母が要介護になったと兄に報告した瞬間、兄嫁が被せるように言った。「言っておくけど、私たちは子供がいるし、面倒見れませんから」。兄も「独身で実家に住んでるんだから、お前が介護するのが当たり前だ。孫の顔も見せられない親不幸なんだからな」と続けた。私は大手製薬会社に勤め、十分な収入も貯金もあった。それでも兄嫁は「結婚もできない女は性格に問題がある」と笑い続けた。仕方なく私は一人で実家をバリアフリー…

母が要介護になったと兄に報告した瞬間、兄嫁が被せるように言った。「言っておくけど、私たちは子供がいるし、面倒見れませんから」。兄も「独身で実家に住んでるんだから、お前が介護するのが当たり前だ。孫の顔も見せられない親不幸なんだからな」と続けた。私は大手製薬会社に勤め、十分な収入も貯金もあった。それでも兄嫁は「結婚もできない女は性格に問題がある」と笑い続けた。仕方なく私は一人で実家をバリアフリー...

これは、自分以外の人間のことなど考えたこともない兄の話だ。今、あの兄がどこでどうしているのか、私はまったく知らない。私の名前はエリカ、四十五歳。大手製薬会社に勤めている。昔から仕事が好きで、いわゆる仕事人間だ。恋愛にはまったく興味がなく、それなりに収入もあるから、今の生活に十分満足していた。実家に住み、仕事をして、家事をして、変わりばえのしない毎日だったが、私はそれを平和だと思っていた。

私には年の近い兄が一人いる。兄は既婚者で、子供が二人いる。小学生の男の子と、二歳になる女の子だ。兄と兄嫁は学生時代からの付き合いで、兄嫁は昔からよく私を馬鹿にしていた。兄嫁は派手で、いわゆるギャルだった。今は年も年だから普通のおばさんになったが、昔から勉強ばかりしていた地味な私は、嫌味を言いやすい標的だったのだろう。それは今も変わらない。私がいつまで経っても結婚しないからだ。

「結婚できないのは知ってるけど、老後、うちの家族だけには迷惑かけないでね」

兄嫁は会うたびにそう言ってきた。私は大手会社に勤めているので、女性の収入としてはむしろ多いほうだ。老後に困らないよう計画的に貯金もしている。

「自分のことは何とかできますから、大丈夫です。ご心配なく」

そう言っても、兄嫁は信用しない。

「そんなこと信用できないわよ。結婚もできない女の人はこれだから困るのよね。そもそも性格に問題があるのよ」

と、決まって言い出す。兄に相談すればいいのではと思うかもしれないが、実は私と兄も子供の頃から仲が悪かった。兄は今こそ落ち着いているが、昔は派手に遊びたい放題で、家にいることも少なかった。そんな兄は地味な私のことを嫌っていたから、相談してもどうにもならないと分かっていた。私は「結婚できなくてごめんなさいね」と流すしかなかった。

そんなある日、母が要介護状態になってしまった。元々足が悪かったのだが、最近はよくつまづいて骨折することが多くなり、病院で診てもらうと、加齢による筋肉の衰えで骨がさらに脆くなっているのだろうと言われた。そして、あまり一人で出歩かないようにと忠告を受けた。

私は兄にこのことを報告した。「母が要介護になった」と。すると、聞いてもいないのに兄嫁が話を被せてきた。

「言っておくけど、私たちは子供がいるし、面倒見れませんから」

どうやら兄嫁は私に介護を押し付けたいらしい。

「独身で実家に住んでいるんだから、お前が介護するのが当たり前だろう。孫の顔も見せられない親不幸なんだからな」

兄まで続けてそう言ってきた。しまいには「そうなんだから俺に頼るな。介護はお前の仕事だろう。何とかしろ」と言い放った。

父はすでに他界していて、相談できる相手は他にいなかった。私は一人で考えることにした。働かないと稼げないし、母を病院に入れるしかないのかと悩んだ。だが、当の本人である母は家にいたいと言った。私は思い切って、これを機に実家をバリアフリーに立て替えることを決意した。

うちの家は平屋の一軒家だ。土地も広く、立派な庭もある。せっかくだから使い勝手のいいように収納を多く作り、私の書斎も作った。母も新しい家に大満足だった。ちなみに兄夫婦には「車椅子でも動き回れるように少し変えるから」としか報告しなかった。とにかく兄たちは母の介護の話を聞きたくなかったみたいで、私も詳しくは言わなかった。聞いてしまうと、いつか自分たちに負担が回ってくると思って嫌だったのだろう。

「エリカが立て直した家なんだし、所有権はエリカにするから」

と母が言い、家の所有権は私になった。母は車椅子でも家を自由に動けるようになり、エレベーターもつけたので二階にも一人で行ける。車椅子ながらも母は頑張って家事をしてくれていた。

私はいる時に母が買い物をするようにしていたのだが、仕事が少し忙しくなってしまった。悩んだ結果、ヘルパーさんを募集することにした。条件は介護資格者で、庭の離れに住み込み可能な人。離れにいてくれれば、私がいない時も安心だからだ。

募集するとすぐに一件の応募が来た。シングルマザーの女性が応募してきてくれた。話を聞くと、旦那さんのモラハラがひどく、今すぐにでも離婚したいが、両親もいなければ頼れる人もいないらしい。働かないと子供も育てられないと、目に涙を浮かべながら話してくれた。私は優しそうな人柄に、少しでも助けになりたいと思い、その人に母の介護をお願いすることに決めた。

彼女は介護資格はないと言ったが、母の介護を少ししていただけでも、どれほど大変かは理解していた。年収二百八十万プラスボーナスで提示したら、彼女は大喜びしてくれた。もっとあげてもいいくらいかなと悩んだが、離れに家賃無料で住んでもらうこともあったので、しばらくの間はその提示条件でお願いすることにした。

「本当にありがとうございます」

彼女は深く頭を下げてお礼を言った。私の直感は大当たりだった。ヘルパーさんはとってもいい人で、美味しいご飯も作ってくれるし、家事の手際もいい。母とも仲良くしてくれて、すぐに信頼関係を築いた。そして、ヘルパーさんの子供も私にすごく懐いてくれて、母も嬉しそうにしていた。こんなにいい親子を大切にできないなんて、旦那さんはどうかしていると、私は怒りを感じるほどだった。

そんな生活をしばらく続けていると、兄夫婦が数年ぶりに実家に遊びに来た。二人は家がすごく綺麗になっていたことと、ヘルパーさんがいることに驚いている様子だった。

「こんな立派な家になってるとは知らなかった。なんで勝手にヘルパー頼んで、離れに住ませてるんだ? 長男の俺になんで相談しないんだ?」

と、質問の嵐だった。最初はどうして怒っているのかよく分からなかったが、話を聞いていると、どうやら新築の家を妬んでいるようだった。家を立て直し、ヘルパーさんを雇えるくらい私の収入がいいことを知り、兄は少しショックを受けている様子だった。孫も見せられない親不幸者なんだから、お前が介護しろ、俺に頼るなと言っていたくせに。私は自分のお金で母にできることをしたまでだ。それの何が悪いと思った。

新しい家を見てから、兄夫婦は母に媚びを売るようになった。今まで邪険に扱ってきたくせに。

「私たちが一緒に住んだら、孫といつも一緒にいられますよ」

と、兄嫁は孫で母を釣ろうとしてきた。だが母はこう言い放った。

「数年に一回来るか来ないかで、孫の顔も見れないし、来ても近寄ってもくれない孫なんて可愛くない。それよりヘルパーさんの子供の方が可愛くて仕方ないの」

と笑顔でばっさり言った。兄嫁は、孫というだけで無条件に可愛がってもらえると思ったのだろう。顔色を変えていた。兄も兄で、私には自分でどうにかしろと言っていたくせに、「親子は助け合うものだ」と言い出す始末。矛盾しすぎて、私は呆れてしまった。

その後、兄はやたら実家に来るようになった。兄嫁や子供たちは連れてこなくなった。最初は、母に言われてショックを受けたか、怒ってしまい、一緒に来なくなっただけかと思っていた。だが、本当の理由は後日知ることになる。

そして、兄が全てを失うあの事件が起きた。

今日も兄が実家に来た。ここ数週間、毎週実家に来ている。ヘルパーさんが作ったご飯を食べて、兄は言った。

「本当に料理うまいな。うちの嫁とは大家違いだ。嫁を交換したいよ」

実に軽薄な物言いだった。ご飯を食べ終わり、しばらくすると満足したのか、兄は帰っていった。

「最近どうしたの? 何が目的なのかな?」

母とそんな話をしていると、そこへヘルパーさんが来て、気まずそうな様子でこう言った。

「お話があります」

そのまま母と一緒に話を聞くことにした。

「どうしたの?」

と私が聞くと、彼女は言おうか悩んでいたが、下を向きながらこう言った。

「お兄さんからの連絡がしつこくて、困ってます」

私と母は驚き、開いた口が塞がらなかった。詳しく話を聞くと、最初に兄が来た時から、やたら見られているなと感じたらしい。そして、誰もいない時に連絡先を聞かれたという。

「実は俺、こう見えて家族のこと心配してて、日々家族のことを報告してほしいんだ。このことは誰にも言わないでほしい」

そう言われたそうだ。彼女は「実は家族思いな方なんだな」と思い、連絡先を交換したとのこと。ちゃんと日々の状況をメールしていたそうだが、兄からの返信はいつもこんな感じだと、メールの内容を見せてくれた。

返信内容を見て、私と母は驚愕した。

「本当に可愛いね。ヘルパーさんの写真くれない? 好きになってもいいかな? 一目惚れしちゃった」

朝から口説いている内容だった。彼女は私と母にお世話になっていて、大好きだから困らせたくなくて、自分でどうにかしようとしたのだが、無理だったと話した。日に日に兄のしつこさも増し、もうどうしたらいいか分からなくなって、彼女は泣き出してしまった。

泣いている彼女を見て、私は心が痛んだ。そして、兄への反撃作戦を考えることにした。

その翌週、私は「実家の所有権について話がある」と嘘をついて、兄夫婦を呼び出した。

「急で申し訳ないんだけど、仕事でしばらく海外に行かないといけなくなって。実家に住んでくれないかな?」

と、私は兄夫婦に言った。

「俺は全然いいよ」

兄が食い気味に言ってきた。

「でも、母と同居するなら、介護義務もあるらしいのよ。介護はお姉さんにお願いしてもいいかしら。母も自分のことはなるべくすると言ってるから、ヘルパーさんはやめてもらおうと思ってるけど」

と、私は嘘をついた。

「え、ヘルパーさんは雇ったままでいいだろ?」

兄が言う。

「でも、私はヘルパーさんの給料を払わないよ。どうするの?」

と言うと、

「俺が払うからいいよな」

と兄が言った。

「年収二百八十万プラスボーナスを上げる約束してるけど、平気?」

金額を伝えると、

「そんなお金どこにあるのよ!」

と、兄嫁が激怒した。兄夫婦の間で喧嘩が始まってしまった。その光景を見て、私はほくそ笑んだ。

そして、あのことを兄嫁へ報告する時が来た。

「美紀子さん、兄がヘルパーさんを辞めさせたくない理由は、これなんですよ。見てもらえるかしら」

と言って、メールを見せた。

「何、このメール。どうしたの?」

そう言って、兄嫁は黙ってメールを見ている。しばらくすると、怒りで震え始め、鬼の形相へと変わった。そんな兄嫁を見て、兄は顔面蒼白になった。

「弁護士さん呼んで、今後の家のこと、きっちり話し合おうよ。いいよね。もちろん、このメールについてもね」

と笑顔で私が言うと、兄は目が泳いでいた。

兄嫁はヘルパーさんからの返信履歴も見て、兄からの一方的な行為と分かった。兄はすぐに家を追い出された。その後、兄夫婦は離婚した。

家を追い出された兄は実家へ来たが、

「お前が住む部屋はない。この親不幸者め。二度と顔を見せるな」

と、母が追い返した。兄は黙って、どこかへ歩き出した。もちろん、最初から家の所有権について話し合うつもりは一切なかった。ただ、兄がどう出てくるかを見たかっただけだ。

その後、兄がどうなったかというと、兄は稼ぎが少なかったようで、養育費と慰謝料の支払いで生活はギリギリの状態になった。今はすごく古いアパートに住んでいるらしい。私にお金を貸してほしいと連絡があったが、

「自分でどうにかしろって、前に私に言わなかったっけ?」

と、兄に言われたままの言葉をそのまま返した。「そうだよな」と言い、その後、兄から連絡が来ることはなかった。今どうしているかは、まったく分からない。

その後の私たちは、と言うと、ヘルパーさんも無事離婚することができた。今まで離れに住んでもらっていたが、今は開いている部屋に住んでもらうことにした。本当の家族のように、毎日楽しく暮らしている。相変わらず仕事もしっかりしてくれており、感謝しかない。私はこの親子のためなら何でもできると思っているくらいだ。

血の繋がりなんて関係ない。大事なのは、相手を思う気持ちだ。私は今回、それを学んだ。

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