理想の会社に入社した俺は、順風満帆な日々を送っていた。ただ一つ、経理の東山さんに嫌われているらしいことだけが気がかりだった。それ以外は概ね順調。毎日が楽しくて充実していた。
俺は沢村太。入社七年目の会社員だ。社員は二十名ほどの小さなスマホアプリの会社で、スタイリッシュなオフィスと、若くして会社を立ち上げた社長が俺の憧れだ。子供の頃からゲームオタクだった俺にとって、ここはまさに夢の職場だった。
社員同士もフランクで、上司と部下の硬い壁なんてものはない。だからこそ、経理部の東山リホにだけ向けられる冷たい視線が気になっていた。最初は思い違いかと思ったが、同僚の田中も同じことを言うのだから間違いない。出張費の領収書を提出した時も、不機嫌そうな顔で睨まれているように見える。まあ、他の社員にも愛想がいいわけじゃないから、そういう人なのかもしれない。よく言えばミステリアス。そう思いながら、日々の仕事に明け暮れていた。
そんなある日のこと。仕事が終わってスマホを見ると、珍しく母からの着信があった。何かあったのかと思い電話に出ると、母は焦った様子だった。
「大変なの。みおちゃんが施設に引き取られたそうなのよ」
言葉が見つからなかった。俺には妹がいるが、これがかなりどうしようもない。妹は見込みで出産し、母を頼りながら子育てしていた。だが、母に子供を預けたまま数日帰ってこないことも多く、母も手を焼いていたのだ。
「私がこんな体じゃなければ、施設になんかに……」
母は病を持っていて足が不自由だ。みおは二歳になったばかりでよく動き回る子で、足の悪い母には手に余るようになっていた。母は妹に、自分だけで見るのは難しくなってきたから、子供を預けたまま遊びに行くのはやめるよう強い口調で釘を刺したという。だが妹は、宅配ボックスにみおを預けたまま連絡が取れなくなった。困った配達業者が自宅に連絡をし、みおは施設に預けられてしまったのだ。
「なんとか施設から引き取れないかしら。私もこんな体だし、頼れるのはあなたしかいないの」
いつも穏やかな母が必死に訴えてくる。俺にも仕事がある。引き取るのは難しいと思った。だが、母にそこまで言われて断れるはずもなかった。
「分かったよ。ひとまず明日、一緒に施設に行ってみようか」
翌日、母と一緒に施設へみおに会いに行った。部屋の隅で目を潤ませているみおの姿が目に入った。あんな姿を見たら黙ってはいられない。施設の人の話によると、妹は手紙だけ残して音信不通になったそうだ。どうやら男ができて、みおが邪魔になったらしい。
引き取りには手続きが必要で、容姿縁という形をとるのが早いと施設職員に教えてもらった。俺たちの顔を見た途端、みおは駆け寄ってきて「みおも一緒に帰りたい」と大泣きした。俺にしがみついて離れないみおの姿を見ると、俺も目頭が熱くなり、胸が張り裂けそうになった。妹に対する怒りが込み上げてくる。
その日から、仕事中もみおのことが頭から離れなくなった。俺の異変に気づいた女性上司の青山さんが声をかけてきた。
「沢村君、どうしたの? 元気ないね」
「そうなんですよ。多分、今人生で一番悩んでます」
「何? 話くらい聞くよ。私の人生も平坦ではないからさ」
青山さんは笑顔でそう言うが、確かに苦労してきた人だ。シングルマザーで、息子さんを一人で立派に成人まで育て上げた人なのだ。青山さんになら話してもいいかもしれない。俺は覚悟を決めて、みおのことを話した。
「そうなんだ。それは真剣に考えないといけないね。沢村君の将来にも関わってくるし。で、沢村君はどうしたいの?」
「正直に言うと、初めは仕事もあるから無理だと思っていました。でも施設に面会に行くといつも俺にしがみついてくるみおを、助けたいというか、なんとかしてあげなきゃって気持ちがあって。もちろん安易な気持ちで子育てなんかできないのは分かっています。不安なのは仕事のことだけです」
「そっか。もし仕事のことが気がかりなら、そこは心配しなくていいよ。小さい会社だからこそ、みんなで協力し合えるし、私も全面的にサポートするから。子供を一人で育てるなんて絶対無理なんだからね。どんどん頼ってくれたらいいよ」
その言葉に、いつの間にか涙が溢れていた。
「ありがとうございます。覚悟が決まりました。俺、頑張って父親になります」
「うん。みんなで頑張ろう」
覚悟が決まれば、後は動くのみ。二ヶ月後にはみおを容姿縁に迎え、俺は父親になった。
しかし、子育ては思ってた以上に難しい。手先が器用じゃないし、気も回らない。みおが恥ずかしい思いをしているんじゃないかと、いつも心配で仕方がなかった。突然家族が増えたことで、会社でも色々と協力してもらうことが増えた。保育園の迎えがあるから定時に上がらせてもらったり、と。
経理の東山さんに手続きを頼んだ時も、彼女は事務的に対応してくれた。相変わらず俺のことが嫌いらしい。特に何かやらかした覚えもないんだけどな。
不慣れな子育てが始まって、毎日クタクタになっていた。それを察した青山さんが「何か困ったことはない? 私だって育児経験者なんだから、遠慮なく頼ってくれていいからね」と優しい言葉をかけてくれる。そんな青山さんには感謝しかなかった。
みおと暮らすようになって半年が過ぎた頃、毎年恒例の社員旅行の通知が来た。今時社員旅行がある会社は少ないと思うが、うちの会社は社員同士の仲がいい。だから当たり前にみんな出席していた。でも今年は事情が違う。申し訳ないと思ったが、欠席にして東山さんに書類を渡した。
「え、沢村さん欠席するんですか? それってみんなに報告済みですか?」
「いや、まだ報告はしてないよ。でも子供がいるから、置いていくことはできないからね」
「誰が置いていけって言ったんですか? 連れて行ったらいいじゃないですか」
「え、子連れで行くの? それは申し訳ないし、みんなに迷惑がかかるからやめておくよ」
「ああ、そうですか。じゃあ私の方で皆さんに聞いてみます」
そう言って立ち上がると、東山さんは青山さんの元へ行き、「今沢村さんから社員旅行欠席の通知を預かりました。お子さんを一人にするわけにいかないからという理由だそうです」と話し出した。
青山さんが言う。「沢村君、みおちゃんも連れて行けばいいじゃない。それとも私たちにみおちゃんを任せられないっていうの?」
「いやいや、そういうわけじゃないんです。せっかくの旅行なのに気を使わせるのは申し訳なくて」
俺がそう言っていると、社長が来て「来ない方がよっぽど気を使うよ。みおちゃん用の料理も追加してあるから、ちゃんと連れてこいよ」と言ってくれた。この温かい会社に感謝しかない。
旅行当日。前日の夜から楽しみにしていたみおは、興奮気味に起きてきた。そういえば、みおにとっては初めての旅行かもしれない。妹は旅行には自分だけ行って、みおを連れて行くことはなかったから。
集合場所に行くと、みおを見るなり青山さんが「やっぱり血の繋がりってすごいね。沢村君に似てるわ」と言った。この言葉が妙に嬉しかった。似てないとなると、みおが辛い思いをするんじゃないかという不安もあったから。
しかし、何より驚いたのは、経理の東山さんがいつもとは別人のような目線でみおを見ていることだ。普段会社で俺を見る時は、顔に「嫌い」という文字が見えそうなくらい睨んでくるのに、この日はまるで違った。
「楽しみで眠れなかったの? お姉ちゃんが抱っこしてあげるから、寝てていいよ」
東山さんはそう言ってみおを抱き上げる。育児経験者の青山さんならともかく、独身の東山さんが子供慣れしているのには驚いた。抱き方も板についていて、気持ちよかったのか、みおもすぐにうとうとし始める。
「東山さん、すみません。重くないですか?」
「いえいえ、ほっこりする重さです」
そう言って、寝ているみおに微笑みかける。こんな一面もあったんだな。
宿泊先の温泉に着く頃には、みおはすっかり東山さんに懐いていた。「お姉ちゃんとお風呂に入る」と言い出して、温泉にも入れてもらった。食事の世話まで東山さんが見てくれて、あんなに嬉しそうな表情をするみおを見たのは初めてだった。
旅行を満喫してみおはすぐに眠ってしまった。
「東山さん、ありがとうございます。みおの世話ばかりで疲れたでしょう。旅行を楽しめないですよね。すみません」
「いえ、昔の自分を見ているようで、愛しくて仕方ありません」
「昔の東山さんですか?」
俺がそう言うと、東山さんは自分の過去を話し始めた。
「実は私も、子供の頃に施設に入ったことがあるんです。すぐに親戚が引き取ってはくれたんですが、自分は居候というか、邪魔者じゃないかって思ってしまって。親戚はそう思っていなかったとは思うんですけど、私にはとても居心地が悪かったんです。その時の癖が身についてしまったのか、未だに人の視線が怖いんですよ」
東山さんの言葉で、全てが腑に落ちた。俺に向けていた鋭い視線は、睨んでいたわけじゃなく、警戒していたんだな。
「もしかして、俺を睨んでいたのもそのせい?」
「睨んでいた? そういうつもりはありませんでした。すみません。私、昔から緊張すると目つきが悪くなるみたいで、そのせいで学生の頃からよく誤解されていました」
「そうだったんだ。変なことを言ってごめん。みおの世話をしてもらっていたのに、傷つけるようなことを言ってしまった」
自分に腹が立った。今思えば、この社員旅行が俺の人生のターニングポイントだったのかもしれない。会社の人たちが協力してくれたおかげで、俺もみおも楽しい時間を過ごすことができた。みおもすごく喜んでいて、「今度はいつ行くの?」なんて嬉しそうに聞いてくるほどだ。
その翌週、東山さんは俺に小さな紙袋を手渡してきた。
「これ、みおちゃんに渡してください。この前折り紙が好きって言ってたから」
「ありがとうございます」
受け取った紙袋の中を覗くと、可愛い折り紙がたくさん入っていた。
「こんなにたくさんいいんですか?」
「もちろん。みおちゃんが喜んでくれたら嬉しいです」
そう言って笑う東山さんは、とても可愛らしかった。あの怖い東山さんはもういない。家に帰ってみおに渡すと、目を輝かせて大喜びした。俺じゃあ折り紙なんて気がつかなかった。そんな東山さんの気遣いに、やっぱり母親って大事だと痛感した。
みおは暇さえあれば折り紙をしている。もちろん上手にはできない。それでも何かを作っては、俺にプレゼントしてくれる。すると、思い立ったように「またお姉ちゃんに会いたいな」とみおが言ってきた。そうだな。あの旅行の日は確かに楽しそうだったもんな。
翌日出社すると、東山さんにみおが会いたがっていることを伝えた。
「私もみおちゃんに会いたいと思っていたんです。みおちゃんと遊んでると、心が浄化される気がするんですよ」
そう言って嬉しそうに笑う。「浄化って」。もしよかったら、暇な日にでも会ってあげて欲しいな。
「じゃあ早速、今度の休みはどうですか? 私もみおちゃんに早く会いたいですから」
「東山さんが大丈夫なら、うちは大歓迎ですよ」
「では、今週の日曜日はどうですか?」
「みおが喜びます」
こうして俺たちは、初めて仕事以外で会うことになった。日曜日に家に来てもらおうとも考えたが、それもどうかと思ったので、カラオケ店に集合することにした。そこにはキッズルームもあって、滑り台なんかも置いてある。
みおはとにかく嬉しそうで、東山さんにべったりだ。遊び方も東山さんの方がうまい。やっぱり男親にできることには限界があるのだと思い知らされる。
この日を境に、俺と東山さんは会うことが増えた。
「みおちゃんは、私の幼少期を見ているような気持ちになるんです。こういう時はこうして欲しいって思ってることが、手に取るように分かるんですよ」
そういう人の気持ちに寄り添えるところも、東山さんのいいところだ。東山さんに会うようになってから、みおは明るくなった気がする。保育園での出来事も以前より話してくれるようになったし、何よりよく笑うようになった。
手探りの育児ではあるが、東山さんのおかげでなんとかみおと暮らせている。そんなある日のこと。保育園からお遊戯会の案内が届いた。
「あのね、リホちゃんも一緒がいいの」
みおはそう言って手を握ってくる。
「うーん。困ったな」
親じゃないし、俺の恋人でもない。俺としても誘いづらいし、東山さんも断りづらいよな。
その週末、東山さんはまた俺たちのために時間を作ってくれた。すると、みおがお遊戯会のことを東山さんに話し出した。
「リホちゃん、お遊戯会来て」
みおの言葉に、東山さんは少し困った顔をしていた。俺はすかさず割って入る。
「みお。東山さんにも用事があるんだから、わがまま言っちゃだめだよ。俺がちゃんと行くから。後で俺が撮った動画を見てもらおうよ」
俺の言葉を受けて、東山さんは「みおちゃんごめんね。動画楽しみにしてるね」と言ってみおを撫でてくれている。みおは諦めたのか、小さく頷いた。本音を言えば、俺も一緒に行ってもらった方が心強かったんだけど、独身の東山さんを保育園の行事に縛るわけにはいかないからね。
それから一ヶ月が経った頃、俺は実家の母にみおを預かってもらい、接待に出ていた。久しぶりに夜の町に出たが、これはこれで悪くない。接待なんて久しぶりだったし、酒を飲むのも久しぶりだ。たまには酒を飲みに行きたいななんて思いながら駅に向かった。
すると、俺の視線の先に見たことある人が。
「え、東山さん?」
一気にお酒が抜けて、景色が鮮明に移った。いかにも軽そうな男が、東山さんを口説いているようだ。駅に行こうとする東山さんの腕を引っ張っている。
「東山さん!」
自分でも驚くくらい大きな声で呼んだ。その声に怯えた表情で、東山さんが振り返る。
「こんな時間に何やってんの?」
俺の登場に、男たちはため息をつきながら「何? 知り合い?」と東山さんに聞いてくる。
「知り合いというか、私帰ります」
そう言って、腕を掴んでいる相手の手を振り払う。
「俺が責任持って送るから。東山さん、行くよ」
「なんだよ。うぜえな」
男はそう言って俺を睨みつけて去っていった。
「大丈夫? さっきの人、東山さんの知り合い?」
そう尋ねると、東山さんは首を必死に横に振る。
「道を聞かれたから教えたんです。そうしたら、お礼に一杯奢るって言って帰らせてくれなくて」
「何やってんの? すぐ近くに交番があったんだから、ああいう時は飛び込んじゃった方がいいよ。女の子なんだから危ないでしょ。もっとしっかりしなよ。大体、脇が甘いんだよ。優しいのと脇が甘いのは違うよ。自分の身は自分で守れるようにしなくちゃ」
俺はなぜかイライラしていて、その怒りを東山さんにぶつけてしまった。東山さんは悪くないのに。こんなんだから持てないんだよな。見た目がかっこよくないんだから、中身くらい優しくてかっこよくならないとだめだよな。思いながら情けない。
すると東山さんは「ごめんなさい。沢村さんが来てくれてよかった」と言いながら泣き始めた。
ああ、俺は何をやってるんだ。怖くないはずがないのに、それを慰めるどころか攻めるようなことを言って。逆だろ。安心できるように声をかけて、恐怖心を吹き飛ばせるくらい笑わせてあげなきゃいけないのに。俺にはユーモアのセンスもないな。思いながら、東山さんの涙を隠すように俺は壁になった。こんなことしかできない自分が情けない。
少し落ち着いた頃を見計らって駅に向かう。電車に乗ると、途中で俺は東山さんに謝った。
「久しぶりにお酒を飲んで、気が大きくなってた。嫌な言い方してごめん」
「うん。沢村さんの言う通り。一人で生きてきたのに、結局何もできなかった。もっと強くならなくちゃ」
そう言って作り笑いを浮かべた。俺はまだ酒が残っている。だから言えると思ってしまったんだ。
「強くならなくてもいいんじゃない? 俺がそばにいるようにするから。喧嘩売られたら多分負けちゃうと思うけど、一緒に逃げることはできるよ。かっこよく涙を止めてあげることはできないけど、誰にも見られないように壁にはなれるから。って、なんか俺ダサいよな。こんな男が彼氏じゃ嫌だよね。ごめん。俺、やっぱ酔ってるわ。忘れてくれ」
俺がそう言うと、東山さんはきっと俺を見て言った。
「なんで忘れなきゃいけないの? ボイスレコーダーに残したいくらい嬉しい言葉よ。一緒にいてもいいの? みおちゃんのことも大事だし、沢村さんのことも大好きだし、私も二人の人生に関わってもいいの? お遊戯会にも呼んでくれなかったのに、私じゃダメってことだと思った」
「さすがに断りづらいし、嫌かなって思ったんだよ。俺の子育てに巻き込んじゃいけないと思ったんだよね。あの時は、やっぱりダメなんだなって思ってへこんでたの。なんか空気読めなくて格悪い俺なのに、なんで俺がいいの? ダサいじゃん。多分この電車に乗ってる人の中で、俺が一番格好悪いと思うよ」
すると東山さんは、きっと俺を見て言った。
「私の好きな人を悪く言うのはやめてください。いいところもたくさんあるんです。それこそ一晩じゃ語り尽くせないくらい。自分じゃ分からない部分ってありますよね。でも私は沢村さんのいいところをたくさん知ってます。だからこれからは、沢村さんのいいところを私が教えてあげますね。あと、歯に青のりがついていることなんかもね」
俺はとっさに口を隠す。その様子を見て、東山さんは笑う。
「何もついてませんよ。お好み焼きでも食べたんですか?」
「食べてはいないけど、そう言われたら焦るでしょ」
「そういう面白いところが好きです」
酒のせいなのか恥ずかしさのせいなのか分からないけど、顔が熱くなった。あっという間に最寄り駅に着き、東山さんと一緒に降りる。
「俺の家に寄ってってよ。さっきの反省会と、みおのお遊戯会の動画見よう」
酒の力を借りて勢いづいた俺は、こんな誘いまでできた。なかなかの度胸ぶりだと自分でも思う。俺の誘いに、東山さんは頷いた。
その日から、俺たちは付き合うようになった。そして毎週末、リホとみおの三人で過ごすことが増えた。でも俺としては、リホとたまには二人で出かけたいと思って、みおを母に預けようとすると彼女が嫌がる。リホの過去が関係しているのかもしれないな。
俺たちの交際も順調に進み、一年が経った頃のこと。結婚に向けて動き出そうとしていた時に、予想外のことが起こった。それまで音信不通だった妹が突然連絡をしてきて、みおを返して欲しいと言ってきたのだ。もちろん俺は断った。今更妹に子育てができるとは思えない。それに、みおを引き取る理由が児童手当てが欲しいからなんて、ふざけている。娘に会いたいじゃなく、お金が目当てなんて。
その日は休日だったから、いつものように三人で過ごしていた。するとインターホンが鳴り、俺が対応する。宅配便だと思っていたが、何やら玄関先で言い争う声が聞こえてきた。俺が様子を見に行くと、そこには妹が立っていた。
「お前、何しに来たんだ? みおは渡さないって言ったよな」
「もう容姿縁組してるんだ。渡さないからな」
「そんなのどうでもいいわよ。それより、みおが欲しかったら月三万ちょうだい。そうしたら私は二度と現れないから。月三万で家族ごっこができるなんて安いと思わない? サブスクみたいなもんよ」
なんでこいつはこんなクズになっちゃったんだ。
「帰ってください。みおは私たちの子です。三万でサブスクですって。ふざけないで。自分の子供を金を引き出す道具にするなんて、人として最低。警察呼びますよ」
リホの声は震えている。妹はリホの言葉に怯むどころか、大声で叫び出し、心配した近所の人が警察を呼んだ。この騒動に驚いたみおは、リホにしがみついて泣いている。
妹は連行されていき、接近禁止命令が下った。
「私がみおちゃんから離れられるわけないじゃない。大好きなんだから」
リホはみおを抱きしめながら泣いている。集まった野次馬たちから二人を隠すように、俺は壁になった。
その後、気分転換にファミレスに行くことに。みおの大好きなお子様ランチを食べた。この何気ない光景が俺の幸せだと確信する。
翌週、みおを母に預けて、リホをおしゃれなレストランへ誘った。慣れない場所と雰囲気に、俺の緊張はピークに。それはリホも同じみたいだった。
「なんでいつもの居酒屋かファミレスにしてくれなかったの?」
「こんな時くらい、かっこつけさせてよ」
俺はそう言って食前酒を口にする。緊張のしすぎで、料理の味なんか分からなかった。
そして最後のデザートが運ばれてきた時、俺はポケットから指輪を取り出した。
「リホ、俺はリホが好きだ。これからもずっと一緒にいたい。でも俺には、リホと同じくらい大切なみおがいる。普通の独身同士の結婚とはいかないけど、こんな俺でもいいと思うなら、家族になってくれないか」
自分に心臓の音が耳から聞こえそうなくらい、鼓動が大きくて、声も震えていた。お世辞にもかっこいいとは言えない。それでもリホは言った。
「私にとっての普通は、啓太さんとみおちゃんがいることです。二人と一緒にいることが幸せで、そして大切だから、何があっても守りたいと思っていました。よろしくお願いします」
この一ヶ月後に、俺たちは入籍。本当の家族になった。お互いの両親も祝福してくれている。
みおは前以上にリホに甘えるようになった。母親ができたようで嬉しいのだろう。妹があんなだから、みおは母親の愛情を知らない。その穴埋めをするかのように、リホにべったりだ。
これからも色々なことが起こるだろう。でも、大切な俺の家族を、どんなにかっこ悪くても全力で守っていこうと思う。
