その瞬間、会議室の空気が凍りついた。目の前で契約書がビリビリと引き裂かれ、破片がテーブルの上に舞い散る。俺はただ呆然とその光景を見つめることしかできなかった。朝はいつも通り、工場の機械音を聞きながら部品の精度を確認していた。特別な日ではなかった。なのに今、目の前に立つ男は「うちの会社は中卒とは取引しないんだよ」と言い放ち、下品な笑みを浮かべている。中卒で町工場を立ち上げ、技術と誇りだけでここ…

その瞬間、会議室の空気が凍りついた。目の前で契約書がビリビリと引き裂かれ、破片がテーブルの上に舞い散る。俺はただ呆然とその光景を見つめることしかできなかった。朝はいつも通り、工場の機械音を聞きながら部品の精度を確認していた。特別な日ではなかった。なのに今、目の前に立つ男は「うちの会社は中卒とは取引しないんだよ」と言い放ち、下品な笑みを浮かべている。中卒で町工場を立ち上げ、技術と誇りだけでここ...

近藤は契約書をビリビリと引き裂いた。破られた紙が会議室のテーブルに音を立てて舞い散る。俺は目の前で起きていることが信じられず、ただその光景を見つめることしかできなかった。近藤は最近になって親会社から派遣されて、取引先メーカーの社長になった男だ。彼が俺たち街工場のことを見下しているのはなんとなく分かっていた。だが、まさか社長である俺の学歴を理由に、ここまで理不尽な扱いをしてくるとは思っていなかった。この契約はもうほとんど決まっていた。最終調整の段階に入っているだけの話だったのに。

「うちの会社は中卒とは取引しないんだよ」

近藤はニヤニヤと下品な笑みを浮かべながらそう言った。俺の頭の中で何かがプツンと切れる音が聞こえた気がした。だが、俺はその場で感情を爆発させるわけにはいかなかった。

俺の名前は間宮順一。小さな町工場を経営している。工場の一角で機械の音に耳を澄ませながら、今日も部品の一つ一つに込められた技術と誇りを確かめるのが俺の日課だ。俺は中卒で町工場に就職した。同世代の連中が学生生活を楽しんでいた頃、俺はひたすら修行に明け暮れた。そしてついに独立し、この工場を立ち上げたのだ。小さな工場だが、その品質の高さから多くの企業と取引を続けている。その中でも某産業装置メーカーとは、工場を立ち上げた初期から長年に渡って良好な関係を築いてきた。そのメーカーは数年前に大手グループ会社の子会社となり、経営体制が大きく変わったが、取引は変わらず続いている。

とはいえ、最近一つ気がかりなことがあった。新しくメーカーの社長に就任した近藤のことだ。近藤は親会社から出向してきたそうだが、俺は彼にあまりいい印象を持っていなかった。社長に就任してすぐの頃、挨拶に行った際に明らかに見下した態度を取られたからだ。あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。

「初めまして。間宮と申します。この度は社長就任おめでとうございます」

そう言って祝いの品を差し出す俺に、近藤はつまらないものを見るような目を向けた。

「間宮?ああ、町工場の社長ね。まあ、よろしくお願いしますよ」

そう言って祝いの品を受け取ると、侮辱的な笑みを浮かべて俺を見た。

「いやあ、祝いの品も町工場のセンスって感じですね。どうにも安っぽいっていうか」

その言葉に俺は怒りを覚えた。なんて失礼な男なんだ。俺は黙って近藤をにらみつけたが、近藤はそんな俺に構うこともなく笑いながら言った。

「用が済んだなら早く帰ってくれよ。他にもアポイントの予定があるんでね。町工場と遊んでいる暇はないんだよ」

工場に戻ってその話をすると、従業員たちは皆一様に怒りをあらわにした。

「何ですかそいつは?町工場を馬鹿にしている。社長、俺たち悔しいです」

唇を噛みしめる従業員たちをなだめるように、俺は努めて明るい声を出した。

「ここで腐らず、俺たちの技術を見せつけてやろう。そうすればきっと分かってくれるさ。絶対に見返してやろう」

経営者としては一応そう言ったが、本音を言えば俺だって彼らと同じように苛立っていた。とはいえ、怒りに流されてはいけない。俺は従業員たちを率いる立場なのだから。冷静さを保って最善を尽くさなければ。それにメーカーの人たちの大多数は、昔からお世話になっているいい人たちばかりだ。新しく来たばかりの社長にいちいち構わず、これまで積み上げてきた付き合いを大事にしていこう。そう思いながら仕事を続けてきた。

そして、ある日。俺は契約の最終調整のために契約書を持ってメーカーを訪れていた。普段は作業着だが、さすがに今日は久しぶりにスーツを着た。このスーツを着てここに来るのは、近藤の社長就任の挨拶以来か。そう考えるとなんだか嫌な気持ちになる。俺はまとわりつく不快感を振り払うように頭を振り、ビルの中へと足を進めた。

受付で要件を伝えると、すぐに担当者がやってきた。いつもの顔だ。

「間宮さん、こんにちは。今日はよろしくお願いします」

担当者はにこやかに笑う。世間話ではすでに大枠が固まっており、今回の契約はほぼまとまったようなものだった。担当者と俺の間の空気もだいぶ和やかだ。長い付き合いだな、と思いながら、彼の案内で会議室へ入った。

「では、契約書の確認をしましょう」

そう言って契約書を机の上に広げた。互いに気になるところはないかを確認して、契約成立。それが今日の流れのはずだった。

ところが、その流れをぶち壊す人間が現れた。

バタンと大きな音がして、突然会議室の扉が勢いよく開いた。俺と担当者が驚いて振り返ると、そこには近藤が立っていた。

「社長、一体何ですか?今は商談中ですが」

「もちろん知っている。だから来たんだよ」

近藤はそう言うと、返事も聞かずに机の上の契約書を取り上げた。そしてつまらなそうに眺めてから、じろりと俺の方を見た。その視線には明らかな侮蔑があった。

「間宮順一だっけ?お前のことは調べたぞ。中卒なんだってな」

「はい。そうですが」

突然のことに一瞬戸惑いつつ、俺がそう答えると、近藤はにやりと唇を吊り上げた。そして次の瞬間、ためらいなく契約書を破り始めた。あまりの光景に俺と担当者は言葉を失う。驚きのあまり目を見開く俺に向かって、近藤はニヤニヤ笑いながら言った。

「うちの会社は中卒とは取引しないんだよ」

近藤が手を広げると、無残に引き裂かれた契約書がテーブルの上に舞う。俺は呆然としてその様子を見ていた。

「ど、どうして、こんな……」

言葉にならない俺に、近藤は愉快そうに笑って続けた。

「学歴のない奴を信用なんてできないだろう。ましてや取引なんてありえない。俺が取引するのは、最低限大学を出ている人間だけだ」

そう言って近藤は得意げに鼻を鳴らした。一方、慌てたのはメーカーの担当者だ。担当者は椅子から勢いよく立ち上がり、近藤に詰め寄った。彼の顔はすっかり青ざめている。

「課長、一体何を言い出すんですか?」

「なんだ?文句があるのか?」

「あるに決まってるでしょう。せっかく契約がまとまりかけていたのに」

「だからこうして俺が出てきてやったんだ。町工場の連中と契約なんかしていられるか」

「あなたは自分が何をしたか分かっているんですか?この契約がなければ……」

「だからなんだ。こんな中卒が経営する工場の技術なんて、たかが知れてる。頭の弱い奴が考える技術なんだからな」

その言葉に、俺の頭にカッと血が登るのを感じた。どうしてこんな奴に好き勝手言われなきゃならないんだ。近藤が町工場を見下しているのは知っていた。だからいつか技術で見返してやろうと思ってきた。従業員たちにもそう言って励ましてきた。だが近藤は、そもそも俺たちの工場がどんな技術を持っているかを知る気すらなかった。社長である俺の学歴が中卒だという理由だけで。

近藤と担当者は未だに言い争いを続けている。担当者は俺のことを思って必死に食い下がってくれている。だが近藤はそれを聞き入れる気はないようだった。

俺はすべてがバカバカしくなってきた。無残に引き裂かれた契約書の残骸を見つめながら、口を開いた。

「そういうことなら、俺は別に構いませんよ。契約はなかったことにしても」

その言葉に近藤が眉をひそめる。俺がうろたえて惨めな姿を見せると思っていたのだろう。予想外に俺が落ち着いているものだから、つまらないと思ったのかもしれない。そんな彼に、俺はさらに言葉を続けた。

「俺は別に構いませんが、御社は今、五十億を失いましたよ」

俺はにっこりと笑いながらそう言った。

「は?何を言ってるんだ?お前は。五十万の間違いだろ」

「いいえ。間違いなんかじゃないですよね」

俺が担当者を振り返ってそう言うと、担当者は青い顔のままうなずいた。

「今回の契約で納めていただく製品には、間宮さんの工場で特許を取ったばかりの技術が使われています。その製品を使って、うちは新作の産業装置を制作することになっています。その産業装置の市場取引価格の試算が、確か五十億……いや、それをはるかに超える金額だったと思いますが」

そう言って俺は近藤に視線を向けた。俺の話を聞いた近藤の表情は一瞬硬直したが、すぐに馬鹿にしたように鼻で笑った。

「口から出任せばかり言いやがって。どうせその数字も、お前が適当に計算したんだろ。中卒は数字に弱いからな」

「この試算は、御社の会社で出したものですけどね」

「うるさい。とにかくそんな数字は信用できん。出たら目ばっかり言う中卒のバカは、とっとと出ていけ」

近藤は怒りに任せて大声を張り上げると、破り捨てた契約書を拾い上げ、俺の顔に投げつけてきた。

その時だった。

「中卒のバカで悪かったなあ」

重く響くその言葉と共に、会議室の扉が開いた。そこに立っていたのは、メーカーの親会社の社長、斎藤洋次郎だった。

「ど、どうしてここに?」

そう言う近藤の声は震えていた。斎藤社長の表情が明らかに怒りに満ちているからだ。斎藤社長は厳しい目つきで近藤をにらみつけ、ゆっくりと部屋に入ってきた。

「ちょっとここに用があってな。それで来てみたら、お前が俺の悪口を言っているのが聞こえたんだよ」

「そ、そんな。俺は社長のことを悪く言ってなんていませんよ」

「そうか。はっきり聞こえたけどな。『中卒のバカは出ていけ』って」

「そ、それは確かに言いましたけれど……」

「俺も中卒なんだよ。何か文句あるか?」

斎藤社長は近藤の言葉を遮り、一括した。低く威圧感に満ちたその声が会議室の空気を震わせる。あまりの迫力に、近藤はもちろん俺も担当者も思わず息を飲んだ。正面からその一括を浴びた近藤は、青ざめて足がガクガクと震えている。まさか親会社の社長が、自分が散々見下してきた中卒だとは思わなかったのだろう。近藤の額からは焦りからか汗がダラダラと流れている。それでもなんとか言い訳をしようと、近藤は顔を上げた。

「中卒と言っても、斎藤社長は別ですよ。斎藤社長は特別ですから」

「特別?何がどう特別だって言うんだ?」

「いや、ですから、その……斎藤社長が中卒というのは、特別な事情があってのことだと思いますので」

近藤はどもりながら必死に言葉を紡ぐ。

「特別な事情ってなあ。人にはそれぞれ事情があるもんだと思うが。じゃあ聞かせてもらうがな」

そう言うと斎藤社長がぎろりと近藤をにらみつけた。

「俺の中卒は良くて、間宮さんの中卒はダメだっていう理由は何だ?」

斎藤社長の低い声が、ボディブローのように近藤をえぐる。そんな理由があるとは思えない。近藤はとにかく中卒が気に入らないだけなのだから。

「え、えっと……」

案の定、答えに窮した近藤は、苦しげに眉を寄せながらも必死に言葉を続けようとする。

「えっと、ほら、斎藤社長と一介の町工場の社長とじゃ、実績が違うでしょう。俺だって、斎藤社長ぐらいの実績がある人間なら、たとえ中卒だってちゃんと敬いますから」

「なるほど。実績か。だが、それなら間宮さんには十分にあるだろう。お前、間宮さんの町工場が持っている特許の数を把握しているか?その特許技術を使った製品を、自分の会社がどれだけ使っているか、どれだけ世話になっているかは理解しているのか?今開発を進めている産業装置だって、間宮さんのところの技術があってのものだろう。間宮さんの工場の製品がなければ、開発自体ができなかったはずだ」

斎藤社長の言葉に、担当者が深くうなずく。近藤はフォローしようとするが、続ける言葉が見つからず、ただただ目を泳がせるだけだった。そんな近藤を見て、斎藤社長は深くため息をついた。

「そもそも、あの特許製品に関しては、俺だって情報をキャッチしていたんだぞ。それで間宮さんには、ぜひうちと契約をと相談していたんだ」

「そ、そうだったんですか」

「だが間宮さんは、長年の付き合いがあるお前の会社との取引を優先させた。契約金額で言えば、うちの方がはるかに高かったにも関わらずだ」

そう言って振り向いた斎藤社長に、俺はうなずいて見せた。確かに斎藤社長は、メーカーの数倍の金額で契約したいと言ってくれた。彼がうちの技術や製品を高く評価してくれたことはとても嬉しかった。だが、うちの工場の規模では親会社とメーカーの二社に製品を納品することは難しく、俺は義理を通してメーカーとの取引を選んだのだ。そのことは当時斎藤社長にしっかりと伝えてあり、彼も「そういうことなら」と引いてくれた。

思えば当時から、斎藤社長は筋の通った男だった。

「間宮さんはお前の会社との関係を大事にしてくれた。それをお前は理解せず、無にしたんだ。だったら俺も、その辺の事情は無視して構わないな」

「そ、それはどういう……」

混乱する近藤をよそに、斎藤社長は俺の方へ向き直った。

「実はな、間宮さん。今日俺がここに来たのは、君に会うためだったんだよ」

「俺に?」

「そうだ。君がメーカーと商談の予定があると知って、最後のお願いをしに来たというわけだ。そうしたら、まさかこんなことになっているとは」

そう言うと、斎藤社長は近藤をひと睨みした。斎藤社長の強い視線に怯えたのか、近藤は「ヒッ」と肩を丸めて小さくなった。

「子会社の人間が失礼をして、大変申し訳ない。改めて、うちと契約してくれないか?」

そう言って斎藤社長は俺に深々と頭を下げた。

「社長!」

斎藤社長が頭を下げたことに、近藤はすっかりうろたえている。無理もないと思った。何せ、自分が見下している相手に、自分より上の立場の人間が頭を下げたのだから。近藤が慌てた声を上げても、斎藤社長は気にするそぶりもなかった。その様子に、俺は今自分が向き合っているのは「間宮順一」という人間なのだという斎藤社長の覚悟を感じた。

彼の誠実な態度に心を打たれ、俺はうなずいた。

「分かりました。あなたの会社と契約を結びましょう」

「本当か?」

斎藤社長がパッと勢いよく顔を上げる。

「はい。ただし、条件が一つだけあります。近藤さんの処分をお願いしたいんです」

俺がそう言うと、近藤が目を見開いて俺を見た。半狂乱のような顔つきで、近藤が俺をにらみつけている。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。俺は言葉を続けた。

「子会社のメーカーや取引先を見下したり、商談で差別的な扱いをしてきたり。子会社の社長がそうやって好き放題やっているのを黙って見ているような会社とは、俺は契約できません」

「おい、何勝手なこと言ってんだ?ふざけるな」

「ふざけてるのはお前だ」

「え、すみません……」

俺に食ってかかろうとした近藤だったが、斎藤社長に一括されて、びくっと大きく肩を震わせた。だが、さすがに処分と聞いて黙っていられないのだろう。びくびくと怯えた様子を見せながらも、近藤は口を閉じなかった。

「で、ですが、あいつは社外の人間ですよ。町工場の人間が社内人事に口を出すなんておかしいでしょう。だから俺は正当な抗議をしただけです」

震える声でそう言う近藤に、斎藤社長は「やれやれ」と言った様子でため息をついた。

「ああ、そうだ。今日ここに来たのには、もう一つ理由があったんだった」

「え?」

近藤はきょとんと目を丸くしている。そんな近藤を見る斎藤社長の目は冷ややかだった。

「近藤。俺はお前にも用があるんだよ。これを見ろ」

そう言うと、斎藤社長は書類を近藤に叩きつけた。近藤は震える手で書類を広げ、その内容を見て顔色を失った。

「この書類には、お前がこのメーカーの社長に就任してからの実績が詳細にまとめてある。それから、取引先に対するお前の高圧的な態度や問題発言についてもな」

そう言うと、斎藤社長は重いため息をついて近藤をにらみつけた。

「お前は間宮さんだけじゃなく、他の取引先でもひどい態度を取っていたらしいな。あちこちからクレームの嵐だ」

「そ、それは……」

「中卒を馬鹿にするエリートなら、さぞ業績も上がるかと期待してみれば、赤字が膨れ上がる一方じゃないか。どういうことだ?これは」

斎藤社長の厳しい追求に、近藤はどもりながらも必死に言い訳をしようとする。しかし、実際にデータとして現れてしまっているものを覆すことは容易ではない。

「学歴にこだわって取引先との関係を悪化させて、その結果がこれか。お前は学歴のない奴を信用できないと言ったようだが、学歴があっても結果を残せない奴にとっては、学歴なんて何の価値もないんだよ。お前は学歴以外に誇れる実績がないから、そうやって他人を学歴で判断して攻撃したがるんだろう。そんなことをするくらいなら、もっと自分自身を見つめ直せ」

斎藤社長の容赦ない指摘から逃げるように、近藤はうつむいた。そして唇をぎゅっと噛みしめて黙り込んでしまった。近藤が何も言えないのを確認すると、斎藤社長は呆れた様子で肩をすくめた。

「お前のような人間に、子会社の社長を任せるわけにはいかないな。どうだ?中卒でも、これくらいの判断はできるぞ」

斎藤社長の言葉に、近藤はがっくりと肩を落とした。

「こういうわけでな、近藤を処分することはもう決定事項だったんだ。間宮さんの要望にお答えする形ではないのは申し訳ないが」

そう言って斎藤社長は俺に向かってにやりと笑った。なんと容赦のない人だ。俺は少々鬼気迫るものを感じた。中卒で働き始め、大手企業の社長にまで登り詰めた男のすごみというのか。ふと隣を見ると、メーカーの担当者も同じように思ったのか、引きつった苦笑いを浮かべていた。何にせよ、敵に回してはいけないタイプの人間であることは間違いない。満足げに笑う斎藤社長を見ながら、俺はそんなことを思ったのだった。

翌日、早速親会社で臨時の役員会が開かれ、近藤は役員たちの前で業績不振と取引先への高圧的な振る舞いの責任を追求されたそうだ。自分より上の立場の人間が集まる場所で、近藤はすっかり縮こまっていたらしい。結局、近藤はメーカーの社長を解任され、孫会社の工場に配置替えとなった。斎藤社長曰く、「現場作業員としてやり直せ。学歴に頼らず、自分の手で実績を積むところから始めてみろ」とのことだ。事実上の左遷ではあるが、やり直すチャンスを与えるだけの温情はあるんだな、と俺は思った。近藤のエリート意識はすっかり打ち砕かれただろうが、もしここで自分を省みることができれば、きっと彼はやり直せるだろう。中卒でいろいろな経験をして、酸いも甘いもかみ分けてきた斎藤社長だからこそ、彼を見捨てないという選択をしたのかもしれない。そんな斎藤社長の思いが近藤に届くことを、俺は祈っている。

一方、俺は新たな希望を胸に斎藤社長の会社を訪れ、契約書にサインを交わした。

「間宮さん。中卒同士、これからも共に頑張っていこうじゃないか」

そう言って斎藤社長はにやりと笑う。俺も笑って、斎藤社長から差し出された手を力強く握った。中卒だろうと、真摯に努力し続けていれば、必ず道は切り開くことができる。それは斎藤社長や俺自身が証明してきたことだ。俺は息を切らせて工場に戻ると、従業員たちを集めて声をかけた。大きな契約が決まったことを伝えると、従業員たちは喜びの歓声を上げた。

「これから忙しくなるぞ。みんな頑張っていこうな」

「はい!」

従業員たちは喜びに満ちた様子で仕事に戻っていった。工場の機械の音と、従業員たちの活気あふれる声が、俺の耳に心地よく響く。俺は新たな仕事に進んでいくのだった。

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