デパートのアクセサリー売り場で、私は夫の秋夫を見かけた。アメリカに単身赴任しているはずの夫が、若い女性と一緒に笑いながら指輪を選んでいる。その女性のお腹は、はっきりと膨らんでいた。
私は物陰に隠れ、スマホで二人の様子を録画した。彼らの会話が聞こえてくる。
「奥さんかわいそう。今でも秋夫さんがアメリカに行ったって信じて待ってるんでしょ」
「盲目的なんだよ。俺がいないと生きていけない。哀れな女なのは事実だけど」
「でもそろそろ関係切ってくれないと困るよ。あなたはパパになるんだから」
その瞬間、私はすべてを理解した。夫は私を騙し、浮気をし、その相手は妊娠している。義両親もおそらく知っている。
私は静かに怒りを胸に秘め、証拠を集めることにした。
—
私の名前は井上幸見。30歳の主婦だ。夫の秋夫と出会い、結婚して幸せになることを信じていた。しかし、その信頼は崩れかかっていた。
出会いは、互いの会社にとって重要な共同事業の会合の場だった。社会人になって初めて参加する大きなプロジェクトに、私は緊張が隠せなかった。
「もっと肩の力抜いていいと思うよ。失敗したって命を取られるわけじゃないし」
見かねた彼が休憩時間に声をかけてくれたのが始まりだった。
「そうですよね。ありがとうございます」
初対面で楽しく男性と話せたことは少なく、その出来事は記憶に深く刻みつけられた。以後、秋夫には共同事業中に何度も助けられた。私も頼っているだけではいられないと努力し、後々では逆に彼を助けることも増えていった。
やがて共同事業は大成功に終わり、打ち上げ会を最後に合同チームは解散が決定した。正直、私はそれを少し寂しく思っていた。秋夫に好意を抱いていたからだ。
しかし、その思いは彼も同じだったらしい。彼から「話がある」と近くの公園に誘われた。
「今後は仕事仲間としてじゃなくて、男と女として付き合っていきたいんだ」
彼の申し出に、私が即座に頷いたのは言うまでもない。
以後、私たちは互いの仕事の合間を縫って交際を重ね、関係を深めていった。その中で結婚を意識するようになり、多くの夢を語り合った。
「私、できればたくさんの子供を生みたいな」
「兄弟なくて寂しかったって話してたっけ?」
両親は遅い結婚で、母は私を高齢で生み、以降の出産は命に関わるとして回避した。親戚には近い年頃の従兄弟もおらず、子供時代は打ち解けられる友達も少なく、心細い日々が長く続いた。自分の子供にはそんな思いをさせたくなかった。
「となると、早いうちから出産や育児を考えるべきか」
「そうだね。そのためにも、これから貯金しておかないと」
少し気が早いと笑ったが、否定はない。前向きに将来を考えてくれているのが嬉しかった。私は彼の両親との顔合わせを提案した。
トントン拍子に話が進み、1週間後には義両親と初対面することに。義実家は隣の県にあり、会うのに少し時間がかかった。しかし、それを忘れるほど2人との顔合わせは楽しく過ごせた。
「こんな綺麗で気遣いのできる人がお嫁さんなんて、私とても楽しみだわ。秋夫にはもったいないくらいだよ」
「ひどいな、父さん。でも本当に幸見はそれぐらい素敵な人なんだ」
収支合って、彼らの家族になることが待ち遠しく思えるほどだった。同様に私の両親との顔合わせも問題なく終了し、私たちは3ヶ月後には結婚した。
居となるマンションへと引っ越した。そこからしばらくの間は本当に幸せだったと思う。互いを助け合い、家事を分担しながら仕事を続け、将来に向けての準備を進めていく時間は充実していた。義両親との関係も良好で、このまま人生を過ごしていけたらいいのにと願っていた。
しかし、そんな願いは様々な出来事を重ねる中で少しずつ崩れ落ちていく。
始まりは結婚して1年後の私の退職だ。元々無駄遣いしない生活をしていたので、結婚以前からのものと合わせれば貯金は十分だった。そろそろ出産や育児にシフトしてもいいだろうと判断し、秋夫と相談の上で仕事をやめることにした。
周囲からは惜しまれ、自分自身まだまだやりがいは感じていた。しかし、賑やかで楽しい家庭を夢見ていた私は、少し後ろ髪を引かれつつも専業主婦となった。
「俺もっと頑張るからさ。みんな笑顔になれる明るい家庭を作ろう」
「ええ、家のことは私に任せて。妊娠したら秋夫の力を借りることになると思うけど」
「そんなの当然じゃないか。支え合うのが夫婦であり家族なんだからさ」
断言する秋夫に、未来への不安などまるでなかった。
そこに暗雲が立ち込めてきたのは退職して2ヶ月後から。当時は妊活を進めていたものの、新たな命を宿す兆候はなく、私は専業主婦として家庭を支えていた。
そんなある日、いつもと変わらず仕事から帰宅した秋夫との夕食中、彼が言った。
「なんかさ、最近食事手抜きしてないか?」
「え?どういう意味?」
唐突な発言の意図が掴めず問い返すと、彼は少し顔をしかめながら淡々と言った。
「言葉通りの意味だよ。レパートリーがありきたりっていうか、いつも帰り映えしなくてさ」
「そう。同じような料理を続けないよう気をつけてるつもりだけど」
「だったら俺がわざわざ言わないだろ。もっと気を使って欲しいな」
本音を言えば少し納得しかねるところがあった。しかし、彼が意味もなく難癖をつけるとは思えない。仕事のストレスで細かいところが気になるのかもしれない。
秋夫が入浴中、私はスマホでレシピアプリを眺めながら考える。料理こそ違うが、野菜や肉、細かな素材のかぶりが引っかかった可能性がある。そう判断した私は、できる限り豊富な素材をいつも備えることにした。その上で毎日の料理に今まで以上に気を使うよう心がける。少しでも彼の心を癒すために。
だが、その結果は想像とは大きくかけ離れたものだった。
「はあ。お前は何も分かってないな」
彼が料理に文句をつけてから2週間後、新しいレシピを試して感想を求めたところ、秋夫は呆れた様子で首を振った。
「今日のダメだった?」
「そうじゃない。毎日手を変え品を変えればいいとか思ってるだろう」
言いながら、彼はまるで汚いものに触れるかのように料理を箸でつつく。
「俺はお前の実験に付き合わされて疲れてるんだよ。仕事が大変な時に余計な負担をかけないでくれ」
「その言い方はひどくない?」
さすがに耐えかねて反論を口にした。私の表情を見て言いすぎたと思ったのだろう。秋夫は申し訳なさそうに視線をそらす。
「今のはごめん。でも俺にはお前が適当にレシピを選んで、文句を言われないためだけの料理を作ってるように感じたんだよ」
「心外だわ。私はちゃんと色々なことを踏まえた上で毎日の献立を考えてるんだから」
「だとしたら謝るよ。でも最近忙しくて大変なんだ」
確かに秋夫は忙しそうにしていた。だから滝に渡る仕事を任され、残業や日帰りの出張を増やしているという。帰りが遅くなることもしばしばあり、顔にも疲れの色が濃い。それを面倒にするのは間違えているとは思う。しかし、家族のために奮闘する彼を責めたくはない。
瞬々の末、私は秋夫の暴言をそれ以上深く問わず、曖昧な状態で夕食を終えた。その後味の悪さは残ったが、しばらくの間彼の文句は鳴りを潜めた。時折り夕食を褒めてくれることもあり、このまま関係修復ができると私は信じていた。
だが、そんな希望的観測は次の変化で打ち砕かれてしまう。秋夫の出世だ。
「河田部長が俺を推薦してくれたんだ」
彼の上司の河田孝志には私も何度か会ったことがある。彼は秋夫と出会うことになった共同事業への参加を後押ししてくれたそうで、結婚式にも招待させてもらった。
「夫の職場について気になることがあったら、気軽に連絡してほしい。力になるよ」
色園の中、彼は私に笑顔でそう告げ、連絡先を教えてくれたのは記憶に新しい。秋夫は彼を慕っているようで、その推薦ともなれば気合が入るのも当然だろう。
「期待に答えないとな。ここからどんどん昇進していくぞ」
彼がすごく嬉しそうにしていたこと。奮闘が認められて課長になったのは喜ばしい。しかし、そうして立場が向上したことで、秋夫は明らかに増長するようになった。平たく言えば、私を見下してきたのだ。
「やっぱり毎晩の食事は手抜きだろ。俺を実験台にしないで、常に最高の食事を出してくれ」
「私はいつも全力で料理を作ってるんだけど」
「それ以上を出せって話だよ。俺は出世してもっと頑張らないといけないんだからさ。せめてものものをちゃんと作ってくれ」
以前の食事への文句が復活したのに加え、彼は家事のあれこれにいちいち文句をつけ始める。
「黒場の掃除サボってるんじゃないか。隅の方のカを放置するとか、昼間何してるんだよ」
「それ、元からあった汚れじゃない」
マンションに住み出した直後に見つけて、管理業者を訴えようかなどと彼と冗談を交わした記憶がある。指摘すると、秋夫もその会話を思い出したのだろうか。わずかに気まずそうな表情を見せるも、一瞬だけのことだった。
「適当なこと言ってごまかすのやめろよ。いいか。ずっと家にいるんだから、家事くらい完璧にやれ」
隠し立てすると追求されないように、彼は寝室へと去っていく。似たような事柄で、彼は私へと難癖を重ねた。
「専業主婦になったくせに、最高の家事を提供できないなんておかしいじゃないか。時間はいくらでもあるんだから、ちゃんとやってくれ」
洗濯物の干し方や食器棚内の配置、掃除機のかけ方など、重箱の隅をつつくような事柄ばかりだ。それだけでも不満やる方なかったのだが、彼はいつしか主婦そのものを見下していった。
「いいよな。家の中で何の責任も負わずに暮らせて」
ある日の夕食中、思わず反論したところ、彼は心底馬鹿にする口調で不満を漏らした。
「何なの?突然変なことを言い出して」
似たようなニュアンスの言葉はそれまでも何度か口にしていた。しかし、一段上の嫌味を感じたところから、つい睨んでしまう。すると秋夫はこれ見よがしに肩をすくめて笑った。
「率直な意見を口にしただけだよ。俺は毎日満員電車に揺られて出社して、重い責任を背負ってる。その上課長になったんだ」
「それと専業主婦に何の関係があるの?これまでと同じ扱いが不満ってこと?」
「ま、そういうことかな。だって君は立場が変わっただろ。課長夫人の座を手に入れてさ」
彼の主張したいことが今一つ分からず、いぶかしむように目を細める。
「でも日々やってることは変わらない。誰に指図されることもない専業主婦暮らしだ」
こんな私の様子に気づいているのかどうかは不明だが、秋夫は得意げに続けた。
「なのにアドバイスをした俺に反論してドヤ顔とか、生きてて恥ずかしくないの?」
要は、自分は出世したのだから、もっと文句を言わずに従順に従えということなのだろう。信じられない言葉を前に、私は感情のまま眉をひそめていた。
「あなた、何かあったの?」
「どういう意味だよ」
「以前の出会った頃の秋夫はそんなこと言わなかったじゃない。少なくとも昭和のような価値観を持ち出して相手を攻めるような人間ではなかった」
こんなに大きな変化が起こるなど信じがたい。私の指摘に彼は何を思ったのだろうか。ふてくされたような顔からは原因を伺い知ることはできない。そんな視線が鬱陶しかったのか、秋夫は大きな声をあげた。
「それを言うならお前の方だろ」
「私の何が変わったって言うの?」
客観的に考えても、彼を納得させるところはないだろう。せいぜい専業主婦になったぐらいだ。すると秋夫が厳しい声を発する。
「結婚した時のお前は俺に逆らわなかったじゃないか。それにもっと綺麗だった」
「そんなの、噛みつく理由がなかったからでしょ」
当時の彼は私の思い描いた理想の夫のままで、仕事で忙しくても私を気遣い、いつも対等に向き合ってくれていた。疑心を抱く要素などかけらも存在しない。
「容姿についてはちょっと反論しづらいところもあるけど」
その点については少し言葉が濁ってしまう。基本的に外出は日用品の買い物で、そこまで気合を入れて化粧をしなくなったからだ。ファッションにも鈍くなったのは否めないだろう。
「ほら見ろ。言った通りじゃないか」
「その部分は改善の努力をするわ。でも、あなたの理不尽なところは今後も指摘させてもらうから」
「なんでだよ。一家の大黒柱である俺の言葉に従うべきだろう」
今度は私が首を振り、きっぱりとした口調で宣言する。
「命令とか強制はおかしいでしょ。私たちは夫婦なんだから。ちゃんと話し合いで問題を解決すべきだと思うの」
間違ったことは何一つ言っていないと確信できる。それこそが家族であり夫と妻の関係だ。秋夫もその部分を完全には見失っていなかったのだろう。唇を噛む以外に何もできずにいた。
「そうやって私はあなたと子供を作って幸せに生きたい。秋夫だってそう思うでしょ」
「俺だって同じ意見だよ。でもそれだと夫の威厳が…」
「今、何か言った?」
彼の小さなつぶやきに違和感を覚えて尋ねるものの、秋夫は返答する気がないらしい。はっとした様子で「なんでもない」とだけ言って席を立ち、寝室へと閉じこもる。
本当にどうしちゃったのかしら。彼は時間を重ねるごとに悪い方向へと転がっているようだ。だが、その原因や理由は不明瞭で戸惑うばかりだった。出世は間違いなく影響しているとは思う。ただ、それだけとも考えにくい。何かしら根本的なものがあるのなら、そこをどうにかしなければならない。
しかし、手をこまねいているうちに別の変化が私を苦しめることとなる。他でもない義両親だ。ずっと穏やかで仲が良かったはずの彼らもまた、少しずつこちらへの態度を変貌させていく。始まりは秋夫との対立が深まるよりも前、彼が昇進した少し後からだった。
とある平日の朝、私のスマホに義母から電話がかかってきた。
「幸見さん、今日は何か用事がある?」
「いえ、特には」
「だったらすぐこっちに来て。大事な話があるの」
義実家と私たちの家にそこそこの距離があるのは彼女も分かっているはず。にも関わらず呼びつけたことから、とても重要な事柄なのだろうと考え、急ぎ準備して電車に乗って義母の元へと向かった。
昼下がりに到着した義実家の居間で向き合った私に、彼女は告げた。
「あなたね、夫に逆らうなんてどういうつもり?」
あまりに予想外の言葉を耳にして、思わず戸惑う声がこぼれ落ちる。しかし義母は構わず自身の意見を積み重ねていく。
「秋夫から聞いたのよ。最近あなたが妙に反抗的だって。伴侶を支えるべき妻としていかがなものかと思うわ」
秋夫はどうやら私の態度に耐えかねて、わざわざ相談していたらしい。内心少し呆れてしまった。
「あの、それが今日私を呼ばれた理由なんですか?」
ただそれだけを伝えたいなら電話でも十分なはずだ。少なくとも時間をかけて移動させてまで話す内容ではない。私の呆れを敏感に感じ取ったのだろう。義母は表情を曇らせながら言った。
「まさか、その程度で呼び出されるなんておかしいと思ってないでしょうね」
「いえ、そんなことは。ただお母さんのお時間を無駄にするのも申し訳ないので、電話が適切ではと思っただけです」
素直に頷くわけにもいかず、機嫌を損ねないような言葉を選ぶ。しかし、それでも義母は気に召さなかったようだ。
これ見よがしにため息をついて、強い口調で語る。
「最近の若い人はだめね。そうやってすぐに楽をしようとする。私の若い頃は、義母に呼ばれたら喜んで伺ったものよ」
教育してもらえるまたとない機会なのだからというのが彼女の意見だ。義実家との距離が近ければそう捉えられたかもしれない。しかし、電車代や時間の消耗を考えると非効率的だろう。時代による価値観の変化を抜きにしても、彼女の主張には納得しかねた。とはいえ、意見したところで聞き入れてもらえるかどうか。以前の義母であれば、そんな疑問は抱かなかった。しかし、その日の彼女には嫌味があった。最近の秋夫の言いがかりめいた発言とほぼ同じなのだ。ならば単純に反発しても無駄だと思い、望みをかけて常識や理性に訴えかける。
「すみません。軽く考えるつもりはありませんでした。ただ、お母さんは勘違いされています。秋夫から話を聞いたのよ」
「それが間違っているとでも言うの」
「あくまで誤解です。別に私は秋夫に反抗心を抱いてなんかないんですから」
そうして私は丁寧に、自分で分かる範囲の状況を話した。確かに至らぬところはあったのかもしれません。でも私は秋夫を愛していますし、彼のためにできることをしたいと考えてるんです。自分の未熟さを認めた上で、おそらく正しくこちらの気持ちを伝えられたはずだ。最初は少し噴いていた様子の義母も、どこか困惑の方が強くなっていたからである。きっと義母なら私の立場を理解してくれると胸を撫で下ろそうとした時だった。
「あなたの努力は分かったわ。だけど、努力が不足してるんじゃないの」
「足りないですか?」
話の行方が怪しくなるのを感じて、思わず顔がこわばる。そんな中で義母はきっぱりと言った。
「秋夫は課長になったんでしょ。なのにあなたが以前と変わらないなら、筋が通らないわ。見合った努力をするべきよ」
「具体的にはどういったことが必要なんでしょうか?」
内心頭を抱えたくなりながらも、それでも喧嘩腰の反論だけは避けるべく冷静に疑問を口にする。自分の意見を素直に受け入れようとしていると考えたのだろうか。義母は少し満足げな表情だ。
「そうね。秋夫がちょっとわがままを言っても、笑顔で受け入れるべきよ。そうすれば夫婦円満だわ」
「それが理不尽な要求でもですか?」
「少しくらい構わないでしょ。だって秋夫は私たちの息子ですもの」
おかしな要望など口にするはずがないと義母は語る。先ほどの説明で私は秋夫の言動について可能な限り真実を述べたつもりだ。割と無理のある指摘や無茶なことだったと。にも関わらずの発言は、義母が私の話を信じてくれない証明のようで、全身に疲労感が押し寄せてくる。一兆一跡だの説得は難しい。そう考えた私は、とりあえず「努力します」とだけ返事をし、秋をども少しずつ説得しようと試みた。
しかし、うまくいかずに終わる。義父までも彼女たちの味方だったからだ。
「最近秋夫と喧嘩してるんだって」
ある休日、義父からかかってきた電話を取った直後、真っ先に出た言葉に私は思わず肩を落としていた。都合がいいように吹き込まれているとしか思えない発言だったからだ。こちらの心情を知るよしもなく、義父はつらつらと語る。
「仲違いする時もあるだろう。でもそういう時は冷静に歩み寄らないとだめだぞ」
それはあなたの息子に言ってくださいという言葉を懸命に飲み込む。もはや義父にも全倒な意見は通用しないと直感的にそう悟ったからだ。それでも最初のうちはまだ義両親と理性的な言葉を交わすことができていた。しかし、時を経るにつれて彼らの言葉は秋夫と同様に無茶苦茶で理不尽めいたものへと変わっていく。
私の態度にご立腹した秋夫の告げ口によるものに違いない。2人は週に何度も私へと電話をかけてきた。
「秋夫はね、出世して周囲の妬みを受けて辛いのよ。あなたがストレスを吐き出させて支えなきゃ」
「無神経な子。いや、そんな話…」
「男は辛いことをなかなか話さないものなんだよ。君がそれを察してサポートしなくてはどうする?」
親には妻の愚痴をベラベラ喋っているのにとツッコミを入れたくなる。しかし、言ったところで説教めいた言葉が増えるだけなのは明らかだ。ここでできることは義両親の文句をひたすらに浴びるのみだった。
義実家への呼び出しの回数が減っただけましだろ。ただ、その代わりに電話の頻度はまず一方だ。
「貯めてるお金結構あるんでしょ?私たち全員で家族旅行にでも行くのはどう?」
「いいアイデアだな。このまま関係をこじらせているよりは建設的だ」
スピーカー通話でそんな提案をしてくることもあった。唐突かつ無邪気な内容に頭痛を感じながらも、私は否定の意思を明確に伝える。
「この貯金は将来の子供たちのためのものです。それと使うつもりはありません」
「そうは言うけどね。あなた一向に妊娠しないじゃないの。努力が足りないんだろう」
「最近、君と秋夫の結婚が正しかったのか不安になってきたよ」
妊娠が叶わないのは、義両親の高圧的な態度によりとてもそんな精神状態になれないからだ。それを棚に上げてよく言えたものだと苛立ちが募る。
「あるいは体の問題かもしれないな」
「そうね。幸見さん、今度病院で見てもらうべきよ。きっとあなたが原因だから」
「お、はくして課長になったエリートだ。問題があるはずもない」
仕事ができることと子供に一体どんな因果関係があるというのか。暴言の連続を前に、私は正しさを口にする気力すら失われていく。
そんな状況に追い打ちをかけるように、義両親はさらなる行動に出た。
「今日は抜き打ちチェックをさせてもらうわね」
わざわざ私たちのマンションに足を運び、教育と称して家事に口を挟んできたのだ。
「お母さん、何もここまで来なくても…」
「仕方ないでしょ。課長夫人になったのに、その自覚ないあなたが悪いのよ」
課長夫人だなんてそれほど大したものではないだろうに。そう言いかけて、どうにか抑え込む。しかし、それを知るよしもない義母は容赦などしなかった。
「最近はアプリとかで簡単にレシピを調べて頼るみたいね。でもそんなことじゃ真に美味しい料理は身につかないわよ」
「いえ、プロの料理人監修のものですから、普通に利用して問題ないと思います」
「分かってないのね。それだと母の味の再現なんてできないわ」
彼女はそんな調子で井上の伝統の味を私に教えようとする。しかし、どれも単純かつ簡単すぎる調理法だらけ。それこそ秋夫が私に向けていった手抜きではないかと思えた。心証は良くないと考えて実際に食べてみても、私が悪戦苦闘して作り上げてきたものより格段に素晴らしいとは感じられなかった。
実際に義母のレシピであることを伏せて秋夫に振る舞ってみたところ。
「なんだこれ?今まで食べた中で一番味がどうかしてる。手抜きここに極まれりだな」
と大騒ぎする始末だった。
「そんなはずないけど。だってそれ、お母さんから習った井上の味だって」
直後、事実を明らかにする。彼はそれを認めようとしなかった。
「適当なこと言って母さんを貶めるのが…わざわざそんな真似するわけないでしょ。お母さんに確認してみてよ」
その後、義母に連絡を取ったところ、彼女は料理を教えたのは事実だと肯定する。しかし、味については私の腕が悪いからだとして、自分提供のレシピの非は認めなかった。
「自分の非を私になすりつけてくるなんて、そこまで性格が悪いとは思わなかったわ」
「義理の母親に対してなんて言い草だ」
義父もスピーカー通話で大げさに騒ぎ、罵倒を繰り返す。
「結婚した頃の幸見はどこに行ったんだ?俺はお前の夫であることが恥ずかしいよ」
秋夫まで文句を言う始末で、まさに四面楚歌だ。
同様の日々が続く中、両親に相談することを考えた。しかし、私の実家は井上よりもさらに遠い。帰ることは容易にできないし、高齢の両親に足を運ばせるのも心苦しかった。結果、泣き寝入りするよりなく日々を過ごした。さすがに義母が訪れる回数は週に1度か2度ほど。だが、日々の電話の上に直接的な負担がかかり、心身をすり減らす一方となった。そこへさらに義父も負荷を与えてくる。どこで見つけたのか、昭和的な夫婦の価値観を称賛する本を私に送り付けてきたのだ。
「君は古き良き時代を学んで、夫の後ろを歩く、慎み深い女性を目指すべきだ」
荷物が届いたかの確認がてら力強く断言された時は、頭がどうにかなりそうだった。そのため、衝突を避けるべく適当に頷き、本は放置しようと判断したのだが。
「あの本、熟読しているかね?読み終わったら感想を是非聞かせてほしい」
数日に1回、電話かメッセージでそんな言葉を投げかけてくるので、面倒なことこの上ない。しぶしぶページを開くも、令和の世の中では信じられない内容の数々に私の頭痛は加速していく一方だった。
義両親は素直に従わない息子の嫁を、絶対服従のロボットにでもしたいのだろうか。彼らの態度は時を経るごとに高圧的なものへと転じていった。
3人ともあまりに理不尽なので、もしかしたら本当に自分に原因があるのではと、私は思い悩むようになる。一時期は食事の量が大幅に減り、かなり痩せてしまった。しかし、そんな様子を見ても秋夫は悪びれなかった。
「努力するとか言ってたくせに、ますます不細工になって恥ずかしくないのか」
容赦なく吐き捨てる姿には愕然とする。私が信じて結婚した最愛の人と同一の存在だとは到底信じられない。さらに秋夫は私との距離をますます取っていく。夕食を一緒に取る回数も時間も減少していった。休日もマンションから離れて、どこかで1人時間を潰しているようだ。それらについて尋ねると、うんざりした表情を浮かべる。
「普段は残業や付き合いで神経をすり減らしてるからさ、休みくらい自由な時間を過ごしたいんだよ」
私はつい顔がこわばる。すると秋夫は声を荒らげて主張した。
「まさか俺が嘘ついて遊び歩いてると思ってるのか?気になるなら河田部長に聞いてみればいい」
指示に従って、彼に電話をかけて連絡を取ってみたところ。彼は一笑に付した。
「気にしすぎだよ、奥さん。君の夫は間違いなく仕事でお忙しい。変なことはしてないって保証する」
通話を終了した後、秋夫はそれ見たことかと言いたげな表情で眺めてくる。そんな彼に対して私は素直な心情を口にする。
「あなたの主張は理解できるつもり。でも私は夫婦として一緒にいたいって思っちゃだめなの」
「そんな気分にさせないくせに、よく言うよ。ふさわしい妻としてもっと修行してから出直してくれ」
この頃も秋夫からの理不尽な発言は変わらなかった。結婚当初は手伝ってくれた家事も、もはやそのそぶりすら皆無の状態となっている。私はただ懸命に彼の変化や態度に合わせているだけだ。決して無茶な要求はしていない。だというのに、彼も義両親もあくまでこちらに非があると主張するのだ。
そんな日々に耐えながら結婚生活を続けて3年。大きな転機が私たちに訪れることとなる。
「今日は早かったのね」
珍しく定時で帰宅した彼は、意味深な表情だった。軽く思っていると、彼はそのままの顔で告げる。
「俺たちの未来に関わる大事な話があるんだ」
秋夫に促されて座ったテーブルで向かい合う。息を飲んで見守る中、彼はゆっくりと口を開き、衝撃の事実を語った。
「実は河田部長から海外赴任を打診されたんだ」
「え?」
思わず驚きの声がこぼれ落ちる。そんな私に彼は淡々と続ける。
「今後に繋がる経験になると太鼓判を押してもらった。それに、ちょうどいい機会じゃないか」
「どういうこと?」
尋ねると、秋夫は呆れた様子で肩をすくめて見せた。そんなことも分からないのかと態度が語っている。
「俺たちの関係、随分ひどい状態だろ。少し距離を置いて、改めて考え直す時期かもしれない」
「単身赴任にしたいってこと?それともまさか離婚したいの?」
ためらいながらもその言葉を口にする。正直、関係が悪化する中で何度も脳裏によぎった単語だ。しかし、彼は首を横に振って否定する。
「そんなことを言うつもりはないよ。でも、冷静に関係を見つめるべきだとは考えてる」
確かに秋夫の言葉は理にかなっている。今の状態を続けるのは互いにとって正しいとは考えにくい。とはいえ、現状で距離を置くのはより溝を深める可能性もある。どんな不安もあって、私は言った。
「その出張先はどこなの?期間は?」
遠くない場所、短い間であれば関係の冷却には適しているかもしれない。だが、彼の返答は私の想像を大きく裏切るものだった。
「3年間アメリカに赴任する」
「長すぎる。私も一緒に行く」
驚きもあって即座に意見が口をついて出た。さすがに長期間だし、気軽に行けるような距離でもない。下手をすれば夫婦関係自体が無散してしまいそうだ。自分でも愚かだと思うが、私はまだ秋夫との、そして義両親との関係修復を夢見ている。優しかった頃の彼らを知っているからこそ、諦めきれなかったのだ。
そんな思いを感じ取ってくれたのだろうか。秋夫は長らく見ることがなかった優しい表情で告げる。
「気持ちは分かるし嬉しいよ。でも、お前は家を守っててくれ。いつか俺がちゃんと帰る場所にいてほしいんだ」
久しぶりに普通の心ある対応をされて、私の胸が熱くなる。正直嬉しくてたまらなかった。まだ自分たちの愛情や絆は途切れてはいなかったのだと。何度も疑念を抱いてきたけれど、それは間違いであり誤解だった。少なくともこの時の私はそう思った。
「ええ、分かったわ。家のことは私に任せて」
だから寂しさをこらえながら頷いた。秋夫にとって大切な居場所を守ろうという決意を固めながら。
そうして彼の単身赴任を了承した私は、1ヶ月後に訪れた出発当日、秋夫を自宅で見送った。
「本当に空港まで一緒に行かなくて大丈夫?」
「そこまでしなくてもいいって。大げさだな」
海外への移動が決定して以降は、かつての新婚生活が戻ってきたかのような穏やかな時間が続いていた。気を使ってくれたのか、義両親の干渉もいくぶん緩やかになっていたと思う。それもあって、キャリーケースを引いていく秋夫の背中を視界から消えるまで穏やかな心地で見守り続けられた。
以後の私は気分一新し、3年間の留守をしっかり守るべく日々を懸命に生きた。妊活計画も事実上中断された。今、ただ家で生活するだけでは時間がもったいない。かつての職場に連絡したところ、人手が足りていないらしく、改めて働けることとなった。
彼が帰ってきた時、今度こそ子供を産もう。より完璧に準備を整えておこう。義両親を旅行に連れて行けるくらい稼げるようになれば、彼らとも和解できるかもしれない。あるいはお金を貯めて、アメリカの赴任先に様子を見に行くのもいい。
「そんなことしなくていいって。金も時間も馬鹿にならないだろ」
時々トークアプリなどで連絡を取ると、秋夫はどこか困った様子でその考えを否定した。
「だから電話もこうして避けてるんだし」
彼の提案で連絡はアプリやメッセージに限定されていた。国際電話は料金がかさむという理由で納得はできる。しかし、私としては声や姿を確認したくてたまらない。
「そうかもしれないけど、やっぱり心配でね。必要な荷物とか本当にないの?」
だが、彼は荷物のやり取りや訪問を固くに拒否していた。住所さえ教えようともしないのだ。
「大丈夫だって。しつこい女は嫌われるぞ」
こちらからの連絡が煩わしかったのだろうか。当初は頻繁だったやり取りは、時間の経過と共にどんどん回数が少なくなっていった。彼の忙しさを考慮して週1程度に抑えたのにも関わらず、返信自体稀になり、挙句の果てには既読すらつかなくなった。
心配になり、上司である河田部長や義両親へ定期的な状況確認を頼むこともあった。自分は無視されても、彼らなら連絡を取れるかもしれないと考えてのことだ。
「何も心配いらないよ。あいつはしっかりやってるから」
「彼に会ったんですか?」
「ああ、そういうわけじゃなくて、声が元気だったんだ」
電話でそう聞かされて、胸に再び疑念がよぎる。私のことは避けるのに、彼とは直接声を交わすのかと。
「それは仕事のついででしょ。別に不思議なことじゃないわ」
「そうだとも。君は深く考えすぎなんだよ」
同じように相談した義両親にも考えを否定されてしまう。だが、不安はますます膨らんでいった。半年に1度は顔を見せに帰ってくるという約束を事前に交わしていたのに、反故にされたのも大きかった。
「忙しくて時間が作れなかったんだ。仕方ないだろ。次の機会まで待ってくれ」
日本にいた時も散々言われた多忙という理由を、再度トークアプリの文面で突きつけられ、心が落ち着かなくなっていく。
こんなことじゃだめだわ。ある日曜日、あえて声に出して自分を確かめた。1年後、秋夫の誕生日を高日として、疑心暗鬼になったお詫びも込めてプレゼントを彼に送ることにした。荷物のやり取りは禁じられていたが、誕生日のお祝いくらいは構わないだろう。住所はプレゼントを立て前にどうにか聞き出せばいい。
そうして何かしらいい品がないかと探しに行ったデパートで、私は信じがたいものを目撃する。
「え?」
思いがけずこぼれた声を抑えるように口を隠しながら物陰に隠れる。時計やアクセサリーなどを取り扱っている売り場で見かけた人物は、他でもない。アメリカにいるはずの秋夫だった。
勘違いかと思って何度も見返したが、やはり彼だ。秋夫はヘラヘラとだらしない笑みを浮かべつつ、店内の女性用のアクセサリーを指さした。
「これとか、けい子に似合うと思うよ。華やかでいい」
すると近くにいた若い女性がご機嫌な表情で頷いた。どうやら彼の同行者らしい。その腹部はわずかに、しかしはっきりと膨らんでいる。彼女の全体的な体型から察するに、おそらく妊娠しているのだろう。
困惑しながら隠れて様子を伺っていると、けい子と呼ばれた女性の遠慮のない大きな声が響いた。
「うん。最高。でもいいの?奥さんにもこういうのプレゼントしなくて」
「いいんだよ。あいつ、結婚前に比べたら信じられないくらい見た目が劣化してさ。アクセサリーなんて金の無駄だ」
鼻で笑うような言葉を聞かされ、全身から血の気が引く思いだった。しかし、帰って良かったのかもしれない。熱が引いた私は、自分でも信じられないほど冷静にスマホを取り出し、2人の様子を録画し始めていた。
それに気づかない彼らは楽しげに会話を続ける。
「奥さんかわいそう。今でも秋夫さんがアメリカに行ったって信じて待ってるんでしょ。実際は地方支社に優秀な社員として抜擢されただけで、国内にいるも知らずに」
と語る彼女に対し、秋夫は呆れた様子で頭を横に振る。
「盲目的なんだよ。俺がいないと生きていけない。哀れな女なのは事実だけど。でも、そろそろ関係切ってくれないと困るよ。あなたはパパになるんだから」
言いながら、けい子は自分の腹部を愛おしげに撫でた。その仕草で妊娠している事実を確信し、同時に父親が秋夫であることを理解する。すでに冷静になっていたからだろうか。あるいは今までの積み重ねによるものなのかもしれない。感情が爆発することはなかった。ただ、静かな怒りが心の奥底で湧き上がるような感覚だけがあった。
「俺は本当に周囲に恵まれてるよ。河田部長は俺を助けてくれるし、可愛い子にも愛されてさ。駄目なのは今の嫁だけだ」
「部長さんのフォロー、助かってるよね。今度私からの礼も伝えておいて」
「あ、ご両親にもまた会いましょうって話しておいてくれる?」
「分かったよ。新しい嫁としてけい子なら受け入れてもらえるさ」
そんな会話を聞かされても、動揺はもはやない。彼らの言葉が何を意味しているのか、冷静に分析できる。
でも、いい夫婦であろうと努力しててよかった。2人が売り場から去っていくのを見届けた後、小さくつぶやく。秋夫にプレゼントしようと考えなければ、真実を知らないまま、いたずらに時間を無駄にしてしまっていたかもしれない。正しく生きることは決して間違いではないと、神様にお告げをもらった気分だ。
せっかく手に入れた証拠を無駄にする理由はない。しっかり活用しよう。私との関係を切りたいのなら、手助けしてあげる。あなたたちの望んだ形かどうかは知らないけど、確かな決意を声にして歩き出す。
そこから私は着々と準備を進めていった。自分を苦しめてきた全てに、可能な限り過激な制裁を下すべく。そのために表向き現状を維持した。下手に行動を変えて疑われるのは避けたい。それまでと同じく秋夫と連絡を取ろうと努力し続けた。義両親たちにも、彼の日々の安否確認を変わらず要求する。
仮面を演じ続けていると心の中には虚しさが満ちる。しかし、いずれ訪れる日のために必要だと思えば、我慢することは容易だった。その結果、どうしてだ?お前は俺を愛してたはずだろ。ちょっと何言ってるの?どうして今更こんな女に媚を売るのよ。現在、証拠を突きつけて全てを開示したことで、目の前では阿鼻叫喚の地獄が展開されていた。私以外の当事者は泣き叫び、絶望に暮れている。
ここに至るまで長い道筋だったと改めて思う。考えに浸りながら、私は今日までを心の中で振り返る。
夫の浮気を把握してから3ヶ月ほど過ごした後、全てを整えた私は制裁のために動き出した。それが今朝。手に入れた有益な情報をもとに、週末にある場所へと赴いた。そこは私が、そしてけい子が暮らしている県内で有名な高級レストランだ。
ランチタイムが終わるまで近くのオープンカフェでのんびり待機していると、目当ての人物たちがご機嫌な様子で店の外に姿を現した。
「いやあ、さすが評判のランチだな」
「すごくおいしかったですね」
「あ、こんな店を教えてもらえるなんて、やはり君はうちの嫁にふさわしい」
秋夫により大きくなった腹部を抱えたけい子。そして義両親だ。制裁を与えるべきメンツの大半が揃っている。本当はもう1人呼びたい人間がいたものの、とりあえずは構わないだろう。仲のいい家族といった雰囲気をまとい、駅へと歩いて行こうとする彼らの前に、私は堂々と立ちふさがった。
「あら、こんなところで会うなんて奇遇ね」
「あ、は。なんでお前が」
最初に反応したのは秋夫だった。ここにいるはずのない人間を前に慌てふためいているというところか。しかし、それは逆だ。満面の笑顔で敵を表現しながら事実を指摘する。
「なんでって、私のセリフだと思うんだけど。ここってアメリカだったかしら」
皮肉たっぷりの言葉に対し、彼はパクパクと口を動かすのみ。ろくに反論も浮かばないらしい。そんな彼は放置して、次に私は義両親へと視線を移す。義母たちも困惑の色を隠せず、まさにオロオロという表現がぴったりの様子だった。
「お父さんとお母さんはご存知だったんですね」
「何についてだ?」
「秋夫が日本にいることですよ。どういう状況か説明していただけますか?」
問いかけると、義両親は顔を見合わせてこそこそと何かを話し合う。やがて2人は恐る恐る声を発した。
「今日たまたまアメリカから帰ってきたところだったのよね」
「おお。私たちも今朝知らされて驚いてたんだよ」
実に稚拙な嘘だ。せめてもう少しマシなことを言えないものかと呆れつつ、私はツッコミを入れる。
「なるほど。じゃあ、どうしてその情報を私に共有してくれなかったんですか?」
最秋夫と話したい、会いたいと伝えていたはずだと語る。案の定、答えに詰まった義両親はせわしなく視線を動かすばかり。疑問に答えきれない彼らに、私はさらに追求を重ねる。
「そもそも、私が知らない人を同席させているのはどういうことですか?彼女が何者か教えていただきたいんですけど」
親しげに話している様子を目撃されている以上、たまたま一緒に店を出た他人だなんて言い訳はできるはずもない。自分たちがまずい状況に立たされていると理解したのだろう。義母は顔を引きつらせながら、それらしい事柄をでち上げようとした。
「あのね、彼女は親戚の…」
と口に仕掛けたのだろうが、それを最後まで伝えることはできなかった。他でもないけい子本人が遮ったからだ。
「友達なの。昔からの。そうよね」
覆いかぶせた言葉を真実にしようとしているのか。彼女は血の気の引いた顔を秋夫へと向ける。しかし、当の彼は表情を歪め、「余計なことを」とでも言いたげな非難の目をけい子に送っていた。おそらく義両親のでたらめな方こそまだ信憑性があると考えたに違いない。後になって秋夫の言わんとすることを察したのだろう。彼女は自身の口を手で覆うものの、発言がそれで撤回されるはずもない。
「親戚なの?友達なの?どっちかはっきりしてくれない?」
問いかけるも、4人は誰も明確な回答を告げられずにいた。もうそろそろ茶番は十分だろう。放置していたら一生状況が進まないため、私の方から真実を語ることにした。
「なんてね、あなたについては分かってるのよ。けい子さん、秋夫の会社の取引先の事務なんですって」
本名をずばり言い当てられたからだろう。けい子は目を見開いて驚きを露わにしていた。
「どうして私のことを?」
「実は少し前に見たのよね。あなたと彼がとっても仲良しなところ」
そう言ってスマホを取り出す。画面には私が真実を目の当たりにしたデパートでの動画が表示されている。楽しそうに互いの体を触り合う様子が垂れ流されて、彼女の表情から血の気が引いていく。そんな中、言葉を失っていた秋夫が息を吹き返した。
「お前、盗撮なんて最低だろ」
「後輩と一緒に歩いていただけで夫を疑うとか、どうかしてる。かわいそうに、彼女怯えてるじゃないか」
可愛い子を守る自分はかっこいいという自己陶酔だろうか。
「秋夫さん、素敵です」
そんな秋夫がかっこよく見えたらしく、けい子はうっとりしている。
「そうよ。おかしいわ」
「盗撮に待ち伏せと言い、君はモラルにかけてるんじゃないかね」
義両親さえも先ほどまでの動揺を忘れ、目を輝かせながら反論を口走る姿に、ただただ呆れ果てた。しかし、ちょうどいい言葉を発してくれたので、ありがたく話のとっかかりにさせてもらう。
「私に道徳を追求できるお立場ですか?もちろんお父さんだけでなく、ここにいる全員ですよ」
「の、なんだその偉そうな口ぶりは?」
直後、義父は大きめの声を張り上げる。私をひるませようという魂胆だろう。しかし、今日に向けて覚悟を固めていたので、そんなものは怖くも何ともなかった。逆に見据え返すと、義父の方が少し身を引いた。
「傲慢な態度だと思いますよ」
内心吹き出しそうになるのをこらえて、私は告げる。
「散々嫁の心構えなんだと言ってきたくせに、お父さんたちはそれ以前に人としての常識にかけてるんですから」
「失礼な。私たちほど的で立派な義理の親はいないわ」
「わあ、すごいですね。ご自分でそんな言葉を口にするなんて」
あえて大げさに驚いて見せたのは、彼らに対する皮肉だ。ちゃんと通じたらしく、義両親は怒りで顔を真っ赤にしていく。
「ところで、さっきの疑問に答えていただいてませんよね。どうして家族揃って、旦那の間にけい子さんを呼んだんですか?」
モラルの高さを堂々と自慢するほどの親なら、人様が納得できる説明くらいは可能だろう。しかし、義母たちはあっさりと再度沈黙する。
「そりゃ言えませんよね。新しい嫁として迎える準備のためとは」
「それともう決定しているから、親睦を深めてただけですか?」
笑顔を浮かべる私とは対照的に、彼らは顔面蒼白となり、さ迷い出した。
「邪推だ。何を根拠にそんな馬鹿げたことを言ってるんだよ」
「そうですよ。私と課長はあくまで友達として仲良くしてるだけです」
秋夫たちはギャイギャガイガイと騒ぐ。先ほど見せた動画を正確に言えば、当時話していたことを彼らは忘れているようだ。
「へえ。友達ですか?こんな会話をしておいて」
それならちゃんと思い出させてあげようと、動画の該当の位置を最大音量で再生する。
「でも、ご両親もけい子を合わせて私のことを気に入ってくれて、すごく嬉しいわ」
「そりゃ、けい子は可愛くてすぐ妊娠したからな。しかも両家のお嬢様。あの役立たずとは違うさ」
「奥さんかわいそう。でも課長にはやっぱり私がふさわしいから、仕方ないよね」
響きを当たる意味心な会話に、近くを通りかかった人たちは驚きの表情でこちらを見ている。罪を追求している私はともかく、恥ずかしいところを聞かれているけい子たちは動揺と周知で体をわと振わせていた。
「でも、もっと気に入っていただけるように頑張るわ。そのためにももっと自分を磨かなきゃ。いい服やアクセサリーも必要よね」
「ああ、お金はとりあえず任せてくれ」
「でも、そっちの実家との関係修復ができたら…」
「分かってるって。無事に両親が結婚を認めてくれたら、放っておいても出してくれるはずだから」
彼らが音声を止めようとしないのは、頭が真っ白になっていたからか、もしくは変に騒げば事実だと認めることになると考えたのかもしれない。ずらにせよ、そんな夫婦にお構いなしに会話は続いていく。
「ま、どこの家も孫は可愛いはずだし、大丈夫か?」
「やっぱり妊娠に夜の相性って大事だよな。あいつ、そういう意味でもつまらなくてさ」
「というか、回数じゃないの?もう私の方が奥様より随分多いと思うわ」
「両方がかな。もしくは愛の差だったりして」
「体に負担かけないからさ。今日もよろしく頼むよ」
ただただ恥ずかしい言葉の羅列が続いた末、やがて動画は終了する。公衆の面前で再生された衝撃があまりに大きかったのだろう。絶句している面々に変わって、私が話を進める。
「とまあ、こんな会話をされていたようですけど、お父さんとお母さんがけい子さんを次の嫁と考えていたのは間違いありませんよね」
「それはその、きっと誤解があって」
「もういい。あ、そうだと思う」
義母はこの後に及んでまだ言い訳をしようとしていた。しかし、義父はもはやそれが難しいと悟ったのだろう。もしくはただの開き直りかもしれないが、彼は唾を巻き散らす勢いで事実を認めた。
「より素晴らしい嫁を迎えたいと考えて、何が悪い?うちの優秀な息子には君は合わないんだよ」
「ああ、なるほど。それがお父さんの主張ですか?お母さんはどう思います?」
「く、彼と同じ意見よ」
義母もどうやら覚悟を固めたらしい。初めて会った時からは想像もつかないほどに顔を歪め、自分勝手な主張を口にする。
「あなたは全然私たちに従わないし、もっと可愛い嫁が欲しいの。文句があるなら、もっと綺麗になってみたらどう?」
「母さんの言う通りだ。お前がそんなだから、俺は夫婦生活が満たされなくなったんだよ」
その上、今が好機と思ったのか。秋夫はまだ頼んでもいないのに、勝手に浮気の理由を語り出す。
「俺たちを責めるのは筋違いだぞ。全部お前の問題だからな」
「そうですよ。あなたみたいな嫁、秋夫さんもご両親もかわいそうです。家族は心が通じ合ってないといけないのに」
各々好き放題の主張を展開し、それを恥ずかしいと思っていないようだ。けい子の言葉に感動したと言いたげに、秋夫も義両親も頷いてさえ。
まさに厚顔無知な彼らを前に、私はついに笑いがこらえきれなくなった。すると秋夫は困惑しながら訪ねてくる。
「なんで笑うんだよ。そういう場面じゃないだろ」
「いや、誰だって吹き出すわよ。こんなの、けい子さん、ものすごいジョークね。お笑い芸人にでもなったら?」
意味が分からないんだけど。奥面もなくそう言えるけい子に、ただただ感服する。ここまで図太いからこそ、彼女はずっとのほほんと生きてこられたのだろう。しかし、あいにくそれも今日までの話だ。だって、心が通じ合ってるとか言うんだもの。互いに嘘を吐きまくってるのにね。
「そ、そんなことない」
けい子はともかく、秋夫には思い当たることがあるらしい。彼の声は上ずっていた。それについては面倒なので追求せず、私はけい子に向かっていった。
「まず、けい子さん。さっきの話とかからするとお嬢様らしいけど、それでしょ」
「適当なこと言わないでくれる?」
「だって、メカの人はプレゼントとか立ったりしないんじゃない?」
ストレートに真実をぶつけられて、彼女の顔が歪む。そんなけい子を見ていられなかったのか。秋夫がすぐさま反論を口にする。
「それは違うんだよ。さっき動画でも少し話してただろ。今の彼女は実家と不仲で…」
「その話が本当だっていう証拠は?」
「だって、学生時代の写真とか見せてもらったんだ。金持ちばっかり通ってる私立の学校の制服とか着てて…」
私の淡々とした問いかけに対し、秋夫の返答はどろどろ。提示した証拠やらもあふやで、私は思わず肩を落としていた。
「呆れた。今時そんなの画像加工でどうとでもなるでしょ。どこかの卒業アルバムでも見せてもらったわけ?」
「いや、それだけじゃなくて、何度か遊びに行ったけい子のアパートに、高そうなアクセサリーとか服が結構あって、曰く喧嘩別れの時に実家から持ち出してきたものだとか」
一応筋が通っているように思えるが、確かな証拠とは言いがたい。
「以前付き合ってた彼氏さんとかに買ってもらってたって説明もできるでしょ。あなたが見ついてたようにね」
「違う。けい子はそんなんじゃない」
真実を認めたくないのだろう。秋夫は懸命にけい子へと呼びかける。だが、彼女は目を伏せて語らず、首を振るのみだ。その間に私は把握している事実からの推測を語る。
「知り合った男性の中で一番化石が良さそうだったから、秋夫にたかってただけよ」
交際の中で秋夫を見極めたけい子は、できれば結婚しようと考え、相手が喜びそうな設定を作ったに違いない。秋夫にとって彼女の設定は心を満たすものだったのね。ちょうど出世して調子に乗ってた頃だったし。出世して将来有望な自分の相手が私のような普通の女であることに、彼は納得できなくなっていた。そんなに誘惑してきたけい子の捏造は渡りに船だった。そうでなくても、若くてそれなりに美人の女性から言い寄られて、有頂天だったのだろう。
結果、うまく騙されてたってわけ。納得できた。
「そうじゃない。彼女は名家の家の子で…」
彼はまだ事実を受け入れられないようで、何度も小さく首を横に振るばかり。一方、義両親は私の言葉を信じたらしい。先ほどまでの態度とは一転し、口汚なくけい子を罵り出した。
「何度尋ねても実家の場所を教えなかったわけだ。この嘘つきめ」
「なんてことなの?あなたみたいな女、エリートの秋夫にふさわしくないわ」
けい子は悔しそうな顔をしているものの、秋夫がまだ騙せそうなので、下手なことを言うのを避けたいのだろう。唇を噛みしめて沈黙を選択していた。そんな彼女に義両親はさらに文句をつける。
「さっきのランチ代、今すぐに返せ」
「なんなら実家に連絡しなさい。名だって証明できたら許してあげるわ」
もし本当にけい子の実家が名のある存在だった場合、彼らは娘を脅した人間ということになるのだが、理解しているのだろうか。おそらく深くは考えておらず、感情のまま叫んでいるに違いない。
「恥ずかしくないのか?人として」
「お父さんたちも似たりよったりでしょ。自分のことを棚に上げるのはどうかと思いますよ」
2人の醜悪な様子に呆れた私は、次に彼らへの追求を開始する。
「私たちがこんな女と同類だと?」
「相手によって態度を変えて、その人の立場を利用しようとしてるところですよ」
義両親を追い詰めるくれまでの集中を怒りに燃やしながら言葉を紡ぐ。
「私、ずっと不思議に思ってたんですよ。どうしてお母さんたちから厳しい態度を取られるのか。自分に至らぬところがあれば直したいと、できる限り努力し、情報もしてきたはずだ。しかし、一向に2人の態度は緩和されない。出世した後の秋夫の態度から、彼らも調子に乗っていた可能性も考えたものの、それだけなのか確信が持てなかった」
「でも、夫のけい子さんとの浮気や、お2人がそれを知っていたことで、ようやく理解できました」
「あなたごときに何が分かるの?」
「邪魔だったんですよね。私が」
はっきり告げると、義両親の体がビクっと震えた。図星だと確信を深めた私は、迷いなく言葉を並べ立てる。
「秋夫の出世で、あなたたちは自身もエリートになったと錯覚した。昇進直後の秋夫は機嫌が良く、高級レストランの豪華なランチを何度か義両親にプレゼントしていた。結婚記念日が近かったことから、高額のマッサージチェアも送っていたはずだ。それら自体は純粋に親への感謝の気持ちだったのかもしれない。問題は、その行為で2人が勘違いしてしまったことだろう。そして、エリート一家の自分たちに、私はふさわしくないと考えたんですよね」
「実際そうだろ。君は普通の会社員だったし、実家の両親だって一般人だ」
「わざわざ言いたくありませんが、そちらも同じく普通の一家では?」
義父の主張を聞いて、思わずため息がこぼれる。本当に心の奥底から調子に乗ってしまったのだなと。
「違うわ。あの時、私たちは変わったのよ。ほら、一代で富を築いた社長とか、たまにテレビで紹介されるじゃない」
「それがどうしたんですか?」
「一緒に出演してる親もセレブに見えるでしょ?いや、実際すでにその仲りをしてるはずよ。それと同じなの」
仮に息子が社長として立客すれば、その親も同様の立派な存在になっているはずというのが義母の主張らしい。分からなくはないものの、課長の段階で同じように考えるのは、さすがに気が早すぎるだろう。
呆れを少し覚えつつ、私は話を軌道修正する。
「まあ、考え方は各人の自由ですね。ともかく、そんな折、お2人はけい子さんと秋夫の関係を知った。どうやって知ったのかまでは調べられなかったが、ある程度は想像できる。可愛い名家の娘との関係に浮かれていた秋夫が、気分満面で報告したといったところだろう。元々は常識的だった2人なので、当初は浮気に難色を示したかもしれない。だが、実際のところ経過はどうでもいい。結局、名家と身内になれるという誘惑に抗えず、彼女を受け入れたのだから。そして、最終的にお2人は私を井上家から追い出す決意をした。自称いいところのお嬢さんを嫁として迎えるべく」
「厳しい態度は、私に離婚を提案させるためのものだろう。嫌味や意味不明な料理、貯蓄についての発言などは、全てその布石だったに違いない。彼らにとって最良なのは、私が秋夫の浮気を知らないまま別れること。そうすれば、離婚の責任をこちらに押し付けた上で、財産分与などの条件を井上の3人で一方的に決めつけられるかもしれない。少なくとも、浮気がバレなければ慰謝料請求は避けられるってところですか?あるいは、私が従順になるなら、それはそれで悪くないと考えていた可能性もある。エリート一家に逆らえない一般家庭の嫁という、自尊心を満たす道具を手に入れられるのだから」
「そうなの?ただの妄想よ。勝手な推理で我々を馬鹿にするのか」
義両親は水差しが不満だったらしく、噴き出して声を荒げる。ただ、彼らの怒りはもはや何の意味もない。
「確かに、推測についての証拠を出せと言われると困りますね」
そう言葉をもらすと、2人は意地悪な笑みを浮かべる。勝ち誇っているつもりなのだろうが、そうは問屋が下ろさない。
「でも、あなたたちが私に対して理不尽な態度を取り続けていたのは、紛れもない事実です」
話しながら新たに取り出したのはボイスレコーダーだ。義両親たちが目をまたかせている間に、再生ボタンをためらいなく押す。するとすぐさま義両親の声が聞こえてくる。妊娠できない理由の押し付け。私の貯蓄を使った旅行計画など、改めて聞いてもうんざりする言葉の数々だ。それらを耳にした2人は大きく目を見開く。
「つの間にこんなもの?」
「やはり君の性根はねじまがってるようだな。こそこそ証拠集めとは呆きれるよ」
「違います。録音し始めた理由は確認のためでしたから。私自身に至らぬところがあったかどうかのね」
そう、最初は純粋に自分の欠点を探すための行動だった。結果としてそれが義両親の理不尽の証明になっただけの話だ。
「でも、聞き直して理解しましたよ。仮に私に至らないところがあったとしても、ここまで言われる筋合いはないと。そして、私自身に非がない証拠としても十分だろう。このデータを誰が聞いたとしても、彼らの味方はするまい。人はやはり真面目かつ誠実に生きるべきだと実感する」
正しい確信を胸に抱きながら告げる。
「ですから、これは私の精神的苦痛の証拠として活用させていただきます」
直後、義両親の顔が改めて青く染まっていた。こんな状況になるとは夢にも思っていなかったのだろう。
「まさか、私たちを訴えるとでも?」
「話の行方次第ですが、その可能性は十分にありますね」
「そんな家族に対して裁判なんておかしいわ」
義母は悲鳴のような声をあげる。しかし、容赦するつもりなどない。
「変なのはあなたたちでしょ。仮にも義理の娘に対しての信じがたい言動の数々。それこそ人として恥ずかしくないんですか?」
義父の話した言葉をブーメランとして活用する。それを理解したらしい義父は、ぐうの根も出なかったようだ。悔しそうに両手を握りしめて、ブルブルと震えていた。
だが、まだ足りない。彼らに追求するべきことはもう1つ控えているのだ。
「ところで、そろそろ一番大きな勘違いについて訂正させてもらっていいですか?」
「何のことだ?」
「そもそも、私は秋夫がアメリカへ単身赴任してると聞かされてましたけど、お父さんたちはどうだったんです?」
質問したところ、義両親は怒りを一時的に忘れ、顔を見合わせていた。
「それは地方支社への栄転だと聞いていたが…」
秋夫は現在、義両親の住んでいる場所よりさらに離れた県で生活している。アメリカ云々言っていたのは、浮気を始め自由に動くための建前に違いない。もし直接地方支社云々を話していれば、私が彼の元へ足を運ぶのは目に見えていたはず。秋夫が固くに私の訪問や荷物の郵送を避けていたのは、アメリカに行っていないという偽りを隠す必要性故だった。特に電話は、番号で海外からの通話かどうかバレてしまうので、回避するほかなかったのだ。
しかし、そこにはさらに大きな嘘が隠されている。間を置いて、私は伝える。
「違いますよ。だって、事実上の左遷ですから」
その瞬間、ずっと呆然としていたけい子の体が大きく震えた。
「え、そんなはずないわ。だって秋夫はエリートで…」
「出世街道を歩んでいたのは事実です。でも、途中でやらかして、左遷でどうにか介護は見逃されたって状態ですから」
「ちょっと待って。私もそんな話聞いてないんだけど」
義両親も寝耳に水だったらしい。噴き出したけい子は秋夫の胸ぐらを掴んで問いただす。
「どうなってるの?業績が悪い地方のために抜擢された有能だからこその単身赴任だって言ってたじゃない」
「いや、その…」
しかし、秋夫は答えに窮し、どもるばかり。そんな彼にけい子はさらに声をあげた。
「ふざけないでよ。栄転だって聞いてたから、会うのを辛抱してあげてたのに」
正確に言えば、赴任の際に洋服やアクセサリーを買わせるのを我慢していただろう。わがままで振り回せば、名家のお嬢様という設定でも見限られる可能性を考慮していたに違いない。すでに子供を宿した状況で、それは絶対に避けなければならなかったはずだ。
「職場でも、離婚するまではあんたのこと隠さないといけないし。でも、妊娠してるから時々変な目で見られて大変なのよ」
業務提携している会社同士の社員なので、一部の人間は関係を知っている。その上、彼は既婚者だ。彼との関係が下手にバレれば、コンプライアンスが厳しい昨今、解雇させられかねない。明確に結婚が決まって籍を入れるまでは、油断ならない状況なのは推測できる。そして、それこそが秋夫が嘘をついた根本的な理由なのだ。
「ねえ、けい子さん。その状況、本当に誰にも怪しまれてないと思うの?」
「どういう意味?」
けい子は本気で理解不能と言わんばかりの顔をしていた。自分がミスをするはずがないという根拠のない自信があるからだろう。しかし、それは大きな勘違いだ。
「人の目は至るところにあるってこと。つまり、あなたたちの関係を疑ってる人が結構いたの。どっちの会社にもね」
「はん。妊娠までは適当な外に出る理由を作って、結構な頻度で体を重ねてたんでしょ。単純にその様子を見てた人が結構いたんじゃない?」
大半の人間は他人の浮気を目撃しても、気のせいとか根拠なく疑うのは良くないなどの理由で、疑念を霧散させるはずだ。だが、その回数が目に見えて増えていけば、話は変わってくる。明確な兆候はなくとも、状況的に怪しいなら、会社に問い合わせる人間がいてもおかしくない。
「休日とかならまだしも、業務時間内にイチャついてる2人を見かけたら、報告するのはむしろ当然だと思うわ。でも、会社的には明確な証拠がないと問い詰めるのは難しいでしょ」
直接的に事実確認をするのも、今の時代はリスクがある。仮に炎上でもすれば、会社運営は致命的な危機に陥るだろう。確実な証拠がなくては、企業側は彼らを処分することができなかったのだ。
「で、そうして会社が手をこまねいているうちに、秋夫は上司へ相談して対策を練ったの。その結果が、籍が覚めるまでの左遷ってわけ」
つまり、会社が正確な調査結果を出す前に、多少セクハラしたなどの曖昧な内容で過小申告され、勝手に処理されてしまった。証拠を掴まれて解雇されるよりはましだと、秋夫は判断したのだろう。本来は人事がそんな真似を許すはずもないのだが、ある人物の関与によりまかり通ってしまったらしい。
「当事者のうち1人がそうして逃げたものだから、もう片方、つまりあなたも調査しづらくなって、どちらの会社もしぶしぶ現状維持ってのが今の状況なの」
「つまり、秋夫の左遷は私のせいってこと?」
「その通りだから、少なくともあなただけは秋夫を攻める権利はないんじゃない」
私の指摘に、けい子は言葉を失った。一方、黙っていられなかったのは義両親だ。息子をかばうように、けい子に代わって秋夫に食ってかかる。
「今日、お前は何をやってるんだ?バカな真似をして、もっとうまく立ち回れなかったの?」
「そういう問題じゃないと思いますけど」
バレなければいいという主張と同義の発言に、思わずツッコミを入れる。しかし、息子への怒りに燃える2人には届かなかったらしい。両親が騒ぐ様子に耐え切れなくなったのか。秋夫は懸命に弁明し始めた。
「ま、待ってくれ。確かに今は左遷だけど、ずれ、3年後、元の場所に戻してもらえることになってるんだよ」
それは彼が海外赴任の期間として提示した数字だ。全てが最初から折り込み済みだったのだろう。
「それが事実だとして、なぜ本当のことを言わなかったんだ?」
「だって、バレたら2人はけい子を責めるだろ。そんなのを俺は耐えられなかったんだ」
だから、籍が覚めるまで秋夫は沈黙を選んだ。どうやら彼女への愛情は本気らしい。私と一時的に関係改善したのは、とりあえず離婚を回避するためだ。浮気を疑われずに済むには、ご機嫌を取りつつ結婚生活を維持するのが一番効果的だと思ったのだろう。小賢しいが、実に理にかなっている。私が何も気づかなければ、うまくことが運んでいたかもしれない。
「秋夫さん、そこまでしてくれるなんて。やっぱり私にはあなたしかいないわ」
秋夫の言い分を聞いたけい子は、あっさりと手のひらを返す。妊娠状態の彼女にしてみれば、資金源の彼に出世の目が残されているだけでも十分なのだろう。そんな思惑に気づいていない様子の秋夫は、けい子の愛の言葉によほど胸打たれたらしい。感激した様子で言った。
「俺にとってもそう。嘘をついてたのは謝る。だから、どうか一緒に苦しい状況を乗り越えてほしい」
「もちろんよ」
展開される茶番を前に、義両親は何とも言えない表情だった。名家の娘ではないけい子を否定したいものの、孫を宿している事実もあって、ままならないというところか。複雑な心境の2人はさておき、このままだと秋夫たちはハッピーエンド。私にとってはバッドエンドで幕を下ろしてしまう。もちろん、そんな状況を見過ごしはしない。
「残念だけど、乗り越えるのは不可能よ」
淡々とした口調で否定したところ、秋夫たちは一斉に私へと視線を向けた。
「空気読んでくれよ。そりゃ、お前からすれば捨てられるのが確定して怖いんだろうけど」
「勘違いしないでくれる?私があなたを捨てるのよ」
負け惜しみだとでも思ったのだろう。秋夫はあっさりと上昇した。
「どうやって?言っとくけど、会社にかけ合っても無駄だぞ。俺には強い味方が…」
「河田部長なら、近々解雇されるわよ」
あまりに突然だったためか、秋夫は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべていた。
「首?何を言ってるんだ?うちの会社のことなんて、お前には分からないだろ。無関係の人間が適当言いやがって」
「適当じゃないわ。というか、秋夫は察しが悪いのね」
実際、かなり鈍いと思う。今までの話をちゃんと聞いていれば気づくだろう。だが、彼は不思議そうに首をかしげるばかりだ。
「私が状況について詳しすぎるとは思わなかったの。会社やけい子さん周りのこととか」
「そういえば、確かに…」
指摘されてようやく気づいた彼のために、事実を端的に話す。
「どうしてか教えてあげる。あなたたちの周りのこと、全部調べてもらったのよ。探偵所に依頼してね。ちなみに、彼らが今日会うことも、探偵所からもたらされた情報だ」
「調査の間に…いや、そんな金、どこにあったんだよ」
秋夫は表面的な事実に囚われるあまり、私の言葉が何を意味しているのか分かっていない。考えた末に出てきたのがお金についてだったことには、ただただ苦笑するほかなかった。
「何がおかしいんだ。さては俺のお金を勝手に使ったな。訴えてやる」
「安心して。探偵の調査費用は全部私の自腹だから」
「自分のお金?もしかして、貯蓄を使ったの?」
明後日の方向の勘違いを口にしたのは義母だった。まるで自身の資金を使われたかのように、義父も噴き出している。
「あなた、私たちには将来子供のためのだから使わないと言っておいて」
「それは身勝手だろ。夫婦の共有財産のはずなのに」
「どうしてあなたたちが怒るんですか?一応言っておくと、貯蓄の大半は結婚前のものです。だから、少なくともその部分は共有財産には当たりません」
思わず嘆息をこぼしながら説明する。
「そして、そもそも貯蓄は使ってません。改めてかつての職場で働き出した、その収入で依頼したものですから」
生活費は秋夫から振り込まれたもので十分だった。だから、調査費用は自分の給料を自由に使えたのだ。
「何、そんなこと?俺は聞いてない」
「それはなしね。私は何度も連絡したから。社会保険の扶養基準から外れるから、手続きが必要になると思ってね。だから、ちゃんと確認するように念を押しました。その上で知らないのなら、責任は夫にある。私に文句を言いつけるのは無理筋だ」
そう伝えたところ、彼は悔しそうに唇を噛んでいた。
「というか、お金のことを気にしてる場合じゃないわよ。そもそも、どうして私が調査を依頼したのか、理解できる?」
「えっと、それは俺とけい子の関係を知って、その証拠を集めるためだろ」
「はい。よくできました。一番の理由はそれで間違いないわ。でも、以前から私は気になっていたの」
またも不思議そうな表情の面々を見渡しながら、冷静に話を進めていく。
「元々、秋夫は今みたいな行動をする人じゃなかった。変なことを吹き込んだ誰かがいるのかも。そう思ったの。だからこそ、調査は徹底的に行ってもらった。可能な限り拾える情報は全て集めて欲しいと。疑問の答え含めて探ってもらった結果、面白いことが分かったのよ。それこそ、あなたと河田部長の関係」
彼の名を口にしたところ、思い当たることがあったようで、秋夫の顔から血の気が引いていく。
「あなたが左遷されてからも、時々会ってたみたいね。その時の会話を録音してもらったのがこれよ」
言いながら、私は義両親の音声が入ったものとは別のボイスレコーダーを取り出して再生する。直後、流れたのは実に生々しい内容の会話だった。
「今度、新人ちゃんと旅行に行くからさ。うちの嫁が尋ねてきたら、ありバの照明を頼むぜ」
「分かってますよ。河田部長には助けてもらった恩がありますからね」
「ま、お前に男として必要なものを全部教え込んだのは俺だからな」
さらに、彼は具体的な発言をした。
「女遊びや夫としての威厳を保つ方法。うまい浮気のやり方もな。互いにアリバイを提供すれば、そうそう疑われないもんだろう」
「ええ、幸見は全然気づいてませんからね。左遷の件も含めて、ありがとうございます」
「ま、俺としても、こうして助け合う相棒が欲しかったしな。今後もよろしく頼むぜ」
その後も聞いていて頭が痛くなる会話が続くが、レコーダーを停止する。何気なく視線を送ると、秋夫は完全に顔色を失っていた。
「これを聞いて納得したわ。元凶は河田部長だったんだって。家での高圧的な態度や浮気などは、全て彼の影響によるものだった」
では、なぜ彼はそんな真似をして、窮地に陥った部下を助けたのか?理由は録音で語られた通り、相方が必要だったからだろう。あるいは、くだらない昭和の男の価値観を共有できる相手を求めていたのか。そういう意味では、秋夫は被害者だったのかもしれない。
「でもね、危機として彼に乗っかったのは、あなた自身よ。彼との関係を断ったり、私に相談するなど、彼には選択肢があったはず。そうしなかった時点で、秋夫の責任だ。だから、私は彼とあなた、両方に罰を受けてもらおうと考えたの。そのために、河田部長の浮気の証拠も探偵所に集めてもらったわ」
として収集したそれらを、私は河田に提示した。問い詰めたところ、彼はこれまでの非について洗いざらい吐いて、許しを乞うてきた。慰謝料をもぎ取るのに協力するから、自分のことは勘弁してほしいと。ちなみに、その会話もばっちり録音済みだ。
「ふざけるな。部長は俺を裏切ったりしない」
よほどショックだったのか。秋夫はガクガクと震えながら頭を抱えていた。しかし、そんな姿を見ても心は微動だにしない。やはり、愛情はとっくの昔に消え果ていたようだ。
「信じるかどうかはご自由に。でも、彼の解雇は確実よ。1週間くらい前に、証拠は全て会社に提出したから」
女性社員に手を出したことや、秋夫の左遷についての人事への介入。おそらく叩けば、他にも埃は出てくるはず。もちろん、あなたやけい子さんの分もね。それぞれの会社用の書類をまとめるのは大変だったけど。
証拠がなかったからこそ、今までは表立った処分を避けられたのだろうが、もはや状況的に許されない。かばってくれていた河田も解雇が必至である以上、逃げ場所は皆無だ。全てを理解した秋夫は、改めて慌てふためき始めた。
「お、私は関係ないぞ。全部、秋夫の責任じゃないか。幸見さんは分かってくれるだろう。君への言動は全部、バカ息子のせいなんだ」
「こんなの悪い夢よ。ご近所に顔向けできなくなる。幸見さん、どうにかならないの?」
「知りません。いいお年なんですから、行動の責任はご自分たちでどうぞ」
冷たく突き放すと、義両親は愕然と崩れ落ちて泣き叫び出した。
「どうしてだ?お前は俺を愛してたはずだろ」
一方、秋夫も厚顔無恥な言葉を垂れ流していた。そんなものに付き合う理由など存在しない。
「昔はね。でも、今は違う。だから、お別れよ。離婚してあげるから、そちらの彼女と好きなように生きればいいんじゃない?」
「離婚?冗談言わないでくれ。俺がいないとお前は生きていけないよな」
もしかして、生活費を払ってるから、まだ自分に主導権があると勘違いしているの?すがりつこうとする彼を追い払うような仕草で牽制する。
「お気の毒にね。私、今度部長になるの。当然、お給料もしっかり上がる。多分、あなたより上ね」
「ありえない。どんな汚い手段を使ったんだ?」
「失礼ね。単純に実力よ。復帰後、熱意を持って仕事に向き合い続けたことが、正当に評価されただけだ。浮気にかまけて転落した秋夫とは真逆の結果である」
だから、私にあなたはもう必要ない。今までどうもありがとう。
「え、嫌だ。俺を見捨てないでくれ。愛してるのはお前だけなんだよ」
切羽詰まっているからか。秋夫は恥も外聞もなく、地べたに土下座する。そんな有様を見て、けい子は怒りとも呆れともつかない声をあげた。
「ちょっと何言ってんの?どうして今更こんな女に媚を売るのよ」
「うるさい。俺は悪くない。全部、神田部長とお前のせいだ」
「そうだよな。さっきも言ったでしょ。全部、自業自得よ。じゃ、私はそろそろ帰るから。後のことは弁護士に任せるつもりだから、よろしくね」
そう告げて、彼らに背を向ける。
「待ってくれ。俺が悪かった。許してくれ」
ようやく出た言葉だが、あまりに遅すぎる。天下の往来で一目もある以上、彼らはなす術なく私を眺めるだけだった。遠巻きから眺めていた野次馬たちに微笑みかけながら、私はゆっくりと歩き出す。彼らが私を呼び止める声が聞こえてくるが、もうただの雑音だ。
自分自身には恥ずべきところは何もない。まっすぐ堂々と歩んでいこう。そんな思いを胸に秘め、私はしっかりとした足取りで駅についた。
その後、まず元凶の河田孝志は当然解雇された。私の通報によって行われた調査で、横領その余罪も明らかになったためだ。浮気の件で妻にも見捨てられて離婚し、現在は再就職もままならない中、慰謝料請求に追われる毎日らしい。
義両親には、精神的苦痛についての慰謝料請求を行った。私が依頼した弁護士が訪れた際、彼らは大騒ぎしたそうだ。自分たちは悪くないと主張して裁判まで行ったものの、提供した証拠前に完敗し、慰謝料を支払うことに。額自体は大きくなかったが、夫婦とも近所の人々から白い目で見られるはめになった。その精神的ストレスが生活に大きな影響を与え、義父は仕事で大失敗したらしい。定年間近だった会社を首になり、居た堪れなくなった結果、義母と一緒に姿を消した。
秋夫とけい子は、改めてそれぞれの会社で調査が行われ、やはり解雇となった。その後、私から浮気の慰謝料を請求された彼らは、互いに罵倒し合い、最終的に破局したという。首になったけい子に支払いは困難だった。そのため、両親に金の無心をしたものの、理由を問われたことで一連の行動がバレたらしい。すぐに激怒した彼らに、実家に連れ戻されたそうだ。以降は、支払ってもらった慰謝料返済のために、毎日昼夜問わず働かされている。子供は彼女の両親が面倒を見ているという話だ。秋夫は養育費と慰謝料に追われ、就職活動も身を結ばず、日雇いで厳しく貧しい生活を過ごしているらしい。すっかり痩せ衰え、時々復縁要求と共に助けを求めてくるものの、当然無視している。
私はと言うと、一連の出来事を片付けて絶好調だ。新しいマンションに引っ越して、充実した日々を過ごしている。事後報告した実家の両親には、相談しなかったことを叱られてしまった。そのお詫びとして、今度2人を招待しての国内グルメツアーを計画中だ。離婚により子供のための貯蓄が浮いたので、それを使えばきっと豪華で楽しい時間が過ごせるだろう。
信頼していた伴侶の変貌は、正直少し心に影を落としている。しばらく男女交際は難しいと思う。だが、両親に巡り合うまでは、気ままな1人暮らしも悪くない。彼らのような人間にはなるまいと言い聞かせながら、今日も私は歩道を歩いていくのだった。



