取引先の社長、霧原から一通のメールが届いた。件名には「一度お話ししたいことが」とだけあり、本文には「今後の取引について大切な話がある。両亭にてお会いしたい」と書かれていた。
普段ならこういう連絡は担当者宛に来るはずだ。それが俺宛に直接来た。長年の付き合いがある相手だからこそ、その違和感は無視できなかったが、断る理由も見つからず、俺は指定された両亭へ足を運んだ。
俺の名前は小田桐達也。アパレルメーカー、小田桐ファブリックの社長をしている。うちは高級路線とは違い、幅広い一般層をターゲットにしている。トレンドを押さえつつも価格を抑えた服作りで、若い層や子育て世代から「手が届くおしゃれ」として重宝されてきた。
その秘密は徹底した一貫体制にある。デザイン、材料の調達、生地の開発、縫製、物流まで全てを自社で抱え、無駄を省くことで、他社よりも安く、しかも高品質な製品を届けられている。
もちろん自社ブランドだけではない。長年の業界付き合いから、生地や資材を他社に提供する裏方の顔も持っている。この業務はすでに縮小しているが、昔からの取引先には今も対応していた。単なるビジネスではなく、義理や信頼で続いてきた関係だ。
中でも霧原スタイルは特別な取引先だった。高級志向のシニア向けブランドで、うちの生地とは価格帯こそ違え、昔からの縁があった。先代社長の霧原誠一さんとは、俺の父の代からの付き合いだ。
あの人がいなければ、小田桐ファブリックはここまで来られなかったかもしれない。そう思えるほどの恩義があった。だから取引が利益にならなくても構わなかった。いや、正確に言えば、もう何年も前から赤字だった。最近の物価高でコストは跳ね上がり、収支は完全にマイナス。それでも俺は続けた。社員には「これは俺たちの信頼の証だ。数字だけで割り切るな」と言っていた。
だが、その信頼も世代が変われば通じなくなるらしい。数年前、誠一さんが引退し、息子の霧原吉信が社長に就任した。最初は礼儀正しく言葉も柔らかかったが、ビジネスの話になると、こちらを下請けとでも思っているような態度を取り始めた。
「もっと安くしろ」「納期を短縮しろ」「もっと柔軟に動け」
注文は次第に理不尽なものになり、現場の負担は増していった。
「このままじゃ品質が維持できません」「すでにコスト割れしてるのに、これ以上は」「そんな声が、あちこちから上がるようになった。
それでも俺は言い聞かせた。もう少しだけ我慢してくれ、と。恩義は守らなくちゃいけないと信じていたからだ。
けれど霧原の要求は止まることなく、納品後のクレーム処理まで一方的に押し付けられるようになってきた。さすがの俺もある日、ぽつりと呟いたことがある。
「誠一さんのところじゃなかったら、とっくに切ってる相手だよな」
そんなタイミングで、あのメールが届いたのだった。
当日、案内されたのは落ち着いた雰囲気の個室だった。すでに霧原は着席しており、表向きには笑顔で迎えてきた。互いに軽く挨拶を交わし、座布団に腰を下ろす。
やがて料理が並び始める。前菜、酒、季節の一品と少しずつ運ばれてくる中、霧原は業界の話題や景気のことを取り上げ、取り留めのない世間話を続けていた。
だが、俺には最初から分かっていた。これは前振りだと。
そして箸が三本目の小鉢に触れた辺りで、霧原はふいに口元を釣り上げた。
「でさ、本題なんだけどさ。あんたのとことの契約、切ろうと思ってな」
耳を疑った。あまりに唐突な言葉に、思わず聞き返しそうになる。
「突然ですね。契約にはまだ期間が残っているはずですが」
「あるよ。そりゃでもさ、もういいんだわ。あんたのとこ、色々面倒でさ。高いし、納期も遅いし、何より対応がなんか生意気なんだよね」
その言葉に、俺の中で何かが静かに凍りついた。
「それでよ、うちの息子がさ、最近会社を立ち上げたんだわ。生地作りから納品まで全部やるって言うし、そこと契約することにしたから。若いし、ノリもいいし、何より安くて早いしな。便利だよ、あいつ」
「それは突然すぎます。値下げの件も、すでに弊社は赤字で対応しています。納期も品質を維持するためには限界があります。霧原様は高級ブランドです。中途半端な品質では顧客を失いますよ」
「はっ、うるさいな。そういう理屈っぽいとこもむかつくんだよ。そもそもお前らみたいな量産メーカーが、うちみたいなブランド様に逆らうなっての」
「違うんです。価格帯の違いが技術の差ではありません」
「黙れ。俺がやるって言ってるんだからやるんだよ。お前らは黙って従えばいいんだよ」
怒りながら顔を赤くする霧原。理屈も対話も通じない。目の前の男が、審議も理性も失っていることだけがはっきりした。
「うちみたいな高級ブランドに、安物売ってるような会社が口出すな。技術も何も全部下請けだろうがよ。もういい。契約解除だ」
その一言が個室に響き渡った。俺はゆっくりと席を立ち、黙って頭を下げた。
この時、悔しさは確かにあった。だがそれ以上に、俺の中にははっきりと芽生えていたものがあった。
見せてやろうじゃないか。お前が馬鹿にした量産メーカーの底力を。
会社に戻った俺は、まず社員たちを集めた。皆の前で、落ち着いた声で報告する。
「霧原スタイルとの契約は終了となりました」
一瞬、場が静まり返った。ざわめきが広がる。中には思わずため息を漏らす者もいた。
無理もない。赤字とはいえ長年の取引だったし、何よりブランドとしての影響力が大きい相手だ。だが俺の中にあった感情は、諦念ではなかった。むしろ怒り。それも契約を切られたことに対してではない。
技術を侮られたこと。俺たちの仕事を見下されたこと。それが何より許せなかった。
そもそも俺がこれまで高級ブランドに手を出さなかったのは、先代の霧原誠一さんへの敬意があったからだ。同じ土俵で正面からぶつかれば競合になる。それを避けるために、俺は自社の技術を量産品へ注ぎ込み、違う土俵で戦ってきた。そうすることで、あいつとの距離を守ってきたつもりだった。
でも、もうその必要はない。信義は、あいつによって踏みにじられた。あの瞬間で、全てが終わったんだ。
俺は深く息を吸い、社員たちの顔を見渡した。そして静かに言った。
「見せてやろう。俺たちの底力を」
その言葉に、会議室の空気が変わった。
俺はすぐに企画チームを招集した。ブランド部門の責任者、マーケティング担当、熟練の職人チームのベテランまで。かつて使っていた高級生地ラインのノウハウを引っ張り出し、再び整備し始めた。
最初の一手はターゲットの設定だった。既存の高級ブランドが手を出していない、日常で着られる高級品に狙いを定めた。ただ高い服ではない。本当に良いものを、ちゃんとした価格で届けることにこだわった。
コンセプトは「日常に寄りそう本物の一着」。ブランド名、ロゴ、パッケージ、全てゼロから作り上げた。
俺は全員に言った。
「俺たちは『高級品=高価格』という思い込みを壊すぞ。本当の価値は、見せかけの価格じゃなく、積み重ねてきた技術にあるんだ」
設計から試作品のテスト、生地の開発、ブランドサイトの立ち上げ。どれも膨大な作業だったが、社内の空気はむしろ活気に満ちていた。かつてこういうものを作っていた。それをもう一度復活させるだけだ。
半年足らずでブランドは立ち上がった。一着目をリリースすると、SNSを通じて瞬く間に広まった。
「何これ、すごい」
「手触りが半端ない」
「既存のブランドより着心地がいい」
そういった声が次々に投稿され、国内外のバイヤーからも問い合わせが殺到した。問い合わせ窓口は常にパンク状態になり、ECサイトはアクセス集中で一時落ちたほどだった。ある業界誌ではこんな見出しが踊った。
「あの量産メーカーがここまでやるとは」
だが、これはまだ始まりに過ぎなかった。俺の中では、次の一手がすでに見えていた。
一方、その頃霧原の会社では、想像以上の混乱が起きていた。
あいつが頼りにしていた息子の会社。納品された生地は品質が安定せず、ロットごとに厚みや手触りがバラバラ。とてもじゃないが、高級ブランドの製品に使える代物ではなかった。当然、製品化された服もひどい仕上がりになった。
SNSではすぐに火がついた。
「最近の霧原、明らかに質が落ちた」
「前はふんわりしてたのに、今はゴワゴワする」
「ファスナーのとこチクチクして痒い」
悪評があっという間に拡散され、返品の山に追われる事態となる。従来の顧客は一斉に離れた。その行き先は、俺たちの新しいブランドだった。
皮肉なものだ。かつて量産メーカーと見下していた相手に客を奪われることになるとは、霧原も想像していなかっただろう。
状況に焦った霧原は、他の仕入れ先に次々と連絡を取り始めた。だが、全て門前払いだった。
「今更うちに頼むんですか? 過去に何度も無茶な要求されて、社員が辞めたんですよ。他を当たってください」
どの会社も、あいつの高圧的な態度を覚えていた。自分のブランドの看板を振りかざし、無理な納期、値引き強要、クレームの押し付け。その報いが、今になって一気に返ってきたのだ。
「なんでだよ。なんで俺がこんな目に」
社内でも怒号が飛ぶようになっていた。部下のミスには全て怒鳴り散らし、現場に降りては書類を叩きつけ、椅子を蹴飛ばす。特に怒りの矛先になったのは、息子だった。
「お前のせいだ」
「父さんがやれって言ったんだろ」
徐々に社内の空気は最悪になっていった。誰も口を開かず、連絡は滞り、納品スケジュールは乱れに乱れた。生地は手に入らず、縫製ラインは空回り。在庫は捌けず、ECサイトはキャンセルの嵐。気づけば社内はバラバラだった。
「技術が違う」とまで言い放った男が、自分の城の中で一人、苛立ちをぶつけていた。それでも、俺たちの巻き返しは止まらなかった。
それから数日後のことだった。俺の元に、また霧原からメールが届いた。件名は「再度お話しできませんか」。本文は簡潔で、この前と同じ両亭で会いたい、日程は合わせます、とだけ書かれていた。
正直に言えば、顔も見たくなかった。だが、こんな状況でも自ら連絡してくるということは、何かある。俺は少し考えた末、再び両亭に足を運ぶことにした。
指定された個室に入ると、すでに霧原は座っていた。前回とは違い、背筋は丸まり、顔には覇気がない。俺の顔を見るなり、椅子から立ち上がって頭を下げてきた。
「お時間いただき、ありがとうございます」
料理が運ばれ始めても、霧原は酒にすら手をつけなかった。空気は重く、言葉を選ぶようにして、ぽつりと本題を切り出した。
「新しいブランド、見たよ。……素晴らしいな」
思わず聞き返す。霧原は明らかに以前とは別人のようだった。
「この通りだ。前に行ったことは、全て間違ってた。あんたの技術も本気も、俺が一番よく分かってる」
「分かってるなら、なぜ契約を切ったんだ」
「俺はあんたの品質をバカにした。そのことも、心から反省してる。だから、もうこれ以上市場を奪わないでくれ」
その声には、いつもの傲慢さも高圧的な空気も一切なかった。ただひたすら小さく、弱々しい声だけがそこにあった。
だが、俺は即座に返した。
「これはもう、感情では止まりません。ビジネスです。我々も膨大な時間と金をかけて、企画、開発、ブランディング、流通ルートまで整えてきました。それを『やめてくれ』と言われて、『はい、そうですか』と引き下がる理由はありません」
「そこを、なんとか」
「仮に撤退したところで、霧原様の現状が改善する保証はあるんですか? 客が離れたのは、我々が市場に出たからではなく、そちらが品質を落としたからでしょう。自業自得というのは、ああいう顔のことだと思いました」
それでも霧原は食い下がる。
「今さら後悔してる。あの時調子に乗ってた。あんたのことも、職人も、全部見下してた。けど、もうどうしようもないんだ」
「そうでしょうね」
それだけ言って、俺は湯飲みを置いた。すでにこの会話に費やす意味はない。沈黙が落ち、霧原は俯いたまましばらく何も言わなかった。だが再び顔を上げた時、その目には未練と焦燥が滲んでいた。
「じゃあ、せめて価格を上げてくれないか」
「価格を?」
「あんたのブランドが、高級ブランドとして安すぎるんだよ。品質でも価格でも負けてる。これじゃ、こっちが勝てるわけないだろ」
あれだけ偉そうにしていた男が、泣きそうな顔で俺に縋ってきた。言っていることは支離滅裂だが、もはや本人も冷静でいられないのだろう。
「それはつまり、うちに価格を釣り上げろと?」
「……違う。でも、こっちは価格を下げる余力もない。品質でも勝てない。せめて価格差がなくなれば、客も戻るかもしれないだろう」
「その発言は市場操作に当たります。価格の調整を示し合わせるような行為は、独占禁止法違反となる可能性がありますよ」
「そ、そんなつもりじゃ。ただ助けて欲しいだけで」
「我々には違法行為に加担する理由も義理もありません」
その一言で、霧原の顔から完全に血の気が引いた。自分でも薄々分かっているのだろう。これはもうどうにもならない、と。
だが、わずかな望みにすがるように、霧原は身を乗り出してきた。
「頼む。もう一度だけでいい。助けてくれ。俺が間違ってたんだ。全部俺のせいだって分かってる」
その姿に、かつての霧原スタイルの威厳はもうなかった。どこにでもいる、責任を放り投げて逃げ場を探しているだけの、普通の男にしか見えなかった。
俺はゆっくりと立ち上がった。そして最後に、静かに告げる。
「過去の行動が、今の結果を産んだんです。我々の責任ではありません」
どこにも怒鳴り声はない。淡々とした声で、それだけを残した。これ以上の情けは、ただの偽善になる。ここで折れてしまえば、俺たちが掴みかけたもの全てが無駄になる。
だから俺は、振り返らずに席を離れた。背中に崩れ落ちるような声が追いかけてくる。
「待ってくれ。本当に悪かった。お願いだ」
俺は何も言わずに襖を開け、廊下を歩いた。あの叫び声が遠ざかっていくのを、ただ静かに聞いていた。
思えば、俺たちはずっと黙って耐えてきた。感謝もされず、見下されながらも、真面目に仕事を積み重ねてきた。だからこそ、今こうして立っていられる。俺は俺たちの道を、正しく歩いてきたんだ。もう過去に振り返ることはない。
あれから、霧原の姿を界隈で見かけることはなくなった。噂は広まった。品質の連鎖、客離れ、契約解除の嵐。何より長年支えてきた企業が次々に手を引いた。
結果、霧原は役員会で責任を問われ、社長の座を追われた。彼が息子の為に立ち上げた息子の会社も、わずか数ヶ月で倒産したらしい。霧原スタイルというブランドは看板こそ残ったが、事実上の窮地に立たされた。社内の混乱と収益悪化から、急遽事業が縮小され、元の姿を保つことはできなかったという。
一方、俺たちのブランドは歩みを止めなかった。国内だけでなく、欧州やアジアの展示会にも出展を果たし、手触りや縫製へのこだわりが高く評価された。現地バイヤーとの契約も次々に決まり、新たな販路が広がっていった。
ある日、社内会議の終わり、俺は全員に静かに語りかけた。
「もう遠慮は終わりにしよう。これからは胸を張って、自分たちの物作りを世界に出していこう」
長年「安かろう悪かろう」という偏見と戦ってきた俺たちにとって、その言葉は決意の現れだった。積み重ねてきた信頼と技術は、裏切られてもなくならない。だからこそ、俺たちは前に進めるんだ。
誰かが静かに頷き、やがて拍手が起きた。その音が、俺の胸に深く染み渡った。
奪われたものなんて、何もない。失ったのは、あちらの方だったんだ。俺たちは変わらず、積み上げていくだけだ。
