「そうか。じゃあお前はもう用済みだな」——社長室で、高校時代の親友だった男がそう言い放った瞬間、俺の中で何かが完全に壊れた。徹夜を何日も重ね、ようやく完成させたソフト。これで会社が大きくなる、そう信じて報告した矢先だった。「冗談に聞こえるか?お前の技術だけ吸い取って、あとはぽいってな」。あいつは最初から、俺を道具としてしか見ていなかった。悔しさで拳を握りしめ、俺は無言で社長室を後にした。でも…

「そうか。じゃあお前はもう用済みだな」——社長室で、高校時代の親友だった男がそう言い放った瞬間、俺の中で何かが完全に壊れた。徹夜を何日も重ね、ようやく完成させたソフト。これで会社が大きくなる、そう信じて報告した矢先だった。「冗談に聞こえるか?お前の技術だけ吸い取って、あとはぽいってな」。あいつは最初から、俺を道具としてしか見ていなかった。悔しさで拳を握りしめ、俺は無言で社長室を後にした。でも...

やっとの思いでソフトを完成させた。徹夜を重ね、試作と修正を繰り返し、ようやく形になった。これで売上も安定するはずだ。会社も一気に成長できる。そう確信して社長室で報告すると、金子はにやりと笑った。

「そうか。じゃあお前はもう用済みだな」

「は?」

「このソフトは会社の所有物だ。お前にはもう価値がない」

いきなりの首宣告に、俺は言葉を失った。怒りで込み上げるものを必死に抑えながら拳を強く握る。金子は満足そうに背を向けた。俺は怒りと悔しさを胸に、無言で社長室を後にした。

俺の名前は霧谷新一。三十代後半のエンジニアだ。高校時代から電子回路とプログラミングにのめり込み、休み時間も教室の隅で回路図を描いていた。大学では授業そっちのけで開発に没頭した。市販の部品を集めて自分だけのシステムを組み上げるのが何より楽しかった。卒業する頃には、オリジナルのソフトウェアと、それを動かす専用ハードを一通り完成させていた。俺にとって、それは実現したい技術の原点だった。

その後は大手IT企業に就職した。安定した給料、整った開発環境、将来性。世間的には理想のキャリアだっただろうが、俺には窮屈だった。何をするにも承認と報告、チーム会議、仕様レビュー。一歩踏み出すたびに足かせがついてくるような感覚だった。

そんなある日、高校時代の友人、金子から連絡が来た。

「お前、まだ会社でくすぶってんのか? だったらうちに来いよ。お前の技術をちゃんと生かせる場所にするからさ」

金子は最近ベンチャー企業を立ち上げたらしい。社員は十数人で、ようやく軌道に乗り始めたところだと言っていた。

「一緒に会社大きくしようぜ」

その言葉に俺は心を動かされた。大手企業で腐るくらいなら、自分の技術を試せる場所で勝負してみたい。そう思い、転職を決めた。

新しい職場は自由だった。決裁も早く、開発方針も任せてもらえた。俺は迷わず、大学時代に作ったソフトとハードのシステムをベースに商品化に向けた開発を始めた。と言っても、専用ハードの構成に手を加えるつもりはなかった。それは学生時代にすでに完成していたし、前の職場にいる時も少し手を加えて、今の技術にもついていけるようにしていた。そもそも今回必要なのは、それに最適化させたソフトの方だった。だから俺はまずソフトを完成させてから話せばいいと思っていた。ハードのことは後でいくらでも説明できる。

開発は順調だった。金子も最初のうちは好きにやっていいと言っていた。自由な空気の中で、久々にやりがいを感じられた。けれど、いつからか金子の様子が変わってきた。

「進捗はどう?」

「コードはどこに置いてる?」

「バックアップって誰が管理してる?」

そうした細かい質問が妙に増えた。たまに俺のデスクに座ってパソコンを触っていることもあった。聞けば社長業で確認が必要なんだと、軽く笑って流された。

最初は俺も気にしていなかった。だが、ある日ふと気づいた。あいつは俺ではなく、成果物しか見ていないんじゃないか。それでも俺は自分を納得させた。完成すれば感謝されるはずだと。高校時代の友人だし、信用していいはずだと。

そしてついに完成の時が来た。何年も前に生まれたアイデアが、今ここで現実になった。ソフトの性能も申し分ない。売れる。間違いなく売れる。そう確信できる出来だった。だけど、俺はその報告をしに行く直前まで、どこか胸騒ぎをしていた。金子の目が、あの頃の仲間の目ではないような気がしていたから。そして、その直感は残酷なほど的中することになる。

俺は完成したソフトのデモファイルをまとめ、資料を携えて社長室へ向かった。ノックをして扉を開けると、金子はソファにふんぞり返り、スマホをいじっていた。

「どうした?」

「できた。ついに完成したぞ。これでいける。これで売上も安定するはずだ。会社も一気に成長できる」

俺がファイルを机の上に置き、内容を簡単に説明すると、金子はスマホを置いて、にやりと口角を上げた。

「そうか。完成したか。じゃあ、お前はもういらないな」

「は?」

一瞬、何を言われたのか理解できなかった。だが金子は、まるで待ってましたと言わんばかりに笑った。

「いや、お疲れさん。用済みだからさ」

「やめてくれ。おい、冗談だろ?」

「冗談に聞こえるか? 契約書ちゃんと読んでなかったのか? お前がこの会社で開発したものは全部会社に帰属する。つまりそのソフトは俺のもんだ」

「まさか、お前最初から……」

「最初からそのつもりだったさ。お前みたいなやつは、便利に使い捨てるのが一番なんだよ」

俺は凍りついた。

「なあ、霧谷。お前さ、昔からむかついてたんだよな。高校の頃から才能あって、教師にも目をかけられててよ。俺とは違って、周りに認められてた。だからな、いつか見下してやりたかったんだよ。お前の技術だけ吸い取って、あとはぽいってな。いやー、うまくいったわ。俺、天才かもな」

「ふざけんな」

「は? なんだその目。悔しいのか? でももう遅いぞ。お前の立場じゃどうにもならない。契約書もホームも完璧だ。お前みたいな負け犬に発言権はねえよ」

こいつは心から俺を見下している。高校時代の友情なんて、とうの昔に捨てていた。信じていた俺がバカだったのかもしれない。だけど俺は黙った。怒る代わりに、すっと立ち上がる。

「分かった。やめるよ」

「お、潔くて結構。まあせいぜい失業手当でももらって生き延びてくれや」

あいつは最後まで笑っていた。俺はドアノブに手をかけたまま、背中越しに心の中でつぶやいた。

ハードの話は、まだ一度もしていない。あのソフトは、あの専用ハードと組み合わせて初めて完成になる設計だ。俺が大学時代に個人で作ったもので、会社には一切関係ない。金子に話す必要なんて、どこにもなかった。言う義理なんかあるわけがない。

怒りを胸の奥に沈めながら、俺は静かに会社を後にした。それは逃げでも諦めでもない。復讐の準備だった。これで終わったと思っている金子に、近いうちに思い知らせてやる。必ず。

俺は会社を辞めたその足で、自分の新しい道を選んだ。もう誰にも技術を利用されない。自分だけの会社を作るために。資金は限られていたが、ハードウェアはすでに大学時代に完成していた。まずはその構成を見直し、改良すべき部分を絞り込んだ。回路、処理速度、放熱処理。必要最小限の修正で性能を最大限に引き出す。自分の裁量だけで手を加えられる環境が、これほど心地よいとは思わなかった。

同時に、新しいソフトウェア開発にも取りかかった。あの会社で作ったものをベースに、まったく新しい構造で設計し直す。見た目は似ても、中身は完全に別物。処理速度も安定性も段違いだった。古いコードは一つも使っていない。それが何よりの証明だった。

販売経路もすでに整っていた。業務用ツールを扱う企業と交渉を重ね、初回ロットの販売先は確保済み。デモ機も完成し、パンフレットの制作も終え、後はローンチを迎えるだけだった。動き出す準備は、全て揃っていた。

一方、その頃、金子は例のソフトを目玉商品として売り出す準備に夢中になっていた。社内で発表会の開催を宣言し、自分がいかに優れた製品を世に送り出したかをアピールする気満々だった。

「このソフトがあればうちは業界の中心になる。名前が売れれば資金も集まる。全部俺の手柄だ」

部下たちも浮き足だち、PR担当はメディア各社に招待状を送っていた。SNSでも、革新的ソフトを開発したベンチャーとしてバズり始めていた。

会場は都内のイベントホール。三百人以上収容できる空間を押さえ、記者席まで用意していた。演出用のムービーや照明演出まで発注されていたようだ。まるで自分が主役の賞でも開くつもりらしい。

「ここで成功すれば一気に流れは変わる。分かってんだろ? ミスすんなよ」

開発担当の野崎は表情を曇らせていたが、金子の勢いに誰も逆らえなかった。

その情報は自然と俺の耳にも入ってきた。ネットの告知、メディアの予告記事、業界フォーラム。どうやら本気で世間様に売り出せると思っているらしい。ソフトだけでなんとかなると、完全に勘違いしている。だが、あのシステムはハードがなければ動かない。それを一度も理解せず、開発を止め、検証もせずに突き進んでいる。俺が伝えなかったのは意図的ではあるが、悪意でもない。ただ金子が自分の欲だけで突き進み、基本すら理解していなかっただけの話だ。

完成品を手にしたつもりでいたあいつに現実を突きつけるのは、時間の問題だった。俺はその日が来るのをただ待っていた。何も仕掛ける必要はない。あいつ自身が勝手に舞台を整えてくれたのだから。失敗の瞬間は、すぐそこまで迫っていた。

そしてついにその日がやってきた。金子が主催する新製品発表会。都内イベントホールには、各業界紙やIT系メディア、動画配信系の記者まで集まり、会場は異様な熱気に包まれていた。チームが巻いた話題性は本物だった。会場の入り口には「未来の標準を作るソフト」と書かれた巨大なバナーまで掲げられていた。

スポットライトの中心に、金子が堂々と姿を現す。

「本日はお越しいただきありがとうございます。本日ご紹介するソフトは、次世代の業務効率を劇的に変える画期的な製品です」

製品の紹介の後、意気揚々とデモへ。客席の記者たちが一斉にカメラを構え、シャッター音が響く。

「では、実際の動作をご覧いただきましょう。驚かないでくださいよ」

舞台袖からPCが運び込まれ、準備されたスクリーンに映像が投影される。だが、スタッフが起動したその瞬間、モニターにエラーコードが表示された。会場の空気が一瞬静まり返る。

「もう一度行きます」

再度起動が試みられるが、今度は立ち上がっても画面が真っ白なままフリーズ。スライドが一部分だけ表示されるが、メニューを開こうとするとバグが発生し、全体が崩れる。

ざわっと、どよめきが広がる。

「これ、まともに動いてないぞ」

「見た目だけ中身スカスカなんじゃないか」

空気が一変する中、金子は笑顔を引きつらせたままスタッフへ詰め寄った。

「おい、ふざけんな。何やってんだよ」

「すみません。昨日までは動いてたんですが」

「だったらなんで今止まってんだよ。どうなってんだ、これは」

怒鳴り声がマイク越しに響き、会場中に緊張が走る。記者たちは顔を見合わせながら席を立ち、三々五々退出を始めた。スマホを構える者もいれば、ぶつぶつ文句を言いながら出口へ向かう者もいた。そして、その中の数人が、金子の怒鳴り散らす様子を動画に収めていた。

「逆切れ社長」「完成度ゼロの新製品発表」「社員に責任転嫁するトップ」。発表会終了後、複数のSNSアカウントからその様子が投稿され、またたく間に拡散された。動画には、金子が顔を真っ赤にしてスタッフを怒鳴る姿が鮮明に映っていた。さらに、匿名掲示板や業界関係者のコメントが火に油を注ぐ。

「これ、開発者いないんじゃね?」

「うわっ、つらだけのソフトかよ」

翌日には、検索トレンドに金子の会社名がネガティブワードと共に上位表示される事態にまで発展した。金子は自分の成功を確信していた。だが、その舞台は自らの無知と傲慢さをさらけ出す処刑台になっていた。その事実に、まだあいつは気づいていなかった。

発表会の翌朝、スマホが鳴り止まなくなった。画面には、金子高典の名前。五回目の着信で、ようやく俺は通話ボタンを押した。

「なんだよ」

「てめえ、何か仕込んだだろ。ふざけんなよ」

「朝から何だよ」

「お前のせいで昨日の発表会めちゃくちゃだぞ。バグ出まくってフリーズして、記者に笑われたんだよ。お前がやったんだろう?」

「ああ、そのことか。残念だけど、何もしてないよ」

「嘘つけ。じゃあなんで動かなかったんだよ」

「当たり前だろ。ソフトだけで動くもんじゃない。あれは専用ハードが必要なんだ」

「は? そんな話、聞いてねえぞ」

「言ってないからな」

「なんで言わねえんだよ」

「言う必要がなかったからだろ。お前、最初から俺のこと利用する気だったんだよな。だったら、辞める前に全部教える義理なんてあるわけないだろ」

「お前、マジで……」

「大体あのハードは学生の頃に作ったやつだし、会社のものじゃない。ずっと俺の私物だ」

「てことは、ソフト単体じゃ完成してなかったってことかよ」

「いや、完成はしてたよ。俺の設計通りにちゃんとな。お前が勝手に片方だけ持ってって、ドヤ顔してただけだ」

「ふざけんなよ。だったら最初から売るなよ」

「売ってないよ。お前が勝手に奪って売ろうとしただけだろ。自分で理解してないものを使って、よく記者集めて自慢できたな」

「お前のせいで会社潰れそうなんだぞ。責任取れよ」

「は? どの口が言ってんだ? 自爆したのはお前だ。俺は何もしてないし、邪魔もしてない。勝手にこけたのはお前のせいだ」

「ぐっ……どうにかしろよ」

「知らないよ。全部自業自得だろ」

受話器越しに、歯を食いしばる音が伝わってきた。でも俺は何も動揺しなかった。ただ淡々と事実を突きつけた。

「そもそもお前が裏切らなければ、普通に販売してたよ。ソフトもハードもちゃんと組んで、一緒にやってたかもしれない。最初から裏切るつもりじゃなければな」

「だったら今からでも遅くないだろう。教えてくれよ。ハードの仕様。こっちで作ってやるからさ」

「無理だな」

「金ならいくらでも払う。報酬は倍でも三倍でもいい。契約もお前の都合に合わせるから、頼む。マジで助けてくれ」

「だめだ。だって明日、俺の会社からソフトとハードをセットで正式リリースするからな。販売先ももう決まってる。お前の会社が昨日の発表会でどれだけ信用を落としたか、ネット見れば一発で分かるだろう。ハードの長い開発期間が終わった後、リリースしても売れると思ってんのか」

「待ってくれ。お願いだ。社員の生活がかかってんだよ。お前のこと見下したのも、裏切ったのも悪かった。全部俺が悪い。だから、頼むよ、霧谷。お前しかいないんだ。お願いだから、俺を助けてくれ」

通話の向こうで、声が裏返るほど泣き叫ぶ金子。必死にすがりつく声が、耳障りなくらい響いていた。

「お前さ、技術ってのは、人を道具みたいに扱う奴には絶対扱えない。俺を捨てて手に入れたソフトが、どれだけ空っぽだったかようやく分かったか」

「うっ……」

「それじゃあな。お前の会社、ハードを作り終えるまで残ってるといいな」

無言で通話を切る。スマホの画面に通話終了の表示が浮かんだ。その瞬間、金子の声も罵声も哀願も、全てが消えた。俺の中には、怒りも優越感も残っていなかった。ただ一つ、確信だけがあった。

技術は、信頼の上にしか成り立たない。あいつはそれを知らなかった。いや、知ろうともしなかった。

俺はデスクに戻り、明日のリリース資料を確認した。準備は全て整っている。今度は誰にも邪魔されず、堂々と自分の名前で世に出す番だ。

通話を切ったその日から、金子の会社は目に見えて傾いていった。発表会であれだけ騒いだにも関わらず、問い合わせはゼロ。期待されていたメディア掲載も、翌日には全てキャンセルされたらしい。SNSでは「空っぽのソフト」「逆切れ社長」と叩かれ、名前が出るたびに誹謗中傷がつきまとう。少しだけ残っていた取引先も、静かに手を引いていった。

噂によれば、あの後金子は慌ててハードを内製しようとしたが、当然設計も仕様も理解していない。中途半端な開発を繰り返しては失敗し、金だけが消えていった。資金繰りが尽きるまでに時間はかからなかった。従業員も次々と離れていき、金子は個人資産を切り崩しながら、一人で泥沼の後始末に追われていた。

もちろん、俺には一切関係のない話だ。

俺はあの時、黙って守った核となる技術で、新たな道を切り開いていた。ハードとソフトのどちらが欠けても成り立たない、完全なシステム。その技術に目をつけた海外系の大手企業と契約が成立し、製品は一気に海外市場へと展開された。技術者としてだけでなく、一つのブランドとして認められることの意味を、ようやく実感できるようになった。

数ヶ月後、俺は業界最大規模の展示会に招かれた。国内外の専門家やメディア関係者が集まる中、俺は貴賓席の壇上に立ち、自分の製品を語っていた。ライトの眩しさも、カメラのフラッシュも、もう怖くはなかった。目の前には拍手と笑顔。耳には、真剣に聞き入る静寂。背後には、自分が信じた技術と共に戦ってきた仲間たち。

幸せだと思った。あの頃、誰かの下で必死に耐えながら作り続けていた俺は、もうここにはいない。必要なのは人を利用することじゃない。信じること、積み上げること、そして手放さないことだ。そう胸を張って言える今を、俺は誇りに思っている。

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