夫が死んだ。浮気相手のアパートで、別の浮気相手に鉢合わせして、裸のままベランダから逃げようとして転落したらしい。警察署で見せられた写真には、下半身にタオルを巻いただけの男が、アスファルトの上で倒れていた。悲しいとか、ショックだとか、そういう感情は一切湧いてこなかった。ただ、呆れた。自業自得という言葉が、あれほどぴったり当てはまる死に方はないと思った。三階ほどの高さだった。打ちどころが悪かった…

夫が死んだ。浮気相手のアパートで、別の浮気相手に鉢合わせして、裸のままベランダから逃げようとして転落したらしい。警察署で見せられた写真には、下半身にタオルを巻いただけの男が、アスファルトの上で倒れていた。悲しいとか、ショックだとか、そういう感情は一切湧いてこなかった。ただ、呆れた。自業自得という言葉が、あれほどぴったり当てはまる死に方はないと思った。三階ほどの高さだった。打ちどころが悪かった...

夫が死んだ。浮気相手のアパートで、別の浮気相手に鉢合わせして、裸のままベランダから逃げようとして転落したらしい。警察署で見せられた写真には、下半身にタオルを巻いただけの男が、アスファルトの上で倒れていた。悲しいとか、ショックだとか、そういう感情は一切湧いてこなかった。ただ、呆れた。自業自得という言葉が、あれほどぴったり当てはまる死に方はないと思った。

三階ほどの高さだった。骨折はしたかもしれないが、普通なら命に別状はなかったはずだ。打ちどころが悪かった。夫の人生そのものが、最後の最後まで間抜けな幕引きを選んだのだと思う。私は夫に残された愛なんて、とっくに使い切っていた。ATMだと思って割り切っていた男が、突然いなくなった。それだけのことだ。

私の名前はなお子。もうすぐ四十五になる専業主婦だ。夫と結婚したのは十二年前。義実家での同居を始めたのは三年前、義父が亡くなったのがきっかけだった。同居するまでは、義母との関係はそれなりに良かった。夫が平日ほとんど家に帰らず、何人もの女と浮気を繰り返していると知るまでは。

お酒が入ると、義母はひどかった。義母は酒が大好きで、夜は必ず晩酌をする。飲むと決まって私を責め始めるのだ。

「うちの息子が何もないのに浮気なんてするはずないでしょ。妻であるあなたに原因があるんじゃないの」

「あなたの魅力が足りないから悪いんでしょ。努力不足のくせに、息子を責めるなんてとんだ小悪女ね」

「なんで他人のあなたと、あなたの娘と一緒に暮らさなきゃいけないのかしら。なんで息子があなたみたいなブスのどこがいいのかしらね。私は息子に、もっと格好いい嫁が来ると思ってたのに」

私のことはまだ我慢できる。しかし娘のことを言われるのは、いくら何でも腹が立った。

「お言葉ですが、私と別れたがらないのは息子さんの方です。それに同居を希望されたのはお母さんですよね。そんな見え透いた嘘をついて、恥ずかしいと思わないんですか」

「嫁は姑に従うのが当たり前なのに、口ごたえするなんて」

義母は自分に都合の悪いことは全部嘘だと決めつけ、嫁はどんな悪口を言われても我慢するべきだと主張する。言いたいことを言い終えると、いつも酔っ払って勝手に寝てしまう。

そうか。この義母の性格だから、夫もああなってしまったのか。私は変なところで納得してしまい、二人のことを諦めることにした。

なぜこれまで離婚しなかったのか。理由は三つあった。

一つ目は娘だ。娘は小さい頃、パパが大好きだった。夫は浮気癖のある最低の夫だが、娘には本当に優しかった。おむつ替えだってしてくれたし、遊び相手も喜んで引き受けてくれた。娘のために、いい夫でいい父親でいてほしいと思い、なかなか踏ん切りがつかなかった。ただし娘が成長して生意気になってくると、また夫は元の最低男に戻ってしまったが、それでも娘の面倒は見てくれたから、子育てが落ち着くまでは離婚しないでおこうと思っていた。

二つ目はお金だ。あまり褒められた話ではないが、夫をATMだと思うと気持ちが随分楽になった。夫は結婚前から何度も浮気をしていた。発覚するたびに大喧嘩になり、夫は泣きながら土下座して「お前が本命だから、もう絶対に浮気はしない。離婚しないでくれ」と謝ってくる。私はそのたびに許してしまった。それが間違いの始まりだった。夫は「浮気しても大げさに謝れば許してくれる」という変な自信を持ってしまったのだ。私が「今度こそ離婚する」と爆発しても、夫は泣きながらすがりつき、しばらくはおとなしくする。それがいつものパターンだった。

それでも何度かは本気で別れようと思ったこともある。しかし過去の楽しかった思い出を全部否定したくない。娘には優しい父親でいてほしい。その思いが離婚を躊躇させた。その代わり、私は少しずつ自分の立場を固めていった。夫の生命保険の受取人を義母から私に変更し、夫の独身時代からの貯金を私の通帳に移した。浮気がバレるたびに、夫の財産を削らせてもらった。今や夫の財産はほとんど残っていない。私と別れるつもりがないなら、それでいいよね。夫が浮気をし続ける限り、私は夫をATMと思う。そう決めた。

これで私たちは、歪ながらもそれなりにうまくいっていたのに。まさかあんな間抜けな死に方をするとは。想定外すぎて、ただただ驚いた。

三つ目の理由。私と娘は実家に戻れないということだった。私の実家には現在、兄夫婦と両親に子供三人、祖母までいて、実家に戻る余裕は物理的にない。だから離婚するとなると、私たちの行き場がなくなってしまうのだ。義母もそれを知っていた。

夫が亡くなった直後のことだ。私は葬儀の手配や警察への対応、浮気相手への連絡などで忙しく立ち回っていたのに、義母は面倒な仕事をすべて私に押し付け、昼間から酒を飲んでいた。「飲まないとやってられない」ということらしい。酔っ払った義母は、恩着せがましく言った。

「あんた、どこにも行くところなんてないんでしょ。今まで通りうちに置いてあげるから」

ニヤニヤしながらそう言われたとき、夫が亡くなったばかりだというのに、この人は何を言っているんだろうと呆れてしまった。私は夫が死んだ以上、義母と我慢して同居するつもりはさらさらない。しかし実家に戻れないことは不安だった。義母はそれをちゃんと分かっている。

「あなたはもう戻る場所がないのよ。孫のこともあるじゃない。息子の忘れ形見なんだから、うちにいるのが当然よ。それにあなたには私の老後の世話を見る義務があるんだから。遺産だって一人で独占する気じゃないでしょうね」

義母は私に自分の介護をさせる気満々だ。夫の遺産がほとんどないことを、義母は知らない。

私は返事をせず、こう聞いた。

「お母さんは、あんなに自慢だった息子さんが亡くなって、悲しくないんですか」

「もちろん悲しいわよ。でもね、あんな間抜けな最後は恥ずかしくって誰にも言えないでしょうが。全く、もっと上手くやれなかったのかしら」

義母はプリプリ怒っていた。私は複雑な気持ちになった。他に言うことってないのか。義母は夫が浮気しても絶対に息子の味方だったのに、結局息子よりも自分の世間体が大切で、自分の老後のことのほうがずっと心配らしい。

そこで私は思い出した。離婚と違って、夫が亡くなった場合は義実家との縁を自分から切れる方法があると、どこかで聞いたことがあった。

「すみません。今、手続きで忙しいので」

そう言って私はその場を離れ、スマホで弁護士を探した。葬儀が終わり次第、相談に行くことにした。

数週間後、私は弁護士事務所を訪れた。さすがプロは違う。弁護士は私の事情を聞くと、こう提案してくれた。

「姻族関係終了届を出しましょう」

市役所にこの届け出を提出すると、義母との法的な縁が切れ、義母の面倒を見なくてよくなるのだという。さらに母子家庭になれば様々な公的援助が受けられること、アパートの入居にも補助があることも丁寧に説明してくれた。有益な情報をたくさんもらった私は、すぐに行動を開始した。実家に戻れないのなら、他の場所に住めばいいだけのことだ。娘も小学四年生、もうすっかり大きくなった。二人でアパートに暮らそうと決意し、不動産巡りを始めた。

夫の遺産相続も弁護士に相談したが、幸いなことに、私は夫のほとんどの財産の名義をすでに私に移していたし、生命保険の受取人変更の書類もすべてきちんと整理してあった。どの手続きもスムーズに進んだ。

弁護士にはもうひとつ、やっておくべきことを言われた。

「旦那さんの浮気相手たちへの慰謝料請求ですね」

夫の手帳には、浮気相手の連絡先や住所がびっしりとメモしてあった。その数、なんと七人。私は全員に慰謝料を請求し、既婚者に手を出したことをしっかり金銭的に反省してもらうことにした。

やることがたくさんあり、月日はあっという間に過ぎた。あっという間に、夫の四十九日を迎えた。

義母は息子の死因を親戚に隠そうと必死で、葬式のときは「突然の事故です」と嘘をついていた。娘がお骨のそばでシクシク泣いていたので、参列者も何も聞けなかったのだが、後から聞いた話では、四十九日の法要の時点で、本当の理由は親戚中に噂で広がっていたらしい。人の不幸は蜜の味というし、身内の痛いニュースだ。皆、興味津々だったのだろう。

法要が無事に終わり、会食が始まった。酒が進み、お腹がいっぱいになった娘が「ちょっと探検してくるね」と席を外した、そのときだった。

親戚の一人が義母に、ついに聞いた。

「本当のところ、息子さん、浮気していて修羅場だったって本当なの」

義母はその瞬間、鬼の形相になった。酒が入っていたのもあり、歯止めが利かない。

「なんでそのことを知ってるの。なお子さんが漏らしたんでしょう」

大激怒だ。無実の罪もいいところだった。夫が落ちたこと自体はちょっとしたニュースになっていたし、何より夫は自宅ではなく別のアパートから転落している。ニュースを見れば事情はなんとなく察せられる。それに義母自身が、自分の口でボロを出して認めてしまっているのだ。

「全く、うちの恥を他人に話すなんて。本当に最低のクソ嫁ね」

義母は法要の席を台無しにする大騒ぎを始めた。

「私ではありません。落ち着いてください」

そう言うのが精一杯だったが、義母は聞く耳を持たない。

「あなたみたいなダメな嫁がいるから、息子は他の女に走ったのよ。あなたのせいで息子が亡くなったのよ」

親戚のおじさんが「いくらなんでも言いすぎじゃないか」と助け舟を出そうとしたが、義母はさらにヒートアップする。

「うるさいわね。私は嫁をしつけているだけよ。この女が身の程知らずだから、かわいそうな息子は他の女に安らぎを求めるしかなかったのよ」

親戚たちは白い目で義母を見ていた。こそこそと、「全く、こんな母親じゃ息子が浮かばれないな」「あの母親だから、あんな息子になるんだろうな」などと影口を叩いている。逆に私は慰められた。

「お嫁さん、大変だったね。あんな姑と旦那はとっとと捨てちまいな」

「何かあったら遠慮なく頼ってくれ。力になるよ」

義母はその様子が面白くなく、酒を煽りながらさらにギャーギャーとありもしないことを喚き散らした。騒ぎを聞きつけて戻ってきた娘にも、叫んだ。

「全く、嫁に似た可愛くない孫なんていらなかったのよ。あんたたちなんか出ていけ」

そう言い捨てて、義母は寝てしまった。

私はこの瞬間を待っていた。

翌朝。私と娘が朝からバタバタと準備をしていると、お昼近くに義母が起きてきた。私たちの様子を見て、義母が聞いた。

「どこか行くつもりなの」

「はい。昨日、お母さんに『出ていけ』と言われたので、出ていきます」

義母は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嘲笑うように言った。

「嘘をつかないでよね。あなた、行くところなんてないでしょ」

「いえ、アパートを借りましたから。別に実家に戻れなければ、他の場所に住めばいいだけです」

「はあ。じゃあ、私の世話はどうするつもりなのよ」

「ご自分でどうぞ。あと、私は姻族関係終了届という、縁を切る手続きをしましたので」

「な。何よそれ」

「ですから、もう私は嫁でもない、他人なんですよ」

「はあ。でも孫は息子の子なんだから、血が繋がっているでしょ。あなたじゃなくて、孫に私の世話をさせるから」

「お断りします。可愛い娘の将来を、介護で潰させてたまるもんですか。それに、お母さん。昨日、親戚の前で『娘もいらない』『出ていけ』って宣言しましたよね。親戚の皆様、証人になってくれるそうですよ。私たち、お言葉通り出ていきますので」

実は私は、昨日義母が寝た後で、親戚の人たちに事情を話し、出ていくことを伝えておいたのだ。義母の暴れっぷりを目の当たりにした親戚たちは、皆納得してくれていた。

義母は手が出せず、地団太を踏んで悔しがった。

「じ、じゃあ、息子の遺産を置いていきなさいよ」

「遺産は、マイナスですよ。消費者金融の借金しかありません。お母さん、払ってもらえますか」

「なにー」

「あの人、散々浮気していたじゃないですか。独身時代の貯金も給料も私が抑えているのに、よく遊ぶお金があるなと思っていたんですよね。浮気相手を調べようと手帳や遺品を探していたら、家族に内緒で借金をしていることが分かりました。ざっと三百万くらいですね。あ、私は相続放棄するので、お母さん、どうぞ全てよろしくお願いしますね」

義母を横目に、私はさっさと家を出てやった。

借金の返済を免れるためには、相続放棄しかない。その場合、もれなく借金も放棄しなければならないが、私はそれで構わない。私には七人分の慰謝料も、夫の生命保険も入る。生命保険は相続対象外だから、相続放棄しても関係ないのだ。

ところが義母には、相続放棄ができない。いや、正確に言うと、できなくはないが、家を失うことになる。義父が亡くなった後、相続対策で義実家は全て夫の名義にしてあったのだ。借金だけを放棄することはできず、相続放棄するなら家もすべて手放さなければならない。私は義実家に住み続けるつもりがないから、相続放棄しても痛くも痒くもない。

「ふん。三百万くらいなら払ってやるわよ。家があるんだから」

義母の叫びが遠くから聞こえたが、甘い。義母にまとまった金があるはずもなく、年金で返済していくしかないだろう。消費者金融の恐ろしいところは、利息と月々の返済額によっては、永遠に借金が減らず、むしろ増えていくことだ。あっという間に借金地獄だ。今後泣きついてこようが、私は絶対に面倒を見るつもりはない。あの法要の夜、義母が酔いつぶれた後、私は親戚たちにそのことをしっかり宣言し、協力を取り付けておいた。

その後、私は娘と一緒にアパートでの生活を始めた。小さくて新しい部屋の、二人だけの生活。借金を抱えた義母のことは、もう考えることすらしない。娘と二人で食べる夕食は、いつも静かで温かい。何のストレスもない生活を、娘は「楽しい」と笑った。私も、同じ気持ちだった。ようやく私は、あの家から解放されたのだった。

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