仕事から帰宅したら、夫が私の給与明細を手に無言で立っていた。その瞬間、部屋の空気が凍りついた。翌日から夫は完全に私を無視し始めた。数日後、突然怒鳴られた。「家事をサボるなと言っただろ。お前が仕事をしていられるのは、俺が許しているからだぞ」私は必死に謝り、掃除も洗濯も全部一人でこなしていた。でもある日、同僚の何気ない一言で目が覚めた。共働きなのに、なぜ私だけが全部背負っているのか。私は夫の家事…

仕事から帰宅したら、夫が私の給与明細を手に無言で立っていた。その瞬間、部屋の空気が凍りついた。翌日から夫は完全に私を無視し始めた。数日後、突然怒鳴られた。「家事をサボるなと言っただろ。お前が仕事をしていられるのは、俺が許しているからだぞ」私は必死に謝り、掃除も洗濯も全部一人でこなしていた。でもある日、同僚の何気ない一言で目が覚めた。共働きなのに、なぜ私だけが全部背負っているのか。私は夫の家事...

夫は結婚してからずっと、自分の正しさを声高に主張する男だった。私が何かミスをすれば、それは私に能力がないからだと言い放ち、仕事と家庭の両立に苦労しているとこぼせば、もっと頑張れと一蹴した。家事が捗らなければ、それは私の段取りが悪いからだと言い、早く慣れて手際よくこなせるようになれと命じた。ただし、好きで働いているのだから、家事を手抜きするのは許さないと釘を刺すのも忘れなかった。

振り返れば、私は完全に洗脳されていたのだろう。この田舎では、家事をしない夫を持つ妻は珍しくない。私の周りの既婚女性は皆、家事を一手に引き受けていたし、中には育児や介護まで全部抱え込んでいる人もいた。実母も義母も専業主婦だったし、同世代の友人たちもほとんどが専業主婦かパートだった。正社員として働く自分と彼女たちを同列に考えてはいけないのに、その感覚が麻痺していたのだ。夫に言われるまま、私は必死に家事をこなしていた。夫は私に仕事をやめろとは言わなかったが、それは私がどんなにきつくてもやめなかったからだろう。私は自分がいわば無理を言って仕事を続けさせてもらっている身なのだから、家事をおろそかにするわけにはいかないと思い込んでいた。

元々、夫とは同じ会社の同僚だった。結婚を機に私が転職したのは、そこそこの田舎に根強く残る「こき使われるのが当たり前」みたいな風習が息苦しかったからだ。地元密着の企業は閉鎖的で古い体質で、女性が結婚後も正社員として働き続けること自体がよく思われていなかった。職場結婚したカップルが同じ部署に居続けるなんて不可能で、夫は以前と変わらず働けているのに、私は転職先で見習い以下の扱いをされるようになった。お茶くみ、コピー、清掃。そんな雑用ばかり押し付けられた。雑用自体を馬鹿にしているわけではない。新卒の見習いだって一日中雑用に追われることなんてないのに、それを私一人に押し付けるのは明らかに狙いがあるとしか思えなかった。さすがに今の時代、結婚を理由に退職を迫ることはできないから、私の方から辞めると言い出すのを待っていたのだろう。夫に相談しても、聞いているのかいないのか、まるで役に立たなかった。私が専業主婦になったら経済的なゆりがなくなるから、話し合いをわざと避けていたのかもしれない。

そんなある日、母から電話があり、いとこに連絡するように言われた。私の仕事の愚痴を聞いた母が、親戚や知人に相談して回っていたらしく、それがいとこに伝わって、仕事を紹介してくれることになったのだ。いとこの同級生が勤めている会社で求人があるらしく、私の経験が役に立ちそうだから、是非面接を受けてみろと言う。私はその勧めに従い、運良く採用された。

大喜びで周囲に報告したが、夫だけはほぼ無反応だった。変だとは思ったが、反対されたわけではないので、私は辞表を提出した。あっさり受理された。普段から陰口を聞かせてきていた同僚たちは、何事もなかったかのように私を送り出した。「寂しくなるよ」「また飲みに行こうね」「いつでも連絡して」どの口が言っているのか。新しい勤務先は隣の市にあり、小さめの地方都市だが、オフィスは都会的で社風も現代的だった。社員の年齢や性別に偏りはなく、外国人も何人かいた。少なくとも結婚しているかどうかで差別されることはない。そして何より、給料がかなり良かった。前の会社より大幅に上がり、いつの間にか夫の年収を追い越してしまった。女性差別がないから、同じ仕事をしていれば男女同じ給料。夫より年収が100万円近く多くなったが、夫にはまだ話していなかった。前の会社ではありえないことだし、夫の性格からして受け入れられないだろうと思ったからだ。職場での不満は一気に解消され、私はやりがいを持って仕事に取り組めるようになった。

けれど、悩みがなくなったわけではなかった。夫が家事を一切しないため、私は一人で二人分の家事をこなさなければならなかったのだ。正社員として働きながら家事を全部抱えるのは、正直、とても疲れる。私は夫より早く家を出て、かなり遅く帰ってくるのに、夫は私が帰宅するまでソファでゴロゴロと感触をして待っているだけだった。朝出た時より部屋は散らかっているのに、口を開けば「腹減った」「早く晩飯にしてくれ」。風呂、茶、それからあれこれと夫の要求に応えるだけで、どっと疲れてしまった。でも、私は好きで仕事をしているのだから仕方ないんだと言い聞かせていた。

転職後もしばらくはそんな生活が続いた。残業を終えて帰宅すると、決まって機嫌の悪い夫がいた。謝ったり、なだめたりしながら夕食の支度をして、自分の食事はそこそこに家事をこなしていた。ある日、事件が起きた。私の給与明細を夫に見られてしまったのだ。引き出しにしまってあったので油断していた。明細書を手に、無言で立ち尽くす夫。「今回は残業が多かったから、たまたま多いだけだよ」「またすぐに夫の方が多くなるかもしれないし」。私はそう言ってみたが、無駄だった。それから数日間、夫は私を完全に無視した。私が話しかけても無言で、目も合わせようとしない。物を落として大きな音がしても、完全に無視。私も向こうから話しかけることがなくなり、会話のない生活に慣れてきた頃、夫が突然口を開いた。

帰宅してリビングに入った私に、夫は怒鳴りつけた。「おい、何時だと思ってるんだ?」今の会社はコアタイムが決まっていて、その時間帯は基本的に全員が勤務する。ただし出勤と退勤の時間はしっかり定められていないので、人によって時間はバラバラだった。私は上司に事情を話して、可能な限り早く出社するようにしていたが、それでも夜9時を過ぎて帰宅することはあった。作り置きや冷凍食品など、電子レンジで温めるだけの食べ物は用意してあるのに、夫は私が帰るまで食卓につこうとしない。「家事をサボるなと言っただろ」「お前が仕事をしていられるのは、俺が許しているからだぞ」急いで食事の準備をする私に向かって、夫は大声でまくし立てた。「また夜だからって言い訳して、掃除も洗濯もせずに寝るつもりだろう。サボるためにわざと遅く帰っているんだな」音の出ない家事は遅く帰っても必ずしていたが、完璧にはほど遠かった。だから怒られても仕方ない。私の責任だと、当時の私は自分を責めていた。「おい、聞いているのか?仕事してるからって調子に乗るな」「ごめんね。そんなつもりじゃないんだけど」「俺が許したから、お前は働けているんだ。当たり前だと思うな」「うん。そうだね。よくわかってる。ありがたいと思ってるよ」。当時は本当にそう思っていた。いや、思わされていたのだろう。それから私は休日出勤の要請にも積極的に応えて平日の残業を減らし、毎日掃除機をかけて洗濯機を回し、家事を頑張った。

そして数ヶ月後、私は突然、目が覚めてしまった。どうしてこんなに一人で頑張っているのだろう。きっかけは、同僚のお弁当だった。彼女の家庭ではご主人が料理を担当していて、お弁当も作ってくれるのだという。私はすごく驚いたが、他の同僚たちはさほど驚いていない様子だった。羨ましがりはするものの、共働きなら家事は分担して当たり前だと話していた。その場の誰一人として、私のように家事を全て一人で抱えている人はいなかった。だから、私は本当のことが言えなかった。親類や友人にそれとなく聞いてみても、うちの夫は家事をしないというご主人もいなかった。ショックを受けた私は、夫の分の家事をやめることにした。夫の部屋は掃除しない。夫の洗濯物は放置する。おかずを作るのも、作り置きを温めるのも、私の分だけにした。

当然、夫に怒鳴られたが、もう構うものか。健康な大人なんだから、自分のことは自分でするべきだ。私は夫よりかなり早く家を出て、遅く帰宅する。それなのに、なぜ夫が寝た後まで家事に追われないといけないのか。「私が家事を全部させられているのはおかしいよね。家事は女の役目とか、夫の世話は妻の務めとか言うけど、もう無視だ」私はそう心で呟きながら、自分の食事を始めた。「ちょっと稼ぎが増えたからって、何様のつもりだ」夫は家を飛び出していった。それを見る私の心は、もう冷えきっていた。夫の方からお金の話を持ち出してのしってきたことが、これまでの私の気遣いを全て台無しにした瞬間だった。もう無理だ。

翌日から、夫は帰宅しなくなった。何かあれば連絡が来るだろうと思い、私は放置していた。夫は義実家に滞在していたようで、着替えなどを取りに帰宅するたびに、何度か話し合いをした。しかし、その度に暴言を吐かれ、何度か小突かれたりもした。最後のチャンスのつもりで歩み寄ろうとしたが、無駄だったみたいだ。もし夫に少しでも歩み寄る姿勢が見られたら、再構築してもいいと思っていた。でも、本当に無理だと心を決めた私は、離婚に向けて動き出した。まず実母にさっぱりと伝えると、普段から話していたので賛成してくれた。「むしろ遅かった。よく頑張ったね」と言われた。次に義母にも相談した。夫がいない週末に電話をしたのだ。義母はたまにしか会わないが、いつも気遣ってくれる優しい人だった。離婚を考えていることを伝えると驚いたようだったが、私の味方になると言ってくれた。それから弁護士事務所を訪問し、これまでの夫の所業についての証拠を提出した。自分でまとめた文書や日記が中心で、小突かれた時にできた傷の写真と、暴言を数回録音したレコーダーも添えた。弁護士の見解は、DVでの有責が認められるかは微妙だが、多分勝てるのではないかとのことだった。

私は慰謝料を請求しない代わりに、財産分与をなしにしてもらいたいと弁護士に頼んだ。そして、職場の近くに部屋を借り、荷物をまとめた。荷物を運び出した日、夫に話をつけることにした。義実家に迷惑をかけるわけにもいかず、最近は毎日コンビニ弁当を買い込んで帰宅する夫に、私が「話がある」と言っても、返事すらしない。また無視だろう。私は構わず言った。「離婚しましょう。私は出ていきます。これからは弁護士さんと話をしてください」テーブルに弁護士の名刺を置いたが、夫は目もくれなかった。無視していれば、私が許しを乞うと思っているようだった。そのまま私は家を出て、二度と戻らなかった。意味不明なことに、夫はその後も私に直接連絡してきた。しかも「食事しよう」「買い物行こう」「ドライブに行こう」など、離婚とは無関係な内容ばかりだ。無視していると、「いつまで意地を張っているつもりだ」「今なら許してやるから、早く帰ってきて謝れ」という勘違いメールがさらに送られてきた。

弁護士事務所での話し合いの際も、夫は余裕たっぷりだった。離婚されて困るのは私の方だから、泣いて謝ると思っているらしい。ニヤニヤしながらもったいぶって離婚届に署名していた。日が変わって破られでもしたら大変だと、私はその日のうちに離婚届を回収し、役所に提出した。後日、弁護士に聞いた話では、夫は私が本当に離婚届を提出するとは思っていなかったらしい。私が本気だと知ると、慰謝料や財産分与をよこせと言い出したそうだが、その後の連絡はないという。義母が夫を叱って止めてくれたのではないかと、私は思っている。離婚後も元夫からの勘違いメールは続いていたが、無視していた。すると、ある時、出先で偶然出会ってしまった。ショッピングセンターで食事をしていた時のこと。私は学生時代の友人たちと、元夫は会社の同僚たちと一緒だった。向こうの連れは私の元同僚でもあるので、当然顔見知りだ。微妙な表情をしているものの、彼らは私たちのテーブルの周りをうろつく元夫を引っ張って行ってくれた。私の友人たちは、結婚式で一度会っただけの元夫のことなど覚えていないので、ひたすら気まずがっていた。「この前、元夫なのよ。つきまとわれて困ってるの」と私が言うと、友人たちは元夫たちのテーブルに近づき、すれ違い様に言った。「ストーカーなんだって。最低だよね」「やだ、キモい」。私以外の女性には弱い元夫は、逃げるようにその場を立ち去った。その後、元夫から勘違いメールが来ることはなくなった。私は今、一人暮らしを心から楽しんでいる。

Thumbnail