「母さん、この家を出て行ってくれないか」…

「母さん、この家を出て行ってくれないか」...

あの日の朝、息子夫婦から「大事な話がある」と呼ばれた時、まさか自分の人生がここまで変わるとは思っていなかった。いつものようにリビングへ向かうと、息子の拓也と嫁の香織が妙に重い表情で座っていた。嫌な予感がした。

「母さん、実は大事な話があるんだ」

拓也の口調に、私は身構えた。

「香織の両親が高齢になってきて、一緒に暮らすことになったんだ。それで、母さんには申し訳ないんだけど、この家を出て行ってもらいたいんだ」

最初は耳を疑った。自分の耳が信じられなかった。

「香織の両親が来たら部屋も足りなくなるし、母さんには別の場所で暮らしてもらいたいんだ」

心臓が早鐘のように打ち始め、体中から血の気が引いていくのを感じた。実の母親である私を追い出して、嫁の両親と同居するなんて。でも、それは私への裏切りの始まりに過ぎなかった。

私は桜井ひさ子、六十五歳。元銀行員として三十八年間働き、定年退職してからは息子家族のために尽くしてきた。夫が十年前に他界してから、私は拓也を女手一つで支えてきた。大学の学費七百万円は私の貯金から出した。就職活動の時は毎晩遅くまで相談に乗り、面接の練習にも付き合った。結婚が決まった時には結婚資金として三百万円を援助した。マイホームを購入する際には、退職金から頭金五百万円を出した。

「お母さんがいてくれて本当に助かります」

香織はいつもそう言ってくれていた。孫の明里が生まれてからは、毎日のように保育園の送り迎えを引き受け、香織がパートに出られるようサポートしてきた。朝は五時に起きて食事の準備をし、掃除、洗濯、夕食の支度。週末には孫を預かり、二人が夫婦水入らずの時間を過ごせるようにも配慮してきた。

「お母さんの料理は本当に美味しいです。明里もおばあちゃん大好きって言ってます」

そんな温かい言葉に支えられながら、私は家族のために全力を尽くしてきた。銀行員時代に培った知識で家計も管理し、無駄遣いをせず、全ては息子家族の幸せのためだった。

しかし、息子夫婦の態度は日に日に冷たくなっていった。

最初は本当に些細なことから始まった。

「お母さん、もう少し静かに歩いていただけませんか? 階段の音が響いて、明里が起きてしまうんです」

香織の言葉に、私は申し訳なく思った。確かに古い家だから音が響くのかもしれない。それからはまるで忍者のように、音を立てないように気をつけて歩くようになった。

次は料理への文句だった。

「お母さん、最近料理の味が濃くないですか? 健康のことを考えると、もう少し薄味の方がいいと思うんです」

三十八年間家族のために作り続けてきた味付けだったが、確かに若い人には濃いのかもしれない。私は味付けを変え、薄味を心がけるようにした。

「母さん、洗濯物の干し方が雑じゃない? シワになってるよ」

拓也からもクレームが入るようになった。以前は「母さんが洗濯してくれて助かる」と言っていたのに、今では干し方にまでケチをつけるようになった。

日に追うごとに要求はエスカレートしていった。

「お母さん、買い物の時にレシートをきちんと整理してください。家計簿をつけるのに困るんです」

元銀行員の私がレシートの管理を指摘されるなんて。

「お母さん、テレビの音が大きすぎます。もう少し音量を下げていただけませんか?」

私はほとんど聞こえないくらいの音量でニュースを見るようになった。

そして、ついに人格攻撃が始まった。

「お母さん、最近同じ話を何度もされますよね。もしかして……認知症の始まりかもしれませんから、一度病院で検査を受けられた方がいいんじゃないですか?」

香織は心配そうな顔を作りながら言った。私は愕然とした。六十五歳で、まだまだ頭もはっきりしているのに、認知症扱いされるなんて。

「母さん、確かに最近忘れっぽいよね。この前も買い物に行って同じものを二つ買ってきたでしょ」

拓也まで同調してきた。たった一度、牛乳を買い忘れたかと思って追加で買っただけなのに。

「お母さんの年齢だともう無理はしない方がいいですよ。家事も大変でしょうし」

「そうだよ、母さん。もう年なんだから、ゆっくりしててもいいんだよ」

まるで私が役立たずの老人であるかのような物言いだった。

さらに追い打ちをかけるように、香織が言った。

「正直に言うと、お母さんの料理、最近味が落ちてきている気がするんです。私が作った方が家族も喜ぶかもしれません」

三十八年間毎日家族のために腕を振ってきた私の料理を、たまに帰りに食材を買ってくることが多い香織に否定されるなんて。

「お母さんの洗濯の仕方もちょっと時代遅れというか、今は柔軟剤とか色々あるじゃないですか」

「母さんの掃除の仕方も昔ながらって感じだよね。もっと効率的な方法があるのに」

次々と、私のやること全てが否定されていった。

極めつけは、孫への接し方への口出しだった。

「お母さん、明里には最新の教育方法で接して欲しいんです。昔の育て方は今の時代には合わないんですよ」

「そうそう。母さんの『三つ子の魂百まで』とか、そういう考え方は古いよ。今は子供の自主性を尊重する時代なんだから」

私が大切に伝えてきた日本の良い文化や礼儀作法まで、全て「時代遅れ」の一言で片付けられてしまった。

そして、存在そのものを否定するような言葉が飛び出すようになった。

「お母さんがリビングにいるとなんだか落ち着かないんですよね。友達を呼びたくても、お母さんがいる時は気を使いますし」

香織はため息をつきながら言った。

「母さん、自分の部屋にいる時間を増やしてくれない? 俺たちも家族の時間が欲しいんだ」

拓也の言葉に、私は深く傷ついた。

「正直、お母さんがいると私の両親も遊びに来づらいみたいで。この前も『ひさ子さんがいるから遠慮する』って言われちゃって」

香織の両親の話が出るたびに、私は肩身の狭い思いをした。まるで私が邪魔者であるかのような会話が、目の前で繰り広げられた。

「お母さん、私たちももう大人なんです。いつまでも親に頼るわけにはいきません」

その言葉を聞いて、私は思わず反論しそうになった。毎月のように「お金が足りない」と言ってきては援助を求めてくるのは誰なのか。でも、私は黙っていた。家族の輪を壊したくなかったから。

しかし、二人の態度は日に日にひどくなるばかりだった。

「お母さんの部屋、もう少し片付けてもらえませんか? 物が多すぎて掃除が大変なんです」

私の思い出の品々まで邪魔扱いされるようになった。

「母さんの昔の写真とか、もう処分してもいいんじゃない? 場所取るだけだし」

夫との思い出の写真までゴミ扱いだった。

そして、運命の日がやってきた。あの朝の衝撃的な宣告へとつながる、長い長い侮辱の日々の集結点が、あの朝の続きだった。

「義両親と同居することになったから、母さんには出て行ってもらいたい」

その言葉に、私はしばらく呆然としていた。

「ちょっと待って。私を追い出して、香織さんのご両親と住むということ?」

私の声は震えていた。

「追い出すなんて、そんな言い方しないでよ、母さん。これは家族みんなのためなんだ」

拓也は私の目を見ようともしなかった。

「香織の両親はもう七十五歳を超えているんだ。二人暮らしも限界で、俺たちが面倒を見る必要があるんだよ」

「でも、私だって一人になるのよ。実の母親を追い出して、義理の両親と住むなんて」

私の抗議に、香織が口を挟んできた。

「お母さんはまだまだお元気じゃないですか? うちの両親とは違います」

その言葉に、私は息を飲んだ。

「それにお母さんは銀行員として長年働いてこられたんですから、経済的にも余裕があるはずです」

香織の計算高い視線が私を射抜いた。

「でも、この家の頭金は私が……」

「母さん、過去のことを持ち出すのは良くないよ。あれは母さんが自分の意思でしてくれたことでしょう」

拓也の恩知らずな言葉に、私は言葉を失った。

「それで、来月までには出て行ってもらいたいんだ。香織の両親の引っ越しが決まっているから」

来月? たった一ヶ月で? 私は自分の耳を疑った。三十八年間住み慣れた場所から、たった一ヶ月で出ていけというのだ。

「お母さん、大丈夫ですよ。今はいいマンションもたくさんありますし、一人暮らしを楽しんでいる方もたくさんいらっしゃいます」

香織は他人事のように言った。

「正直に言うとね、母さん」

拓也が急に真剣な表情になった。

「母さんがいると、息が詰まるんだ。いつも見張られているような気がして」

その言葉は、私の心を深くえぐった。

「毎日早起きして家事をしてくれるのはありがたいけど、それがプレッシャーなんだよ」

「そうなんです。お母さんがあまりにも完璧にやってくださるから、私たちが何もできないんです」

香織も同調する。

「それに明里の教育方針でも意見が合わないし、母さんの古い考え方を押し付けられるのも、正直しんどいんだ」

二人の言葉は、まるで用意されていた台本のようにスラスラと出てきた。

「香織の両親の方が話も合うし、考え方も現代的で、一緒にいて楽なんだよ」

「うちの両親は明里のこともすごく可愛がってくれますし、教育熱心なんです。それに比べてお母さんは……ごめん、はっきり言うけど、ちょっと時代についていけてない感じがするんです」

私が必死に家族のためを思ってしてきたことが、全て否定されていくようだった。

「でもね、母さん」

拓也が急に甘えた声を出した。

「母さんには、これからも俺たちを助けて欲しいんだ」

私は耳を疑った。追い出しておいて、助けて欲しい?

「援助は続けてくれるよね?」

その言葉に、私は凍りついた。私を追い出すのに、お金は出せということ? そんな風に言わないでよ、母さん。家族なんだから助け合うのは当然でしょう、と拓也は当然の顔をしていた。

「月十万円くらいは必要なんだ。香織の両親の生活費もかかるし、家のローンもまだ残ってるから」

「お母さんは年金もあるし、退職金もまだ残っているはずですよね」

香織が畳みかけてくる。

「私たちだって生活が大変なんです。子供の教育費もかかりますし。母さんは一人なんだから、そんなにお金もかからないでしょ。俺たちの方が大変なんだよ」

信じられない言葉の連続だった。家から追い出し、その上で金銭的援助は続けろという。

「それに、母さんが出て行ってくれれば、母さんの部屋を香織の両親に使ってもらえるんだ。ちょうどいい広さなんです。日当たりもいいし」

私が大切に使ってきた部屋まで、すでに割り振られていた。

「母さん、これは決定事項なんだ」

「そうですよ。もう後戻りはできないんです」

二人の冷たい視線が私に突き刺さった。

その瞬間、私の中で何かが完全に切れた。今まで必死に保とうとしてきた家族の絆が、音を立てて崩れていく音が聞こえたような気がした。

私は深く息を吸い込み、そして静かに言った。

「わかりました。出ていきます」

拓也と香織は明らかに驚いた表情を見せた。もっと抵抗されると思っていたのだろう。

「え、本当に? 母さん、意外とあっさりしてるね」

二人は顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。

「お母さん、理解していただいて本当にありがとうございます」

香織の笑顔が、今まで見たこともないくらい明るかった。

「じゃあ、援助の件は……その件については後日お話しします」

「まず、私は引っ越しの準備をしなければなりませんから」

私は立ち上がり、自室に向かった。二人の安心しきった顔を背中で感じながら。

部屋に戻ると、私はすぐに行動を開始した。三十八年間の銀行員生活で培った人脈が、こんな形で役に立つとは思わなかった。

まず、信頼できる弁護士の友人に電話をかけた。

「ひさ子さん、久しぶり。どうしたの? 深刻な声だけど」

「実は相談があるの。息子夫婦のことで」

事情を説明すると、友人は憤慨した。

「ひどい話ね。でもひさ子さんは賢明よ。ちゃんと記録を残してあるんでしょ?」

「ええ、銀行員の習慣で、全ての援助の記録を残してあるわ。領収書も通帳の記録も」

「素晴らしい。それがあれば、いざという時の切り札になる」

弁護士のアドバイスを聞きながら、私は今後の計画を練った。

次に、不動産業界の元同僚に連絡を取った。

「ひさ子さん、どうしたんですか? 急に」

「実は新しい住まいを探しているの。できれば温暖な場所がいいわ」

「温暖な場所? それなら沖縄はどうですか? 最近シニアの移住が増えているんですよ」

沖縄。その響きが、なぜか私の心に響いた。

「那覇市内に、海が見える素敵なマンションがあるんです。ちょうど売りに出たばかりで」

物件の説明を聞きながら、私は新しい人生の扉が開いていく音を聞いたような気がした。

翌日から、私は準備を進めた。まず銀行に行き、息子夫婦と共有していた口座を解約した。

「桜井様、本当に解約されるんですか?」

顔馴染みの行員が心配そうに聞いてきた。

「ええ、新しい生活を始めるために必要なことなの」

今まで息子名義にしていた定期預金も全て解約した。総額は三千万円を超えていた。これは私が三十八年間コツコツと貯めてきたお金だ。

次に、生命保険の受取人変更の手続きをした。今まで拓也にしていた受取人を、全て私個人団体に変更した。

「ひさ子さん、息子さんから受取人を変更されるんですか?」

「ええ、これからは自分のために生きようと思って」

保険会社の担当者は驚いていたが、私の決意は固まっていた。

家に戻ると、息子夫婦は何も知らずにテレビを見て笑っていた。

「母さん、今日は出かけてたの?」

「ええ、引っ越しの準備で」

「そう、頑張ってね」

拓也は興味なさそうに答えた。私は自室に荷物の整理を始めた。本当に大切なものだけを選び、残りは処分することにした。夫との思い出の品々は、丁寧に箱に詰めた。

夜、一人になってから沖縄の不動産会社とオンラインで打ち合わせをした。

「桜井様、内見はいつにしますか?」

「来週お願いできますか?」

「もちろんです。空港までお迎えに上がります」

画面に映る青い海と白い砂浜が、私の心を癒してくれた。ここで新しい人生を始める。その思いが、日に日に強くなっていった。

週末、私は重要な書類を全て銀行の貸金庫に移した。土地の権利書、有価証券、貴重品。息子夫婦が勝手に持ち出せないように、全て私の管理下においた。

「お母さん、最近よく出かけますね」

香織が探るような目で聞いてきた。

「引っ越しの準備は大変なのよ。一人でやらなければならないから」

「あ、そうですよね。頑張ってください」

香織はそれ以上追求してこなかった。まさか私が彼らの想像を超える準備をしているとは思いもしないだろう。

私は着々と新しい人生への準備を整えていった。沖縄での生活に必要な情報を集め、現地のコミュニティとも連絡を取り始めた。

「こちらには同年代の方がたくさん移住されていますよ。みんな第二の人生を楽しんでいらっしゃいます」

現地の方々の温かい言葉が、私の決意をさらに固めてくれた。

そして、私の本当の反撃はここから始まった。

ついに引っ越しの日がやってきた。朝早くから引っ越し業者が来て、私の荷物を運び出していく。思ったより荷物が少ないことに、息子夫婦は気づいていないようだった。

「母さん、もう準備できたの?」

拓也は他人事のように聞いてきた。

「ええ、全て整いました」

私は穏やかに答えた。香織はすでに私の部屋の模様替えを考えているようだった。

「お母さんの部屋、綺麗に使っていただいてありがとうございました。両親も喜ぶと思います」

その言葉に、私は静かに微笑んだ。

引っ越し作業が終わり、ガランとした部屋を見回していると、拓也が近寄ってきた。

「母さん、それで……援助の件なんだけど」

「ああ、そのことね」

私はバッグから一枚の紙を取り出した。

「これを見てください」

それは銀行口座の解約証明書だった。

「え……」

拓也の顔から血の気が引いていった。

「母さん、これって……」

「あなたの名義にしていた定期預金も、全て解約しました。私名義の普通預金も、全て解約完了です」

「ちょっと待ってよ。それじゃあ、援助は……」

「できません」

私はきっぱりと言った。

「だって母さん、それはあんまりじゃない? 俺たちの生活はどうなるの?」

「それはあなたたち夫婦で考えることです。もう大人なんですから」

香織が慌てて駆け寄ってきた。

「お母さん、どういうことですか?」

「簡単なことです。全ての援助を停止します。今まで通帳に振り込んでいた毎月の援助も、もうありません」

「そんな……私たち、その援助を当てにして生活設計してるんです」

香織の顔が真っ青になった。

「ローンもあるし、義両親の生活費だって……」

「それは知りません。私はもうこの家の人間ではありませんから」

私は生命保険の受取人変更通知書も見せた。

「これも変更済みです。もうあなたたちは受取人ではありません」

「母さん!」

拓也の叫び声が響いた。

「考えてください。私を追い出したのはあなたたちです。部外者にどうして援助する必要があるのですか?」

私は彼らがいつも私に言っていた言葉を、そのまま返した。

「でも……」

「義両親と仲良く暮らしてください。きっと援助してくださるでしょう」

タクシーが到着した。運転手が荷物を積み込んでくれる。

「お母さん、待ってください。話し合いましょう」

香織が必死に引き止めようとした。

「話し合う? 『もう決定事項だ』と言ったのは、あなたたちですよ」

私は振り返らずにタクシーに乗り込んだ。

「空港までお願いします」

「え? 空港?」

拓也と香織の驚愕の声が聞こえた。

一週間後、沖縄の新居から息子夫婦にビデオ通話をかけた。

「母さん……」

画面に映る拓也の顔は、明らかにやつれていた。

「こんにちは。新しい生活にも慣れてきました」

私の後ろには、美しい沖縄の海が広がっていた。

「母さん、そこって……沖縄?」

「ええ、移住しました。那覇市内の海が見えるマンションです。とても快適ですよ」

「そんな遠くに……」

香織も画面に移った。目の下にクマができている。

「お母さん、お願いです。援助、再開してください」

「無理ですね。だって私はもう部外者でしょう。あなたたちがそう言ったんです」

「あれは……」

「義両親との同居はうまくいっていますか?」

私の問いかけに、二人は黙り込んだ。

「実は……」

拓也が口を開いた。

「香織の両親、思ったより元気で、家事も手伝ってくれないし、逆に世話を焼かなきゃいけなくて。食事も母さんみたいに作れる人がいなくて、毎日外食でお金もかかるし」

「それは大変ですね」

私は同情するような声を出したが、心の中では当然の報いだと思っていた。

「母さん、戻ってきてくれない?」

「無理です。もうこちらでの生活が始まっていますから」

「でも……部屋ももうないんでしょう? 香織のご両親が使っているんですから」

「それは部屋なら用意するから」

「結構です」

画面の向こうで、香織が泣き始めた。

「お母さん、ごめんなさい。私たちが間違っていました」

「今更言われても、信用できません」

「ローンが払えなくなりそうなんだ」

拓也が絞り出すような声で言った。

「母さんの援助がないと、本当に生活できない」

「それなら、お仕事を頑張るか、香織さんのご両親に援助してもらえばいいのでは?」

「香織の両親も年金生活で、逆に小遣いをせがまれて……」

何ということでしょう。援助するどころか、逆に負担になっているとは。

「お母さん、お金を貸してください。少しでいいんです」

香織が必死に懇願した。

「お金? 私にはもうありませんよ」

「嘘です。解約したお金が、あるはずです」

「あれは新居の購入と生活資金に使いました。もう残っていません」

もちろん、これは嘘だった。しっかりと運用して、優雅な老後を送るつもりだ。

「そんなお荷物には、お金はありませんから」

私は冷たく言い放った。

「母さん、俺は息子だよ」

「部外者でしょう? 家族じゃないと、あなたが言ったんです」

「あれは……その……」

「もう二度と会うことはないでしょう。お元気で」

私は通話を切ろうとした。

「待って、お願い!」

二人の必死な叫び声を最後に、私は通話を終了した。

その後も何度も着信があったが、私は全て無視した。LINEには「お金を貸してください」「助けてください」というメッセージが山のように届いたが、既読すらつけなかった。

近所の人から聞いた話では、息子夫婦は本当に経済的に困窮し、家を売りに出したかもしれないという話だった。

因果応報とは、まさにこのことだろう。私を邪魔物扱いし、追い出した報いが、こんなに早く帰ってくるとは。

沖縄での新生活は、想像以上に素晴らしいものだった。毎朝五時に起きる習慣は変わらないが、今は自分のために起きている。カーテンを開けると、目の前には青く輝く海が広がっている。今日も美しい朝。私は深呼吸をしながら、ベランダでコーヒーを楽しむ。息子の家では音を立てないように気をつけながら飲んでいたコーヒーも、今は心から味わうことができる。

朝食の後は、海岸沿いをウォーキングする。

「おはようございます、桜井さん」

「おはようございます」

同じマンションに住む方々との挨拶が、心地よく響く。ここでは私は一人の人間として尊重されている。

昼には週三回、地域のヨガ教室に通っている。

「ひさ子さん、随分柔らかくなりましたね」

インストラクターの褒め言葉に、私は素直に喜びを感じる。

「ありがとうございます。体が軽くなったような気がします」

「心も軽くなったんじゃないですか?」

その通りだった。息子の家で感じていた窮屈さから解放され、心身ともに軽やかになっていた。

午後はマンションの共用スペースで開かれる趣味の会に参加している。

「ひさ子さんの作る琉球料理、本当に上手になりましたね」

料理教室の仲間が褒めてくれた。

「三十八年間、料理を作り続けてきましたから。でも、こんなに楽しく料理をするのは初めてです」

「楽しんで作る料理が一番美味しいのよ」

みんなで作った料理を囲んでおしゃべりを楽しむ時間。こんな平和な時間があることを、私は忘れていた。

先日、近所の地方銀行から声がかかった。

「桜井さん、銀行に務められていたんですよね。週に二日だけでもいいので、金融相談員として働いていただけませんか?」

私の銀行員としての経験が、ここでも必要とされているのだ。

「お引き受けします」

働く喜びを再び感じることができた。お客様から「ありがとうございました」と言われるたびに、自分の存在価値を実感する。収入も増え、生活はますます充実していった。

ある日、東京にいる友人から連絡があった。

「ひさ子、息子さんのこと聞いたわよ。大変みたいね。家を売りに出したって」

「やはり、そうなったのですね」

「義理の両親との同居もうまくいってないみたい。奥さんとも喧嘩ばかりだって」

「そう」

「ひさ子は後悔してない?」

「してないわ。私は自分の人生を取り戻しただけ。息子には息子の人生があり、その選択の結果を受け入れるべきだと思うの」

「その通りね。あなたは正しい選択をしたわ」

友人の言葉が、私の心を温めてくれた。

夕方、海に沈む夕日を眺めながら、私は夫のことを思い出していた。

あなた、私は今本当に幸せよ。夫ならきっと、今の私を褒めてくれるでしょう。自分の人生を大切にすることを。

スマートフォンを見ると、息子からのメッセージが届いていた。

「母さん、本当にごめん。俺が間違っていた。もう一度やり直したい」

私はそのメッセージを削除した。もう過去に縛られることはない。

最近始めた三線の練習も、少しずつ上達してきた。

「ひさ子さん、来月の発表会、一緒に出ましょう」

教室の仲間からの誘いに、私は嬉しくなった。

「ぜひ、参加させてください」

新しいことに挑戦する喜び。それは六十五歳になっても変わらない、人生の醍醐味だ。

健康面でも大きな変化があった。息子の家にいた頃はストレスから不眠や頭痛に悩まされていたが、今はぐっすり眠れるし、体調も良好だ。

「桜井さん、ここに初めて来た時より、十歳は若返ったみたいですね」

かかりつけ医の言葉に、私も実感していた。心の健康が体の健康につながることを。

週末には沖縄の美しい自然を満喫している。今日はヤンバルの森を散策してきた。SNSに投稿すると、全国の友人たちから「いいね」が届く。

「ひさ子、本当に生き生きしてるわね」「沖縄、私も行きたい」

友人たちとの繋がりも、より深くなった。

ある日、マンションのロビーで管理人さんから声をかけられた。

「桜井さん、いつも明るくて。他の住人の方々も、桜井さんがいると安心だって言ってますよ」

「まあ、ありがとうございます」

ここでは、私は必要とされ、大切にされている。

夜、ベランダから満点の星を眺めながら、私は今の生活を振り返った。理不尽な扱いを受け、追い出された時は人生が終わったような気がした。でも、それは新しい人生の始まりだったのだ。

我慢し続ける必要はなかった。自分の尊厳を守る権利があった。そして、何歳になっても新しい人生を始められることを、私は証明した。

理不尽に屈しない強さ、自分の人生を大切にする勇気、そして何歳になっても輝ける可能性。誰かに負けず、自分らしく生きる。それが、私たち一人一人ができる最高の仕返しなのかもしれない。

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