義母の葬儀が終わったその日、弁護士から一通の手紙が届いた。義母の筆跡で、こう書かれていた。「あなたの身に危険が迫っています。今すぐ逃げてください」。私は何も知らされていなかった。夫には兄がいたこと。その兄が服役していたこと。そして、義母が誰かに狙われていたこと。手紙を読み終える前に、玄関のチャイムが鳴った。覗き窓の向こうに、夫にそっくりな男が立っていた。手には、義母のバッグを持って。…

義母の葬儀が終わったその日、弁護士から一通の手紙が届いた。義母の筆跡で、こう書かれていた。「あなたの身に危険が迫っています。今すぐ逃げてください」。私は何も知らされていなかった。夫には兄がいたこと。その兄が服役していたこと。そして、義母が誰かに狙われていたこと。手紙を読み終える前に、玄関のチャイムが鳴った。覗き窓の向こうに、夫にそっくりな男が立っていた。手には、義母のバッグを持って。...

義母の葬儀が終わって、まだ涙も乾かないうちに、弁護士を名乗る男性から電話がかかってきた。

「なお子さんですね。お母様からお預かりしたお手紙があります。一刻も早くお会いしたいのですが」

義母が弁護士と連絡を取っていたなんて、一度も聞いたことがなかった。まさか詐欺かと思ったけれど、もし本当に義母からの手紙なら、読まないわけにはいかない。私は会うことにした。

待ち合わせた喫茶店で、弁護士さんは古い封筒を差し出した。見覚えのある筆跡。義母の字だ。

「この手紙があなたの手元に届いたということは、私はもうこの世にいないのでしょう。あなたが泣いていないか心配です」

そこから先を読んで、私は息を呑んだ。

「あなたの身に危険が迫っています。私の言葉を信じて、今すぐ逃げてください」

「これはどういうことですか? 義母は誰かに狙われていたんですか?」

弁護士さんは落ち着いた声で言った。

「内容は拝見していません。ですが、お母様が何を心配していたかは、ある程度推測できます」

「教えてください」

「実は、お母様から『なお子さんを助けてほしい』と頼まれていました。私は、かつて吉之君の弁護人を務めた者です」

吉之君? 誰のことだ?

「夫には、6つ上の兄がいるんです」

私は言葉を失った。夫からも義母からも、兄の存在を一度も聞かされたことがなかった。写真だって見たことがない。

弁護士さんは古い写真を取り出した。海辺で、若い夫婦と男の子と赤ちゃんが写っている。若い女性は義母だ。若い男性は夫にどこか似ている。男の子も、その男性に面影がある。

「この男の子が吉之君です」

「何があったんですか?」

弁護士さんは重い口を開いた。

「吉之君は中学1年生の夏から引きこもりになり、その7年後に事件を起こしました。将来を悲観して、家族と無理心中を図ろうとしたんです。夜中に刃物を持ってご両親の部屋に侵入し、お父様と揉み合いになりました。お父様は大怪我を負いながらも、なんとか吉之君を取り押さえました。事件は未遂に終わりましたが、当時14歳だったご主人が警察に通報し、騒ぎになりました」

「そんなことがあったなんて、全然知らなかった」

「当時、引きこもりやニートが社会問題になっていて、マスコミがセンセーショナルに報道したんです。ご一家は世間の噂に耐えきれず、何度も引っ越しを繰り返しました。その後のストレスが原因かどうかは分かりませんが、数年後にお父様はお亡くなりになりました」

私は言葉を失った。義母も夫も、そんな過去を背負っていたなんて。

「吉之君は実刑が決まり、服役しました。私はその弁護を担当しました」

「まさか、もう出所しているんですか?」

「ええ、2年ほど前に出所しました」

弁護士さんによると、義母は検察庁の被害者等通知制度を利用して、吉之君の出所時期を知っていたらしい。ちょうどその頃、夫の癌が発覚して病中だったから、義母は夫に相談できず、一人で悩んでいた。

「吉之君は出所後、また引きこもりになりました。お母様は弁護士を通じてアパートを借り、生活費を援助していました。ですが、いつまでも援助はできないと伝えたところ、『俺のことが可愛くないのか』『弟の差し金だろう』と怒り出したそうです」

「義母は、吉之君が私に金を無心しに来ることを恐れていたんですね」

「ええ。お母様は、ご自身が亡くなれば、残されたなお子さんに吉之君が寄ってくるだろうと心配されていました。それで、この手紙を残されたんです」

その時、チャイムが鳴った。来客の予定は弁護士さんだけのはずだ。

「ちょっと失礼します」

玄関の覗き窓から外を見ると、夫によく似た男が立っていた。手に、義母が使っていたバッグを持っている。

私は息を呑み、リビングに戻って弁護士さんに囁いた。

「多分、吉之君って方だと思います。お母さんのバッグを持ってます」

弁護士さんの顔が強張る。

「今すぐ警察へ」

私は裏口から飛び出し、すぐ近くの警察署に駆け込んだ。警察官と一緒に戻ると、吉之君は逃げようとしたが、すぐに取り押さえられた。

「俺は俺の取り分をもらいに来ただけだ。お袋の遺産があるんだろう。弟も去年亡くなったんだってな。俺の相続分をよこせ」

義兄は警察官の問いかけを無視して、私に向かって怒鳴った。

「あなたが持っているのは、お母さんのバッグですよね。お母さんに何をしたんですか?」

「おい、これは俺の金だ。しょうがないだろ。お袋がこれで最後だって言うから。生意気なこと言うから、反省させるためにちょっと何発か殴っただけだ」

私はぞっとした。この男は、義母を殴って道路に放置し、車に轢かせたのか。

「お前は弟の嫁なんだろう。お袋も弟ももういないんだ。お前が俺を養う義務があるんだからな」

「なお子さんにそんな義務はありませんよ」

弁護士さんが口を挟んだが、この義兄に法律が通じるとは思えなかった。

「あなたのせいで、お母さんと夫がどれだけ傷ついてきたか。私は絶対に許さない。きちんと法の裁きを受けてもらいますからね」

義兄はそのまま警察に連行された。義母のバッグに付着していた血液や状況証拠から、犯人は義兄に特定され、再び刑務所行きになった。

私は弁護士さんと家に戻り、義母からの手紙を最後まで読んだ。

手紙には、私へのお詫びと愛情が溢れていた。最後の一文を見て、私は涙を止めることができなかった。

「人生はまだ長いのです。なお子さんは、もっと幸せに自由に生きてください」

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