから1年が経った。温泉地の小さなマンションで、私は生まれ変わったような日々を送っていた。朝は鳥のさえずりで目を覚まし、バルコニーから美しい山々を眺めながらコーヒーを飲む。誰にせかされることもなく、自分のペースで1日を始められる幸せを、心から実感していた。
そして、運命の日がやってきた。8月13日、お盆の入りだ。
午前10時過ぎ、私の携帯電話が鳴った。画面には「携太」の文字。予想通りだった。
「母さん、今どこにいるの?」
携太の声は、明らかに動揺していた。
「あら、携太、どうしたの?」
私は落ち着いた声で答えた。
「どうしたもこうしたもないよ。家に着いたら、違う人が住んでるんだけど。」
「ああ、そうね。売却したのよ。」
「は?売却って、何言ってるの?」
背後から、さよの声も聞こえてきた。
「え、お母さんの家がないって、どういうこと?」
私はゆっくりと、まるで当然のことを説明するように話し始めた。
「去年、あなたたちが帰った後に決めたの。もう広い家は必要ないし、管理も大変だったから。今は温泉地の素敵なマンションに住んでいるのよ。」
「温泉地?どこ?」
「車で3時間ほどの場所よ。とても静かで、景色も最高なの。」
電話の向こうで、携太とさよが慌てて相談している様子が伝わってきた。
「でも母さん、俺たちに何も相談なく…」
「あら、必要なかったでしょう。去年、来たくないっておっしゃっていたから。」
一瞬、沈黙が流れた。
「え、何のこと?」
「聞こえていたのよ。私のことを『無料の家政婦』だって。来年は理由をつけて断るって。」
また沈黙。今度はもっと長く、重い沈黙だった。
「母さん、それは…」
「いいのよ。おかげで決心がついたから。あなたたちも、重荷がなくなってよかったでしょう。」
「そんなつもりじゃ…」
さよが電話を奪い取ったようだった。
「お母さん、私たちどこに泊まればいいんですか?子供たちも一緒なのに。」
「あら、ホテルでも取られたらどうですか?お盆シーズンだから、空いているかどうかは分かりませんけど。」
「そんな急に言われても…」
「急にではないでしょう。1年も時間があったんですから、確認できたはずよ。」
私の冷静な対応に、2人はさらに慌てているようだった。
「でも、お墓参りは…」
携太が必死に聞いてきた。
「ああ、お墓も一緒に移しました。こちらの霊園の方が管理が行き届いていて、お父さんも喜んでいると思うわ。」
「勝手にそんなこと…」
「勝手?私の夫ですよ。それに、あなたたち去年もお墓参りは5分で済ませていたじゃない。」
言葉を失って、携太は黙り込んだ。
「母さん、とにかく会いたい。話がしたいんだ。」
「そうね。でも、今日は忙しいの。温泉仲間とランチの約束があるし。午後からは絵画教室。あ、海外旅行も始めたの。なかなか楽しいのよ。あなたたちが来ない分、時間もお金も自由に使えるようになったから。」
その時、背後から孫たちの声が聞こえてきた。
「ママ、おばあちゃんの家、暑いよ。」
さよの焦った声が聞こえる。
「ちょっと待って。太陽が熱中症になりそうなの?」
「あら、大変ね。早く涼しいところに避難した方がいいわよ。」
私は他人事のように言った。
「お母さん、お願いです。せめて今日だけでも…」
「ごめんなさいね。もう生活リズムができているから、急な来客は困るのよ。」
「来客って、私たち家族じゃないですか?」
さよの声が震えていた。
「あら、去年はっきりおっしゃったじゃない。『義理の実家なんて行きたくない』って。だから、もう義理の関係は解消したと思っていたけど。」
「それは、そういう意味じゃ…」
「じゃあ、どういう意味だったのかしら。」
私の問いかけに、さよは答えられなかった。
「母さん、俺が悪かった。謝るから、お願い。」
携太が必死に謝り始めた。
「謝る?何を?」
「母さんを粗末にしていたこと。感謝が足りなかったこと。全部。」
「そう。でも、もう遅いわね。」
「遅いって…」
「私ももう若くないの。残された時間は、自分のために使いたいの。理解してくれるわよね。」
電話の向こうで、さよが小声で何か言っているのが聞こえた。
「泊まるところがない。実家に帰る?でも、親に何て説明…」
私は時計を見た。もうすぐランチの時間だ。
「あのね、携太。言っておくけど、私とても幸せよ。毎日温泉に入れるし、新しい友達もたくさんできた。趣味の時間も持てるし、誰にも文句を言われない。こんなに自由で楽しい生活、今までなかったもの。」
「でも、1人で寂しくないの?」
「寂しい?とんでもない。無料の家政婦をやっていた頃の方が、よっぽど寂しかったわ。」
痛烈な一言に、携太は黙り込んだ。
「それじゃ、私行くわね。友達が待ってるから。」
「待って、母さん。」
「ああ、そうそう。最後に1つだけ。」
「何?」
「来年からは、本当に来なくていいわよ。お望み通りにね。」
私はそう言って、電話を切った。すぐにまた着信があったが、私は電源を切った。もう、彼らに振り回される人生は終わりだ。
鏡の前で、お出かけ用の服に着替える。去年まではいつも地味な服ばかり着ていたが、今は明るい色のワンピースだ。
「さあ、出かけましょう。」
玄関を出ると、廊下で隣の部屋の吉田さんに会った。
「さち子さん、今日もお綺麗ね。」
「あら、ありがとう。吉田さんこそ。」
「今日のランチ、新しくできたイタリアン、評判いいらしいわよ。」
「本当?楽しみだわ。」
2人で楽しくおしゃべりしながら、エレベーターに乗った。
一方、その頃携太たちは、炎天下の中途方に暮れていた。
「どうしよう。本当に泊まるところがない。」
さよがスマートフォンで必死にホテルを探しているが、お盆のピーク時、どこも満室だ。
「実家に帰る?今更、『お母さんの家で過ごす』って言って出てきたのに。」
「じゃあ、どうするの?」
子供たちは暑さでぐったりしている。結局、彼らは来るまで2時間かけて、さよの実家に戻ることになった。さよの両親に事情を説明するのは、さぞかし気まずかったことだろう。
私は温泉仲間たちとの楽しいランチを終え、午後の絵画教室に向かった。キャンバスに向かいながら、ふと去年の自分を思い出す。朝から晩まで働き詰めで、感謝もされず、挙げ句に「無料の家政婦」扱い。でも、今は違う。自分の時間、自分のお金、自分の人生。全てが自分のものだ。
「先生、今日は何を描きましょうか?」
「そうですね。夏の風景なんていかがですか?明るく希望に満ちた風景を。」
私は筆を取った。キャンバスには、もう過去のしがらみはない。あるのは、これから描いていく新しい人生の色だけだ。
あの電話から3ヶ月が経った。私の新しい生活は、想像していた以上に充実したものになっていた。毎朝6時に起きて、まず向かうのは温泉。朝日を浴びながら露天風呂につかる時間は、至福のひと時だ。誰にせかされることもなく、ゆっくりと体を温めることができる。
「さち子さん、おはよう。」
いつも同じ時間に来る岡田さんが声をかけてくれた。彼女も、息子夫婦と距離を置いて、ここで新しい生活を始めた仲間だ。
「おはようございます。今日も良いお天気ですね。」
「本当ね。こんな穏やかな朝を迎えられるなんて、以前は考えられなかったわ。」
2人で静かに笑い合った。お互いの過去を深く詮索することはないが、似たような経験をしてきたことは分かっている。
朝食後は、趣味の絵画の時間だ。窓辺にイーゼルを置いて、山の風景を描いている。去年までは、こんな時間夢のまた夢だった。
「筆を持つ手が生きているわ。」
ふと、そんなことを思った。自分のために時間を使えることの、何という贅沢だろう。
午後は、地域のボランティア活動に参加している。近所の小学校で、週に2回、放課後の子供たちに英語を教えているのだ。子供たちの純粋な笑顔と、素直な「ありがとう」の言葉。それが何よりの報酬だった。「無料の家政婦」ではなく、必要とされ、感謝される存在として。
ある日の夕方、携太から手紙が届いた。3ヶ月ぶりの連絡だ。
「母さん、お元気ですか?突然の手紙で驚かれたかもしれません。あの日以来、ずっと考えていました。僕たちがどれほどひどいことをしていたか、母さんがどれほど苦しんでいたか。さよも深く反省しています。あの後、しっかり両親に叱られました。『さち子さんにそんなひどい仕打ちをしていたのか』と。子供たちも、おばあちゃんに会いたいと毎日のように言っています。特に太陽は、おばあちゃんの作った卵焼きが食べたいと。身勝手なお願いだと分かっています。でも、もう1度だけチャンスをください。今度こそ、本当の家族として接することを約束します。携太より」
私は手紙を読み終えて、窓の外を眺めた。夕日が山々を美しく染めている。返事を書くべきか、しばらく迷った。でも、筆を取ると、自然と言葉が流れてきた。
「携太、手紙をありがとう。元気にしています。あなたの反省の言葉、確かに受け取りました。でも、私はもう昔の私ではありません。誰かのために生きる人生は終わりました。これからは、自分のために生きていきます。太陽とひなには、会いたい気持ちもあります。でも、おばあちゃんの家はもうありません。もし会いたいなら、あなたたちがこちらに来ることです。ただし、ホテルの予約は自分たちでしてください。そして、会ったとしても、昔のような関係には戻れません。私はもう『無料の家政婦』ではないし、言いたいことを我慢する弱い女性でもありません。それでもよければ、連絡をください。都合の良い日を相談しましょう。母より」
手紙を投函した後、私は温泉街を散歩した。紅葉が始まりかけた並木道を歩きながら、これまでの人生を振り返る。確かに、寂しさがないわけではない。息子や孫との温かい時間を失ったことへの、一抹の悲しみも。でも、それ以上に、今の自由と尊厳のある生活が私には大切なのだ。
その後、携太から返事が来た。来月、家族で会いに来るとのこと。ホテルも自分たちで予約したそうだ。
約束の日、私は駅前のカフェで息子家族を待った。
「母さん!」
携太の姿を見つけて、私は静かに手をあげた。
「お母さん、お久しぶりです。」
さよが深々と頭を下げた。以前の傲慢な態度は、どこにもない。
「おばあちゃん!」
太陽とひなが駆け寄ってきた。子供たちに罪はない。私は2人を優しく抱きしめた。
「元気だった?」
「うん。おばあちゃんも元気?」
「ええ、とても元気よ。」
カフェで、私たちは1時間ほど話した。携太とさよは、終始姿勢を正して、何度も謝罪の言葉を口にした。
「母さん、本当に申し訳なかった。私たちが間違っていました。」
私は静かに聞いていたが、心が動くことはなかった。
「分かったわ。でも、もう元には戻れないのよ。少しずつでもいいえ。私には私の生活があるの。月に1度くらいなら会ってもいいけど、それ以上は無理。」
携太とさよは寂しそうな顔をしたが、頷いた。
帰り際、さよが小さな包みを差し出した。
「これ、心ばかりですが…」
「いらないわ。」
私はきっぱりと断った。
「でも、お金で解決しようとしないで。私が欲しかったのは、お金じゃない。尊重される気持ちと、感謝の心だったの。」
さよは包みを引っ込めた。
「また来月、会えますか?」
「連絡してちょうだい。都合が合えばね。」
私は立ち上がった。もう長居は無用だ。
その夜、ベランダに出て空を見上げた。満点の星空が広がっている。
「お父さん、見ていてください。私、強く生きています。」
亡き夫に語りかけると、流れ星が1つ、静かに流れていった。
理不尽に屈しない強さ。それが、私が手に入れた最高の宝物だ。誰かのための人生ではなく、自分のための人生を。それは決して贅沢ではない。長年尽くしてきた人間が、最後に選ぶ権利のある道なのだ。
私の物語が、同じような境遇で苦しんでいる方の勇気になれば幸いです。我慢することだけが美徳ではありません。時には、自分を守るために立ち上がることも必要なのです。
明日もまた、新しい1日が始まります。温泉に入り、絵を描き、友達と笑い合う。そんな普通でも、最高に幸せな1日が。



