映画はちょうど主人公たちが抱き合うところで終わった。周りはカップルだらけで、ちょっと気まずかった。俺たちは同級生で、友達以上恋人未満の関係を数ヶ月続けていた。
「あのさ、俺たちもさっきの主人公みたいになれないかな。」
「え?」
「だから、俺と付き合ってほしいってこと。」
れ子は少し黙って、こう言った。
「こんな私でいいの?」
俺の名前は愛曽木。どこにでもいる平凡なサラリーマンだ。学生時代はお調子者で、お笑い芸人になる夢もあったが、文化祭のステージで披露しただけで終わった。現実の毎日は地味で、面白い趣味もなかった。自転車は趣味と言えたが、ただの通勤手段でもあった。
そんなつまらない日々を送っていたある日、知らない番号から着信があった。
「もしもし。」
「ああ、もしもし。愛曽か?俺、中学の同級生の横島。」
「おお、横島。久しぶり。元気だったか?」
「相変わらず地元で元気にやってるよ。お前は東京でバリバリやってんのか?」
「ああ、まあなんとかやってるよ。」
「何年ぶりだよ。10年以上会ってないよな。」
「ああ、それで久しぶりに同窓会を企画しようと思ってさ。ちょうど30歳の節目だし。」
「いいね。会いたいよ。」
俺は同級生たちの顔を思い浮かべた時、ふと一人の女の子を強烈に思い出した。学年でも美人で頭が良くて有名だったれ子だ。性格も良くてみんなの人気者だった。片思いしていた男子も多かったが、そのうちの一人が俺だった。当時は俺なんかが手の届く存在じゃないと思って、全く声をかけることもできなかった。
「れ子はどんな感じになってるのかな。」
彼女は成人式には来ていなかった。あの頃の美しいままのれ子を想像しつつ、俺は同窓会を楽しみに待った。
同窓会はホテルの大広間で開かれた。200人くらいは集まったんじゃないかという人だかりだった。みんなキラキラした格好をしてきて、顔も変わっているから誰が誰だかわからない。
「おお、横島。連絡ありがとうな。」
「お前の連絡先だけ分からなくて手こったぜ。お前は今、実家の跡を継いでるんだっけ?」
「ああ、毎日畑に出てるよ。結婚もして、一人の子がいる。」
「そうだったのか。おめでとう。」
俺たちは近況を報告したり、懐かしい話で盛り上がっていた。すると突然、場内がざわめき出した。
「ねえ、見て。あれ?すごい。」
「太ったって聞いてたけど、本当だったんだ。」
女子たちがひそひそ噂話をしている。入り口の方を見ると、ドレスを着たまんまるとした女性がキョロキョロ辺りを見回していた。
「あんな子、うちの学年にいたっけ?」
俺はその女性が誰だか思い出せなかった。
「あれだよ。昔美人で人気だったれ子。」
「え?れ子ってあのれ子?」
俺は驚いて彼女をもう一度見た。俺が知ってるれ子は、スラっとしたスタイルのいい、どちらかと言うと華奢な女の子だった。しかし30歳になった彼女は、ぽっちゃりとふっくらして、まるで別人になっていた。
「れ子、結婚してたけど離婚したらしいよ。」
「え、マジで?それでショックで太っちゃったのかな?」
「あんなにスタイル良かったのにね。」
「れ子みたいな子でも離婚しちゃうんだね。」
「男を見る目がなかったのかしら。」
女子たちは好き放題言いたいことを言っている。俺は離婚という言葉に反応してしまった。結婚はしているかなと思っていたけれど、まさか離婚まで経験しているとは。俺は離れていた間の彼女の人生を想像した。
みんなのひそひそ声はだんだんと大きくなり、明らかに本人にも聞こえているだろうというほどに溢れていた。それを聞いたれ子は、他に連れもいないのか一人でうつむいたまま、顔を赤くしている。
「私なら来ないなあ。」
「体型変わっちゃって、何言われるかわからないじゃない。」
「れ子って誰と友達だったっけ?友達もいなくなったのかな?」
ひどい言い草に、俺は心が痛んだ。確かにれ子はふっくらしていたが、柔らかい顔や雰囲気は昔のままで、俺はむしろ癒されるような安心感さえ感じていた。どうしようもなくおどおどしている彼女に、俺は近づいていった。
「久しぶり、れ子。」
「えっと、俺、愛曽。覚えてる?」
「ああ、愛曽君。うん。思い出した。変わってないね。」
そう言ってニコッと笑うれ子の顔は、中学の頃と変わってなくて、とても可愛らしい。俺は変わらないれ子の様子を見て、少しほっとした。
「お、愛曽じゃん。お前、久しぶり。東京行ってからすっかり姿見せなかったじゃん。」
俺がれ子と話していると、他の男子たちが話しかけてきた。
「ああ、うん。久々にこっちに戻ってきたよ。」
隣のれ子を気にしながら、俺は男子たちに返事をした。
「え、もしかしてれ子、お前どうしたんだよ。昔はすっげえスリムじゃなかった?」
だいぶ失礼なことを平然と言う男子に、俺は勢いよく言った。
「俺たち、付き合ってるんだよ。」
「え?」
周りの人たちもざわめき出した。
「あれ、愛曽君じゃない?れ子が彼女ってこと?」
「うっそ。なんでああいう感じがタイプだったんだ。」
周りが様々な反応を示す中、一番驚いているのがれ子だった。
「え、あ、えっと…」
「人の彼女の見た目をそんな風に言わないでくれよな。俺は今の彼女が好きなんだから。」
俺はれ子の肩を抱いて言った。
「お、あ、ごめん。まさかお前らが付き合ってるとは。愛曽は東京に行ったんじゃないのか。」
「そうだよ。東京で偶然彼女に再会してさ、運命の出会いってやつ。」
俺は自分の口からぽろぽろと出てくる嘘に、自分でも驚いた。そんな俺を見て、横島が口だけ動かして「どういうことだよ」と言っていた。
同窓会が終わり、大勢いた同級生たちは立ちまちばらけて帰って行った。俺は横島に捕まり、さっきのことの真相をしつこく聞かれていた。
「お前、なんであんな嘘ついたんだよ。まさかただのノリじゃないだろうな。」
「ああ、バレた。」
「おいおい、お前、後でどうなっても知らないぜ。まあ、同級生にはまたしばらく会わないかもだけどさ。」
横島は心配していたが、俺は別に嘘をついたことを後悔していなかった。すると後ろかられ子が声をかけてきた。
「愛曽君、ありがとう。」
「え、いや、こっちこそ変な嘘ついてごめん。」
「ううん、助かった。よそのこと何言われても仕方ないって思ってたけど、やっぱりみんなから言われてちょっと傷ついてたし、話題を変えてくれてすごく嬉しかったわ。」
れ子にそう言われて、俺は気恥ずかしかった。みんなに色々言われてれ子が傷つくのを見ていられなかったのもあるが、単純に俺に気づいてほしくて話しかけたのもある。ただの下心といえば下心だからだ。
「あ、じゃあ俺、帰るな。」
「え?おい。」
横島は俺たちの空気を読んで、そそくさと帰ってしまった。
「愛曽君、東京にいるんだね。実は私も今東京なの。」
「え、そうだったんだ。」
俺のとっさの嘘も嘘じゃなかったか。俺とれ子は笑い合った。明るくケラケラ笑うところも、昔のれ子と全然変わっていない。俺は一人、あの頃と同じときめきを感じていた。
「じゃあ私もそろそろ帰るわね。本当にありがとう。」
れ子はそう言って片手をヒラヒラ振りながら帰ろうとした。
「あ、待って。」
「あのさ、せっかくだから東京でも会わない?ほら、俺まだあんまり知り合いがいなくて、話し相手が欲しいんだ。」
苦し紛れにそう言ってみたが、れ子は不思議そうに言った。
「ああ、うん。私でよければ相手するわよ。これ、私のLINE。」
俺たちはこうして連絡先を交換した。その日のうちにれ子に色々聞いてみると、住んでいるところも2駅ほどしか離れていないのが判明した。俺たちは次の休みに時間を合わせて会うことになった。
その日、俺の前に現れたのは、ジャンパースカートを着たカジュアルなスタイルのれ子だった。
「お、同窓会の時とは全然違うね。」
「同窓会はやっぱりちゃんとした格好じゃないとね。でも普段はこんな感じよ。楽なのが好きなの。」
俺はカジュアルでリラックスした感じのれ子の姿も可愛らしくて好きだった。
「じゃあ早速、美味しいものでも食べに行く?」
事前にれ子はこの町のグルメに詳しいと言っていたから、俺が案内を頼んであったのだ。
「うん。よろしくお願いします、先輩。」
俺は先を急ぐれ子に早足でついていった。
「この辺は路地裏におしゃれで美味しいお店があるんだよね。」
俺は言われるがまま、れ子についていった。
「よくこんなとこ知ってるなあ。」
「今はSNSの時代でしょ。どこにお店を構えたって、人気のあるところにはお客さんが来るのよ。」
れ子の入った店で、俺たちは美味しいカフェを食べた。
「私、食べるのが好きだったけど、学生の時はスタイルキープしたくて我慢してたの。だからストレスも溜まってたと思う。」
「そうなんだ。食べるのはいいことじゃん。」
俺たちは昼ご飯が終わると、また別の店でおやつを食べ、俺の腹ははち切れそうだった。
「聞いていいか分からないんだけどさ。なんで前の旦那と離婚したの?」
俺は思い切って聞きたかったことを聞いた。
「そうよね。気になるわよね。前の旦那とは職場恋愛だったの。」
れ子はスイーツを食べ終わって、ストローでアイスコーヒーを飲みながら話してくれた。
「私たちは気も合ったし、お互いに盛り上がって、付き合ってすぐに結婚しようってなったわ。若かったのね。でも、結婚する前から彼の浮気癖はなんとなく知っていたの。でも好きだったし、結婚したら変わるかなって思って、私は目をそらしてたのよね。結婚してからも彼の浮気はどんどんエスカレートするばかりで、私は誰にも相談できず、ずっと一人で我慢するしかなかった。それで暴飲暴食すれば少しはすっきりするってことに気がついて、そこから毎日食べる日々が始まったわ。元々食べるのは好きだったから、どんどん加速しちゃって、気づいたらこんな体型になってたの。」
俺はれ子の話を聞きながら、元旦那への怒りがふつふつと湧き起こった。
「で、旦那には呆れられ、捨てられちゃったってわけ。」
「そんなの、れ子じゃなくて旦那の方だろう。」
「私の見る目がなかったのよ。結局あの人は私の見た目が好きで、そうじゃなくなった私に用はないって感じだったのかな。」
すっかり落ち着いて話しているれ子とは対照的に、俺は手が震えるほど怒りを抑えるのに大変だった。
「こんな旦那、正解だよ。」
俺は思わず言った。
「え?」
「いや、そんな外見しか見てないやつなんて、何の価値もないやつだよ。おまけに浮気症なんて、本当最低だ。」
俺は自分を落ち着かせようと、コップの水を一気に飲んだ。
「ねえ、もしかして愛曽君、怒ってる?」
れ子は笑いをこらえながら言った。
「え、だって、れ子にそんなことするやつが許せなくて。」
「愛曽君って優しいのね。私以外の人が怒ってくれるのって、こんなに嬉しいんだ。ありがとう、私のために。」
俺は急に恥ずかしくなって下を向いた。なんだか俺だけがれ子への想いを膨らませているようだった。
俺たちはそれから頻繁に会うようになった。ほとんどはれ子の行きたいというカフェ巡りをしたり、食べている時間の方が多かったが、俺は美味しそうに食べるれ子の顔を見るのが好きだった。そのうち俺たちは食べるだけのデートではなく、映画に行ったり遊園地に行ったり、俺の趣味に付き合わせてサイクリングに行ったりもするようになった。
「せっかくだから、私も自転車買っちゃおうかな。」
れ子のノリのいいところも、俺が好きなところだった。
「いいね。俺が一緒に選んであげるよ。」
俺たちは気づいたら毎週末会うのが当たり前になっていた。れ子は昔と変わらず、本当に周りの人に優しかった。お年寄りには必ず席を譲るし、小さな子が泣いていたら声をかけて慰めてあげたりする。そんな彼女に、俺はますます心惹かれていった。
俺と自転車で出かけるようになってから、れ子は少しずつ体型がスリムになったような気がする。でもやっぱり食べることは大好きだから、俺はれ子にどんどん食べろと美味しいものを進めた。
「もう、せっかくダイエットできそうなのに。愛曽君といると、いっぱい食べちゃうじゃない。」
「いいんだよ。俺はれ子が美味しそうに食べるのを見るのが好きなんだから。」
俺たちはもう付き合っていてもおかしくないほどに、デートのようなものを繰り返していた。俺はある日、決心してれ子に告白しようと思った。
映画が終わって、俺は言った。
「映画面白かったね。周りはカップルばっかりでちょっと気まずかったけど。」
「うん。」
「あのさ、俺たちもカップルってことにしちゃだめかな?」
「どういう意味?」
「だから、その、俺と付き合ってほしい。」
「え、本当に?」
れ子は驚いていたが、すぐにニッコリと笑ってくれた。
「嬉しい。私もそうなったらいいなって思ってた。でも、こんな私だから、私からはなかなか言えなくて。」
「なんでだよ。俺、昔れ子に片思いしてたんだ。気づいてなかっただろう。」
「うん。全然知らなかった。」
「まあ、学年の人気者だったからな。当たり前だよ。話しかけたかったけど、俺には高嶺の花だと思って、声をかけられなかった。卒業しても、それだけは後悔してたんだ。それで同窓会で会えて嬉しかった。」
「そうだったの。私はあの日、一人で心細くて、みんなからも陰口叩かれちゃって、やっぱり帰ろうかなって思ってたところに、ヒーローみたいに愛曽君が現れてくれたの。みんなの前であんな風に守ってくれて、かっこいいって思っちゃった。それから密かに愛曽君いいなって思ってたから、こうやって会えるようになってすっごく嬉しくて。」
「マジか。」
俺はれ子にも好意を持ってもらえてたなんて、なんてラッキーなんだと思った。
「こんな私でよければ、よろしくお願いします。」
「こんなじゃないよ。俺はこのれ子が好きなんだ。れ子がぽっちゃりしようが痩せようが、れ子が楽しそうにしてるなら、それが一番いいよ。」
「ありがとう、愛曽君。」
俺たちは映画の中の主人公たちみたいに抱き合った。こうして俺たちはついに彼氏と彼女になった。まさかあの同窓会でついた嘘が本当になってしまうとは、お互いにこれっぽっちも思っていなかった。
俺とれ子は少しでも一緒にいたくて、お互いのアパートを引き払い、マンションを借りて同棲を始めた。れ子は料理も上手で、いつも美味しいご飯を作ってくれる。お互いいつまでも健康でいようと話し合い、ヘルシーな和食が多くなった。しかも休みの日は二人でサイクリングを続けている。もちろんたまにはカフェ巡りも行くのだが、そんな健康的な生活を続けているうちに、れ子の体型はどんどんスマートになっていった。無理なダイエットではないので、見た目もとても自然で美しいスタイルになった。
そして、あの同窓会から2年後、俺たちは二人で32歳の同窓会に参加した。れ子は元のモデルみたいな体型に戻り、またしても周りのみんなを驚かせていた。
「え、嘘?あれがれ子?2年前に来た時には太ってたよね。」
「ダイエットしたのかな?」
女子たちはまた言いたいことを言っている。
「マジかよ。あれ、昔のれ子のまんまじゃん。くそ、俺も2年前に声かけとくんだった。」
「おいおい、人の奥さんのこと、何だと思ってるんだよ。」
俺はみんなの前でそう言い、れ子の横に立った。
「え?奥さんって嘘だろ?お前ら結婚したのか?」
「うん。実はそうなの。」
「そういえばあの時、付き合ってるとか言ってたもんな。なんだよ、この幸せ者が。」
みんなは今度は拍手をして、口々に祝い出した。
「おめでとう。」
「こう見ると、なんかお似合いね。」
「やったな、愛曽。俺はあの時から、二人はこうなるんじゃないかと思ってたぜ。」
横島は調子づいて俺に向かってウインクしてきた。
「気持ち悪いな。やめろよ。」
俺は横島をどつきながら照れ隠しをした。そう、俺たちはあれから交際を続け、めでたく入籍したのだ。俺は中学の頃の初恋の相手を見事お嫁さんにもらうことになった。
今でもれ子はたくさん食べるし、美味しいお店を見つけるのも大好きだ。しかし昔みたいに暴飲暴食をしなくなったせいで、健康的な体型を維持している。まあ、俺はれ子も大好きだから、別にスタイルなんてどうでもいい。
「行ってらっしゃい。今日のお弁当は豚の生姜焼きと味噌フライだよ。」
「めちゃくちゃがっつりだな。ありがとう。行ってきます。」
こうしていつまでもれ子と幸せな生活が続けていけるよう、日々感謝を忘れずにいたい。



