42歳の誕生日、私は小さなケーキを用意して夫の帰りを待っていた。テーブルに差し出された箱を開けた瞬間、私は固まった。中には離婚届と、1500万円のローン契約書。そして真っ赤な高級外車のパンフレットが入っていた。「孝太郎さん、これ、どういうこと?」震える私の声に、夫は満足そうに口の端を持ち上げた。その時、彼のポケットからスマホの着信音が響く。スピーカーモードにした通話から、若い女の声が聞こえて…

42歳の誕生日、私は小さなケーキを用意して夫の帰りを待っていた。テーブルに差し出された箱を開けた瞬間、私は固まった。中には離婚届と、1500万円のローン契約書。そして真っ赤な高級外車のパンフレットが入っていた。「孝太郎さん、これ、どういうこと?」震える私の声に、夫は満足そうに口の端を持ち上げた。その時、彼のポケットからスマホの着信音が響く。スピーカーモードにした通話から、若い女の声が聞こえて...

四十二歳の誕生日。小さなケーキを用意して、夫の帰りを待っていた私は、テーブルの上に差し出された箱を開けて、固まった。中に入っていたのは、一枚の離婚届と、一五〇〇万円のローン契約書。そして、真っ赤な高級外車のパンフレット。

「孝太郎さん、これ、どういうこと?」

震える私の声に、夫は満足そうに口の端を持ち上げた。その時、彼のポケットからスマホの着信音が響く。孝太郎はニヤニヤしながらスピーカーモードにして通話に出た。

「こうちゃん、まだプレゼント渡した?」
「ああ、エリカ。今渡したとこだよ。見てみろよ、この顔。ハートが豆を食ったみたいな顔してるぜ」

電話の向こうから、若い女の笑い声が聞こえてくる。あのおばさん、どんな顔してる? 受けるんだけど。

「エリからの最高のプレゼントが、離婚届けだ。まあ、今までご苦労だったな。慰謝料代わりに、この車の一五〇〇万円のローンをお前が払え。お前、運転できないだろ? ちょうどいい練習になるじゃないか。感謝しろよ」

「何を言ってるのよ。それに、この家は……」

「この家は俺のものだ。俺が稼いだ金で維持してきたんだからな。サインしたら、とっとと出ていけ」

氷のように冷たい目で私を見下す夫。この家も、四〇〇〇万円の貯金も、すべて自分のものだと信じ込んでいる。彼は一つだけ、致命的な勘違いをしていた。この家も貯金も、すべてが私のものだということに。

私は夫の計画が完璧に進んでいると思わせるように、静かにうつむいた。心の中では、復讐の炎が静かに燃え上がっていた。

結婚して五年。私は常に「良妻」であろうとしてきた。両親の教えだった。結婚したら夫を立て、夫に尽くすのが女の幸せだと。母はまさにそんな妻で、父と母は円満だった。だから私もそう信じて、低姿勢な妻を演じてきた。

孝太郎はプライドが高い。だから私は、家計のすべてが彼の稼ぎだけで賄われているように振る舞ってきた。給料日になると、彼は決まって言う。

「ほら、今月も俺が稼いできたぞ。お前は家で楽してられていい身分だな」
「いつもありがとう。孝太郎さんのおかげで生活できるわ」

私は深く頭を下げて給料袋を受け取る。その中身だけでは到底やりくりできないことを、彼は知らない。実際は、この家も四〇〇〇万円の貯金も、数年前に亡くなった私の両親が残してくれたもの。足りない生活費は、私が自分の資産からこっそりと補填していた。それでも私は、夫を立てるため、真実を隠して慎ましい妻を演じ続けた。あの頃の私は、それが夫婦円満に必要なことだと愚かに信じていた。

しかし、その歪んだ平穏は、私の誕生日を境に音を立てて崩れ去った。

彼の悪行は日ごとにエスカレートした。ある日の夕食、私が作ったハンバーグを、孝太郎は一瞥しただけで鼻で笑った。

「まだこんな貧乏臭いもん食ってんのか」

そう言うと、皿ごと掴んでキッチンのゴミ箱に叩きつけた。ガチャンと食器の割れる音が響く。

「こんなまずい飯はもういらない。エリカの料理は最高なんだ。お前とはレベルが違う」

彼はスマホを取り出すと、ゴミ箱に捨てられたハンバーグの写真を撮り始めた。

「これ、エリに送っとこ。おばさんの最後の晩餐だってよ。傑作だろ」

床に散らばった料理の残骸を、私はただ見つめることしかできなかった。涙をこらえ、唇を噛みしめる。大丈夫。これも証拠の一つ。

彼は毎晩のようにエリカと高級レストランで食事をし、その様子をこれ見よがしにSNSへ投稿した。煌びやかな夜景をバックに、若い女とワイングラスを傾ける夫の写真。そこには私を嘲笑うようなハッシュタグが付けられていた。#本物の愛 #未来の花嫁 #おばさんお疲れ。

共通の知人も見ているその投稿に、私の心はズタズタに引き裂かれた。だが、私はすべての投稿をスクリーンショットで保存し、日付とともにフォルダーに記録していく。震える指でスマホを操作しながら、自分に言い聞かせた。笑っていられるのも、今のうちよ。

そして、あの真っ赤な高級外車が、我が家の駐車場に納車された。それは私の心をえぐる裏切りの象徴。孝太郎はエリカを助手席に乗せたまま、私を呼びつけた。

「おい、お前の車なんだから、洗車しとけよ。汚れてるだろ」

助手席の窓が開き、エリカがサングラスをずらしながら私を嘲笑う。

「そうよ。一五〇〇万もするんだから、ピカピカにしてよね、おば様。私たちがデートで乗るんだからさ」

私の返事も待たず、二人は笑う。私はか細い声で答えた。

「私、運転できないの、知ってるでしょ?」
「だから何だ? 所有者はお前だろ? 責任持てよ。俺たちの愛の巣を掃除すると思えば、光栄なことじゃないか」

逆らうことは許されない。冷たい風が吹く中、私はバケツとスポンジを手に、その憎い車を洗い始めた。隣の家から同情的な視線が注がれるのを感じる。惨めで、悔しくて、涙が溢れた。だが、この惨めさも計算のうち。私はただの可哀想な妻を演じているに過ぎない。そうよ、もっと私を哀れんで。もっと孝太郎を非難して。すべてはあなたの社会的信用を失墜させるための布なのだから。

実は、私は数か月も前から夫の不倫に気づいていた。そして、ただ泣き寝入りするつもりなど、微塵もない。夫に隠れて弁護士に相談し、水面下で不倫の証拠を集めつつ、不動産の買取専門業者とも連絡を取っていた。この家を最も早く、最も高く売却するための準備はすでに万端。孝太郎が自分の実の父を騙して、一五〇〇万円の高級外車のローンの連帯保証人にさせた手口も掴んでいた。彼は実家に立ち寄り、「明かりへのサプライズなんだ」と嘘八百を並べ、騙された義父にサインをさせたのだ。自分の父親さえも利用するその卑劣さに、吐き気すら覚えた。

私は従順な妻を演じながら、孝太郎の暴言をすべて小型の録音機に記録し続けた。彼は私がただ怯えているだけの哀れな女だと信じて疑わない。私が彼の足元に巨大な落とし穴を掘り続けていることなど、知るよしもない。

そして、運命の日は近づく。孝太郎が勝ち誇った顔で私に告げた。

「来週から、エリカと二週間ほどハワイ旅行に行くことになった。お前は家の荷物をまとめて、出ていく準備でもしとけよ。じゃあな、元嫁」

最高のチャンスが向こうからやってきた。私は涙目のままうつむき、か細い声で「分かったわ」とだけ答えた。心の中では、燃え盛る炎のような決意が渦巻いていた。ええ、楽しんでらっしゃい、孝太郎。あなたが楽園で浮かれている間に、私はあなたのすべてを奪い尽くす。

私は空港へと向かう夫の後ろ姿を静かに見送った。これが、傲慢な夫との最後の別れになる。

彼の背中が見えなくなり、扉が閉まった瞬間、私は大きく深く息を吸い込んだ。家の中は驚くほど静かだった。まるで嵐の前の静けさ。いや、違う。これは、私の手に自由が戻ってきた音だ。

私はすぐに電話を手に取った。数回のコールの後、聞き慣れた声が聞こえる。

「もしもし、明かり様。ご主人様は?」
「ええ、たった今ハワイへ。先生、お願いします」

その言葉に、弁護士は力強く答えた。

「承知いたしました。すべての手続きを、予定通り開始します」

電話を切ると、すぐに次の番号をタップする。水面下で相談を続けてきた、不動産の買取専門業者だ。

「はい、お待ちしておりました。本日契約ということで、よろしいですね」
「はい、すぐに向かいます」

クローゼットの奥から、準備していた書類を取り出す。この家と土地の権利書の証明が、この日のためにあった。

家を出る時、私はリビングをゆっくりと見渡した。孝太郎が「俺の城」だと誇示していた空間。もう、彼のものは何ひとつない。これから私の手で、彼の幻想をすべて消し去る。

不動産業者での契約は、滞りなくスムーズに進んだ。事前に弁護士がすべて調整してくれていたからだ。分厚い契約書に、私は迷いなく自分の名前を書き、実印を押す。担当者が深々と頭を下げた。

「明かり様、ありがとうございました。売買代金は、ご指定の口座へ本日中に送金いたします」

その足で、私はメインバンクへ向かった。窓口で通帳を差し出すと、担当者が驚いた顔をする。無理もない。そこには、家の売却益と私の貯金を合わせた四〇〇〇万円の金額が記されていたのだから。

「この口座から、現金で全額引き出したいんです。それと、この口座は本日付けで解約をお願いします」

「よ、四〇〇〇万円をすべて現金ですか?」

もちろん。これも弁護士を通じて事前に連絡済みのことだ。奥の部屋から、分厚い札束の入ったジュラルミンケースがいくつも運ばれてくる。孝太郎が自分が管理していると信じて疑わなかった口座が、私の手で消えていく。通帳に解約のハンコが押された時、私の心にまとわりついていた最後の風が抜けた気がした。

その後の二週間、私は淡々と作業を進めた。引っ越し業者を呼び、家にある私の私物、私が購入した家具や家電をすべて運び出す。両親の思い出が詰まったお気に入りのソファー。孝太郎が知らないうちに買い替えていた最新の大型テレビ。それらが運び出されていくにつれ、家は見る見るうちにがらんどうの箱になっていった。最後に残ったのは、孝太郎のゴルフバッグと彼の衣類だけ。それらはすべてゴミ袋に詰めて、玄関の隅に置いておいた。

すべての作業を終え、私は空っぽになった家を見渡す。エコーが響くほどに静まり返った空間。ここにはもう、私の居場所も、彼の居場所もない。私は静かに玄関の鍵を閉め、二度と振り返ることなくその場を去った。

そして、運命の日。孝太郎とエリカがハワイから帰国する日だ。私は弁護士と、家の新しい所有者である田中さんと共に、家の前で彼らを待っていた。しばらくして、一台のタクシーが近づいてくる。中から現れたのは、こんがりと日焼けし、ブランドの紙袋をいくつも抱えた孝太郎とエリカだった。二人は実に幸せそうに笑い合っている。だが、その楽園気分の笑顔は、次の瞬間凍りつくことになる。

自分たちの家の門に、見慣れない大きな看板が掲げられているのを見つけたからだ。「売却済 田中様」。

「な、何だ? 田中様って。売却済み?」
「はあ? 何かの間違いだろう。明かりのやつがやった嫌がらせか? 悪質ないたずらだな」

孝太郎は苛立った様子でそう言うと、門を開けて敷地に入ってきた。エリカも不安そうにその後ろについていく。そして、玄関のドアに鍵を差し込もうとして、鍵穴が変わっていることに気づいた。

「何だよこれ。鍵まで変えやがって。明かりのやつ、余計なことを……」

彼がドアを乱暴に蹴飛ばそうとした、その時だった。物陰から、私たち三人が姿を現す。

「そこまでです。あなた方は、一体何者ですか?」

突然現れた私たちを見て、孝太郎は一瞬ひるんだが、すぐに怒りの表情になった。

「てめえらこそ誰だ? ここは俺の家だぞ。明かりはどこだ? あの女を呼んでこい」

怒鳴り散らす孝太郎を前に、弁護士は冷静に一枚の書類を突きつけた。孝太郎は軽蔑した顔で、その書類をひったくるように受け取る。そこに書かれた文字を、彼の目がゆっくりと追っていく。そして、怒りで真っ赤だった彼の顔から、さーっと血の気が引いていくのがはっきりと分かった。その顔は、みるみるうちに青ざめ、やがて真っ白になっていく。

「な、なんだよこれ……。所有者? 俺の名前はどこにもないだと? そんな……」

「土地建物ともに、所有者は当初より奥様である明かり様お一人です。あなたがご結婚される前から、明かり様がご両親から相続された、彼女の特有財産ですよ」

弁護士は冷静に続けた。孝太郎は信じられないというように、書類と私の顔を何度も見比べる。彼の隣で、エリカは顔面蒼白になり、わなわなと震えていた。

「ちょっと孝太郎さん、どういうことよこれ。あなたの家じゃなかったの?」
「う、うるさい! 俺がずっと稼いで住んでいた家なんだ。全部俺の家だろ! あいつが何かしたんだろう!」
「売却されてるじゃない! じゃあ、私たちはどうなるのよ!」
「嘘だ、嘘だ。俺が稼いだ金で暮らしていた家だ。俺の家だろ! 明かりのやつが勝手に……」

「所有権は明かり様にありますので、売却も彼女の自由です。そして、ここはすでに新しい所有者である田中様の住居です。あなた方の行為は、完全な不法侵入に当たります。即刻お引き取りください」

弁護士は、冷静だが有無を言わさぬ口調で告げた。エリカが震える声で孝太郎に問い詰める。

「孝太郎さん、どういうことなの? この家、あなたのじゃなかったの?」

その声には、明らかな疑念の色が混じっていた。美意識とプライドの塊である孝太郎にとって、愛人の前で自分の無力さと嘘を暴かれることこそ、一番の屈辱だろう。孝太郎は何も言い返せず、ただ震えていた。私はそんな彼に、最後の一撃を加えた。

「ああ、それと。あなたが管理していたつもりの口座、すべて解約させてもらったわ。きっちり全額ね。あれも、私の両親が残してくれた私の資産だから」

私は静かに、しかしはっきりと告げた。彼は言葉を失い、その場に崩れ落ちそうになった。手元に残ったのは、愛人のエリカと、一五〇〇万円の車のローンだけ。家も金も、そしておそらく愛人の信頼も。彼はこの瞬間、すべてを失ったのだ。

新しい所有者である田中さんが、迷惑そうに言った。

「警察を呼びますよ」

その言葉に、二人は弾かれたように動き出す。孝太郎は私を鬼のような形相で睨みつけると、エリカの腕を掴んで、その場から逃げるように去っていった。

その日の夜から、彼らの地獄が始まったのだろう。住む家を失い、大金もない二人は、都心の安いビジネスホテルを点々とする生活に陥った。煌びやかなハワイでのバカンスから一転。狭くて薄汚い部屋での生活。互いを罵り合い、責任をなすりつけ合う声が、夜な夜なホテルの廊下に響いていたという。

私は新しい住まいで、静かに夜景を眺めていた。手元のスマホには、四〇〇〇万円の数字が輝く口座残高が表示されている。復讐の第一幕は、完璧な形で今終わったのだ。だが、孝太郎という人間の傲慢さと愚かさを、私はまだ見くびっていたのかもしれない。物理的な拠点を失った彼が次に取った行動は、私の想像を絶するものだった。

家を失ってから数週間後、私の弁護士から一本の電話が入った。

「明かり様、落ち着いてお聞きください。孝太郎さんの代理人から連絡がありまして」
「何でしょう? まさか、謝罪でも?」
「いえ、全く逆です。財産分与を正式に要求すると。ご夫婦で築かれた資産の半分を渡せ、とのことです」

一瞬、言葉を失った。どの口が、そんなことを言うのだろうか。自分から離婚を突きつけ、私に一五〇〇万円の負債を押し付け、挙句の果てに、すべてが私の資産だったと知るや、今度は法律を盾に金銭を要求してくる。彼のそのどこまでも自分本位な思考回路に、怒りを通り越して、ある種の関心すら覚えた。

「そうですか。分かりました。先生、予定通り次の手を打ってください」
「はい。すべて準備は整っております」

私の返答は、もちろん否だ。弁護士は孝太郎の代理人に対して、即座に書面で返答した。「殿の要求は、法的に一切認められません。対象の資産はすべて婚姻前から妻明かりが所有していた特有財産であり、財産分与の対象外です」。さらに、書面には地獄へと突き落とす文言も記載されていた。「また、貴殿の長年にわたる不貞行為は、明白な離婚原因となります。つきましては、こちらから慰謝料として三〇〇万円を請求いたします。本書面到着後、一か月以内にお支払いください」。

この書面を受け取った孝太郎は、電話口で「ありえない」と激しくののしったらしい。だが、法律という絶対的な事実の前では、彼の怒りなど無力だった。そして、彼が最も触れられたくなかったであろう領域――彼の実家にも、ついに破滅の足音が忍び寄ることになる。原因は、あの真っ赤な高級外車だ。孝太郎はビジネスホテル暮らしで金もなく、当然ローンの支払いなどできるはずもなかった。支払いはすぐに滞り、ローンの督促状が、連帯保証人である義父の元へ届いたのだ。

ある日の午後、私のスマホが鳴る。表示されたのは、義父の名前だった。

「明かりさんか。すまないが、一体どういうことなんだ。孝太郎の車のローン督促状が、私のところに届いてな」

続けて、義父は心配そうに訪ねてきた。

「孝太郎のやつ、何かあったのか?」

電話の向こうの義父の声は、困惑と不安に満ちていた。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、真実を伝えるしかなかった。

「お父さん、本当に申し訳ありません。実は、孝太郎さんとは離婚することになりまして……」

私は、孝太郎が若い愛人エリカと再婚するために私に離婚を突きつけたこと。そして、その車は彼がエリカのために購入したものであることを静かに伝えた。もちろん、義父を騙して連帯保証人にさせた事実も。

受話器の向こうで、長い沈黙があった。やがて、その静寂を破ったのは、今まで聞いたこともないような義父の怒号だった。

「あのバカ息子が……! 私まで騙しおって! 明かりさん、あなただけは、本当にすまないことをした」

義父は私に何度も何度も謝罪した。そして、こう続けた。

「孝太郎のことは、もう私の息子だとは思わん。勘当だ。二度と実家の敷居はまたがせん」

その数日後、弁護士から連絡があった。義父は自分の信用を守るためにローンを全額肩代わりし、その上で孝太郎との縁を切った。親族にもすべてを話し、今後一切孝太郎に援助しないように言い含めたらしい。孝太郎の最後の砦は、彼自身の嘘によって完全に断ち切られたのだ。

だが、私の復讐はまだ終わらない。彼からすべてを奪い去った共犯者。愛人のエリカにも、当然その責任を取ってもらう必要があった。弁護士はエリカの住むアパートを突き止め、一通の内容証明郵便を送付した。不貞行為の共同不法行為者として、慰謝料の一部である一五〇万円を請求するという内容だ。

その手紙を受け取ったエリカはパニックに陥り、すぐに孝太郎に泣きついたという。ビジネスホテルの狭い部屋で、二人のみっともない争いが始まった。

「慰謝料ってどういうこと? 一五〇万なんて払えるわけないじゃない!」
「うるさい! 俺だって金がないんだ! お前がもっとうまくやれば!」
「私のせい? ふざけないで! 金持ちだって言ったじゃない! 家も車もあなたのものだって!」
「お前だって、金目当てで近づいてきただけだろうが! 俺がこうなったら、終わりか!」

その言葉に、エリカは鼻で笑った。

「当たり前でしょ。無一文で、親にも勘当された男なんて、誰が好きになるのよ」

その後の顛末は、弁護士がエリカ本人から聞いた話として私に報告された。泣き喚くエリカに対し、私の弁護士は電話でこう告げたらしい。

「お気の毒ですが、孝太郎さんに支払い能力は一切ありません。おそらく、自己破産することになるでしょう。そうなれば、エリカさん、あなたへの請求額は増える可能性もありますが」

淡々と事実を告げる弁護士の言葉は、金目当てだったエリカにとって、死刑宣告と同じだった。家を失い、金を失い、親に勘当され、そして今、愛人にも見放された孝太郎。彼は本当の意味で、一人になった。

絶望の縁に立たされた孝太郎は、最後の悪あがきに出た。私の弁護士に泣きつき、「明かりさんに直接謝罪したい」と、ビデオ通話を要求してきたのだ。

「どうされますか? 明かり様」
「ええ、受けましょう。彼らの惨めな姿、この目に焼きつけておきたいので」

画面が繋がると、そこには信じられない光景が広がっている。私の部屋にはハワイの青い海が広がるのに対し、画面の向こうには薄暗いビジネスホテルの一室。顔面蒼白になった孝太郎と、なぜかエリカまでが並んで座っていた。

「あ、明かり……。すまなかった。俺が、俺がすべて悪かったんだ。どうか、どうか許してくれ」

孝太郎はカメラに向かって、何度も何度も頭を下げる。その隣で、エリカも泣きじゃくっている。

「明かりさん、本当にごめんなさい。私、この男に騙されてたんです。慰謝料だけは、どうか……」

「そうだ! こいつが俺をその気にさせたんだ! 俺は本当は明かりだけを愛していたんだ! もう一度、やり直そう!」

孝太郎はあっさりと、エリカに責任をなすりつけた。

「なんですって!? あなたが毎日毎日、奥さんの悪口を言ってたんじゃない!」

画面の向こうで、またみっともない罵り合いが始まる。私はその滑稽な茶番を冷たい目で見つめ、静かに口を開いた。

「見苦しいわね、二人とも」

私の声に、二人はぴたりと動きを止める。

「許す? なぜ私が、あなたたちを許す必要があるの?」

孝太郎の目をじっと見つめて、言葉を続ける。

「あなたは私の誕生日に、私に何をプレゼントしてくれたか覚えている? 離婚届と、一五〇〇万円の借金よ。私をゴミのように捨てておいて、今さらどの口がそんなことを言うの?」

「そ、それは、ただの冗談じゃないか」

哀れな言い訳を続ける孝太郎をよそに、一呼吸置いて、私は続けた。

「エリカさん、あなたも同じ。人の家庭を壊しておいて、被害者ぶらないで。自分の行動には、自分で責任を取りなさい」

「で、でも、私はそんなつもりじゃ……」

必死に言葉を並べるエリカを無視し、私は孝太郎の目をまっすぐに見据えた。

「孝太郎、あなたは勘違いしていたようね。あなたは王様なんかじゃなかった。私の家で、私の金で、私の心にあぐらを描いて、王様気分を味わっているだけの居候。その居場所がなくなって、今やただの惨めな男。それが、あなたなのよ」

「居候だと……!? お前のせいで、俺は……」

見苦しい言い訳を遮切り、私は冷たく告げた。

「もう二度と、私の前に顔を見せないで」

私は返事も聞かずに、一方的に通話を終了した。画面が真っ暗になり、二人の絶望に満ちた顔が消える。

その頃、私はハワイにいた。両親の遺産を元に、こちらで新しいビジネスを始める準備を進めていたのだ。私は新しい生活の始まりを告げるために、一枚の写真をSNSに投稿した。ホテルのテラスから見える真っ青な海と空の写真。添えた言葉は、ただ一言。

「新しい人生の始まり」

その投稿は、すぐに共通の知人たちの間で広まった。孝太郎の傲慢なSNS投稿を覚えていた友人たちは、すぐにその真実を察したのだろう。私の投稿には、「おめでとう」「応援してる」「辛かったね」という温かいコメントが溢れた。逆に、孝太郎の元には誰からも連絡が来なくなった。たまに電話をかけても、金の無心か愚痴ばかり。誰も、そんな彼に関わりたいとは思わなかった。彼は友人たちからも見放され、社会的に完全に孤立したのだ。プライドだけが取り柄の男が最も嫌がること。それは、自分の無力さと愚かさを、自分を支えていたすべての人間に知られ、見捨てられること。

私はハワイの穏やかな風に吹かれながら、遠い日本の空を見上げた。孝太郎が大切にしていた価値観――金、地位、見栄、そして人間関係。そのすべてが、今、彼の足元から崩れ去っていく。復讐の第二幕は、静かに、だが残酷なまでに完璧に幕を下ろしたのだった。

あれから半年が過ぎた。風の噂で、孝太郎のその後の話を聞いた。彼は会社での信用を完全に失い、結局、自主退職に追い込まれたらしい。エリカは孝太郎の将来性のなさを悟ると、その日の夜のうちに荷物をまとめ、孝太郎の前から姿を消した。置き手紙には、ただ一言「さよなら」とだけ書かれていたそうだ。

完全に孤独になった彼は、今、都心の安アパートで一人寂しく暮らしているという。多額の車のローンと私への慰謝料の支払い。それらに追われ、日雇いの仕事を転々とする毎日。かつてのプライドは見る影もなく、毎晩コンビニのカップ麺をすすっているそうだ。彼を支える家族も、友人も、そして愛人も、もうどこにもいない。彼が自分の手で、すべてを切り捨てたのだから。自業自得という言葉が、これほど似合う男もいないだろう。

一方、私は今、ハワイの青い空の下にいる。こちらの美しい景色の中、新しいビジネスを立ち上げた。ありがたいことに、事業は順調に軌道に乗っている。先日、私はSNSに一枚の写真を投稿した。真っ青な海を背景に、心の底から笑っている自分の写真を。そして、こう書き添えた。

「最高の誕生日プレゼントは、お金でも物でもなく、自由でした」

その投稿には、たくさんの“いいね”と応援のコメントが寄せられた。もう、誰かのために自分を偽る必要はない。誰かの顔色を窺って、心をすり減らすこともない。私は、私の力で最高の人生を掴んだのだ。孝太郎が選んだ道がどんなものであろうと、もう私には関係のないこと。私は過去に縛られず、自分の未来だけを見つめて生きていく。このどこまでも続く青い海のように、私の人生は、今始まったばかりなのだ。

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