義実家での夕食の席、姑が放った「あなた、随分貧相な体ね。ちゃんと子供を産めるのかしら?」という一言で、私の十五年は始まった。二十五歳の私は、ただ愛する人と結婚したかっただけなのに、義父からは「五年以内に男の子を産まなかったら離婚」と宣告され、その場で婚姻届にサインさせられた。妊娠中も悪阻で倒れそうな私に、姑は容赦なく家事を押しつけ、夫は「お前がちゃんとしないと、俺が後継になれないだろ」と冷た…

義実家での夕食の席、姑が放った「あなた、随分貧相な体ね。ちゃんと子供を産めるのかしら?」という一言で、私の十五年は始まった。二十五歳の私は、ただ愛する人と結婚したかっただけなのに、義父からは「五年以内に男の子を産まなかったら離婚」と宣告され、その場で婚姻届にサインさせられた。妊娠中も悪阻で倒れそうな私に、姑は容赦なく家事を押しつけ、夫は「お前がちゃんとしないと、俺が後継になれないだろ」と冷た...

私はミカ、四十三歳。地元の企業で契約社員として事務をしている。夫の修二も同じく地元の中小企業に勤めるサラリーマンで、もうすぐ五十歳に手が届く。修二の実家は社員五十人ほどの会社を経営していて、いずれは修二かその兄が後を継ぐことになっている。だが義父は、どちらの息子に継がせるかをまだ決めかねているらしい。修二は、いわば同業他社で修行中の身といったところだ。

義父は修二を後継者にしたいようだが、経営の実務は義兄に頼りきっている。ホームを経営する義兄に、会社の財務や経営全般を一任しているらしい。修二の給料が一年前、がくんと下がった。本人は不況のせいだと言い張るが、私は違うと思っている。何かポカをやらかしたに違いない。彼は口では大きなことを言うくせに、脇が甘い。いわゆる「なんちゃって」な男だ。

交際中、彼は「俺は親父の会社を継いで、絶対に大きくしてやる」とよく言っていた。当時の私はそれを男らしいと勘違いし、プロポーズを受けてしまった。だが結婚してから、彼が時期社長になるための努力を何一つしていないことが、じわじわと分かってきた。頼りにしているのは、姑の顔色ばかりだ。

十二年前、修二との結婚が決まった時、私は何より姑の存在が不安だった。修二がこんな性格に育ったのは、姑のせいだと思われたからだ。修二には七歳離れた兄が一人いる。姑は最初、出来のいい義兄を可愛がっていたらしい。だが義兄は大きくなるにつれて姑に反抗することが増え、姑は可愛がりの対象を修二に乗り換え、義兄を家から追い出してしまった。

そのせいか、修二は姑への執着が強く、義兄への嫉妬心も激しい。電話で義兄に「兄さんが来ると、母さんが俺をまた可愛がらなくなるかもしれないから、絶対に戻ってこないでくれ」と言っていたのを、私は知っている。

婚約した時、義実家に挨拶に行った。姑は私を上から下まで値踏みするように見て、こう言った。

「あなた、随分貧相な体ね。ちゃんと子供を産めるのかしら?それに胸もぺったんこだし、母乳で育てるのは無理そうね」

いきなりの言葉に私はパニックになり、「あ、はあ。そうかもしれませんね」と間抜けな返事をしてしまった。それがさらに姑の機嫌を損ねたらしい。姑は修二に向かって、「何この子?修二、大丈夫なの?常識もまともに身についていないみたいじゃないの」と呆れ返った。

修二は「ママ、ミカは緊張してるんだよ。許してやって」と取りなしてくれた。その場は収まったが、私はほっとする以上に、修二が自分の母親を「ママ」と呼んだことに驚き、ちょっと気味悪さを感じた。

その後、義父にも会った。義父も相当強烈な人だった。義兄は独身で結婚する気がないと言っているらしく、私に対して「社運がかかっている」と言わんばかりの態度だった。

「うちはそこそこの金持ちだが、ミカさんは絶対に浪費しないように」
「ミカさんには、後継となる男の孫を産む義務がある」
「三年、いや五年は猶予をやろう。五年以内に男の子を産まなかったら、その時は離婚してもらうからな」

まだ結婚もしていない私に向かって、義実家の応接間で平然とそんなことを言われた。正直、結婚は無理だと思った。修二のことは好きだけれど、こんな義両親とはやっていけない。だがその後、私は食欲が落ち、吐き気がするようになった。まさかと思い婦人科で調べると、すでに妊娠十二週に入っており、エコー検査で男の子だと判明した。

そのことを修二に電話で告げた途端、彼が姑を連れて私のアパートに押しかけてきた。そして、役所からもらってきた婚姻届にサインするよう迫ったのだ。

姑は言った。「あなたが男の子を産めば、修二が時期社長になることは決定的なのよ」

修二も続けた。「兄さんになんか会社は継がせない。俺と結婚して、その子を生むんだ」

二人のサイン攻撃に疲れ果てた私は、根負けしてその場で婚姻届にサインしてしまった。その後、私は退職し、二人で義実家の近くのアパートに住むことになった。

絶対に同居だけは避けたいと思っていた。だがそれを言い出す前に、なんと姑の方から別居を希望された。私たちが新婚だから、少しは気を使ってくれたのかと思った。しかし、感謝の言葉を伝えた私に向かって、姑はこう言った。

「どこの馬の骨か分からない人と住むなんて、怖くて嫌だもの」

あまりの言葉に頭の中が真っ白になった。その晩、私は修二にそのことを訴えた。しかし修二は呆れたように笑った。

「ママはお前と、たった数回、数時間しか会ってなかったじゃないか。不安を感じるのは当たり前だろう」

「お母さんは私を馬の骨って言ったのよ。しかも怖いって」

私が叫んでも、彼には私のショックを理解することはできなかった。

「お前、妊娠してちょっと精神状態がおかしくなってるんだよ。ママのことを悪く言うのはやめろよ」

それだけ言うと、修二は一人で寝室に入ってしまった。私の味方にはなってくれないんだ。新婚一週間で、私はこの結婚をひどく後悔した。

妊娠後、私の悪阻は結構ひどかった。元々痩せ気味で体力がないところに、食事が取れなくなったので、ちょっと動くのも辛かった。だが姑は私を一切構わなかった。それどころか、「ちゃんと体を動かさないから、悪阻や食欲不振になるのだ」と言って、義実家の掃除や洗濯、買い物のために私を呼びつけた。吐き気や貧血で倒れそうになる私を見ても、修二は一切助けてくれなかった。

最初のうちは、我が身の哀れさを嘆いていた。だがお腹が大きくなるにつれて、根性が座ってきた。何があってもこの子を守る。そして、いつか離婚してやる。心にそう誓った。

出産後、姑の嫌がらせはさらにグレードアップした。私を完全に女中扱いするようになり、義母の田舎の母親の介護までさせられるようになった。姑の母はすでに九十歳を超えており、施設に入所している。だが「様子を見て来い」と、片道五時間かかるのに毎週のように行かされる。しかも義実家の家事を全部やらされてから言われるものだから、帰りはいつも終電になる。その交通費も、私の貯金から払わされた。

修二に訴えても、

「お前がちゃんとしないと、俺が後継になれないかもしれないだろ。ちゃんとやれよ」

と無視されるだけだった。もうこの人に何を言っても無駄なんだ、と思った。

それから十年後、姑が自分の誕生会兼、修二のお披露目会を開くと言い出した。参加者は義父と姑、私たち夫婦、義兄、そして修二の会社の役員とその奥さんたち、総勢十一人。

「時期社長は修二だと知らしめなくてはならない。ミカさんは時期社長の妻として、皆さんをお迎えするのよ」

何から何まで私に丸投げされた。その頃私は契約社員として働いていたのに、料理の注文やセッティング、買い出し、ちょっとしたつまみの用意まで、全てやらなければならなかった。ほとんど徹夜で準備をし、当日もキッチンと応接間を往復し続けていた。

すると、久しぶりに会った義兄が、ひょこっとキッチンに顔を出した。

「一体、大変だね。いくら母さんが主催とはいえ、十人もの参加者じゃ大変すぎる」

そう言って手伝おうとしてくれた。私は「いえ、大丈夫です。席についてらしてください」と断り、バタバタと動きながら準備を続けた。すると義兄が、ぽつりと言った。

「もしかして、母さんに何か言われてるんじゃありませんか」

「……それは、いつものことですから」

私が言葉を濁すと、義兄の目つきが変わった。そして義兄は、自分が姑に嫌われてからされた数々の嫌がらせについて話し始めた。最後に「ミカさんにも、辛い思いをさせているんじゃないか」と迫ってきた。

その言葉に、私は涙ながらに洗いざらい打ち明けた。姑のこと、修二のこと。聞いているうちに義兄は顔を真っ赤にして激怒してくれた。そして彼は数分間、何かを考えるように黙り込んだ。

「ミカさん。あなたの息子さんが、どんな境遇を背負っていたとしても、たとえ後継になれなくても、育て続ける覚悟はありますか?」

意味が分からなかったが、そんなことは母親として当たり前だ。

「はい。あります。何があっても、息子をしっかり育てます」

そう答えると、義兄は驚くべきことを教えてくれた。

「ミカさん、今後、苦労するかもしれません。もちろん、私ができる限りサポートしますが、大丈夫ですか」

「ありがとうございます。どんな境遇になっても、息子をしっかり育てていきます」

私がきっぱり答えると、義兄は深く頷き、応接間に戻っていった。

それから一ヶ月後、義兄が再び訪れた。義両親と私たち夫婦を応接間に呼んだのだ。義兄は第一声、姑を睨みつけて言った。

「母さん。俺だけじゃなくて、ミカさんにも随分なことをしてるらしいな」

「な、何なのよ、いきなり。時期社長の妻として教育してあげてるだけでしょう。余計な口出ししないでちょうだい」

姑が金切り声を上げると、義兄は嘲笑した。

「へえ。現社長の妻でもない人が、人様に教育、ね」

それを聞いて修二が叫んだ。

「ママを悪く言うな!今になって時期社長の座を狙ってるんじゃないのか。この卑怯者!」

修二も週も、義兄を責め立てる。すると義兄は、静かに義父に向かって言った。

「父さん。修二のDNA鑑定、見せてやろうか」

その言葉を聞いて、姑の顔色が見る見るうちに真っ青になった。意味が理解できず、不審そうな顔をしている義父に、義兄は話し出した。

彼が小学生の頃、町で姑と見知らぬ男が腕を組んで歩いているのを見たこと。その二人が、繁華街のお城のような建物の中に入っていったこと。その後、すぐに姑が修二を妊娠したこと。

「小学生の頃の記憶だから、勘違いかもしれないと思ってた。でも俺が高校生の時に母さんと喧嘩して、その時のことをぽろっと話したら、母さんは真っ青になって必死に否定した。その時から、俺に対してすごく冷たくなって、『出ていけ』と言うようになったんだよな」

義兄は続けた。

「俺は元々会社を継ぐ気はなかったから、好きにさせてた。でも、ミカさんが女中みたいにこき使われてると聞いて、この前の誕生会の時、ブラシに付いてた髪の毛を持って帰ってDNA鑑定してもらったんだ。あんたたちに、そんな権利はないって思い知らせるためにね」

義兄がそこまで言うと、姑は金切り声を上げた。義父と修二が問い詰めると、姑はおえつをこらえながら白状した。

「修二のパパが仕事で全然構ってくれないから、つい浮気してしまったの。義兄がパパにばらして離婚させられるんじゃないかと思って、義兄を家から追い出して、パパに義兄の悪口を色々吹き込んだのよ」

修二は呆然としていた。義父も大ショックを受けていた。姑の尻に敷かれていたせいもあるが、義父は義兄が後継者に乗り気ではないため、修二を後継にしようとほぼ決めていたのだ。しかし、修二もその子も、自分の血を引いていないとなると、どさん。

「俺は父さんの子だよ!血の繋がりなんか関係ないだろ!」

修二が必死に義父にすがりつく。姑も「パパ、ごめんなさい!ほんの出来心なの!許して!」と叫んで土下座している。なんてみっともないんだろう。そんな三人を横目で見ながら、義兄が冷たく言い放った。

「父さん、俺は会社を継ぐ気は一切ないから」

続いて私も立ち上がり、机の上に一通の書類を置いた。

「父さん、お母さん、修二。私、離婚します」

突飛前から取っておいた離婚届を、テーブルの上に置いた。三人とも、あまりにも色々なことが一気に押し寄せたためか、呆然自失して押し黙ったままだった。私は自室に行き、まとめてあった自分の荷物を持って、義兄の車に乗った。そして、一緒に義実家を出た。

その後、義父は親族から後継者を選ぶことに決め、姑と離婚した。姑は実家を追い出され、古いアパートに住むことになったようだ。浪費癖がある上に、高額の慰謝料の借金を背負った二人の生活は、大変だろう。姑の実母の施設の入居費も払えなくなるだろうから、近い将来、義父が引き取らなくてはならなくなるはずだ。ご愁傷さまなことだ。

一方、私は義兄がいい弁護士を紹介してくれて、慰謝料と養育費を請求し、一括で受け取ることができた。私は実家に戻り、両親と義兄に助けてもらいながら再就職した。息子の笑顔に支えられながら、毎日、一生懸命働いている。

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