「君付けで首ね。お前のことだ」
親のコネで入社した社長の息子が、突然そんなことを言い放ってきた。何の権限があってそんなことを言うのかと反論すれば、彼はたちまち顔を赤くして怒り出す。
「ママに告げ口してやる。ママは優しいから、俺が泣いて訴えれば、お前ごとき平社員、すぐに首になるさ」
そう叫ぶなり、彼は手に持っていた熱々の紅茶を、力任せに俺へ浴びせかけてきた。スーツの大半が茶色く染まり、飛び跳ねた雫が頬にかかって、ヒリッと痛みが走る。
ああ、これはもう駄目だな。
俺は心の底から呆れてしまい、彼に向かって冷たくこう返してやった。
「首にされるのは、あなた方親子の方ですよ」
俺の名前は中江健一。関東にある量販店に勤務している。
これまで様々な業種の会社を渡り歩いてきた。それはひとえに、父親の教育の影響だ。興味を幅広く持ち、大局を見据えられる人物になれというのが父の口癖で、そのおかげで俺は子供の頃から実に多くの物事に興味を持ち、実際に経験を積んできた。社会人になってもそれは変わらず、今まで触れてきた業界の特色を一から学び、貪欲に業務へと携わる日々が続いていた。
一年前から勤めているこの量販店でも、フロアの接客からバックヤードまで、俺は幅広く仕事を経験している。元来人と接するのが好きな俺にとって、消費者との距離が近いこの店での勤務は性に合っているようで、仕事にも意欲的に取り組んでいた。
だがこのところ、近くに同じ業種のライバル店がオープンし、その影響で店の売上は低迷している。なんとか打開策はないものかと社員たちで知恵を絞っていた矢先のことだった。
この会社のトップである遠藤社長の息子が入社してくるという噂が、唐突に流れてきたのである。
「遠藤社長の息子って、あれだろ。離婚した後、社長が女手一つで育てたっていう。出来がすごいらしいぞ」
「そうそう。でも今までは別の会社にいたんでしょ? なんで急にこっちへ? そもそも社長の息子さんのこと、ここの社員もあんまり知らないっていう話よね」
同僚たちがそんな話をしているのを小耳に挟み、俺はなんとなく嫌な予感を覚えた。社長の息子が同じ会社に勤めることは珍しくはないが、それにしたって急な話だ。何事もないといいのだが。
けれど、そんな予感ほどよく当たるものはない。入社してきた九段の息子、遠藤渡る氏は、あのやり手の母の息子とは思えないほど、ダメダメな社員だった。
入社早々、係長の役職を与えられたにも関わらず、彼はとにかく仕事をしない。会社勤めの経験があれば誰でもできるような簡単な事務仕事すら、彼は手をつけようとしない。では一日中何をやっているのかといえば、ずっと自席でゲームをしたり、会社のパソコンで堂々と動画を見たりしている。さらには連絡もなしに早退や遅刻をするのが日常茶飯事で、それなのに定時で帰るのは誰よりも早いというおまけ付きだ。
そんな勤務態度を見かねた誰かが注意しようものなら、「俺は社長の息子だぞ」と恥ずかしげもなく言い返し、ひどい時には「ママに言いつけてやる」などと相手を脅す始末。二週間も経てば、現場はすっかりこの渡るさんを持て余してしまった。それでも彼は社長の息子。それも溺愛されているのは事実らしく、上層部に相談しようにも遠藤社長がトップにいるのだから無駄だと、社員たちは半ば諦めていた。
さて、渡るさんが入社して一ヶ月が経った頃、朝礼で思いもよらないことが発表された。
「ええ、この度、業績立て直しの担当責任者に抜擢されました」
突如、渡るさんが得意げにそう宣言したことで、集まっていた社員たちがざわめき始める。その顔はみんな困惑しているようだった。無理もない。普段の仕事さえもこなせない彼に、いきなりそんな大任が務まるとは思えないからだ。
だが、そんな周囲の様子をよそに、渡るさんだけは一人やる気を見せるかのように、大声を張り上げて言った。
「これはママ、遠藤社長からの辞令です。俺はその命を受け、この店の組織改革及び業務改革を実行していきたいと思っています」
それらしい単語は並べてはいるが、本人はきっとその意味を半分も理解していないだろう、ということは、吐き出された言葉の薄っぺらさで大体察しがつく。だが「遠藤社長からの辞令」だということに、周囲の社員たちは不安そうに顔を見合わせていた。
そんな社員たちの反応を面白がるように、渡るさんはますます声を張り上げ続ける。
「そして、その改革の一手として、明日からこの店の人員整理を行うことに決めました」
ざわっと、一層フロアが揺れた。その様子を一段高いところから見下ろしながら、渡るさんはニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。俺は思わず眉を寄せた。
人員整理は確かに必要な場合もあるけれど、会社としては最後の手段だ。会社は全て人で回っている。誰かにとっては不要の仕事に見えても、それが巡り巡って自分の業務に深く関わっていることもある。だからこそ、こういう判断は慎重に行わなければならない。それなのに、そんな繊細な作業が、入社して一ヶ月の人間に、それもあんな業務態度を取る渡るさんにできるはずがないではないか。
けれど、そんな俺の危惧をよそに、次の日からは本当に宣言通りの人員整理が始まってしまった。
そして、それから三日後のこと。俺は出勤早々、社長室に呼ばれた。
ドアを開けると、そこには遠藤社長の姿がなく、代わりに俺を待ち構えていたのは息子一人だった。彼はまるでこの部屋の主のような振る舞いで、どっしりと回転椅子に座り、遠藤社長の私物と思われるブランドもののカップとソーサーで、優雅に紅茶を飲んでいる。まあ、溺愛している息子のやることなので、母親は気にも止めないのかもしれないが、それにしたって一般社員が社長室に上がり込んで好き勝手に振る舞うのは、褒められたことではない。
俺はため息をこらえながら要件を尋ねた。すると、渡るさんはふんと鼻を鳴らし、物珍しげにじろじろとこちらを見た後、こう言ったのである。
「君付けで首ね」
あまりに突然のことで、俺は目を見張った。急にそんなことを言われても、理由が分からない。正直、俺は社員の中でも売上はいい方だ。業務上でも特に問題を起こしていないし、同僚たちとの関係も穏やかなものである。それなのに突然の解雇とは、一体どういうことなんだ。
俺の困惑を眺めて楽しむように、渡るさんは再び手元の紅茶をすすると、もったいぶってうーんと首をかしげた。
「経歴を見たけど、君、ここに来る前、何回も転職を繰り返してるよね」
課長以上でないと見られないはずの社員の履歴書を、渡るさんが目にしていることに引っかかりながらも、俺は頷く。
「はい。ですが、それは様々な業種を実際に経験したいという私の希望から来るものでして」
だが、渡るさんは俺の言葉を一蹴した。
「はあ? 何それ? 会社の仕事は学生バイトじゃないんだよね。そんな気持ちで働かれても、こっちだって困るし。で、そんなこと言って実際は君に問題があるから、長続きしないんじゃない?」
薄ら笑いを浮かべながら、彼は俺を見下すように一瞥する。
「だからさ、いつか問題を起こされる前に、俺が君をやめさせようかなって。何でも早期発見、早期治療が大事って言うじゃない。ママは忙しいから、代わりに俺がやってあげようかなって」
ああ、俺ってなんて出来た息子なんだろう、と言った様子で一人カップを傾ける渡るさん。明確な理由がなく、ただの決めつけで社員の身の振り方をどうにかしようとしているようなその態度に、俺はかっとなってしまった。
「言葉ですが、それは渡るさん一人のご判断ですか? いくらお母様が社長とはいえ、係長の立場で社員を簡単に首にできる権限はないと思いますが」
すると、相手が反論してくるとは思わなかったのか、渡るさんは一瞬ぽかんとした様子で俺を見てきた。だが、それも束の間。彼は忌々しそうに眉を潜めると、早速俺を睨んでくる。
「言わなかったかい? 俺はママからじきじきに店の立て直しを任されてるの。お前みたいな平社員くらい、首にすることなんて簡単なの。ていうか、社長の息子には、どうせ誰も逆らわないだろう」
社員をただの駒だとでも思っているかのようなその発言に、俺はすっかり頭に来てしまった。そして、つい感情のまま口を開く。
「そんな傲慢な態度では、誰もついてきませんよ。ましてや店の立て直しなんてできない。そもそも、あなたは社員に物を言えるほど、真面目に仕事をしていないじゃないですか」
「なんだと?」
俺の言葉に、渡るさんはさらにこちらを睨んだ。構わず俺は続ける。
「これまでいろんな業界を見てきましたが、その仕事が何であれ、会社は人で回っているんです。上の立場の者が下の立場の者を見下す会社ほど、不健全なものはありません。ここを理解しないで、何が立て直しですか」
だが、その時だった。
ばしゃっと、俺の胸元に何か熱いものが突然浴びせかけられたのである。大半はスーツに吸い込まれたが、それでも飛び跳ねた雫が頬にかかり、ヒリッと痛みが走った。そう、俺は目の前の相手から、まだ湯気の立つ熱々の紅茶を力任せにぶちまけられたのだ。
「うるさい! なんだお前! 社長の息子に対して、生意気にも程があるぞ! お前みたいなのがいるから、ここの業績が上がらないんだ。その口だけの役立たずが!」
はあはあと肩で息をし、彼はさらに言い募る。
「お前、俺に社員を首にする権限はないと言ったな。じゃあ、ママに告げ口してやる。ママは優しいから、俺が泣いて訴えれば、お前ごとき社員、すぐに首になるさ」
自分の言っていることが小学生そのものだという自覚は、彼にはないらしい。そして、息子の言うことが本当なら、遠藤社長は遠藤社長で、会社の私物化も華々しいということになる。
俺はもう心の底から呆れてしまい、声を張り上げる気力もなく、彼に向かって静かにこう返したのだった。
「首にされるのは、あなた方親子の方ですよ」
こうして俺は自身のスマートフォンを取り出し、彼の母親に連絡を始める。その電話に、取引先からの帰りらしい遠藤社長はすぐに応答した。
「息子さんのことでお話があります。社長室まで、すぐに来てください」
要件を言うだけ言ってすぐに電話を切った俺を、渡るさんはいぶかしげに見つめている。
「何言ってんの? 何それ、本当にママにかけたのか? はあ? 俺がそんな大芝居に騙されるとでも思ってんの? お前みたいな平社員が、社長に電話できるはずないだろう」
彼は嘲笑を浮かべてこちらを馬鹿にしてくる。まあ、そう返されるだろうということは想定していた。確かに、俺が普通の社員であれば、そんなことはできるはずもない。そう、普通の社員であれば、だ。
そして俺は、次の瞬間、すっと背筋を伸ばすと、相手に向かって自身の身の上を告げた。
「平の係長であるあなたが知らないのは当然ですが、私はこの店の親会社、その代表取締役社長の息子です。今は後継ぎのための修行中で、系列会社を様々に渡り歩いているところなんですよ」
「はあ? 親会社の社長の息子?」
淡々と言い放たれたそれに、理解が追いついていないのか、渡るさんはぽかんと口を開けて固まっている。しかし、相手の反応に構わず、俺はそのまま続けた。
「嘘だと思うのなら、あなたの大事なママに確認してください。先ほどここに呼びましたので、もう着く頃でしょうし。ちなみに、遠藤社長はこのことをご存知ですよ。残念ですね。大事なことは教えられていなくて」
そう、俺が今口にした話は全て本当のことだ。この量販店の親会社は、国内最大手のグループ企業である。グループは他にも不動産や金融など多種多様の子会社を抱えているのだが、俺は大学を卒業してから、グループ内の様々な会社で実際の業務に携わっている。後継ぎの修行期間として、こうして自身の身を持って働くとはどういうことか、会社とはどういうものかを学んでいくという方針を取っているのだ。
それでも、さすがに自分のところの社員に将来の親会社の社長がいることを知らせないわけにはいかない。そのため、このことは各店の社長にのみ伝達されている。ちなみに、俺が自ら口にした場合を除き、口外無用とされているので、いくら息子には甘い遠藤社長といえども、そこはきちんと守っていたらしい。
「そ、そんな……」
落ち着き払った俺の態度に、言っていることが真実だとようやく悟ったのか、渡るさんの顔色は蒼白になっていく。そこへ、ようやく彼の母親、遠藤社長が飛び込んできた。俺からの電話は本当に緊急を要する時という不文律があるため、何が起こったのかと慌てて帰ってきたのだろう。
遠藤社長は社長室にて呆然と突っ立っている自身の息子と、それからなぜか紅茶まみれになっている俺の姿を見て、顔色を変えた。
「な、何があったのですか?」
彼女は悲鳴のような声を上げると、秘書にすぐタオルを持ってくるように指示する。やがて届けられたタオルでようやく水滴を拭いながら、俺はゆっくりと返答した。
「この状況から見て、答えはすぐに分かるでしょう。あなたの息子さんに、紅茶を浴びせられたのですよ。おかげで頬を火傷しました。範囲はごく狭いものの、先ほどからひどく痛みを訴えている」
俺の言葉に、遠藤社長はひっと息を飲むと、これまたすぐに氷を持ってくるように秘書へ告げた。そうして彼女はその場でがばりと深く頭を下げる。
「も、申し訳ありません! 息子が大変なご迷惑をおかけいたしました。もちろん、火傷の治療費やお着替えはこちらで負担させていただきます。続けて、ほら、あなたも早く謝りなさい!」
声を尖らせた母が促すが、けれど普段は甘い彼女が自分を叱りつけてきたことを受け入れられなかったのか、渡るさんは青い顔をしながらもそれに首を振る。
「だ、だって知らなかったんだもん。そいつが親会社の社長の息子だなんて、そんなことって……」
そして、わがままな子供のごとく、ひたすら頭を下げることを拒否する彼は、やがてとんでもないことを言い出した。
「こ、これはこいつの陰謀だ! ママ、俺はこいつにはめられたんだよ! だってそうだろ! わざわざ身分を隠して子会社なんかに来ちゃって、自分を正義の味方かなんかだと勘違いしてるんじゃないの?!」
この後に及んでまだそんなことを言う元気があることに、俺はもはや笑ってしまいそうになったが、暴論を展開し始める息子に母は大慌てだ。
「あなた、何を言ってるの! いいから早く謝りなさい!」
悲鳴のようにそう叫ぶと、息子の頭を掴んで無理やり下げさせようとする遠藤社長だが、息子は素直にそれに応じようとしない。そのうち、謝る謝らないで、母と息子が俺をそっちのけに言い争いを始めた。多分、この親子にとっては初めての喧嘩なのだろうが、お願いだから自分たちの親子喧嘩に他人を巻き込まないで欲しい。しかも俺は紅茶まみれで、小さいながら火傷も追っているのだ。
社長と社長の息子の剣幕に怯えながらも、言いつけ通り氷を持ってきてくれた秘書に礼を言ってそれを受け取った俺は、さすがに彼らの喧嘩をやめさせるべく、頬を冷やしながら割って入った。
「はい、はい。親子喧嘩は帰ってからやってくださいね」
「す、すみません……」
そうして縮こまった遠藤社長に、俺は続けた。
「遠藤社長、あなたはそもそも、なぜ息子さんをこの会社に入社させたのですか? それも、いきなり係長なんて肩書きをつけて。失礼ですが、息子さんは新人よりも仕事をしませんよ。あんなの、ただの給料泥棒です」
「くそ! 誰が給料泥棒だ!」
「うるさいですよ。今は遠藤社長と話をしています」
俺の指摘に渡るさんが口を開くが、それはひと睨みで黙らせた。途端におどおどする息子を心配げに見やりながら、彼女がぎくしゃくと口を開く。
「そ、そう、それは、息子が元の会社を首になってしまって、困っていましたので……それに、社長の息子が平社員だと格好がつかないと、泣かれましたものですから」
大体想像通りのその言葉に、俺はもうため息を我慢できなくなる。
「それを会社の私物化というのです。分かっていますか? あなたはここの社長ですよ。私の目から見れば、会社経営というものをあまりにも軽んじているとしか思えません」
俺の冷静な口調に、遠藤社長は再びひっと息を飲んだ。だが、彼女は続けてこんなことを言ってくる。
「す、すみません……私、息子のやることを応援したくて……この子はやればできる子なんです。前の会社では周りのせいでその能力が発揮されていなかっただけで、きっと会社にも貢献できます」
すると、母親の擁護を聞いた息子は、ふてくされていたその顔にぱっと笑みを浮かべて、屈託なく彼女に抱きついたのだった。
「ママ! やっぱりママは俺のこと信じてくれるんだね! 大好き! ママ、ありがとう!」
傍から見れば、吐き気がする光景だ。いい年の息子が、自分の所業を庇う母親に甘えて抱きついているのだから。証拠に、空気のようにして部屋の隅に控えている遠藤社長の秘書は、見るに堪えないというように、二人から必死に目をそらしている。だが、当の彼らはすっかり自分たちの世界に入っているようで、息子は息子で母に甘え、母は母でそんな息子の頭をよしよしと撫でていた。
今この状況がどういうものか、息子はともかく、遠藤社長も実はよく分かっていないのではないだろうか。
ああ、これはもう駄目だな。そんな二人の姿を見て、俺は早々に判断した。そうと決まれば、やるべきことは山のようにある。
「盛り上がっているところ邪魔をしますが、このことは父に報告します。二人とも、何らかの処分が下ると思いますので、そのおつもりで。それまでは双方、自宅待機をしていてください」
「処分って? ま、待ってください!」
処分という言葉を聞いて、ようやく俺の存在を思い出したように、遠藤社長は慌ててこちらに取りすがってくる。
「申し訳ありません! この通りです! 私のことは構いませんけれど、この子だけは、どうか見逃してやってくれませんか?」
その有能さで当時役員の椅子から社長に大抜擢された彼女だが、こういう結末になってしまったことを、俺は内心とても残念に思っていた。それでも、その甘さを俺は見逃すことはできない。そして、かける言葉が見つからないまま、俺は無言でその場を去ったのだった。
さて、後日。まず、息子の方は「社長の威を借りて嘘をつき、会社を好き放題しようとした」ということで、懲戒解雇処分となった。また、遠藤社長であるが、ここに来てさらなる事実が発覚する。彼女は息子に頼まれるまま、取引先会社との接待と称して、彼が夜な夜な遊び歩いていた飲み代を、会社の経費としてこっそり落としていたことが分かったのだ。これには、この件を調査していた親会社の上層部も、呆気に取られて言葉も出なかったらしい。
結果、社長職は解任。また、系列の下請け会社への左遷が決定し、経費としていた息子の遊び代についても、速やかに返済することとなった。それまで母のおかげで享受していた裕福な生活も望めなくなり、親子共々、今は質素に暮らしているという。
一方、俺はといえば、いよいよ父の後を継ぐことが正式に決まった。皮肉なことに、今回の件の功績が認められたのである。今までのどこか気楽な身分ではいられなくなることに、未練がないと言えば嘘になる。それでも、経営者一族の子として生まれた以上は、責任を果たさなければならない。
また、これまでの経験から、俺は思うのだ。社長とは確かにその会社の代表ではあるが、それと同時に、会社という組織に組み込まれた一員に過ぎない。会社は人で回っている。社長は、たくさんの社員に支えてもらっているからこそ、偉い顔をしていられるのである。
それを勘違いせず、これからはこの背中で、社員たちとその家族のことを精一杯守っていこう。俺は改めて、心に誓ったのであった。
