「無職の夫を養う生活はどう?私なら3日も持たないわ。」姉の笑い声が電話越しに響いた。私は32歳の経理。姉が捨てた縁談の身代わりに押し付けられた結婚だった。夫は無職で、畑いじりが趣味の地味な男。でも、私はこの結婚を後悔していなかった。あの家で「我慢できる子」と呼ばれ続けた私が、初めて自分で選んだ人生だったから。そんなある夜、残業を終えて会社を出ると、黒塗りの高級車が停まっていた。運転手が深く頭…

「無職の夫を養う生活はどう?私なら3日も持たないわ。」姉の笑い声が電話越しに響いた。私は32歳の経理。姉が捨てた縁談の身代わりに押し付けられた結婚だった。夫は無職で、畑いじりが趣味の地味な男。でも、私はこの結婚を後悔していなかった。あの家で「我慢できる子」と呼ばれ続けた私が、初めて自分で選んだ人生だったから。そんなある夜、残業を終えて会社を出ると、黒塗りの高級車が停まっていた。運転手が深く頭...

「無職の夫を養う生活はどう?私なら3日も持たないわ。」

電話の向こうで姉の皿が笑っていた。姉には出来合いを、私には我慢を。それが実家の決まりだった。姉が捨てた縁談を身代わりに押し付けられて、もう1ヶ月。それでも私はこの結婚を後悔していない。

言い返す代わりに、夕方私は夫へ連絡を入れた。

「今日は残業で帰りが遅くなります。」
「わかった。帰りは心配しなくていいよ。」

きっと駅まで迎えに来てくれるのだろう。そう思っていた。

夜10時。仕事を終えて会社を出た私は足を止めた。会社の正面玄関の前に、黒塗りの高級車が止まっている。制服の運転手が降りて、深く頭を下げた。

「奥様、お迎えに上がりました。」

え、人違いだと思ったけれど、運転手は確かに私の名を呼んだ。ざわめく同僚たちの視線の中、後部座席の扉が開いた。姉が「はしたない」と切り捨てた男が何者なのか。私はまだ知らずにいた。

この夜から、私の人生は音を立てて動き始める。

私は高藤美。32歳。中堅メーカーの経理をしている。結婚する前の姓は白石。話は私がまだ白石の家にいた頃から始まる。

父の白石数夫は、社員20名ほどの建設会社を営んでいた。白石建設。地元では名の知れた古い会社だ。母の教子は専業主婦。そして3つ上の姉、皿。白石の家にははっきりとした決まりがあった。皿が一番。父も母も隠そうともしなかった。

皿は確かに華やかな人だ。目鼻立ちがくっきりして、人前に立つと場が明るくなる。母はそんな皿を宝物のように扱った。

「皿は人前に出る子なの。あなたは裏で家族を支えている方が向いてるわ。」

物心ついた頃から母の口癖はこれだった。

小学生の頃の運動会を覚えている。私が初めてリレー選手に選ばれた年、両親は来なかった。皿のピアノの発表会と重なったからだ。校庭の隅で、他の家のお弁当を横目に、私は1人でパンをかじった。夕方に帰ると母は言った。

「お姉ちゃんの晴れ舞台ですもの。あなたなら分かってくれるわよね。」

「分かってくれるわよね」。その一言を、私は何百回聞いて育っただろう。

中学の制服は皿のお下がりだった。袖口がすり切れていて、名札の裏には皿の名前が残っていた。新しいものを買ってとは、最後まで言えなかった。

進学の時もそうだ。皿は都内の私立大学へ、入学金も授業料も全部出してもらって進んだ。私が大学に行きたいと言うと、父は新聞から顔もあげなかった。

「2人分も出せるか。行きたいなら自分の金で行け。」

私は奨学金を借りて地元の大学の経済学部に進んだ。その返済は32歳になった今も続いている。

皿が20歳の記念にと赤い新車を買ってもらった年、私が手に入れたのは近所の人が譲ってくれた中古の自転車だった。錆びたかごには前の持ち主の名前シールが残っていた。雨の日に濡れて帰ると、母は眉を潜めるだけだった。

「贅沢を言わないの?あなたは我慢できる子でしょう。」

「我慢できる子」。その一言であの家の何もかもが片付けられてきた。

誕生日も扱いは同じだった。皿の誕生日には家族揃って皿の選んだ店で外食をする。私の誕生日は大抵忘れられていた。20歳の時、夕食の席でおずおずとその日が自分の誕生日だと言ってみたことがある。父は焼酎のグラスから顔をあげて一言だけ返した。

「で?」

それきり話は皿の新しい恋人の自慢に戻った。私はもう自分から言うのをやめた。誕生日にケーキが出た記憶は、指を折れば余るほどしかない。

食卓でも順番は決まっていた。唐揚げの一番大きいのはいつも皿の前へ。ケーキのイチゴは皿の分だけ2粒。笑い話のようだけど、あの家では当たり前の光景だった。

高校2年の冬、私は初めてアルバイト代で母に小さな手袋を送ったことがある。母は包みを開けて困ったように言った。

「あら、皿の分はないの?」

「ありがとう」の一言は最後まで出てこなかった。それでも私は家族に嫌われたくなくて、いい子でいようとした。皿を洗い、風呂を磨き、皿が脱ぎっぱなしにした服を畳んだ。頑張れば、いつかは見てもらえると信じていた。

「美は気が利くわね。うちのお手伝いさん。」

友達を連れてきた皿が私を指してそう笑う。母も一緒になって笑っていた。悔しさより先に、慣れてしまっている自分がいた。言い返す言葉の見つけ方すら、私はあの家で教わらなかった。

成人式の日もよく覚えている。私の振り袖はレンタルの一番安いものだった。3年前の皿の時は、母と2人で呉服屋を3件回って選りすぐったのに。写真館で撮った家族写真の中心には、その日も皿が立っていた。3年前に成人式を終えたはずの皿がだ。

「だって皿の方が写真映えするんですものねえ。」

写真館の主人に向かって、母は悪びれもせずにそう言った。主人が困った顔でこちらを見たのが分かったが、私は気づかないふりをした。

あの家で私を1人の人間として見てくれたのは、父方の祖母の千だけだった。

大学を出た私は、時に経理として入社した。22歳の春だ。初任給の明細を見た夜、母が当然のように手を差し出した。

「今月から8万円、家に入れなさい。育ててもらった恩があるでしょう。」

「8万って、手取りの半分近いんだけど。」
「実家に置いてもらってるんだから当たり前でしょ。それとも出ていくの?あなたが1人で暮らせるわけがないじゃない。」

実家暮らしだから生活費はいる。そう自分に言い聞かせて、私は頷いた。給料日の度に封筒へ8万円を入れて母に手渡す。母は中身を数えてから、何も言わずに引き出しにしまう。それが毎月の儀式になった。10年間、1度も欠かさずに。

けれど同じ屋根の下に、家へ1円も入れたことのない人がいた。皿だ。皿は大学を出た後、今度は美容の専門学校まで出してもらって、美容師になったものの、勤め先を数年でやめていた。理由を聞いた私に、皿は悪びれもせず言ったものだ。

「店長がね、私の才能に嫉妬するのよ。あんな店、こっちから願い下げ。」

やめてからは家の手伝い1つしない。朝は昼まで眠り、夜は友達と出歩く。それでも母はとめるどころか、小遣いまで渡していた。

「皿には皿のペースがあるのよ。あなたとは違うんだから。」

違うのはどちらだろう?心の中でそう呟いて、私は封筒を渡し続けた。奨学金の返済と8万円を引けば、手元に残る給料はわずかだった。それでも文句は言わなかった。言えば、火に油を注ぐことになるからだ。

祖母の千の介護が始まったのは、私が24歳の頃だ。祖母は足を悪くして、家の中でも杖が手放せなくなった。食事の支度、通院の付き添い、夜中のトイレの介助。全部私の仕事になった。

「美がいるから安心ね。皿にこんなことさせられないもの。」

母はそう言って、自分は皿の買い物に付き合っていた。会社から急いで帰って祖母の夕食を作り、夜中に2度起きて、朝は6時に台所へ立つ。そんな毎日が5年続いた。皿が祖母の部屋に顔を出したのは、数えるほどしかない。それなのに写真投稿アプリには「おばあちゃん子なの」と祖母の若い頃の写真を載せていた。

それでも私は祖母と過ごす時間が嫌いではなかった。

「美、あんたは働き者だね。ばあちゃんはちゃんと見てるよ。」

祖母はしわだらけの手で私の手をさすってくれた。あの家で「ありがとう」と言ってくれるのは祖母だけだった。縁側で祖母の白髪をとかした午後のことは、今でもよく思い出す。

「美はいい嫁さんになるよ。ばあちゃんが保証する。」
「もらってくれる人なんているかな?」
「見る目のある人にはちゃんと見えるもんさ。安売りするんじゃないよ。」

そう言って祖母はいたずらっぽく笑った。

一方で、家の金は不思議な流れ方をしていた。皿が3年前に美容室を開いた時のことだ。サロン皿。駅前の通りに面したガラス張りのしゃれた店だった。開店祝いに私は小さな観葉植物を送ったけれど、店の隅にも飾られていなかった。開業のお金はどうしたのかと母に聞くと、母は自慢げに胸をそらした。

「お父さんとお母さんが出してあげたのよ。1000万。皿の夢ですもの。」

1000万円。私の奨学金は自分で返せと言った口が、皿の夢には1000万円を出す。しかもその店は開いてからも赤字続きだと、母が漏らしていた。

「先月も家賃を助けてあげたの。親なんだから当然でしょう。」

当然。あの家の「当然」はいつも皿のためだけにあった。それで皿の投稿には新しい車との写真が並んでいた。

もう1つ、気にかかっていることがあった。私の通帳と実印のことだ。就職した年、母に言われるまま給料の口座以外の通帳と銀行印と実印は全部母に預けた。最も通帳は子供の頃から母が管理したままで、私は中身を1度も確認したことがなかった。実印は成人した時に母が作らせて、市役所の登録まで済ませたものだ。

「家のことはまとめて管理した方が安全なの。泥棒に入られたらどうするの?」

金庫にしまわれた自分の印鑑を、私は何年も見ていない。当時はそれを疑うことすら思いつかなかった。家族なのだから。その一言で、私は考えるのをやめていた。

祖母の介護は5年続いた。そして3年前の春、祖母は86歳で亡くなった。

息を引き取る数日前のことだ。祖母は私を枕元に呼んで、ささやくようにあの言葉を残した。

「美。ばあちゃんはね、ちゃんとあなたに渡るようにしてあるから。」

布団の中から祖母は私の手を握った。骨ばった指に、思いがけない力がこもっていた。

「渡るようにって、何のこと?」
「いつかわかるよ。ごめんね、美。あんたにばっかり苦労をかけて。」

祖母はそれきり目を閉じて、それが最後の会話になった。

葬儀の日、私は台所と受付を走り回った。喪主の父は親戚への挨拶に忙しく、母は香典の額を気にしていた。皿はといえば、控室の鏡の前で喪服の襟を直しながらこう言った。

「喪服って、私の肌が一番映える色なのよね。」

私の見た限り、棺の祖母に1度も手を合わせなかった人が、3回忌の前では目頭を抑えて見せた。私は何も言わなかった。言えば、あの家では私が悪者になるからだ。

夜の番。私は1人で祖母の棺のそばに座っていた。線香の煙の向こうで、祖母は眠っているような顔をしていた。5年間ありがとうと言うべきなのは、私の方だった。この手にもうとかす髪はない。そう思ったら、涙が止まらなくなった。隣の部屋からは、親戚に酌をして回る皿の笑い声が聞こえていた。

祖母の言葉の意味を確かめる機会はもう来なかった。49日が済んだ頃、私は思い切って父に聞いてみた。ばあちゃんは何か残していなかったかと。父はめんどくさそうに手を振った。

「ばあちゃんの貯金なんか、香典代と葬式で消えたよ。年寄りの金を当てにするな。」

「何だって、ただ最後に気になることを言っていただけだ。年寄りの弱気なことだ。いちいち間に受けるな。」

介護をしたのは私なのに。喉で出かかった言葉を飲み込んだ。祖母の言葉はきっと気持ちの話だったのだろう。そう思うことにした。それでもあの言葉は胸の底に残り続けた。

救いは仕事だった。経理の仕事が私は好きだ。数字は嘘をつかない。1円のずれも放っておかない。伝票の山が会うべき数字にぴたりと収まった瞬間は、パズルの最後のピースがはまるのに似ている。入社10年目には、決算の実務もほとんど任されるようになっていた。

「白石さんがいてくれて助かるよ。うちの数字は君が守ってる。」

経理部長の真壁さんはそう言ってくれた。

「君は数字の向こうに人を見てるんだな。請求書1枚でも、その先の相手を考えてる。それは教えてできることじゃない。」

家では誰にも見てもらえない私を、職場の人たちは見ていてくれた。会社の机が、私にとっては家より家らしい場所だった。いつかもっと小さな会社の力になる仕事がしたい。応募する余裕もない個人商店や町工場の数字の面の支えになるような仕事を。夜、自分の部屋で簿記や税務の本を開くたび、その夢は形をはっきりさせていった。

夢の話を私が1度だけした時、母は本気で驚いた顔をした。

「あなたは裏方向きの子なのよ。夢なんて見ると身の程を忘れるわよ。」

皿の夢には1000万円を出した人の言葉とは思えなかった。それでも私は貯金と経験をコツコツ積んだ。いつか家を出る日のために。通勤カバンの中にはいつも小さな家計簿が入っていた。給料も、実家に入れた8万円も、奨学金の返済も、全部書き留めていた。給与明細と奨学金の振り込み控えは年ごとに輪ゴムで束ねて、机の引き出しに揃えてある。経理の癖だと同僚には笑われたけど、記録だけは裏切らない。私がこの家で確かに生きてきた証拠は、あの数字の列だけだった。

そんな小さな夢を胸にしまっていた、その矢先だった。

縁談が白石の家に持ち込まれたのは、私が31歳だった年の11月のことだ。宛先は私ではない、皿だった。

縁談を持ち込んだのは、湯沢さんという父の古い御人だった。白石建設が創業間もなく傾きかけた時、大きな仕事を回して救ってくれた人だと聞いている。70を過ぎた今も、父が頭の上がらない数少ない相手だ。

お茶を運ぶ私の耳に、湯沢さんの声は隣の間から筒抜けだった。

「先方は高藤レンジ君。38歳。亡くなった親友の1人息子でね。人柄はわしが請け負う。」

湯沢さんはそこで一度言葉を切り、遠くを忍ぶような声になった。

「親父さんに先立たれてなあ。だが、曲がらずに育った。ああいう男は今時探してもおらんよ。」

「湯沢さんの紹介なら間違いありませんな。うちの皿ならどこへ出しても恥ずかしくない娘です。」

父はもみ手でもしそうな声を出した。御人の顔を立てて、両家も掴む。そんな算盤を弾く音が聞こえるようだった。

大間に運んだ時、釣書と写真が座卓に広げられていた。写真の人は切れ長の目をした、端正な顔立ちだった。皿は写真を手に取って口元を緩ませた。

「へえ、悪くないじゃない。それでお勤めはどちらなの?」
「それは会ってから本人に聞きなさい。まあ、堅実な男だよ。」

皿は乗り気になった。34歳。周りの友達が次々に結婚していくことに、本人が一番焦っていた頃だ。

「で、お収入は?車は何に乗ってるの?」
「そういうことばかり聞くもんじゃないよ。会えばわかる。」

湯沢さんは苦笑いをしていた。今にして思えば、あの人は全部分かった上で何も言わなかったのだ。

顔合わせは11月の日曜。また堅苦しいのは抜きにしようという湯沢さんの計らいで、白石の家で開かれた。私はいつも通り台所でお茶とお菓子の支度をした。初めて会う高藤さんは、写真より物静かな人だった。両親のものと分かる紺のセーターに、使い込んだ革の鞄。手土産は老舗の羊羹だった。

「本日はお招きいただき、ありがとうございます。」

深く下げた頭に、父と母は満足そうだった。皿は化粧に1時間かけた顔で、品を作って隣に座った。お茶を運びに行った私と目が合うと、高藤さんは小さく会釈をくれた。家に来る客で、お茶を出す私に頭を下げる人は初めてだった。

「妹の美です。気が利かない子ですけど。」

母は私を紹介とも呼べない一言で済ませて、すぐに皿の話に戻した。皿の華やかな交際関係。皿のサロンの評判。話を盛る母の隣で、皿は完璧な角度で微笑んでいた。

「ご趣味は何ですの?」

母に聞かれた高藤さんは、湯のみを置いてから答えた。

「本を読むことと、畑いじりを。祖父の代からの家なので、庭だけは広いんです。」

「あら、畑。まあ、健康的ですこと。」

母の声が1段低くなったのが、台所の影にいても分かった。話が仕事のことに及んだのは、座が温まった頃だ。父が探るように聞いた。

「それで高君、今はどちらにお勤めかね?」
「今は会社には勤めていません。」

座敷の空気が、ひやりと冷えた気がした。

「高外の父の家に1人で住んでいます。暮らしは困らない程度に。」

高藤さんはそれだけ言って、穏やかに微笑んだ。おかずを下げに入った私の目にも、皿の顔から営業用の笑みが消えるのが見えた。父の咳払い。母が慌てておかずを進める。その後の会話は、誰も本気で聞いていなかった。

皿は途中で「お手洗い」と立ったきり、なかなか戻らなかった。私は台所で洗い物をしながら、エプロンのポケットの携帯が続けて震えるのを感じていた。白石の家族グループトークだった。

「無職なんて絶対無理。」
「田舎の古い家で無職。私の人生終わるんだけど。」
「ねえ、いいこと考えた。美にはああいう貧乏男がお似合いよ。代わりにやらせれば、湯沢さんにも角が立たないじゃない。」
「どうせ美なら文句言わずに頷くわよ。」

最後の一言には、客が帰った後になって母が笑いの絵文字で答えていた。私も入っているトークに、皿は平然とそれを書いた。妹がどう読むかなんて、考えたこともないのだろう。濡れた手を拭いて、私は画面をただ見つめた。

客を見送った夜、家族会議が開かれた。議題は断り方ではなかった。

「美が代わりにやればいいじゃない。それが一番丸く収まるわよ。」

母が言い、皿がすかさず乗った。

「それがいいわよ。地味同士、美にはお似合いよ。」

「待って。私の話でしょ?私は会ってもいないのに。」
「あっただろう。お茶を出して顔は見たはずだ。」

父は真顔でそう言った。冗談ではなく、本気でそう言ってた。

「湯沢さんには白石建設が潰れかけた時の恩がある。断談を反故にはできん。皿はだめだ。あの子には未来がある。」

私にはないの?

「お前は今まで育ててもらった恩を返せ。それだけの話だ。」

黙っていると、父は畳を叩いた。

「断ったら、2度と家族とは認めん。この家の敷居もまたがせん。」

「お父さん、そこまで言わなくても。美。あなたは我慢できる子でしょ。家族のためだと思って。」

母の猫撫で声が、一番冷たかった。

「何よ、その顔。」

皿が、あか抜けした爪の先で私を指した。

「あんたに選ぶ権利があると思ってるの?31の生き遅れを引き取ってもらえるだけ、ありがたいと思いなさいよ。」

母がすかさず畳みかけた。

「そうよ。それにね、この話を断ったら、皿の次の縁談に響くの。湯沢さんの顔に泥を塗った家だなんて噂が立ったら、どうしてくれるのよ。」

理屈はめちゃくちゃだったけれど、めちゃくちゃな理屈があの家では通る。20年以上かけて、私はそう学んだ。そうと決まれば、話は急げだ。

「湯沢さんには、妹の方が是非にと言っていると伝えましょう。」

母の中ではもう決まった話になっていた。私の返事を待った人は、あの座敷に1人もいなかった。

その夜、私は自分の部屋で家族トークの画面をもう1度開いた。消される前にと、皿の言葉を1枚ずつ画像に残す。経理の癖だ。数字も言葉も、記録は消えたら終わりだから。ただ言いなりにやるつもりはなかった。私は湯沢さんに頼んで、高藤さんに2人で会う席を設けてもらった。断るなら、せめて自分の口で断ろうと決めていた。

12月の初め、私は駅前の古い喫茶店で高藤さんと向かい合った。断りの言葉は家を出る前に何度も練習してきたけれど、先に頭を下げたのは向こうだった。

「代わりに来たと、湯沢さんから聞きました。」

「ご存知だったんですか?」
「姉妹で入れ替わって気づかないほど鈍くはありません。」

高藤さんは苦笑して、それから真顔になった。

「望まない結婚をする必要はありません。俺から断ったことにします。角が立たないよう、湯沢さんにもうまく話しますから。」

拍子抜けした。この人は、押し付けられた側の私の心配をしている。

「あなたが悪いわけじゃない。家の事情で妹さんが差し出されるなんて、今時聞かない話だ。あなたの人生はあなたのものでしょう。」

私はしばらく黙って、湯気の消えたコーヒーを見ていた。この結婚が嫌なのか、それともまだ私だけがのけ者にされているあの家が嫌なのか。自分でも分からなくなっていた。気がつけば、私は会って2度目の人に、ぽつりぽつりと話していた。祖母の介護のこと、毎月の8万円のこと、経理の仕事が好きなこと、いつか小さな会社を支える仕事がしたいこと。高藤さんは口を挟まずに、最後まで聞いた。

「介護5年、1人で。大変じゃないですか。」
「家族ですから。」
「家族だからこそ、してもらって当たり前じゃないでしょう。」

その一言に、目の奥が熱くなった。「当たり前じゃない」。そう言って欲しかったのだと、言われて初めて気がついた。

「結婚しても、仕事を辞める必要はないと俺は思います。あなたの夢もあなたのものだ。自分の人生は自分で決めてください。」

断るつもりで来た席だった。なのに帰り道、私は断りの言葉を1度も口にしなかったことに気がついた。

それから私たちは、家族にせかされる形を借りて2人で何度か会った。高藤さんは物知りでも自慢しない人だった。古本屋を一緒に歩いた日、私が経理の実務書を買うと、高藤さんは嬉しそうに笑った。

「仕事の本を休みの日に買う人は信用できる。」
「変わってますね、高藤さん。」
「よく言われます。学生の頃から面白いことを考えては、仲間に呆れられていました。」

年が明けてから、高外の家にも招かれた。古い平屋は隅々まで手入れされていて、縁側の日だまりが祖母の家によく似ていた。庭の畑には冬の大根が並んでいた。

「親父は建具の職人だった。この家の建具は全部親父の仕事です。」

障子の1つを撫でて、高藤さんはそう言った。物思いを大事にする人なのだと分かった。

「古いだけの家ですが、居心地は悪くないでしょう。」
「ええ。祖母の家を思い出します。おばあちゃん子だったので。」
「なら、この家はあなたに合う。」

どうしてそこで、少し照れたように笑うのだろう。私まで釣られて笑ってしまった。

その日の別れ際、高藤さんは駅の改札の前で立ち止まった。

「最初に言ったことを訂正させてください。断ったことにするという、あの話です。」
「はい。」
「断りたくなくなりました。家の事情は抜きにして、俺はあなたと結婚したい。白石美さん、俺と結婚してください。」

私は頷いた。家族のためではなく、生まれて初めて自分で選んだ答えだった。

報告の電話をすると、湯沢さんは受話器の向こうでしばらく黙った。それから、鼻をすする音がした。

「そうか。高藤君をな、頼むよ。あれはいい男だ。」
「はい。私にはもったいないくらい。」
「逆だよ、美さん。まあ、それもすぐにわかる。」

結婚が決まると、白石の家はあっさり手のひらを返した。厄介者が住むと分かった途端、母は上機嫌になった。

「良かったわね、美。あなたにももらい手があって。」

冷めた目で私を眺めて、母は続けた。

「式はあげないんですって。そうよね。向こうにお金がないものね。うちも支度は一切してあげられないわよ。皿の時のために取ってあるんだから。」

それから思い出したように手を打った。

「せめて荷物くらいは持っていきなさい。あ、布団は置いていってね。客用にするから。」

父は父で、念を押すことを忘れなかった。

「ついでに毎月の8万は続けろよ。育ててやった恩は一生だ。」

新聞から顔もあげずに、父は続けた。

「困っても実家には戻ってくるな。嫁に出した娘の面倒は見られん。」

皿は皿で、最後まで皿だった。

「式もできない結婚なんて、私なら死んでも嫌。ま、あんたにはお似合いよ。新婚旅行は畑かしら。」

言い返す気も起きなかった。この人たちと離れられる。それだけで、この縁談は私にとって上等すぎるほどだった。

荷造りの日、私は母に預けてある通帳と実印を返して欲しいと頼んだ。母は台所から顔だけ出して、うるさそうにヒラヒラと手を振った。

「ああ、あれね。家の金庫が一番安全なのよ。持ち出してなくしたらどうするの?」
「でも、結婚するんだし。」
「必要になったら送ってあげるから。あなた、昔から爪が甘いのよ。どうせ入ってるのは子供の頃のお年玉くらいのものだ。」

決算期で仕事も立て込んでいた私は、それ以上食い下がらなかった。この判断を、後になってあれほど悔むことになるとは。

こうして私は、6月の終わりの平日の朝、高藤さんと2人だけで婚姻届を出した。証人欄には湯沢さんと職場の部長が名前を書いてくれた。事情を知った部長は、印を押しながら目を赤くしていた。

「白石さん。いや、もう高さんか。幸せになりなさい。君にはその権利がある。」

ダンボール3箱とあの中古自転車より軽い身1つで、白石美は高藤美になった。役所を出た時、6月の空は薄曇りだった。それでも私の足取りは、来た時よりずっと軽かった。

新居は、高藤さんが亡くなったお父さんから受け継いだ、郊外の古い平屋だった。柱は黒ずんでいるけれど、隅々まで手入れが行き届いている。縁側からは小さな庭が見えて、隅には夏野菜の畑があった。祖母の家に似た匂いがして、私は最初の日からこの家が好きになった。

結婚しても、私は会社で働き続けた。高藤さんは家にいる日が多く、家事は自然と分担になった。それどころか、私の帰りが遅い日は夕食を作って待っていてくれた。

「今日は肉じゃがにした。味は保証しない。」

と言いながら、味はいつも保証されていた。あの家で20年以上台所に立ち続けた私が、誰かの作った夕飯を家で食べる。それだけのことが、泣きたいくらい嬉しかった。朝は2人で味噌汁を作り、縁側で飲む。休みの日には畑の草を取り、採れたナスを近所に配って歩く。高藤さんは近所の年寄りたちに妙に慕われていて、「高根さん」「高藤君」と声がかかった。

「若いのに関心だよ。あんた、いい人と一緒になったね。」

隣の老婦人にそう言われて、私は素直に頷いた。派手なことは何もないけれど、生まれてから一番穏やかな日々だった。

会社のお昼に、同僚から聞かれたことがある。

「高さんの旦那さんって、何のお仕事?」
「今はお休み中なの。前は自分でお仕事をしていて。」
「ふうん。まあ、人それぞれよね。」

気まずそうにそらされた目が、世間の物差しというものだった。悔しくはなかった。あの人のことを知っているのは私だけでいい。

仕事について、高藤さんは隠し事をする人ではなかった。

「前は自分で会社をやっていたんだ。会社は売って、今は少し休んでいる。来月から新しい仕事が始まるから、そうしたら忙しくなると思う。」

「そう。じゃあ、今のうちに畑を広げておかないとね。」

私はそれ以上突っ込んで聞かなかった。会社と言っても小さな商売だろうし、売ったお金で慎ましく暮らしているのだろう。この家の質素な佇まいを見れば、誰でもそう思う。金額や規模を確かめて、何になるんだろう。この人が誠実なことは、毎日の暮らしが一番よく知っていた。

一方で、白石の家は相変わらずだった。皿からは度々電話がかかってきた。要件はいつも同じ。私を笑うことだ。

「ねえ、無職の夫を養う気分はいかが?私なら1日でごめんだわ。」
「高藤さんは無職じゃないわ。ちゃんと。」
「はいはい。畑仕事ね。ご立派だこと。私は絶対にそんな人生耐えられない。あんたが身代わりになってくれて、本当。」

電話の向こうで氷の鳴る音がした。どうせまたどこかのラウンジだろう。

「あ、そうだ。今度うちのサロンに来なさいよ。妹が安売りの白髪染めなんて、私の評判に関わるもの。特別に材料費だけでやってあげる。」
「遠慮しておく。うちの近所にいいお店を見つけたから。」
「ふうん。ま、貧乏人には貧乏人の店がお似合いか。」

ケラケラと笑い声を残して、電話は切れた。夫を悪く言われるのは、自分を笑われるより腹が立つ。この時、私は初めて知った。

その夜、夕飯の片付けをしながら高藤さんがふと言った。

「今日、誰かと嫌な電話でもした?」
「どうして分かるの?」
「包丁を持つ手がずっと止まっている。」

私は笑ってごまかした。姉に何を言われようと、この暮らしは1ミリも揺がない。そう思えることが、私の答えだった。

「無理はしなくていい。ただ、困った時は言ってほしい。夫婦になったんだから。」

茶碗を拭きながら、高藤さんは前を向いたままそう付け加えた。頼り方を知らずに育った私に、この人は頼る練習をさせようとしていた。

7月の初め、私は約束の8万円を届けに実家へ寄った。振り込みにしたいと言ったのに、母が「顔も見せないつもりか」と聞かなかったからだ。玄関を上がってすぐの電話台に、封筒の束が無造作に積まれていた。一番上の一通に、銀行の名前が刷られているのが見えた。封筒は宛名を伏せて重ねられ、隅に覗くのは窓口の部署名だけ。経理を10年やった目は、それが何か一瞬で分かってしまう。督促状の類いだ。それも一通ではない。

「お父さんの会社、大丈夫なの?銀行から何か届いているみたいだけど。」

茶の間の父に思い切って聞くと、父は新聞で顔を隠したまま吐き捨てた。

「経営は順調だ。素人が余計な心配をするな。でも8万を置いたら、さっさと帰れ。嫁に出した小娘が白石建設に口を出すな。」

順調な会社に督促状は来ない。それくらい、経理でなくても分かる。

帰り際、仏壇に線香を上げさせてもらおうとして、私は廊下で足を止めた。祖母の使っていた奥の部屋が、ダンボールと皿の衣装ケースで埋まっていた。私がこの家を出るまでは、手をつけずに開けてあった部屋だ。ベッドのあった場所には、通販の健康器具が箱のまま積んである。

「ああ、物置にしたのよ。開けておいても仕方ないでしょう。」

母は何でもないことのように言った。祖母の5年間が、あの家ではもう場所塞ぎでしかなかった。線香の煙の向こうで、祖母の写真だけが変わらずに笑っていた。

「ちゃんと渡るようにしてあるから。」

あの言葉を思い出しかけて、私は頭を振った。

なのに、その翌週だった。皿の投稿に新しい写真が並んだ。納車されたばかりの白い車のボンネットに手を置いて、皿が笑っていた。文面には「パパからのプレゼント」とあった。経営が苦しいはずの父が、どうして皿にばかり金を注ぎ続けられるのか。帳簿の合わない会社を見た時と同じ、嫌な胸騒ぎがした。数字が合わないところには、必ず理由がある。10年の経験がそう告げていた。

その胸騒ぎと正面から向き合う日は、もうすぐそこまで来ていた。

7月も半ばを過ぎると、白石の家からの電話は図々しさを増した。

「ねえ、美。高藤さんが働かないなら、あなたが生活費を出しなさいよ。夫を養うのも妻の務めでしょう。」
「うちの家計の心配はいらないわ。」
「お母さん、心配もするわよ。無職の男と畑いじりなんて。ああ、うちの娘がね。皿を見習ってとまでは言わないけど、あんまり惨めな暮らしをされると、こっちの外聞に関わるのよ。」

娘の幸せより先に出てくるのが、いつもその言葉だった。数日後には父からも電話があった。

「鬼は2人で顔を出せ。当主のわしに挨拶もなしか。近所に示しがつかん。」
「考えておきます。」
「考えるだと?親に向かってその口の聞き方は何だ?だから嫁のもらい手がいないんだ。と言いたいところだが、ま、無職なら釣り合いか。がはは。」

下品な笑い声を鳴らした。私は黙って話を切った。

皿の投稿は相変わらず華やかだった。結婚記念日だと言ってシャンパンタワーの写真が並ぶ。その隣で、父の会社がやばい。赤字の督促状。合わない光景は、見ないようにしても目に入った。

そして、あの日が来る。

7月最後の金曜日。会社は決算処理の追い込みで、経理部は朝から戦場だった。出がけに高藤さんはいつもと同じ顔で玄関まで送ってくれた。ただ一言だけ、いつもと違うことを言った。

「今夜帰ったら、話したいことがあるんだ。」
「何?大した話じゃない?」
「いや、大した話かな。とにかく、気をつけて。」

門の前で手を振るその人は、いつも通り古いシャツを着ていた。あの言い方は何だろう?歩きながら首をかしげたけれど、決算の数字がすぐに頭を占領した。

昼休み、携帯が鳴った。皿だった。嫌な予感はしたけれど、無視すれば倍うるさくなる。

「無職の夫を養う生活はどう?私なら3日も持たないわ。」

挨拶より先にそれだった。

「今日は忙しいの。要件は?」
「なんてことないわよ。ただね、友達に妹の話をしたら、みんな気の毒がっちゃって。畑の古い家に嫁いだ子がいるって。笑い事じゃないか。」
「切るわね。」
「あ、そうそう。お盆は手ぶらで来ないでよ。あんたの家じゃ大したものは無理でしょうけど。」

一方的に喋って、電話は切られた。私は息を1つ吐いて、伝票の山に戻った。

「実家のお姉さん、相変わらずね。」

隣の席の先輩が、気の毒そうに肩をすくめた。10年も同じ島で働けば、家の事情は隠しようもない。

「ま、いいお姉さんかどうかは、妹さんが一番知ってるわよね。」

その言い方がおかしくて、午後の伝票が心持ち軽くなった。

残業が決まったのは夕方だった。

「高藤さん、悪いけど今日は頼むわね。締めが終わらないと帰れないから。」
「はい。どのみち月末は覚悟してます。」

隣の席の先輩と苦笑いを交わして、私は席を立ち、廊下に出て高藤さんに電話をかけた。

「今日は残業で帰りが遅くなります。」
「分かった。帰りの心配はしなくていいよ。」

心配しなくていい。きっと駅まで迎えに来てくれるのだろう。この前もそうだったから。私はそれだけ考えて、電話を切った。窓の外はもう暗かった。経理部に残っているのは4人。電卓の音とプリンターの唸りだけが響く、いつもの決算前の夜だった。

夜10時、最後の伝票を閉めて、私は同僚たちと会社を出た。そして、足が止まった。

会社の正面玄関のまん前に、黒塗りの高級車が止まっていた。磨き抜かれた車体に、街灯が映り込んでいる。テレビでしか見たことない車種だった。運転席から制服姿の運転手が降りて、まっすぐ私の前へ歩いてくる。白い手袋の手を添えて、深く頭を下げた。

「高藤美様でいらっしゃいますね。お疲れ様でございます。」

人違いでは?

「奥様、お迎えに上がりました。」

え、奥様。その言葉と私が頭の中で繋がらなかった。後ろで同僚たちがざわめいている。

「誰よ?社長さんの奥さんでもいたの?」

ひそひそ声が背中に刺さった。

「高さんの知り合い?嘘でしょ?映画の撮影じゃないの?」

誰かのつぶやきに答えられる言葉を、私も持っていなかった。

「江藤と申します。旦那様のご指示で参りました。どうぞ。」

旦那様。高藤さんのことをそう呼ぶ人がいることに、まず頭が追いつかなかった。

「あの、何かの間違いだと思います。うちは、こういう車とは縁がなくて。」
「間違いではございません。ご不安でしたら、車内から旦那様にお電話くださいませ。」

江藤さんは目元を柔らげて、扉を支えたまま動かなかった。断る理由を探す方が難しかった。

開かれた後部座席は、革の匂いがした。江藤さんは音もなく車を出し、信号のたびに滑らかに止めた。冷えた水のボトルが、扉のポケットに用意されていた。

「奥様の好みを、旦那様から伺いまして。」

江藤さんが前を向いたまま言う。好みも何も、こんな車に乗るのは生まれて初めてだった。わけも分からないまま座席に沈み、走り出してから私は震える指で高藤さんに電話をかけた。ワンコールで、聞き慣れた声が出た。

「もしもし。」
「高藤さん。あのね、今、変な車に。」
「うん。江藤さんだろ?よかった。ちゃんと会えたんだな。」

変な車は失礼だったかもしれない。電話の向こうの声は、いつもの夕食の時と同じ調子で続けた。

「驚かせてごめん。今日、正式に発表されたんだ。」
「発表って、何が?」
「俺が東王グループの会長に就任することが。」

東王って、あの東王。テレビで毎日名前を聞く、あの東王グループ。物流から食品まで抱える、日本有数の企業グループ。

「今、江藤さんに君をその会場まで送ってもらってる。詳しい話は、着いてから。ごめん。今夜家で話すつもりだったんだ。全部。」

返す言葉がすぐには出てこなかった。

「夕飯、まだだろう。会場で軽くつまむといい。美。聞こえてるか?」
「聞こえてる。聞こえてるけど、追いつかないだろうな。」
「着くまでに深呼吸を3つ。それで足りなければ、する。」

こんな時まで、この人はいつもの調子だった。おかげで少しだけ、指の震えが止まった。窓の外を、見慣れた夜の街が滑るように流れていく。車は都心へ。光の帯の中を走っていた。

車が着いたのは、都心の高層ホテルだった。仕事帰りのくたびれたスーツのまま、私は最上階へ案内された。エレベーターを降りると、廊下の先の宴会場から柔らかいざわめきが漏れていた。案内板にはこうあった。

「東王グループ会長就任披露の会」

控室の扉が開くと、タキシード姿の高藤さんが立っていた。

「急にごめん。驚いただろう。」
「驚いたなんてものじゃないわ。ねえ、まだ信じられないの?会長って、本当のことなの?」

高藤さんは私をソファーに座らせて、ゆっくり話し始めた。

「12年前、仲間と3人で会社を始めたんだ。物流システムの会社。倉庫の在庫と配送を丸ごと管理する仕組みを作った。それが最初の3年はひどいものだった。事務所は倉庫の2階で、夏は虫。銀行には17回断られた。それでも、仲間と面白いものを作っている自信だけはあった。」

「学生の頃から面白いことを考えては、仲間に呆れられていた。」

古本屋で聞いた言葉が、ようやく本当の輪郭を持った。

「運が良かった。大手が次々に採用してくれて、会社は大きくなった。2年前、東王に会社を売った。金額は、数百億円という規模になった。」

数百億。畑のナスの出来を喜んでいた人の口から出る数字ではなかった。

「どうして売ってしまったの?大事な会社でしょ。」
「会社が大きくなりすぎて、俺の人生の全部になりかけていたからだ。親父は仕事一筋のまま60で死んだ。仕事は好きだ。でも、人生には他のものもいる。そう思っていた矢先に、東王から話が来た。」

高藤さんは湯のみを引き寄せて、先を続けた。

「対価の多くは東王の株式で受け取った。だから今の俺は、東王の大株主ということになる。それで、グループの立て直しを任されることになった。それが、来月からの新しい仕事。」

40前の会長なんて、聞いたことがない。

「異例だよ。反対もあった。それでも、創業者の目がいると言ってくれる人たちがいた。」

嘘をついていたわけではなかったのだ。会社をやっていた。売って休んでいる。もうすぐ新しい仕事が始まる。全部、最初から本当のことだった。私が勝手に小さな商売だと思い込んでいただけで。

「どうしてもっと早く言わなかったの?」

責めるつもりはなかった。ただ、知りたかった。高藤さんは目を伏せずに答えた。

「会社が大きくなってから、金額を知って態度を変える人を何人も見てきた。友達も、親戚も、縁談の相手も。数字を言った瞬間、相手の目の色が変わるんだ。そうでも、君は俺が何者か知る前から、俺自身を見てくれた。無職と呼ばれる男が家に来て、畑の大根を一緒に抜いて笑ってくれた。それがどれだけ得難いことか、君は知らないと思う。」

喉の奥が詰まって、うまく返事ができなかった。

「今夜家で全部話すつもりだった。発表が今日になったのは、俺の都合だ。ただ、記事が出れば君の周りも騒がしくなる。1人で夜道を歩かせたくなかった。それで、江藤さんに迎えを頼んだんだ。」

「それであの高級車。」
「今日からは、妻である君にも必要な警備と送迎をつけたい。聞かせたいわけじゃない。守りたいだけだ。仕事も暮らしも、君は何も変えなくていい。」

会場の扉の前で、高藤さんは一度立ち止まって私を見た。

「無理に笑わなくていい。隣にいてくれるだけでいい。」

扉が開くと、世界が一変した。

「会長、この度はおめでとうございます。」

歩み寄ってきた初老の紳士が、深々と腰を折る。

「奥様でいらっしゃいますか?お初にお目にかかります。」

ホテルの総支配人だというその人は、私のくたびれたスーツに欠片も表情を動かさず、丁重に迎えてくれた。会場はすでに乾杯を終え、歓談のざわめきに移っていた。宴の締めに壇上へ呼ばれた高藤さんは、原稿も見ずに3分で話を終えた。

「祭り上げられるためではなく、働くために来ました。」

それだけをまっすぐに言い切った。会場のどこかで、年配の役員が唸るのが聞こえた。

新聞の経済面で名前を見るような会社の役員たちが、次々と高藤さんに、そして私に頭を下げていく。

「田舎の古い家で無職。」「貧乏人には貧乏人の店がお似合い。」

あの家の笑い声が、遠くで砂のように崩れていく音を聞いた気がした。

人垣の向こうから、見知った顔が近づいてきた。喪服姿の湯沢さんだった。

「湯沢さんも、いらしてたんですね。」
「親友の息子の晴れ姿だ。呼ばれんわけがないさ。いや、めでたい。」

湯沢さんはグラスを掲げてから、私にだけ聞こえる声で続けた。

「黙っていてすまなかったね。高藤君に口止めされていたんだ。肩書きで見ない人にだけ、本当のことは自分で話したいと。あんたの家族には気の毒なことをしたが、いや、これも人徳というやつだ。」

いたずらが成功した子供みたいに、70過ぎの御人は笑った。

グラスを合わせながら、高藤さんがそっと耳打ちをした。

「疲れたら、行ってくれ。挨拶が済んだら2人で帰ろう。家の茶漬けが一番うまい。」

会長になっても、この人はこの人のままだ。それが何より嬉しかった。

夜中に家に帰り着くと、高藤さんはタキシードの上着を脱いで、本当に茶漬けを2杯作った。のりと梅だけの、いつもの味だった。

「会長の初仕事が茶漬けって、誰かに知られたら大変ね。」
「いい記事になると思うけどな。」

湯気の向こうで笑い合って、長い1日が終わった。布団に入ってから、私は湯沢さんの言葉を思い出していた。「私にはもったいない」と言った私に、あの人は笑って返した。「逆だよ」と。あの言葉の意味が、ようやく分かった。

翌朝、高藤さんの就任は経済ニュースの一面に載った。東王グループ新会長に高藤レンジ氏。創業した物流システムの会社の売却を得て、異例の若さでの就任。記事には、会場に入る私たち2人の写真も載っていた。ネットのニュースにも、同じ写真が流れた。

白石の家がそれを見つけるまで、半日もかからなかった。土曜の昼、携帯が震え始めた。母。皿。母。画面に着信履歴が積み上がっていく。夕方までに、その数は50件を超えた。

最初の留守電は母だった。砂糖を煮詰めたような声だった。

「美ちゃん、お母さんよ。見たわよ、ニュース。水臭いじゃないの。家族なんだから、一度みんなでお食事をしましょうよ。高藤さんにもよろしく伝えてね。」

美ちゃん。生まれてから1度も呼ばれたことのない呼び方だった。32年間、私はあの人の中で「美」ですらなかった。「皿の妹」「手伝いの子」「我慢できる子」。それが、たった1本のニュースで「美ちゃん」になる。人の値段のつけ方が、これほど分かりやすい家も珍しい。

次は皿だった。

「ちょっとどういうこと?あの人が東王の会長ねえ。嘘でしょ?とにかく電話ちょうだい。折り返してよね。絶対よ。」

父の留守電は命令だった。

「おい、すぐ実家に顔を出せ。高藤君も連れてこい。大事な話がある。」

高藤君。無職の男が、一晩で「君」になっていた。留守電の背後には、テレビの音が流れていた。あの茶の間の、いつもの音だ。何ひとつ変わらない場所から、変わったのは呼び方だけだった。

私はどの電話にも折り返さなかった。今は透けて見えた。ニュースが出た途端の家族ごっこに付き合う義理は、もうない。

会社でも、月曜の朝から視線が変わった。

「高藤さん、見たわよ。旦那さん、東王の会長って本当?どうして黙ってたの?玉隠しってやつ。」

悪気のない好奇心が、1日中まとわりついた。夕方、部長がすれ違い様に一言だけかけてくれた。

「騒がしくてすまんな。君は君の仕事をすればいい。うちの決算は君で保っているんだから。」

その一言で、職場は元通りの職場に戻った。ありがたかった。

すると翌日から、留守電の中身が変わった。

「育ててやった恩を忘れたのか。親を無視するとは、どこまで恩知らずなんだ。大体、本来あれは皿に来た縁談だったんだぞ。お前は代わりに行っただけの分際で。」

続けて吹き込まれていたのは、母の声だった。

「お母さんよ。あなた、聞いてないわよ。こんな家に嫁いだなんて、どうして黙ってたの?親を騙すなんて、なんて娘なの?いい?あなたみたいな地味な子に、会長夫人が勤まるわけないの。身の程をわきまえなさい。」

留守電は正直だ。3日で化けの皮が剥がれた。皿の留守電も、日ごとに温度が変わった。

「ねえ、まだ怒ってるの?子供ね。お姉ちゃんが直接会ってあげるから、恩に思いなさいよ。」

何様のつもりか。というより、あの人はいつでも何様なのだった。

親戚からも電話が来た。母の妹にあたるおばだった。

「今日ね、お姉さんが泣いてたわよ。娘に見捨てられたって。ねえ、美ちゃん。顔くらい出してあげたら。家族でしょ。」

泣くのはいつも、都合が悪くなった側だ。私は「考えます」とだけ返した。

折り返しをしないと分かると、母は作戦を変えた。留守電に吹き込まれる声が、涙声になったのだ。

「お母さん、あなたの子育てを間違えたのかしらね。こんな薄情な子に育てた覚えはないのに。近所にも親戚にも、どんな顔をすればいいの?」

涙の使いどころだけは、昔から間違えない人だった。

皿に至っては、行動に出た。週明け、東王の本社に押しかけたのだ。その夜、高藤さんが苦笑い混じりに教えてくれた。受付に現れた皿は、肩を出したワンピースにバッグという入りで立ちで、こう名乗ったという。

「私、会長の婚約者だったものです。ご本人に取り継いでください。」

受付が困り果てて秘書室へ回し、応接室で対応したのが、高藤さん本人だった。

「お久しぶりと言うべきかな?どういったご要件ですか?」

先に口を開いたのは、向かいの高藤さんだった。皿は椅子に座るなり身を乗り出し、精一杯の笑顔を作ったという。

「お久しぶりです。高藤さん。あの、私が本来の婚約者ですよね。妹は私の代わりに結婚しただけで。」

高藤さんが黙っていると、皿は畳みかけた。

「本当は私と結婚するはずだったのよね。今からでも、間違いは直せるでしょ。妹には、私がうまく言ってあげるから。」

高藤さんの返事は、穏やかで氷のようだった。

「縁談を断ったこと自体は、何の問題もありません。誰にでも選ぶ自由がある。だから問題なのは、人を職業と金だけで判断したことです。そして、断った相手に妹さんを身代わりに差し出したことだ。あなたと、あなたのご両親のなさったことです。」

「そ、それはでも、結果的にうまくいったんだから。」

「最後に1つ。私は美を誰かの代用品として選んだのではありません。美だから結婚しました。あなたがどなたと、何を直したいのか、私には分かりかねます。」

皿は顔を真っ赤にして、警備員に付き添われて帰ったそうだ。

その晩の皿の留守電は、聞くに堪えなかった。

「ちょっと、あんた旦那に何を吹き込んだのよ。私、受付で恥をかかされたんだけど。妹のくせに、生意気なのよ。あんたなんか、私が断った男を拾っただけのくせに。」

拾っただけのくせに。その言い草があの家の全部だった。捨てたのは自分たちで、拾ったのは私ではなく、選んでくれたのは向こうなのに。事実がどれだけ並んでも、あの人たちの物語の中ではいつも私が泥棒だった。

一部始終を話し終えた高藤さんが、ふと聞いた。

「怒ってる?勝手に会って。」
「うん。ありがとう。」
「礼を言われることじゃない。事実を言っただけだ。」
「ごめんなさい。うちの家族が、次から次へと。」
「君が謝ることは何ひとつない。それに、妻の家族への対応も会長の仕事のうちだ。」

真顔でそんなことを言うから、私は久しぶりに声を出して笑った。

けれど、白石の家の辞書に「引き際」という言葉はなかった。あの人たちの狙いは、もっと大きなところにあった。

東王グループが県内に大型の物流施設を立てる。その記事が地元紙に載ったのは、8月に入ってすぐのことだった。総工費数十億円。地元の建設業界がざわつくのに、時間はかからなかった。そして、案の定、白石の家も動いた。

「おお、美か。元気にしてるか?」

聞いたこともない愛想笑いの声で、父の電話は始まった。要件は3分で要約された。

「東王さんがな、県の外れに大きい物流施設を立てるそうじゃないか。新聞で読んだぞ。なあ、親戚なんだから、内々に工事を回せ。基礎だけでもいい。白石建設の名前が入るだけで、銀行の目の色が変わるんだ。」

「お父さん、私は東王の社員でも、何でもないのよ。工事の発注に口を出せるわけがないでしょ。」
「向こうに言えばいいだけの話だろうが。枕元で一言ささやけば済む、夫婦なんだから。」

「当然」という声に、受話器を持つ手が震えた。

「工事のことは、東王の担当の方に正式に問い合わせてください。手続きはそれが全てです。」

「硬いことを言うな。身内だろうが。」

身内?都合のいい時だけ取り出される、魔法の言葉だった。横から母が電話を変わった。

「あ、美。お母さんもお願いがあるの。皿のサロンね。今の場所は家賃が高いのよ。グループの商業施設に入れてもらいなさい。ほら、身内枠というのがあるでしょう。」

「そんな枠、ないわ。」
「作ってもらえばいいじゃないの。ねえ。あなた1人だけ幸せになる気?家族は、ずっと支え合ってきたでしょう。」

私が黙っていても、母は止まらなかった。

「それにね、皿ったら、今のお店の内装に飽きちゃって。移るなら、ついでに全部新しくしたいって言うのよね。いい話でしょ。」

飽きた。移る。その内装にいくらかかったと思っているのだろう。

「支え合ってきた」。そんな光景を、私はこの家で1度も見ていない。支えていたのは、いつも私の側だけだった。

「できません。それに、するつもりもありません。」

自分でも驚くほど、はっきりした声が出た。電話の向こうで母が息を飲み、すぐに父の怒鳴り声に変わった。

「誰のおかげで結婚できたと思っている。わしが縁談を受けてやったから、お前は玉の輿に乗れたんだろうが。」

「違うでしょ。」

父に正面から言い切ったのは、生まれて初めてだったかもしれない。

「お父さんたちは、姉さんが捨てた縁談を私に押し付けただけ。はした金のつもりで、私に回しただけでしょ。私を幸せにしたのは、お父さんたちじゃない。あの人が私を選んでくれたの。8万円は今月も振り込みます。でも、それ以上のことは何もしません。」

電話を切った後、しばらく手が震えていた。怖かったからじゃない。32年分の言葉が、1度に出口へ殺到したからだ。言い返した。あの父に、あの母に。世界は壊れなかったし、雷も落ちなかった。ただ、胸の奥の何かが1つ、確かに軽くなっていた。

その夜、夕食の席で高藤さんが箸を置いた。

「1つ、耳に入れておきたいことがある。」
「何?」
「お父さんが、本当に東王の窓口へ売り込みをかけたらしい。それで、新規取引の与信調査が入ったんだ。俺の指示じゃない。妻の実家だからこそ、特別扱いで止めるわけにもいかなくてね。それで、決算の数字に妙な点があるらしい。実態の見えない外注費が、毎年決まって計上されている。調査部は、架空の工事請求の可能性を疑っている。」

与信調査。取引していい相手かどうか、会社の金回りを調べる審査だ。経理の私には、その言葉の重さがすぐ分かった。

架空請求。経理の人間にとって、それは会社の死と同じ響きを持つ言葉だ。

「まだ疑いの段階だ。ただ、この数字では、東王に限らずどこの大手とも新規の取引は難しい。銀行も、いずれ気づく。」

実態のない外注費、毎年決まった額。教科書に載せたいぐらい典型的な、利益の付け替えの手口だった。問題は、その金がどこへ抜けているかだ。

「美はどうしたい?実家のことだ。君の気持ちを最優先する。」

「私、確かめたいことがあるの。少し時間をちょうだい。」

高藤さんはそれ以上何も聞かなかった。聞かずに待てる人だった。

督促状の束、赤字のサロン、新しい車。あの家で見た数字の合わない光景が、頭の中で1列に並び始めていた。

白石の家では、身内の喧嘩が始まっていたらしい。留守電に入っていた母の声の後ろで、皿の金切り声がはっきり聞こえていた。

「だから何度も言ったでしょ。お母さんたちがあの縁談を私に押し付けようとしたのが悪いのよ。私は何も悪くないから。」

負けじと母の声が被さった。

「あんたがあの時さっさと頷いていれば、今頃うちが会長の親族だったのよ。」

獲物を逃したもの同士が、責任を投げ合っている。見苦しいというより、一興だった。

おばからもまた電話があった。今度は様子が違った。

「ねえ、あの家、大丈夫なの?この前寄ったら、玄関先まで怒鳴り声が聞こえてきて。今日なんて、お姉さんと皿ちゃん、掴み合いの一歩手前だったわよ。」

仲のいい家族ごっこは、金の匂いの前では持たないらしい。

皿はといえば、諦めの悪さを別の方向へ向けていた。投稿に、思わせぶりな一文が増えたのだ。

「身内にすごい人がいると、お店の未来も広がりそう。」

グループの施設に移転するのかと客に聞かれる度、否定もせずに微笑んでいるらしい。決まってもいない話を看板に使う。あの人の商売は、店を開く前から中身が空だった。

けれど、笑ってばかりもいられなかった。父の会社の帳簿に穴があるのなら、その穴はどこへ繋がっているのか。考え始めた時、頭に浮かんだのは実家の金庫だった。私の通帳と実印。あれだけは、取り返しておかねばならない。何も知らずに預けたままの、あの2つ。嫌な想像が頭の隅で形になり始めていた。想像で終わってくれと、心から願っていたのに。

週末、私は連絡を入れずに実家を訪ねた。

「あら、美。急にどうしたの?ふふふ。やっと家族が恋しくなった?」

玄関に出た母は、勝手な解釈で機嫌を直した。私は上がりがまちで要件だけを言った。

「預けてある通帳と実印を返してください。今日、持って帰ります。」

母の顔から笑みが引いた。奥から出てきた父と、目配せを交わすのが見えた。

「なんだ、棒棒しい。あんなもの、急いでどうする?」
「私のものだから。結婚もしたし、自分で管理します。」
「今すぐは無理よ。ほら、この鍵をね、お父さんが仕事場に置いてきちゃって。」
「じゃあ、取りに行きます。会社まで。」

母が声を上らせた。

「いいから、今度でいいでしょ。今度で探しておくから。」

2人の慌てようは、隠しようがなかった。ただ通帳と印鑑を返すだけの話に、この慌てようは何なのか。

「大体、何だその言い草は?嫁に出した人間が、親の家の金庫をとやかく言うのか?」
「とやかく言っているんじゃないわ。私の名義のものを引き取るだけよ。」
「うちの血を引かない誰に似たんだか。」

父は舌打ちをして、茶の間へ引き返していった。話は終わりだという背中だった。胸の中で何かが音を立てて軋んだ。

その時だった。玄関の脇の電話台の上に、見覚えのある束が目に入った。輪ゴムで無造作にまとめられた封筒の山。前に来た時、督促状だと思ったあの束だ。誰かが束を改めたのか、その日は宛名の面が上を向いていた。一番上の封筒の宛名が、視界に飛び込んできた。

白石美 様。

私宛てだった。この家にもう住んでいない、私宛ての銀行の封筒。それも一通ではない。

「これ、私宛てよね。どうして黙っていたの?」
「あ、それは。」

母が手を伸ばすより早く、私は一番上の一通を取った。父が何か怒鳴っていたけれど、耳に入らなかった。これ以上の問答をする気も失せて、私はその一通だけ鞄に入れた。

駅前の喫茶店に飛び込んで、封を切った。中身は督促状だった。

「貸付金3000万円。期限の遅延。連帯保証人 白石美 様。つきましては、保証人である貴殿に。」

保証人?声に出して読み直した。何度読んでも同じだった。2年前の日付で、私は父の会社が3000万円を借り入れた時の連帯保証人にされていた。父が返せなければ、代わりに金額を請求される立場ということだ。署名した覚えはない。説明を受けた覚えもない。書類を見たことすらない。

日付は2年前の10月。貸付元は実家のメインバンクの地方銀行。保証の住所は実家のままで、だから督促状はあの玄関に積まれていたのだ。私が知らないうちに保証人になり、私が知らないうちに督促が始まっていた。

けれど、私の実印も、印鑑証明を取るための登録カードも、全部あの家の金庫の中にあった。住民票も、結婚するまであの家のままだった。血の気が引くというのは、ああいうことを言うのだろう。夏の午後の喫茶店で、指先だけが冬だった。

3000万円。私の稼ぎでは、一生かけても返しきれない金額だ。あの人たちは、娘の名前で借金の盾を作り、その娘に黙って督促の手紙を玄関に積んでいた。

震える指で、私は高藤さんに電話をかけた。

「落ち着いて聞いて。私、お父さんの借金の保証人にされてた。3000万。印鑑も署名も、私は何もしていないのに。」

「分かった。まず、その書類を写真に撮って俺に送ってくれ。それから、原本は絶対に手放すな。いいね。それが君を守る証拠だ。」

電話の向こうの声は、怒りを抑えた低さだった。

「弁護士を紹介する。ただ、動くかどうかは君が決めていい。君の家族のことだから。」

「ありがとう。でも、その前に確かめたいことがあるの。」

「ちゃんと渡るようにしてあるから。」祖母のあの言葉。「香典代と葬式で消えた」という祖母の貯金。返してと言った途端、出し渋られた私名義の通帳。撫でるように優しかった、あのしわだらけの手。確かめなければならない。あの通帳に、何があったのか。

翌週、私は実家近くの銀行の支店へ行った。祖母が生前ずっと使っていた、あの銀行だ。

「名義人ご本人様であれば、お取引の明細をお出しできますよ。」

窓口の女性は丁寧に教えてくれた。結婚で姓が変わっているので、旧姓の分かる戸籍の書類を添えて申請する。通帳や印鑑がなくても、本人確認さえできれば手続きはできるという。

「過去10年分まで遡れます。お時間はいただきますが、ご郵送も可能です。」

私は申請書に、白石美と高藤美、2つの名前を書いた。帰り道、銀行の外は真夏の日差しだった。それなのに、鞄の中の控えだけが氷のように冷たく重たかった。

その夜、高藤さんには申請のことだけを伝えた。中身を見るまでは、何も決めつけない。経理はそういう仕事だから。

「分かった。でも、美。1つだけ約束してくれ。何が出てきても、1人で抱え込まないこと。」

思えば、銀行で申請書を書きながら、私は母の言葉を思い出していた。「あなた、昔から爪が甘いのよ。」ええ、お母さん。爪が甘かったわ。あなたたちを家族だと思っていたことが、何よりも。

明細が届くまでの数日は、10年より長かった。そして、届いた。分厚い封筒を開いた私は、台所の椅子に座り込んだまま、長い間動けなかった。

「白石美 普通預金 お取引明細」

1枚目の冒頭から、私の知らない歴史が始まっていた。毎年決まった時期に、100万円の入金。適用欄には「千」の文字。祖母の名前だった。入金は明細の始まりよりずっと前から続いていたのだろう。遡れる限界の10年前の時点で、残高はすでに800万円ほどあった。祖母は年金と蓄えから、コツコツと孫名義の口座に積んでいたのだ。

そして、3年前の春。祖母が亡くなった月の残高は、1500万円になっていた。

「ちゃんとあんたに渡るようにしてあるから。」

あの言葉は、気持ちの話ではなかった。祖母は本当に残していたのだ。介護の5年間どころか、おそらく私が20歳にもならない頃から、15年近くをかけて。

入金の日付を目で追って、気がついた。毎年7月の初め。私の誕生日だった。誕生日を家族に忘れられ続けた私に、祖母だけは何も言わずに贈り物を積んでいた。視界が滲んで、しばらく数字が読めなくなった。

けれど、明細はそこで終わらなかった。祖母が亡くなった翌月から、出金の記録が始まる。3年前の夏、数日のうちに何回か分けて、合わせて1000万。振り込み先はどれも同じ、カタカナの内装工事の会社の名前。サロン皿が開店した、まさにその時期だった。

2年前の秋、300万円。振り込み先は株式会社白石建設。そして、ほんの数ヶ月前の春に200万円。振り込み先は外車の販売店。頭金だろう。納車されたばかりだと皿が自慢していた、あの白い車。

1000万と300万と200万。合わせて1500万円。残ったのは、利息の端数だけだった。

祖母が長い年月をかけて積んだ金は、跡形もなく消えていた。姉のガラス張りのサロンに、父の会社の穴埋めに、姉の白い車に。通帳も届け出も実家の金庫の中。長年付き合いのある地元の支店で、「娘の使いだ」という父を、窓口が疑うことはなかっただろう。今なら本人確認で通らない。古い付き合いというものが、あの町では規則より先に立ったのだ。

「皿の夢ですもの」と母が言った。「親が出してあげたのよ」と胸をそらした。出所は、これだったのだ。私が介護した祖母が、私のために残したお金で。介護に1度も来なかった姉の店が、立っていた。

数字は嘘をつかない。私はずっと、その事実に救われて生きてきた。その同じ数字が、これほど残酷に真実を語る日が来るなんて。経理を10年やってきて、数字を見て吐き気がしたのは初めてだった。

次の日曜、私は1人で実家に乗り込むと決めた。高藤さんは一緒に行くと言ってくれたけど、断った。これは高藤の家の話ではない。白石美の決着だった。

家を出る時、高藤さんが言った。

「1人で行かせていいのか、正直今も迷っている。」

玄関まで送ってくれた高藤さんは、私の手を包むように強く握った。

「江藤さんが外で待ってくれている。でも、これは君の戦いだ。何かあったら、鳴らす前に出る。」

実家の茶の間に通されるなり、私は明細と督促状の写しを座卓に並べた。

「説明して。この2つを。」

父は明細を一瞥して、鼻を鳴らした。悪びれる色はどこにもなかった。

「何だ?調べたのか?それがどうした?家族の金を、家族のために使っただけだ。」

「家族の金じゃない。おばあちゃんが私に残した金を、私名義の口座から、私に一言もなく。」
「ばあちゃんの金は、白石の金だ。それを言うなら、お前を育てたのも白石の金だぞ。22まで食わせて、着させて、学校まで出してやった。多少使って、何が悪い?」
「多少?1500万円が、多少?」
「声を荒げるな。3歳児か。」
「荒げてなどいない。荒げているのは、いつだってあなたたちの方だ。」

母は母で、湯のみを片手に困ったように眉を寄せていた。

「だって、あなた。皿にお金が必要だったのよ。お店って、いくらでも大変なんだから。あなたは会社勤めで、お給料が毎月入るでしょ。あなたは自分で稼げるじゃないの。」

「じゃあ、この保証は?私の印で、3000万の保証人にした。これも家族のため?」
「あ、それね。形だけよ。形だけ。銀行がうるさいから、名前を借りただけ。あなたに迷惑はかけないわよ。」

母は湯のみを置いて、続けた。

「それにね、あの口座、あなたの名義にしてあったでしょう。あれは、いずれあなたにあげるつもりだったのよ。家族の中でのやりくりなの。分かる?」

理屈は破綻していたけれど、母は自分の理屈に酔える人だった。破綻しているからこそ、まともに答える価値もない。

「迷惑はかけない。督促状は、現に私の名前に届いている。返して。おばあちゃんのお金、全額。」
「ない金を、どうやって返すんだ?もう使ったものは、仕方ないだろう。」

父は明細を指で弾いた。

「大体、保証なんてものはな、形式だ。形式。白石建設が潰れなければ、お前に請求なんぞ来ないのよ。」

「督促も督促状も、あなたたちが玄関に積み上げて、私に隠していたあれよ。」
「あれは銀行が大げさに書いているだけだ。少し待てば済む話だ。」

どこまでも、その調子だった。

「サロンも車も、まだそこにあるでしょう。皿のものを取り上げる気か。」

父が座卓を叩いた。湯のみが跳ねて、明細の写しに茶が散った。

「お前は昔からそうだ。可愛げがない。理屈ばかりで、姉を立てることを知らん。いいか?これは家族の問題だ。外に漏らしてみろ。ただじゃおかんぞ。」

ただじゃ置かない。被害者の私に向かって、加害者が言うセリフだった。私は茶の飛んだ明細を拭いて、鞄へ戻した。不思議なくらい、涙は出なかった。この人たちは変わらない。私が我慢をやめない限り、死ぬまでこのままだ。

「分かりました。」

立ち上がった私に、母が満足そうに頷いた。

「分かればいいのよ。あなたは昔から、最後は聞き分けのいい子なんだから。」

玄関で靴を履く私の背中に、父の声が追ってきた。

「おい、分かったなら、工事の話も向こうに通しておけよ。身内の証だ。」

この後に及んで、まだ工事の話をしていた。振り返る価値もなかった。

「ええ、分かったわ。お母さん。あなたたちに言葉はもう通じない。次に届くのは、言葉じゃない。」

この日、私は白石の家に心の中で見切りをつけた。

帰りの車で、江藤さんは何も聞かずにドアを開けてくれた。家に着くと、高藤さんが玄関先で待っていた。

「お帰り。顔を見れば分かるな。座って話そう。」

私は台所のテーブルで、明細と書類を全部並べた。そして言った。

「弁護士さんを紹介して。私、戦う。」

「分かった。君ならそう言うと思って、心当たりの先生にもう声をかけてある。」

高藤さんが声をかけてくれたのは、島本先生という女性の弁護士だった。町の法律事務所で20年、家族の金銭問題を専門にしてきた人だという。グループの顧問弁護士ではなく、あえて外の先生を選んでくれたのは、高藤さんなりの筋の通し方だった。これは東王の話ではなく、私の話だから。

初回の相談で、私は全部の書類を机に並べた。事務所は駅裏の雑居ビルの3階で、応接の椅子は年季が入っていた。その飾らなさが、かえって信用できた。銀行の取引明細、督促状の原本、8万円を書き続けた10年分の家計簿と給与明細、祖母が私名義に積んでくれた口座の入出金を書き写した私の手帳。島本先生は老眼鏡を上げ下げしながら、1枚ずつ丁寧に確かめた。

「見事なものですね。失礼ながら、ここまで記録が揃っている相談は滅多にありません。」
「経理なので、記録だけが私の味方だったんです。」
「いいえ。高藤さん。今日からは、私も味方です。」

先生は事務的に、けれど確かな温度感のある声で方針を並べた。

「まず、お祖母様が残した1500万円。名義はあなた。お祖母様があなたのために積んだお金だと、これだけの記録があれば十分に主張できます。使い込んだ側に返還を求めましょう。次に、3000万円の保証。あなたの意思に基づかない契約ですから、無効を主張して争います。筆跡鑑定の用意もしましょう。実印と印鑑証明を無断で使われた以上、場合によっては刑事告訴も視野に入ります。」

頷く私を見て、先生は続けた。

「それに、今の時代、事業の借金を家族が保証するには、本人が公証役場で保証の意思を示す手続きがいるんです。あなたはそこへ1度も行っていない。銀行の手続きにも穴がある。争う材料は、十分すぎるほどです。」

「取り返せるでしょうか?」
「取り返せますとは、経験上言いません。裁判は生き物ですから。ただ、これだけは言えます。記録は全て、あなたの側にある。」

方針は4つに決まった。1500万円の返還請求。保証契約の無効の主張と、法的措置の準備。今後の連絡は一切を代理人経由とする通知。そして、毎月の8万円の停止。

「最後の1つは、弁護士がなくてもできますよ。」

先生は初めて、少しだけ笑った。

「あなたがやると決めるだけです。」

帰り際、私は1つだけ聞いてみた。10年間の8万円。合わせて960万円は、どうにもならないのかと。

「難しい質問です。生活費や援助として渡し続けたお金の返還は、正直簡単ではありません。」

先生は書類を揃えながら、まっすぐ私を見た。

「ただね、高藤さん。過去の960万は取り返せなくても、未来の8万円は今日この瞬間から1円も渡さなくていい。それは誰の許可もいらない。あなたの権利です。」

未来は守れる。その言い方が、胸に残った。

出した中身と日付が郵便局に記録として残る内容証明の通知。それが島本先生の名前で白石の家に届いたのは、8月の終わりだった。

反応は早かった。ただし、私にではなく高藤さんに向かって。父は東王の本社に電話をかけ、繋がらないと知ると、湯沢さんを拝み倒して高藤さんへの面会を取り付けた。応接室で頭を下げた父は、開口一番にこう言ったそうだ。

「高藤君、いや、会長。あれは家族同士のことだ。弁護士だなんて、大げさにしないでくれ。身内の恥になる。」

「身内の恥ですか?」

高藤さんは静かに聞き返したという。

「お伺いしますが、美さんが家族だったのは、あなたたちがお金を必要とする時だけですか?介護の時も、毎月の8万円の時も、縁談の時も、美さんは家族として差し出されてきた。けれど、お祖母様の残したお金の時だけ、美さんの取り分は家族の外だった。都合が良すぎませんか?」

父は言い返せず、今度は営業の顔を作ったそうだ。

「それなら、物流施設の工事の件だけでも。」

「その件は、もう終わっています。」

同席していた湯沢さんは、帰り際に父へ一言だけ残したという。

「数夫君。わしはあんたの親父さんに世話になったから、あんたの家に縁談を運んだつもりだった。まさか、こんな形で恥をかかせてくれるとはなあ。」

御人のその一言は、どんな怒鳴りよりも重かったはずだ。

数日後、東王グループは白石建設との取引を正式に見送った。調査部の追加調査と、取引先への聞き取りで、実態の確認できない外注先があることが裏付けられ、会社の金が外へ流れているという話も複数から出たからだ。数字の疑いが晴れない会社に、大手との取引の扉は開かない。

「俺の恨みで潰したわけじゃない。虚偽の申告と不正な会計が確認された会社とは、東王は契約できない。どの会社が相手でも、同じ判断をする。それだけのことだ。」

高藤さんは私にそう説明した。恨みで動かない人が下す決断は、恨みで動く人には一番効く。

取引の見送りの噂は、狭い地元の業界をすぐに一巡りしたらしい。「東王に断られた会社」。その一言が持つ意味を、銀行が見逃すはずもなかった。白石建設の融資の窓口は、目に見えて硬くなっていったという。

一方、その頃皿は皿で忙しく動き回っていた。

「妹に婚約者を奪われたの。本当なら、私が会長夫人だったのに。」

サロンの客に、同級生に、ママ友の集まりに。皿は悲劇の主役を演じて回っていた。その噂は、思わぬところから私の耳に入った。職場の隣の席の先輩が、実はサロン皿の客だったのだ。

「ねえ、高藤さん。変なことを聞くけど、あなた、お姉さんの婚約者を横取りしたなんてことないわよね。」

私は黙って、携帯の画面を開いた。保存しておいた、あの家族トークの画像。「無職なんて絶対無理」「美にはああいう貧乏男がお似合いよ」「代わりにやらせれば、湯沢さんにも角が立たないじゃない」。日付ごと、全部見てもらった。

「私からは何も言いません。ただ、残っているものが全部です。」

先輩は画面と私を3度見比べて、それから長い息を吐いた。

「ごめん。聞いた私がバカだったわ。」

噂の流れが変わるのに、時間はかからなかった。作り話は、記録の前では長持ちできない。後で聞けば、先輩はサロンの常連仲間にも見たままを話してくれたらしい。悲劇の主役の座を下ろされた皿は、予約表の空白でそれを思い知ったはずだ。

そんな9月の初め、母から一通のメッセージが届いた。

「最後に1度だけ、家族で話がしたい。お母さんたちも、反省しているの。」

島本先生に相談の上、私は1度だけ応じることにした。終わらせるためには、終わりの場がいる。

「行かなくてもいいんだぞ。」

出がけに、高藤さんは私のブラウスの襟を直しながら言った。

「行くわ。逃げるためじゃなくて、閉めるために行くの。決算と同じよ。」
「なるほど。じゃあ、うちの経理は無敵だ。」

約束の場所は、駅前の喫茶店にした。実家の茶の間は、あの人たちの土俵になる。人の目のある場所で、記録の残る昼間に。それも島本先生の助言だった。

店の前まで、高藤さんが送ってくれた。

「終わったら電話をくれ。30分で来られる場所にいる。」
「大丈夫。でも、ありがとう。それだけで100人力だわ。」

店に入ると、両親はもう来ていた。父はよそ行きの上着を着て、母は手土産の紙袋まで下げてきたらしい。テーブルの上には、カステラが1つ置かれていた。

「美、よく来てくれたわね。」

母が目じりを下げた。父は咳払いをして、頭を下げる真似のように顎を引いた。

「その、なんだ?今回のことは悪かった。父さんたちも、やり方がまずかったと思っとる。」

やり方がまずかった。中身ではなく、やり方が。最初の一言で、この謝罪の底が見えた。

「ばあちゃんの金のことも、保証のことも、悪気があったわけじゃないんだ。家族だから、つい。そうだろ、母さん。」
「そうよ。水に流しましょうね。親子じゃないの。昔のことをいつまでも言ってたら、前に進めないわ。」

昔のこと。数ヶ月前まで続いていた流用が、あの人たちの中ではもう昔のことになっていた。私が黙っていると、父は身を乗り出した。本題が来るのだと、背中の丸め方で分かった。

「それでな、美。会社のことなんだが。東王さんの取引の件、あれをもう一度、高藤君に考え直してもらえんか。このままだと、銀行の融資も止まる。白石建設は、お前の生まれた家の会社だぞ。」

横から母が口を挟んだ。

「お願いよ、美。それから、皿のこともね。どこかのグループ会社で、雇ってもらえないかしら。ほら、あの子、サロンが大変な時期でしょ。受付でも何でもいいのよ。東王の名刺が持てれば。」

謝罪の席は、3分で要求の席になった。母は思い出したように手を叩いた。

「それとね、お正月に親戚の集まりがあるでしょ。今度は高藤さんと2人で顔を出してちょうだいな。みんなに紹介したいのよ。うちの婿は東王の会長ですって。おばさんたち、腰を抜かすわよ。」

うっとりと語る横顔は、本気で楽しそうだった。娘を身代わりに差し出した縁談が、いつの間にか自慢の種になっている。

私は運ばれてきたコーヒーに口をつけずに言った。

「お父さん、お母さん。今日は、謝ってくれるんじゃなかったの?」
「謝るだろう。だから、こうして。」
「ながら、お金の話しかしてないのよ。さっきから。」

2人が同時に口をつぐんだ。

「私に会いたかったんじゃなくて、東王の会長夫人に会いたかったのね。私を娘として必要としているんじゃなくて、便利な口として利用したいだけ。今日、それがよく分かりました。」

「何を生意気な。」

「1500万円は、おばあちゃんが私にくれたお金です。返してもらえます。保証も、私は印を押していません。争います。全部、弁護士の島本先生を通してください。私に直接連絡するのは、もう終わりです。」

「美、あなた、親に向かって。」

母の声が裏返った。私は1度だけ、深く息を吸った。32年分の言葉の、最後の1つを言うために。

「お母さん。私は、もう我慢できる子をやめます。」

「え?」

「『我慢できる子』って、褒め言葉じゃなかった。文句を言わない子、都合のいい子、何をしても怒らない子。そういう意味だったのよね。長く務めました。今日で、やめます。」

母は口を半開きにしたまま、何も言わなかった。

「これからは、姉さんだけを家族として大切にしてください。得意でしょ?それは。私は、私を大切にしてくれる人と行きます。」

伝票を取って、席を立った。カステラは、テーブルに残したままにした。

「待ちなさい。美。」

呼び止める声に、もう足は止まらなかった。レジで支払いを済ませて店を出ると、外で皿が待っていた。腕を組んで、ヒールの先で地面を叩いていた。両親から聞いて、駆けつけたらしい。

「ちょっと、あんた本当に訴える気?家族を。」
「訴えるかどうかは、これからの話よ。返すものを返してくれれば、裁判まではいらない。」
「その言い方が、偉そうだっていうのよ。」

皿は一歩詰め寄って、それから急に声を猫撫で声に変えた。昔から、この切り替えだけは天才的だった。

「ねえ、美。あんたが高藤さんと離婚すれば、全部元に戻るのよ。そうすれば、私が改めてあの人と一緒になって、お父さんの会社も私のサロンも、全部丸く収まるじゃない。昔から言ってるでしょ。あの人と釣り合うのは、私の方だって。」

本気で言っているのだった。この期に及んで、本気で。

「姉さん。」

私は笑いも怒りもせずに、ただ事実を置いた。

「あの人はね、『代わりならいらない』って言った人よ。私だから結婚したの。私が消えても、姉さんの番は来ない。」

「あう。嘘よ。あんたが泣いて頼んだんでしょ。」
「どうせ信じたくなければ、それでもいいわ。事実は変わらないから。」

皿の唇が動きかけて、止まった。

「それにね、姉さんが失ったのは、私が奪ったものじゃない。自分で価値がないと決めて、自分で捨てたものよ。『無職なんて絶対無理』って、あの日書いたのは姉さんでしょ。」

皿の顔から、猫撫で声の続きが消えた。

「私、あんたのそういう顔が昔から大嫌いだったのよ。」
「知ってる。私も、姉さんのそういうところは苦手だった。でもね、姉さん。嫌いなものの星を数えるのは、もうやめた方がいい。3歳児みたいだから。」

言い返せない皿に、私は最後の1つを足した。

「『はしたない』と思って捨てたクジが、当たりだった。悔しかったわね。でも、もう戻らない。当たりも、外れも。」

私はそれだけ言って、向かいの車に乗った。窓の外で何か叫んでいる皿が、街の雑踏に小さくなっていく。振り返らなかった。振り返る理由が、もう1つもなかった。

車の中から高藤さんに電話をかけると、ワンコールで出た。

「終わったわ。全部、言えた。」
「そうか。よく頑張った。今夜は好きなものを作る。リクエストは?」
「肉じゃが。味の保証付きで。」

電話の向こうで、あの人が笑う気配がした。それだけで、目の縁が赤くなった。

数週間後、島本先生から報告があった。筆跡鑑定の結果と刑事告訴の可能性を弁護士名で示したところ、銀行は保証について私への請求を撤回する方向で調整に入り、父は1500万円の返還に応じる意向を示したという。

「返す原資を作るために、ご自宅を売却するそうです。」

先生は書類をめくりながら、付け加えた。

「あなたが生まれ育った家ですが。」

「構いません。」

即答できた。あの家に、私のものはもう何ひとつ残っていない。

それから1年が経った。白石の家のその後は、風の噂と弁護士だよりで聞いた。父の会社は、架空請求と書類の偽造が取引先や金融機関にも知られ、新規の融資を断られるようになったという。抜かれた金の行き先は、結局皿のサロンの穴埋めと、あの家の暮らしだったと聞く。事業を縮小した末に同業の会社へ安価で譲られ、父は社長の椅子を失ったそうだ。自宅は売却され、1500万円は約束通り返還された。実印と私名義の通帳も、島本先生を通して手元に戻った。保証についても、銀行は私への請求を取り下げる形で決着したと聞いている。

父と母は、古い賃貸の2階で暮らしているらしい。母からは何度か「生活費だけでも送って欲しい」という手紙が来たが、全て島本先生を通して、同じ返事だけを返している。

皿のサロンは、資金の流れが止まった半年後に閉店した。白い車もブランドの鞄も手放したが、店の借金は残ったという。今は隣町の美容室で、雇われの美容師として1から働いているそうだ。「いずれ自分が会長夫人になる」という皿の話を当て込んで近づいていた交際相手は、閉店と同時に消えたと聞いた。木の毒だとは思わない。皿は今、生まれて初めて自分の稼ぎだけで立っている。それは皿の人生で、一番健全な日々かもしれなかった。

そして、私はといえば。会社を円満に退職して、小さな事務所を開いた。個人商店や町工場の帳簿を支える、経理代行の事務所だ。元手は、祖母が残してくれた1500万円。あの金は、今度こそ祖母の願い通りの場所で働いている。高藤さんは開業資金を出すと言ったけれど、断った。代わりに紹介してもらったのは、税理士の先生と中古の事務机。

「会長夫人だから成功するんじゃない。美だから、自分の力で成功できる。俺はそれを知っているだけだ。」

その言葉の方が、どんな高級車より重かった。

夜ごと机で事業計画を書き直す私に、あの人は茶だけ入れて、口は出さなかった。開業の日には、湯沢さんが胡蝶蘭を抱えて現れた。私を会社から送り出してくれた部長は、今も取引先を紹介してくれる。

「美さんも喜んどるよ。あんたのばあ様は、ちゃんと見る目があった。」

湯沢さんの一言に、返事の代わりに目頭を押さえた。

事務所の棚には、祖母の小さな写真を飾ってある。仕事に迷った日は、しわだらけの笑顔と目を合わせてから帳簿を開く。

「あんたは働き者だね。」

あの声は、今も私の帳簿の1行目にいる。

顧客は少しずつ増えている。高藤さんは相変わらず忙しく、それでも週の半分は家で夕食を取る。会長の椅子より縁側の座布団が似合うのも、相変わらずだ。

帳簿をつける暇もなかった豆腐屋のご主人が、初めての決算書を眺めて「うちの数字は綺麗だな」と笑ってくれた。あの家で否定され続けた私の取り柄が、今は誰かの役に立っている。

ある夜、仕事を終えて事務所の鍵を閉めると、通りの向こうに見慣れた黒塗りの車が止まっていた。江藤さんが降りてきて、あの夜と同じように深く頭を下げる。

「奥様、お迎えに上がりました。」

「ありがとう、江藤さん。」

私は笑って、小さく首を振った。奥様という呼び方への、ささやかな抗議だ。

「今日はね、会長夫人じゃなくて、美として帰ります。」

後部座席には高藤さんがいて、包みを掲げてみせた。

「今夜は肉じゃがにした。味は保証しない。」

いつものセリフに、いつものように笑う。

「お疲れ様。今日はどんな1日だった?」
「忙しかった。でも、自分で選んだ仕事だから、楽しいわ。」

姉の代わりにやると決められた時、私はまた家族の犠牲になるのだと思っていた。けれど、あの結婚は、私が生まれて初めて自分で選び直した人生だった。「はしたない」と捨てられた私も、「無職」だと見下された夫も、その本当の姿をあの家族は誰1人見ていなかった。

「無職の男と地味な妹はお似合いだ」と姉は言った。ええ。本当にお似合いだったみたい。姉さんの見立てで、唯一当たっていたのはそこだけよ。

幸せは、肩書きや高級車の中にはなかった。私を大切にしてくれる人と、自分で選んだ人生を歩いていくこと。それが、私が手に入れた一番の財産だ。

これからも、この人の隣で、私の帳簿に自分で選んだ日々を1行ずつ書き足していきたい。

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