午前四時、ドタドタという凄まじい音と悲鳴で飛び起きた。寝室まで響く振動に地震かと思ったが通知はない。階段下から聞こえた低いうめき声に慌てて向かうと、義母がうずくまり、周囲には焼酎の瓶が転がっていた。「ぼさっとしないで救急車を呼べ。この使えない高卒が」と怒鳴る義母。毎晩酔いつぶれるまで私を「低学歴のクズ嫁」と見下し続けた人だ。太腿に脂汗が滲む義母を前に、スマホを手に取った瞬間、私はある決断をし…

午前四時、ドタドタという凄まじい音と悲鳴で飛び起きた。寝室まで響く振動に地震かと思ったが通知はない。階段下から聞こえた低いうめき声に慌てて向かうと、義母がうずくまり、周囲には焼酎の瓶が転がっていた。「ぼさっとしないで救急車を呼べ。この使えない高卒が」と怒鳴る義母。毎晩酔いつぶれるまで私を「低学歴のクズ嫁」と見下し続けた人だ。太腿に脂汗が滲む義母を前に、スマホを手に取った瞬間、私はある決断をし...

ドタドタドタ、ゴンッ。凄まじい音と悲鳴が聞こえて、私は目を覚ました。寝室まで揺れた気がして、地震かと思いスマホを確認したが、通知は来ていない。まだ朝の四時だ。何が起こったのかと冷静に考えていると、階段の下から低いうめき声が聞こえてきた。

慌てて声の元へ向かうと、義母が階段のすぐそばでうずくまっている。周囲には焼酎の瓶が転がっていた。私はすぐに状況を理解した。義母はいつも私を低学歴のクズ嫁と見下し、毎晩酔いつぶれるまで酒を飲んでいる。きっと、うずくまった拍子に足元にあった焼酎の瓶を蹴って足を滑らせ、そのまま階段を転げ落ちたのだろう。

私が呆然と立ち尽くしていると、義母が喚いた。おい、何をしているんだ。本当にお前は使えないな。ぼさっとしないで救急車を呼べ。どういう状況か分かっているんだろうが。骨折れているかもしれない。脂汗も止まらないし、早くしなさい。

私は慌てて「分かりました」と言い、スマホを取りに行った。スマホを手に取った瞬間、ふとあることに気がついた。これは、もしかして……。

私の名前は半田直。どこにでもいる専業主婦だ。数年前に大輔と結婚した。出会いは職場。私が派遣社員として働いていた会社で、大輔は正社員だった。当時は派遣と正社員のプライベートな付き合いはご法度だったこともあり、世間話をする程度だった。だが、私の契約期間が切れて別の会社に移る際、大輔からアプローチを受けた。そこから交際が始まり、結婚に至った。大輔との二人暮らしは派手なことはないが、毎日穏やかな幸せに満ちていた。

しかし、あることがきっかけでそんな日々は終わりを告げる。大輔の父、つまり義父が心筋梗塞で急死したのだ。義父はこれまで大病もなく健康そのものだった。まさか急に亡くなるとは誰も思っておらず、その衝撃は凄まじく、大輔も義母も目に見えて憔悴していた。そんな義母を放っておけるはずもなく、義父の葬儀が終わった後から、私と大輔は義実家で義母と同居するようになった。

この義母がまた一癖も二癖もある人物で、一緒に暮らし始めた頃こそ「一緒に住んでくれてありがとう」と言ってくれていた。突然一人残された義母の気持ちはどれだけ考えても推し量れない。だからこそ、私も義母の心が一刻も早く癒えるように精一杯寄り添おうと思っていたし、実際そうしてきた。おかげで義母は少しずつ元気を取り戻し始め、食卓で談笑できる程度になった。

ところが、その食卓である事件が起きた。ある時、テレビの話題で会話が盛り上がり、私が「うる覚えですが」と発言した。すると義母は、ふふ、と小馬鹿にしたように笑って言った。「だめね。うる覚えは間違い。正しくはうろ覚えよ。よくある間違いとは聞いていたけど、まさか本当に間違える人がいたなんて」。大輔も「に」と笑っている。私も「お恥ずかしい」と返した。ここまでなら大した問題ではない。団欒の一幕で済んだかもしれない。

しかし、この後義母は私の学歴を根掘り葉掘り聞いてきた。最終学歴はどこか、理系なのか文系なのか、成績はどのくらいだったのか、と。実は私は高卒で、正直に言えば成績も良くなかった。高校ではいつも学年の真ん中くらいだった。高校自体も進学校というわけでもなく、かと言って底辺校でもない。よく言えば平均的、悪く言えば中途半端な成績をずっと維持してきた。

義母はそれを聞くと、小馬鹿にするどころか、本当に人を見下した笑いを私に向けるようになった。「はあ。こんなことなら結婚前に学歴を聞いておくべきだったわ。大輔が連れてきた女性だから、さすがに大学くらいは卒業していると思っていたけど、まさか高卒とはね」。私は少し苛立ったが、顔に出さないようにして「高卒では何か問題ですか」と尋ねた。話を聞くと、義母も大輔も亡くなった義父も、誰もが名前を聞いたことのある有名国立大学や私立大学の出身なのだそうだ。親戚も示し合わせたかのように高学歴揃い。そりゃ、そんな人から見れば私は低学歴だろう。

ただ、社会人になれば学歴が全てではない。人間性が問われる場面もいくらでもある、と私は考えていた。だが、それからというもの、買い物で私がちょっとした計算に時間がかかったり、ニュースの話題に疎かったりすると、義母は「これだから高卒は」と言うようになった。

まあ、ここまでならまだ仕方ないのかもしれない。確かに私は義母や大輔たちがしてきたような勉強をしてきたわけではない。しかし、義母の低学歴ディスはほとんどこじつけのようなものにまで及ぶようになる。私の料理が義母の好みに合わない、掃除や洗濯の仕方が気に入らない、それも全て「高卒だから」という言葉で片付けられる。挙げ句の果てには、「どうして私の言っていることが理解できないの? ああ、そうか。高卒だから日本語も理解できないのか。かわいそうなこと」とまで言われた。

味噌汁の味付けが気に入らないとか、洗濯物を畳むのが遅いとか、それは確かに私の落ち度かもしれないが、日本語は関係ないだろう。何度言い返そうと考えたか分からない。しかし、私が少しでも反論しようとする素振りを見せると、義母は決まってこう言うのだ。「本当に先立たれた悲しみに明け暮れる私に、追い打ちをかけるのかい? あんたに人の心はないのかい?」。こう言われてしまっては、何も言えない。

我慢の限界を迎えそうになった私は、大輔に義母を諫めてもらおうと考えた。初めて相談した時は、「直子は悪くないよ。俺に任せて」と大輔は言ってくれた。この言葉がどれだけ私の救いになっただろうか。大輔の宣言通り、しばらく義母からのいびりはなくなった。しかし数日経つと、義母は大輔に注意されたことを逆恨みし、よりひどいいびり方をするようになる。

ある日などは、料理に文句をつけるだけでなく、食卓に並べたものを私の目の前で全てゴミ袋に捨てた。「だからお前の作る料理はまずいと言っているだろう。何度も何度も言っているのに、どうして分からないんだ。日本語もろくに分からず、料理もできないくせに、男に媚びる言葉は持ち合わせているみたいだし。私から息子まで取り上げようというわけ? この悪女が。低学歴は日本語だけでなく道徳も持ち合わせていないのか」。

私が何をしても、義母にとっては気に食わないのだろう。暴言が勢いを増せば増すほど、私は大輔に相談する回数が増えた。この頃になると私も「学歴だけで判断するのはやめてください」と反論するようになっていたが、結局何を言っても義母には響かない。大輔はその後も何度か義母を諫めてくれたが、とうとう昨日、こんなことを言い出した。「はあ。毎回毎回しつこいんだけど。確かに母さんが直子にきつく当たっているのは認めるけど、実際は直子が日本語を理解できていないから怒られるんじゃないか。だとしたら、俺に頼るのは間違いだろう」。

そしてこの日から、大輔は家にいる時間がどんどん減った。本人は仕事が忙しくなったと言っているが、私と義母の争いに巻き込まれるのが嫌になったのだろう。こうして私は義実家でどんどん孤立していった。いびりはますます激化し、最近は酒を飲むせいもあって暴言もひどい。義父が生きていた頃、義母はそこまで酒を飲まなかったらしい。せいぜい義父の晩酌に一杯付き合う程度だったが、義父が亡くなった喪失感を酒でごまかすようになり、最近では二階の寝室で毎日のように酒を飲んでいる。しかも量が多い。毎日ビールのロング缶を二本空け、その後は寝室に保管している焼酎をどれだけ飲んでいるのか、私には分からない。もちろん、その晩酌に私は召使のように呼ばれ、氷を持ってこい、空き缶を処分しろ、酒のつまみを作れと言われ、おかげで寝る時間はどんどん遅くなっていく。ただ、そんな時間になっても大輔が帰ってこないのは気になっていた。帰ってきた時も、酒臭い上に香水の匂いがしたりした。

もしかして、大輔は……。そんな考えが頭をよぎる中、私は毎日義母にいびられ続け、頼みの綱の大輔も当てにならず、私の精神はとうとう限界を迎えた。

この日もいつもと同じように、義母は二階の寝室で晩酌を始めた。そして一階にいる私に向かって、ビールを一本持ってこい、と大声で叫ぶ。「おい、聞こえているんだろ? このクソ嫁が。ビールを持ってこいと言っているんだよ。ついでにつまみも作れ、氷も持ってこい。旦那に先立たれて心に穴が開いた、ほれ、ちょっとは優しくできないのか、このクズが。一体何語で喋ればお前は私の言葉を理解するんだ」。

しかし、私は無視を決め込んだ。よく考えれば、なぜ私が言いなりになってやる必要があるのか。そんなにビールが飲みたければ、自分で一階まで降りて冷蔵庫から持ってくればいいだけの話だ。もはや「飲みすぎですよ」と止める優しさも私には残っていない。好きに飲めばいい。私はイヤホンで耳を塞ぎ、爆音で音楽を流して夜をやり過ごした。時折、義母が怒りに任せて部屋の外に何かを投げつける音がしたが、知ったこっちゃない。

そうして二時間ほど経った頃、イヤホンを外すといつの間にか家の中は静寂に包まれていた。どうしたのだろうと階段に近づき耳を澄ますと、わずかにいびきが聞こえてくる。なんだ、私が何もしなければ、勝手に酔いつぶれて寝るんじゃないか。義母は本当につまみが食べたいわけでも、氷が欲しいわけでもないのだ。だって、そんなにこだわりがあるなら自分で降りてくればいい。それなのに私を呼びつけるのは、ただ単に私を都合よく使いたいだけ。その程度のことだ。

よし、この感じなら明日からも呼び出しには無視を決め込めばいい。不愉快な日々もあと少しの我慢だ。

翌朝、ドタドタドタ、ゴンッ。凄まじい音と悲鳴で目を覚ました。昨日は地震かと思ったが、今度は間違いなく何かが落ちた音だ。辺りを見渡し、冷静に観察すると地震の気配はない。その代わり、う、といううめき声が聞こえる。声の元へ向かうと、なんと義母が階段のすぐそばでうずくまっている。周囲には焼酎の瓶が転がっていた。昨日、私が呼び出しを無視したせいで、空き瓶や空き缶を回収する者がいなかった。義母は自分の部屋に保管してあった焼酎の瓶を踏んで足を滑らせ、そのまま階段を転げ落ちたのだろう。

本来なら心配すべきなのだが、この時の私は「義母に天罰が下ったのか」と不思議と納得し、ただ見つめていた。そんな私に気づいた義母は、苦しそうに怒鳴る。「おい、何をしているんだ。本当にお前は使えないね。ぼさっとしないで救急車を呼べ。どういう状況か分かっているんだろう? これ、骨折れているかもしれない。脂汗も止まらないし、早くしなさいよ」。

私は「分かりました」と答え、スマホを取りに行った。面倒なことになったな、と考えていた時、私はあることを思いついた。

しばらくして、苦しむ義母の元に戻る。「おい、救急車はどれくらいで来るんだ?」。顔面蒼白で汗を垂らしながら痛みに耐える義母。彼女に伝えなければならないことが、私にはある。

「実は、私、日本語が分からないので、救急車を呼ぶことができません。オー、ソーリー。ソーリー。アイム、ソーリー」。

義母は何が起こったのか分からず、ぽかんと口を開けて私を見ている。しかし痛みで我を取り戻したのか、すぐに怒鳴った。「こんな時に何をふざけたことしているのよ。冗談を言っている場合じゃないって分からないの。腕が痛いのよ。折れているかもしれないの。あんたには私の痛みが分からないからそんなことが言えるのよ」。

「オー、イエス、イエス。私、あなたの言葉も痛みも何にも分かりません。アイ・ドント・ノー。アイ・ノー。私、大バカなんです。ドゥ・ユー・ノー?」

私がそうやっておバカな片言を話し続けると、義母は私が本当に救急車を呼ぶつもりがないのでは、と不安になり始めた。さっきまでの怒声はどこへやら、「違うの。私は救急車を……。お願いだから……」とどもり始める。今頭の中で必死に考えているのだろう。階段から転げ落ち、全身に原因の分からない痛みがあって、そのまま放置された先に、一体何が待っているのかを。そして義母はしまいには泣き出し、すがるように懇願し始めた。「ごめんなさい。私が悪かったから。今まで散々バカ扱いしたことを謝るから。これからは馬鹿にしないから。私、まだ生きていたいの」。

泣き喚く義母に、私は言い放った。「分かっているなら、最初からそう言えばいいんですよ。まあ、もう救急車は呼んでいますけどね」。

私の言葉の直後、ドップラー効果で歪んだサイレンの音が聞こえ始める。救急隊が到着し、義母は病院に搬送された。

その後、義母は打撲程度の怪我で済んだらしく、念のため検査で一日入院することになった。私はなんだかんだ無事で良かったと思ったが、義母は「打撲でまだ生きて痛いの」なんて叫んだことが恥ずかしいのか、目を合わせようとしない。病室に、電子音が響く中、突然大輔が現れた。大輔はひと通り義母を心配すると、次に私を睨みつけた。「直子がいるのに、どうして母さんがこんな目に遭うんだ。何のための専業主婦なんだよ」。

やれやれ。私が悪いのか。私はポケットからボイスレコーダーを取り出し、再生した。そこには、今まで義母が浴びせてきた暴言が記録されている。シラフの時もあれば泥酔状態の時もあり、バリエーションには困らない。大輔は「これが何なんだよ」と叫ぶ。「何なんだよ、ですって? 考えてもご覧なさいよ。こんなことを四六時中言われてまで、お母さんのそばにぴったりついていなければいけないわけ? そんなの嫌に決まっているじゃない。それでも私は家にい続けて、お母さんの暴言に耐えてきたの。そもそも、お母さんの怪我は自業自得よ。あなた、お母さんがアルコール依存症だって知っていた? 知っているわけないわよね。だって、あなたほとんど家にいなかったじゃない」。

大輔は「それは仕事があったから」と言い訳しようとする。「嘘を言うんじゃないわよ。どうせ、トミとかいう女と寝ていたんでしょ」。大輔の顔色が変わる。「どうしてそのことを……」。ほとんど家に帰ってこなくなり、あれだけ香水の匂いを漂わせて、浮気を疑わないバカがいるものか。大輔は私と義母の間に挟まれたストレスを、他の女で発散していたというわけだ。私は浮気を確信してすぐに探偵事務所を依頼し、浮気相手の素性から大輔との浮気の頻度まで、決定的な証拠をすでに掴んでいた。「言い訳も謝罪も聞きたくない。私が望むのは、離婚と慰謝料だけよ。もう、大輔もお母さんも、二度と私の目の前に現れないで。それじゃあ」。

そう言って、私は病院を後にした。

後日談。私は無事に離婚が成立し、大輔と浮気相手のトミという女からも慰謝料をもらうことができた。また、義母からもボイスレコーダーに記録された暴言が証拠として残っていたため、いくらか慰謝料を頂戴した。その後、大輔は浮気の件が会社に広まり、解雇された。義母はと言うと、今回の一件から反省し、しばらくはアルコール依存症を治して更生しようと奮闘していたらしい。しかし、大輔が会社を首になったり、浮気相手に捨てられたりしたストレスで、大輔は焼酒をするようになり、義母はその姿を見て耐えられなくなり、再び酒に手を出したようだ。ご近所さん曰く、今では二人ともいつも酒の匂いが漂い、常に泥酔状態なのか会話が成立しないらしい。私は高卒だから知らないが、大学ではアルコールの恐ろしさを学んだりしないのだろうか。ともかく、義実家には親子揃ってアルコール依存症という地獄絵図が完成したのだった。

もし次に結婚する機会があれば、私は学歴ではなく、まともな人間性を持った人を選ぼうと強く思った。

――私の名前は直子。今年で結婚三年目になる専業主婦だ。夫の大輔は高校の同級生で、同窓会をきっかけに交際を開始し、結婚に至った。今は夫婦二人で暮らしている。大輔の仕事は一般企業の営業職。残業も多く大変そうだが、平均以上の収入があるため、大輔の給料だけでも安定した生活を送れている。

一方の私は専業主婦で、料理系のブログを開設している。結婚生活に慣れてきた頃、新しいことを始めてみようと思い、当時流行っていたブログを始めたのだ。独身時代から料理が得意だったので、自分で作ったメニューを投稿していると、思いの外人気が出てきた。最近では収益化もできて、一定の収入が得られている。自分が発信した情報で誰かが喜んでくれることや、それが収入につながることは想像以上に楽しい。今ではただの趣味ではなく、仕事として真剣に取り組んでいる。ブログ活動の一環としてSNSにも投稿している。日本中の名前も知らないような人と関わりを持てるのは素晴らしいことだ。ただ、SNSには批判的なコメントも見かける。ブログやSNSを運営する中で、ちょっとした一言で炎上したアカウントを幾つも見てきた。だからこそ、SNSの取り扱いやコメントには特に気をつけていた。

しかし、大輔は私のブログ運営を快く思っていないようだ。一度、更新したブログ記事を見せたことがある。「前に料理のブログを始めたって話したでしょ。最近はアクセス数も伸びて、収入がもらえているの。子供ができた後のことも考えて、私も仕事として頑張るわ」。そう言ってパソコンの画面を見せると、大輔は興味なさそうに一瞥すると口を開いた。「ふ。こんなものが仕事だって? 馬鹿馬鹿しい。遊びに毛が生えただけじゃないか」。大輔は考えの古い人間で、ブログや動画サイトで収入を得ている仕事を見下していた。仕事というのは汗水垂らして苦労してお金をもらうことだ。こんな自分の好きなことだけ書いて、何が仕事だ、と鼻で笑われた。私は一生懸命更新してきた記事を馬鹿にされたことに、ひどく落胆した。仕事かどうかの議論はともかく、記事の内容すら見てくれないのか。それ以来、大輔にはブログの話をしていない。

こんな風に、大輔は結婚してから高慢で冷たい態度を取ることが多くなった。「俺の靴ぐらい磨いておけよ。こっちは時間がないんだから」「家にいるんだから化粧なんてしなくていいだろう。無駄遣いするな」といった具合だ。私は過去に言葉で辛い思いをした経験があり、心ない発言に敏感になっていた。そんなことを大輔は知らず、日々見下すような言葉ばかり浴びせてくる。それでも、この生活を壊してはならないと、私は必死にこらえていた。

そういえば、最近大輔がスマホをいじることが多くなった。今日も夕食を食べ終えるとすぐにスマホを取り出し、食卓でずっと操作している。カウンターキッチンに立つと、ちょうど大輔のスマホが見える位置になる。食器を片付けながらふと画面を見ると、SNSをしているようだ。大輔がSNSを始めたことすら知らなかったので驚いたが、それ以上に投稿内容に目を見張った。芸能人のアカウントに批判的なコメントを書き込んでいるのだ。書きかけの画面には、「テレビに出て喋っているだけの楽な仕事で忙しぶる」などと書いてあるのが見えた。私はショックを受けた。昔は優しかった大輔が、赤の他人にまでそんな言葉を投げるなんて。やりきれない気持ちが心に残った。

食後の片付けを済ませてから、先ほど目にした大輔のアカウント名をSNSで検索すると、簡単に見つかった。どうやら鍵はつけていないらしい。フォローはせず、コメントの履歴だけを確認する。少しスクロールして、私は思わず顔をしかめた。なんと、さっきのような批判コメントを定期的に書き込んでいたのだ。それも、芸能人やスポーツ選手から一般人と思われるアカウントまで、様々な相手に対して、明らかにマナー違反な内容もある。私はかつて自分に向けられた誹謗中傷を思い出し、暗い気持ちになった。これだけ攻撃的な発言をしていれば、いずれ大輔のアカウントにも批判が殺到するだろう。場合によっては法的措置を取られる可能性もある。だけど直接注意したところで、聞くはずもない。むしろ「何勝手に調べているんだ? 夫の俺に指図する気か」と腹を立てて怒り出すだろう。私はとりあえず、何も見なかったことにした。

ある日、大輔は帰宅するなりリビングに鞄を放り投げた。「おい、夕飯はまだできていないのか?」。ドスの利いた声に、思わず肩がすくむ。「あ、あと少しでできるわ」「全く使えねえな。夫が帰ってきたんだぞ。早くしろよ」。そう言って私を一瞥し、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、スーツ姿のまま一気に飲み干した。会社で嫌なことがあるとあからさまに機嫌が悪くなるが、今日は相当悪いらしい。テーブルを叩くように勢いよく缶を置くと、スマホを操作しながらぶつぶつと文句を言い出す。「本当使えねえよ。バカばっかだ。お前といい課長といい」。

私は急いで夕食を盆に載せて食卓へ運ぶ。その時、大輔がSNSに書き込んでいる内容が見えて、思わず目を見開いた。また批判的なコメントを書き込んでいる。でも前回までとは違い、明らかに相手を深く傷つける内容だった。「ちょっと、それはダメよ」。思わず注意してしまった。すると大輔は驚いたように振り返る。自分のスマホを見られているなんて思わなかったのだろう。見る見る顔つきが険しくなっていく。「うるせえな」。吠えるように声を荒らげる。「これは投稿しねえよ。ていうか、別にSNSで何を書こうが大したことないだろう。匿名ネットなんだよ」。

その態度には、さすがの私もカチンと来た。「SNSでの発言がどれだけ人を傷つけるか知らないのか。誹謗中傷が原因で命を絶つ人だっているんだから」。私が反論しようとすると、大輔はさらに声を張り上げた。「高が主婦のくせに、つべこべ口出すな。誰のおかげで暮らせていると思っているんだ」。

その言葉に、私は耳を疑った。当時はあんなに優しかったのに。料理を作るたびに「美味しい」と言ってくれたし、掃除や洗濯にもいちいち感謝の言葉をくれた。そんな大輔が「高が主婦」なんて言葉を放ったことに、強いショックを受けた。頭が真っ白になり、盆を持ったまま立ち尽くす。これまで我慢してきたことが喉元まで溢れてくる。

私が言葉を返さないでいると、怒鳴ったことに罰が悪くなったのか、大輔は背を向けて食卓に向き直った。書き込みはやめたようで、スマホを見つめている。そこからのことは、全てがスローモーションのように見えた。大輔は批判コメントを書きかけのまま、スマホの画面を閉じようとした。しかし、その時の癖で投稿ボタンに向かっていた。危ない。一瞬の判断だった。私は食卓に置いた湯呑みを掴み、大輔のスマホにお茶をぶっかけた。バシャッという音だけが室内に響き渡る。時間が止まったように静寂が訪れた。

スマホもスーツも濡れ濡れになり、大輔は茫然としていた。私にお茶をかけられるなんて思ってもいなかったのだろう。投稿ボタンは押されていないようだ。幸い、大輔の手のひらの中で、スマホのディスプレイは暗転した。スローモーションだった世界に、だんだんと感覚が戻ってくる。大輔は硬直したままだが、私は堰が切れたように話し始めた。「大輔、聞いて。私はもう耐えられない。私の心には、大輔の言葉がたくさん刺さっているの。自分が何を言ったか覚えている? 夕食の準備が遅いだなんて、しょっちゅう言う。私が真剣にやっているブログを馬鹿にする。さっきは『高が主婦』なんて言った。あなたは何気なく言っているだけかもしれない。でも、その言葉は凶器になるの。あなたは言葉を軽く見すぎている」。

これまで我慢してきた思いが溢れたように、私の頬を涙が伝う。それでも言葉は止まらない。「あなたに罵倒された日、私はずっと落ち込んでいるの。テレビを見ても、買い物に行っても、ブログを書いていても、心は晴れない。ずっと薄暗い膜に覆われているように、一日を過ごすことになるの。あなたのたった一言で。私だけじゃない。あなたの批判コメントを受けた人たちだって、きっとそう。あなたが馬鹿にしたブログだって、私は真剣にやっているの。あなたの仕事と同じよ。責任と自信を持って更新している。あなたから見たらお遊びに見えるかもしれないけど、私にとっては立派な仕事なの」。

一気にまくし立てて、私は言葉を切った。これまで押さえ込んできた感情を吐き出したのに、すっきりはしない。胸の奥から次々と苦しさが湧き出てくるようだ。大輔は私の勢いに押されたのか、しばらく黙っていたが、視線をそらして「大げただよ」と言った。私の主張は理解できているだろうし、少しの気まずさも感じているようだが、自分の間違いは認められないらしい。「俺はそんなに強い言葉は使っていない。罵倒なんて大げだ。それに、傷つくのは受け手側の心の問題なんじゃないか。そんなんじゃ会社ではやっていけないぞ。家で気楽に稼いでいるから、心が弱くなるんだ」。

その言葉を聞いて、プツンと糸の切れる音がした。こんなに自分の気持ちを打ち明けたのは初めてだ。それなのに、大輔は真面目に取り合ってくれない。この後に及んで、私が悪いと主張する。「お互いを尊重できないようなら、もう一緒に暮らしていけないわ」。自然と体が動いて、家を飛び出して走った。ついに我慢の限界を超えてしまったようだ。もうおしまいだ。こんな生活には耐えられない。どこに行くわけでもないが、走った。がむしゃらに走った。冬が近く、風が冷たかったが、何も感じない。走り疲れた頃、近くにあった公園に飛び込んだ。幸い、夜の公園には誰もいない。私はその場にへたり込んで息を整える。胸が苦しい。

夜空を見上げたが、一面曇っていて何も見えない。大輔のおかげでOL時代の地獄から抜け出せたと思っていた。でも、彼は私のことなんてちっとも理解してくれていなかったんだ。これからどうしよう。しばらく空を眺めていると、遠くで人の走る音が聞こえた。ああ、こんな姿を他人に見られたくないな。そんなことを思っていると、その足音は私のすぐ隣で止まった。大輔だった。お茶をかけられてびしょ濡れのスーツのままだ。まさか追いかけてきたのか。かなり急いで走ってきたようで、息を激しく切らしている。「はあ……。いきなり出ていくんなよ。そんな格好で」。よく見ると、私は裸足だった。

私が無反応でいると、大輔は小さな声でぽつりと「ごめん」と言った。「悪かった。お前がそこまで傷ついていると思わなかった」。それだけ言うと、疲れたように私の隣に座り込んだ。横に並んだ彼は、優しかった昔の大輔のような雰囲気だ。急いで追いかけてきてくれたことに、少し心が軽くなった私は口を開いた。「あなたには話したことなかったわね。私が言葉で苦しんでいた時代のこと」。私は独り言のように語り始めた。

大学を卒業した後、私は一般企業で事務職に就いた。仕事はやりがいもあり、毎日が充実していた。意欲が高く、仕事が早いことはよく褒められた。生まれ持った容姿のおかげもあってか、上司や先輩にも可愛がられた。しかし、それが気に触ったのだろう。誰からか分からない嫌がらせが始まった。ある朝出社すると、デスクの引き出しに手紙が入っていた。業務連絡でもなさそうで不審に思ったが、中身を開けて愕然とした。私の悪口がひたすら書かれていたのだ。「男に媚びる女」「優秀なふりが上手いだけの無能」。思いつく限りの悪態が並べられている。動悸が速くなり、頭が真っ白になった。辺りを見回したが、差出人が誰なのか分からない。急遽戻ってくる同僚も、向かいの席の先輩も、隣の係の同期も、全員が怪しく見えた。手紙はすぐにシュレッダーにかけたが、それでは終わらなかった。

それ以降、ロッカー、ファイル、デスクマットの下、あらゆる場所に悪口を書いた手紙が置かれるようになった。見つけるたびに涙が出て、喉が苦しくなる。だけど、自分に親切にしてくれている上司や同僚に知られたくない。誰にも相談できずに、ひたすら隠してシュレッダーにかけ続けた。次第に嫌がらせはエスカレートしていき、私の持ち物に落書きをされたり、大切な所有物を隠されたりもした。テレビや小説の中でしか嫌がらせを知らなかった私にとって、無慈悲に投げかけられる心ない言葉は、想像以上に苦しいものだった。

そんな時、高校の同窓会で大輔に出会い、裏表のない性格に惹かれたのだった。週末に彼との約束があれば、会社での嫌がらせにも耐えられる。そうやって我慢しているうちに、相手も飽きたのか、嫌がらせは徐々に減っていった。それでも、誰とも分からない敵がいることが辛くて、結婚を機に退社したのだ。

夜の公園に、私の語る声だけが響いていた。大輔は何も言わずに聞いてくれた。「それからあなたと暮らすようになって、心ない言葉にさらされない日々を取り戻したの。なのに、そこから先は言わなくても分かるでしょう」。何も返事をしなくても、大輔が反省していることは雰囲気で伝わってきた。彼は私に向き直り、ゆっくりと土下座をした。「すまない。お前にそんな過去があったなんて知らなかった。いや、知らなかったとしても、傷つけるような言葉を言うべきじゃなかった。本当は分かっていたんだ。自分がトゲトゲしい言葉を吐いていることに。会社でのストレスが増して、上司や取引先に頭を下げるたびに、自分の中に重苦しい気持ちが溜まっていった。その吐け口がなくて、一番身近なお前やネット上にばらまいていたんだ」。

「やめてよ。土下座なんて。さっきお茶をかけられて、久しぶりにお前の顔をまじまじと見た気がする。家事をこなしてくれるのも、当たり前のように感じていた。でも、そうじゃないんだな。いつもありがとう」。顔を上げた大輔は、昔の優しい顔つきだった。目には涙を浮かべている。「もう同じ過ちは繰り返さない。自分の言葉の重みをよく考える。だから、戻ってきてくれないか」。大輔は一度頭を下げた。少しの沈黙が生まれた。

びしょ濡れで追いかけてきてくれたこと。優しい顔つきに戻ったこと。それに、プライドを捨てて謝ってくれたこと。本当はもう許していた。けれど、私は照れ臭くて、少しだけ意地悪なことを言ってみた。「帰るって言っても、私裸足だし」。その言葉で許すという意味が伝わったのか、大輔はふっと息を吐き出した。一瞬の間を置いて、二人して声を上げて笑った。それから大輔は立ち上がり、私を抱え上げた。「ちょっと、やめてよ。恥ずかしい」「しょうがないだろう。裸足なんだから」。結局、私は大輔におんぶされる形で帰ることになった。見上げると、雲はすっかり晴れて、夜空には星が輝いていた。夕飯はとっくに冷めていたけど、今までで一番美味しかった。

後日談。その後、大輔は趣味の釣りについてブログを始めた。最初はブログの書き方を私に教えてもらうことに抵抗があったようだが、一度書き始めるとどんどんのめり込んでいった。今ではコメントの反応を見て楽しそうにしている。会社以外の人間関係ができることで、ストレス発散にもなるようだ。あの日を境に、私たちの夫婦仲も改善した。大輔は笑顔で出勤し、私は彼の帰りを楽しみに家事をこなす。たまにはブログのアクセス数を競って言い争うこともあるけれど、お互いに張り合える取り組みがあることは楽しい。相手が身近であるからこそ、言葉は重みを増す。私もこれから辛いことがあったとしても、相手の立場になって言い方ができるように気をつけよう。

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