「あなたの席なんて用意してないわよ。」
義姉になるはずの女性、リカ子さんは、薄ら笑いを浮かべてそう言った。私は耳を疑った。結婚式の披露宴会場に、夫の席はあるのに、私の席だけがないのだ。
「邪魔者は、人様の結婚式にいるな。」
彼女は見下すような目を私に向けて、そう言い放った。なんてひどい女なのだろうか。勘違いだけで、ここまで最低な言動ができるものなのだろうか。大事な兄が、こんな女と結婚するなんて、嫌だ。
私の名前は綾乃。夫の志と結婚して2年目になる。子供はまだいない。夫と2人暮らしだ。私は在宅でSEの仕事をしている。夫婦生活は順調で、夫は毎日定時に帰ってきているし、家事にも協力的なので、本当に助かっている。
ある日のことだ。
「おい、美味しいケーキ買ってきたんだ。一緒に食べようぜ。」
「あれ?お兄ちゃん、また来たの?」
「外回りしてたら、新しくオープンしたケーキ屋を見つけてさ。」
そう言って頻繁に我が家にやってくるのは、兄の生午だ。兄と私は5歳も年が離れている。私たちにはもう親がいないので、身内と呼べるのはお互いしかいないのだ。私と兄は2人とも甘いものに目がない。兄は営業の仕事をしているので、外回りの時にたまに寄り道して、私の家に寄ってくれるのだ。
私たちの両親は早くに離婚した。父は昔から酒癖が悪く、ひどい時には母に手を出していた。母はこれ以上一緒にいたら子供たちにまで被害が出そうだと判断し、離婚した。そして母が私と兄を引き取った。だが母子家庭で2人の子供を育てることはとても大変だ。母は仕事を2つ掛け持ちして、必死で私たちを養った。そのおかげで、私も兄も今こうして立派に社会人として生きている。
だが母は無理をしすぎていたのだろう。5年ほど前、病気で亡くなってしまった。それでも子供2人がどちらも会社員として働いていたので、安心をしていたと思う。私は結婚式でウェディングドレスを着る姿を母に見せることができて、本当に良かった。私たちは家族3人でいつも支え合いながら生きてきたので、家族の絆はとても固かった。母の分も、私と兄はこれからの人生を精一杯幸せに生きていこうと誓った。そのように日々を生きて、今、私はとても幸せだ。
「あら、素敵。可愛いケーキね。」
「だろう?やっぱり俺はセンスあるんだな。」
「お兄ちゃん、仕事乗りに行かないの?っていうか、先週も来てたけど、お兄ちゃん暇なの?デートの1つくらいしなさいよね。」
私は冗談混じりで兄をいじったのだが、思いもよらない返事が返ってきた。
「実は今日来たのは、ある報告をしたかったからなんだよね。」
「え、報告?」
「ああ、俺、結婚を考えている人がいてさ。」
私はびっくりした。まさか兄からそんな報告を受けるなんて、全く予想していないタイミングだったのもあると思う。
「今度の土曜日とかに、綾乃と志君に紹介しに来ていいかな?」
「もちろんいいわよ。志の都合も聞いておくね。」
「ああ、よろしく。」
兄が帰った後、私はとても考え深くなった。母と3人で暮らすようになってから、仕事の掛け持ちで1日中働いている母の代わりとして、兄は家で私の面倒を見てくれた。兄は、兄というよりは父親に近い感覚なのだ。大事な兄が結婚の報告に来るというのは、私にとってはすごい一大イベントだ。土曜日が楽しみで楽しみで仕方がない。そして夫も仕事が休みで、2人で会えることになった。
土曜日になり、私はいつ来るのかとそわそわしている。
「綾乃、さっきからすごくそわそわしてるね。」
「だってあのお兄ちゃんが婚約者を連れてくるんだよ。緊張しちゃうわ。」
「いつも通りで大丈夫だよ。生午さんだって、妹がそんなに緊張しているとは思ってないだろう。」
「そうかもしれないけど。」
そんな会話をしていると、インターホンが鳴った。兄たちは予定より5分ほど遅れてきた。私は一気に心拍数が上がる。ドアを開けると、兄の隣には綺麗な女性が立っている。
「よぉ、綾乃。」
「いらっしゃい。あれ?お兄ちゃん、なんか緊張してる?」
「何言ってるのよ。緊張なんてしてないわよ。」
兄とそんなやり取りをしていると、兄が連れてきた女性と目があった。女性は丁寧に挨拶をしてきた。
「初めまして。リカ子と申します。」
「妹の綾乃です。」
軽く挨拶をした後に、2人をリビングに案内する。リビングで待っていた夫が2人に挨拶をした。
「今、お茶入れるわね。」
「あ、ケーキ持ってきたから、みんなで食べよう。」
「ありがとう。じゃあ一緒に用意するわね。」
そして全員分のお茶とケーキを用意し終えたので、食卓に座って話が始まった。リカ子さんはとても美人で、まるでモデルのようなスタイルの良さだった。私と同じく緊張しているのか、キョロキョロと落ち着かない様子だ。
「2人はどこで知り合ったの?」
「仕事関係だよ。俺が担当している取引先の受付をしていたのがリカ子なんだ。」
そう言って照れ臭そうにする兄とリカ子さん。そんな2人を見て、夫が笑った。
「正談だけじゃなく円談までまとめてくるなんて、さすが抜かりないですね。」
「ちょ、志君。言い方。」
兄がそれにツッコミを入れる。私は爆笑し、リカ子さんも笑っている。夫のおかげで、ちょっとぎこちなかった空気が一気に和んだ。
「そういえば、リカ子さんはおいくつなんですか?」
「今年で31歳になります。」
「そうなんですね。」
年上だけあって、落ち着いた雰囲気があった。
「結婚後は、お仕事は続けられるんですか?」
「いえ、退職しますよ。」
「そうなんですね。今は共働きで仕事を続けたいっていう女性も多いのに、珍しいですね。」
「あ、だって私、そこまで働く必要もないので。生午も大手で働いてるし、私の実家は裕福なんで。」
どうやらリカ子さんの緊張が溶けて、素が出てきたのか、最初の印象とは変わった振る舞いをしてきた。
「綾乃さんは今、在宅でお仕事されてるんでしたっけ?」
「ええ、SEをやっていて、今年でちょうど社会人10年目なんですよ。」
「え、10年目?綾乃さんって今いくつだっけ?」
「27歳です。」
「えっと、それじゃあ、もしかして高卒なの?」
途端にリカ子さんの表情が険しくなる。
「まあ、そうですね。」
「ふーん、高卒なんだ。」
明らかにバカにしたようなトーンだ。すると兄が慌ててフォローを入れた。
「綾乃は高校を出てすぐ働き始めたんだ。母子家庭だったって話はしただろう。大学に行こうと思えば行けたんだけど、学費の負担を母にかけたくないって言って、就職してくれたんだ。だから高卒だからって、そんな風にバカにする態度はやめてくれよ。」
「別にバカにはしてないけど。私の周りには誰1人いなかったから、驚いただけよ。」
兄が私をフォローしたばかりに、気まずい空気が流れてしまった。私は慌てて言う。
「リカ子さんにとっては珍しかっただけですよね。」
「うん。そうなのよ。だからこんな言い方になってしまっただけで。」
「そっか。それならいいんだ。」
兄は納得してくれたようだ。私は話題を変えようと、リカ子さんに聞く。
「リカ子さんのお父さんは、どんな仕事をされてるんですか?」
「私の父は、まるとうという大手IT会社の専務をしてるのよ。」
リカ子さんは自慢げにそう語った。
「あれ、そのITって……」
私はあることに気づいたが、また私の話をしてリカ子さんから変な反応をされてもあれだなと思い、特に何も言わないことにした。リカ子さんは父親が稼いでいることや自分が裕福であることが自慢なようだ。父親や家のことについて話す時は、すごく嬉しそうというか、鼻高々な感じだ。今日家に来た時よりも数cmほど鼻が高くなっているんじゃないかと錯覚してしまったほどだ。
とりあえず、そんな感じで兄の結婚の報告会は終了した。私は兄とリカ子さんを見送った後、すぐにソファーにもたれかかった。
「ああ、疲れた。」
「お疲れ様。コーヒーでも入れるよ。」
「ありがとう。でも、志さん、大丈夫かな?」
「え?」
「だって、リカ子さん、ちょっと癖が強そうというか、綾乃のこともバカにしていたし。志さんは綾乃のことをとても大事にしてるし、そういったことで喧嘩とかしないといいけど。」
「まあ、お兄ちゃんもすぐに注意してたから、その辺は大丈夫なんじゃないかな。」
そうは言ったものの、私も少し心配だった。兄とリカ子さんは育ってきた環境も違うから、価値観も大きく違うだろう。いくら兄が現在大手企業で働くエリートサラリーマンだからと言って、子供の頃に身につけた価値観の違いというのは、夫婦間で戸惑うことも多いだろう。でも兄の人生だから、全ては兄が決めることだ。妹としてはただ見守るしかない。
その後、数ヶ月が経って、兄とリカ子さんが家を尋ねてきた。
「あら、どうしたの?急に。」
「今日はこれを渡そうと思って。」
そう言って兄が渡してきたのは、結婚式の招待状だった。
「わあ、ついに式を挙げるのね。」
「ああ、綾乃にも是非来てもらいたくてね。」
「もちろん行くわよ。大事な兄の晴れ舞台だもの。」
私がウキウキしていると、リカ子さんが口を挟んだ。
「でも、綾乃さん、仕事はどうするんですか?SEの仕事、結構忙しいんでしょ?平日だから休めないんじゃないですか?」
ある意味心配してくれてそうな発言とも取れるが、リカ子さんの口調からは、結婚式に来てほしくないというか、拒絶するような雰囲気が感じ取れた。
「大丈夫ですよ。有給が結構余ってるので、休めますよ。」
私がそう言うと、リカ子さんは「そうなのね」と残念そうに言った。
「どうしたんだよ、リカ子。なんか元気ないぞ。」
兄がそう言うと、リカ子さんは慌てて表情を明るくし、「え、そう?ちょっと式の準備とかで疲れたからかな」と誤魔化して笑った。
「そうか。確かにスケジュールが合わなくて、一気に色々と進めたもんな。」
私は兄たちに気を遣って、「それじゃあ今日はもう帰って休まないと。招待状ありがとね」と言って、2人を返した。本音を言えば、明らかに私を嫌っているリカ子さんと一緒にいたくないというのが返したかった理由だが、それでも兄が選んだ人なのだから、結婚について反対とか自分の意見を言うのは避けたい。
そして結婚式当日。私は夫と2人で会場へ。兄はとても立派な姿で、リカ子さんと歩いていた。苦労を共にしてきた兄の晴れ姿を見ていたら、感動して涙が止まらなかった。
「お母さん。お兄ちゃんは、こんなにも立派になったよ。」
心の中で天国にいる母に言う。きっと母も、結婚式を天国から見ていることだろう。
結婚式に感動した状態で、披露宴会場へと向かう私たち。だがここで思わぬ問題が発生した。夫の席はあるのに、私の席だけなかったのだ。何度も席を探したが見つからない。仕方なく式場スタッフに席がないことを伝えて確認してもらう。だがスタッフが確認しても、席はないとのことだった。
「どういうことですか?新郎の妹の夫の席があるのに、肝心の妹の席がないって、おかしくないですか?」
夫がスタッフの方に質問するも、スタッフは座席表を見せて「申し訳ないですが、新郎新婦から渡された座席表がこのようになっておりまして」と答えて、困っている様子だ。
すると、リカ子さんがこちらにやってきた。
「どうしたんですか?」
「あ、リカ子さん、ちょうど良かった。何かの手違いで私の席がなくて困ってたんです。」
するとリカ子さんは、薄ら笑いを浮かべてこう言った。
「手違い?そんなわけないじゃない。元々あなたの席なんて用意してないのよ。」
私は耳を疑った。
「どういうことですか?」
私がそう聞くと、リカ子さんは急に怖い顔になった。
「あなたがいると、生午は私だけを見てくれないのよ。いつも綾乃さんの話題ばっかりだし。それに、大事な稼ぎも、あなたのためにしょっちゅうケーキを買ったりして散財するようだし。」
「え、そんなにしょっちゅうではないですけど。兄はたまにケーキを買ってきたりしますけど、高価なものじゃないし。そんなの価値観の違いでしょ。あなたが頻繁だと感じてないだけでしょ。」
「とにかく、あなたがいることで私の幸せが減ってしまうのよ。邪魔者は、人様の結婚式にいるな。」
リカ子さんは見下すような目をこちらに向けて、そう言った。なんてひどい女なのだろうか。勘違いだけでここまで最低な言動ができるのだろうか。大事な兄がこんな女と結婚するなんて、嫌だ。
すると、こちらに駆け寄ってくる人がいた。
「おい、リカ子、何をやってるんだ?」
「何よ、お父さん、そんなに慌てて。」
その人はリカ子さんの父親だった。そして私とも繋がりがある人物だった。
「お前、この方に何か失礼なことを言ったんじゃないだろうな。」
「この方って何よ。こいつは私の幸せな結婚を邪魔する疫病神よ。」
「ここでなんてことを言うんだ。今すぐ謝れ。」
「父さん、さっきからどうしたの?」
親子で言い争いを始めたので、私はめんどくさくなり、リカ子さんの父親に向かって端的に自分の意思を述べた。
「専務。あなたの会社のシステム管理は、今月で終わりにさせてください。」
「そ、そんな。綾乃さん。大変申し訳ございませんでした。バカな娘が失礼をしました。いくらでも謝りますので、どうか仕事は継続してもらえないでしょうか?」
そう言って何度も頭を下げてくるリカ子さんの父親。この様子を見て、リカ子さんは呆然としている。私は個人事業主の有能なSEとして、かなり有名だった。大手のIT企業のシステム開発をいくつも手掛けていた。1年ほど前、リカ子さんの父親の会社のシステム管理を担当し始め、父親のIT会社が安定して運営していけるのは、私の開発したセキュリティシステムのおかげだった。
「まさか、綾乃さんのお兄さんが娘の婚約者だったなんて。」
「ああ、そういえば、お父様がリカ子さんの家の顔合わせを断ったんでしたっけ?『妹だけなら、わざわざやる必要もないだろう』って。」
「申し訳ございません。綾乃さんだと知っていたら。」
その発言が、余計にご自分の性格の悪さを物語っているということが分からないんですね。私がそう言うと、リカ子さんの父親は黙り込んでしまった。
「とにかく、後日正式にシステム管理をやめる件について、御社と話し合いたいと思います。それでは。」
そう言って、私は会場を出た。夫も、私が出席しないならと一緒に出た。すると兄が慌ててやってきた。
「ちょ、ちょっと。なんで綾乃たち、帰ろうとしてるんだ?」
私はさっきの経緯を説明した。
「え、そんな……。家でリカ子と一緒に見てた座席表には、ちゃんと綾乃の名前もあったのに。」
なるほど。ということは、嘘の座席表をリカ子さんは兄に見せていたのだろう。兄もそれに気づいたようで、真っ赤な顔をして披露宴会場に入っていった。
その後のことは、後日兄から聞いた。
「苦労を共にしてきたあの人のことを、邪険に扱うような人とは結婚はできない」と言って、婚約を破棄したそうだ。ちなみに、リカ子さんが兄に内緒でお金を使い込んでいたことも発覚した。何でもかんでもブランド品を買い漁り、贅沢をしていたため、いくら兄の稼ぎが良くてもかなり家計が厳しかったそうだ。その上、結婚式もかなり豪華にしたので、お金のやりくりが相当大変だったらしい。それを私にケーキを買うからと攻められるなんて、たまったもんじゃない。全部リカ子さんが原因じゃないか。
兄は披露宴ではなく、ただの食事会にすると参列者に説明をして、帰ったらしい。ちなみにその後、婚約についてや結婚式費用などについての問題が残ったのだが、私が兄と協力して解決した。兄から婚約破棄を申し出たので、兄が色々と損をしてしまう状況だ。だが元々の原因はリカ子さんの方にある。私は納得がいかなかったので、自分の権力を少し乱用することにしたのだ。
私はリカ子さんの父親に、「結婚式にかかった費用をそちらが全額負担し、さらに婚約破棄による慰謝料を兄に払うと約束してくれれば、システム管理は続ける」という条件を出した。リカ子さんの父親は「承知しました」と二つ返事で条件を飲んでくれた。リカ子さんは納得がいかなそうにしていたが、父は「お前のせいで俺は大変なんだ」と一喝して、無理やりに納得させていた。
こうして兄は一切損をすることなく、バツがつくこともなく、無事にリカ子さんと別れることができた。一方、私は約束通りシステム管理は続けているのだが、今回の件は会社に報告させてもらった。その結果、リカ子さんの父親は取締役から降格し、社員として地方に左遷されてしまったそうだ。そしてリカ子さんは、父親から「お前のせいだ」と激怒されて、家を追い出されたらしい。リカ子さんは結婚式のキャンセル代も自己負担する羽目になり、貧乏暮らしをしているらしい。今に身を滅ぼしてしまうだろうが、まあ、そんなことは私には関係ないし、自業自得だ。
今回の件で兄はショックを受けているかなと思ったが、「今度は綾乃を大事にしてくれる人を探すよ」と言ってくれた。私は「別に、ひどい態度を取ってくるような人じゃなければいいよ」と言っておいた。兄は「確かに、あいつが異常だっただけだね」と笑っていた。
とりあえずは、無事に問題が解決してよかった。今度こそ兄にいい人が見つかるといいな。兄の幸せを願いながら、私は今日も夫と仲良く暮らしている。
