「子供の一人も産めない不妊の女が、いつまでこの家にしがみついてるつもりだ。お前みたいな役立たずは、ゴミ同然だ。ただの粗大ゴミだよ」…

「子供の一人も産めない不妊の女が、いつまでこの家にしがみついてるつもりだ。お前みたいな役立たずは、ゴミ同然だ。ただの粗大ゴミだよ」...

「子供の一人も産めない不妊の女が、いつまでこの家にしがみついてるつもりだ。お前みたいな役立たずは、ゴミ同然だ。ただの粗大ゴミだよ」

夫・浩司が吐き捨てた言葉が、冷え切ったリビングに鋭く突き刺さった。隣では義母のせつ子が、勝ち誇ったような表情で私を見下している。テーブルの上に置かれているのは、すでに夫の署名がなされた離婚届。

これまでどんなに冷たくされても、どんなに罵倒されても、私はこの家族のために尽くしてきた。不妊治療の痛みも、出口の見えない絶望も、すべて一人で耐えてきた。それなのに返ってきたのは感謝の言葉ではなく、人としての尊厳を奪う残酷な一撃。

この時の夫も義母も、まだ気づいていなかった。数か月後、彼らが私の前に現れた時、その立場が完全に逆転していることを。そして、私を粗大ゴミと呼び捨てにしたその報いを、あまりにも残酷な形で受けることになるのを。

窓の外では今にも雨が降り出しそうな暗い雲が空を覆っていた。私の人生の歯車が、この瞬間から音を立てて歪み、大きく回り始めようとしていた。

「わかりました。お望み通り、この家を出ていきます」

私が絞り出すようにそう答えた時、物語の幕が上がった。

「おい、聞こえてんのか?さっさとサインしろよ」

浩司の声は苛立ちを隠そうともしていなかった。私が黙って離婚届を見つめていると、彼は苛立ちをぶつけるようにテーブルを叩いた。

「返事くらいしろよ。これだから無能な女は困る。お前がいつまでもいると、俺の人生は停滞したままだ。子供がいない人生なんて、俺にとっては失敗でしかないんだよ」

浩司は大手建設会社の課長としてそれなりの収入を得ている。外向きには仕事のできる優しくて誠実な夫を演じているが、家の中では自分の思い通りにならないことがあれば、すぐに妻を攻め立てる男だった。

「浩司さん、不妊治療は二人で頑張っていくものだって、そう言ったじゃない」

私の声は自分でも驚くほど震えていた。結婚して五年、子供が授からないと分かってから私は必死だった。食事管理から体温調整、そして精神的にも肉体的にも負担の大きい高度な不妊治療。その費用を捻出するためにパートを掛け持ちし、自分の服や化粧品代を削ってまで頑張ってきた。それなのに浩司は一度として検査に協力的ではなかった。それどころか、私が病院から帰ってきて疲れ果てていても「飯はまだか」「お前の管理が悪いから結果が出ないんだろう」と心ない言葉を浴びせてくるばかりだった。

「ふん。頑張る?お前一人が勝手に空回りしていただけだろ。俺は最初からお前に期待なんてしてなかったんだ」

浩司は鼻で笑い、ソファに深く腰を下ろした。その横でこれまで沈黙を守っていた義母のせつ子が、ねっとりとした視線を私に向けた。

「そうよ。香織さん、浩司の言う通りだわ。私たちの家系はね、代々優秀な後を残すのが務めなの。それをあなたのようなどこの馬の骨とも分からない女が台無しにして、挙げ句の果てに子供も産めないなんて、先祖代々に申し訳ないと思わないのかしら」

「お義母さんまで…そんな…」

「そんなじゃないわよ。あなたはもうこの家にとっては何の価値もないの。むしろ浩司の輝かしい将来の邪魔でしかないわ。さっさと身を引くのが、せめてもの誠意というものでしょう」

二人の言葉は鋭い刃物となって私の心を切り刻んでいく。私はただ唇を噛みしめて耐えるしかなかった。反論すればするほど彼らの言葉がエスカレートしていくことを、これまでの生活の中で知っていたから。

「香織、勘違いするなよ」

浩司がニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

「俺はもう次の準備ができてるんだ。お前と違って、若くて健康で俺の子を産んでくれる素晴らしい女性とな」

その言葉に私の心臓がドクンと大きく跳ねた。次の準備。つまり浩司は、私が不妊に悩んでいる最中にすでに他の女性と関係を持っていたということか。

「まさか…浮気をしていたの?」

私が震える声で問うと、浩司は隠す様子もなくあっけらかんと言い放った。

「浮気?人聞きが悪いな。これは正当な血筋を絶たせないための防衛策だ。お前が役立たずだから、俺が行動を起こすしかなかったんだよ。彼女はもう俺の子を授かっているかもしれないんだからな」

浩司の言葉に、目の前が真っ暗になった。私が一人で痛みに耐え、涙を流しながら病院に通っていたあの日々。夫は別の女と笑い合い、子供を作ろうとしていたのだ。

「そんな…嘘でしょう」

「嘘じゃないわよ。私もあったけれど、本当に可愛らしくて素直で、あなたとは正反対の素晴らしいお嬢さんだわ。あの子ならうちの後取りにふさわしい。あなたはもうお役御免なのよ」

義母が追撃するように言葉を重ねる。二人の顔が、まるで化け物のように歪んで見えた。愛して結婚したはずの男と、家族だと思っていた女性。その二人が今、結束して私を奈落の底へ突き落とそうとしている。

私は手元にある離婚届をじっと見つめた。この紙に名前を書けば、私の五年間の努力も苦しみもすべてが否定されることになる。けれど、この人たちと一緒にいてももう未来はない。心が完全に折れる音がした。

「わかりました。書きます」

私は震える手でペンを握り、自分の名前を書き込んだ。一文字一文字が、自分の魂を削り取っていくような感覚だった。

「よし、それでいい。物分かりが良くて助かるよ。あ、それから慰謝料なんて一円も出さないからな。お前が不妊で俺の人生を無駄にしたんだ。むしろこちらが請求したいくらいだが、そこは慈悲で見逃してやるよ」

浩司は離婚届を引ったくるように奪い取ると、満足そうに眺めた。

「さあ、そうと決まればさっさと荷物をまとめて出て行ってちょうだい。今夜中にね。明日の朝、不必要なものが残っていると、新しい奥様を迎えるのに具合が悪いですから」

義母の酷な指示に、私は言葉も出なかった。今夜中に。行く当てもない私を、この雨が降りそうな夜に追い出すというのか。

私は立ち上がり、ふらつく足取りで寝室に向かった。最低限の着替えとわずかな私物。それだけをボストンバッグに詰め込み、私は五年過ごした家を後にした。背後から浩司と義母の笑い声が聞こえてくる。

「やっと厄介払いができたわね」
「本当だよ。明日からは清々する」

その声は冷たい夜風に乗って私の耳を打った。玄関を出た瞬間、予報通り雨が降り出した。頬を濡らすのが雨なのか涙なのか、自分でも分からなかった。傘も持たず、私は当てもなく歩き始めた。この時の私は、自分の人生が完全に終わったのだと思っていた。絶望のどん底で、ただ震えることしかできなかった。だが、この雨の夜の出会いが私の運命を、想像もつかない方向へと導いていくことになる。

ずぶ濡れになりながら駅前の公園のベンチでうずくまっていた私の前に、一台の高級車が静かに止まった。ゆっくりと開く後部座席のドア。そこから現れたのは、仕立ての良いスーツを身にまとった一人の初老の男性だった。

「お困りですか?そんな格好でこんなところにいたら、命に関わりますよ」

その声は低く、そして驚くほど温かかった。私は顔を上げることすらできず、ただ震えていた。その時の私には、この人物が誰であるか、そしてこの出会いがどのような奇跡を呼ぶのか、知るよしもなかったのだ。

「助けてください」

消え入るような私の声に、その男性は静かに手を差し伸べた。

「大丈夫です。もう安心してください」

この瞬間、私の第二の人生が静かに動き出した。

お熱がありますね。まずは体を温めて、ゆっくり休みましょう。

温かいココアの香りと柔らかなタオルの感触。意識がもうろうとする中で私が目を開けると、そこは見たこともないほど豪華で、それでいて落ち着いた雰囲気の寝室だった。先ほど私を助けてくれた初老の男性が、心配そうにこちらを覗き込んでいる。

「あの…ここは…」

「私の自宅です。私は佐々木新一郎と言います。驚かせてしまって申し訳ないが、あの雨の中に放っておくわけにはいかなかった」

佐々木新一郎。その名を聞いて私は息を飲んだ。日本を代表する巨大企業、佐々木グループの会長ではないか。経済ニュースで見かけるあの人物が、なぜ私のような惨めな女を助けてくれたのか、理解が追いつかなかった。

「すみません。私、あんなところでお騒がせしました。すぐに出ていきます」

私が慌てて起き上がろうとすると、佐々木さんは優しく私の肩を抑えた。

「無理をしてはいけません。あなたの事情は、落ち着いてからで構いません。今はただ、ゆっくり休むことだけを考えてください。あなたはもう一人ではないのですから」

その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸がプツリと切れたように、私は声を上げて泣き出してしまった。夫に粗大ゴミ呼ばわりされ、義母に不要なものと価値が何もないと思い知らされた直後に向けられた、あまりにも温かい優しさ。私は佐々木さんの前で、子供のように泣きじゃくった。

数日後、体調が回復した私は佐々木さんにすべてを打ち明けた。不妊に悩み必死に治療を続けてきたこと。それなのに夫には浮気され、挙げ句の果てに「子供を産めない役立たず」と捨てられたこと。私の話を佐々木さんは一つも否定せず、時折頷きながら最後まで聞いてくれた。そして私の話が終わると、彼は静かに窓の外を見つめながら口を開いた。

「私もね、妻を早くに亡くしているんです。子供はいませんでした。世間からは『後継ぎはどうするんだ』『妻のせいだ』などと心ないことを言われた時期もありました。ですが、私は一度も妻を責めたことはありません。夫婦というものは、結果を出すための組織ではない。お互いを慈しみ、支え合うためのものだと、私は信じているからです」

佐々木さんの声は、私の傷ついた心に染み渡るようだった。

「香織さん、あなたは自分には価値がないと言いましたが、それは大きな間違いだ。あなたは誰よりも一生懸命に命と向き合い、尽くしてきた。その美しさを理解できない人たちの言葉に、あなたの価値を決める権利などありません」

「佐々木さん…」

「もしあなたが良ければ、提案があります。私のパートナーとして、これからの人生を共に歩んでくれませんか?」

突然の申し出に私は耳を疑った。パートナー。私のような、一度捨てられた。しかも子供が産めないと言われた女が、佐々木グループのトップである彼の妻になるなんて。

「お言葉ですが、私は子供が産めないんです。佐々木さんのような素晴らしい方には、もっとふさわしい健康な女性がいるはずです」

私が必死にそう言うと、佐々木さんは穏やかに微笑んだ。

「私は子供を求めてあなたを誘っているわけではありません。あなたのその誠実で優しい心に惹かれたのです。残りの人生、私はあなたのような人と共に過ごしたい。形式上の結婚でも構いません。あなたが自分を取り戻すための場所を、私に提供させて欲しいのです」

それはあまりにも唐突で、信じられないような救いの手だった。私は浩司への復讐心があったわけではない。ただもう一度、人間として認められたい。その一心で、佐々木さんの提案を受け入れることにした。こうして私は離婚からわずか一か月後、佐々木新一郎という日本屈指の資産家と再婚することになった。

新しい生活は、これまでの地獄のような日々が嘘のように穏やかだった。佐々木さんは私を常に尊重し、大切にしてくれた。朝は二人で庭を散歩し、夜は美味しい食事を囲みながら他愛のない話をする。浩司といた時は常に顔色を窺い、怒鳴られないように怯えていた私が、今では心から笑えるようになっていた。佐々木さんは私に最高の医療環境と不自由ない生活を与えてくれた。

「香織さんの体は、これまでの無理が祟っている。まずは心身ともにリラックスすることが一番だ」

そう言って彼は私を有名なクリニックへ通わせてくれた。しかし、その幸せな生活の裏側で、私はある不安を抱えていた。体調が少しずつ変化しているのだ。以前のような不妊治療によるホルモンバランスの乱れではない。もっと根本的な変化。時折耐えがたいほどの眠気が私を襲い、特定の匂いに敏感になることが増えていた。まさか。そんなはずはない。私は「子供が産めない」と言われ続けてきたのだ。浩司からは何度も何度も、その事実を突きつけられてきた。

再婚して三か月が経った頃、私は佐々木さんに勧められていた定期検診を受けるために、都内の総合病院を訪れた。最新の設備が整い、守られた特別な診察室。そこで私は医師から、信じられない言葉を聞かされることになる。

「佐々木香織さん、検査の結果が出ました」

医師の表情は驚きと喜びに満ちていた。私は自分の心臓の音がうるさく響くのを感じていた。何か重い病気でも見つかったのか。それとも私の体はやはり、取り返しのつかないほど壊れていたのか。恐怖で震える私の手を、看護師さんが優しく握ってくれた。

「おめでとうございます。香織さん、あなたは妊娠されています。現在三か月目に入ったところですね」

その瞬間、世界が止まった。目の前が真っ白になり、医師の声が遠ざかっていく。愕然とした私は、喜びよりも先に深い衝撃に襲われていた。なぜ?不妊だと言われていたのに。浩司と一緒にいた五年間、あんなに苦労しても一度も授からなかったのに。どうして今になって?

「先生、間違いではないのですか?私は不妊だと言われていて、前の夫からも粗大ゴミだと…」

私が震える声でそう尋ねると、医師は真剣な表情で資料を見つめた。

「香織さん、以前のデータも拝見しましたが、あなたの体に深刻な不妊の原因は見当たりません。むしろ非常に健康です。不妊の原因があったとすれば、それはおそらくあなたの方ではなく、別の方に原因があった可能性が高いでしょう」

その言葉が私の頭の中で何度もリフレインした。別の方。つまり浩司に原因があったということか。あの人は検査を受けることを拒んでいた。自分のプライドが許さなかったのだろう。そしてすべての責任を私に押し付け、私を粗大ゴミと呼び、他の女と子供を作ると言って私を捨てた。

もし医師の言うことが本当だとしたら。浩司が今自信満々に連れているあの若い愛人との間には…。私はお腹にそっと手を当てた。そこには確かに小さな命が宿っている。佐々木さんとの愛に満ちた生活の中で授かった、奇跡の命。

「ありがとうございます。先生」

私は涙を流しながら、何度も何度も頭を下げた。病院のロビーに出ると、外は眩しいほどの晴天だった。あの雨の夜の絶望が、嘘のように消えていく。だが私の心には、ある一つの決意が芽生えていた。この幸せを、この命を守り抜くこと。そして、私を貶め、泥を塗った浩司たちに、本当の真実を教えてやるべきではないかという、冷徹な静かな決意を。

その時、私のスマートフォンが鳴った。表示されたのは登録していない番号。けれど、その数字の羅列には見覚えがあった。迷いながらも応答ボタンを押すと、受話器の向こうから聞こえてきたのは、かつて聞き慣れた、傲慢な男の声だった。

「おい、香織か。久しぶりだな。お前にいい報告があって連絡してやったぞ」

浩司だった。彼の声はどこか焦っているようで、それでいて必死に体裁を張っているような、異様な響きを持っていた。

「おい、香織、聞こえてんのか?無視するなよ。相変わらず鈍い女だな」

スマートフォンの向こう側から聞こえる彼の声は、かつて私を支配し、萎縮させていたあの不快な響きそのものだった。私は思わず息を止めた。鼓動が激しくなり、手のひらにじっとりと汗が滲む。あの日、雨の中を追い出された時の恐怖と屈辱が鮮明に蘇ってくる。

「何の用ですか?私たちはもう他人のはずですけど」

私は努めて冷静に、声を震わせないように答えた。お腹の赤ちゃんに、私の不安が伝わらないようにと願いながら。

「他人?冷たいこと言うなよ。元夫婦ってものがあるだろう。で、今どこで何してんだ?どうせどこかの安いアパートで、惨めにパートでもしながら暮らしてんだろ。子供も産めない、大したスキルもないお前を雇ってくれるところなんて、早々ないからな」

浩司は私がどん底の生活を送っていると決めつけてかかっていた。彼の中での私は、いつまでも自分がいなければ何もできない無能な女のままらしい。

「私がどう暮らしていようと、あなたには関係ありません。それより、いい報告って何ですか?用がないなら切りますけど」

「待て待て、焦るなよ。自慢したくてたまらないんだ。お前に追い打ちをかけるようで悪いんだが。実はな、エリカが――俺の新しい妻が、ついに妊娠したんだよ」

浩司の声は勝ち誇ったような喜びに満ちていた。エリカ。あの時、浩司が「次の準備」と言っていた若い女性のことだろう。

「そうですか。おめでとうございます」

私は短く答えた。本来ならここで激しいショックを受けるはずだと、浩司は思っているのだろう。不妊はお前のせいだと責め続けられた元妻が、自分の成功を聞かされて絶望する姿を。だが、今の私にあるのは衝撃ではなく、底知れない違和感だった。先ほど私は病院で「不妊の原因は元夫にある可能性が高い」と告げられたばかりだ。それなのに、その本人が相手が妊娠したと言っている。これは一体どういうことなのだろうか。

「なんだよ、そのそっけない反応は。悔しくて言葉もないか。あー、やっぱり俺が正しかったんだよ。お前が粗大ゴミだったから、俺たちの間には子ができなかった。エリカのような若くて健康な女なら、こんあっさりと授かるんだ。お前、今どんな気分だ?自分が無能だと証明された気分はよ」

浩司の罵倒が続く中、私はあえて沈黙を守った。

「おい、黙ってどうした?ショックすぎて声も出ないのか?いい気味だぜ。お前みたいなゴミを捨てて本当に正解だった。エリカは俺に似た優秀な後取りを産んでくれる。お前は一生孤独に老いていけばいいんだ」

受話器越しに浩司の汚い笑い声が響く。その背後で「浩司さん、誰と話してるの?」という若い女性の声が聞こえた。おそらく、それがエリカという女性なのだろう。

「ああ、エリカか。いや、昔飼ってた出来の悪いペットに、ちょっと近況報告をしてやっただけだよ」

あの夫は、私をペット呼ばわりし、彼女と笑い合っている。その無神経さとあまりの傲慢さに、私は怒りを通り越して哀れみすら感じ始めていた。

「浩司さん、一つだけ聞いてもいいですか?」

私は静かに、けれどはっきりとした声で問いかけた。

「あーん?なんだよ。後悔の弁か?」

「エリカさんの妊娠、本当にお医者様に確認したんですか?」

「間違いなく。当たり前だろ。エリカが検査薬で陽性が出たって喜んでたんだ。病院にはこれから行くらしいが、間違いねえよ。俺の種が優秀だってことが証明されたんだ。お前みたいな枯れ果てた女と一緒にいた時間が、本当に人生の無駄だったぜ」

検査薬で陽性。まだ病院での確定診断は受けていないということか。もしや浩司は、自分の不妊の可能性など微塵も疑っていない。

「そうですか。それなら、せいぜいその幸せを大事にしてください。私にはもう、あなたの言葉は何の響きもありませんから」

「ふん。強がりやがって。どうせ電話を切った後に一人で泣くんだろう。惨めな香織。お前にふさわしい最後を期待してるぜ。じゃあな。二度と連絡してくんなよ」

一方的に電話は切れた。最後に暴言を吐いたのは彼の方なのに、まるで私が彼を追い詰めたかのような言い草だった。私はスマートフォンの画面を見つめ、深いため息をついた。浩司は何も変わっていない。それどころか、新しい妻の妊娠を盾に、さらに残酷な人間になっている。しかし、もし私が聞いた「不妊の原因は夫側にある」という話が真実だとしたら、エリカという女性が宿している命は、一体誰の子なのだろうか。それとも、医学的な奇跡が起きて浩司との間に子が授かったのか。どちらにせよ、今の私には関係のないことのはずだった。

「香織さん、どうしました?顔色が悪いようですが」

背後から温かい声がした。振り返ると、仕事を早めに切り上げてきたのだろう、佐々木さんが心配そうに私を見つめていた。彼は私の手から滑り落ちそうになっていたスマートフォンを優しく受け取り、私の肩を抱き寄せた。

「佐々木さん、すみません。少し嫌な電話があって…あの、元夫からです」

「元夫、ですか?」

佐々木さんの目が一瞬だけ鋭くなった。彼は私が浩司から受けてきた仕打ちをすべて知っている。普段は穏やかな彼だが、私の尊厳を傷つけるものに対しては一切の容赦をしないことを、私は知っていた。

「はい。新しい奥様が妊娠されたそうで、それを自慢するためにわざわざ連絡してきたみたいです」

「ほう、それは奇妙な話ですね。……香織さん、今日の検診の結果はどうだったのですか?」

私は一呼吸置き、今日病院で起きたすべてのことを佐々木さんに話した。私が妊娠していること。そして医師から告げられた「不妊の原因は元夫にある可能性が高い」という事実を。佐々木さんは私の話を静かに聞き終えると、私のお腹のあたりに優しく手を添えた。

「おめでとう、香織さん。本当に良かった。私たちの間に、新しい命が来てくれたんだね。これ以上の喜びはありません」

佐々木さんの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。彼は私の妊娠を心の底から喜んでくれた。浩司のように自分の種の優秀さを誇るためではなく、ただ私との間に宿った命を愛しむように。

「ありがとうございます。私も信じられなくて…でも、先生が私は健康だって言ってくれたんです。それが、何より嬉しくて」

「ええ、知っていましたよ。あなたは最初から何も悪くなかった。あの男たちが、自分たちの保身のためにあなたに罪をなすりつけていただけです」

佐々木さんは私の手を握り、力強く言った。

「香織さん、元夫のことは放っておけばいい。彼は今偽りの喜びに浸っているかもしれませんが、嘘や欺瞞の上に築かれた幸せは長くは続きません。真実というものは、最も残酷なタイミングで牙を向くものですから」

佐々木さんの言葉には、不思議な重みがあった。彼は単に私を慰めているのではなく、何か確信めいたものを感じているようだった。

「でも、佐々木さん、浩司さんはあんなに自信満々で…」

「香織さん、あなたはもう、あの男の言葉に一喜一憂する必要はありません。これからは、あなたと私と、この子のことだけを考えればいい。ただ、もし彼らがこれ以上あなたを侮辱し、踏みにじろうとするなら、その時は私が彼らに教育を施してあげましょう」

佐々木さんの微笑みは、いつもの優しさの中にどこか氷のような冷たさを秘めていた。それが私を守るための怒りであることを知り、私は心強さを感じた。しかし、事態は私たちの想像を上回るスピードで展開していく。浩司とエリカ、そして義母のせつ子が、信じられないような問題を抱えて再び私の前に姿を現すことになる。それも、最も最悪な形で。

数日後、私の元に一通の手紙が届いた。差出人は浩司でも義母でもなく、佐々木グループ本社。驚いて中を見ると、そこには信じられないことが記されていた。浩司が務める建設会社と、佐々木グループの間で、ある重大なトラブルが発生しているというのだ。

「浩司さん…何を馬鹿なことを」

私は手紙を握りしめ、震えが止まらなかった。浩司の傲慢さが、ついにある一線を超えてしまったらしい。物語は、敵が地滅への道を突き進む序章へと突入する。

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